Evolution of White disaster (act6)

山岸望は、人間の父と狐獣人の母の間に生まれた、三人兄弟の末っ子である。

父は県議会議員を務め、その秘書であった母は今では専業主婦。人間の兄と姉はそれぞれ大学生。ノゾムだけが母親と同じ

く獣人であった。

上流階級の家に生まれて、愛情を注がれ、何不自由なく幼年期を過ごしたノゾムに転機が訪れたのは、五つの時。

幼稚園に入ったその年、義務となっている五歳児検診を受けた際、同時に秘密裏に行われている検査によって、能力者であ

る事が判ったのである。

五つになったばかりの狐の子は、目立たぬようにと右足首にアンクレットをはめられた。

それが、能力の無断発動抑止、及び能力者監視の為の物である事を、当時から利発だったノゾムは幼いながらも一度説明さ

れただけで理解した。

元々力の使い方も知らなかったノゾムは、しかしそれで何か変わるとは思っていなかった。

幼い事もあって、監視にはすぐに慣れた。

監査官の所へ定期的に顔見せに行かなければならない事も、子供の憧れであるおまわりさんに会えると捉えていたノゾムに

とっては、苦行どころか密かな楽しみですらあった。

しかし幼いノゾムは、能力の制御訓練によって発火現象を引き起こせるようになった頃から、少しずつ理解してゆく。

自分が、普通ではないという事を。

どこかよそよそしくなった両親。距離を取るようになった兄と姉。

そして、自分以外の誰も身に付けていないアンクレット。

極めつけは、ある夜両親が口論した際に発した言葉を、偶然起き出して耳にしてしまった事であった。

「あんなバケモノを生ませる為に嫁にしたわけじゃない!」

父が母にぶつけたその言葉は、当時十歳だったノゾムの心に大きな傷を残した。

それからのノゾムは、部屋にこもって過ごすようになった。

父母を避け、兄や姉とも顔を合わせないようにし、帰宅すれば真っ直ぐに自室に戻り、必要な時以外は部屋から出なくなった。

学校に居る間だけが、ノゾムにとっての平穏な時間。

憩いの場であるはずの家は、ノゾムにとっては寒々しく、居辛い空間でしかなかった。

自分には広すぎる部屋の中で、何時間も何時間も、ぼうっとテレビを眺めながら菓子を食べ、眠るまでの時間を潰す日々。

家族と顔をあわせないよう、部屋にこもりがちな生活を続けている内に、ノゾムはプクプクと太り始め、やがて皆細身だっ

た家族の誰とも似ていない太った少年になった。

嫌悪の視線を向けられるのは嫌だったが、しかし太って顔かたちが変わった事は、ノゾムにとってはむしろ有り難かった。

もう、鏡を見る度に、自分の顔に母の顔を重ねなくとも済むようになったから。

そんなノゾムが調停者を目指そうと思ったのは、監視対象である印とも言えるアンクレットを外したかったからである。

調停者になれば発信機の装着義務は無くなる。それを知ってからのノゾムにとっての調停者は、自由の象徴となった。

十四歳の時、高校には進まず、調停者になると告げたノゾムを、両親は止めなかった。

むしろ歓迎するかのような素振りすら両親が見せたその時、ノゾムは思い知った。

両親が厄介払いしたいと思っていたという事を。

そして自分がどこかで、「危険だからやめろ」と、両親が心配して止めてくれるかもしれないと、淡い期待を抱いていた事を。

中学卒業後の最初の認定試験を目指して勉強したノゾムだったが、知識、知能面の試験項目はともかく、身体能力の点で引っ

かかった。

元々あまり運動をして来なかったノゾムは、それから必死になって体を鍛えた。

どうにかこうにか人並みの体力をつけて、ギリギリながら試験をパスしたのが昨年の事。

そして、所属したチームが壊滅したのは、それから間もなくの事であった。



そして今、ノゾムは息を切らせて暗い路地を駆け抜けている。

首元には二枚の認識票。右手には刃こぼれした片刃の直刀。

血に塗れた両手を振り、喉をヒュウヒュウ鳴らしながらも立ち止まる事無く、全速力で駆け続けたノゾムは、やがて行く手

に二つの影を認めた。

あまり速くないその足取りは、油断か、それとも余裕によるものか。

路地の暗がりに中年の男と、付き従う男の子の後ろ姿を視界に据えて、ノゾムは声を張り上げる。

「と、止まってください!動かないで!」

追跡に気付いた男は立ち止まって振り返り、肩で息をしている若い狐の姿を目にすると、意外そうに目を大きくした。

「ほぉ…。戦意は喪失したとばかり思っていたんだが…」

中年の横で、子供の姿をした危険生物、ギルタブルルが一歩前に出る。

