Stranger
「では!旅の道連れに、かんぱーい!」
テンターフィールドが上機嫌でジョッキを掲げ、旅の道連れを歓迎する。
「どーもどーも!」
オレンジジュースにも似た色合いのカクテルで満たされたグラス片手に、腰を浮かせて立ち上がり、頭を掻き掻きにこやか
に応じるのは、でっぷり肥り肉の大柄な狸。
大人達がジョッキやグラスを掲げるのに混じり、笑顔のカムタもアップルジュースのグラスを上げていた。
船での移動者や観光客など、多国籍な顔ぶれで賑やかな酒場の一角。メニューにも島伝統の野趣溢れる素朴な料理に加え、
西洋風の物が多く顔を見せている。
一行が高速艇で入港したのは、首都ほどではないがそこそこ賑わう、航路設備が整っている移動の中継点となる島である。
この島で一泊する手はずになっていたため、道中ながら簡単にカナデの歓迎会を開いていた。
気さくで喋り易く、職業柄話術に長けているというのも手伝って、狸は旅の船上で一行に馴染んでいる。元々人懐っこいカ
ムタはすっかり狸に慣れて親しくなっており、ルディオは普段通りのぼんやり顔と態度だが、カムタが嬉しそうなので勿論異
議は無い。
基本的にテシーは記者が嫌いで、父を亡くしたばかりのカムタに傷を抉るような取材を試みられた一件から信用していなかっ
たのだが、最初こそ狸を胡散臭い目で見ていたテンターフィールドは、カナデが日本人だと知り、マーシャルが気に入ってい
て来国が三度目にもなるという話を聞くと、途端に態度を軟化させ、船に乗る前と降りた後では別人のように対応が変わって
いる。親も祖父母も親日家のロヤック家は、アジア系民族全般に対して割とフレンドリーであった。
歓迎ムードが漂う夕食の席で、しかし、ヤンだけは警戒を解いていない。
(まさか、とは思うが…。リスキーが言っていた組織の連中じゃあないだろうな…?)
名前で検索してみたら普通にヒットし、有名な記者だという事は判ったが、用心するに越した事は無い。リスキーの意見を
聞きたいところだが、生憎となかなかひとりになれるタイミングが訪れないので電話ができない。
さらに言うと、ルディオの意識が一瞬飛んだという話もカムタから聞いている。時折視線や気配を感じているという事から、
エルダー・バスティオンとやらの監視に引っかかってしまった可能性もあり、リスキーと話をしたいところだった。
和気藹々と会話が続く中、テンターフィールドは向かいの席の狸の口元が少し気になった。
「なるほど、ここを中継にして次の島へ移るんだネ?……………」
(…カナデさんのコレって、癖か何かなのかな?)
カナデは会話の途中で口元をモゴモゴと動かす事があった。喋っているように、しかし声は出ず、口を動かすだけの奇妙な
仕草は、口の中が落ち着かなくて舌でまさぐっているのか?とテンターフィールドに錯覚させる。
その事が少し気になるテシーは、全く気づかない。
窓に向けた背の遥か後方、夜の闇に溶け込んで自分達を監視している者達が居る事には…。
「…という訳で、この同行者についてどう思う?」
テシーがシャワー中の時間を使い、ヤンはリスキーと通信を試みた。意見を聞きたかったのだが…。
『そのひと「白」ですよ』
暗殺者がさらりと安全を保証したので、予想外のあっさりした返事に肥満虎が目を丸くする。
「何故そう言いきれるんだ?」
『こっちの界隈でも有名人です。…ああ、「こっち側の存在」という意味ではなく普通の意味で。「紛らわしいがアレでカタ
ギ」と断定されています』
リスキー曰く、情勢が不安定な国やデリケートな問題に直面している国、物騒な紛争区域や際どい所などへ頻繁に出没して
いるのは確かだが、カナデ・コダマ自身は何処の組織の構成員でもない。ONCはかなり前に彼の動向を怪しみ、調査した上
でそう結論を出していた。
国際的に有名な日本の大財閥が二つパトロンに名を連ねているが、どちらもONCが「白」と判定している。一方はリゾー
ト開発などで有名なカラスマという財閥。もう一方も教育、玩具、娯楽を中心に手がけるクロスという財閥。後者はONCも
「表の事業」を海外製品の仕入れに使って貰っている、大口の取引相手である。つまり資金の流れやバックアップの面まで含
め、いかがわしい所が全く無い。
「つまり…、件の組織とは関係なく、ただ居合わせただけなのか?カムタ君とルディオさんに近付いたのも…」
『単なる偶然じゃないですかね?』
「やれやれ…。タイミングが際どいから疑ってかかったよ…」
『しかし、それで正解ですよ先生』
