第三十四話 「取り戻した記憶」
灯りは消したまま、二人はソファーに並んで腰掛けていた。
ユウトは半分寝そべるような姿勢で、タケシの体にぴったりと身を寄せ、タケシはユウトの肩に腕を回し、愛しげにその頬
を撫でている。
目を細めたまま、ユウトは口を開く。
「ねえ、もうこれっきり、忘れて良いから…、母さんの最後の様子、教えて…」
互いに辛い話なのは承知していた。それでもユウトは聞かずに居られなかった。
タケシは頷くと、ユウトの実の母、フレイアの最期の様子を語り始めた。
視界の悪い吹雪の中で、ラグナロクの奇襲部隊は、予定通りにレリックの護衛へ奇襲をかけ、乱戦に持ち込むことに成功した。
その中で、当時まだ十六歳の少年だったタケシは、予想外の強敵に苦戦していた。
レリックを積んだ雪上車を奇襲し、護衛を排除したところまでは予定通りだった。
しかし、ハッチをこじ開けた途端、雪上車の上から飛び降りて現れた一人の女は、それまでに斬り伏せた相手とは明らかに
違っていた。
金髪の女剣士は瞬く間に五人の兵士を斬り捨て、タケシと刃を交えた。
かなりの使い手だった。剣の腕はタケシと互角以上。それに加え、雪中での戦いに慣れているのだろう、足捌きや身のこな
しで、タケシは僅かに後れを取っていた。
「残念だね。その若さでこれほどの腕、道を違えなければ良いハンターに成れたのに…」
フレイアとは対照的に、タケシは言葉を発する余裕も無かった。
自分以上の剣速で畳み掛けるように押し込まれ、能力を発動する隙もない。
経験、実力、地の利、当時のタケシはその全てにおいてフレイアに及んでいなかった。
しかし、タケシが少しずつ劣勢に追い込まれていたその時だった。遠くから、誰かに呼びかけるような声が響いたのは。
「…イア…!…フレイア…!…母さん…!…母さぁん…!」
まるで親とはぐれた子供が泣き叫ぶような声が、吹雪の中、風に乗って二人の耳に届いた。
その声を聞いた途端、女剣士の剣捌きが鈍った。
交錯し、跳ね除けられるはずだったタケシの剣は、宙でフレイアの剣とすれ違い、その胸に滑り込んだ。
背中まで突き抜けた剣を、タケシは何故か、咄嗟に引き抜いていた。
勝ったにも関わらず、まるでその結果が、本意ではなかったように…。
女はよろよろとよろめき、こじ開けられたハッチに背をぶつけ、崩れ落ちた。
「どこの…、誰かしらね…?ばらしたのは…。あの子には秘密だって、言っておいたのに…」
困ったように言った女の口から、血が零れ落ちた。
「…その傷では助かるまい…。言い遺す事はあるか?」
タケシの言葉に、フレイアは懇願するように言った。
「…別動していた者達が、じきに戻ってくる…。そちらには手出しをしないで欲しい…」
フレイアの弱々しい声に、少年は頷いた。
「もとより、レリックを得る事が俺の任務だ。護衛を全滅させろとは言われていない」
タケシは、フレイアに敬礼した。
「お前は、敬意を払うに値する戦士だった。誓いは違えぬと約束する」
フレイアは安心したように微笑み、焦点の合わない目を宙に彷徨わせながら微笑した。
「……ウト…、ごめんね…、…一度も、娘と呼んで…、あげられなくて…」
フレイアは、息を長く吐き出すと、それっきり動かなくなった。
タケシはフレイアの亡骸の前に立ち、短く黙祷を捧げた。
「そうか…、ボク、ずっと名前を呼んでいたつもりだったけど…、あの時、母さんって呼んでたんだ…」
ユウトは目を閉じ、母の顔を思い出す。
「なんで、あんな穏やかな顔をしていたのか、やっと解った気がする…。母さんって呼んだボクの声が、届いていたんだね…」
タケシはユウトの頬に触れ、顔を覗きこむ。
「憎くなったら、いつでも俺を殺して良いんだぞ。お前にはその権利が…」
「また…!もうそれは無しって言ったでしょ?」
少し怒ったように言ったユウトに、タケシは口を閉ざす。
「母さんが死んだのは、ボクが呼びかけたせいでもあるんだ。母さんの死に罪悪感を覚えてるなら、いつかあっちで会った時
に謝ってあげて。もちろん、ボクも一緒に謝るから」
