おまけ

鉄製のドアを引き開け、アパートの自室に足を踏み入れると、丸っこい体躯の若者は、いそいそと鍵とチェーンで施錠した。

まどろっこしそうに足を動かし、コンクリートのたたきの上でバッシュを蹴るようにして脱ぎ捨て、小脇に抱えたコンビニ

と書店の袋にちらりと視線を落とす。

「…んへへっ…!」

目を細め、口元を緩ませ、耳を伏せてにんまり笑うと、太めのパンダはスキップでもしそうな程に上機嫌で、足取りも軽く

居間に向かった。



居間の冷房を入れ、冷蔵庫から出したばかりの、良く冷えたアイスココアの紙パックをテーブルに置き、布張りのソファー

にどすっと腰を下ろす。

心休まる住み処に戻ったコータは、いそいそと書店の紙袋を開け、中から二冊の雑誌を取り出した。

一冊は情報誌。今回は東海地方で評判のラーメン屋の特集が組んである。

もう一冊は夜の友。今回は犬獣人の特集が組んである。

まずは情報誌を手に取り、まだ行った事のない店をチェックしつつ、パックに直接口をつけてココアを飲む。

冷房が効き始め、冷たいココアが胃に流れ込むと、汗っかきのコータの体に滲んでいた汗が、すぅっと引いてゆく。

「あ、この冷やし中華美味そう…。愛智かぁ。近いし、休みの日にでも行ってみようかな…」

今日はバイト先のコリー犬と楽しい一時を過ごし、一緒にラーメンを食べたのだが、それでも好物の写真を目にすると、生

唾が湧いてくる。

育ち盛り…は過ぎたものの、若い盛りに加えてコータは汗っかき。見た目の印象通りにかなりの大食漢である。

真夏にダラダラ汗を流しながらラーメンを食べている様子などは、傍から見ていてさぞや暑苦しいだろうとは思うが、あの

コリー犬は、

「夏バテ関係無し。と言ったところかな?ははは、若いってのは羨ましいな」

と、爽やかに笑う。

そんなヨシノリの笑みを思い出したコータは、捲っていた情報誌をパタンと閉じると、もう一冊の雑誌を手に取った。

じっくり鑑賞するのは後回しにし、目当てのものが載っていないかと、ぱらぱらっと捲る。

雑誌を斜め読みし終え、小さく息を吐いてぱたっと閉じたコータは、ソファーの背もたれに体重を預け、天井を見上げた。

目当ての獣人はこの業界に少ないのか、それとも、そもそもこの国に少ないのか、これまでに載っていた例はない。

(全体的に少ないのかな…?直接知ってるのは一人だけだし…、街中でも全然見かけないし…)

と、コータはぼんやりと天井を眺めながら考える。

コータのお目当てはコリーである。

できればヨシノリに似ていると嬉しいとも思うが、コリー自体がレアらしく、誌面でお目にかかれた事は無い。

もしも巻頭グラビアにコリーが載っていようものなら、恐らくはヨダレやら何やらでベタベタバリバリにしてしまう自信は

あるので、ビニール袋かラップでコーティングしようと計画を立てている。

なお、今月号に万が一コリーが載っていた場合に備え、薄くて強度があり、おまけに透明度も高い高級サランラップは帰り

にコンビニで購入済みであった。…不発になったが。

コータはソファーにもたれかかったまま、静かに目を閉じ、瞼の裏にヨシノリの顔を思い描く。

整った聡明そうな顔立ち、鼻筋の通ったシャープなマズルに、優しげに寝た三角耳。

背は高く、均整の取れた体付きに、ふさふさむくむくの美しい毛並み。

服装も会話もセンスが良く、実にスタイリッシュ。

性格はバッチリ。何と言っても優しくて、周囲に細やかな気配りもできる理想的な大人。

少々強引な面もあるが、相手が本当に嫌そうなら、押し付けがましく訴える事無く、即座に引き下がるスマートさ…。

かなり太く、ずんぐりむっくりしていて、美形とはお世辞にも言えない上に、何かと子供っぽい自分とは、何から何まで大

違い。

そんなコリーに、コータはいつのまにか…、

「…惚れちゃったんだよ…なぁ…やっぱり…」

薄く目を開けて呟き、切なげに「ほふぅ…」と、ため息をつくと、身を起こしたコータはテーブルからパックを掴み上げ、

グビッとココアを飲む。

他人から優しくされた経験があまり無いせいなのかもしれない。

たぶん、彼が見せた気遣いや優しさで一発KOされてしまったのだろう。そう、コータは考えている。

これまでにも、声をかける勇気こそ持てなかったが「ああ、良いなぁ…」などと思った相手は居た。

が、ヨシノリと出会い、その人柄に触れた事で自覚した。

おそらくヨシノリは、自分がおぼろげに思い描いていた恋人像に、ピッタリと合致する相手なのだと。

少し年上ではあるが、そこがまた良い。

これまでに考えた事はなかったが、おそらく自分には、年上や、頼りになる相手に甘えたい、優しくして貰いたいという願

望があったのだろうとも思う。

(こんなナリして、甘えたいだなんて…、笑われそうだ…)