その注意力と警戒心は大事だとリスキーに褒められると、ヤンはホッと安堵した。
「…となれば、放っておいていいな。個人的には、カムタ君が国外の事を知るいい機会だとも思う」
『それは先生が教えてあげられるんじゃないですか?』
「生憎、医者になるために偏った勉強をしてきたし、組織に捕まってからこっち世捨て人のような生活を続けて来たからな。
今の世界情勢にはあまり詳しくない。世界中を飛びまわっているジャーナリストなら、今現在の事を色々と知っているだろう」
無害なら問題なし。むしろカムタの見聞を広めるいい機会になるかもしれない。そんな事を考える虎は、しかしすぐさま表
情を引き締めた。
『それから、旦那さんの意識が飛んだという話ですが…、そっちは看過できませんね』
「そうだろう?そちらは、件の組織の網に触れてしまったと考えるべきだろうか…」
『悪意や敵意、危険や異常を敏感に捉えるウールブヘジンの感知性能は破格です。…ただ、一瞬の反応だけという点を考える
と、事態はそう深刻ではないかもしれません』
「それは…、またどうしてだ?」
『すぐ引っ込んで旦那さんに戻ったという事は、継続して悪意や敵意が向いていなかったと取れますね?」
「なるほど、そうだな…」
『つまり、良からぬ意図をもって注意を向けた者が居たとしても、相手側に確信が無いのでしょう』
「………」
『堂々と馬鹿話などで盛り上がって下さい。やましいところを見せると警戒されますから、開き直って気にせず、普通に船旅
をエンジョイして下さい。相手に確信が無いなら怪しくないと思わせるのがベターです。…こちらはこちらで…』
声を潜め、剣呑な響きを込めてリスキーは言う。
『対エルダー・バスティオンの調査、牽制要員がじきに到着します。先生が言った位置を中心に動いて貰えるように、上司経
由で働きかけてみますよ』
「…判った。頼む」
とりあえず打てる手はそのぐらいだろう、と話を纏めたところで、ヤンはシャワールームの水音が止まった事に気付き、「
テシー君が出てくる。切るぞ」と告げて、リスキーの返事を待たず通話を終えた。
(胃が痛くなりそうだが、監視については普通に振舞ってやり過ごす、と…)
医師はベッドに身を投げ出し、くつろいでいた風を装いながら考える。気持ちが落ち着かなくとも、こんな時はとりあえず
形から、である。
(となると、夕食時のカナデ・コダマのような、自然体で旅を楽しんでいるポーズを取るのがいいのか。あの盛り上がりと楽
しみ具合が、もしかしたら監視を欺いていたりしてな…)
小さく笑ったヤンだったが、すぐに笑みを消して考え込む。
(世界を巡るジャーナリスト、か…)
父のような立派な漁師になる。あの島で生きてゆく。そう望むカムタの意見をヤンは尊重している。だが、生き方を決める
のはもう少し後でも良いのではないか?という想いも少しばかりある。
学び、知り、視野を広く持ち、その上で将来を決めて欲しい。それが、彼から父を奪ってしまったという自責を抱く医師の
願いだった。
(何にしても気が楽になった…!情報整理の材料は色々と手に入ったし、カムタ君の話ではカナデ・コダマはハーキュリー・
バーナーズの詳しい話も知っていたらしい。もしかしたらハウル・ダスティワーカーについても、職業柄情報が豊富かもしれ
ないな…)
疑惑が晴れて心配が一つ減った途端、ヤンの心は軽くなった。カナデという情報の宝庫と知り合えたのは降って湧いた幸運
と思えて。
カナデが申し出た希望により、途中でダイビングスポットとして有名な島や、クルージングツアーも体験する事になったが、
最初はともかく疑惑が晴れた今では、カムタの社会勉強になるだろうと言う気持ちも芽生えた。
(少し遠回りになるが、たまには羽を伸ばすのも良いだろう…。何せカムタ君は年頃なのに知っている遊びの範囲が狭い。ル
ディオさんの記憶の刺激にもなるかもしれないし、テシー君も時には他社のクルージングを客として楽しんで…)
首都で買った外国のタバコの箱を取ろうと、伸ばしたヤンの手が止まる。
「………」
無言のヤンの脳裏を過ぎるのは、高速艇のデッキで、手すりにもたれかかっていたテンターフィールドの姿。
風に耳を揺られ、他愛ない会話を交わす最中、笑いかけるテシーの花柄シャツは、船が上げた飛沫を浴びて湿り、無駄肉の
無い胸や鎖骨のラインが透けて見えて…。
「………っ!」
頬を赤らめてブンブン頭を振るヤン。連日深酒しているせいで、脳が酔ったままなのではないかと、胸の中で軽く自分に悪
態をつく。
