Amber storage

「あー、そうなんだ…。それはめんどうだな…」

 リゾートホテルの一室で、観光客風のラフないでたちの男は、専用端末を片手にベッドに寝転がっていた。

 確保した子供を輸送中の部下からたった今届いた、拘束した少年達を輸送中の船が襲撃されているという報告を、整った顔

を曇らせながら聞いている。

 所属不明の高速戦闘艇の襲撃を受け、そこから乗り込んできた、肉体に何らかの強化を受けていると思しき大男に獅子が倒

された。相手集団は手錬のようで、援護も的確。こちらも善戦し、敵船に損傷を与えてはいるが手出しがままならない。

 そんな、頑張りをやや脚色された報告を聞きながら、男はブロンドヘアを掻き上げる。

 能力者を擁する中隊二つが今日になって突然、立て続けに音信不通になっている。

 ネメアーの獅子を屠るような危険な存在を抱える高速戦闘艇の一団。そして中隊二つをどうにかしたらしき謎の存在。両方

に何らかの関係がある事は察せられる。もしかしたら、術士達の部隊を葬って回った勢力かもしれない。

 倦怠感漂う三十過ぎの男は、少し考えて、面倒臭くなった。滞りなくスムーズに成果が得られるならばともかく、この状況

で増援を送り込むのは無駄。そもそも間に合いはしないし、指示も出せない。

「そうか…。わかった。じゃあ」

 指示を乞う部下からの通信を一方的に切ると、ベッドサイドのノートPCに触れて、パスワードを入力。表示されたボタン

をタッチする。

「あ~…、めんどくさ…」

 獅子も失った今、貴重な能力者やブーステッドマンも乗り合わせていないあの船にはあまり価値がない。あくまでも戦力の

中核は獅子であり、人員も船もそれを制御し、補助し、細かな作業をさせるための物。ネメアーの獅子が斃された今、戦力的

価値は大幅に下がった。益になるかどうか判らない少年に拘って危険を冒すぐらいなら…。

「楽して利益ってパターンには、なかなかならない物だな…。はぁ~…。めんどくさ…。適当な成果上げて引き上げたくなっ

てきた…」


「…は?」

 作業船のブリッジで、通信兵は回線が切られたと同時に素っ頓狂な声を漏らしていた。

 クレーンが稼動したという通知などどうでも良くなる表示が、コンソールに浮かんでいる。

 並んだ文字が告げていた。自爆命令を受諾した、と。


 セントバーナードが大股に走る。甲板を回りこみ、右舷へ。既に銃撃はまばらで、戦意を挫かれた船員達は義務の履行で発

砲しているだけ。注意を引きたくないのでルディオを討とうという気概などもはや無い。

 カムタが近い。近いのが判る。何故判るのかわからないまま、ルディオは急ぐ。前方の甲板を駆け抜けて。

(近い)

 すぐそこに居る。

(カムタ)

 連れて逃げる。

(いま行…)

 機械の操作パネルを囲む金属の手すり。その向こうに、少年が座っていた。

「カムタ!」

 ホッとして声をかけ、

「?」

 走りながら、ルディオは気付いた。

 カムタの匂いがする。血臭と共に。

 潮風に混じった匂いは、魚を捌いた時の匂いと少し似ていた。それは。血と、臓物の…。

「カムタ…!?」

 声に、答えはない。

「カムタ!?」

 座り込んで項垂れた少年の、下半身が、その下の床が、真っ赤に染まっていた。

「ああ…」

 琥珀色の瞳が瞳孔を開く。

「あああああ…」

 開いた口から声が漏れる。

「ああああああああああああーっ!!!」

 絶叫が喉から迸った。

 動きが無い。息が無い。心音が無い。

 エインフェリアとして調整された肉体の高性能な五感が、残酷なまでにはっきりと認識させる。

 完全に、止まっている事を。

 一歩が長い。1メートルが遠い。伸ばす手は遠く。少年には届かず。

「カム…!」

 床が裂けた。爆音と共に吹き上がった炎が、ルディオを飲み込んで…。

 

「リン!船が!」

 ラークが声を上げる。ルディオが炎に巻かれ、続く爆風に姿が消える様を、イグアナは目撃した。

「ルディオさんが火に飲まれた!カムタ君は…!」

 確認できずに言葉を切るラーク。作業船は船体内部、中央付近から連続して火柱を上げ、外装を内から裂いて自壊してゆく。

 最初に発生した爆発の炎と煙の向こう側だったため、カムタの姿は見えなくなっていた。

 あっという間に真っ二つになった船は、痕跡すべてを消そうとでもするように、さらに立て続けに小爆発を起こし、割れた

前後でさらに細かくなってゆく。

(くっ…!情けない、寄せられないなんて…!)

