Ragnarok

「いらっしゃ…、あ!パトロールですか先生!?」

 午後一時。バーの扉を潜ったヤンは、目を輝かせるテシーに「ああ、まあ、うん」と曖昧に頷いた。他に客が居ないとはい

え、テシーの第一声が心臓に悪い。もっとも、テンターフィールドの青年も状況を弁えての発言であり、うかつに秘密を口に

したりはしないのだが。

「じゃあ栄養補給は必要ですね!待ってて下さい、すぐに栄養満点の…」

「ああいや、水分補給に立ち寄っただけで…」

「飲み物ですね!それなら良いのがありますよ!」

 テシーはカウンターの向こうで身を翻し、冷蔵庫を開ける。

 本当は喉が渇いて寄っただけではなかったのだが、元気そうだと確認したヤンは胸中で安堵の息を吐いた。

 誘拐事件から一週間。あれから数日間三角巾で固定していたテシーの腕は、乱暴に外された影響も残らず、すっかり元通り

になった。最初の三日は肩が熱をもって炎症に苦しめられたものの、それも軽くて済んだ。

 怪我の影響もそうだが、テシーに心的外傷が残っていない事にヤンは安堵した。

 初日は診療所に泊めて徹夜で様子を診たし、状況説明とカウンセリングも毎日行なった。精神がタフだったと言える。逃避

でも、現実を把握できていないのでもなく、理解した上でテシーは乗り越えた。

 リスキーとルディオに対しては、態度も対応も特段変わらなかった。

 ルディオは素性不明でもカムタの兄弟のようなものとして扱い、接し方はこれまでと全く変わりない。

 リスキーの身の上については、諸悪の根源となった組織の一員だと理解はしていても、「別にリスキーさんがやらかした訳

でもないし、島の平和のために居残って頑張ってくれてるんだしなぁ」と、非常におおらかな受け止め方。これには百戦錬磨

の暗殺者も「流石は坊ちゃんの兄貴分で…」と鼻白んでいた。

 怒られたのはカムタだけである。「お前は子供なんだから一言相談しろ!」と。それでも、「話しちゃダメだったんだって」

と反論されると「そういえばそうか…」とあっさり引き下がった。

「お待たせしました!どうぞ!」

 カウンターに置かれたのは、大ジョッキになみなみと注がれた、ココナッツジュースのような物。礼を言って早速ストロー

を咥えたヤンは…。

「!?」

 口腔に広がった味で咳き込みそうになり、グッと喉を鳴らして堪える。

 ドギツい甘さの超高カロリーココナッツジュース。舌がバカになりそうな衝撃の味わい。

「どうですか?栄養タップリのオリジナルドリンクです!精がつくと思いますけど…」

「…うん」

 ヤンは微笑む。

「生き返るな」

 心にも無い事を言いながら。

「そうですか!よかった!じゃあこれからは毎日用意しますね!」

 そして後悔した。

 一口で判った。テシーオリジナルドリンク、これを飲み続けたら確実に肥ると。

 愛が重い。胃に。



「…よし、怪しいヤツ居ねぇな?」

「うん」

 木陰に身を隠しながらポケットビーチを確認するカムタとルディオ。と…。

「居ねぇよな?」

 目立たないように木々の隙間を飛んでいたメロン大のクマバチが、ブブブッと降下してきて声をかけた少年の頭にポソッと

着陸。「問題ない」の意思表示である。

 回収したフレンドビーはリスキーが構成員経由で送還したが、リスキーに与えられた一匹だけはそのまま現地に留まってい

る。居れば何かと便利と評価された事もあり、だいたいはカムタとセットで周辺警戒に当たる。なお、リスキー自身はヤン周

辺の見張りをさせたかったのだが、虎が怖がるのでこの案は駄目になった。

 ふたりと一匹はここ数日と同じように、島の外周を歩き回って入江一つ一つを確認している。エルダーバスティオンという

組織の苛烈さも容赦の無さも、テシーを巻き込んだ先日の事件がリスキーの説明を裏付ける格好で心に焼き付いた。

 危険生物とは違う。自分たちと同じ「ひと」であり、例え文化が違っても価値観や精神性は近いはずの存在…。それが明確

な意思と目的をもって害を為す。

「…オラ、カナデ先生が島に居る間にさ、戦争の話とかも聞いたんだ」

 頭に乗ったままのフレンドビーを撫でつつ次の確認ポイントへと歩き出しながら、カムタはおもむろに口を開く。ぼんやり

顔のままルディオは頷き、少年に歩幅をあわせて隣を歩む。

「教えて貰った。一応、知ったんだ。けど、それでもよく判んねぇ…。そうしなきゃ自分が殺されるとか、知り合いが危ねぇ

とか、そういうんだったら判るかもしれねぇけど…、欲しい物のためとか、考えが違うからってひとがひとを大勢殺すのが、

何でそんな事のためにそこまですんのか、よく判んねぇ…」

「うん」

 ルディオは頷く。記憶があったらまた違う感想が出てくるのかもしれないと思うのだが、今はカムタと同じ意見だった。

「大人になったら判んのかな?」

「わからない」

 ルディオの返事はいつもどおりで、しかしカムタは少し安心した。

 大人になっても「わからない」。巨漢はそう答えた。それでいいような気がした。

「リスキー、夕方に戻んだよな?」

 カムタは空を見上げ、太陽の位置を確認する。

 アジア系の暗殺者は現在島を離れている。再編されたONCの現地部隊の連絡調整がてら、諸島全体の情報を掻き集めて来

ると言っていたのだが、帰島は今日の夕刻になると昨夜改めて通信があった。

 獣が仕留めた男の、電流を浴びて故障しかかっているヘッドセットは、ONCにとって重要なキーアイテムとなった。周波

