第二十話 「それぞれの休日」(後編)
「準備完了!」
「お疲れ様〜!」
シートとパラソル、荷物が準備できると、女子達は作業を終えた男子達に飲み物を差し出した。
アルはアケミから500ミリペットの麦茶を受け取り、一気に飲み干して一息つくと、改めて全員の様子を覗った。
「どうかしましたか?」
アケミはアルに小声で尋ねる。
「え?いや、この町、獣人多いんスね?街中でも良く見かけてたっスけど…。なんていうか、首都と違って…」
アケミの友人達は、確かにアルに興味があるようだった。だが、向けられる視線は不快なものではない。異質なものとして
の興味ではなく、純粋なアル自身への興味だ。
首都のアルの通っている学校では、獣人は人間と距離を置く。
戦後、欧米からの文化の伝道に伴って広まった人間至上主義は、首都圏に近付くほどその傾向が強まり、特に首都内では、
獣人は人々にとって蔑視と嫌悪の対象にすらなり得る。
人間の子供もまた、そういう風潮を肌で感じ取り、獣人は自分達より劣った存在であると刷り込まれながら育つ。もちろん、
皆がそうという訳ではないのだが…。
「首都の方には、あまり居ないんですか?」
「多くは無いっス。なんせ…」
獣人差別が根強いから。と言おうとして、アルは言葉を切った。
そして、何も今こんな暗い話をする事もないだろうと思い直し、話題を逸らす。
「そういえば、アケミさんは、榊原財閥の一人娘だったんスよね?」
「ええ。一応そうですが…」
「今、財閥の跡取りとしても勉強してるんスか?」
「まあ、少しは、ですけれど。高校を卒業したら、本格的な教育を受けることになります。今、財閥を切り盛りしている叔父
さんも、私が財閥を引き継ぐのを待っていますから…」
つくづく、普通の女子高生とは違うなと、アルは感心する。
「アルビオンさんは、いつから調停者になったんですか?」
アケミは興味深そうにアルの顔を見つめる。
彼女もまた、同年代でありながら、同級生とは全く違う生き方を選択しているアルに、非常に強い関心を持っていた。
「去年、高校に上がった時からっス。本当は進学しないで調停者に専念するつもりだったんスけど。ネネさん…、あ、オレが
居るチームのサブリーダーで、オレの保護者なんスけど、その人に、「青春をエンジョイする為にも高校に行っておきなさい
!」…って、無理矢理高校に入れられたんスよ。学費も出してもらってるし、文句言える立場でも無いんスけどね…」
不思議そうな顔をしたアケミに、アルは説明を加えた。
「オレ、生まれは米国の北の方、北原寄りの地域だったんス。死んだ母ちゃんに連れられて、赤ん坊の頃にこの国に移り住ん
だんスよ」
母を亡くしている事を口にしたアルには、話すのが辛そうな雰囲気は特にない。
「…アルビオンさんも、お母さんが居ないんですね…。私と同じか…」
そんな白熊の様子を見ながら、アケミは口の中で呟いた。少女の呟きには気付かなかったアルは話を続ける。
「オレがまだ小学校に上がる前、母ちゃんが身体を壊して働けなくなったんスけど、古い知り合いだったネネさんが生活を援
助してくれるようになったんス。それから間もなくして母ちゃんが死んでからは、ネネさんとリーダーがオレを引き取ってく
れて、ブルーティッシュの宿舎に置いてくれたんス。ネネさんは何ていうか、オレにとって母ちゃんと姉ちゃんの間みたいな
人で、リーダーは父ちゃんと兄ちゃんの中間みたいな感じで…、今も二人が保護者になってくれてるんス。…なもんで、あの
人達には頭が上がんないんスよね…」
アルは眉尻を下げ、困ったような情けないような表情を浮かべると、ペタッと耳を伏せて頭を掻いた。そんな白熊の様子に、
アケミはクスリと笑う。
「調停者になった理由も、お二人への憧れと、早いところ一人前になって恩返ししたいっていうのが半々っスね。小さい頃か