恐怖のあまりカチカチと歯が音を立てる程に震えながらも、ノゾムは男とギルタブルルから視線を逸らさず、睨みつける。

立入禁止区域の境界まで、あと1キロも無い。

カズキが過労で倒れた今、一般人が行き交う中に紛れ込まれてしまったなら、再発見は難しくなる。

自分が止めるか、あるいは応援が駆けつけるまで足止めしなければならない。

それが使命感だとは、ノゾムは思っていない。

頭で理解した理由からではなく、「退いてはいけない」という漠然とした想いによって突き動かされている。

足を止めた二人と10メートル程の間合いを保持して向かい合ったノゾムは、胸に下げた二枚の認識票を握り込み、ゆっく

りと深呼吸した。

恐怖は消えないが、少しだけ落ち着きが戻る。

「ぶ…、武装解除して、投降してください…!抵抗さえしなければ、危害は、加えません…!」

震える声で投降を呼びかけるノゾムを、中年は鼻で笑った。

体を竦ませ、声を震わせながらの降伏勧告。

実力をわきまえていないのか、混乱の極みで寝言を口走っているのか、どちらにせよ滑稽だと。

しかし男は、ほぼ正確にノゾムの心理状態を見抜いていながら、たった一つだけ、大事な事を看破できなかった。

ノゾムは確かに怯えている。だが、無様に竦み、滑稽に震え、情けない程怯えながらも、覚悟だけは決めていた。

その不退転の覚悟がかろうじて恐怖を抑え、ノゾムをこの場に立たせている。

無視して逃走する事ができたにも関わらず、目障りだと感じた中年は、ノゾムを始末してゆく事にした。

だがそれは、致命的な判断ミスとなる。

中年は面倒臭そうにささっと右手を払い、短く「やれ」とギルタブルルに命令を下す。

トトッと、人間の男の子の姿をした危険生物が前に数歩進み出ると、ノゾムはビクリと身を竦ませた。

腰が引けて、脚が震え、歯がカチカチと音を立てた。

叫び声を上げて逃げ出したくなる程の恐怖に抗い、ノゾムは直刀の刃先をアスファルトにつけ、腰によりかからせる。

喘ぎながら、血に塗れた両手をゆっくりと顔の高さに上げたノゾムは、その両手で自分の両頬を思い切り、挟み込むように

叩いた。

手加減無く、思い切り張った頬がバチンと音を立てる。

中年は訝しげに眼を細め、ギルタブルルは一度動きを止め、自身への攻撃とも取れる行為に及んだ排除対象を観察する。

この土壇場でどうしてそんな事をしたのかは、ノゾム自身にも良く判らなかった。

かつて彼が密かに憧れた、とても強くて大きい男。

たった一年間隣の席で過ごした同級生が、時折自分に気合いを入れる時に見せたクセ。

無意識にそれを真似たノゾムは、目を閉じて「ふぅっ…」と大きく息を吐き出すと、おもむろに顔を上げ、中年を見遣った。

「て…、抵抗するなら…、実力行使です…!」

体に立てかけていた片刃の剣を右手に、腰の後ろから引き抜いた鉈を左手に握ったノゾムは、左足を一歩踏み出し、半身の

姿勢で身構えた。

相手が臨戦態勢に移った事を確認し、ギルタブルルは無表情のまま少し前傾姿勢になる。

震える脚を叱咤して、踏み締めた足をじりっと動かしたノゾムは、

「うっ…、うわぁあああああああああああああああああっ!」

大きく口を開け、叫び声を上げながら、真っ向からギルタブルルへと挑みかかった。

中年の見立てでは、ノゾムは素人に毛が生えた程度の弱兵である。

かなりの使い手だった先の髭面の調停者ですらも一蹴してのけたギルタブルルに勝てる道理はない。

真っ向から挑みかかったノゾムに、ギルタブルルは身を捻って尾を振るう。

右手側から襲いかかった横殴りの一撃は、反応が追いつかなかったノゾムをいとも簡単に真横へ薙ぎ倒した。

「…なんともあっけない…」

判っていた事とはいえ、あまりの歯応えの無さに拍子抜けした中年は、しかし地面に横倒しになったノゾムが身じろぎする

と、少しばかり意外そうに眉を動かした。

剣を杖代わりに身を起こしたノゾムは、よろめきながらもきちんと二本の足で立つ。

身が竦んで反射的に僅かに上がった右手の剣の腹が、偶然にもギルタブルルの尾の先端を防ぎ止めたのは、正に僥倖と言えた。

尾そのものの打撃は見事にノゾムの右腕と脇腹を強打していたが、狐にしては珍しい程の極度の肥満体であった事が幸いした。

長年、部屋に引き篭もって菓子を食っていた事で蓄積された、柔らかで厚い脂肪層がクッションとなり、肋骨も内臓も無事

である。

体を折って噎せ返り、えづいて胃液を吐き出しながらも、ノゾムは再び身構えた。

ギルタブルルは無表情のまま数歩踏み出すと、前傾姿勢になって唐突に突進を開始する。