 熱波と爆風、おまけに破片が飛んでくるので接近できず、リンはクルーザーを安定させるのに注力せざるを得ない。

 歯を噛み締めるリンの眼前で、船は咆哮するような音を立て続けに上げ、海に没して行った。




 残骸漂う暗い海に、クルーザーが一隻踊りこむ。

 黄昏時になって頭上には雲が湧き、分厚い影を落として海面を黒々と染めていた。

 速度を落として推進器を収納したシャチは、波間に浮かぶ獅子の死骸を一瞥すると、ノイズを発した無線機を取る。

『パパ…』

 力ないリンの声と共に、後ろから上がっている子供達の泣き声が耳に届いた。首を巡らせれば、空のボートに接舷している

デュカリオン・ワンの姿が遠く窺える。

『三人は無事…。でも…、カムタ君とルディオさんが…』

 到着する前に、何が起きたのかはリンから聞いている。子供達から聞いた話も含めて。

 攫われた後、連中はカムタ以外を殺そうとした。カムタはこれに抵抗し、子供達の命を救ったものの、負傷。そのまま子供

達だけをボートで船外に逃がした。

 乗り込んだルディオは獅子を制したものの、カムタと合流する直前に船が爆発。爆炎に飲み込まれる様をラークが目撃した。

同時にカムタの姿も見失っている。

「オメェらは島に帰れェ」

『でもパパ…』

「帰るんだ、いいなァ?」

 言葉を遮られたリンは、思い直して『はい…』と了解を伝える。

 カムタとルディオを回収する。子供達に見せられないほど酷い状態になっている可能性も高い。だから帰れ。シャチの指示

は、言外にそう孕んでいた。

 通信を切り、遠ざかるクルーザーから視線を外したシャチは、半眼になって胸元に手をやった。

 ボリボリと、胸を掻く。

 いい子供だったと思う。養子達が隠し事なく接する事ができる、貴重な「友人」だった。

 ボリボリ、ボリボリ、胸を掻く。

 気に入っていた。あんな子供なら、終わる世界のその先へ、生きて行くに相応しい命だと感じた。

 バリバリ、ガリガリ、音が変わる。

 皮膚が剥けて血が滲んだ。指が傷口を掻き毟った。

 ルディオは、おそらく死んではいない。肉体が激しく損傷し、海中に沈んだまま動けなくなっているだろうが、その程度で

はたぶん死なない。ガルム十号としての仕様は前期型のガルムと同様…つまりシャチに近い旧式エインフェリアの分類に入る。

極寒や水中のような極限状態や、機能停止寸前に至るような重大な損傷を受けた場合には、本物の死体に近いほど生命活動を

低下させた仮死状態に入り、最重要器官を最優先で守る。サルベージさえできれば蘇生させられる。

 さらにルディオの場合は体内に宿されたドリュアスが体の損傷を高速修復する。そもそも、この程度で死ぬならシャチを相

手に二度も死なずに済む訳がない。

 だが、カムタは…。

 シャチは笑っていた。凶悪な眼光を湛え、獰猛に口の端を歪めて。

 このままでは済まさない。自分から所有物を奪う相手は決して許さないのと同様に、自分の所有物から何かを奪う事もまた

許さない。

 自分の子供達から友人を奪った。

 船が沈もうが、実行犯が死のうが、そんな事はどうでもいい。それで終わりになどならない。指示した者がまだ息をしてい

るのならば、それを止めなければ腹の虫が収まらない。逃げたとしても、世界の果てまで追って殺す。できるだけ無残な死に

方をさせねば気が収まらない。

 悲しみはない。ただ、燃える怒りと深い憎しみがそこにある。

 ふと、空を見上げる。

 稲光が雲を裂いた。大粒の雨が降り出した。嘆くように風が鳴る。

 これからという時に荒れる、海の気紛れ。

 黒い海に紛れて無数に浮いている残骸と死体の中、シャチは軽く瞼を上げて舵輪を回し、天を見上げる。

 時間が無い。嵐がすぐそこまで迫っていた。


 その頃、海中の深みには、八つに砕けて沈む船が起こした流れに巻き込まれ、海中深く引き摺り込まれた死体や瓦礫が漂っ

ていた。

 その中に、少年の姿もある。

 蓬髪を揺られ、目を閉じて海中に漂う少年は、爆発の際、丁度真下だったコントロールボックスの床板が一枚物の鉄板だっ

たため、爆風で諸共に飛ばされはしたが、どこも焼けたりしてはいなかった。それ以前に負った、腹部の刺し傷を除けば奇麗

なままである。

 その腹部に刺さったナイフが、ゆっくり、ゆっくり、抜けてゆく。自重によってではない。海流によってでもない。内側か

ら押されるように、ゆっくりと。

 やがて完全に抜けたナイフは少年から離れ、より深い海の底へと沈んで消えて、開いた傷口からは血が帯のように流れ出た。

 が、流れ出る血よりも早く、少年から出てゆく物がある。

 血液が溶けて薄まるより早く、ソレは海水に浸透し、少年を包み込む。

 そして次第に、少年の周囲の海水を固形化させながら色を変じてゆく。

 今年に入ってから、何かと彼に縁があった色…琥珀色に。

 潮に流されながら、少年の体は次第に卵のような楕円形に包まれる。最初こそ薄かった琥珀色は、徐々にその色を濃くし、

外側を強固に硬質化させてゆく。