ユウトは微笑みを浮かべ、タケシの頬に手を伸ばし、そっと触れた。
「それまでは、精一杯生きる事!途中で投げ出すなんて許さないからね?泣いて笑ってバカやって、悔やんで怒って喜んで、
苦しんで悲しんで楽しんで、生きて生きて生き抜いて、精一杯生きて!やる事がなにも無くなってから死ぬんだから!いいね!?」
タケシはユウトの顔を見つめ、微笑み返した。
「分かったよ…。ありがとう、ユウト。…そして、本当に済まない…」
心からの礼と詫びを口にすると、タケシはユウトと見つめあう。
そして二人はゆっくりと唇を重ね、まだ慣れていないキスをした。
「おはようタケシ」
「おはよう、ユウト」
ソファーの上で抱き合ったまま眠り、そして夜が明け、目覚めた二人は顔を見合わせて笑みを交わす。
これまでと変わらぬ朝がやってきた。だが、二人とも少し不思議な気分だった。
愛の告白を通し、二人の関係は確かに変わった。それほど劇的な変化でもなければ、気付かぬような微妙な変化でもない。
浮かべる笑み、交わす言葉、共有する時間、全てのものを大切に感じる。
これまでずっと、この上なく幸せだと思って過ごしてきた。だが、互いの気持ちを口にした後、昨日までよりもずっと幸せ
な気分だった。
「美味しい?」
「ん、美味い」
問いかけるユウトに、オムレツを口に運びながら、タケシは微笑して頷く。
いつもと変わらぬ朝食、いつもと変わらぬ会話、いつもと変わらず互いが居る部屋。
今となっては、何故もっと早くに言ってしまわなかったのかと、二人は疑問にすら思う。
そうすれば、この幸せな時間を、もっと前から噛みしめていられたのに、と。
「ユウト、今日は休みにしよう」
そう声をかけられ、朝食の後片付けをしていたユウトが振り向いた。
新聞の記事を確認していた青年は、顔を上げ、ユウトの顔を見て続ける。
「俺が取り戻した記憶について、それと、思い出した力の使い方について、説明しておいた方が良いと思う」
記憶の一部が戻った事は聞いていたが、能力については初耳だった。ユウトはこくりと頷くと、青年に尋ねる。
「分かった。ドアにお休みのプレート出してきてくれる?片付けが終わったら下で話そう」
ここで言う下とは、地下のトレーニングルームの事である。タケシは頷くと、ドアのプレートを休業のものと取り替えるた
め、席を立った。
「俺は、ラグナロクで生まれた」
ベンチプレスの台に腰掛けたタケシは、向かい合い、床に腰を下ろしているユウトに話し始めた。
「物心がついた頃には、戦闘訓練を受けていた。戦闘技術だけではなく、隠遁、生存技術、様々な特殊技能を学ばされた。レ
リックや危険生物、様々な能力についての知識も、その訓練で覚えた事だ」
タケシの言葉に、ユウトは深く納得する。危険生物に対する青年の知識は、調停者や政府、警視庁で押さえているデータよ
りも正確で緻密なものだ。それもそのはず、狩る側ではなく、生み出す側の知識が青年に与えられていたのだから。
「今から7年前…、15歳の時に全ての訓練を終えた俺は、実戦配備される際にコードネームを与えられた。与えられたコー
ドはベヒーモス。主に暗殺、奇襲、特殊工作、そして重点的な殲滅活動などを請け負った。ビルで会った不流忍とフェンリル
の二人は、おそらく当時の俺のような立場にあるのだと思う」
タケシは自分が携わった作戦の内容や、暗殺したターゲット、襲撃した施設の名をいくつか上げた。
ユウトは話を聞きながらごくりと喉を鳴らす。青年が口にした殆どの事件が、世界的なニュースになり、しかもいまだに犯
人が解っていない事件だったからだ。覚悟はしていたにもかかわらず、驚きはかなりのものであった。
(それら全部がラグナロクの仕業だなんて知れたら、世間はパニックになるね…。しかも、当時少年だったタケシが、それだ
けの数の、それも大事件に関わっていたなんて…)
ばれていたら間違いなく国際指名手配されていた。そう考え、ユウトはゴクリと唾を飲み込む。今更ながら、ラグナロクと
いう組織の強大さを実感させられていた。
「軽蔑しただろう?」