一気に間合いに入ったギルタブルルが、身を捻りながら斜め下から尾を振るう。

顎を狙った正確無比な一撃は、しかしビクッと首を縮めたノゾムの鼻先、ほんの数ミリ先の空間を猛スピードで通り過ぎる。

二撃目が空振りに終わったギルタブルルは、身を捻った勢いそのままに一回転し、大きく円を描くように尾を払う。

咄嗟に鉈と剣を交差させて身を守ったノゾムの体が軽々と吹き飛ばされ、剣が右手から弾き飛ばされる。

小さく悲鳴を上げながら尻餅をついたノゾムめがけ、大きく振るった尾を戻して鋭く突き込むギルタブルル。

その時、もはや速過ぎて何が起こっているのかも判っていないノゾムの前に、弾かれた剣が刃先を下にして落下、地面に突

き刺さる。

丁度進路に割って入られる形になったギルタブルルの尾が剣に当たり、半ばからへし折りつつその軌道を逸らした。

まるで何かに守られているかのように、ノゾムは済んでの所で難を逃れ続けている。

その奇跡の積み重ねが、ノゾムにチャンスを与えた。

折れて手元に転がった、タカマツの遺品の剣。

半分ほどの長さとなったそれを咄嗟に掴んだノゾムは、尻餅をついた状態から、中年めがけて投擲した。

きりきりと回転しながら宙を飛ぶ折れた剣。

ノゾムを舐めきっていた中年は、彼が目前のギルタブルルから身を守る事より、自分への攻撃を優先して来るとは思っても

おらず、完全に虚を突かれる。

中年がノゾムの挙動を警戒していたのであれば、回避しやすいように位置取りにも気を配っていたのだが、それを怠ったが

故に致命的な隙が生じた。

反応が遅れ、慌てて身を捌いた男の右頬を、回転しながら飛び過ぎた剣の刃が抉る。

「くあっ!?」

上がった苦鳴に反応し、現在は最優先で中年を守るようプログラムされているギルタブルルが、ノゾムへの攻撃を中断して

飛び退り、素早く中年の脇に舞い戻る。

この瞬間、まるで何かに導かれるようにして、ノゾムにとって絶対的に有利な状況が整った。

ギルタブルルが前に出ている間は、集中が必要になる発火能力は使えない。

だが、ギルタブルルが中年の元に戻った今は、集中の時間を確保できる。

連射の利かないたった一度の能力発動は、副作用で一時的に視力を失う以上、しくじった途端に負けが確定する。

千載一遇のこのチャンスに、ノゾムは全てをかけた。

瞼を閉じて眉間に力を集中したノゾムは、カッとその目を見開いた。

瞳が虹彩のみとなったように見えるほど、極端に小さく絞られた瞳孔から、不可視の波動が迸る。

直後、ノゾムの正面、角度にして120度ほどの扇形に、灼熱の壁が出現した。

これまで使ってきた力を遙かに超える、なりふり構わぬ灼熱の一撃。

天を焦がす炎の壁の輝きに、ノゾムの顔が照らされる。

無理矢理絞り出した力の反動は、視力を奪うだけでは済まなかった。

自らが生み出した炎の熱に顔をなぶられているノゾムの、閉じられたその両目から、血の滴がつつっと頬を伝う。

凄まじい頭痛と目の痛み。両手で顔を覆ったノゾムは、荒い息を吐きながらがっくりと肩を落とし、項垂れた。

出力に耐えられなかった両目がズキズキと痛み、力を絞り出した頭が重い。

炎の壁は出現した時と同じく、唐突に消失した。

熱風だけが残った路地にへたり込んだまま、ノゾムはゆっくりと顔を上げる。

その耳が、ピクリと動いた。

「…よく…も…」

低い、震えた声がノゾムの耳に滑り込む。

「…やって、くれたなぁ…?」

怒りに震える中年の顔は、視力を失っているノゾムには見えない。

自分が放った炎で顔の半分を焼かれた、中年の凄まじい形相は。

ノゾムの力の発動を感覚で察知したギルタブルルは、炎の壁が出現したと同時に、中年を抱えて飛んでいた。

範囲が広過ぎて完全には回避できず、衣類を焦がされ、肌も焼かれた中年とギルタブルルであったが、命に関わる程のダメ

ージは受けていない。

それでも、ギルタブルルは顔の半面と腕や脚を焼かれ、溶けた皮膚の下からヌラリと湿った甲殻が覗いている。

中年に至っては顔の右半分に酷い火傷を負い、右目は焼け潰れて、頭部の右側から毛髪が焼失していた。

一瞬晒されただけでこの有様、もしも離脱が遅れていれば、全身を炙られて致命傷を負っていたところである。

「ムカつく…!ムカつくぜ…!調停機能がボロボロになってるって聞いて、こんな片田舎まで商売に出向いたってのに…」

中年はギリリと歯軋りし、目を閉じたまま顔だけを向けて来るノゾムを睨みつける。

「調停者どもはとにかくしつこいわ…、ガキまでしゃしゃりでるわ…、あげくコレか…!?ムカつく…!ぶち殺してやるっ!

