第四十話 「バベル」
最も早く目覚めたのは、タケシと同じ車両に収容されたユウトだった。
タケシは医療用車両の密閉された部屋の中で相棒に状況を説明すると、搬送されながら密かに練っていた計画を打ち明ける。
「…助けて貰っておいて気が引けるけど…、その方が、誰にも邪魔されずに不流忍と接触できる可能性は高いよね…」
簡易寝台に腰掛けたユウトがしぶしぶながらも納得すると、隣にかけた青年は、迷い無く頷いた。
「ユウト、俺達はこれからシノブやあの銀狼、ヨルムンガンドやガルムとも刃を交える事になる。一人として、一筋縄では行
かない相手だ。それに…、その先にはロキが居る」
タケシは静かな口調でそう言うと、ユウトの瞳を覗き込んだ。
「総合力から言えば、相手は格上、俺達だけでは厳しい戦いになるだろう。付き合わせて済まないと思っている。だが…」
「皆まで言わなくて良いよ」
青年の言葉を遮り、ユウトは穏やかに微笑んだ。
「…命一つを武に込めて、矢尽き刃の折れるまで…」
金熊は、囁くように言って自分の胸に手を当てる。
「ボクはキミの為に力を振るう。誰でも無い、ボク自身へのこの誓いは、誰が前に立っても変わらない」
「…俺には、勿体無い言葉だな…」
タケシは微苦笑すると、
「…ユウト…」
一度言葉を切り、自分を見返すユウトの青い瞳を、真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「全て済んで、事務所に帰ったら…」
目を逸らし、天井を見上げ、タケシは頬をポリッと掻いた。
「…その…。昨夜受け取り損ねたプレゼント…、有り難く受け取るとしよう…」
目を丸くし、そして恥かしげに「ニシシ!」と笑ったユウトに、タケシは続ける。
「それから…、お前が良ければだが、年明けにでも改めて、河祖下のユウヒさんに挨拶に行きたい」
ユウトは二、三度瞬きし、タケシの顔をまじまじと見つめる。
「…そ、それってもしかして…」
「…そういう…ことだ…」
照れたように天井を見上げたままのタケシに、ユウトは幸せそうな笑みを浮かべて頷いた。
「ちゃんと、幸せにしてよね?」
「ああ…」
タケシとユウトは、静かに、長く、長く、唇を重ねた。
「済まない。どうも車に酔ってしまったようで…、少しだけ停めて貰えないか?」
タケシは運転席と繋がるドアを開け、運転手にそう告げた。
青年の言葉で路肩に寄り、停車した医療用車両の後ろから、静かに、素早く降りたユウトが運転席側へと回り込む。
「…本当に、済まない…」
繰り返したタケシの顔を、不思議そうに見つめた運転手は、ドアを開け、外から伸びた腕に両肩を掴まれた。
「え?う、うわぁっ!?」
「ごめんなさいっ!」
ユウトは悲鳴を上げる運転手を素早く引きずり下ろすと、入れ替わりに運転席に乗り込む。
「帰って来たら、ちゃんと謝ろうね…」
「そうだな…」
騒ぎが大きくなり始める前に、列から離れた車両を脇道に乗り込ませ、ユウトとタケシは近道を通って海岸へ急いだ。
「車を奪って逃げただあ?」
騒ぎに気付き、全隊に停止を命じたダウドは、目を丸くしてその報告を受けた。
「申し訳ありません!」
車を奪われた運転手が深々と頭を下げると、ダウドは手をぱたぱたと振った。
「まあ、気にするな…。あいつらがその気なら、止められるヤツなんぞ殆ど居ないからな…」
「でも、どういうつもりかしら?」
ネネは首を傾げる。目的地が同じなのに、わざわざ車両を強奪して先行する理由が解らなかった。
(ひょっとして、あのヘリに乗っていた一人…、タケシと同じような感じを受けた妙な反応と、何か関係があるのかしら…?)
