Foul murder
「精霊銀合金ナイフだ。素直に喋らないと、喉で笑みが作れるようになるぞ?」
背後を取ったリスキーがパーターの首に押し当てているのは、ルディオが漂着した際に帯びていたガットフックナイフ。
得物があったら心強いのではないか?とルディオに勧められたリスキーは、カムタの家に寄って、保管していたこのナイフ
を手渡された。
殺しの痕跡を普段の自分と異なる物にできるのは有り難い。そう考えて借りる事にしたそれがまた、輪をかけてリスキーを
驚かせる代物だった。
精霊銀。ONCの生物兵器製造法同様、秘匿事項に名を挙げられる、自然界には存在しない金属。ある特殊な性質を持つが
故に重宝される、プラチナや黄金以上に希少なその物質で、ルディオのガットフックナイフは造られていた。
精霊銀の様々な特性の中の一つには、「他の金属を加えて合金化する事で、剛性や展性などを既存の金属では考えられない
範囲で大幅に変える」という物がある。ルディオが帯びていたナイフは、カミソリを超える切れ味と分厚い鉈以上の耐久性を
兼ね備えた性質で仕上げられている。
唾を飲み込むのも躊躇われる冷たい金属の感触に、パーターは震え上がった。
仕事柄様々な事をするリスキーは、声音を変える術にも通じている。しゃがれた低い声になっている青年の正体は、顔を見
る事ができないパーターには察する事もできない。
「さあ、何から喋って貰おうか…。貴様は、「我が組織」の事をどこまで知っている?何故我らの縄張りに踏み込んできた?」
せっかくなので、身元を偽って違う組織の構成員である芝居をするリスキー。暗がりの中では、指示された通りに真っ黒な
ルディオがぬぅっと立ち上がり、パーターにプレッシャーをかける。
「し、知らない!知らなかったんだ!ほ、他の組織の縄張りだったなんて…!」
「生物兵器を運んできたのも貴様か?」
「違う!お、俺は命令で仕方なくやっただけで…!」
「信用できんな…。洗いざらい吐け」
リスキーは役者である。この芝居を、重傷の身で声も震わせずにおこなっているのだから。
鼓動に合わせてヅクヅクと痛む背中は、巻いた包帯を体液でグシュグシュにしている。麻酔も鎮痛剤も効かない体質の青年
は、これを精神力でねじ伏せていた。
やがて、芝居にまんまと騙されたパーターは、助かりたい一心で喋り始めた。
爆破しようとしていた船が沈んだ、あの日の事を…。
天候は悪いが、新型を運ぶ輸送船は順調に進んでいた。
見回りのコモドドラゴンは吹き付ける風の中で大あくびし、甲板から海面を見下ろす。
「こう荒れ模様じゃあ、例えかち合ったとしても仕掛けてくる連中なんて居ないだろ?」
「全くだ。が、油断しないに越した事はないさ」
応じたのは、ライトを手にした人間の男性。そして三人目…最年長らしい人間の中年が、
「その通りだ。この海域に「黄昏」を見たという噂もある」
男が口にした単語に反応し、他のふたりは表情を引き締めた。
主に警備を担当する中のこの三名は、全員が筋力に手を加えられたブーステッドマン。新型を輸送するための人員として、
場数も踏んだベテランが揃えられている。
「やあ、精が出るね」
甲板を一巡りする途中で、三人は後ろから呼び止められ、振り返った。
「パーター…って言ったか?どうした?」
この船で初めて仕事を一緒にした男に、中年が応じる。デッキに上がってきたパーターは、「当番が終わったのに、揺れが
酷くて眠れやしない」と肩を竦めた。
「お前、船に慣れていないのか?」
「まあな。何せ沿岸や河川担当が多かったから、外洋の揺れはどうもね」
コモドドラゴンに応じたパーターは、さて、どのタイミングにしようか、と考える。
ショーンから依頼された爆弾は仕掛け終えてあり、あとは起爆するだけ。爆発現場からは離れた方が安全だし、疑われにく
い。予想外に爆発が大きくなったとしても、外の方が逃げ易い。そう判断して甲板に出てきたのである。
「気分転換にでもなればと思って出てきたんだが…、なんだよこれは?雨はマシになったが、風が酷いじゃないか」
「船体の軋み音がうるさくても、中の方がマシだったろ?」
応じる若い方の男に頷いたパーターは、起爆ボタンを押す様子を察知されないよう、船縁に向かって海面を覗き込む。そう
して陰になった位置で手を動かそうとして…。
「…ん?」
パーターは、暗い海面に白っぽい物を見た。
高い波に揺られ、船体の脇に浮いているそれは、肥った、大きな犬…セントバーナードの獣人だった。白く見えたのは、突
き出た腹の面積が広く、白い部位が水上に出易かったからである。