少し怯えているように、タケシはユウトの顔色を伺う。これまでは見せたことの無かった態度だった。ユウトに嫌われたく
ない。そんな思いが胸の中にある。
そんなタケシに、ユウトはニッと笑って見せた。
「な〜にを今さらっ!ボクはキミの全部を受け入れるって、そう決めたんだから」
一片の迷いすらないユウトの言葉に、ほっとしたように表情を和らげるタケシ。
例え世界を敵に回しても、自分はタケシの隣に寄り添っていよう。
昨夜の告白の後、ユウトは心の中でそう誓った。今さらどんな事を知っても、その誓いは決して変わる事は無い。
「ありがとう」
青年に嬉しそうに礼を言われ、ユウトは照れたように頬を掻いた。
記憶を取り戻し始めている事が影響しているのか、タケシの口調や態度も、微妙に変化し始めていた。これまでの硬い言葉
が少し砕けた感じになり、表情もより人間味を帯びてきている。
「タケシはラグナロクでどういう立場に居たの?話を聞く限り、工作員にしても、ただの一般兵じゃない感じがする。使い捨
ての下っ端とは明らかに違うよね?」
ユウトの重大な関心はそこにあった。シノブといい、フェンリルといい、ただの兵士とは思えない戦闘能力を有していた。
タケシもまた、一般兵としては非凡な能力と知識を持っている。いかに強大な勢力を誇るラグナロクとはいえ、末端の兵士
にまでこれほどの訓練を積ませるとは考え難かったし、二年前に首都で戦った時には、それほどの実力を持った兵士とは出遭
わなかった。
「それにはまず、ラグナロクの構造から説明する必要があるな」
ユウトが頷くと、タケシは記憶をたぐって話し始めた。
「ラグナロクは、数名の最高幹部からなる「中枢」によって統括されている。だが、「中枢」のメンバーやその人数までは、
当時の俺も知らされてはいなかった。その下にいくつかのの軍が存在し、「中枢」から直接指令を受ける立場にあるのがそれ
ぞれの軍団長。そして軍団長はさらに下の部隊長に指令を伝える。だが、俺はどこの軍団にも部隊にも属していない「中枢」
直属の特殊工作員だった。そのため、直接「中枢」の中の一人から指令を受ける立場にあり、階級上は部隊長と同じ扱いになっ
ていた」
「じゃあ士官クラスだったんだね?」
「扱い上はな。部下は居なかったが」
ユウトの問いに頷くと、タケシは続けた。
「ついでに言うと、俺はラグナロク内でもかなり特殊な立場にあった。俺の能力は貴重なものだったし、手前味噌になるが強
力だ。そのためか俺達…、つまり同じ能力を持つ者は、一ヵ所に集められ、能力開発の訓練を受けた。シノブもその中の一人だ」
ユウトは軽く目を見開く。不流忍もその中の一人、つまり…、
「空間に干渉する能力を持つ者は、ラグナロクに四人存在した。その内一人は俺。もう一人は不流忍。残る二人は…」
タケシは一度言葉を切り、かつて共に過ごした同胞の顔を思い出す。
「不動防人(ふどうさきもり)と、不二沙門(ふじしゃもん)…」
初めて耳にする名前に、ユウトは興味をそそられた。どんな人物かとの問いに、タケシは遠くを見るように目を細めた。
「サキモリは、俺達四人の中では最後に連れてこられた子供だった。俺より12歳下の男の子で、黒髪に黒い瞳。今はもう1
0歳になっているはずだな。やんちゃで気が強く、そのくせ甘えん坊だった」
弟の事を話すような青年の口ぶりに、ユウトは顔を綻ばせる。
「シャモンも黒髪で黒い瞳だった。恐らく、俺達は全員東洋系なのだろう。俺より6つ上で、姉のような存在だった。物静か
だが、説教癖があって…」
青年の語る同胞達の話に、ユウトは興味深そうに、じっと耳を傾けていたが、やがて話が途切れたのを見計らって尋ねた。
「あのシノブって子はどんな子だったの?彼女もずっと一緒だったんでしょ?」
「シノブは…」
タケシは口ごもる。
シノブはユウトを殺そうとした。実際に、ユウトは彼女によって死にかねないほど深い傷を負わされたのだ。そして、ユウ
トがシノブに後れを取った原因が、自分の放った不用意な一言にあった事も、タケシにとっては忘れられない失敗となっている。
「ボクは気にしてないよ。真剣勝負の結果だもん」