「旅行中、島で急患が出なければいいが…」
あえて口に出し、気持ちを自身が演じる医師のソレにあわせようとして…、
「お待たせしました先生!もう良いですよ!」
シャワーを終えて出てきたテシーに、「あ、ああ」と顔を起こして応じたヤンは、頭をタオルで包むように覆い、ゴシゴシ
擦っている青年の姿を見つめる。
トランクス一枚の、島の皆と比べれば細く締まった体。しかしひ弱というほどではない、付くべき筋肉がしっかり付いた、
無駄肉の無い体つき…。
「………」
一瞬見とれていたヤンは、目を奪われていた事に気付くなりソワソワとベッドを降りて、下着とタオルを取ろうと屈み込ん
だ。そこへ…。
「あっ!」
「おっと!」
重なる声。重なる体。
前をよく見ていなかったテシーが、屈んで荷物を漁っていたヤンにぶつかり、両者共にバランスを崩す。
横倒しでベッドに転がったヤンと、つんのめってその上へ倒れ込んだテシーが、『ご、ゴメン!』と異口同音に謝った。
横向きに倒れる格好になった虎の脇腹に、テンターフィールドがのしかかる格好。テシーの頭から離れたタオルが、ハラリ
ハラリと宙を泳いでベッドの下で九十九折になる。
「………」
無言のまま、テシーは自分の手を見た。
体を支えようとした手が、ヤンの柔らかな左乳房に乗り、軽く掴んでいた。
「………」
無言のまま、ヤンは自分の腕を見た。
転びかけながら縋る物を探した右腕が、青年の腰に回って引きこむ形になっていた。
沈黙。そして硬直。
呆然とした面持ちのまま、静寂の十数秒が経過し…。
『…ご、ゴメンっ!』
また声を重ねたふたりは弾かれ合うように身を離し、テシーは気まずそうに視線を逸らし、ヤンはそそくさとシャワールー
ムに向かう。
(先生の胸…。柔らかかった…)
ベッドに座り、自分の掌を見下ろすテシー。掌が沈み、密着する柔らかな肉質ときめ細かい被毛の感触が、まだ明瞭に残っ
ている。
(テシー君の腰、結構しっかりしてて力強いんだな…)
一方、シャワールームのドアを閉じ、掌を見下ろし、腰に手をかけた際に感じた、しっかりした青年の重みを思い返すヤン。
視界の隅に入った洗面台の鏡に何気なく目をやれば、中年のように贅肉で弛んだ、ムッチリ肥った虎の姿。
結局、喋り難い雰囲気になったテシーは、ヤンが戻る前に寝たふりをした。
ヤンもヤンでシャワーを浴びたらすぐ横になり、狸寝入りに入った。
そして両者とも、ろくに眠れず朝を迎える事になる。
締め切ったカーテンをベッドの上から眺め、胡坐を掻いて背を丸めたカムタが、尻を支点に起き上がり小法師のように前後
に揺れている。伸びてきたざんばら髪を揺らすのは、壁面の吹き出し口から出てくる涼しくて乾燥している風。
「「灯りが漏れると迷惑」かぁ…。ホテルってそうなんだな?オラ全然気にしてなかった。こいつが付いてれば窓開けなくて
いいんだもんな」
カナデからの忠告を受け入れ、しっかり窓とカーテンを締めて空調を利かせたカムタは、エアコンの吹き出し口をマジマジ
と物珍しそうに見た後、おもむろにシャツをはだけてパンツを下げ、汗ばんでいた体の正面に風を浴びる。
「ウチにも欲しいなコレ!風呂上がった後とかは気持ち良いな!それに、嵐の日でも空気の入れ替えできるし…。でも高ぇん
だろうなぁ。電気も使うんだろ?」
あられもない格好で風の涼しさを楽しむカムタに「かなり」と頷いたルディオは、垂れ耳をピクつかせて風の音を聞く。
人工の風。空気が唸るような振動を伴う物。
島ではあまり見かけない物だが、慣れ親しんだ音のような気もする。ただ、耳に馴染んだソレはもっと静かだったような…。
ぼんやり顔で吹き出し口を眺めながら胡坐をかいているセントバーナードの脚の上には、首都で買った美術の本が広げられ
ていた。記憶を刺激するのとはまた少し違う、見ていて懐かしい気持ちになる絵画がいくつかあった。
「アンチャン、美術の仕事とかしてたのかな?リスキーのトコも表の仕事は「結構普通の商売」って言ってたし、アンチャン
が居たトコも商売してるトコあったのかも?」
「かもしれないなぁ」
絵を売る自分を想像しようとして失敗するルディオ。美術商らしい小綺麗なスーツ姿は、どうにもぼんやり顔のセントバー
ナードには似合わない。
「…漁師なら似合うかなぁ…」
カムタと同じ、いつもの格好の自分を想像して呟いた巨漢の隣で、少年は「似合うぞ、たぶん」と笑顔で同意した。
「さあシュノーケリングだよ!クルージングだよ!楽しみだナ!あ、メモリーの空き作んなきゃいけないよ!」