このデブガキがっ!」

憎悪を込めて罵る中年は、一度言葉を切り、ノゾムの顔を見下ろす。

「ガキ…、何がおかしい…?」

へたり込んだまま動けないノゾムは、目を閉じたまま、口元に微笑を浮べていた。

熱された大気に混じるベタついた脂の匂い。それは、露出している部位が焼けた証拠であった。

手か、顔か、少なくとも狭くない範囲の皮膚が焼けていると察せられるだけの異臭のおかげで、視力を失っているノゾムに

もはっきりと判った。自分の炎が、中年に浅くない傷を焼き付けた事を。

手当てが必要な深い火傷。しかし、医者にかかればそうと知られる。

まして皮膚が焼け爛れたままでは、例え包帯で覆い隠したとしても目立つ。人混みに紛れる事は、もはや不可能である。

怖い事は怖い。それでもノゾムの口元には笑みが浮かんだ。

調停者になって以来、仲間の足を引っ張らず満足に任務をこなせた事など、これまで一度も無かった。

そんな自分が、この町の調停者達を出し抜いて逃げ回っている男に一泡吹かせ、逃げ場を狭める事に成功した。

怖いが、誇らしかった。もはや逃げる事も叶わないが、ノゾムはそれでも満足している。

こんな自分を守って逝ってしまった皆に、これで顔向けできると…。

「ムカつく…、ムカつく…!ムカつくんだよっ!」

歩み寄った中年の男が跳ね上げた爪先が、ノゾムの顎を斜め下からまともに捉えた。

ガツンと音を立てて歯が噛み合わされ、横向きに倒れた狐は、

「ふ…、ふふ…!最後の…、負け惜しみ…」

小さく笑いながらゆっくりと身を起こし、見えぬ目を男に向ける。

「貴方はもう…、逃げ切れませんよ…?」

中年から一瞬表情が消え、次いで憤激が半分焼けた顔を彩る。

「殺せっ、ギルタブルル!」

男の怒声と同時に、ギルタブルルの尾がしなって天を突き、真上からノゾムを打ち据えた。

振り下ろされた硬い尾で頭を強打され、うつ伏せに倒れるノゾム。

ゴグシャッっと、尾が叩き付けられた音と、地面にぶつかった音は、ほぼ同時に聞こえた。

顔面からアスファルトに叩き付けられたノゾムは、感電でもしたかのようにビクンと大きく四肢を突っ張らせた。

伸びた手足がゆっくりと弛緩して地面に降り、割れた頭から溢れ出た血がとうとうと流れ、周囲に広がってゆく。

追い討ちとして串刺しにすべく再び大きく上にあがった尾が、鋭い針を備えた先端を、もはや動かないノゾムの背に向ける。

次の瞬間、宙を走ったのは一条の、鉄色の線。

夜気を切り裂いて飛来し、尾と激突したソレは、甲高い金属音を響かせて跳ね返りながら、きりきりと宙で回転する。

「な!?」

切っ先をアスファルトに易々と突き立て、ギンッと音を立てて地面に立った手槍を目にし、中年は素早く首を巡らせた。

その視線の先、暗い路地の向こうから、真っ白い巨躯が現れる。

息を切らせて全力疾走してきたアルは、ブリューナクを投擲した左手を腰の後ろに回し、ショットガンを引き抜いた。

「三秒やるっス!武装を解除するっスよ!」

「援軍だと!?早過ぎる!」

焦りの表情を見せた中年には目もくれず、アルはギルタブルル目掛けて構えたショットガンの引き金を、

「…三秒っス!」

宣告と同時に、全く躊躇を見せずに引いた。

ツインバレルから二発同時に弾丸が射出されると、胸を狙う射線に割って入っていたギルタブルルの尾が、着弾と同時に凍

り付く。

「何だ!?」

漂う霜と凍りついたギルタブルルの尾を目にし、中年は狼狽する。

今アルが手にしているショットガンに込められているのは、通常の散弾ではない。

ギルタブルルの戦闘力を一度確認したアルが、次の戦いに備えて相楽堂の若旦那に用意して貰った特別製。

 対象を凍結、粉砕する事を目的として作られた、酸素に触れると一瞬で気化する特殊冷却液入りの弾頭を備える、12ゲージ

のスラッグ弾は、堅固な甲殻に弾かれながらも、冷却液によって手痛いダメージを与える。

これまで二度逃げおおせた相手とはいえ、アルが相当な手練である事は中年も理解している。

自身の負傷の事もある。危険を冒してまでやりあう事は無い。そう判断した中年は、ギルタブルルに指令を下した。

「…ちぃっ!ここまでだ、退くぞ!」

身を翻して走り出す中年と、その背をガードする位置で背後に従い、駆け去るギルタブルル。

アルは立ち止まらぬままショットガンを腰の後ろに戻し、逃げてゆく中年達には目もくれず、滑り込むようにしてノゾムの