ら調停者に囲まれて育ったせいか、他の進路なんて想像もできなかったし…。まぁ、最初に調停者になるって言った時は、二
人には猛反対されたんスけどね。説得に半年以上かかったっス」
アルの話からその生い立ちと境遇の一部を知り、少女は少し気になった。
アルの話の中には、実の父の事が無い。一緒にこの国に来た訳では無さそうだという事が漠然と感じられるだけである。
父親の事を尋ねてみようかどうかと、アケミが逡巡していると、
「な〜に二人だけで話してんのよっ?」
「きゃっ!」
背後から歩み寄った友人が、冷たいジュースの缶をアケミの頬に押し付けた。
「こっちと首都は少し違うという話を聞いていたの。獣人は少ないと言うから」
アケミの言葉に、友人達が首を傾げる。
「世界的に見れば、獣人は全人口の1割だったっけ?考えてみればあまり多くないよな」
「でも、中学の修学旅行で首都方面に行った時は、街中はほとんど人間だけだったわよ?獣人は本当に少なかったわ」
「ほら、都会の水は不味いっていうし、空気も悪いんだろ?騒音も凄いって聞くし、鼻や耳が良い獣人には住み辛いんじゃね?」
「あ〜なるほどぉ。それで、アルビオン君?都会ってやっぱり住み辛いの?」
急に向けられた質問に、アルはおどけた仕草で、広い肩を竦めた。
「オレにはこっちの方が快適っスね。排ガスで体が汚れて、灰色熊ってからかわれる事もないっスから」
可笑しそうに笑う一同を見ながら、アルは懐かしさと、少し幸せな気分を味わった。
考えてみれば、中学、高校と、友人と呼べたのは自分と同じ獣人だけだった。
小さい頃はそうでもなかったのに、学年が上がるにつれ、自分達獣人の子と人間の子の間には隔たりが生まれてきた。
(ずっと前は人種なんて関係なく、人間の子供とも一緒に遊んだものだったんスけどね…)
「どうかしたの、アルビオン君?」
ぼんやりとそんな考え事をしていたアルは、気付くと一同に見つめられていた。
「あ、いや…」
アルは一瞬口ごもり、
「オレの事は、アルって呼んで欲しいッス。オレの名前、長ったらしいから呼びにくいし、親しい人は、皆そう呼ぶッスから。
…もし良ければっスけど…」
少し考えた後に、皆の反応を伺いながら言った。
「ふむふむ、アル君ね。了解っ」
「確かに、俺達も仲いいヤツは名前ハショって呼ぶもんなあ。なぁタク?」
「そうだよな。シ」
「ちょ!?ハショりすぎだって!分かんねぇじゃんそれ!」
「ナガイのとナカイイのは略してオッケェって事ね。…ぷっ…」
「それは上手い事言ったつもりか!?」
「寒いよぉ、寒いよぉ…」
「パトラッシュ…、僕、眠いんだ…」
他愛の無い会話、他愛の無いやりとり、他愛の無いことで笑いあえる相手。
ここしばらくの間、そんな友人を持つ機会に恵まれなかったアルに、アケミの級友達はどこか懐かしい感覚を思い出させた。
それはずっと昔、まだ自分達と人間達の間にある溝を知らなかった頃の感覚。
自分が獣人であっても、同種と変わらずに接してくれる人間も居る。
ブルーティッシュのメンバー以外では、ほんの一握りしかそんな人間を知らなかった。
もしかしたら自分の側でも、人間に対して構えていた所があるのかもしれない。
そんな事を考えていたら、主力からの除外を言い渡されたあの事件で、トシキに自分が言った「獣人だったから、見殺しに
したのか?」という言葉が不意に思い出された。
今ならば冷静に理解できる。タケシも言っていたように、あの時のトシキはきっと、自分の役目として苦渋の決断を下した
のだろう。
そしてその判断は、自分が口にしたような、人間だからとか、獣人だからとか、そういった事は関係なく下されたのだ。
もしあの時、助けられるのが獣人で、助からないのが人間の女性だったなら、トシキは獣人の方を救っていたのだろう。
そして、人間の女性を置いていくということだったら、自分は果たしてあそこまで反対していただろうか?