一行の中でひとりだけ、別のホテルでシングルルームを取っているカナデは、窓を大きく開け放って夜風を入れながら歩き
回っている。ソワソワウロウロ部屋の中を行ったり来たりしている狸は…。
「とりあえずシャワーにしよ。…あ、目覚ましかけてたっけ?大丈夫だったよ。アレ?タオルどこ仕舞ったっけナ?ああ、タ
オルって言えば海水浴用にちょっとお洒落なの欲しいトコだよ!せっかくのバカンスなんだから張り切らなきゃ損だよ!」
服を脱いだかと思えば携帯を確認し、そのまま半裸でセカセカと荷物をチェックしたり、カメラを覗いてみたりと落ち着き
がない。開放感でハイテンションになっているのか、「南国のバカンスはロマンが溢れてるよ!」と太い腰にタオルを巻いて
フラダンスの真似事を始める始末。丸々肥えた体型に加えて腰使いもなかなか様になっているが、それを観賞している者達は
ひたすらイライラしていた。
「…意外に容易いというか…。何から何まで筒抜けだな」
窓際に陣取るセンサーズのひとりが、カーテンの隙間から構えた望遠鏡越しに、狸のフラダンスからベリーダンス、臍踊り
のメドレーを眺めながら呟いた。ずっと口元を窺っているが、ハイテンションで喋っている内容はバカンスについての事ばか
りである。相当酔っ払っているのか、独り言が多くて様子を窺い易い。
「移動経路も丸判りになった。容易い。が…」
別の男がメモした経路を窺いながら呻く。
「観光の話ばかり、か…」
目論見が外れたか、と男は顔を顰める。会話内容は非常に判り易いが、中身は怪しいところが全く無いどころか、普通に観
光の話ばかり。有名なシュノーケリングスポットや、クルージングツアーやら、休みを満喫するような予定が詳細に狸の唇か
ら読み取れた。
よほど楽しみなのか、「夕食の最中から」延々と行き先の島の話ばかりしている。
「…本当にただのジャーナリストと、現地の住民なんだろう」
それまで黙っていた三人目の男がボソリと呟く。
「ネットで検索すれば名前がヒットする、活動が知られた記者だ。おかしなところもない」
「…そう…、だな…」
望遠鏡を覗き続ける男が同意した。
「やれやれ…、空振りだったか」
「どのみちここは中継に便利、遅れにはならないさ。他の班の行動を再確認し、抜けているところがあればそこから別のルー
トの調査に移っても…」
男達ふたりが少しばかり徒労感を味わいながら、今後の予定について打合せを始めると、三人目の男は小さく安堵の息をつ
いた。自分でも気付かぬままに。
そう。男は安心していた。狸の無防備で無軽快な振る舞いにも後押しされたが、あの「琥珀色の目」に植えつけられた本能
の警戒が、無自覚の内に追跡打ち切りに傾かせる言動を取らせていた。
こうしてカムタ達一行はセンサーズの監視から外され、男は引き続き諸島での調査に没頭し、この時の事を忘れてゆく。
そして、それから半年以上も後、この諸島の片隅で騒ぎが起こり、そして収まった後になってから、男はこの時の事を初め
て思い出した。
そして、ああ、やはり手を引いておいて良かったのだ…、と、心の底から震え上がる事になる。
引き下がるという判断は、正解だった。
(…さて、と…)
フラダンスをひとしきり披露した後でシャワールームに入ったカナデは、楽しげな笑みを消し、屈みこんでドアに頬をつけ
てしばし気配を窺う。左手はドアノブを握っているが、右手は尻側に回り、太い尻尾の付け根に触れている。
豊かな被毛に紛れ、尻尾の付け根下側に細いベルトで固定されていたのは、指輪を二つ連結したような武器。カナデは人差
し指と中指にソレを嵌め、軽く握りこんだ。
それはカナデが愛用している多目的ツールで、メリケンサック代わりになると同時に、機能の一つに護身用の超小型スタン
ガンも含んでいる。たった一回の放電で充電が切れてしまう殺傷力も皆無のスタンガンだが、その殺傷力の無さがカナデにとっ
ては好ましい。市販品としては最小クラスで、生産していた軍事会社も倒産して久しく、現存している数も少ないマイナーな
品なので、あまり知られていないのもカナデにとっては有り難い。
この多目的ツールはパトロンのひとりである恰幅の良い財閥当主の老人がプレゼントしてくれた品だが、カナデが隠し持っ
ているのはこれ一つではない。この狸は様々な荷物に多様な暗器や、部品レベルまで分解した道具を仕込んでおり、あらゆる
状況を切り抜けられるよう備えている。
かなり長い間気配を窺い、部屋に侵入してくる者が居ない事を確認すると、
(そろそろ興味を失ってくれたかナ?)
