John Does & Jane Does

「琥珀色の塊に、少年ね…」

 リゾートホテルの一室で、シャワーを浴びたばかりの男は専用端末を手に、ガウンを纏って椅子に座る。

 粗い画像の中には、内部に人間らしき物が入った琥珀色の塊。中の人間ははっきり見えず、人相までは判らない。周囲に居

る島民の様子から、サイズはだいたい把握できるものの…。

「実物を見ないと判らないな~…」

 ケンディル・ホプキンスはブロンドヘアを掻き上げて考える。

 ネメアーの獅子を失った。船も兵隊も減らされた。部隊が複数沈黙した。ONCが何を探していたのかは判らないまま、術

士達を仕留めた襲撃者の正体も判らないまま、「支出」だけが嵩んで行く。

「潮時、かな」

 引き上げる口実が欲しい。多少なりとも成果が無ければ非難されるので、何でもいいから土産が欲しい。

「よし、コレにしよう」

 真贋は二の次。どうせ調査を行なうための機材もろくに揃っていないのだから、「調べるために引き上げた」と言えば一応

の理由になる。「品」は奇妙でさえあれば何でもいい。

「さて出陣だ。全部召集しよう。タイミング良く固めてたのは幸運だったな」

 大した物であろうが無かろうが、「大作戦」という実績は形だけでも作る。一応陣頭指揮が必要だった。

「は~…。めんどくさ…」



 それから、一日が過ぎた日没後…。



「ポイント025、ここも空だ」

 ヘルメットとゴーグル、マスクで顔を隠した男が通信する。視線の先には、同じ格好で銃を構えた二人の男が、ハンドサイ

ンでもぬけの空だと示していた。灯りがついている民家の中は、またも無人である。

「どういう事だ?」

「判らん…。何処かに集まっているのか…」

 日没を待って上陸地点から散開、島を端から探索するエルダーバスティオンの部隊は、すべての民家が空である事に戸惑う。

 総数二百名にも及ぶ部隊は、能力者や強化人間も含む。小さな島一つを蹂躙するには過剰な戦力だったが、必要なのは大部

隊を投入したという事実なので、無駄になろうが何だろうが構わないというのが指揮官の考え。

 しかし結果的には、それだけの戦力でも「足りな過ぎた」。

「次のポイントに」

 促されて歩き出した男は、しかし指示した男の声がさほど不自然でもない所で途切れたため、気付かなかった。

 最後尾で、その男の頭部が後ろから鷲掴みにされ、勢い良く捻られて首を折られた事にも、その横に立っていた男が、声や

息を漏らす前に、丸太の如き尾の一振りで胴をくの字に折られ、放物線を描いて30メートル超えの夜空の旅に行ってしまっ

た事にも。

 次いで、虚空にフワリと浮かんだ水球が二つ、鋭い槍の穂先を生やして硬質化し、並んで歩く男二人のうなじから喉までを

同時に貫く。

 倒れ伏した男達には目もくれず、のっしのっしと歩くシャチは、次の獲物目指して移動する。その頭に…。

(パパ。クラリスが思念波を感知…。18-9付近に能力者です)

 娘が発した「声」が届いた。

(オーケーだバイオレットぉ)