笑みを浮かべて言うと、ユウトはタケシに話すよう促した。
「…不流忍は、俺より3つ下、妹のようなものだった。勝ち気で、負けず嫌いで、こうと決めたら譲らない、そんな性格だった…」
タケシの話を聞きながら、ユウトは思う。やはり、殺したくはない。と…。
「ねえ、キミは、次に会ったら躊躇うなって言ったけど…」
ユウトは言葉を探し、自分の気持ちを確認しながら、ゆっくりと話す。
「やっぱり、なんとかして捕まえよう」
正気か?というように、タケシは目を丸くしてユウトの顔を見つめた。
「きっかけが記憶喪失だったとしても、タケシはこうして調停者としてやっていけてる。彼女達も、もしかしたら説得できる
かもしれない」
ユウトはもう一度シノブに会いたかった。自分と同じ者を大切に想える相手なら、話が解らない相手ではないような気がした。
甘い事を言っているのは十分に解っている。それでも自分は本気である事を、金熊は真剣な眼差しでタケシに訴えた。
「…分かった。極力努力しよう。だが、危険と判断したら躊躇うなよ。いいな?」
釘を刺しつつも、タケシは申し訳ない気分になった。ユウトはシノブが青年の身内であるゆえに、できれば傷つけたくない
と思っているのだ。
タケシはしばらく、思い出せた限りのラグナロクの内部事情を説明した後、ユウトが最も気になっていた部分、いかにして
自分がラグナロクを抜け、記憶を失ったかについて語った。
「記憶を失う直前の事は、なんとか思い出せた」
タケシはそう前置きし、話し始めた。
「現在のラグナロクのトップ、ようするに「中枢」内での最高権力者は、深紅の被毛に黒いストライプを持つ虎獣人、スルト
という男だ。当時スルトは、次第に強くなっていく俺の能力を危険視し始めていたらしい。そして任務から戻ったある日、シ
ャモンが俺の部屋を訪れ、教えてくれた。スルトは俺を始末するつもりだと…」
シャモンの協力により、監視の隙を突いて出向先の施設を抜け出した事。
追っ手から逃亡しつつ、米国を彷徨った日々。
それからタンカーに潜み密航を企てた事。
それが発覚し、ヘリで追跡された事。
タンカーの甲板上での死闘。
ヘリを盗んで脱出した事。
それが遠隔爆破された事。
運良く生き延び、東護町の港に流れ着き、目覚めた時には記憶を失っていた事。
ユウトはタケシの話に、緊張した面持ちで聞き入っていた。
「テトラポットにひっかかる形で流れ着いていた俺は、暗い港でレリックの不法密輸を行っている現場に出くわした。記憶を
失って混乱していた俺は、状況を理解しないままに近づき、見つかってしまった」
「それで密売組織を相手に大立ち回りして、駆けつけたカズキさんに新人の調停者と勘違いされた。と…」
ユウトの言葉に青年は頭を掻きながら頷いた。
「あの時は本当に困った。調停者が何なのかという知識はあったが、自分が何者なのか全く思い出せなかったからな…。結局、
名前を名乗ったきり、自分が何者なのか説明もできず、ほとんど保護される形でカズキさんの世話になった。それからは以前
にも話した通り、調停者資格を取るまで、ずっとカズキさんの所に居候だ。資格を取ってからは、住み慣れたこの町で仕事を
請け負って、そして…」
タケシはふと、笑みを浮かべた。
「お前に出会ったわけだ。…まあ、あとは知っているだろう」
長年の疑問がすっかり解け、ユウトは満足げに頷いた。そして彼女は、残された最後の疑問を口にした。
「…それで、キミの両親は…?」
タケシは首を横に振った。
「両親は居ないと聞かされている。物心付いた頃にはラグナロクに居たからな、恐らく孤児だったのか…、それともこの能力
のせいで親元からさらわれたのか…、どちらにせよ、俺の記憶には無い」
「そう…。ごめん…」
タケシの本当の家族が判るかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたユウトは、落ち込んだ様子で詫びた。その項垂れた
頭を、タケシはそっと撫でる。