「お、おい…。変な物が浮いてるぞ?」
どう判断すべきか迷いながら、パーターは三人に訴える。そして…。
「犬…か?」
「デカいな…」
「漂流者…いや、水死体か」
覗き込んだ三人は、戸惑いながらもそれぞれそう口にした。
高波に弄ばれる犬は仰向けに浮いているが、海面下に顔が沈もうが、大きく揺すられようが、船腹にぶつかろうが、抗う様
子も泳ごうとする様子も見えない。息もしていないように思えた。
若い男が手にしたライトで照らす。
犬は上半身裸で、ボロボロのカーゴパンツを履いている。目は閉じられているようで、黒の中に沈んで瞳の照り返しは確認
できない。…が…。
「!?」
向けられたライトが顔に当たった途端。その犬はパチッと目を開けた。
人工の光を反射する琥珀色の目に、パーター以下四名は、驚きと同時に寒気を覚える。
それは、驚きのせいで把握が遅れてしまったが、「恐怖」だった。
「生きてるぞ」
「まずいな…。見られた」
「この天候だ。放っておけば死ぬだろうが…」
三名は顔を見合わせた。そして、リーダー格であるらしい中年が拳銃を抜く。漂流者も遭遇者も関係ない。この悪天候の航
行を見て怪しまれないはずがないのだから、「危険は排除すべき」という方針に揺るぎはない。
「何処の誰かは知らんが、運よく生きていた漂流者…というところか。可愛そうだが死んで貰わなければ」
銃口が、荒れる波に揺られる獣へ向けられた。
そして、獣の琥珀色の目が、向けられた拳銃を映した次の瞬間…。
「沈んだ!」
銃弾が海面を叩く。獣は銃撃される寸前に、いち早く海中に沈み込んで姿を消していた。そして…。
「何処に行った!?」
「浮いてくるはずだ!お前達も狙え!」
男達が身を乗り出す背後で、パーターは後ずさる。起爆するにはいいタイミングなのか、それとも今やるのはまずいのか、
判断しかねた。
(改めるか?変なアクシデントと重なるのは、運が良いのか悪いのか…)
迷うパーターは、波の揺れと違う震動を感じ、よろめいた。
それは、縦の揺れ。真下から伝播した衝撃が、船体を軋ませた。
「何だ!?」
「今のヤツが船体に何かしたのか!?」
「まさか、爆弾でも取り付けられたのか!?」
発せられた単語にギクリとするパーター。しかし、潜水して船底に爆弾を仕掛け、爆発させたりしたならば、海中に居る本
人も無事では済まない。
「自爆攻撃?「敵」だったのか?」
「漂流者を装う形でわざわざ待ち構えて、か?そんな馬鹿な…」
「どのみち、死体なり残骸なりが浮き上がってく…」
若い男の声は、途中で途切れた。
暗い海面の下から、加速をつけて浮き上がってくる物を見て。
イルカが跳ねるように、海面下から勢いをつけて浮上し、水の尾を引いて跳び上がった獣に、男は反応し切れなかった。す
ぐ眼前を通過するその巨体を反射的に目で追い、そして顎下を掴まれ…。
「え゛」
えずくような声を漏らし、男の顔が真上を向き、そして連れ去られた。
獣に捕らえられ、そして諸共に宙へ浮き上がった男の首の骨は、ペキパキパキキッと連続する破砕音を上げながら、限界を
超えて反らされ、引き伸ばされ、呆気なく砕けている。
放物線の頂点で失速し、落下に転じ、やがてズドンと甲板上に落着した獣は、掴んでいた男の首を放し、ゴトンと無造作に
甲板へ落とす。その両目が、冷たい光で残る三名を撫で回した。
「トビー!くそっ!」
中年の男が銃口を向けるや否や、獣は胸の前で、両手を向き合わせた。
半ば混乱しながら駆け出し、身を隠したパーターは、陰から振り返る。
その、見えない何かを圧縮するように、近付いて行った獣の両掌が離された時、甲板に、不可視の破壊が撒き散らされ…。
輸送船に配備された経緯と、ショーンから接触があった事。
そして事故当日の夜の様子から、この島へ来てショーンと合流した事。
さらに、カムタ達四人のあとをつけてショーンに報告し、ヤンの家を襲撃するお膳立て整えた事…。
少年を拉致して連れてくるに至るまで、洗いざらい早口で吐いたパーターの後ろで、リスキーは覆面の陰で目を見開いた。
(コイツが…、輸送船を…!)
事故に見せかけた工作はショーンの発案。そして船体が破壊されたのは、ルディオの、ステルスホッパーを攻撃した際にも
見せた何らかの能力で、爆弾が誘爆してしまった結果…。
とはいえ、実際に爆弾を仕組んだのはこの男…。ルディオと出くわさなかったとしても、爆破は実行されて船は沈んでいた
はずなので、ショーンとパーターこそが一連の事件の発端とも言える。
(まだだ!落ち着け…!処分はいつでもできる…!)