「どうかしましたか?アルビオンさん?」
会話に加わらず、どこかぼーっとしているようなアルに気付き、アケミが小声で尋ねる。
「あ、いや…。ちょっと、嫌ぁなヤツの事を思い出してたんス」
「…?誰の事ですか?」
苦笑いしながら答えたアルに、アケミは不思議そうに首を傾げた。
「オレの事っス。ほんと、ちっちゃくて嫌になるっスよ…」
どこかサッパリしたように笑うアルに、男子の一人が興味深そうに尋ねた。
「え?アルのってちっさいのか?そんなナリしてんのに?」
「ほほう、それは意外だ。でもほら気にするな。なんたって俺達の年頃は日々成長中…」
「うぇっ!?なんで皆そういう話には食いつきが良いんスか!?」
アケミと少女達は、少し顔を赤らめながら、意外そうな顔でアルの様子を覗っていた。
正午近くまで、波打ち際でビニールボールで遊んだ後、一同は昼食の為に拠点へと引き上げた。
ボールの空気を抜きながら歩くアルと、その隣のアケミが最後尾である。
「こんな楽しいの、久しぶりっス!」
心からの笑顔で言ったアルに、アケミの顔が嬉しそうに綻んだ。
「ずっと、早く一人前になる事ばっかり考えてたし、学校も仕方なく通ってるって感じだったから、友達も作ってなかったっ
スけど…、こういうのも良いもんっスね」
「勿体無いですよ?学校は、友達と色々なことを楽しむ所なんですから」
アケミが真面目な顔を作って言うと、アルは可笑しそうに笑った。
「勉強する所だって言われなくて、ホッとしたっス」
その時だった。笑いあった二人の前方で、何者かが手を真っ直ぐに伸ばし、ある方向をビシッと指さしたのは。
隙の無いキビキビとした動作と姿勢、格好が、バカンスの空気に満ちた砂浜で異彩を放っている。
「ユウト。二時の方向、約300メートル先に海の家を視認した。営業中の模様」
「おっ!カキ氷食べよっ、カキ氷♪」
砂浜に、顔から盛大につっぷしたアルに気付き、不破武士と神代熊斗が首を巡らせた。
「な、な、な、なんでお二人がここに居るんスかぁああああ!?」
砂塗れの顔を上げ、指を突きつけて大声を上げたアルに、二人は顔を見合わせる。
アケミは少し恥ずかしそうに、二人に声をかけた。
「こんにちは。お二人も海だったんですね?知っていればお誘いしたんですが…」
タケシは暑さを感じていないのか、濃紺のタートルネックのシャツに同じ色のスラックスという夏の砂浜では異質な格好に
もかかわらず、顔には汗一つかいていない。
対してユウトは薄手の白いタンクトップと薄黄色のハーフパンツに、同色のサンダルという涼しげな格好。金色の被毛が太
陽を照り返し、美しく、眩い色彩に彩られている。
「あ、いいのいいの。海に来たのも突発的にだし。邪魔するつもりは無いよ。にしても…」
ユウトはアルの姿を見て、愉快そうに笑う。
「水着なんか着ると、少年っぽく見えるねぇアル君」
「そうだな。若く見える」
「なんスかそれ!?オレは元々若いっス!…って、なんでユウトさんが海に来てるんスか?泳げないのに…」
「いいじゃない!水際で遊ぶ分には溺れたりする心配も無いんだから…、って、ちょっと!?なんでボクがカナヅチなのを知っ
てるの!?…あ、ちょっとタケシ!逃げるなぁっ!」
ユウトが目をやると、情報の漏洩源はすたすたと歩き去ってゆく所だった。
「じゃあ、ボクらは行くね。コラ、タケシ!あれほど…!」
ユウトは二人を残し、いやに足早に去っていくタケシの背を追いかけて行った。
アケミとアルは人混みの中を縫って去ってゆく二人を見送り、顔を見合わせると、プッと小さく吹き出す。
「さあ、行きましょうか。皆を待たせても悪いですし」
「うっス!」
シートの上で車座になると、女子達は用意してきたお手製の弁当を広げた。
保温容器に入れられた弁当は、かなり手の込んだものになっている。…ある一名の作ったものを除いて…。