数パターンと信号を技師が解析した事で、部分的に通信傍受が可能になったのである。逆探知されないよう機材に処置を施し

たせいで大型化しており、傍受可能距離にも制限はあるものの、一方的に探りを入れられるアドバンテージは大きい。

 リスキーの調べによれば、今のところこの島は平和らしいが、周囲の状況は気になる。他の島でテシーのような目に遭った

り、最悪の場合は殺されてしまう者も出るかもしれないと思うと気持ちがザワついて仕方ない。リスキーは「滅多な事では巻

き込まれませんよ」と言っていたが、疑われればどうなるか、知り合いの身に起こった事でカムタは理解している。

「どうなったら終わりになるんだろうな、これって…」

 あと一つで終わり。そこまで漕ぎつけたところでこの状況。リスキーの言葉を借りるなら、運命の女神という神様は本当に

意地悪だと思う。



「悪い知らせがあります」

 夜半、ヤンの家に集まり、一緒に食事を済ませた後で、リスキーはそう切り出した。

「理由はよく判りませんが、エルダーバスティオン側はヤン先生をONCの構成員だと勘違いしているようです」

「何だって!?」

 思わず腰を浮かせるヤン。先日の恐怖は当然まだ抜けていないので、聞いた途端にジワッと背中に汗をかいた。

「先生が?何でだ?テシーが捕まった時に先生の写真とか撮られたのか?」

 洗い物をしていたカムタが振り返る。その背中にはリュックサックのようにくっついているフレンドビーの姿。その隣で少

年が洗い終えた皿を受け取り、丁寧に拭いていたセントバーナードも首を巡らせる。

「…いや、そもそも連中はテシー君に私の事を訊こうとしていたんだから、それ以前からマークされていたんだろう」

 驚きながらもヤンは理解した。やはり、とも思う。術士達はテシーにヤンの事を訊こうとした。発端となったあれもまたそ

の勘違いから生じた物なのだと…。

「まだ「虎獣人の肥った男」という外見的特徴程度しか掴んでいないようですが…。ああ、ご心配なく。ONC側で先生を追

及する流れにはなりません、私が地元の医師だと保証しておきました。患者を見て回って動いている様子が不審に見えたのだ

ろう、と」

「それは助かる。…いや、まだ助かってはいないのか…!」

 頭を抱えて背を丸めるヤン。

「テシーさんの話は出ていないようです。おそらくあの夜、連中はまだ報告を上げていなかったんでしょう。それだけでも運

がよかったと言えます」

「それだと…、ヤン先生はこれからいっつも危ねぇって事になんのか?」

 アイスティーを啜るリスキーに、食器を洗っているカムタが再び振り向いて訊ねた。ルディオも心なしか元気なく尾を垂ら

しながら首を巡らせる。

「そうですね。一時身を隠すという手もありますが、それで諦めるような連中でもなし…。そこでです、無実を証明するとい

う手を考えました」

「…無実を?どういう事だ?」

「ONCのメンバーと出くわした上で互いに無関心に通り過ぎる…という芝居を、エルダーバスティオンに見せ付けます」

 虎の顔が曇る。それで信用されるのか?と。

「確実ではありませんが、連中が無害と判断すればしめた物です」

「それは、纏めて襲われるという可能性は…?」

「勿論ありますが、昼日中の目立つ場所で行ないます。乱暴な連中ではありますが、無意味に目立つ真似をするほど頭が悪く

もない。その辺りは理性的です」

 安全を得るために、あえてこちらから危険に接近する…。悩むヤンだったが、結局「護衛は私がしっかり請け負います」と

いうリスキーの言葉に背を押され、仕方無しに頷いた。

「ああ、それと旦那さんにもお土産です。カードに記録して来ましたが、「屋上に小屋があるビル」の画像、ありったけ集め

て来ました。特徴的な山でもあったらもっと絞りこめたんですが、数がかなり多くなってしまっています。大変でしょうけれ

ど照合してみて下さい」

 リスキーが声を掛けると、「ん。ありがとうリスキー」とセントバーナードが尾を振って応じる。

「やったなアンチャン!…そこ、ハークの家なのかな?それともハウルの家?でも実家っぽくねぇんだろ?」

「どうなんだろうなぁ」

「データ上の記録ではどちらもビルに住んでいた事にはなっていませんが、何せ有名人ですからね。プライベートを守る隠れ

家の類が一つ二つあっても不思議ではありません。それと、ニュースのテロップにあったという情報を調べてみましたが、年

代はおかしくありません。ハウルもハーキュリーも行方不明になっていない頃、確かに英国で起きていた事件のようです」

 話題がルディオが視たヴィジョンの方に移り、とりあえず自分が置かれている状況を一時忘れようと、話に参加すべく口を

開いたヤンは…、

「はうあっ!?」

 呼び鈴の音でビクンとソファーから飛び上がった。同時にフレンドビーがカムタの背中でピタリと動きを止める。どうやら

リュックサックに成り済ますつもりのようである。

「…大丈夫だとは思いますが…。ウールヴヘジンも出ませんし」

 腰を上げたリスキーは、カムタの隣でキュッキュと小気味良い音を立てて皿を拭いている巨漢を見遣る。ルディオも呼び鈴

で首を巡らせているが、瞳の色はトルマリンのまま。

 おっかなびっくり玄関に向かうヤン。リスキーは素早くウッドデッキから外へ出て、外から回り込んで玄関側を覗き…。

(テシーさんか)