弟まで巻き添えにされ、はらわたが煮えくり返る思いだったが、リスキーは何とか気を鎮めた。
「し、知らなかったんだ!アンタらの縄張りだなんて知らなかった!う、上だって知らなかったはず…!」
パーターは、黒く染まったルディオがセントバーナードだと気付いていない。似たような体格の別個体だと勘違いし、リス
キーの嘘を頭から信じてしまい、彼らがこの辺りを根城にしている組織の構成員だと思い込んでいる。
「お前が指揮官ではない、と?上の者もここに来ているのか?」
リスキーはかまをかけた。ショーンの位置がはっきりすれば、強襲して首を取るのが容易くなる。聞き出せるか否かでミッ
ションの難易度は大きく変わる。
「あ、ああ!爆破を命じた…、つ、つまり、アンタらを困らせた男も来ている!手柄を独り占めしたいから、今は独りで取引
相手を待ってるぞ!」
パーターの物言いに、リスキーは、意図的に手を滑らせて首を掻き切ってやりそうになった。
(貴様が、困らせた原因そのものだろうが…!まて!まて、落ち着け…!考えを整理して落ち着くんだ…!まずはコイツの罪
を数えろ…!)
罪状一。船を爆破してフェスターと自分達の仕事を増やした。
罪状二。船員達を酷い目に遭わせ、死人まで出した。
罪状三。本社が損害補填しなければならなくなった。
罪状四。ヤンの負傷の原因を作った。
罪状五。自分と弟の恩人である少年を拉致した。
補足。自分の重傷も元をただせばこの男のせい。
(…殺していいな、コイツは…)
物騒に冷めた光を目に宿すリスキー。改めて数えたら怒りが一周して逆に落ち着いた。
「では、その男の所まで案内しろ。貴様らが配置した五月蝿い見張りに見つからないようにな」
ショーンが人払いしているのは好都合。リスキーは、パーターに案内させた上で、ショーン諸共暗殺するつもりだった。
問題は…。
(坊ちゃん、だな…。汚物の処理とはいえ、安っぽく下劣で汚ない仕事など子供には見せたくないが…)
この状況においても、リスキーに残る良心とでも言うべき配慮は生きていた。
もっとも、命が一番である。助けるためには少々ショッキングなシーンを目撃されるのも仕方がない、と腹を括る。
(できるだけ、「素敵な殺し方」を心がけよう…)
リスキーからチラリと目くばせされたルディオは、話の内容を大まかに理解して頷いた。
(よかった。これでカムタが居るところまで案内して貰えるんだな?)
項垂れたカムタの顔から、ボタボタと血が垂れて、胸から腹、股まで染める。
一向に口を割らない少年の顔は、暴行を受け続けてすっかり腫れ上がっているが、拷問するショーンも息が上がっていた。
「強情なガキめ…!だがな、すぐに小便でも漏らして命乞いする事になるぞ…」
悪態をつくショーンは時刻を確認した。もうじき、約束した「斬指」の時間である。
「…遅いなぁ、お前の仲間は」
骸骨が笑みを浮かべる。陰惨な、愉悦の笑みを。
「さて、ボクはこう見えて優しいんだ。お前に選ばせてあげよう」
ひゅっひゅっと笑って、ショーンは尋ねる。「どの指から切り落とされたい?」と。
「…選んでいいのか…?」
掠れた声を漏らすカムタが、のろのろと顔を上げた。
「ああ。優しいだろうボクは?」
ショーンは楽しげに答える。
「じゃあ…。この指!」
カムタが突き出したのは、足。
そうかやっぱり足から来たか。…と考えたショーンの顔面に、少年の足…親指の付け根のちょっと膨らんだ、硬い部分が命
中した。
「っぷあっ!?」
肥えて重い体で岩場を跳ねまわり、水中をイルカのように泳ぎ回るカムタの脚力である。足の指で拳骨を作ったその一蹴り
は強烈で、ショーンの鼻骨は一発で折れた。
ひっくり返ったショーンが、鼻を押さえてゴロゴロ転がりながら、聞き取れない悪態と悲鳴を甲高く囀る前で、カムタはすっ
くと立ち上がる。
手錠と木を繋ぐロープは、カムタの期待に応えてくれた貝殻によって切断されていた。ワイヤーが入っていたらどうしよう
と心配していたが、幸いにもナイロンのみのロープ。ショーンはカムタを子供と侮っていたので、これで十分とタカをくくっ
ていたのである。
「やってくれた分は、お返しすっからな!」
吠えたカムタは、両手を後ろで拘束されたまま、転げまわるショーンに向かって砂地を蹴った。
子供とはいえ骨太で、脂肪も多いが筋肉質。そんなカムタの体重は、ピッタリ100㎏。
「おごぇあっ!?」
丁度仰向けになったタイミングで、跨るように飛び乗ったカムタの体重をモロに受けたショーンは、尻で腹部を潰されて、
強制的に空気を吐かされた。そして、吐くのは息だけでなく…。
「おぶっ…ぶえっ!えぶおぇ!」
内臓がことごとく圧迫されており、胃もまた例外ではない。大きく開けた口を吐瀉物で溢れさせるショーン。
「お返しだ!ざまぁみろ!…んでもってぇ…!」
ショーンに馬乗りになったまま、カムタは背を弓なりに反らした。
両手は手錠で封じられ、殴ろうにも無理がある。そこで少年が出せる「手」は…。
「うぉいっしょぉーっ!」
気合一声、勢いをつけて上体を戻したカムタの頭が、ショーンの額にガヅンと命中した。
「!!!!!!!!!!」
ショーンの体がビクンと、カムタを乗せたまま反った。…が…。
(ダメだ!足んねぇ!)