アケミ以外のメンツは、その弁当を見ながら、やや青ざめた顔をしていた。
頑張った。アケミは頑張ったのだ。頑張ったのだが…。
アケミの作ってきた弁当は、深さ5センチ、一辺20センチの正方形をした大型の弁当箱三段重ね。
一段目は海苔弁、二段目はヤキソバ、三段目はグラタンが、ギッチリ詰め込まれていた。
だが、本人以外が一目でそうと分かるのは二段目まで、三段目の弁当箱にたゆたう、タマネギやマカロニやイカの切り身、
エビなどが浮かぶ焦げ茶色のゲル状物体は、そう説明されなければグラタンとして生み出された物だとは分からなかった。
「なんつうかこう…、斬新なビジュアルだと思うよ。うん」
男子の一人が、やや引きながら感想を述べる。
他の女子が用意してきた幕の内風の弁当と、サンドイッチをメインにしたランチボックスの間で、その弁当は異質な空気を
発散していた。
「じゃ、じゃあ食おうか」
男子の一人が微かに引き攣った顔で言うと、皆が思い思いに手を伸ばした。
ヤキソバをとり、口元に運んだ男子が、小さく「うっ!」と呻いた。
輪ゴムを連想させる素晴らしく手強い弾力の食感。そしてとってもビターな焦げた味。それなのにモヤシは奇跡のようにほ
ぼ生だった。
海苔弁を皿に取った女子が、小さく「くっ?」と声を洩らした。
一つ残らず芯の残った米。しかも惜しげもなく醤油をかけられ、くっきりした茶色になっている。醤油でヒタヒタになった
味海苔も、独特の食感と味で存在感をアピールしていた。
そして、各々一口味見した後、真ん中の弁当にだけは、誰も手を伸ばさなくなる。
軽く、というかかなりヘコンだ様子のアケミを横目にすると、アルは中央の弁当に手を伸ばした。
「皆が食べないなら、これオレが食っても良いっスかね?全部好物なんで…」
男子二人が「止めておけ」と視線で警告したが、アルは海苔弁を掴むと、掻き込むように食べ始めた。
「あ、あの。アルビオンさん、無理に食べなくても…」
おどおどと言ったアケミの言葉を無視し、アルは皆の視線を浴びながら、続いてヤキソバをガフガフと頬張り、最後にグラ
タン(?)をゾゾゾっと啜りこむ。
その豪快な食いっぷりに、一同は賞賛の視線を釘付けにしていた。
あっというまに弁当を平らげると、白熊は胸の前で手を合わせた。
「ご馳走様っス。美味かったっスよ」
少し嬉しそうな、そして照れたような微笑を浮かべたアケミに笑顔を向けたアルだったが、実は背中にイヤな汗をビッショ
リとかいていたりする。
「あ、飲み物無くなりそうですね。ちょっと買いに行ってきます」
アケミが上機嫌でジュースを買いに行くと、男子二人がアルの両肩をポンと叩いた。
「漢だぜアル!」
「お前、今すっげぇ輝いてたぞ!」
「平気?口直しに他のものでも…」
「ホントに大丈夫?無理してない?」
「やだなぁ、本当に美味かったっスよ!」
口々に言う皆に、アルは少し引き攣った、乾いた笑みを浮かべた。
(実は…、グラタン啜り込んでる最中、一瞬意識が飛びかけたっスけどね…)
くたくたになるまで遊んだ後、一同はバス乗り場で解散する事になった。
沈んだばかりの夕陽の残滓が空を薄いオレンジに染め、バスがヘッドライトをつける。
相楽堂に寄りながら帰るつもりのアルがバスに乗り込む皆に手を振ると、最後に乗り込もうとしたアケミが、気が変わった
ように乗車口から離れた。
「ごめんなさい。そういえば私も寄る所があったの」
アケミはアルと並んで級友達に手を振り、走り去るバスを見送った。
「あの…、今日は、有難う御座いました」
「いや、こっちこそ誘ってもらって嬉しかったっス。こんな楽しかったの久しぶりっス」
アルが満面の笑みを浮かべて言うと、アケミは首を横に振った。
「私のお弁当、やっぱり失敗していましたよね?なのに無理して食べてくれて…」
「失敗なんてしてたっスかね?美味かったっスけど?」