「謝るな。これまで気になった事も、気にした事も無かった。肉親が居なくとも平気だ。俺は一人ではないと、お前が教えて
くれたからな」
微笑みながら言ったタケシの言葉に、ユウトはくすぐったいような、誇らしいような気持ちで胸がいっぱいになる。
「さて、では次だ」
タケシが立ち上がると、ユウトは首を傾げた。
「言っただろう?思い出した能力を見せる。これからは、俺の戦い方も少し変わる。…いや、ベヒーモスだった頃の戦い方に
戻る、と言うべきか…」
振り抜いた剣先から5メートルは離れた位置で、藁人形が上下に両断された。
目を丸くするユウトに、刀をゆっくりと降ろしながらタケシが説明を加える。
「「ホロウエッジ」という。射程は最大で20メートル前後。距離は自分で自由に設定できる。ディストーションと比べて、
精神集中にかかる時間が少ないのが利点だが、これは軌道上のモノを貫通して進む。つまり味方を巻き込む可能性があるとい
うのがネックだ。乱戦では使えないな。ついでに言うと直線にしか飛ばないので、軌道を読まれれば当たらない」
次いでタケシは刀を眼前に翳すと、目を細め、意識を集中する。
程無く刀の周囲の空間が歪み、向こうの景色が揺らいで見えた。
タケシはその刀を、ゆっくりと藁人形に近づける。力を込めたようにも見えないのに、ゆっくり動かされた刀は、峰の部分
で人形の体に食い込んでいき、両断した。
「これは「エンプティストライク」。空間歪曲を武器の周囲に継続発生させる能力だ。つまりどんな武器…、例えば鉄パイプ
でも、何でも切れる名刀に早変わりする。障壁の応用なのだが、お前の能力と似た事もできる。つまり…」
タケシは人形の残骸に刀を近づけると、刀に固定していた空間の歪みを解き放った。
歪みは刃先から拡大し、人形を飲み込むと、ごっそりとえぐり取った。
「斬撃の瞬間に解き放てば、相手に直接ディストーションを仕掛けられる」
熊撃衝と同じ、近接戦闘で威力を発揮する能力だった。
遠近、どちらの戦闘でも対応できる能力。そして、エンドオブザワールドを使ったにもかかわらず、以前ほど消耗しない持久力。
記憶を取り戻した事が影響しているのか、短期間の内に見違えるように強くなったタケシを、ユウトは誇らしく感じていた。
「ボクも、うかうかしてられないね」
ユウトはちょっと悔しそうに、そしてとても嬉しそうに、タケシに笑いかけた。
「タケシがラグナロクだったって事。とりあえず、伏せておいた方が良いと思う」
ユウトの言葉に、タケシは少し考えた後、微妙な表情で頷いた。
元ラグナロクである事が知られれば、恐らく調停者資格は剥奪され、重要参考人として捕縛、下手をすれば投獄されるだろう。
罪を償う事に異議は無い。だが今身動きが取れなくなれば、シノブ達を止められる者がいなくなる。ユウト一人にそんな重
荷を押しつけたくはなかったし、シノブやシャモン、サキモリを自由の身にしてやりたいとも思っている。
「ダウドには…」
「知らせない方がいいよ。ダウドやネネさんは目を瞑ってくれるだろうけど、後々発覚しちゃった時に、もし知っていたとな
れば言い逃れできなくなるから…」
無論、カズキにも話せないし、他の誰にも打ち明ける訳にはいかない。少なくとも、東護町へのラグナロクの干渉を絶つまでは。
「今更無理だが、人手が欲しかったな…」
「だねぇ。二、三人でいいから秘密を共有できる仲間が居ればなぁ…。向こうの動きが判る情報網と、タケシが会った竜人や
黒犬に対抗できるような戦力…。ま、無い物ねだりだけど…」
「無い物ねだりついでに、どうせならアルでも「無い者」ねだっておくか?」
「あはは!そりゃいいや!アル君なら信用できるし、申し分ない戦力だしね」
肩を竦めて言ったタケシに、ユウトは可笑しそうに笑った。
ラグナロクの狙いがバベルにある事は予想がついた。
だが、頼る者も無いまま、なんとか二人だけでラグナロクを退けなければならない。
厳しい戦いになるのは目に見えていたが、それでも二人には、退くつもりは毛頭無い。
「俺の身内の手で、二年前の悲劇を繰り返させる訳には行かない…」
タケシは決意を込め、小さく呟いた。