その推測について、ネネがリーダーに伝えようとしたその時、
「ちょっと、良いっスか?」
集まったメンバーの後ろから、白い巨体がのっそりと姿を現した。
「おう。目がさめたか、アル」
口の端を吊り上げた白虎にぺこりと頭を下げると、アルはアケミを伴ってダウドの前に進み出た。
「二人を、このまま行かせてやって欲しいんス」
「どういう事だ?」
アルの進言を耳にし、ダウドは訝しげに眉根を寄せる。
「詳しくは言えないっス…」
事情の全てを話せば、タケシが元ラグナロクだという事がバレてしまう。もともとの素直さが災いし、咄嗟に上手い嘘も考
え付かず、アルは口ごもる。
ネネはそんな白熊の顔を見上げて尋ねた。
「その説明で納得しろというの?」
「納得してくれなくて良いっス。でも、察してあげて欲しいんス。本人の口以外から、誰かが勝手に話していい事じゃないと
思うっスから…」
アルはそう応じると、懇願するように頭を下げた。
「…何をしようってんだ?あいつらは」
ダウドの問いに、アルは呟くように答える。
「タケシさんは、自分の過去に決着を着けるつもりっス。どうしても、自分の手で決着をつけなきゃいけない事なんスよ…!」
ダウドはアルの瞳をじっと見つめた後、
「全隊、配置に戻れ!進軍準備!」
腕を振り上げ、号令を発した。
「リーダー!」
抗議するように声を上げたアルの肩を、ダウドはポンと叩いた。
「心配するな。何をやろうとしているかは知らんが、邪魔はせん。それはそうと…」
白虎はアケミに視線を向ける。
「目が覚めたんなら、お嬢ちゃんはここらで引き上げな。護衛はつけてやるからよ」
アケミは首を横に振り、真っ直ぐにダウドの顔を見上げた。
「ここまで来て、引き返すのはイヤです」
「危険だぞ?あっちにはバケモンやら得体の知れねえのやらが待ち構えてる」
「もう会いましたから、知っています」
一歩も退かないアケミの真っ直ぐな視線を受け、ダウドは困ったような顔で頭をガリガリと掻き、アルに視線を向ける。
「説得は無理っス。こうなったらもうテコでも動かないっスよ?」
アルにぴたりと寄り添い、アケミはダウドに言い募る。
「居合わせれば、私にも何かができるかもしれません。何かができるかもしれないのに、途中で投げ出すのはイヤです!」
ダウドはため息をつくと、仕方がない、というように肩を竦めた。
「…頑張ったって、警視庁からの感謝状ぐらいしか出んぞ?」
「何もいりません」
「…仕方ない…、じゃあ代わりに、アルの休暇を5日伸ばしてやる」
ダウドはそう言うと、二人に背を向け、進行方向を見遣った。
感謝を込め、笑みを浮かべて頭を下げた二人に背を向けたまま、ダウドは傍らのネネに囁いた。
「…アルが惚れる訳だな、大したお嬢様だ。肝っ玉が据わってらぁ…」
「素敵なお嬢さんじゃない?白熊坊やにはもったいないくらい…」
二人は笑みを交わすと、前進の号令を発した。
アクセルを最大まで踏み込み、急いで先を目指していたユウトは、周囲の気配が変わった事を感じ取り、助手席のタケシに
視線を向けた。
「感じる?この寒気…、二年前のあの時と同じだよ…」
「ああ、感じている…」
タケシは、自分が何者かに呼ばれているような感覚を味わいながら、ユウトの言葉に頷いた。
二人は見晴らしの良い直線道路の、その先に広がる小高い丘、臨海公園を見据える。
「バベルが、出現する…」
青年の呟きと同時に、東護町の空が、にわかに曇った。
青空に墨が滲むように、唐突に現れた黒雲は、ゴロゴロと獣が唸るような雷音を発し、急激に広がって空を覆う。
夕暮れのように暗くなった空で、雷光が雲の表面を駆け巡る。そしてそこから、幾条もの稲妻が海岸へと降り注いだ。
「また、アレを見る事になるなんて…」
ギリっと歯を噛みしめ、ユウトは沈痛な面持ちで前方の空を睨んだ。
タケシは北天不動を強く握り締め、切れ長の目に鋭い眼光を宿し、瞬きもせずに前を見つめている。
突き上げるような衝撃が、地面を揺さぶった。
稲妻が降り注ぐ中、臨海公園の上に、薄暗い、幻影のような影が現れる。