 夜食の差し入れを持って来たらしいテンターフィールドと、ドアを開けたとたんに表情を緩める虎の様子を確認し、部屋に

戻った。

「テシー君がラザニアを作って来てくれた」

 ヤンに連れられて部屋に入って来たテシーは、食器を洗うカムタとルディオに気付き、食後だった事を察して「あちゃ~…、

出遅れた」と顔を顰めた。

「温め直せば不味くもないと思うんで、朝飯にでもどうぞ」

 朝からラザニアかぁ…、とは思ったが顔には出さず笑みを浮かべるヤン。

「作戦会議だったんですか?邪魔しちゃったな」

「いえいえ、丁度済んだところですのでお気遣い無く」

 気にするテシーにリスキーがやんわり応じ、ひとまず五人でテーブルを囲んでのティータイムが始まった。メンバーに加え

てはいないが事情を知る住民なので、会話にあまり気を使わなくて済む。フレンドビーも存在を知られており、テシーには姿

を見られても良いと認識しているので、気楽な様子で室内を飛行中。

「バルーン、テシーが魚のすり身団子くれたぞ。明日の朝飯な?」

 少年が青い半透明のタッパーを持ち上げて見せると、フレンドビーは喜びを表現してテシーの頭上をブンブン旋回した。

「お?やっと名前ついたか!良かったなバルーン!」

 テシーがカラカラ笑い、リスキーは「バルーン?風船ですか?浮いているから?」と不思議そうな顔。そこへヤンが「マー

シャルの言葉で「飛行機」という意味だ」と説明を入れる。

「飛行機ですか。まぁ確かにドローンみたいな使い方もできますが…。あ、そうだ」

 フレンドビーにセットできる、小型カメラや位置情報ビーコンなどの装備を一式用意しようかとリスキーが提案すると、カ

ムタは喜んで頷いた。

 それから、おかしな客など来ていないかと訊ねるリスキーに、最近は島民しか来ていないとテシーは応じる。パトロールで

安全確認はできているが、何せ少人数での見回りなので予防は完全ではない。入り込まれた後の炙り出しは必要なので、この

点では旅行者が食事などに立ち寄るテシーの店は頼りになる。

「ああそうだ。テシー君、近い内にまた数日島を離れる事になるかもしれない」

 先の話を受け、詳細は伏せながらヤンが述べると、「作戦行動ですか!?」とテシーが身を乗り出した。

「まぁ、一応そんなところだな…」

 曖昧に濁されたテシーは、しかし詳しく訊こうとしなかった。ヤンを困らせないために。

 正確な日取りが決まったらまた改めて伝えるからと、ヤンは今夜のところはそこで話を切った。



 そうして、三十分程度の歓談の後に、邪魔しても何だからとテシーは席を立った。

 玄関先まで見送ると、一緒に立って同行したヤンは、サンダルを履いてドアを潜り、「お邪魔しました」と会釈したテシー

と向き合ったまま、後ろ手にドアを閉めた。

「うん。わざわざ有り難う。朝にラザニアを頂くよ」

「はい」

「…大丈夫だ」

「…!」

 唐突にヤンが発した言葉が、何を大丈夫だと述べているのかも、言葉の前にあった僅かな空隙にも、テシーは気付いていた。

 青年の顔に浮かんだ表情で、ヤンもまた、自分が抱える不安や脅えに気付かれた事を察した。

「ま、完全に安全でないのは当たり前だ。それでもリスキーが警護してくれる。彼を信用しているよ」

 弁解するように、そして安心させるように言ったヤンは、「そうだ」と少しわざとらしく、たったいま思いついたように付

け加えた。

「戻ってきたら…、またサシ飲みなんてどうかな?」

「…!は、はい!」

 背筋を伸ばしたテシーの、不安を殺して浮かべた笑みで、ヤンは胸が締め付けられるような気分になる。

 こんな事をしている場合ではない。こんな気持ちを抱いていい状況ではない。すぐそこに危険が徘徊しているというのに…。

