第二十四話 「夏の終わりに」

地下のトレーニングルームに、剣戟の音が響き渡る。

今夜も、タケシとアルはほぼ毎日繰り返してきた模擬戦を行っていた。

しかし、今日の模擬戦はいつにも増して熱のこもったものになっている。二人とも、この模擬戦が特別な物だという事を、

はっきりと理解していた。

壁際に下がっているユウトとアケミも、二人の邪魔にならないよう一言も発さず、息を殺して見守っていた。

アルが脇を締め、コンパクトなスイングで右から左への横薙ぎの一撃を放つと、タケシは僅かにバックステップしてそれを

やりすごす。

アルはさらに一歩踏み込み、左から刃を返して追撃を放つ。当たれば戦闘不能になりかねない一撃を身を伏せてかわし、タ

ケシは下からすくい上げるように刀を跳ね上げた。

白熊は斧を無理に返そうとはせず、僅かに引き戻した柄で刀を受け止めると、武器をかみ合わせたまま、前に出していた左

足を蹴り上げる。身を捻って蹴りをよけたタケシは、かみ合わせた刀を柄にそって滑らせ突きを放つ。アルは片足立ちのまま、

膂力に物を言わせて柄を押し上げ、切っ先を自分の上へと逸らした。

そのまま脚を踏み下ろして一歩踏み出すと、体重差を活かし、武器を絡ませたままタケシの体を押してその体勢を崩す。

 押されてバランスを崩した青年に向かい、アルは戦斧を横薙ぎに振るった。受け流す刀と火花を散らせて交錯すると、流さ

れた斧は宙でピタリと止まり、反転して再度タケシを強襲する。

 肩口めがけて振り下ろされた斧を、服をかすらせてギリギリで避け、タケシは反撃の突きを放とうと、刀を大きく引いた。

が、振り下ろされ、床に打ち込まれる寸前で、斧はくるりと反転した。

 床を打ち据え、破片を飛び散らせながら、刃を上にした斧がいきなり跳ね上がる。

かわしたはずの斧が三度襲い掛かり、タケシの対処が遅れる。仰け反ってかわした青年の両脚を、アルの右足が払った。

 ただの足払いもアルが放てば、一般人なら骨折を免れない強烈な破壊力である。丸太のような太い足で両脚を蹴り飛ばされ、

 タケシは完全に両脚が地面から離れ、背中から倒れこむ。そこへ、大斧が振り降ろされた。

「…俺の負けだな…」

眼前で止められた斧の刃先を見つめ、タケシが言った。それを聞いたアルは、拳を握りこんでガッツポーズを取る。

「凄いよアル君!タケシから一本取るなんて、警視庁の特殊部隊30人でもできなかった事だよ!?これまでダウドと兄さん

くらいしか居なかったんだから!」

ユウトは満面の笑みで賞賛の言葉を送る。

「カウントにお前自身を含め忘れているぞ、ユウト」

身を起こして言ったタケシの目の前に、白い被毛に覆われた大きな手が差し出される。

息を弾ませているアルが、タケシの前で屈み込み、手を差し伸べていた。

「済まない」

手を借りて立ち上がると、タケシは白熊の分厚い胸を、拳でドンと叩いた。

「良い攻めだ。これならば、多対一の戦いでも、大戦斧の重さは弱点にならないだろう」

微笑を浮かべて言ったタケシに、アルは照れたように頭を掻く。

この模擬戦を通し、アルはスピードで自分を大きく上回る相手との戦い方を学んでいた。

腕力だけに頼らず、状況に応じて振りをコンパクトにする事を心がけ、柄を使った防御の技術を磨き上げた。そして、ユウ

トの動きを参考にして緩急を付ける足捌きと、密着での戦闘に体術も盛り込んでいる。

 その結果、これまでの大振りな一撃に頼った大味な戦い方ではなく、より柔軟性に長けた戦い方が可能になっていた。

じっと見守っていたアケミは、怪我などが無かった事に安堵し、ため息をつくと、無言のまま笑みを浮かべ、誇らしげにア

ルを見つめる。

「アル君、もっと喜んでいいんだよ?」

笑いながら言うユウトに、アルは眉を潜める。

「でも、結局これだけやって、たった一回勝てただけっスからね…」

「何戦くらいしたんですか?」

アケミの問いに、アルは言い辛そうにぼそりと呟いた。

「92戦…。つまり、1勝91敗っス…」