落雷を受けながら少しずつ濃さを増すと、その影は、まるで巨木のようにも見える輪郭を、徐々にはっきりとさせていった。
「…バベル…!」
呟いたのはどちらだったろう。二人はじっとその威容を見つめた。
雲を貫き、天へと伸びる象牙色の塔。あちらこちらから不規則に伸びた、枝のような、あるいは上向きに伸びた根のような
突起が、雷を受けて明滅する。
それは、葉の落ちた大樹のようにも見える、異様な大きさの塔だった。
「ちっ!あの監査官の言ったとおりだ。本当にバベルまで出やがった」
ダウドはハッチを開け、装甲車の屋根の上に身を乗り出し、バベルの姿を憎々しげに見上げた。
ネネが、アルが、緊張を孕んだ表情で塔を見上げる横で、アケミはその塔に、押し潰されそうな恐怖を感じていた。
「これが…、バベル…」
その巨大な建造物を真下から見上げながら、シノブが呟く。
「不思議…。初めて見るはずなのに、何故か懐かしい感じがする…」
その目の前には高さ20メートルほど、幅20メートル程の、上部がアーチ型をした巨大な扉があった。
のっぺりとした、何の装飾も無い大扉は、まるで呼吸でもしているように、それ自体が放つ光で微かに明滅していた。
臨海公園の芝生の広場に突如出現した巨大な塔は、すでにラグナロクの兵達によって取り囲まれていた。
ロキは薄い笑みを浮かべながら満足気に頷き、ガルムとヨルムンガンドに告げた。
「入り口を固めなさい。私はベヒーモスとフェンリルを伴い、中へ入ります。残った部隊の指揮は全て貴方たちに任せますか
ら、私達が戻るまで、決して不破武士を塔に近付けないように」
敬礼で応じた竜人と黒犬に背を向け、ロキはシノブに告げる。
「さあ、扉を…。ベヒーモスたる貴女の前に、バベルはその扉を開くでしょう」
シノブは戸惑いながら、しかし何かに導かれるように、おそるおそる扉に触れた。
シノブの指先が軽く触れると、扉は一度強く輝き、それから内側に向かってゆっくりと動き始める。
開いた扉の向こうからは眩い光が漏れ、中の様子は判らない。
「さて、参りましょうか」
ロキは躊躇うことなく光の中へと足を踏み入れ、シノブが、フェンリルがその後に続く。
直後、公園内に獣の咆哮のようなエンジン音が響き渡ったが、振り向いた三人の姿を覆い隠すように、扉は音もなく閉まり、
輝きを失った。
「見えた!」
車両侵入禁止の看板をはね、臨海公園に車両を乗り入れたユウトは、アクセルをゆるめぬまま、集結したラグナロクの部隊
を睨みつけた。
扉が閉じ、ロキ達が内部に侵入する様子を、二人の目はしっかりと確認していた。
「っくぅ!惜しいっ!中に入っちゃった!」
「妨害を排除して後を追う!…が、結構居るな…。残存兵力の全てを集結させたか…」
タケシの呟きに、ユウトは口元に不敵な笑みを浮かべて応じる。
「何人居たって関係ない。叩きのめして乗り込むだけさ!」
「…そうだな」
タケシもニヤリと不敵な笑みを浮かべ、刀を握った。
隊列を整えた兵達は、突進する救護車両目掛けて一斉射撃を開始した。
ユウトとタケシは可能な限り身を伏せ、部隊のまっただなかに車を突っ込ませる。
敵兵を跳ね飛ばし、挽き潰し、タイヤをパンクさせられ、フロントガラスを砕かれ、敵陣のまっただ中でスピードを緩めた
車から、タケシとユウトは左右へ飛び出した。
「死にたくない者は退け!我が名はバジリスク!カルマトライブの調停者だ!」
右手に北天不動、左手に鋼鉄の鞘を逆手に握り、右に左に敵を斬り散らしながら、タケシは声高に名乗りを上げた。
「調停者、アークエネミーを知る者は道を空けなさい!歯向かうなら叩き潰すよ!」
飛び交う銃弾を力場で弾き、群がる兵士を木っ端のように吹き飛ばし、ユウトが雷鳴の如き咆吼を上げる。
敵総数300名。にもかかわらず、たった二人の猛進撃を、取り囲んだ兵達は止めることができない。
「一気に抜けるぞユウト!遅れるなよ!?」
「誰に向かって言ってるの?キミこそ、ちゃ〜んとついて来てよね!?」