 それは、悠久の時を越えて在り続ける存在の、高密度の命が海水と混じり合って結晶化した物。

 眠っているように、しかし身動き一つしない少年を包み込んだ琥珀色は、海流に乗ってゆっくりと流されて行く。

 トクン…。

 微かに脈打つその音は、しかし琥珀の内から漏れる事はなく、海の水と命に満たされた琥珀は、少年を大事に抱えたまま、

まるで海流を選ぶように移動してゆく。

 波立つ水面に滲んだ三日月のような形の、小さな島に向かって…。

 それは、揺り籠。

 命をもって命を育む揺り籠。











 二日後。

「先生…!」

 砂浜に駆けつけたヤンは、蒼白のテシーに迎えられ、膝から崩れ落ちる青年を抱き止めた。

「先生…、あれ…。何で…、何が、どうなって…!?」

 肥満虎の医師は、硬い表情で視線を砂浜に向ける。

 かつて少年達がジャーナリストと写真を撮った浜。そこに、異様な物が打ち上げられ、たまたま訪れていた観光客と、島の

住民に囲まれていた。

 太平洋南方にある諸島の一角。クリスマスも近い十二月半ば。島に流れ着いたのは、少年だった。

 地元に住まう十代半ばの少年で、両親が他界している事を除けば、彼の素性や経歴、血統などには取り立てて奇妙な物はな

かった。

 問題は、発見されたその少年が、固形物に覆われていた事である。

 固形物は飴色の半透明で、高さ2メートル弱、幅1メートル強の楕円形で、鉱石に近い硬度を持っていた。

 まるで繭のような形状をしたその固形物に、少年はすっぽりと収まっていた。

 眠っているように目を閉じていたが、ズボンと片方のサンダルしか着用していないその少年の脇腹には、鋭利なナイフで突

いたような刺し傷が深々と残り、致死量の出血で半身が真っ赤に染まっていた。

 少年を覆う固形物は、元は流動体だったのか、まるで海中に漂うように、内部へ血が溶け出した状態で固形化していた。

 まるで虫入りの琥珀のように、少年は飴色の固形物に閉じ込められていた。

「先生…!カムタは、何で…!」

 震え声を漏らして涙を流すテシーの背中を撫でてやり、ヤンは口を開く。

「…見てくる。テシー君、少し休んでいなさい」

 お手上げの駐在に呼ばれたヤンの目的は、「検死」であった。



「クソ親父!えらい事になったぞ!」

 凄まじい剣幕で無線機に怒鳴るのは、狐の少女。

 デュカリオン・ツーの船室で、騒ぎを聞きつけて様子を見に行ったリン達から報告を受けたヴァージニアは、ルディオと、

せめてカムタの死体を探して引き揚げようと海上に出ているシャチへ通信を送った。応答は無いが、気付くようにと録音で。

「カムタ君が「琥珀色の物質」に覆われた状態で島に流れ着いた!観光客のアホ共が、それがどんな危険な行為か理解しない

まま写真撮って発信した!すぐ戻って来い!ヤバ過ぎる!」

 ヴァージニアはシャチの子になって長い。だからリン達同様に理解している。

 今拡散される「異様な物」の情報が、何を引き付けるかという事を…。

「ヤン先生が検死を依頼されたらしい!こっちで何とか診療所に入れて、人目に触れないようにして時間を稼ぐ!だから…!」

 狐はグッと、堪えるように喉を詰まらせてから声を絞り出した。

「帰って来て…、カムタ君を守って…!あの死体は…、あれは…!」

 目覚める直前まで、修復されている。



「本当…なのか…?」

 呆然とするテンターフィールドを前に、リンが力強く頷く。

 診察室には運び込まれた琥珀色の塊と、その中に閉じ込められているカムタの姿。虎の医師はゼファーに手伝わせ、電極や

聴診器を当てて、内部の少年の状態を確認しようとしている。

 駐在から検死の依頼を受けたヤンは、リンの忠告に従って、中から取り出すからと言ってカムタを診療所に隔離した。その

後、裏口からシャチの子供達を入れて、カムタの状態に関するアドバイスを聞きながら「作業」に入っている。

「推測だけど、カムタ君を覆ってるこれは、ルディオさんの体に同居してた「ウールブヘジン」だと思う。それが何でこの状

態になったのかまでは判らないけれど…、船が爆発して沈んだ後、カムタ君を保護して傷を治癒してたんだよ」

「ルディオさんはどうなった?」

 手を休めないまま訊ねたヤンの背中に、「それこそ判らないよ…」とリンは首を横に振ったが…。

「でもね…。あのひとはパパでも殺せなかった」

 その言葉だけで充分だった。ヤンは「ゼファー君」と声をかける。頷いた少年は、表面を削り取ってシャーレに取った琥珀

の粉へ、ヤンが用意しておいた試薬をスポイトで垂らした。

 粉に触れるなり試薬が薄い緑色に変色するのを見届けて、ヤンは硬い表情のまま微かに、不敵な笑みを浮かべた。

「ウールブヘジン…、おかえり…!」

 リン達の推測が正しかった事を確かめたヤンは、琥珀越しに少年を見つめる。

 バイタルサインは無い。心音も脈も確認できない。呼吸だって勿論していない。

 だが、この琥珀が自分達の「仲間」ならば、これが無意味なはずは無い。