 シャチの娘のひとり…シャム猫のバイオレットは、条件付きではあるが、半径3キロ以内の任意の相手と念話が可能なテレ

パシスト。直接額を接して「マーキング」を行なった相手とだけテレパシーで会話できるが、マーキングの効果はおよそ6時

間程度。

 ある宗教団体により「教主の巫女」として育てられた少女たちの一人が、バイオレットだった。猫を神聖な動物として掲げ

るその宗教団体では、猫の獣人が巫女を担う。ただし、幼い頃に脳を改造され、投薬と教育により自我を凍らされて。

 幼い頃から教育を受け、自分が何であるのかを刷り込まれ続けたバイオレットは、投薬を開始して間もない頃、宗教団体の

暗部を嗅ぎ付けてやって来た肥った狸と出会い、その運命を変えられた。

 そして人間の娘クラリスは、能力の発動に伴う思念波の発生を感知するソナー能力を身につけている。ソナーエリアの展開

は一瞬で、再展開に一分のインターバルが必要になるが、これは言い換えれば一分に一度だけ能力の発生源と発動者を、広範

囲で纏めて探知する事ができる能力である。

 術士の血筋だった彼女は、その思念波強度に目をつけられて幼い頃に拉致され、ある組織でそのような訓練を受けさせられ

た。グリモアを入手する事も、造る事もできない弱小組織が抗争で生き残るための、警報装置として。

 出会ったのは偶然だった。携帯式警報装置として連れられていた少女は、完全に他人である自分のために骨を折って無茶を

通す、その狸の大男を介して、養父と巡り合った。

 彼女達は知っている。手を差し伸べる事の尊さを。無力な者を救う行為の美しさを。そして、時には守るために容赦なく害

を排除する必要性を。

 彼女達はカナデとシャチを親とし、ひとへの期待に満ちた善性と、抹殺対象への徹底的な冷酷さを、それぞれから受け継い

でいる。島の民を救いカムタを助ける。同時に、養父ときょうだい達が敵を殲滅できるよう手配する。



 同時刻。別の位置。

「待て」

 船着き場を目指すルートで、道中の駐在所内を確認した兵が、仲間を制する。

 不自然な茂みがあった。よく見れば、生えている草の脇へ、延長するように毟った草が敷いてある。その隙間に、金属の光

が見えた。

(爆弾か。だが、仕掛け方が甘過ぎる)

 どうやってかは知らないが、自分達の襲撃を察知していた。面倒な事に警察が動いて島民を移動させていたらしい。…と、

自分なりの推測を立てた男は、その茂みを迂回して…。

「!?」

 ドフッと、脇腹に何かが当たった。しなって当たったそれは重たく、ひとに蹴られる程度の強さ。爆発物ではないが、一体

何なのかと視線を下げた男は、しなって飛んできた木の枝と、そこへ無数に括りつけられた、鋭く研がれた木の杭を目にする。

(うそだろ?)