上半身を起こしたカムタは、痛みで叫んでいるショーンを見下ろした。
狙ったのは頭突きでの気絶。しかし、痛がってはいるがショーンは意識を失っていない。
先に蹴られた腹で腹筋が痛み、勢いが削がれた。ショーンの頭の下が砂のため、衝撃が吸収された。二つの要素が少年の狙
いを逸らしている。
(もっかい…、いや、ダメだ!来る!)
マンティス二体が、マスターを守るべく駆け寄ってくる。
カムタは立ち上がるなり、入り江の陸側唯一の出入口である木立に向かって走り出す。仕返しはまだまだし足りない気分だ
が、とにかくこの場から離れるのが先決である。
「痛い痛い痛い!ああああ痛い!苦しいぃっ!…あ…?」
額を押さえた手に液体の感触を覚え、顔の前に翳したショーンは、夜明け前の暗さで黒く見える血を見つめた。頭突きで割
れた額から出た血を。
「血…?血だっ!血じゃないか!?なんて事だ血が出ているぞぉっ!?ああああボクの血だぁっ!ボクの血が出ているぅっ!
こんなに出てぇえええっ!ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうっ!」
半狂乱になったショーンは、自分を守るため傍に控え、待機したマンティスに命じた。
「マンティス!あのガキを八つ裂きにしろ!」
(やべぇ!やっぱこうなった!)
カムタの背筋を冷や汗が伝った。
チャンスは数秒、一度しかなかった。ショーンを昏倒させれば何とかなるかも、と思っていた。事実、マンティスはショー
ンの命令が無ければ、防衛を最優先にするように設定されており、気絶さえさせられれば逃げる事も可能だった。
カムタはその仕組みを知っていた訳ではないが、ここへ連れて来られてからのマンティスの素振りや、ショーンの命令の仕
方などから、「なんとなく」「そうなのかもしれない」と感じていた。
(どうすっかな…。アイツラの方が足早ぇし…!)
逃げ切れるという確信はない。が、諦める気は毛頭ない。
自分が座して待ち、人質のままで居たら、義理堅いルディオはこの男の言いなりになってしまう。
勿論死にたくはない。だが、「取り引き」が終わったら自分も殺されるという確信はある。待っていたら遅かれ早かれ確実
に殺されるのだから、動くしか道はない。
そして、その果断と行動力は、またも少年の命を救う。
「何とも、助け甲斐のない坊ちゃんで…」
思わず呻いたリスキーは、既に入り江の出入口となる位置まで移動し、駆けて来るカムタの姿を木立の中から確認していた。
パーターを後ろから捕らえて、その喉にナイフをあてがっている若者の、その左手側では…。
「………」
逃げて来るカムタと、その後ろに迫るマンティスを映したルディオの瞳が、みるみる琥珀色に変じてゆく。
「おっと!旦那さん、私は味方ですからね!?」
恐怖と緊張を抱きながら、リスキーは獣の一瞥を受ける。
やはり、その顔はルディオの物とは違う、感情が全く見えない無表情な顔。自分の発言内容をちゃんと理解しているかどう
か、理解した所で聞き届ける気があるかどうか、それすらも定かではない。いざとなったらパーターを突き飛ばして盾にし、
一旦逃げるつもりだったが…。
(…おや?)