 そう思いながらも、ヤンは、その両脇に垂らした腕をそのままにしていられなかった。

「…!」

 口を引き結んだテシーの身が強張る。

 青年の引き締まった体を脂肪に覆われて柔らかくなった体が、包むように抱いた。

 ぼってり厚い手がぎこちなく、不器用に、青年の背中を撫でる。

 肩に顎を乗せあうような体勢で、互いの顔は見えないが、それでもテシーにはヤンの気持ちが伝わった。愛おしいと、雄弁

に語るその手から。

 だから思った。ヤンはこれから本当に危ないことをするのかもしれない、と…。

 涙ぐんだテシーの手が、医師の背に回る。薄いアロハシャツを通してはっきり判る、肉厚な背中の柔らかな感触と、触れら

れただけで震えたその感覚が。

「…大丈夫だ」

 ヤンはテシーの耳元へ、先ほどと同じ言葉を繰り返した。

 必ず戻る。と言おうとしたが、映画などでは帰って来ない前フリになっている事が多い禁句だと思い至り、口にするのをや

めた。その代わりに…。

 テシーの背中から腕を戻し、その両肩に手を置いて、少し身を離して向き合ってから、ヤンはテシーの額に、チュッ…と、

軽くキスをした。

 驚いて目を真ん丸にしたテンターフィールドから、虎は照れ隠しで難しい顔になって目を逸らす。

 そんな二頭の姿を月が見下ろしている。

 …他に、もうひとり見ていた。

 玄関から外に出たところを何者かに襲われたりしないよう、念の為にウッドデッキ側から回り込んで玄関周りを見張ってい

たリスキーは、弟がバーの店主と抱き合ってから額に口付けする光景を目にして面食らった。

「…え?」

 流石のリスキーからも思わず声が出た。

『え?』

 反応してヤンとテシーが首を巡らせた。

『………』

 目が合った。

『………………』

 長い、そして気まずい沈黙が場を支配した。

「…!」

 やがて、リスキーは爽やかな笑みを見せ、スチャッと片手を上げ、壁の向こうに引っ込んだ。

『!?』

 ヤンとテシーは硬直したまま、しばしその場に立ち尽くしていた。



 カムタとルディオは帰った。何だかギクシャクしているヤンと、心なしか気が抜けているように見えるリスキーの様子に首

を捻りながら。

 ヤンはリスキーの顔を見られなくなって、部屋に引っ込んでしまった。

 独りリビングに残った兄は、ソファーに座り、前屈みになり、膝に肘をつき、頭を抱えていた。

(確かに…。確かに独り身は心配だと思っていたぞ兄さんは?だがな我が愛すべき弟よ、世界で最も愛おしい我が兄弟よ、お

兄さんは、お兄さんは…、流石にお相手がテシーさんなのはどうかと思う…)

 きつく歯を噛み締めるリスキー。もう腕利きの暗殺者ではなく悩めるアンチャンの顔である。

 確かにテシーは食事の世話もしてくれる。

 定職についているし、元々の島の住民。

 しかも島の有力者の息子で、島民皆に好意的に見られており、特に若者の間で顔も広い。

 そして、ヤンが秘密裏に従事していたヴィジランテの活動の事も知った。

 人柄もよく、信用できるが…。

(だが…)

 だが…。

(…だが…?)

 だが…。

(…む…?)

 顔を上げるリスキー。

 身元もハッキリしているし性格もシッカリしているし秘密の共有者でもある。しかし…。と続けようとして、「しかし」の

後が思い浮かばなかった。

(いや、確かに男同士だから子供はできないが…。むむ?考えてみたら引っかかったのはそれぐらいか?)

 思いついたのはそれだけ。その事についても、じっくり考えている内に、本人達がそれでいいなら口出しするような事とも

思えなくなってきて…。

(…別に、問題らしい問題は無いんじゃないか?)