一瞬言葉に詰まった後、アケミはフォローを求めるように、ユウトに視線を向けた。

「まあ、最後の一戦で、有終の美を飾れて良かったじゃない」

少し寂しげにユウトが言うと、アルは手元の斧に視線を落として呟いた。

「そうっスね…、最後の最後で、やっと一本っス…」

その寂しげな微笑みからは、あまり喜びは感じられなかった。



河祖下村への里帰りから一週間。事務所には、もう一つの夏の別れが迫っていた。

「明日の今頃には、もう首都に着いてるかな…」

ユウトは午後9時半を示す壁時計を眺め、寂しそうに言った。

事務所のリビングで、アケミは麦茶のグラスに視線を落とし、アルはその様子をちらりと横目にし、同じく視線を落とす。

タケシはいつも通り、話しかけない限りは無言だったが、それでも、彼がなんとなく寂しがっていることは、三人にも察せ

られた。

楽しかった夏休みも終わり、アケミの学校は明日から二学期。首都圏にあるアルの学校は月末までが休みだが、夏休みの課

題も残っているうえ、ブルーティッシュへの復帰にあたり、調停者として片付けなければならない事も待っている。そろそろ

帰らなければならないのである。

明日の午後一番の列車で、アルは首都へと帰る事になっていた。アケミは始業式があるため、見送りには行けない。顔を見

て話せるのは、今夜が最後だった。

アルは事務所で過ごした夏を振り返る。

打ちのめされ、失意の内に訪れたこの事務所での一夏は、新鮮な経験に満ちた楽しいものだった。思い返せば、あっという

間に過ぎ去って行った楽しい日々。こんなに楽しく充実した夏を過ごしたのは、思い出せる限り初めての事であった。

ブルーティッシュに戻りたくない訳ではない。だが、ユウトやタケシ、何よりアケミと別れるのが辛かった。

それでも帰らなければならない。一人前になって、アケミを護ると誓いを立てた。そのためにもブルーティッシュに戻り、

調停者として、一人の男として、経験を積まなければならないのだ。

「連休を使って、会いに来るっスから」

アルのその言葉を、アケミは鵜呑みにしてはいなかった。アルはただの学生ではない。調停者との二股である。暦の上では

連休でも、事件があれば休みではない。アルがチームの主力部隊に居ることを、アケミはユウトから聞いて知っている。

笑顔で送り出さなければならない。そう思いながらも、笑みを浮かべるのは難しかった。

初めて唇を重ねた相手。家族とも友人とも違う、愛する者と会えるということだけで、毎日がどれだけ幸福な気持ちで過ご

せたことか、アケミはこの短い夏の間にも、十分過ぎるほどに恋する幸せを知った。

「そろそろ、帰りますね」

アケミがそう言って立ち上がると、アルも席を立った。

「オレ、送って来るっス」

ユウトとタケシに見送られ、二人は揃って事務所を出ると、無言のまま歩き出した。

最初は二人揃って歩くのにも、歩幅の違いに戸惑ったものだったが、今ではすっかり慣れ、アケミはやや足早に、アルはゆっ

くり歩くよう心がけ、同じ速度で歩いている。

次に会う時には、この感覚を覚えているだろうか?それとも、忘れてしまっているだろうか?そう考えると、二人は切なく、

寂しい気持ちになった。

「ここで、大丈夫ですから」

アケミはバス停の前で立ち止まり、アルの顔を見上げた。

「バスが来るまで、ここに居るっス」

人通りのないバス停で、二人は並んでベンチに腰掛けた。

「電話、するっスよ…」

「…はい…」

「出来る限り、メールも送るっス…」

「…はい…」

少女は、自分から電話をする事はなるべく避けたかった。いつ、アルが調停者として任務についているか分からない、出ら

れる状況にいるとは限らないし、邪魔になるかもしれないと考えている。

黙り込んだ二人の前に、バスが停まった。

アケミは立ち上がり、乗車口を登る。

ドアが閉まる寸前、アケミは何かを言いかけて、それから口を閉ざした。閉じたドアの向こうで、少女は笑みを浮かべて手