獣は、リスキーを一瞬見て確認だけすると、返事もなく前へ視線を戻す。
その踏み出す足が向かう先には、後ろに回った腕を手錠に固められたまま駆けて来る、丸っこい少年の姿。
「追え!追ってそのガキを殺せ!」
鼻と額からダラダラと血を垂らしながらショーンが上げる声を背に、彼をマスターとしたマンティス二体が駆け、人間では
到底逃げ切れない速度で少年の背後に迫る。しかし…。
「!?」
ショーンは、少年の前方…木立の切れ目にヌゥッと姿を見せた巨躯の犬に、視線を釘付けにした。
「アン…!?」
カムタの声が上ずった。逞しく頼もしい、獣の姿を確認して。
獣は見る。
腫らした、血に塗れた、痛々しく傷ついた少年の顔。それでも、自分を見てそこに浮かんだ安堵の表情を。
そして見る。
その背後から迫り、命を取ろうとする異形の生物兵器を。
さらに見る。
異形をけしかけ、少年を害しようとする痩せた男を。
直後、踏ん張るように腰を沈めた獣は、後方に砂を吹き上げて砲弾の如く飛び出した。
その逞しい右腕は、急速接近しつつも少年の体を傷めないように捕らえ、脇へ抱える。
そして左腕は、少年の背を切り裂こうと振り下ろされた鎌を受けるように、進路を遮って掲げられた。
ズッ…、と、太い腕に鎌が深々と切り込む。が、切断には至らず、骨に当たって止まった。
「あ、アンチャン!?」
獣が自分を庇って手傷を負った事を察し、カムタが高く声を上げた。
(迎撃よりも、坊ちゃんを護る事を優先するのか…!?)
一方でリスキーも、ダメージを負う事も厭わない獣の行動に驚いた。
効率的とはとても言えない。容赦も慈悲も加減も無かった、ステルスホッパーを屠った時とは違う非効率性である。
聞いた話では、目の色が変わったらもうルディオとは違う、という事らしかったが、どうにもそうは言い切れないようだぞ、
とリスキーは感じる。
そして、獣を自分に重ねて共感もした。
自分も、弟が同じ状況になったなら同じ事をする、と。
その間にも、カムタを抱え込んだ獣は、攻撃を仕掛けたマンティスを至近距離から見ている。筋肉を怒張させた獣の腕から
は、食い込んだ鎌が外れなくなっていた。
間合いを取り直す事も逃げる事もできない、「捕まえた」マンティスの胴へ、獣は丸太のような脚を蹴り込む。
重みのない発泡スチロールが浮き上がるように、高々と宙を舞うマンティス。
しかしもう一体は、その様を目の当たりにしながらも怯まず、獣が抱える少年へと鋭い鎌を送り込んだ。マスターの命令通
りに。
明けつつある夜闇の中、光の弧を描く鋭い切っ先は、しかし結果的にカムタへ届く事はなかった。
阻んだのは、前腕に、骨まで達する深い傷を負わされた獣。その腕に裂傷を負った手が、鎌の付け根を掴んで止めた。
筋が切断されて動かないのだろう、小指と薬指は脱力したままだったが、人差し指と中指、そして親指が、たった三本で甲
殻に覆われた腕を圧迫する。獣の指が触れている部位で、たちまち甲殻に微細なひびが生じて、部分的に薄白くなった。
メキョッ…、と微かな音がして、獣の指先が甲殻を潰し割り、食いこんだ。
獣の腕の傷からはジクジクと、赤茶色の、普通の血液よりもやや薄い色の体液が溢れ出している。その周辺では南国の空気
に、それ以上の熱で陽炎が生じており、体液は瞬く間に傷を保護して硬化し始めた。
「ジィッ!」
鳴くマンティス。しかし反撃に振るわれたもう一方の鎌は空を切る。
指を食いこませて捕まえた腕を手掛かりにして、獣は腕一本で力任せに相手を「振り上げ」た。位置関係が変わって空振り
したマンティスの、その腹部めがけて、獣は間髪入れずに蹴りを放つ。
カムタを小脇に抱えたままでも、充分に腰が入った回し蹴りは重い。あまりの衝撃で、遠くで花火が上がったように大気が
低く唸った。
ほぼ水平に、まるでピッチングマシーンから放られるボールのように飛んだマンティスが、先に蹴り飛ばされて落下したマ
ンティスに、ちょうど激突する。
「アンチャン!?ダイジョブかアンチャン!?」
一瞬で追手を弾き飛ばした獣を、抱えられたままのカムタが首を捻って見上げる。
獣は少年を一瞥すると、砂地に下ろして立たせ、その頭の先から爪先に至るまで、じっくり見まわした。そして…。
折り重なったマンティス達は、身を起こそうともがいていた。衝撃が深く残ってなかなか立ち上がれないそこへ、不意に薄
い影が重ねられる。
カムタの状態を確認するなり跳躍した獣が、端から白くなってゆく空に浮いていた。その軌跡をなぞるように、放物線を描
いて舞った砂がキラキラと薄く光る。
体重を乗せて落下した獣の右膝が、上になっているマンティスの頭部をグシャリと踏み潰し、致命的な損傷を与えて砂地へ
埋没させる。
続いて右腕が、下になっているマンティスの頭部を掴み、鋭く捻って縊り殺す。
圧倒的、と形容するのもはばかられる、一方的な駆除。しかも、獣は徐々に「手慣れてきて」いる。最初に交戦したステル
スホッパーに対しては、どの程度で動かなくなるのか把握できていないが故に身体を徹底的に破壊したが、今では、人間と同
じ頸部の破壊で動かなくなる事を学習していた。
立ち上がって見下ろし、プレデターマンティスがもう動かないか入念に確かめる獣。その姿を凝視して…、
「な、なん…て…」
ショーンは、流血で斑になった顔を蒼白に変えて呻いた。
確かに、凄まじい戦闘能力と言える。マンティスですら物の数ではない、想像した以上の力だった。
だが、好奇心や欲以上に、恐怖が体を竦ませていた。
(セントバーナードの他に、この黒い犬も…。どっちも似たような存在だというのか…?)