丸々とした、かなり肉付きの良い自分の体を見回したコータは、逞しい二の腕をさすりつつ、寂しげな苦笑まじりに呟いた。

恰幅の良い自分があのコリーに甘える図を想像すると、なんともシュールに思えて。

(…っていうかだ…。それ以前に、そもそもナガサワさんは…)

恐らくは自分を、弟分か後輩、そんな風に見ているのだろうと思う。

少なくとも、同類であっても恋愛対象としては見ていない。その事については自信がある。真に遺憾な事に。

今現在、ヨシノリには付き合っている相手は居ないはずだと、目星はつけている。

が、これまでに会わせて貰った同類の中には、コータから見てもヨシノリとつり合いそうに格好の良い人物も何人か居た。

そんな中で恋人を作っていないのに、果たして自分にチャンスはあるのか?そう考えるといささか尻込みもする。

相談に乗ってくれるとは言っても、まさか当のヨシノリに、

「あのぉ…、ナガサワさんと付き合うには、どうすれば良いっすかね…?」

などとは訊けるはずも無い。

この件に関してだけは、ヨシノリに頼る事はできないのである。

話をして、一緒にでかけて、相談に乗って貰える。そんな、先輩後輩に近い今の関係も気に入ってはいる。

告白して、もしもこの関係が崩れてしまったら?敬遠されるようになったら?そう考えると、やはり尻込みもしてしまう。

かつて、告白した事で親友との関係が破綻してしまった件は、コータにとっては拭いきれないトラウマとなっていた。

が、自分ではまだ気付いていないが、コータは変わった。

より正確に言うならば、徐々に、着実に、昔の自分を取り戻しつつあった。

ヨシノリと秘密を分かち合う前のコータであれば、何か尤もらしい言い訳を考え、おそらく行動を起こす前に諦めていた。

しかし今は、例えチャンスが僅かだとしても、想いを捨てるつもりは全く無い。

(いつかきっと…、必ず…、この気持ちを正直に伝えよう…)

あの時のように、例え玉砕する結果になったとしても、それはそれでかまわない。

ヨシノリにとっては迷惑かもしれないが、きっと、けじめをつけなければならない事なのだ。今はそう、強く思っている。

ぬるくなり始めたココアを一気に飲み干し、コータは立ち上がって大きく伸びをした。

いつか、ヨシノリと下の名前で呼び合えるような仲になれたなら、どんなに嬉しいだろう?

いつか、まだ誰も乗せた事の無いタンデムシートの後ろに、ヨシノリに乗って貰えたらどんなに幸せだろう?