カナデは腰に巻いていたタオルを解き、トランクスを脱いで手早く全裸になり、尻尾のベルトを外してツールをセットし直
し、それらを濡れない位置に離すと、シャワーコックに手を伸ばした。
温度を調節して急ぎ身を清める。部屋に侵入される恐れが全く無くなった訳ではないし、シャワーを浴びずに戻っては監視
者が怪しむので、隙だらけになる時間を短くしながら、しかし芝居をきっちり続けなければならない。
相手の正体が判らないまま、しかしカナデは状況そのものについては察している。
カナデはかなり前からセンサーズの気配を察知していた。具体的には首都に入って間もなくから。
職業上、スパイやら何やらの疑いでマークされる事もある。国家機関だけでなく、地中海旅行中にはマフィアにまで目をつ
けられたりもした。
今回、最初は知らぬ振りで通そうとしたカナデだったが、その気配が移動先であるこの島でも感じられた事で、いよいよ対
処する事に決めた。
基本的にカナデは、だいたいの事は自分で済ませる。世渡りに慣れているし、パトロンの勧めで護身術を身に付けさせられ
ているので、多少の荒事なら単身で切り抜けられる程度の腕も機転もある。
だが、今回は同行者も居るので自分だけで何とか…とも行かない。そこで選んだのが、監視者の腕を信用し、嘘の情報で煙
に巻く、という手段だった。
カナデは夕食の最中もそうしていたが、一行との会話を滞りなく進めながら、しかし最終的な行き先となるカムタ達が住む
島の名を決して口にしなかった。そして、監視者から見え易い位置、見え易い向きに陣取り続けていた。そうやって、会話の
流れに繋げる格好で口をパクパクさせて、監視者に対してのみ「嘘」をついた。ひたすら観光してあるく予定…という嘘を。
カムタ達にカーテンを閉めて休むよう促したのも、自分が無防備を装って嘘の情報を流すため。カナデの口元だけの動きで
読唇術を逆手に取られたセンサーズは、まんまと狸の誘導に引っかかって、警戒心を薄れさせていた。
(ま、明日まではこのまま様子見だよ)
エルダー・バスティオンの調査員を手玉にとってのけたカナデは、熱いシャワーを頭から浴び、目をきつく瞑りながらも気
持ち良さそうに汗を流しながら思い出す。
(そういえば師匠ともご無沙汰だナ…。次に帰った時にでも、そろそろご機嫌取りに行くべきだよネ…)
まだ本格的に海外で活動を始める前、カナデはパトロンになってくれた大財閥の総帥の勧めによって、武道の達人を紹介さ
れた。護身術を学ぶ事が援助の条件でもあったので、拒否はできない。渋々ながらも従ったカナデは、その師にみっちり武芸
を仕込まれた。
世捨て人のように深山で暮らす師は、カナデと同等の大男だった。歳もいっている上に隻腕だったが、紛れも無く「達人」
だった。外界から隔てられた集落。生活そのものが鍛錬で、実践の二十四時間は、隙があれば師やその付き人達から一撃貰う
実戦の二十四時間。一切気が抜けない一年間の修行は、師の指導力とカナデ自身の物事のコツを掴み易い資質もあって、実質
四、五年間の鍛錬に匹敵した。
格闘術から捕縛術、剣術に杖術に棒術、獲物の狩り方やサバイバル技術まで、連日フルタイム、寝ても覚めても様々な技術
をスパルタ方式で学ばせられたカナデだが、その師が最も重要視せよと解いたのは「戦い方」ではなく、「逃げ方」である。
三十六計逃げるに如かず。演じ、欺き、逃げおおせよ。警戒されない以上の安全はなく、死なない以上の勝ちはない。
そんな師の言葉を聞きながら、カナデは一年間の苦行を終えて世界へ飛び出した。そしてその苦行の甲斐あって、危険な紛
争地域などを渡り歩いても、今日に至るまでこうして生き延びている。
(もっとも、師匠だったら「自分だけ離れろ」って言うところだろうネ…)
今回の対処を報告したら、きっと師は気難しい顔をするだろうと考えて、カナデは苦笑いした。
そして、遠回りに遠回りを重ね、結局往復十日間となった船旅の末…。
「美しい島だよ!」
海の青と岩礁、島が渾然となって描くコントラストを写真に収め、カナデは喝采を上げた。
カムタ達が住む島、波紋に揺れる三日月のような形の島へと、一行を乗せた船が近付いてゆく。
「ついたら飯だな!美味ぇモン食おう!」
船上に居ても、はしゃいでいるので腹は減る。育ち盛りのカムタは健啖ぶりでカナデを笑わせつつ、早速島の料理で持て成
すと主張した。
「ウチにも寄ってってよカナデさん!ニッポンの話聞いたら親父達も喜ぶからさ!」
テシーも島の酒や食い物でオススメがあるから、と持て成す気まんまんである。
デッキ先頭に立つ大柄な狸と、左右を固めるカムタとテシー。