ショーンは恐怖にかられた。靴墨で真っ黒になった獣を、話に聞いたセントバーナードとは別の個体と認識して。
(何なんだ?何なんだこの島は!?この島には何がどれだけ居るんだ!?コイツは一体何なんだ!?)
自分の手におえない。
ショーンは、やっとそう理解した。
狼狽しながらも護身用の拳銃を取り出すショーン。その、文字通り無駄な抵抗を試みようとする骸骨を、リスキーは冷めた
目で眺める。
(程度の悪い者ほど、事実より高く自己を評価し、自滅するきらいがある…)
それはフェスターの持論だが、これにはリスキーもなるほどと感じる部分がある。
彼が関わった仕事で犠牲が出るケースでは、今回のように事前情報が少ないなど、前提条件が不利であった場合を除き、多
くの場合、過信と油断がミスの引き金となる。
標的を舐めて足をすくわれる。知恵ならばこちらが上だと過信して裏をかかれる。大した相手ではないと油断して命を取ら
れる。そんな男達を幾人も見てきた。
そしてリスキーは、自分を過信しない。そして、まず相手を高く見積もる癖をつけているからこそ、今日まで生き延びて来
られた。
フェスターもまた、有能である者に相応しい評価を下す事が出来、自身の処理能力をわきまえているからこそ、失脚する事
なく今のポジションにある。
ショーンの失態の原因は、自分を高く評価し過ぎた事。そして、他の全てを過小評価していた事。
全てが自分の手の上で回る。そんな勘違いが、彼を破滅に導いた。
獣は、ショーンを見遣る。
感情を窺わせない琥珀色の目は冷た過ぎて、骸骨のような風貌の男は竦み上がった。
(さて、ここからは私の仕事…。あらかた旦那さんがやってくれたおかげで、怪我人としては有り難い軽労働になったな)
凍り付いているパーターは、リスキーがその喉からナイフが退けてもしばし気付かなかったが、「おい」と声をかけられ、
ビクリと身を震わせる。
「あの枯れ枝のような男を、お前が殺せ」
「……へ?」
間の抜けた声を漏らしたパーターに、リスキーは囁く。
「こちらの痕跡はなるべく残したくない。お前が殺せ。殺したら、お前は見逃してやる」
悪魔のささやきが、パーターに希望を与えた。ただし、すぐ後で摘み獲るための希望を…。
獣はじっとショーンを見つめ、ゆったりと、そちらへ足を進めた。
排除すべき存在。ショーンは獣からそう認定された。
「く、く…くっ…!」
来るな。その一言が、ショーンは声に出せない。歯の根が合わないほどガチガチと震え、竦む膝がガクガク笑って折れそう
になり、細い足の内側をダラダラと、臭い尿が伝い落ちる。
恐怖の余り失禁したショーンの脇腹に、ポッ、と穴が空いたのは、獣があと3メートルまで迫った時の事だった。
「…あ…?」
脇腹を押さえ、その震える手を上げ、出血を認めたショーンは、落ち窪んだ目を見開き、首を巡らせる。
「こ、これで…!これで俺は助けて貰えるんだな!?」
サウンドサプレッサーつきの拳銃を構えたパーターは、へらへらと、引き攣った笑みを浮かべていた。
「ぱ、パーター…、貴様…、貴様裏切っ…」
トキシンが回る。ショーンは言いたい事を言い終える前に、自分の小便で湿った砂の上に、膝から崩れた。
「ご苦労」
声をかけた若者を、パーターはへらへらと笑いながら振り返り…、
「!?」
覆面をはぎ取ったリスキーの、冷徹な視線を間近で凝視する。
「そ、そんな…!?リスキー…!?な、何故!?」
重傷だったはず。普通に動けるはずはない。そんな訳はない。
そう思っていたから騙された。自分の首にナイフを当てていた真後ろの男が、呼吸一つ乱さなかった覆面の男が、重傷を負っ
ているリスキーだと気付けなかった。
混乱するパーターの首筋を、シュッと、リスキーの右手が素早く撫でる。
巻かれているのはトキシンテープ。浅い擦過傷は、しかしそれでも致命傷。
「約そ…く、が…、ちが…!」
首を押さえて尻もちをついたパーターを、冷ややかに見下ろしながら、リスキーは囁いた。
「お前はこれまで、何度、何を裏切ってきた?自分は約束を守って貰えると、何故思える?」