そんなささやかな夢を思い描き、コータはニヘラ〜っと、弛んだ笑みを浮かべる。

玉砕を恐れずに振舞うことは流石に無理でも、上手く行った場合の、その先を思い描く事はできる。

その前向きな思考形態は、初恋が実らずに落ち込む以前の、元々のコータの物だった。



シャワーを浴びて汗と汚れを落とし、湯船に浸かったパンダは、首を捻りながら、逞しい肩をほぐすように揉む。

ボリュームのあるコータの体には少々狭い湯船だが、家賃から言えば妥当。サイズに文句は言えない。

「あふぅ〜っ…」

リラックスして湯船につかりながら漏らした満足気な声が、浴室に反響して大きく響く。

先週、ヨシノリと一緒にスーパー銭湯に行った時の事を思い出し、コータはへら〜っと、幸せそうな笑みを浮かべた。

初めて見る全裸のヨシノリは、いつものワイシャツ姿より、かなり大きく見えた。

それもそのはず、普段は豊かな被毛が衣類で押さえられ、着痩せしているのだから。

が、シャワーを浴び、湿った毛並みがぺたっと寝ると、ヨシノリは再びスリムになる。

その様子があまりに可笑しく、思わず含み笑いを漏らしてしまったコータに、ヨシノリは顔を顰め、なんとも困ったような、

それでいて少し恥かしそうな表情を見せた。

ヨシノリと過ごし、初めての何かを発見する度に嬉しくなる。もっともっと、彼の事を知りたいと思う。

以前は距離を置こうとしていたのに、今ではコータの方からあれこれとヨシノリに話しかける。

ヨシノリを知りたいというのもあるが、会話そのものが楽しい。

少し前の自分からは考えられない行動だと、コータも自覚している。

笑みを浮かべながらヨシノリの事を考えていたコータは、ハッと、何かに気付いたように視線を落とした。

「…勃ってるし…」

浴槽にたゆたう湯の中、体格からすれば随分控えめなサイズのソレがピコッと勃っているのが、水面越しに揺れて見えた。



体から湯を滴らせて浴槽から出たコータは、床に跪き、太さは平均ながらもだいぶ小振りな陰茎にそっと手を伸ばした。

竿の小振りさは否めないが、その下にぶら下がる物はアンバランスなまでに大きい。

ドリル+特大稲荷。それがコータの股間にぶらさがるソレを表すに妥当な文言だろう。

種族全体に見られる傾向ではあるが、体格とは正反対の男根のサイズと、なかなか改善しない皮余りが、コータにとっては

密かなコンプレックスだったりもする。

勃起し、ピンクの亀頭の先が見えているソレの、売るほど余っている皮を剥く。

亀頭の根本に寄せられた皮が、充血して膨れた陰茎によって引き伸ばされ、少しばかりの苦しさを覚えた。

たっぷり贅肉のついた腹越しに、勃起した男根を見つめながら、コータは右手を背中側から回し、肛門にあてがった。

体についた肉と太い腕のせいであまり柔軟とは言えないが、それでも慣れたもので、太い指先は湿った肛門にズブリと侵入

する。

「…あ…、ふっ…!」

小さく声を漏らし、興奮で速くなった吐息を漏らしながら、コータは指を恋する相手のモノに見立て、自分の中をまさぐった。

「…ナガ、サワ…さん…!」

太い指で尻の中をまさぐり、指先で前立腺を刺激すると、小振りな男根がヒクヒクと痙攣する。

尿道から溢れ出た、かなり多い先走りが亀頭を伝い、肉棒を辿り、まるで狸の袋を思わせる大きな玉袋の下から床につぅっ

と落ちてゆく。

だらしなく半開きになって、喘ぎを漏らしている口の端からよだれが垂れ、だぶっとせり出している腹に落ち、その毛皮を

汚す。

やがて、荒い息を吐きながら、コータは耐えかねたように、すでに大量の先走りでヌルヌルになった陰茎を左手で掴んだ。

「はっ…、はふっ…!な、ナガサワ…さんっ…!ナガサワ、さんっ…!」

目をきつく閉じ、一度見ただけのヨシノリの裸体を瞼の裏に描く。

荒い息を吐きながら、尻に突っ込んだ指で自らを内側から刺激し、陰茎をしごき立てる。

「はっ!はひっ…!…よ…、ヨシノリ…さん…!んぅうっ!」

愛しい相手の名を何度も呟いている内に、「ナガサワさん」は、いつのまにか「ヨシノリさん」になる。

ニチュッ、ニチュッと、卑猥な音を立てて男根がしごかれ、コータの玉袋が、たっぷりした腹が、胸が、たぷたぷと揺れる。

まるで天井を見上げるように顔を上に向け、仰け反るようにして背筋を伸ばし、右手の指を、尻の奥まで目一杯突っ込み、

まさぐる。

「んふあっ!ヨシノリ…さんっ!…んうぅううっ!もぉだめぇえっ!」

限界に達したコータは、普段の声音からは意外なほどに高い声を上げ、亀頭の先から白い液体を放った。

パタタッと、浴室の濡れた床に、かなり量の多い精液が飛び散る。

ヒクヒクと小ぶりな肉棒を痙攣させ、繰り返し射精しながら、コータは快楽を噛み締める。

まるで、口をあければ逃げていってしまうかのように、きつく歯を食い縛って。

やがて射精が終わると、はぁはぁと荒い息をつきながら、コータは目を開けた。

「んぅっ…!」

尻から指を抜いたコータは、ペタンと床に座り込む。

そして快感の余韻、気だるさ、軽い疲労、混然となったそれらをじっくり味わいながら、ぼんやりと、壁に備え付けてある

鏡を眺めた。

「…んへへぇ…。飛び過ぎぃ…」

飛んだ精液がかかり、線を引いて伝い落ちている鏡の中で、トロンとした顔のパンダが、苦笑いを浮かべながら呟いた。

実に幸せそうに、弛緩し切った表情で。

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