その三つ寄り添う後姿を眺めながら、首都で買ったブルーメタリックに輝く舶来物のタバコのパッケージを手に、くつろい
で一服吹かしていたヤンが、紫煙混じりに安堵の言葉を吐く。
「何事も無く帰ってこられて、何よりだ…」
急患が出たら連絡をくれとリスキーに頼んでいたヤンだったが、旅の間に入った連絡は、予定よりかなり早く産気付いた妊
婦と、イルカに頭突きされて肋骨が折れた二件のみ。どちらも応急処置を電話で伝えると共に他島の病院へ連絡を入れて受け
入れて貰い、大事に至らなかった。
「だなぁ」
傍らで頷いたのんびりぼんやり顔のセントバーナードに、医師は「…やっぱり、もう感じないかね?」と声を潜めて訊ねる。
「ん~。二日目ぐらいまでは、見られてる感覚があったけどなぁ。今も大丈夫だと思う」
ルディオが気にしていた視線や気配は、スキューバダイビングの有名所へ寄った前後に消えた。ルディオの感覚が察知して
いたソレがエルダー・バスティオンの監視ではないだろうかと勘繰ったヤンは、そうだったとしても大事にならずに済んだと
ホッとしつつ、それと同時に一つ確信した。
「それが何処であれ、ルディオさんの古巣という訳ではなさそうだな…」
これにはルディオも同意する。逐次状況を伝えられていたリスキーも同様の考えだった。例えば「上」などに確認するだけ
の時間は充分にあったのに、エルダー・バスティオンは自分に接触して来なかった。味方だったら見過ごさないだろう。敵だっ
たのなら何らかのアクションがあるだろう。これらの事からも、記憶を失う前に身を寄せたり関わったりした事のなかった、
面識が無い相手なのだろうと考えられる。
「何はともあれ、楽しい船旅になった」
「カムタも喜んでたなぁ」
「…そうだな。そこも大事だよ。遠回りした甲斐があった」
頬を緩めて微笑する虎とぼんやり顔のセントバーナードは、デッキ前方で笑い合う三名を眺める。
寄り道が多い船旅の間に、ヤンはカナデへの警戒をすっかり解いた。リスキーが安全と言った事もあるが、自分の目でカナ
デ自身の人となりを見て、好人物だと判断した部分も大きい。
「…しかし、僕より年上だったとは…」
体の割に動きが軽快で、言動が若々しいのも手伝って、出会ってからしばらくは勘違いしていたが、カナデは三十代も半ば
を過ぎており、ヤンから見て年上だった。
「この巡り会わせは、シバの女王に感謝しなければいけないな」
しみじみと言ったヤンは、ルディオの問いかけるような視線を受けて首を縮めた。
「カムタ君は父を喪って仕方なく学校を辞めた。…僕のせいでもあるんだが…、この島以外の事をあまり学べない環境にある。
だから、旅人から聞いて「外」の事を知っておいても損は無いと思ってね。カナデさんは自分の目で世界中を見て回っている
ひとだから、カムタ君に良い刺激を与えてくれるはずだ」
「ああ~…。そうだなぁ」
自分もぼんやりとそんな事を思っていた。そう言って同意するルディオに笑みを見せて、ヤンは言う。
「…ただし、カナデさんの滞在中はカムタ君を「仕事」から抜かなければいけないな。…なに、バレないようにするのも仕事
だ。カナデさんの身辺警戒だと言えば、カムタ君も仲間はずれだと怒ったりはしないだろう」
「そうだなぁ。それがいいなぁ」
秘密の内に秘密を処理する。彼らヴィジランテの目的は、元からそうだった。
東洋の島国出身の稀人来訪は、テシーが実家へ連れて行ったのがきっかけになって瞬く間に島民達に知れ渡り、カナデはお
おいに歓迎された。
年寄り達は日本人だと聞いて特に喜び、かつて軍隊をここへ置いていた国でマーシャルがどう思われているのか、当時この
島に伝わった文化はまだ残っているのか、様々な事を詳しく聞きたがった。
年寄りが個別に訪れて延々と問いを投げかけていては収拾がつかないので、網元として顔も知れているテシーの父が発起人
となり、急遽歓迎の宴が開かれる事となった。
広場に篝火を焚き、主賓席を上座に設けて車座となる屋外宴会場では、あまり手間をかけずに食材の味を楽しんで貰うよう、
肉の炙り焼きや焼き魚、磯の香りが芳醇に立ち昇る蒸し貝など、野趣溢れる料理が振舞われた。
宴の料理の仕切りには腕を買われてテシーが抜擢された。テンターフィールドは長旅の疲れも見せずに張り切って、日頃の
研鑽を遺憾なく発揮し、調理部隊の陣頭指揮を執る。
この島伝統の濃い椰子酒は、この諸島の風土もあって日本の焼酎にも似た製法で作られている。乾杯のあとに製法を教えら
れ、焼酎との類似点に気付いたカナデが「日本の加護島でも、これに似た伝統的な造り方をしている酒があるよ」と言及する
と、年寄り達は感激して喜んだ。
(親日派とは聞いていたけど、ここまでなんだよ?)