 ドアをノックする音に、枕に顔を埋めていた虎の耳がピクリと動く。

「先生、入っていいですか?」

 そんなリスキーの声に「ダメだ」とくぐもった声で応じたヤンだったが…。

「いえ入ります」

 返事がどうあれ入ってくる青年。ギュッと枕を抱いてより顔を深く埋める虎。

 ヤンがうつ伏せになっているベッドの横で、リスキーは椅子を引いて腰を下ろす。

 枕に顔を埋め、うつ伏せになっているヤンの背中を見遣り、ふと込み上げたのは懐かしさ。小さい頃、弟は怖い事があった

り叱られたりした時、よくこうして布団にうつ伏せになって顔を隠していた。

(こんな所は大きくなっても変わらないんだな、シーホウ…)

 苦笑いしながら息を逃がしたリスキーは、

「覗き見してしまった事はお詫びします。あれは不可抗力ですよ、周辺警戒のために様子を窺っていただけで、悪気はありま

せんでした」

「………」

 ヤンは答えない。応じる言葉も見つからない。

「いいひとですよね、テシーさんは」

「………」

 答えないヤンは、背中にそっと触れてくる手の感触で息を飲んだ。

「大丈夫です。貴方達はきっと上手く行きますよ」

「………」

 何故だか、触れられたせの感触を懐かしいと感じた。

 こうして、素性を伏せている兄は、弟とテシーの交際を認める事にした。そのためにも…。

(安心して暮らせるように、してやらなくちゃいけないな…)

 リスキーには判っていた。

 これはもうヴィジランテの仕事ではない。この組織間抗争には皆を巻き込めない。

 自分は近い内に殺し屋としての仕事に戻る。もうじき、この島に別れを告げる事になるだろう、と…。

 だから、今日偶然知ったこの事は僥倖と言えた。

 弟の行く末に、安心できる材料が一つ増えて…。



 二日後。ヤン、リスキー、カムタ、ルディオの四名は、首都行きの際にも中継で利用した島へと移動していた。

 万が一の事があって疑いを深めても困るため、フレンドビーのバルーンはテシーのところで留守番中。雑巾を抱えて背面飛

行を交え、天井や電球周りの拭き掃除をしてくれるバルーンに店主は拍手喝采している。

 勿論、ただの留守番ではなく、テシーのボディーガードも兼ねる。のんびりしていて温厚で賢いとはいえフレンドビーも立

派な生物兵器。強靭な顎は木材も容易く噛み砕き、腹には麻痺毒から致死性の毒まで種類豊富に作り出せるプラントを持ち、

尻の針は防弾装備すら貫通してそれを注入できる。

 万が一テシーに…弟の「いいひと」になってくれるだろう青年に危険が及んだその時は、彼を護り通せとリスキーから命令

されている。フレンドビーがその気で攻撃するなら、一般人の暴漢程度では太刀打ちできず、野生の獅子ですら撃退できる。

 ヤンがリスキーの指示で赴いたのは、マーシャルの住民は勿論、行き交う旅行者も比較的多い移動の要所。ここで情報交換

する予定の、エルダーバスティオンに顔が割れているはずのONC構成員と、「何もせずにニアミスする」のがヤンに与えら

れたミッションである。

 現地行動に同行するのはカムタ。一目で現地民と判る容姿と格好の子供と一緒に行動し、構成員と何もせずすれ違う事で、

疑惑を解消できればというのがリスキーの狙い。

(本当に何処かから監視しているのか?)

 そこそこ人通りもある海沿いのストリート。素で自然体で居られるカムタにせびられて露店でクレープを買いながら、ヤン

は頬を伝って丸顎を濡らす緊張の汗をハンカチで拭う。怖いもの知らずと言うか肝が太いと言うか、今に始まったわけではな

いが、カムタの神経が羨ましい。

「先生、本屋見てっても良いか?」

「ああ。そうそう来られないし、せっかくだから覗いてみよう。欲しい物があったら遠慮なく言いなさい。無駄遣いにならな

い程度なら考えて…」

 教師と教え子のように振舞いながら通りをゆくヤンとカムタ。妙な態度を見せてしまわないようにとのリスキーの配慮で、

ONCの構成員が誰なのかは教えられていない。

 いつ終わるのか、いつ済むのか、そもそも無事に帰れるのか、不安を抱えながらも努めて平静を装うヤン。その様子を、か

なり離れて尾行しながらリスキーとルディオが見守る。

 あからさまに隠れながらの尾行では手錬に気付かれるので、コンパクトデジカメを手に、海を背景に記念写真を撮りあった

りしながら、旅行者を装っている。

(男二人の旅行者でお互いに写真を撮り合うとか、同情されそうなシチュエーションですけどね…)

 でなければ男同士のカップリングという事になるが、露骨にイチャイチャしてはかえって目立つので、そういった設定で尾

行するのはやめておいた。

(連中の監視は始まっている。もうじきONCの構成員とニアミスするが…)

 世間話をするリスキーは、相槌を打っているルディオの瞳を確認する。武装の類は起動していないようで、ルディオの瞳の

色は変わらない。

(これが実に厄介だ…)