 これは、死体と呼んで差し支えない状態だった。ヤンの手に負える状態ではなかった。だが…、それでも…。

「結論から言えば、どうやったのかは判らないが、おそらくウールブヘジンはカムタ君を蘇生させようとして、この状態にな

った」

 医師はカムタに背を向けて、シャチの子供達とテシーを見回しながら、自分の推測を語る。

 刃物もろくに通らない硬質な琥珀色の結晶は、試薬に対してウールブヘジンの成分が溶け込んだルディオの血液と同じ反応

を示した。生命活動が確認できないカムタは、しかし琥珀の中で出血が止まっている。出血が続いていれば、結晶体とカムタ

の体の間…少年の体表に沿って隙間に流れ出るはずだが、それが見られない。

 外からは見えないが、おそらく傷口の内側で細胞レベルでの修復が速やかに行なわれたのだとヤンは語る。ルディオの外傷

が、すぐに薄皮が張って止血されるように、カムタの場合も結晶化が完了する前に出血が止められたからこそ、結晶の中に漂

い出る形で血が固形化しているのだと。

 問題は、外から窺って判るほど失血が多い事。結晶体の中に流れ出て固まった血の量を見ただけで、致死量に至る出血だと

察せられた。

「ただし」

 医師は丸顎を力強く引いた。

「致死量の失血…、「それがどうした?」というのが僕の見解だ」

 ヤンは結晶を振り返り、その表面にそっと手を触れた。

「ウールブヘジンは、これまで何度もルディオさんを蘇生させてきた。全身が炭化するような火傷や、手足を切断されるほど

の重傷からも。その都度、普通なら助からないほど出血している。今回もきっと…」

 期待ではない。確信がある。ルディオが言っていたから間違いない。

 ウールブヘジンは、カムタを愛している。

 セントバーナードのその言葉を、ヤンは信じた。他の誰でもない、ウールブヘジン自身もその身をもって、一貫してその愛

を自分達に示し続けて来たのだから。

「カムタ君は助かる。必ずだ」

 力強い医師の宣言で、テシーの瞳に光が戻った。

「問題は、どの程度の時間がかかるのかという事だ。ルディオさんの体とカムタ君の体では、頑丈さも回復力も比較にならな

いほど差がある。ルディオさんなら一両日程度で完治する傷でも、カムタ君の体ではもっと時間がかかってしまうだろう。そ

れは、行方不明になってから丸二日経ってこの状態という事からも確かだ。そして…」

 ヤンは言葉を切り、思案する表情で顎を撫でる。

「おそらく、僕達には…この島には時間が無い」

 これを聞いたゼファーが軽く眉を上げる。

「同意します。が、先生が今言われた「時間が無い」の詳細と、その結論に至る根拠を、見解の統合のためお伺いしてもよろ

しいでしょうか」

 上官に確認を求める兵士の面持ちと口ぶりで黒髪の少年が発言すると、ヤンは「簡単な事だ」とヤケクソ気味に口角を吊り

上げる。

「僕はその道の素人だが、数ヶ月前まで僕達の傍には「デキるヤツ」が居た。彼の組織だったら、拡散された画像を見たらす

ぐ確認に動く。諸島に居座っているのはアイツが「手強い」と言った組織なんだから、確実に出所を確認しに来るだろう。迅

速に、ね。何処に主戦力を置いているのかは判らないが、ジョンが潰しに回っていたおかげで、対処としてある程度人員を固

めているはずだ。まとめた頭数が投入される可能性は高く、足は相当速いだろう。それこそ、尻に火がついた勢いで」

 ゼファーが顎を引く。完璧と言っていい、楽観視が全く入っていない状況把握と推測だった。

「リン君、質問したいんだが…」

「はい」

 子供達のリーダーは、医師が向けて来た目を見返す。

「ジョンは、カムタ君を助けるために力を貸してくれるか?それとも、珍しいケースとして確保するべきだと考えるかね?」

「後者は確実に一考すると思うけど、少なくとも組織の為の確保なんかはしないと思うよ」

「それは、関連してルディオさん絡みの事まで報告しなければならないから…、で合っているかい?」

「ええ。パパも相当危ない橋を渡ってるって、自分でも言ってたから。半月も報告無しで仕事してましたとか、今更ヤバくて

言えないわ。それにね」

 リンは琥珀の中のカムタを見る。

「カムタ君はチビ達を助けてくれた。パパはどうしようもない極悪人だけど、通すべき筋は通すし、返すべき恩は返すよ。絶

対にね。それでも不安なら…」

 リンはウインクした。悪戯っぽく、不敵に。

「喜んで共犯者になるよ?人質役で」

「それは結構。心強い」

 ヤンも口の端を上げて太い笑みを浮かべる。腹が決まった一匹の雄の顔だった。

(いい顔で笑うなぁこの先生。ジニーが見たら何て言うかな?)

 などと胸中で呟き微苦笑するリンから視線を外し、ヤンはテシーを見遣った。

「さて、テシー君。薄々判ってしまっているとは思うが、改めて状況を説明する。気を鎮めて聞いてくれ」

 そうして、腹を括った医師はテシーにこれまでの経緯を話し、さらに…。

「…え?」

 説明を聞き終えたテシーは愕然とした顔になる。

 しかし、これについてはシャチの子供達も驚いていた。

(思い切ったこと言うわね…)