歓迎されて喜びながらも、カナデは内心複雑だった。
旧日本軍がこの島に滞在していたのは、独国からの委任領だったからに他ならない。軍事的な必要性と領土を確保するメリッ
トがあっての駐屯であり、当初そこにマーシャルの島々への好意や好感は無かったはずである。
確かに旧日本軍統治下でインフラ整備などは進んだ。財政を切り崩してまで打ち込んだのは評価すべき点だとカナデも考え
ている。
だが、旧日本軍が居たからこそ、この島は戦場になった。
客観的な見方で言えば恨まれて当たり前の日本が、いまは親しみの視線を向けられている…。
「…あれ?」
宴の席で、いざという時の通訳も兼ねて隣の席に着かされていたカムタは、カナデの横顔を見上げた。
「カナデさん、泣いてんのか?」
「うん?」
目をグシグシと擦って笑顔を向けたカナデは、「どっか痛ぇのか?」と心配するカムタに、「嬉しくてネ」と、舌を出して
茶目っ気のある顔を見せる。
「嬉しいんだよ。君達に日本人が憎まれていない事が。好かれている事が。身に余るほど嬉しいんだよ。涙が出るほど、ネ」
零した涙に言い訳しなかったカナデに、カムタは不思議そうな顔で問う。
「オラ達が何でジャパニーズを憎むんだ?」
「少し複雑な話になるけどね、恨まれてもおかしくないんだよ」
宴の席ゆえの大声での雑談はいつしか止み、カムタの素朴な問いに応えるカナデの声に、皆が耳を澄ませていた。歴史に詳
しい狸の説明は、詳しくない者でも理解し易いように優しく丁寧なもので、知識のあるなしに関わらず聞き取り易い。
「確かに、旧日本軍はこの諸島の発展に貢献した部分もあるネ。けれどそれは戦争に勝つためだった。全部が全部善意なんか
じゃなかった。そして、旧日本軍が駐屯していたからこそ、この島は戦場になってしまったんだよ」
狸はカムタに語るその口を、顔を、目を、宴に参加している皆にも向けた。
「その事を、きっと皆さんは知っているはずだよ。旧日本軍が自分達に好意だけを持っていた訳じゃないって、打算や必要性
もあっての統治だったって、きっとよく判ってるはずだよ。なのに…。判っていてなお、あの軍と同じ国から来た僕を歓迎し
てくれる…。その心根にはもう感謝するしかない。救われた気持ちだよ…」
カナデはズビッと鼻を啜り、グシグシッと腕で涙を拭って笑った。
「「世界はきっと残酷で、けれども捨てたものじゃない」…。この南の島で、僕の願いはまた一つ叶ったよ」
カナデの話が終わると、一拍の沈黙を挟んで静かなどよめきが宴席に広がった。
大きな稀人はこの島の事を知っていた。歴史を知っていた。戦争を知っていた。自分の母国との関係を知っていた。
知った上で、めでたい席だからこそ、自分からはその話題に触れずに済ませる事もできたはずだった。それなのに、大きな
稀人は自分からその話に切り込んだ。そして自分の気持ちを伝えた。
嬉しくて泣く。
この席で泣く事を恥としない、その心の有り方に…、
「感謝してる!」
応じたのは一際体格の良い老人。
「恨むか!客人よ、我らは恨むか!貴方と貴方の国を恨めるか!」
たどたどしい英語で話す老人は、目に薄っすらと涙を浮かべ、目尻の肌に刻まれた深い皺もその輝きを受けていた。
「小僧だったわしを、兵隊さんはボートに乗せた!仕事の合間の暇なとき、彼らはよき隣人として子供と遊んだ!客人よ、嘘
と思うなら確かめられる!この島に生まれて…」
すぅっと息を吸い込んで、大柄な老人はずっと昔に覚えた言葉で稀人へ告げる。
『相撲を取れない男は居ない!』
カナデの目が丸くなる。
老人が口にしたのは日本語だった。
一瞬の間。薪の爆ぜる音が風に乗る一拍の間隙。次いで起こったのは、老人の言葉に賛成の意を示す大喝采。
『…有り難う。お爺さん』
母国語で返礼し、目尻を太い親指で拭ったカナデは、
『この国に来て、本当に良かったよ!』
飛びっきりの笑顔を、老人へ贈った。
そして、宴が遅くまで続いた夜が、酔漢達に気を使うようにゆっくりと明けて…。
「おや?おはようさんだよ」
朝日を浴びながら庭に屈み、ハサミを翳すヤシガニと朝の挨拶を交わしていたルディオは、玄関先に現れた狸を振り返る。
予定を変更したカナデはまだ活動拠点を決めていなかったので、滞在中はカムタの家の空き部屋を使わせて貰う事になった。
よって、昨夜からこの家は三人暮らしとなっている。