 リスキーは胸中で舌打ちしていた。獣は悪意や敵意、殺気の類に対して敏感に反応する。しかしどうもエルダーバスティオ

ンの術士連中はリスキー級の手錬揃いのようで、そういった気配を獣に掴まれ難いらしい。それこそ術の行使に移行でもしな

い限りは、獣が表に出て来ない。非常に手強い相手だった。

 そしてそれは直接戦闘でも同じ。ブーステッドマンであるリスキーだが、その身体性能は人間の成人男性という枠を出ない。

トキシンへの耐性があるだけで、獣や術士が行使するような超常的な能力は持っていない。正面切って戦うのは危険過ぎる手

合いだった。

「なぁ、リスキー?」

 ルディオが口を開く。

「何か居るみたいだなぁ。けど、「危険」ってはっきり判るモンでもないし、居るような居ないような…、危ないようなそう

じゃないような…、曖昧で変な気配があるなぁ」

「………」

 リスキーは、顔を引き攣らせないようにするのが精一杯で、返事をし損ねた。

(ウールヴヘジンが周辺を探知しているその感覚を、旦那さんも感じ取っている…。という事なのか?)

 ここ最近、ルディオは意識を失っている間…獣が主導権を握っている間の事を、追憶する形で認識するようになっている。

獣が主導権を握っている間に意識が無いのは変わらないようだが、後からとはいえ把握できるようになっているのは大きな変

化だと言えた。だが…。

(ウールヴヘジンが、旦那さんを侵食している?いや、それともその逆なのか?互いに混ざり合っている…!?)

 物理的な事は判らない。そもそも、ひとの姿と構造を保ちながら、ルディオの「中身」はあまりにもおかしいというのがヤ

ンの意見。まして内面や精神的な事となれば、どれだけ特殊なのか想像もつかない。

(仮に、単純な二重人格だとした場合…、その統合が進んでいるという見方もできるが…)

「リスキー」

 ルディオの小声でリスキーはひとまず思索を中断した。何せ…、

「嫌な臭いがする…。これは…、とても嫌な、とても怖い、とても危ない何かの臭いだなぁ…」

 それどころではなくなっていた。ルディオの瞳が変色している。なのに意思疎通できている。表出しかけている獣の感覚を

もって、ルディオはリスキーに警告していた。

 殺し屋ですら、その事実で寒気がした。

 あの圧倒的な力を持ち、かつ理性とも知性とも無縁な獣に、ルディオの思考と意思疎通能力が加わったなら、それは…。

(あの「暴力」を、ひとの意思で、目的を持って奮わせる事が可能になる…?)

 ONCに欲しい。などとは思わなかった。

 もしも獣の力のコントロールが、ルディオを支配する事が、第三者にも可能になってしまったら?

 それは比較的容易な事と言える。コントロールキーは存在している。ルディオは「それ」を決して裏切らないし、捨てる事

もできない。哀しいほど純粋で愚かしいほど真っ直ぐだから。

(坊ちゃんを捕らえれば、誰だって命令できる…!)

 エルダーバスティオンにも、ONCにも、フェスターにすらも決して知られてはいけないと、改めて感じた。ルディオの力

も、カムタが彼にとって一番大切な存在である事も、絶対に知られてはならないと…。

 知られてしまえば、「世界」は彼らを放っておかない。その先に待つのは不幸な結末しかないと、リスキーは確信していた。

「あの、魔法使いみたいな不思議な連中…」

「やはり術士まで動いていますか…」

「それだけじゃあないなぁ」

 え?とリスキーは眉根を寄せる。

「たぶん、ソレは、ああ…」

 ルディオの顔が変わってゆく。ぼんやりとした無表情から、あらゆる感情の無い無表情へと。

「おれと、少し、似てて…、同じで…」

 そして、言葉は途切れた。

 リスキーの前に居るのは、琥珀の瞳を輝かせる獣。

「何が居るんですか?」

 厳しい表情のリスキー。嫌な予感しかしない。

 ルディオは言った。術士だけではないと。そして、「自分と少し似ていて同じ」とも。

 ヤンとカムタは書店に入り、その寸前でONCの連絡員とすれ違った。

 そして、ONCの構成員は、元々の目的通りに現地の連絡員が構えているファストフード店に入店する。

 その現場をエルダーバスティオンに押さえられた事を、リスキーは教えない。組織への裏切り行為に等しいと自覚しながら、

殺し屋は弟の安全の為に連絡員と構成員を生贄に差し出している。が…。

(おかしい)

 獣は首を巡らせた。ヤンとカムタが居る方向とは間逆に。

(殺気が…、露呈した上に流れている?これは…)

 近くを通る若い旅行者グループ。傍を歩き抜ける中年夫婦。おかしなところを見せないまま、しかし彼らはリスキーのレベ

ルであれば捉えられる程度に、気配を隠し損なっていた。

(後方で何が起きている!?)