 リンは虎医師が口にした言葉を反芻し、感心した。驚きはしたが、おそらくそれが「最も多く命を救える手段」だろう。

「島の全員に事情を話して…、避難させる!?」

 テシーの言葉にヤンは大きく頷いた。

「白昼堂々カムタ君をさらう連中だ。目当ての物が確実にあるとなったら、手段は選ばないだろう。島民を皆殺しにする程度、

何でも無い事のように実行するさ…」

「先生の想定に同意見です。先の襲撃は戦端を開くに等しい強襲でした。もはや敵側に躊躇う理由がありません」

 ゼファーもヤンの意見に顎を引いた。あれは、目撃者の存在を恐れない、見られても最終的に口封じする、そんな作戦行動

形態だったと。

「島を丸ごと沈められる…、ジョンの言葉に嘘は無いんだろう。だが住民を守りながら外敵を排除するのはそれほど簡単じゃ

ないだろうし、それこそ巻き添えを躊躇わない可能性も高い。…君達の父は、接点が無い島民のためには便宜をはかったりし

てくれないな?」

「それはもう、お構いなしでしょうね」

 リンが肩を竦める。シャチは極端で、線引きに躊躇いも無い。気に入った相手には肩入れもするしそれなりに骨も折るが、

そうでなければ簡単に見捨てる。

「デュカリオン・スリーは大型客船という話だったが、どの程度乗せられる?」

 確認するような医師の発言を受けて、リンは目を丸くしてから「なるほど…」と呟いた。

「全員を島から退避させる、っていう事ね」

「そうだ。島の船だけでは住民全員を一度に海に出すには足りないはず…。そうだなテシー君?」

「え?は、はい!全員は流石に…、大型のもありますけど数はそれほどじゃないし…」

 急に話を振られたテシーが、慌ててザッと計算する。

「無理矢理ギリギリまで乗り合わせたとして、どんぶり勘定で200は溢れるかも…」

「それぐらいなら大丈夫よ。まだ余裕があるから、分散する中でキツそうな分も乗せられるわね」

 船で海上へ避難させるというヤンの案は、実行可能な中でも現実味があった。ただしそれは、黄昏の、世界の敵の懐に、島

民全ての命を放り込むという選択。シャチの出方如何によっては…。

「座して死ぬより行動だ」

 重々承知の上でヤンは呟く。シャチが情報の拡散を嫌い、口封じの為に島民全員を始末しようと考える可能性はある。だが、

確実な死よりは生き残る確率が残されている方を選ぶ。

「直接連絡入れるわね?事が動き出したらパパも止めようがないし」

「使える物は何でも使う。対価が必要なら言ってくれ。破産しても構わないし、体ででも何でも払ってやるさ」

 費用や報酬ならヤンの方で払える。リスキーが残した金が、使い切れる見込みも無いまま眠っているのだから、かかった分

だけ請求して貰えばいい。

「さしあたっては、テシー君の親父さんから顔役達に話を持って行って貰って、島民全員に話を通す。繋がりが薄いところは

僕とテシー君で誘いに出て、最終的には集まらなかった人達も虱潰しに行く。リン君、ジョンはどれぐらいで島に帰って来ら

れるのか判るかね?」

 どれだけ時間が残っているのか判らない、焦って当たり前の状況で、ヤンは避難計画を実行に移す。腹を括った医師は、数

多の修羅場を潜って来た前線指揮官のように落ち着き払っていた。




「話は判った」

 体格の良いテンターフィールドは、息子と医師の話を聞き終えると、深く顎を引いた。

 島に迫る脅威の事。ルディオの事。これまでの事…。全てを聞き終えてなお、表情は変わらない。

「判ったって…、そうじゃないんだよ親父!今のは本当の事で…」

 腹を立てて身を乗り出したテシーを、ヤンが冷静に制する。

「網元。信じ難い気持ちは判りますが、本当です。いや、信じて貰えなくても構いません。騙されるのを覚悟で、島からの避

難に協力して下さい」

 話の真偽はともかくとして、避難だけはしてくれと頼む医師に、

「テシー。それにヤン先生。何も信用してないって訳じゃない」

 ガタイのいい船乗り兼経営者は、困惑と納得が半々の表情を見せた。

「確かになぁ。今教えられた事はこのチッポケな脳味噌じゃ簡単には理解できん。が、今の気持ちを言うなら…、「ああ、今

日の事だったのか」って気分だよ」

「…?」

 ヤンの眉が上がり、テシーがキョトンとする。

「親父?何だ、「今日の事」って…」

「いや、なぁ…。二年と少し前か、俺は変な夢を見た」

 テシーの父は「おーい」と妻を呼ぶ。

「なぁ、あの夢見たのいつだった?」

「あの夢?ああ、一昨年の雨季でしたっけ。貴方はそれより一ヶ月ぐらい前に見たっていってましたね?」

 呼ばれた婦人はすぐに何の事か察した様子で夫に応じる。

「何だかなぁ、柱が何本も立ってる、頭の上には空の代わりに海が広がった、天井が無い広間みたいなところでなぁ、言われ

たんだ。「十二月の日、海へ呼ぶ者に従え」ってなぁ…」

「ええ。喪服の、人間のお婆さんに。ただ、何と言うんだろうねぇ…。厳かで、気品があって。それでピンと来たんですよ。

ああ、この方が…」

 テシーの両親は顔を見合わせて頷きあった。

『シバの女王様だって』

 目を見開くヤンの、疑問と困惑を他所に、テシーの父は大きく頷いた。