若者の声と目は、生物兵器と相対する時よりも冷徹で、同時に、下らない物を見る不快さと、侮蔑に溢れていた。
「あの世でたっぷり、ショーンと罵り合うがいいさ。裏切ってはならない物を裏切った同士、仲良くな」
跪く格好になっていたショーンが、絶望のうちに横倒しになり、事切れる。
パーターもまた、ぐったりと仰向けに横たわり、目の端からタラタラと涙を零しながら呼吸を止めた。
(これで、ひとまずは済んだ…)
ホッとしたリスキーは、緊張の糸が切れたようにその場でくずおれた。
「あ!アンチャン!」
倒れ込む音に気付いたカムタが駆け寄る。獣はショーンの死体を見下ろしていたが、少年の声に、自分の事かと一瞬反応し、
そして…。
「………」
弾かれたように素早く首の向きを変え、沖を、白んでゆく水平線の向こうを見遣った。
「大丈夫か!?アンタ怪我人なんだぞリスキー!?」
心配しながらも、手が封じられていて差し伸べられない。ヤキモキしながら酷く腫れ上がった顔で言うカムタに、リスキー
は思わず笑ってしまった。「坊ちゃんも立派に怪我人ですよ」と。
「身内のゴタゴタに巻き込んでしまい、申し訳ありません…。ここからは責任をもって、迷惑がかからないように処理を進め
ます。落ち着きましたら先生の所へ挨拶に伺いますので、旦那さんと一緒に引き上げて下さい…」
リスキーはそう言いながら、信用できない、逃げる気か、と言われたら何と返答しようかと考え、
「わかった。でも平気か?背中痛くねぇか?ひとりでダイジョブかリスキー?」
少年があっさり承諾したので、また笑ってしまい、指摘された背の傷が痛んだ。
「痛いですが大丈夫。先生は名医ですね…」
その名医の手当てを無下にして、無茶な真似をしてしまった。謝りたいなぁと思いながら、リスキーは、
「…あまり、見ない方がいいですよ」
パーターの死体に目を遣ったカムタへ、親切心で忠告する。子供にはよくない光景だ、と。しかし…。
「オラが見ておかなきゃなんねぇんだ。アンチャンのかわりに」
少年は、毅然と応じた。
それは、カムタなりの責任の分担。自らの手を汚しながら、しかし覚えていないルディオにかわって、せめて自分にできる
のは、その一部始終を見届ける事。
だから少年は、惨憺たる獣の駆除も、生物兵器の無残な死骸も、しっかり見る。
琥珀の瞳が憶えていない事を、自分が記憶して伝えるために。
「…ん?アンチャン?」
カムタは、沖を眺めている獣に気付いて目を向けた。
じっと、何かが見えているかのように一点を見据える獣の傍へ、手錠がかけられたままの少年は、走り難そうに砂浜を駆け
て寄る。
「海に何かあんのかアンチャン?」
獣は答えない。が、傍に寄ったカムタを見下ろし、その傷跡を確認するように視線を動かした。
「大丈夫だよ。アンガトなアンチャン!助けに来てくれて!」
少年は笑いかける。そして顔が痛んで「いでっ!」と声を漏らす。
琥珀の瞳は、その痛がりながら笑う少年の顔を映しながら、徐々に色を濃くしてゆき…。
「……カムタ?」
意識が戻ったルディオは、少年の顔をまじまじ見つめて息を飲んだ。
「怪我を…」
「どうってことねぇよ!それよりアンチャンだ。腕、大丈夫か!?」
「ん?腕?」
言われて初めて、ルディオは腕の異常に気が付いた。
マンティスの鎌を受け、骨にまで達する傷を負った腕を顔の前に持ってくると…。
「………………………痛い」
かなり間をあけて呟いた。傷口を覆って固まった血の塊を見ながら、不思議そうな顔で。
「指も動かしにくい」
「そりゃそうだろ、その傷なんだから!アンチャンちょっと鈍くねぇか?それとも、ものすげぇ我慢強いのかなぁ?」
「コレ、どうしたんだぁ?」
「カマキリみてぇなセーブツヘーキにやられた。ほら、アイツラ。アンチャンはオラを助けてその怪我をしたんだ」
「そうか」
「うん。助けてくれてアンガトな!腕、あんま動かしちゃダメだぞアンチャン?センセーに治して貰わねぇと…」
カムタがルディオとそんなやり取りをしている間に、リスキーはよろよろとショーンの死体に歩み寄って、手錠の鍵を探し
た。そして…。
(…これは何だ?)