前で急停止した。

「ノゾム君!?ノゾム君っ!しっかりするっス!」

自分が作った血溜まりに顔をつけている狐を、焦りながらもそっと抱き起こしたアルは、割れた頭からの夥しい出血を確認

して表情を硬くする。

下手に動かすのも危険な出血だと判断したアルは、首の後ろをそっと支えたまま、片手で携帯を操作し、トウヤを呼び出した。

「な、ナガセさんっ!のぞっ…ノゾム君がっ!ノゾム君が重傷っス!動かせないっス!」

アルの狼狽した声から事態の深刻さを悟ったらしいトウヤは、電話の向こうで息を切らせながら応じる。

どうやら走ったまま喋っているらしく、声に風の音が混じってやや聞き取りづらい。

『救護車両は先に手配した。もう近くまで来ているはずだから、そっちに回って貰う。端末から救難信号を出しなさい。そう

すればいくらかでも早く辿り着くはずだ』

「う、うっス!」

通話を終えるなり慌てて携帯を操作し、救難信号を発信したアルは、下から見上げて来る視線に気付く。

ぼうっとした目で、ビルの隙間の夜空を眺めていたノゾムは、視力が戻り始めた瞳をアルに向ける。

「アル君…?」

「気が付いたっスか?…よ、良かったっス…」

ほっとしたように表情を緩めたアルの顔を眺めながら、ノゾムは口をモゴモゴと動かす。蹴られた際に口の中が切れたのか、

頬の内側が酷く痛んだ。

「あいつら…は…?」

「大慌てで逃げてったっス!ノゾム君が追っ払ったんスよ!?見せたかったっス!もう半泣きになりながらヒーヒー言って逃

げてったんスから!」

笑みを浮べ、励ますように少し大げさに言ったアルの顔を、真っ白な太い腕の中から見上げ、ノゾムは口元を綻ばせる。

「うっそ…だぁ…。だって…、僕、負けちゃった…もん…」

「負けてないっス!相手が逃げてったんスから、ノゾム君の勝ちっスよ!」

歯を剥いて笑うアルの顔を眺めながら、ノゾムはおずおずと口を開いた。

「ねぇ…、僕さ…、頑張れた…かな…?」

「うん!物凄く頑張ったっス!」

「僕…、ちょっとは…役に…たった…かな…?」

「大活躍っスよぅ!今日のMIBっス!」

「…MVP…?」

「うっ…!?そ、それっス…!」

「…ふふ…。うそ…ばっかり…。でも…、嬉しぃ…」

少し恥かしげに顔を綻ばせたノゾムは、視線だけを動かし、路地の隅を見遣った。

そこには、先ほどノゾムが投擲して中年の頬を切った、折れた片刃の剣が転がっている。

「…ナガ…セ…さんに…、タカマツさん…の…剣…、渡して…。あの男の…血が…ついてる…。魔弾…を…、ナガセさん…な

ら…、絶対に…、あいつを、逃がさない…から…」

「うんっ…!うんっ!良くわかんないけど、必ず渡すっス!…あと、もう無理しちゃ駄目っスよ?もう黙って、ちょっと休ん

どくっス!すぐ救護車両飛んで来るっスから…」

ぼうっとした顔に笑みを浮べながら、ノゾムはアルの瞳を見つめた。

「ねぇ、アル君…」

「うん?何スか?」

「アニメ…、観るんだよね…?」

「うス…」

突然何を言い出すのかと首を傾げたアルに、ノゾムは困ったような笑みを浮べて続けた。

「…僕もね…、毎週観てる…、アニメが…あるんだぁ…。明日…、あ、もう、今日か…。夕方からなんだけど…、病院でも…、

観られる、かなぁ…」

「見れるっスよ!あ、なんなら録画しとくっス!たぶんそれ、オレが観てるのと同じっスから!一緒に見るっスよ!」

「…そう、なん、だぁ…」

遠くからサイレンの音が聞こえ、アルは耳を立てて顔を上げた。

音はかなりのペースで近付いて来る。もうじき到着するはずだと安堵したアルは、少し表情を和らげて下を向き、ノゾムと

視線を合わせた。

「もう、すぐそこまで来てるっスよ…!手当てが終わったら、いっぱい話するっス!オレ、同じ趣味の友達居ないから、誰か

とがっちり話したかったんスよ!」

「う…ん…。後で…、ね…。一緒に…観て…」

笑みの形に細められたノゾムの目が、そのまま閉じられる。

ため息をつくような長い息を吐き、体から力が抜け、カクンと顔を傾けたノゾムは、それっきり口を閉ざした。



「…オレ…、随分実戦には出てたつもりなんスけど…」

ベンチに座って膝に肘をつき、前屈みで項垂れながら、アルはぼそぼそと呟いた。

「調停者になって丸二年近く経つのに…、誰かに死なれるのって…、全然慣れないっス…」