「俺達だけじゃなかった。時期もバラバラだが、少なくとも漁師連中はみんな同じ夢を見てたらしい。島中のおっかさん達も

な。子供らからは聞いた事はなかったが…」

「…見てない」

「僕もだ…」

 テシーとヤンは顔を見合わせたが、網元は「そういう訳で」と、両手を胸の前でピシャンと打つ。

「夢のお告げの意味が判った。急いで話を回そう」

 上手く行きそうだという喜びよりも、困惑が強いテシーの隣で、ヤンは少し毛を逆立てていた。

 自分が把握し、認識している部分とは、深度…あるいは高度が異なる所で、何かが進行しているのかもしれないと感じて。




「ん?」

 揺れる船上にラダーから這い上がったシャチは、無線の呼び出しに気付いて顔を向ける。

 カムタとルディオを探して周辺海域を潜水捜索していたシャチは、着込んだウェットスーツから水滴を垂らしながらデッキ

を横切り…。

「………」

 瞬きを一つし、表情を消した。

 そこは、見慣れた船上ではなくなっていた。

 足が踏んでいるのは甲板ではなく、翡翠や瑪瑙、色とりどりの石畳が敷かれた床。

 左右で等間隔にずらりと並んでいるのは、象牙のような白が暖かな無数の石柱。

 柱が支える天井はなく、穏やかに波打つ水面が頭上に広がり、色鮮やかな魚群が泳いでゆく。

 美しい珊瑚に彩られた海底の楽園、木漏れ日のように日が射すその真ん中に、冗談のような唐突さをもって、異様なまでの

美しさをもって、その「謁見の間」はあった。

 シャチは視線をゆっくりと巡らせる。

 立ち並ぶ柱の前、シャチから見て左右には、ずらりと屈強な男達が整列している。

 褐色の肌に筋骨逞しい体躯。細め太めの差はあっても、総じて屈強な体つき。腰蓑や毛皮の腰巻き、牙や骨の首飾りを身に

つけ、様々な獣の頭骨をマスクとして目深に着用しているその姿は、旧い時代の戦士達を思わせる。

 総勢四十名以上の屈強な男達を見回して、シャチは口を開いた。

「全部「アェインヘリャル」かァ…。って事はァ…?」

 目を動かし、謁見の間の奥を見遣る。正面にある象牙色の玉座に。

―最後の異邦人よ―

 酷くしゃがれた声が響く。頭の中に、直接。

 象牙色の玉座に黒い衣装を纏った細い影が見えた。西洋の喪服で、ヴェールに覆い隠された顔は窺えないが、声も、そして

揃えた脚の上に置かれた手の褐色の肌も、皺に覆われた老女のものだった。

「こいつァ恐れいったぜェ。まさか、ワールドセーバー直々にお会い下さるとはなァ」

 会うのは初めてだが、かつて一度同種の存在と遭遇している。そして、該当する情報から、相手の正体についても推測がで

きた。

「念のために確認だァ。ここは「イマジナリーストラクチャー・シバ」。でェ、アンタは「シバの女王」…、いや…」

 一度言葉を切ったシャチは、目を細めて言い直す。

「ウルヅ様…、とお呼びすべきかァ…?」

 老女は無言。その沈黙を肯定と受け取ったシャチは、

「まぁ、何だァ…」

 石畳の上に跪き、頭を垂れた。

「言える機会も、言える奴もそうそうねェんだろう。ならせめて俺様は…」

 それは、貴人に対する敬意の姿勢。黄昏の戦士は老女に対して恭しく頭を垂れる。

「「埋もれた昨日を懐かしむ者」、「起きた事を眺める者」、「ノルニルの一柱」、「七人のオールドミスの一人」、「運命

の女神」にして「喪服の管理人」…。そして、「かつて星を救ったひと」よ。死体の身ではあるがァ、この星を這う者のひと

りとして、礼を言わせて貰うぜェ」

 顔を伏せたままのシャチへ老女の声が届く。頭に直接響いて。

―儂が何であるか知っておるのならば、話が早い―

 威厳に満ちた声が告げる。

―間も無く訪れる最終局面。貴様と「あの子」はどうしても必要であった―

 かくして、シャチは知る。

 偶然が重なり合って至ったこの状況…自分がこの諸島に来た事すらも、全ては「ある一点」に向けて収束させられた、流れ

の中にあった事を。




 灰色の草原が、音も無く風に揺れる。

 セントバーナードは黒い空に輝く白い月を一度見上げ、それから視線を前に向ける。

「まぁ、何だ」

 岩に腰掛けた巨漢は、ルディオそっくりな顔を軽く顰め、俯き加減でガリガリと頭を掻く。

「お前は良くやった」

 無言のルディオと巨漢の間に、沈黙が落ちる。

 ふたりの間に、薄い琥珀色の影があった。

 色ももう殆ど残っていない、霧のような琥珀は、輪郭が滲んでおり、辛うじてひとの姿を保っている。

 かつては逞しいセントバーナードを象っていたシルエットは、体積を減じ、細く、希薄になっていた。

「ウールブヘジン…?」

 口を開いたルディオは、気体が霧散するように薄れてゆく琥珀色の人影を見つめる。小さく縮んだそのシルエットは、人間

の女性のようにも見えた。

 それが、ウールブヘジンと自分達が呼んでいた存在の、ドリュアスとしての姿なのだろうと、ルディオは理解する。

「逝くのか」

 岩に腰掛けたハークの言葉に、ルディオはハッとした。

 爆炎に飲まれた事を思い出した。あれは、あのダメージは、まさか…。

「お前のせいって訳でもねぇな」

 ハークが低く呟く。

「「それ以前」に分け過ぎた。重なった消耗に細分化まで加えた…。結果として自分がどうなるか理解した上で、カムタを救