とぼけたように言ったアルに、アケミは申し訳無さそうに項垂れた。
「例え失敗してたとしても、アケミさんの作ったものなら、なんでも食うっスから」
アルの言葉に少女は顔を上げた。アルは真剣な顔で、アケミを見つめていた。
「オレ、決めたんス。今までは、調停者としてただただ早く一人前になりたいと思ってたっスけど。今は目標が決まったっス。
オレ、一人前になって、強くなって、アケミさんを護るっス。もちろん、アケミさんがイヤじゃなかったらの話っスけど…、
それが、オレにできるせめてもの罪滅ぼしで、一番やりたい事で、やらなきゃいけない事で…」
アルは苛立たしげに歯を食い縛って俯いた。
「くそっ!オレ馬鹿だから、上手く言えないっス…!」
アケミは、そんなアルの手をそっと取った。びっくりしたように顔を上げた白熊に、少女は微笑を浮かべて頷く。
「いいえ、いいえ、アルビオンさんの気持ち、きちんと伝わりました。とても…、とても嬉しいです…」
アケミの目には、うっすらと涙がにじんでいた。アルは少女の頼りない、細くしなやかな手を、恥じらいながらそっと両手
で包む。
二人は互いの目の中に、同じ感情が映りこんでいるのを目にしていた。
「アルビオンさん。罪滅ぼしだなんて、護ってなんてくれなくて、良いんです。その気持ちだけで…」
「いや、護るっス。アケミさんがイヤにならないかぎり、ずっと護るっス」
アルは少し照れたように目を細めて言った。
「…今だから言うっスけど。…実は、一目惚れだったっス…」
アケミは目を細めて微笑んだ。
「嬉しいです。アルビオンさん。今まで生きてきた中で、一番…!」
アケミの頬を涙が伝った。誰にも打ち明けていなかった、能力者となって以来ずっと付いて回っていた不安が、雪が融ける
ようにスッと消えていった。自分を護ると言ってくれる人が居る。その安心感が、少女の胸を満たしていた。
「これからは、アルって、呼んでくれないっスか?」
「それなら、私の事もアケミと、呼び捨てにしてください」
笑みを浮かべて頷きあうと、二人は互いの瞳をじっと見つめた。
夕闇の中で、アルはアケミの背にそっと手を回した。柔らかい、純白の被毛の感触に、アケミは目を細める。
「あ…、アケミ…。好きっス…」
「私も、アルの事が好きです…」
二人は出会って以来初めて、互いの名を呼び捨てで口にした。
アケミは精一杯背伸びして、アルは出来る限り背を縮め、互いの両腕を互いの体に回して抱きしめ合った。
人気の無い夕闇のバス停で、時刻表の柔らかい灯りが、重なり合った二人を照らしていた。
「おかえり。楽しかった?」
帰ってきたアルに、シャワーを浴びてきたらしいユウトが、ドライヤーで頭を乾かしながら声をかけた。
時刻は夜8時。結局、相楽堂には寄らず、アケミと二人で喫茶店に入り、しばらく話をしてから帰ってきた。
「聞くまでもないか」
幸せそうな笑みを浮かべているアルに、ユウトは微笑みながら言った。
「あ、そうだ。タケシ少し出かけるって、トレーニングはお休みにしたいって言ってた」
「了解っス」
「それじゃ、そろそろ夕食の支度しようかな」
「う…っス…!?」
元気に返事をしようとしたアルは、まさにその直後、顔を歪ませた。
「うん?どうかした?」
「なんか…、急に腹が…」
刺し込むような腹痛に襲われ、腹を押さえてダラダラと冷や汗を流すアル。そのただならぬ様子に、ユウトは慌てて歩み寄る。
「大丈夫!?何か変なものでも食べた!?」
苦しげに顔を歪ませたアルの脳裏に浮かんだのは、海で食べたアケミの弁当。
「へ…、変なものなんか…、食べてないっス…!断じてっ…!」
アルは、昼に食べた物の事は、アケミの名誉の為にも隠し通す事を心に決めた。
しかし、彼はこの日から二日間寝込み、結局、見舞いに来たアケミ自身の告白により、原因が明らかにされる結果となった…。