「そうあるべきだ。殺す事にも死なれる事にも慣れてはいけない…、調停者ならね…。慣れてしまったら、生殺与奪の判断を

正しく下せなくなる…」

壁に背を預け、腕組みしたトウヤは、目を閉じたまま応じた。

追撃を中断して解散した後の、午前二時。今二人が居るのは、病院の霊安室前である。

殉職した調停者、タカマツの遺体は、霊安室で家族との対面を終えたばかり。室内には今も妻が残っている。

「…四月から…、上のお子さんが小学生になるって、聞いたっス…」

アルが呟くと、トウヤは薄く目を開けた。

同行していた調停者の誰かが言ったのだろうが、元々この町の調停者ではないアルにまで聞かせる事はなかったろうにと、

少しばかり苛立ちを感じる。

「君が気に病む必要はないよ。今回は、誰のミスでもない…。ミスを犯したとすれば、配置を考えた私だ…」

トウヤが静かに囁くと、アルは首を左右に振る。

「ナガセさんだって、悪くないっスよ…」

しばし、気詰まりな沈黙が二人の間に落ちた。

「…ノゾム君の家族の人達は、まだ来ないんス?オレ、入り口で待ってた方が良いっスかね…?案内できるように…」

アルの問い掛けに、トウヤは少し困ったような顔で口を引き結んだ。

「…連絡は…、したが…。来られないそうだ…」

歯切れの悪いトウヤの言葉を聞くと、アルは「え!?」と驚きの表情を浮かべた。

「来れないって…、何でっス?」

トウヤは気まずそうに口ごもったが、白熊はベンチから立ち上がり、詰め寄るようにして尋ねる。

「何か、事情があるんス?だって…、居るんスよね家族?」

トウヤはしばし迷っていたが、結局はアルの視線に耐えかね、ノゾムの家庭環境について打ち明けた。



周囲で炎が燻っている。

爆発して横転したジープが火を上げ、街路樹が燃え盛り、踊る炎が倒れて動かぬ調停者達を照らす。

閃光と爆発。自分が扱う物とは桁が違う、獰猛な炎が荒れ狂った直後の路上で、俯せに倒れたノゾムは、呻きながら薄目を

あけた。

片側二車線の車道の真ん中、植えられたツツジが燃えている中央分離帯のすぐ脇で、灰色の髪の男の子が、冷めた目でノゾ

ムを眺めていた。

男の子は右腕で腋の下に石版のような物を抱えており、ゆったりとした灰色のコートを纏っている。

ノゾムは地面に這い蹲ったまま、怯えきった目を男の子に向ける。

ほんの数分前、チームの皆とジープで移動している最中の事であった。

走行中にもかかわらず、ボンネットの上に、唐突にこの男の子が現れたのは。

慌てて急ブレーキを踏んだメンバーに向けて、ボンネットの上に立った男の子は手を伸ばした。

そこから発された青い雷。

その光を見た次の瞬間、後部座席に座っていたノゾムは、隣に座っていたリーダーに後ろ襟を掴まれ、車外に引っ張り出さ

れた。

急ブレーキを踏んだ車から引っ張り出され、アスファルトの上を転がったノゾムの体を爆風が叩く。

運転していたメンバーは、燃え盛る車から降りては来なかった。

車が爆破される直前に脱出したノゾムを含む四人は、ふわりと30センチほど宙に浮きながらこちらを眺めている男の子と

対峙した。

そして、それから五分と経たずに敗北を喫した。

怯える視線を向ける、うつ伏せに這いつくばったままのノゾムをつまらなそうに見下ろし、男の子はすっと左手を上げる。

広げた手の先に白い霜が現れ、渦巻き、長さ50センチ、直径10センチ程の円錐形の氷柱が出来上がったのは、一秒にも

満たない短時間での事であった。

その氷柱が、鋭い切っ先をノゾムに向けて宙を走った。

身が竦んで立つ事もできず、顔を庇うように腕を上げ、硬く目を瞑ったノゾムの目の前で、しかし氷柱は音を立てて砕け散る。

「…まだ動けましたか。呆れるタフさですね」

薄く目をあけたノゾムの前で、中腰の姿勢で地面に右膝をついた白熊が、氷柱を砕き散らした大振りの鉈を水平に構え、男

の子と向き合っていた。

「り、リーダー…!」

呟いたノゾムを半面振り返った白熊は、口の端を吊り上げて見せた。

額から左の頬にかけて大きな裂傷が刻まれ、左目が潰れ、顔の半面を血で染めた白熊は、男の子に視線を戻して鉈を水平に

構える。

「逃げぇ、ノゾム…」

低い呟きを耳にしたノゾムが、ノロノロと身を起こしながら、首を横に振る。

逃げるどころか、足が竦み、腰が抜けている。それに…。