軽口を叩きあうと、二人は背中合わせの状態で静止し、タケシは左を、ユウトは右をそれぞれ向き、真っ直ぐにバベルを睨む。
「弐拳(にけん)!」
ユウトの両拳が、眩い光に包まれる。
「弐刀(にとう)!」
タケシの刀と鞘が、空間の揺らめきを纏う。
『連殺演舞(れんさつえんぶ)!』
叫ぶと同時に、二人は互いの片側を固めたまま、全力疾走に移る。
幾多の死地を共に潜り抜け、互いの長所も短所も、癖も呼吸も熟知している二人は、視線すら交わさずに互いの隙をカバー
しあい、互いの死角を補い合い、群がる兵士達を斬り、殴り、蹴散らし、叩き伏せ、敵陣の真っ只中を駆け抜ける。
かつて、首都での戦役を経て、いつかまた多数の敵軍を相手にする際に備え、二人が編み出した連携行動。一心同体と言っ
ても過言ではないコンビネーションで、二人の動きは完全なシンクロを見せる。
圧倒的戦力差を物ともせず、二人は真っ直ぐにバベルを目指す。
浮き足立つラグナロク。そして介入者は、彼らにとっては最悪のタイミングでやって来た。
「ブルーティッシュだ!」
囲みの外周から、恐怖におののくような声が上がった。
ユウトとタケシがちらりと向けた視線の先で、車両の一団が砂埃を上げながら公園敷地内に侵入して来た。
疾走する装甲車の上、腕を組んで仁王立ちしたダウドは、ラグナロクの兵達を睥睨し、「フン」と鼻を鳴らした。
「総員、抜剣!正面から叩き潰すぞっ!」
ダウドの号令に、ブルーティッシュが声を上げる。
「突撃開始っ!俺に続けぇっ!!!」
白虎は黒い巨剣を高々と振り上げ、装甲車の上から大きく跳躍し、先陣を切って戦場へと躍り込んだ。
そのすぐ後ろに、二本のナイフを握り締めた灰色の猫と、二丁の拳銃を手にした口髭をたくわえた偉丈夫、そしてブルーティ
ッシュの精鋭達が雪崩を打って続く。
ブルーティッシュはさながら、獰猛なる一頭の獣のように、ラグナロクへと襲いかかる。
「アケミは、ここでじっとしてるっスよ。終わるまで出て来ちゃダメっス」
大戦斧を携えた大柄な白熊が、少女を装甲車のサイドドアに押し込んだ。
「でも…」
「ここから先は、オレ達の仕事っス」
反論しかけたアケミにキッパリと言うと、アルはニッと歯を見せて笑った。
「今度こそ最後っス。これが終わったら冬休みっスから!」
つられて笑みを浮かべながらも、アケミは昨夜から感じている不安を、消し去ることができないでいた。
「アル…。約束ですよ?必ず帰って来てくださいね?」
「…当り前っス!一緒に目一杯冬休みを楽しむんスから!」
少女の不安そうな様子に気付いたアルは、左右に視線を巡らせると、素早くアケミにキスをした。
短い時間唇が触れ合うだけの軽いキスの後、アルはニカッと笑う。
「約束の印っス」
素早く身を翻したアルの背を、アケミは嫌な予感が消えないまま、祈るような気持ちで見送った。
「どうかしたんスか?トシキさん?」
混戦の中で、アルは参謀の様子がおかしい事に気付き、駆け寄った。
トシキはしきりに周囲を見回し、やがて海浜公園の傍に隣接するホテルに視線を向ける。
「あそこか…!」
トシキは立て続けに引き金を引き絞り、敵兵を排除しながら戦場を駆け抜ける。
「ど、どうしたんスか!?」
トシキの背後を固めて走りながら、アルは訳が解らず声を上げる。
「殺気を感じた。接近戦では分が悪く、なおかつ戦力差が明らかで、統率の取れている集団と戦う際、お前ならばどう攻略する?」
「え?それは…、やっぱり奇襲で頭を叩くのが良いと思うっスけど…。…あ!」
アルは声をあげ、ホテルを見上げる。
「あのホテル。狙撃には絶好のポイントだ…!」
「で、でも本当に伏兵とかが潜んでるんスか?この混戦だし、勘違いじゃ…」
アルは言葉を切り、ぞくりと、背筋を這った感覚に顔を顰めた。
「…居るみたいっスね…、たぶん、オレが一回会ってる相手っス…!」
二人は混戦の中を駆け抜け、真っ直ぐにホテルを目指した。
臨海公園を見下ろすホテルの屋上で、ガルムは長大な弓を構え、その黒い瞳に戦場を映していた。
弓につがえられた、これもまた長大な矢の先には、衝撃で爆散し、有毒ガスを撒き散らす小型爆薬がセットされている。