を振る。むりやり浮かべた作り笑いは、まるで泣くのを堪えているように見え、アルは胸が締め付けられるような感覚に囚わ

れた。

窓の向こうのアケミを、叫んで引き留めたい衝動に駆られる。それを堪え、走り出したバスの中の少女をじっと見つめ、無

理矢理笑みを形作って手を振る。

やがてバスが見えなくなっても、アルはずっとその場に佇んでいた。



事務所に来て一ヶ月近く過ごした部屋を、アルは名残惜しそうに見回した。

元々アルは武具の入った鞄と、最低限の生活用品しか持ってきていない。家具や寝具は事務所にあった物を使わせて貰った

ので、荷物は殆ど増えていなかった。

机の上に置いてある二つの写真立てには、アケミの友人達と海へ行った時の写真と、河祖下村からの帰りに四人で撮った写

真が飾られていた。

写真を手に取ると、アルはベッドに腰掛け、しばらく見つめた。

どれほどそうしていただろうか、楽しかった思い出を振り返っていたアルは、ふと時計を見る。もうじき、日付が変わると

ころだった。

数少ない、増えた荷物を割れないようにタオルでくるみ、丁寧にザックにしまうと、アルは明かりを消し、ベッドの上に仰

向けになった。毎日見上げ、すっかり見慣れたこの部屋の天井とも、今夜でお別れになる。

なかなか寝付く事ができず、アルはいつまでも天井を見つめていた。



始業式が行われている体育館ホールで、アケミは、彼女にしては珍しい事なのだが、ぼーっと、上の空で校長のスピーチを

聞いていた。

昨夜、アルとの別れ際、本当は、最後にきちんと伝えたい言葉があった。それが伝えられなかった事が心残りでならず、少

女は浮かない顔だった。

時計を見れば、もうじき10時になろうとしている。

「なあ…。ちょっと、アケミちゃん…」

クラスメートの男子に小声で呼ばれ、アケミはそっと横を見た。男子生徒は、アルと一緒に海へ行ったメンバーの一人、ム

ードメーカーのシンジだった。彼らとは、夏休みの間に何度かアルと一緒に遊びに出かけていた。

「今日、式が終わったら午後から暇?皆と話したんだけどさ、アルも誘って、一緒にカラオケでも行かない?」

シンジの言葉を次いで、やはり一緒に海へ行った女子、ミナが小声で言う。

「首都の学校は休みが長いし、まだこっちに居るんでしょう?」

「アルは…、今日の午後に首都へ帰るんです…」

アケミの言葉に、傍に居た四人が残念そうな顔をする。

「そっか…、そんじゃ、皆で見送りに行こうか?」

もう一人の男子生徒、タクの言葉に、アケミは首を横に振る。

「仙大駅から、午後一番の特急に乗るの…。下校する頃には出発しています…」

アケミの言葉に、もう一人の女子、ユウコが声を上げた。

「アケミは、見送りには行かないの?」

項垂れた少女の様子を見て、ユウコは声を荒げた。

「何してるのよ!彼氏なんでしょ!?」

「で、でも…」

タクが時刻を確認し、呟いた。

「今からなら、北町駅から出る仙大行きの急行にギリギリ間に合う」

「聞いた?行くのよアケミ」

「でも…、式がまだ…」

シンジが肩を竦めた。

「校長の顔は毎日見れるけど、アルは帰っちまったら、しばらく会えなくなるんだぜ?」

アケミの体がピクリと震えた。昨夜からの心残りが、胸の中でざわつき始めた。

その様子を見て、ユウコは少し大きめの声で話し始めた。

「ちょっと、アケミ?大丈夫?顔色悪いわよ?!」

「お!本当だ!大丈夫か?!」

やや芝居がかった様子で、シンジもそれに同調する。

「大変だわ、先生…!アケミが具合悪いみたいですから、ちょっと保健室まで連れて行きますね!」

ミナが申し出ると、生徒の間を縫って歩み寄った中年の教師は、アケミの額に触れ、顔色を確認すると、疑いもせず心配そ

うに言った。

「榊原、無理はしなくて良いんだからな?それじゃあ済まないが、保健室まで頼むぞ南」

アケミはミナに付き添われてホールを抜け出すと、人気の無い渡り廊下でペコリとお辞儀した。

「ありがとう。皆にも伝えておいて。私、アルにきちんとお別れの挨拶をしてきます!」