 獣はじっと、琥珀色の目で見ている。エルダーバスティオンの構成員が往く方向を。



「…こちらエア。誰か応答しろ」

 生い茂った椰子の葉が、頭上でサワサワと揺れる。熱く、しかし不快ではない南国の風に。

 だが、林の中で椰子の根元に座り込み、幹に背を預けている男は、眩しくも穏やかな景色の中であまりにも浮いていた。

 右腕が無い。方のすぐ脇で切断され、縛って止血している。

 乱れた息。脂汗が滲む顔。焦燥の表情と紫色の唇。呼べども応答は無い。誰も呼びかけに答えない。

「誰か…」

 言葉を切り、微かな気配に頭上を見上げる。

 そこに、居た。

 トンと、天辺付近の椰子の幹へ垂直に着地し、血塗れのククリを両手に握り、真っ直ぐに自分を見下ろすカラカルが。

「はい見っけた~」

 楽しげな声。無邪気な笑み。そして本気の殺意。

「う、うわぁあああ!」

 悲鳴を上げた男が慌てて飛び退き、膝立ちで向き直ってグリモアを翳した。圧縮された空気が鋭い刃となり、立て続けに三

つ飛翔する。

 それは椰子の幹を削ぎ、葉を落とし、空へ駆け抜け、カラカルを腰の位置で真っ二つにした。…と、思えた。

 腕がボンと音を立てて跳び、空中でキリキリ回る。手放されたグリモアがなお遠くへ飛ぶ。

 男の目にはまだ、カラカルが幹に居るように見えている。

 薙いだそれは残像。カラカルは別の椰子に飛び移り、三角跳びの要領で男の傍らに着地して、グリモアを握った腕を肘から

斬り飛ばしていた。

「チェックメイトー!」

 振り下ろした左腕に続いて右腕が水平に振るわれると、男の首がククリの窪みへ綺麗に納まり、ボンッと、音を立てて宙に

舞った。

 男は最後まで、カラカルを仕留めたつもりで椰子を見上げており、両腕と首を失った体は、そういった彫像であるかのよう

に膝立ちを維持している。

「これで4っと。こいつら6人チームみたいだから、今回はボクの勝ちだな!」

 二本のククリを器用にクルクル回し、上機嫌に尾を揺らすカラカル。

 それは、「ひと」の姿をしているが、厳密には「ひと」に分類されない。どんな国家のどんな法律も、それを「ひと」と定

義しない。

 ウォッシュ・ビス。黄昏と呼ばれる組織の技術で製造された存在の一体。ONCのブーステッドマンも、エルダーバスティ

オンの術士をはじめとした精鋭も、彼らにかかれば一般人と大差ない。

 彼らは「エインフェリア」と呼称される人型兵器である。

「ギュミル様と合流する時刻まで、あと二時間ちょいもあるか~…。よーし!張り切って暴れちゃうぜ!」

 子供のように無邪気に、心の底から楽しそうに、ウォッシュは通信機を起動する。

 命じられたのは、「エルダーバスティオンの構成員を片っ端から始末しろ。ただし一般人には気取られるな」というもの。

 相手の数は不明だが少なくとも術士が中隊規模。一般人は地元民やら旅行者やらそこらじゅうに居る。一見すれば無茶な命

令だが、ウォッシュには無理ではない。

「…あ、ホニッシュ?そっちはどうだ?ボク4人殺したから今度は勝ち…え?そっちも4人?ウッソまじで?どういう事?…

え?2チーム以上居る?あーあー!なるほどな~!そうか~!納得~!じゃあゲーム続行な!」

 ウキウキとハイテンションで、ウォッシュは端末をしまい、そして跳んだ。

 一瞬前までその足を置いていた地面が、ごうっと横切った一抱えほどの火炎球に焼かれた。

 そして、その術を放った男の眼前にカラカルが屈んで着地し、左右に伸ばした手がクルリとククリを回転させると、その上

からビシャビシャと鮮血が降り注いだ。

「レッツビギン!これで5!」

 立ち上がりつつ右腕を振るうと、両腕と頭部の無い死体がもう一つ増えた。

「さあドンドン行くぜ~!ジャンジャン斬るぜ~!バンバン殺すぜ~!」

 青年に見える外見にそぐわない、子供のような笑顔で、カラカルは狩りを楽しんでいた。


 大気が軋む。固定され、硬質化した透明な壁が、グリモアを突き出すように翳した男の前面に展開される。

 屈折率が僅かに違うため、活き活きと生い茂った腰高の雑草達が、障壁の輪郭の内側ではやや黒ずんで見えた。

「所属不明の獣人と交戦中。援護を…」

 真っ直ぐに相手を見据え、通信機へ呼びかける男の頬を、汗が一滴伝い落ちる。

「援護を…!」

 先ほどから援護要請が聞こえていたが、それも次々と途絶えていた。

 要請の一つに応えて急行する最中、男はそれがどうしてだったのか理解した。