うために…。そうだな?」

 ハークの言葉に琥珀の影が頷いたように見えて、ルディオは数度瞬きする。

「ウールブヘジン?カムタを…、救うため…?」

 問いかけるような声に、ゆらりと琥珀の影が揺れる。自分の方を振り向いたのだと理解したルディオに、そっと歩み寄り、

透き通る手が伸びた。

「…ウールブ…」

 困惑するルディオの頬に、そっと手が触れる。物が触れる感触は既に無く、暖かな風が頬をくすぐるような感触があった。

 その瞬間に、言語でも文字でもない物がルディオの中に流れ込む。

―カムタと 生きて―

 それは、感謝にも似た感情。

 そして、慈愛にも似た感情。

―カムタを守りたかった けれどそれだけではない 自分は…―

 伝わって来る、ひととは異なるメンタリティの存在が残そうとする最後の意志を受けて、ルディオの双眸から涙が零れた。

―愛している カムタも そして君も―

 手を上げたルディオは、その腕に触れようとして、叶わなかった。希薄になり過ぎたソレに、触れる感触は無く、ただ、暖

かな物だけを感じる。

―教えて欲しい 迫り来る明日に立ち向かう命 自分と君は―

 微笑んだような気がした。女性の輪郭のようにしか見えない、薄い薄い琥珀色が。

―良い 相棒 だっ た ?―

 ふわりと、琥珀色が霧散した。

「あ…!」

 崩れて消えるそれを引き止めるように、反射的に広げたルディオは両腕は、しかし何も掴めずに宙を掻き抱く。

 見上げる空に、色の無い世界に、琥珀色が昇って消えてゆく。

 自分の命をここまで繋ぎ、ずっと共に在った相棒が、遠い場所へ去ってゆく。

 滂沱の涙に視界が曇る。白い月が滲んで揺れる。声無く吼えるルディオの上で、やがて琥珀色は無色の中に溶けて見えなく

なった。

「時間がねぇ」

 天を見上げるルディオに、ハークが重い声で告げた。

「覚悟を決めろ。これからお前が挑むのは、「神話」そのものだ」

 顔を下げたセントバーナードを、同じ顔のセントバーナードが見つめる。

「お前は、「このためにこの島で生まれた」。判るか?黄昏の再生戦士でも、今のバーナーズ家の誰かでもダメだった。お前

でなけりゃならなかった」

 腰を上げたハークは、歩み寄り、ルディオと正対する。

「世界の存亡に関わる特大級の脅威…。こいつを食い止めるためにお前は生まれたんだ。だが…」

 セントバーナードの目が鋭く細められる。

「まだ足りねぇ。お前にはまだ、脅威を食い止めるだけの力が足りてねぇ。だから…」

 ルディオの目が動いた。翳すように顔の前へ上げられたハークの手が、指先からじわりと黒く変色してゆく。

 かつて巨漢はルディオに告げた、果たさなくてはならない役目があると。

 それを果たすべき時は、すぐ目の前まで迫っている。

「お前に託す。「俺のオーバードライブ」と、サーの血族バーナーズの「伝家の宝刀」を」




「島民の避難はどうだァ?グフフフフフ」

 通信端末片手に含み笑いを漏らすシャチは、しかしたいそう機嫌が悪い。診療所のウッドデッキ上、葉巻を咥えて仁王立ち

した巨漢のコメカミには青筋が浮いていた。

『九割七分って所だよ。あと三便で全員送り届けられるわ』

 シャチの子供達が三隻のクルーザーの舵を取り、島の船に収まらなかった住民を大型客船…デュカリオン・スリーにピスト

ン輸送している。案内は全て終わり、残りの島民も船着場に集まっていた。客船での手伝いが必要なので、テシーも少し前の

便で送られている。

 島民の間では、驚くほど混乱が無かった。法の側である駐在までも、夢のお告げを非科学的だと否定する事はなく島民達と

共に避難に参加し、二人とも誘導を買って出ていた。

「なァ、リン」

『何パパ?』

「オメェ、来月の小遣い30%カットなァ」

『ニューイヤーに!?酷くない!?』

「グフフフフ。うるせェ」

「ささやかな反撃、といった所かね」

 娘に小遣い的制裁を加える巨漢の横で、ヤンがシャチから譲られた葉巻の煙をプカリと吐き出す。

「嗤えェ。効果的な仕返しはこの程度だァ」

「微笑ましい事は確かだが、嗤いはしないさ。体罰よりよほど良い。…が、できれば小遣いは満額やってくれ。僕が補填する」

 カムタが発見されてから丸一日が経った。

 ヤンは「責任者」として島に残っているが、少年は目覚めず、琥珀に変化は無い。

 黄昏時の海を前に葉巻をふかすヤンの背中には、ズボンへ無造作に突っ込んだ拳銃。シャチはもう何も言わない。説得でき

ないという事は理解した。

 ルディオは見つかっていないが、ヤンもシャチも死んだとは思っていない。鯱の巨漢曰く「俺様が二度も殺し損ねてんだァ。

船の爆発で死なれちゃァ自信喪失だぜェ」との事。

「日没には仕掛けてくるぜェ」

 通信を終えて呟いたシャチは、軽く瞼を上げて振り返った。

 ウッドデッキの奥、ヤンの家のリビングに、数名の子供達が居る。

「オメェら…」

「パパ。言いつけを破ります」

 口を開いたのはゼファー。ボディラインがはっきり判るタイトな黒色のスーツを着込み、タクティカルベストを羽織った少

年は、胴を交差するベルトと腰に巻いたベルト、太腿に着用したベルトに、無数のナイフを帯びている。腰の後ろには大振り