鍵の他に、掌に収まるサイズの、先端にスイッチがついた筒状の物を見つけた。
(…試しに押してみる。…と、ろくな事にならない場合もある。ひとまず回収するか…)
ショーンが持っていたのだから、どんなろくでもない仕掛けがあるか知れたものではないぞ、と慎重にポケットへ戻したリ
スキーは、「坊ちゃん、手錠を解きましょう」とカムタとルディオに鍵を翳して見せ、少年の手錠を外してやった。
「アンガトなリスキー!」
「これも、お礼を言われる事ではないですよ。坊ちゃんは被害者なんです」
屈託も含みもなく礼を言う、丸くて愛嬌のある少年に、リスキーは微笑んだ。
弟の恩人の息子。そう考えると、自分達兄弟を重ねていた時とは違う親近感が湧いてくる。
自分はこんなにも人情家だっただろうか?こういった生ぬるい情など、擦り減らして無くなったとばかり思っていたが…。
と不思議に感じて、それでまた笑い出しそうになってしまう。
「さしあたっては、私は事態を収拾し、上司と仲間を何とか誤魔化します。おふたりは先生の所へ戻ってあげて下さい」
わかった、と頷くふたり。リスキーは「それと」とルディオに頭を下げる。
「旦那さん、申し訳ないんですが、マンティスの死体を持って行って、先生の所に隠して下さい」
「なんでだ?」
「え?持ってってくれるんじゃねぇのか?」
ルディオとカムタから問われると、リスキーは「死に様がまずいんです」と応じた。
「最後のホッパーと、この二体のマンティスは、私の腕力では不可能な殺され方をしています。私じゃあこんなに損傷させら
れません。なので、先生に言って、この二体とホッパーの死骸を…」
リスキーが指示したのは、死骸を傷ませる事だった。
ONCのインセクトフォームは、その痕跡をなるべく残さないよう、死後は通常の生物よりも早く分解が進むように造られ
ている。特に塩水は、浸透圧の関係で組織の内側まで入り、分解を早めてくれる。
リスキーが仕留めたが、海際に死骸を隠していたせいで傷んだ…、という事にするため、それぞれをそれらしい状態にする
必要が…、つまり、異様な力による破壊の痕跡を誤魔化す必要があった。
「わかった。最初のヤツは、今言ったその場所に置いとけばいいんだな?で、カマキリは塩水につけといて、あっためて、腐っ
てきたら海に放り込めばいいんだな?」
ステルスホッパーはリスキーが指示した、死角になる岩場に隠す。プレデターマンティスは海上でボートから落とした事に
するので、処理ができたら、これまた指定された位置で海に放り込む。
カムタは忘れないよう、間違わないよう、リスキーの頼みを口に出して反芻した。
「ええそうです。私が仲間を案内して回収に行きますが、移動中にかちあわないように注意してください。もし会っても、知
らないふりで…」
不思議な事に、元々は敵側であるはずのリスキーも、地元民のカムタも、何処から来たかもしれないセントバーナードも、
短時間の内に既に連帯感と仲間意識を育み、お互いを信用している。
絡み合った縁が、置かれた境遇が、危機的状況が、生き抜き切り抜けるために一つの群れを形成していた。
カムタはリスキーに頷くと、マンティスの死骸を担ぎ上げたルディオと共に、入り江の外へ磯伝いに移動して行く。
そうしてふたりが離脱すると、リスキーは残った人間の死体二つを見遣り、
「さて…、ここからはインセクトフォームよりずっと手ごわい、我が上司への誤魔化しですね…」
疲れ切った半笑いを浮かべて呟き、端末を取り出して電源を入れた。
コールには、なかなか応答が無かった。
しばし経って、改めて掛け直そうかとリスキーが考えた頃に…。
『いい報告だろうな?リスキー』
怒っている、しかし安堵もしているフェスターの声に、
「ええ、山ほど報告があります。が、まずはお祝い申し上げます、我が主」
リスキーはショーンの死体を見ながら応じた。
「もう金輪際、貴方が馬鹿殿に悩まされる事はないでしょうから」
太腿まで波に洗われながら、見つからないよう磯伝いに移動しつつ、カムタは「う~ん…」と唸った。
「どうしたんだぁ?難しい顔して」
カムタが生きて戻ったので、とりあえず万々歳、と判断しているルディオに、少年は言う。
「何かオラ、大切なこと忘れてる気がすんだよな…」
「大切な事?先生か?」
「センセーの事は忘れてねぇよ?心配してヤキモキしてっかなぁ、センセー」
「たぶん寝てる。麻酔がきいてるからなぁ」
「え?」
「先生、カマキリに腹を刺されて怪我をしてる。リスキーが手当てしてくれた」
のんびりとした口調とは裏腹に剣呑な内容である。初耳だったカムタは跳び上がった。
「ホントか!?急いで戻んねぇと!」
慌ててザブザブ進むカムタは、自分が何かに引っかかりを感じていた事も、一時忘れてしまった。