「い、一緒…に…!」

恐怖のあまり涙すら浮かべ、弱々しい声で一緒に逃げようと訴えたノゾムは、リーダーの肩が震え、彼が小さく失笑した事

を悟る。

「わしゃ無理じゃ。右足がのおなっとぉでよ…」

弾かれたように下を向いたノゾムの目に、ふくらはぎの下から先が焼け焦げて失われた、熊の太い右脚が目に入った。

息を飲んだノゾムの前で、手負いの白熊は呟く。

「悔しいけんど、わしらじゃあアレにゃあ勝てん…。なんとか時間稼いだるでよぉ、お前さんだけでも逃げぇ…」

「で、でも…、ぼ、ぼぼ、僕っ…!」

歯をがちがちと鳴らすノゾムの前で、白熊は低く呻いて身を強ばらせた。

ふわりと宙に浮いている男の子の周囲に、濃い霜と、無数の氷の刃が舞っている。

「弱兵とはいえ貴重な贄です。逃がしませんよ」

口を三日月のようにして薄く笑った男の子は、ゆっくりと手を前に差し出した。

宙を裂いて閃く無数の氷刃。甲高い金属音。硬く目を閉じたノゾムは、しかしいつまで経っても予想した痛みが来ない事を

訝しみ、恐る恐る目を開ける。

最初はゆっくり、薄くあけられたノゾムの目が、驚愕の色を浮かべて大きく見開かれた。

「生きとぉとか…?ノゾム…」

両腕を左右に大きく広げ、男の子に背を向け、身を盾にして無数の氷刃を食い止めた白熊は、苦痛を堪えてノゾムに告げる。

「…はよぉ…逃げぇ…、ノゾム…。お前さんだけでも、生きて…、生き…」

言葉を皆まで言い終える事無く、白熊は前のめりに、ノゾムの目の前にどうと倒れ込んだ。

深々と潜り込んだ氷の刃は、白熊の背を凍り付かせ、刺傷と凍傷によってその命を刈り取った。

だが、無数の氷の刃は白熊の背で止められた事もあり、ノゾムには一本たりとも当たってはいない。

それどころか、多くの氷刃が狙いを外し、二人の周囲で地面に氷柱を立たせていた。

「一角の戦士でしたね…。なかなかです」

呟いた少年の前では、大振りな鉈が宙で静止している。

不可視の障壁に食らいついた大振りな鉈は、持ち主が絶命してもなお、その執念が宿っているかのようにギィィイイインと

音を立てて振動し、壁を食い破ろうとしていた。

氷刃が放たれる寸前、白熊は鉈を投擲していた。

身を守る唯一の武器を手放し、男の子の集中を妨げて氷柱の軌道を乱した白熊は、さらに自分の身体を盾にする事でノゾム

を守った。

己の身を顧みない、咄嗟の効果的な守備行動に、ロキは敬意を表して臨戦態勢を解き、地面に降り立つ。

不可視の障壁が消滅し、アスファルトの上に落ちた鉈は、ようやくその振動を止め、死んだように静かになった。

へたり込んだまま動けないノゾムをちらりと見遣ったロキは、

「…が、命を投げ打って庇った相手がコレですか…」

そう、下らない物でも見るような目をしながら呟いた。

「自らの痛みと死を恐れるだけの、安っぽく薄っぺらな恐怖…。贄にした所でたかが知れていますね」

ノゾムにくるりと背を向けたロキは、歩き出しながら口を開く。

「見逃してあげましょう。見事な散り様を見せた戦士の魂に免じて。…もっとも、今の貴方には殺すだけの価値もありません

がね…」

ロキが姿を消すまでへたり込んだままだったノゾムは、やがて、カタカタと震え始めた。

自分のせいで、リーダーが死んだ。

なのに自分は、敵が姿を消した今でも、恐怖で身が竦んで動けない。

「う…、うぅ…!ううううううぅっ…!」

のろのろと地面を這いずり、薄く目を開けたまま事切れている白熊ににじり寄ったノゾムは、鮮血で赤く染まった、まだ温

もりを留めている頬に触れ、

「あ、あうっ…、あうあっ…!うああぁぁああああああああああああああああっ!!!」

天を仰ぎ、涙が尽きるまで泣き叫び続けた。



薄く目を開けたノゾムは、ぼんやりとした視界の隅に白い大きな人影を認め、首を巡らせた。

椅子に腰掛け、腕組みをしていた白熊は、ノゾムが首を動かした事に気付いて身を乗り出し、顔を覗き込んだ。

「リー…ダー…?」

白熊の顔をぼんやりと眺めながらノゾムが呟くと、

「へ?何スか?」

アルは一瞬訝しげに首を傾げ、次いでほっとしたような笑みを浮かべた。

「気分どうっスか?すぐ先生呼ぶっスから、あんまり動いちゃダメっスよ?」

ナースコールのスイッチに手を伸ばしたアルに、ノゾムはぼんやりとした表情で問い掛ける。

「…ここは…?敵は、どうなったの?」