 透明な障壁の向こう、15メートルほどの距離に立つのは長身のコヨーテ。ゴツい鋼鉄の手甲を嵌めた両腕をぶらりと体の

両脇に垂らし、無造作な足取りで、面倒臭そうな表情で、術士との間合いを詰める。

 と、その姿が瞬時に拡大した。

 前触れも、助走すらもなく、一足飛びに距離を詰めたコヨーテの両腕で、手甲に収納されていたそれぞれ三本の鉤爪がシュ

ラリと伸びる。

「え」

 ガラスが砕け散るような破砕音に、術士の困惑した声が重なる。

 防弾ガラスに匹敵する強度を誇る大気の障壁を、真っ直ぐに突っ込んで来たコヨーテの右腕が、その白銀に輝く鉤爪による

突きの一撃で粉砕していた。

 そして、コヨーテの体が反転する。右の突きから左のフックと見える、電光石火のコンビネーション。

 二撃目を振り抜き、術士に背を向けたコヨーテの背後で、首を押さえて仰け反った術士の喉から、噴水のように血飛沫が吹

き上がった。

「5」

 排除した数をつまらなそうにカウントし、どうっと仰向けに倒れた術士を振り返るコヨーテ。

 ホニッシュ・ウェル。ウォッシュ同様、黄昏によって製造された兵器。

 静かに空を見上げ、日がまだ高い事を確認してうんざりしてから、グリモアを二つ回収し、術士の死体の足を掴んで茂みへ

引きずり込む。

(掃除係が居ないと面倒臭くてかなわない…)

 普段の作戦行動であれば、消耗品のクローン兵士が雑務を引き受けるのだが、殺した相手を一体一体自分で片付けるのは手

間がかかって億劫だった。

 テンションこそ低いが、ホニッシュはウォッシュと根っこの部分で似ている。つまり…、

(殺すだけなら楽しいんだがな…)

 生き物を殺す事が、とても好きだった。



 黒豹は独り、美しい海を眺めていた。

 眩しく輝く砂浜が広がり、砂と海面には所々に岩が顔を出している。

 小型タブレットのような石の板を二枚片手に摘んでぶら下げ、水平線を眺めるギュミルは、波が寄せるフジツボだらけの岩

の上に立っていた。

 その足元には、波に揺られて浮かんでいる、うつ伏せの、黒焦げの死体。

(術士の補充が来たか…。エルダーバスティオンめ、引き下がるには惜しい何かを嗅ぎつけているのか、それとも面子が大事

なのか…)

 プライドや矜持が理由でも不思議ではないと黒豹は考える。自身も組織の面子に関わる事では退く気はないので。

(しかしエルダーバスティオンの諦めは思ったより悪い。予想外に手がかかるな。デリング共に嗅ぎ付けられないよう、あま

り派手な事はできないから仕方が無いのだが…)

 ギュミルの眼中には、もはやONCは入って来ない。到着時点で既にエルダーバスティオンが優勢になっていたため、現地

の主導権は後者が握っていると考えている。

(もう少し人手が欲しかったな)

 そうしてギュミルは、かつて配下にしていた特別製のエインフェリアの事を思い出す。

 要求スペックを満たしていなかったがために失敗作という扱いだったが、性能そのものは通常のエインフェリアを凌駕して

いた。ウォッシュとホニッシュも戦闘と殺害にかけては有能なのだが、性能、思考、振る舞い、およそ全ての面でそのエイン

フェリアには及ばない。

 失った事を悔やんでもいないし惜しんでもいない。使い切ってダメになったのだから有効に活用できたと考えている。不満

なのは単に、以前と比較して配下の格が落ちている事。

(とにかく、追加で派遣された中にはより上位の構成員が居るはず。「コイツ」とは違い、この諸島に何があるのか知ってい

るはずの上位構成員が…)

 チラリと視線を足元に向ける黒豹。これまでに会った者全員が、ギュミルの質問には答えられなかった。素直に答える者も

居ないが、そもそも彼らもONCの活動を怪しんで派遣され、未だ突き止めるには至っていないのだから、何があるのかと問

われても答えを持たない。

(では、このまま蹂躙し続けよう。詳しい事情を知る者に出会えるまで…)

 海岸線に背を向ける黒豹。その姿を、海風を受ける林の中から複数の目が監視している。先ほどリスキーがその行動に気付

いた、一般人に偽装しているエルダーバスティオンの構成員達が。

 ギュミルは監視者に気付いていてなお放置する。より上の者を呼び寄せられるように。

 油断でも、過信でもない。例え術士を100連れて来ようと、自分だけで対処できるという確信がある。

 まだ日が高い浜辺を闊歩し、黒豹は悠々と歩み去った。