物置部屋の中身を廊下に運び出してスペースを確保しただけなので、今日にもハミルの学校がある島までベッドマット等の
生活品を買いに行かなければならない。
「お?ヤシガニだよ?でっかいナ!」
そっと歩み寄り、手にしたコンパクトカメラでヤシガニを撮影したカナデは、
「アップで見るとクリーチャー臭が尋常じゃないよ…。男の子心をくすぐる怪獣テイストが堪らないネ!」
ニコニコしながらヤシガニを眺め、「この島にはまだ居るんだネ。素晴らしいよ」と漏らした。
ルディオは視線を少し上に向けて考え、カムタから聞いた話を思い出しながら口を開く。
「昔と比べると、少なくなってるらしいなぁ」
「やっぱりそうなんだよ?個体数減少が世界規模で深刻なのに、彼らは殆ど保護が講じられてないんだよネ」
それからカナデはルディオについて回り、小屋から出された雌鶏達を撮り、屋外の台所を撮り、母屋を遠景から撮ったりし
ながら話し続けた。極端に大柄で太ましい二頭がのっそりのんびり闊歩する庭は、普段以上に長閑な眺めになっている。
話の中身は主にカムタについてである。
夜更かししたので今日はまだ寝ているが、いつもなら朝一番で磯に仕掛けた漁具を見に行く。
親が居なくなってからはずっと自活している。そんな話を、親戚のお兄さんという世を忍ぶ仮の立場から述べたルディオに、
「立派だよ」とカナデは顎を引いた。
「僕はネ、この国には教育のシステムについても知りたくて来ているんだよ。とは言っても、単純に就学率とかを調べに来た
訳じゃないんだけどナ」
これを聞いて、ルディオはふと考えた。ヤンが言っていた事を。
「カムタは、漁師になるから学校の勉強はいらないって言ってる。だから、学校を辞めた事も気にしてない。けれど、知る前
から「いらない」っていうのは、勿体無い事だよなぁ」
ヤンの言葉を思い出しながら述べたルディオは、カナデに問う。
「もし良かったら、暇なとき、カムタに色々教えてやってくれないかなぁ?アンタの話を、カムタはずっと楽しそうに聞いて
た。アンタはきっと、話すのも、伝えるのも、教えるのも、全部上手いんだと思う。どうだろう?」
これを聞いたカナデは「僕に教えられる程度でいいならネ」とあっさり頷いた。
「こっちも居候させて貰うんだから、何かしなきゃバチがあたるよ」
ところが、この快諾は稀人に興味津々の島民達の間であっという間に広まって、カナデは結局カムタどころか、島の子供ら
ほぼ全員相手の「授業」を定期的に行なう羽目になった。
「らしくないですね?」
ソファーで仰向けになり、ぐったりしている肥満虎を見下ろして、冷やしたタオルを絞ったリスキーは、それを額に置いて
やりながら呆れ顔になる。
「まったく、返す言葉も無い…。ウェッ…!」
「ここで吐かないで下さいよ!?」
舌を出してえづくヤンと、暗殺者ならではの身のこなしで慌てて素早く距離を取るリスキー。旅の最中連日テシーと深酒し
ていた上に、昨夜の宴でトドメとなる飲み過ぎを喫したヤンは、酷い二日酔いでダウンしている。
いっそベッドで寝ていればいいのに…。とリスキーは言ったが、患者が来たら困るからと、ヤンはアロハシャツにハーフパ
ンツと、普段の格好になっていた。…が、具合が悪くて元気が無いので、かなりあられもない格好である。苦しいのでシャツ
のボタンは止めておらず、左右にはだけてベロンと腹が出ており、下腹部が締まると厳しいので、ズボンのホックもジッパー
も外してある。
頼り甲斐のあるハードボイルドな医師を演じるヤンは、二日酔いでダウンしているという事実を島の皆に知られたくないの
で、すぐ診療に出られるよう身支度をしているのだが、そんなヘロヘロの状態では診察される側も不安だろうと、もっともな
感想を抱くリスキー。
時折アイスティーを飲んでアルコールが抜けるのを待っている弟の脇で、腰を下ろしたリスキーは定期的に窓やドアを見遣っ
ている。不調のヤンはその警戒行動に気付いていないが…。
(身は潔白だ。それは間違いない。だが…)
カナデ・コダマの話は一通り聞いた。ヤン自身も彼の人柄を見て、好人物だと評価したらしい事も理解した。
ただ、草陰に潜んで虫を払いながら昨夜の宴を監視していたリスキーが、もっとも注意を引かれたのは…。
(身のこなしは、どうにも「素人」とは違う…)
暗殺者はあの大狸から、ほんの僅かに、「同業者の匂い」にも似たものを感じ取っていた。