ミナは笑顔で頷くと、ビシッと校門を指差した。

「さあ!あまり時間無いわよ!走る走る!駆けあ〜し、始めっ!」

アケミは笑みを浮かべ、力強くミナに頷くと、上履きのまま校庭を走って行った。



平日という事もあり、新幹線のホームは人影がまばらだった。

アルはタケシとユウトにペコリと頭を下げる。

「長い間、お世話になったっス」

ユウトは名残惜しそうに、アルの空いている手を両手で握った。

「いつでも遊びに来て良いんだからね?」

タケシが頷きながら言った。

「どうせいつも暇だ。こちらに気を遣う必要はないぞ」

「いつも暇なのは歓迎すべき事じゃないけどね…」

ユウトは苦笑し、アルは微妙な半笑いを浮かべる。

「貴重な経験をさせてもらって、お二人には、どうお礼をしたらいいか、解らないっス」

アルは感謝を込め、深々と頭を下げる。

「寝床と食事をあてがってもらって、仕事に連れて行ってもらって、稽古までつけてもらって、本当に、本当に有り難かったっ

ス!」

感極まって泣きそうになるのをこらえていると、ホームにアナウンスが流れた。間もなく、列車がやってくる。

「アル。忘れ物が…」

線路に向き直ったアルの背に、タケシが口を開いたが、その言葉は、ホームに侵入する列車の音にかき消されて宙に散った。

アルは聞き返そうと振り向き、そして一度、二度と瞬きする。やがて、その目が驚いたように丸くなる。

ユウトは肩越しに親指で背後を示し、笑みを浮かべて繰り返した。

「キミが一番感謝するべきなのは、きっと、ボクらじゃなく、彼女にだよ」

ユウトが指し示す向こう、ホームへの階段を駆け登り、一人の少女が姿を現していた。走り通しで制服は汗に濡れ、呼吸は

荒く、前髪は額に張り付いている。

「アルっ!」

アケミは列車の止まる音にも負けぬよう、声の限りに叫び、駆けてくる。

アルは荷物を放り出し、アケミに駆け寄った。

足がもつれ、よろめいた少女の体を、白熊がしっかりと抱き止める。

「始業式は、どうしたんスか!?」

アルは信じられない様子で言った。会いたいあまりに自分の脳が造り出した幻なのではないか?そんな思いが頭を掠め、ア

ケミの体の感触を確かめる。

「皆が協力してくれて、途中で抜け出せました」

アケミは息を整えながら、アルの胸にしがみついた。フワフワした、純白の長い被毛が、少女の頬をくすぐり、愛しい者の

体の匂いが胸に入り込む。

「なんで…そこまでして…」

胸が一杯になり、アルはアケミの体をそっと抱き締める。

「私、昨日の別れ際に言えなかった事があるんです」

アケミは顔を上げ、アルの顔を見上げた。

「離れていても、いつでも、貴方を想っていますから」

アルは嬉しくて、辛くて、泣き出しそうになるのを必死に堪える。自分の半分もない小さな少女が、涙もこぼさずに、真っ

直ぐな気持ちを伝えてくれている。なのに、自分が泣き出すわけにはいかなかった。

「オレも…、アケミが大好きっス…!世界中の何よりも大切っス…!」

アケミは瞳を潤ませ、アルに微笑んだ。アルは口の端を吊り上げ、泣きたいのを堪えて無理矢理に笑顔を作った。

「言葉の使い方、間違っているかもしれませんけど…」

微笑を浮かべる少女の目の端から、堪えきれなかった一筋の涙が流れた。

「行ってらっしゃい。アル」

「行って来るっス。アケミ」

互いの体の感触を確かめるように、二人はしっかりと抱き合い、唇を重ねた。

突っ立って一部始終を見ていた乗客や駅員は、ある者は手を叩き、ある者は口笛を吹いて、二人に暖かな視線を送った。

唇を離し、笑みを交わすと、アケミとアルはもう一度きつく抱き合い、それから離れる。

ユウトが拾ってくれた荷物を受け取り、アルが列車に乗り込むと、待っていたようにドアが閉まった。

閉じたドアの向こう、アルは笑顔で三人に手を振った。最後まで我慢するつもりだったのだが、気丈に微笑むアケミの顔を

目にした時、ポロリと涙が零れた。

それでも笑顔を崩さず、アルはガラス越しに口を動かした。