なナイフが二本と、長めの直刃ダガーが二本。

「カムタ君はきょうだいの恩人だもんねぇ」

 背筋を伸ばしているゼファーの横へ、肥ったイグアナが進み出て並ぶ。ラークは紺の夜間迷彩コンバットスーツを着込んだ

全身に弾倉を帯び、腰の後ろにサブマシンガン…ミニウージーを吊るした上で
SIG-SG550を肩に担いだ重武装。

「先生も残ってらっしゃいますもの。防衛、しなくちゃね!」

 ふたりの後ろでツンと鼻先と胸を反らしたのは、狐の少女。こちらはゼファーと同じスーツを身につけているが、武器は帯

びておらず、両腕と両脚にそれぞれ肘と膝までを覆うプロテクターを装着している。

 その後ろにも四名。既に武装を済ませて船着場の防衛に就いている者達を含めれば、シャチの子供達の約半分…戦闘技能を

持つ者達は、武装して交戦に備えていた。

「オメェら、小遣い減らされる覚悟はできてんだろうなァ?」

 苦虫を噛み潰したような顔のシャチに、

「無しで結構です」

「貯金あるからぁ」

「このケチ親父め!」

 と、口々に答える子供代表三名。

 フー…とため息をついたシャチは、気を取り直して厳しい眼差しになる。

 それは、戦士の目でも、死人の目でも、兵器の目でもない。聞き分けの無い子供を前に、怒りながらも妥協する、極々普通

の父親の目だった。

「パパから一つだけ命令だァ」

 巨漢は養子達の顔を順番に見つめ、厳しい眼差しで告げる。

「戦死は許さねェ。くたばりやがった奴は親子の縁を切る。いいなァ?」

Yes Dad!

 子供達が笑顔になって、一斉に拳を突き上げた。

 やれやれと肩を竦めるシャチの横で、ヤンがニヤニヤと口元を歪める。本当に、逞しくて頼もしい、良い子供揃いだと思う。

この避難計画も子供達が協力してくれたからこそ実現に至った。

「現時刻をもって防衛作戦開始だァ。以後、防衛対象を識別コードにより呼称。対象の識別コードは…」

 シャチは気を取り直した様子で、今の世界から弾き出された異物揃いの子供達に告げた。

「「アンバー・ストレイジ」」











 波音が響く。暗い、夜の磯に。

 月明かりも無い夜闇の中、波が寄せる岩場には大きな人影が横たわっていた。

 なだらかに傾斜した岩に背中を預け、仰向けになっているのは、巨躯のセントバーナード。

 一度は黒焦げになり、全身の体表が炭化していたその巨体は、修復を終えて戻った茶と白のツートーンの被毛は、波飛沫に

濡れそぼっている。

 海中に沈み、漂いながら修復を終え、男が流れ着いたそこは、奇しくも十一ヶ月前に流れ着いたのと同じ場所。

 やがて、分厚い胸が蠕動するように上下し、閉じていた口からゴポリと海水が流れ出る。

 再開される呼吸。瞼が僅かに痙攣し、ゆっくりと上がる。

 トルマリンの瞳が曇天を映し、数度瞬きして、羊水のように潮水を滴らせ、ずぶ濡れの巨躯は立ち上がった。

 垂れ耳が動く。弾けるようなその音は、連続する銃声。

「………」

 ぼんやり顔のまま、セントバーナードは首を巡らせた。

 嫌な気配を感じる。平和だったはずのエンマンノに、殺意と害意が立ち込めている。

 住民の避難が完了してから三時間後。状況は判らず、そもそもしばらく「圧縮された認識上の時間」の中に居た上に、船の

爆発で吹き飛ばされてからの時間の経過を正確に把握できている訳でもないが、ルディオは気配で察知する。戦いが始まって

いる事を。危機が、既に島へ及んでいる事を。

 胸に手を当てる。出っ張った腹の上まで撫でる。

 もう、居ない。

 自分の中に、長らく同居していた相棒は、もう居ない。

 だが、「全く無くなった」訳ではない。体を形作る細胞の中に、体を流れる血潮の中に、歩んできた記憶の中に、ウールブ

ヘジンが残っている。

 その相棒に、託された。

「カムタ…」

 呟いたルディオの瞳が端から変色し、琥珀色に染まった。

 最後の最後で残った力を振り絞り、ウールブヘジンは損傷したルディオの体をただ修復するのではなく、異なる仕様に「造

り直した」。ドリュアスの樹液型ボディが体内を循環するのではなく、もはや別つ事が不可能なほどの融合により、体質その

物が変化している。

 それは、ウールブヘジンが自己の生存のための要素を取り除き、ルディオへの最適化を優先して「修復進化」させた、新た

な体と言っても良い。

 かくして男は歩き出す。

 カムタの位置が判る。何故判るのか、あの船上では解らなかったが、今なら判る。

 ルディオの中に居たウールブヘジンは、しばし前からその存在力の大半を削り、弱っていた。だが、ルディオとの意思疎通

において反応が鈍くなっていたのは、単に弱っていた事だけが理由ではなかった。

 いずれこの自我が消失するに等しい摩耗に至るだろうと、自身の寿命を悟ったウールブヘジンは、最愛の少年を確実に守る

ために、自分自身を切り分け、体液の交換と共にカムタの体内に自分自身を輸液していた。

 万が一、少年が死に瀕した際に、最も近い位置から即座に救えるようにと…。

 居なくなってもなお、ウールブヘジンがカムタの元へ導いてくれる。ルディオは引き合う感覚に導かれ、迷いのない足取り

で歩き出した。