鋭い眼光が、敵の只中にあって美しく舞うネネを捉える。
視線はそのまま移動し、血風を撒き散らし、暴風のように荒れ狂うダウドを捉える。
視線はさらに移動し、金色の大熊と、黒髪の青年の姿を捉え、止まる。
ガルムの口元が、苦笑の形に吊り上がった。
「ベヒーモスとフェンリルには、恨まれるな…」
「仕方あるまい、ロキのご命令だ…。排除する」
背後に立ったヨルムンガンドが重々しく頷いたとたん。屋上のドアが勢い良く弾け飛んだ。
分厚い鉄扉を体当たりで破り、床を転がってまろび出たアルの背後から、殆ど同時に二発の銃声が響いた。
銃弾の一発は身を捌いたヨルムンガンドの肩当てをかすめ、残る一発はガルムの構えていた弓の上端に命中する。
衝撃で指から離れた矢は、上を叩かれた反動で下を向いた弓から、ホテルの庭目掛けて発射された。
「ギリギリセーフ…、っスね」
跳ね起き、斧を構えて身構えたアルの横に、二丁の拳銃を目の高さで構えたトシキが並び、静かに口を開く。
「横合いから茶々を入れられるのは困るのでな。悪いがここで大人しく、戦いの行方を見守っていて貰おう」
雪崩を打って後退した兵達を見ながら、タケシとユウトは互いに離れないように注意しつつ、敵を蹴散らして塔を目指す。
「タケシ!ユウト!」
名を呼ばれた二人が振り向くと、少し離れた場所で、文字通り草を刈るように敵兵を薙ぎ払いながら、白虎が二人に笑みを
投げかけた。
「雑魚は引き受けてやる。事が済んだら、ちゃんと事情を説明しろよ!?」
「済まないダウド!恩に着る!」
声を上げたタケシの背後で、敵兵の一人が喉を押さえて倒れた。喉には深々と、投擲用のナイフが突き刺さっていた。
「集団戦なら、私達の得意分野よ!さあ、行きなさい!」
「ありがとう!ネネさん!」
ユウトの声に、ネネは微笑を返し、乱戦の中に消えていった。
「あと少し…!」
塔への距離を見定めようと、首を巡らせたユウトの視線の先で、敵兵がバタバタと倒れ伏した。
兵士達は訳がわからず、起き上がろうともがくが、まるで何者かに組み敷かれているように、手足を動かす事すらままならない。
二人の前から一直線の列を成し、押さえつけられるようにして地面に伏した兵達の先に、バベルの大扉が見えた。
『あっちです!そう持ちません、急いで!』
装甲車のスピーカーから、アケミの声が響いた。
アケミは装甲車の脇でマイクを握り締め、腕を突き出し、精神力を振り絞って、ラグナロクの兵四十名余りを縛り付けた重
力の鎖を維持している。
指定した範囲ではなく、個別の対象ごとに重力で動きを止める。
火事場の底力とでも言うべきか、ユウトとの訓練でも単一の対象にしか試した事は無かったが、少女はこの状況で複数対象
に仕掛ける事を思いつき、そして、負担は大きいが可能であると判断し、実践して見せた。
「アケミちゃん…」
ユウトとタケシは、アケミの放った重力の枷によって無力化された兵達を踏み越え、扉めがけて疾走する。
「ごめん、みんな…!ありがとう!」
「ここまでして貰ったのだ…。必ず勝たなければな…!」
もはや邪魔は入らない。タケシとユウトは、真っ直ぐに扉へと駆けていった。
扉の前に駆けつけると、ユウトはその大きな扉を押し開けようとした。しかし、金熊の腕力を持ってしても、どれほど力を
込めても、扉はビクともしない。
「もうっ!急いでるのにぃっ!」
苛立たしげに言って、体当たりしようと下がったユウトを、タケシが腕を伸ばして制した。
訝しげに自分を見たユウトの脇を抜け、タケシは扉に歩み寄り、静かにその手を伸ばす。
「「思い出した」…。確か、こうやって開けるはずだ…」
青年は呟きながら、扉に触れる。
扉は一瞬強く輝き、それから内側に向かってゆっくりと動き始めた。
塔の中から漏れ出す眩い光に、ユウトは目を細める。
「行くぞ。あいつらが、待っている」
タケシは躊躇うことなく光の中へと足を踏み入れ、ユウトもまたその後に続く。
二人を飲み込んだ扉は、音もなく閉ざされた。