横に滑っていくホームで、アケミはこくりと頷いた。

「いってきます」

それが、アルがアケミに送った、必ず帰るという誓いを込めた言葉だった。



「勢いに任せて飛び出してきちゃいましたけど…、今頃、先生慌ててますよね…」

駅を出ると、アケミは途方に暮れたように呟いた。

電車で戻るつもりだったが、結局帰りは二人の車に乗せていってもらう事になった。三人は駅前の駐車場を目指して歩いて

ゆく。

「規則を破ったとしても、自分が納得できれば、それでいいんじゃない?」

優しく言ったユウトに、アケミは微笑みながら頷く。

「もし引き留めようとしたら、どうすべきかと一瞬悩んだが、立派だった」

珍しい事に、タケシは優しくアケミの肩を叩いた。

「二人とも大げさですよ?別に、これっきりずっとお別れというわけじゃないんですから。もうちょっとスマートにお別れし

たかったですね…」

強がったアケミのポケットで、携帯が着信音を鳴らした。

学校からだろうか?と、一瞬ドキリとしたアケミだったが、どうやらメールらしい。

携帯を取り出し、受信したメールを確認したアケミは、思わず息を止めた。

「アルから…?」

足を止めたアケミは、メールの中身を確認した。



『体は離れてても、オレの心はいつでも、アケミの所に居るっスからね』



ポロリと、涙が零れた。

立ち止まって振り返った二人の前で、

「ずるいですよね…。スマートにお別れしたかったのに、こんなの…」

止めどなく溢れる涙を拭いもせず、アケミは愛おしそうに携帯を抱き締めた。



「おう、戻ったか」

ブルーティッシュ本部、ほぼ一ヶ月ぶりに執務室の扉を潜ったアルに、たった一人で暇そうに欠伸を噛み殺していた白虎が

声をかけた。

「第一独立遊撃部隊所属、アルビオン・オールグッド。カルマトライブでの研修を終え、ただいま戻ったっス!」

背筋を伸ばして敬礼したアルに、ダウドはニヤリと笑って見せた。

「どうだ、少しは絞られたか?」

「少しどころかこってり絞られたようだ。雰囲気が変わった」

応じる声は、アルの背後からだった。

「…ヤマガタさん…」

振り返ったアルは、そこに参謀のトシキが立っていたことに気付き、ドアの前からどいて道を開ける。

が、トシキは部屋に入ろうとせず、アルの顔を見上げていた。

「向こうで、何か学べたか?」

「うっス…」

「ならば、俺からは何も言うことはない」

そっけなくそう言うと、トシキは部屋の中に入った。

アルはなんとなく感じた。無愛想で何を考えているか分かりづらいトシキだが、きっと、タケシと同じなのだと。他者と接

するのがとことん不器用なだけで、望むことは自分と同じなのだと。

「…ヤマガタさん!」

自分の前を通り過ぎていったトシキに、アルは呼びかけた。

「オレ、あれから色々考えて、自分がちっちゃかった事に気付いたっス。あの時のヤマガタさんの判断を、差別みたいに取っ

た自分こそ、人間と獣人の間に線引きしてたって気付いたっス」

トシキは首を巡らせ、アルの顔を見つめる。

「でも、オレ、馬鹿だから…。どうしようもなく馬鹿だから…。ああいう場面で、どっちかを選ぶのなんて、無理っス…。だ

から…」

「だから、他人に判断を委ねると?悪いが俺もごめんだ」

アルの言葉尻に言葉を被せると、トシキはフッと笑った。

「だからお前は、他人の意見に流されず、自分が正しいと思う判断を下せ。どちらか選べないなら、どちらも助ける男になっ

て見せろ」

アルは一瞬きょとんとした後、

「…うっス!」

口元を吊り上げ、力強く頷いた。

「さぁて、今日は遅い、報告は明日にしろ。俺はトシキと話があるからな」

「了解っス。失礼しましたっ!」

敬礼し、アルが部屋を出て行くと、ダウドはニヤニヤと笑いながらトシキの顔を見た。

「どうだ?お前の期待したとおりだったか?」

「ああ。実にいい顔をするようになった」

トシキは滅多に見せる事のない笑みを浮べながら頷き、口の中で呟いた。

「…お勤めご苦労。おかえり、アルビオン…」