「えぇと…。まぁ、詳しい話は後でっスよ!」

耳を残して頭全体を包帯で分厚く巻かれているノゾムに曖昧な苦笑いで応じると、アルは再び椅子に腰掛けた。

「良かったっスねぇ!頭の傷は結構派手だったっスけど、脳波なんかにも異常は無いらしいっス!」

ニコニコと笑みを浮かべるアルに弱々しい微笑を返したノゾムは、聖夜の事件と今回の事件との、奇妙な類似性に気付いた。

自分を守って倒れた先輩の調停者。幼い男の子の姿をした敵。そして大きな白熊。

まるで何かを暗示しているような状況であったが、今回のノゾムは以前とは違う行動に出ていた。

ただ怯えて竦むだけで終わらず、恐いながらも前に踏み出せた。それは、ささやかながらも大きな一歩であった。

そしてノゾムは、ふとおかしな事に気付き、アルの瞳を見つめる。

「ん?どうかしたっスか?」

首を傾げている白熊の黒い瞳から視線を外し、ノゾムは部屋の中を見回す。

白い床、白い天井、白い壁、白い布団。

何もかもが清潔に白い病室で、ノゾムはやがて自分の手をのろのろと上げ、まじまじと見つめた。

くすんだ灰色の毛に覆われたぷっくりした手が、患者衣の袖から覗いている。

「ノゾム君?」

体調を気遣って顔を窺うアルに、ノゾムは再び視線を向ける。

薄赤い色だったはずのアルの瞳が、ノゾムの目には薄い黒に見えた。

一切の色が無い、白と黒の病室。

能力の負荷に耐えられなかったノゾムの目は、驚異的な力を行使した代償として、色を失っていた。



「同業者の個人情報を漏らすのは、感心できんなぁトウヤ?」

「済みません…」

ベンチに座ったトウヤは、居心地悪そうに頭を掻いた。

その横に座っている水色の患者衣姿のカズキは、目の下に濃いクマが浮いており、腹が出た肥満体型という事もあって、ど

ことなくタヌキをイメージさせる。

一応たしなめはしたものの、さして責めるつもりもなかったカズキは、微苦笑を浮かべながら続ける。

「まぁ、アルなら個人情報を悪用しないだろう。今回は咎めんが、以後は慎むように」

「はい…」

先程アルにせがまれ、ノゾムの家庭の事を話してしまったトウヤは、恐縮して首を縮める。

「…で、サポートしてやれない状況でこんな事を聞くのもなんだが…」

「次で終わらせます。必ず」

カズキの言葉を遮り、トウヤは低い声で呟いた。

「回収したタカマツさんの剣に人間の血液が付着していました。アル君がヤマギシ君から聞いた話では、あの男の血だそうです」

顎を引いて「なるほど…」と呟いたカズキの横で、トウヤは胸の前に上げた右手を硬く握り締めた。

「タカマツさんとヤマギシ君が繋いでくれた…。おかげでやっと、魔弾が使えます…」



一方その頃、真夜中の高速道路を延々と北上してきた一台のジープが、インターチェンジを降りて県道に進入した。

運転席でハンドルを握っているのは、細面で顎の尖った長髪の男。

助手席にはコロッとした体型のレッサーパンダが座っている。

「出ねーか?アルのヤツ」

男が尋ねると、携帯をパチンと折ったレッサーパンダは小さく頷いた。

「もう四時間もの間、不通であります。外部入電が制限されている可能性も否定できないでありますね」

「やっぱ任務中かねぇ」

ため息をついた男と、無表情なレッサーパンダは、二人とも同じデザインの濃紺のジャケットを着込んでいる。

国内最大の調停者チーム、ブルーティッシュのメンバーである二人は、同僚が任務終了後に病院に入り、携帯の電源を切っ

ている事までは、さすがに予想できていなかった。

平日の真夜中、車の少ない県道を快適に飛ばしながら、

「仕方ねーな。カルマトライブの事務所に直接向かうか」

ブルーティッシュの調停者である細面の若者、アンドウはそう呟いた。

「了解であります」

同じくブルーティッシュの調停者、レッサーパンダのエイルは、頷きながら取り出した菓子の袋をビッと開ける。

「…ところでそれ、何食ってんの?」

ややあって、隣でパリポリと音を立てられて気になったのか、アンドウは前を向きながらエイルに尋ねた。

「暴君であります。食べるでありますか?」

「いらね…。何でおれが食えねーもんばっか持ち込むのお前?」

「スパイシーでありますよ?」

「いらねっつーの…」

「眠気も覚めるでありますよ?」

「だからいらねっつーの…」

「おいしいでありますよ?」

「しつけーっつーの!」