 それが、男の最後の思考。鋭い杭三本が胴を深々と貫いて、男を絶命させた次の瞬間…。

「べっ…」

 妙な声を漏らした後ろの男が、頭部を陥没させて仰向けに倒れる。ロープトラップで飛んできた椰子の実が五つ、男の周辺

を絨毯爆撃していた。

 地雷か爆弾と見えた金属はただのフェイク。本命は感熱されず金属反応も無い、自然物を用いた罠の数々だった。

「トラップだ!周辺に仕掛けてあ」

 警告の声も途切れる。男の右目でゴーグルが割れ、ブシャッと血が噴き出していた。

「…3。それから…」

 そこから1.5キロ離れた椰子の木の天辺に、簡易な椅子を組んで肥ったイグアナが座っている。

 風に揺れる椰子の木の上から男を狙撃したのは、SIG-SG550を構えたラーク。その右目は深い青の光を漏らし、菱形の瞳孔

は小刻みに、僅かに、拡大と縮小を繰り返してピントを合わせ続けている。この射手にとって、銃本来のカタログスペックは

意味をなさない。

 ラークの右目は特殊な義眼に置換されている。生来の目を抉り出されて埋め込まれたソレは、望遠や暗視機能のみならず、

ひとの目では視認できない様々な波長の光を捉える複合センサーの機能も備える。青く光る中に菱形…トランプのダイヤにも

似た形の瞳孔を備えたこの目のせいで、ラークはまともな社会生活を送る事ができない。

 さらに、異常なほど敏感なこの義眼の負荷は、彼に偏頭痛をもたらす。視覚を制限し、嗅覚や味覚に意識を割けば、その分

だけフィードバックが軽減されるので、彼はシャチに拾われて以降、可能な限り目を細めて視界を狭め、料理を学んで味覚と

嗅覚を満たす事で対処している。

 青く濃い色の漏光を闇に溶け込ませ、イグアナはトリガーを引き絞る。単発で発射されたライフル弾は、正確に次の兵士の

左目から後頭部に突き抜けた。

「4…」

 確実にチェックされるだろう駐在所近辺と、そこから船着き場へのルートには、デュカリオン・ワンの甲板員…ゲリラの少

年兵として育てられたチェロキーとコイーバが仕掛けたトラップが満載。ラークの腕があればトラップと合わせて進軍を阻む

事は難しくない。さらに、チェロキーとコイーバは斥候役を果たしながら、今この時も別のルートにトラップを仕掛け続けて

いる。

 狙撃に専念するラークは無防備に見えるが…。

「うん。ありがとうねぇバルーン」

 ブブブッと低い羽音を鳴らして近付いたフレンドビーに、イグアナが礼を言う。

 カムタを守るため自発的に哨戒任務を買って出たバルーンは、ラークを視認できる位置や狙撃できる位置に兵が入ったら知

らせられるように、全方位を監視している。

「おかげで集中できるよぉ」

 スコープすらも必要としない狙撃手は、生きた警告装置に守られて、進行する部隊から独りずつ、丁寧に削いで行った。



 一方。島の中通り、テシーのバー周辺を通る道には、真ん中に狐の少女が陣取っていた。

「子供…?」

 どうせ皆殺しにするのだが、島民がどうしたのか聞いてからでも良いと考えた兵士達は、銃を構えながらヴァージニアに歩

み寄る。

「おい娘。お前…」

 声を発した男との距離が5メートルを切った瞬間、狐の娘は僅かに開いた口と咬み合わせた牙の隙間から、シッ…と、鋭く

息を吸う。

 瞬間、その体は風すら追い抜く高速移動に入った。

 反射で銃口が動く。が、追い切れていない。流体になったような軌道と柔軟かつ機敏な動作で兵の懐に滑り込んだヴァージ

ニアは、ドンと大地を踏み締め、右掌で男の顎をカチ上げる。さらに、仰け反った相手の前で反転、振り向きざまに体重を預

けて突くような肘打ちで胸骨を破砕し、さらに半歩踏み込んで右拳を鳩尾に叩き込む。

「せあっ!」

 およそひとに出せる速度でも、できる動きでも無いが、ヴァージニアには可能。何せ彼女は、八つのチャクラの回し方と制

御方法を、基礎の段階止まりではあるが育ての親から学んでいる。

 シャチが言うリミッターカット。彼女の育ての親は、これを含む肉体操作の技法を「小周天」と呼んでいた。

 内臓を瞬時に損傷させられて絶命した兵が吹き飛び、仲間を巻き添えにして転倒させる様を見届けつつ、フッと息を吐いた

時には、ヴァージニアの身体駆動は通常位まで下げられている。専門の修練も肉体の強化も施されていない彼女の体では、小

周天によるチャクラの強制励起や駆動負荷に長時間耐える事ができない。が、瞬間的な使用であれば重大な反動による肉体の

損耗は無く、後で激しい筋肉痛や関節炎に悩まされる程度で済む。むしろ秒以下の単位でオンオフを切り替えられる技術力は、

彼女の育ての親の一派に見られる独特な物であり、シャチにすらない物である。

「兵士だぞコイツ!」

 三人目の男がヴァージニアにMP5の銃口を向ける、が…。

「兵士ではない」

 少年の声と共に、その首筋に黒色の金属が根元まで埋没した。

 諸刃の、ごくごく薄い刃を持ったスローイングナイフを放ったのは、ヴァージニアが注意を引いた間に兵士達の側面となる

位置へ茂み越しに接近していた黒髪の少年…ゼファー。

 発砲音も発光も無い暗夜の奇襲は、追撃も容易にする。影のように飛び出した少年は、続けて両手を素早く振り、スローイ

ングナイフで正確に喉仏を貫いて二名を仰け反らせ、接近しつつ腰の後ろからナイフを抜いた。

 黒色の刃が夜気を撫で切り、弧を描くその軌道に接していた男の首筋が裂かれ、肋骨の隙間を通して心臓を突き刺す。刺し

たナイフを捻って抉りながら抜いたその動作で反転に入り、仰け反ったもう一人の首を顎下から耳の下まで撫でるように斬る。

 噴水のように鮮血が噴き出したその時には、少年はもう降りかかる位置におらず、間を抜けてヴァージニアの方へと歩き出

していた。

(ブーステッド…マン…?)

 倒れ行く男は、しかし喉を裂かれて声を発せず、ゴポゴポ喉を鳴らすだけだったが、

「それも違う」

 ゼファーは律儀に応答する。この場に戦える兵士がもう居ない事を確認しながら。

 厳密には、ゼファーはブーステッドマンではない。リスキー達のように、適合を調べられて後天的に肉体を改造されたので

はなく、胎児の段階で専用のビーカーに移され、細胞レベルで変質させられている。

 ある組織で行われた、基礎身体性能が底上げされた状態の人間を造り出し、これを兵士にするという計画のもと、ゼファー

は試作第一陣として生み出された。結局のところ計画は失敗し、運良く細胞変質に適合したゼファー含む五名を除き、九十五

名が十歳になる前に命を落とした。あまりにも成果とコストが吊り合わないため、計画は中断され、ゼファー達は強化兵士同

様の戦力として扱われた。

 だから、ゼファーは思う。自分は幸運だと。

 適合し、生き永らえた。作戦に投入され、生き延びた。そして、あのジャーナリストと出会った。自分達のために泣いてく

れる赤の他人に、初めて出会い、救われた。

 自分の意志を持つ事を許されなかった自分が、希薄とはいえ怒りを、悲しみを、喜びを、嬉しさを、誰かを大切に思う事を

学べたのは、あのジャーナリストに会い、シャチに拾われ、きょうだいと過ごせたおかげ。

 ゼファーだけではない。他のきょうだい達も皆、カナデと出会い、シャチに拾われ、今日まで生きて来た。ひととして毎日

を生きて来られた。

「俺達は民間人だ。…少なくともパパは正規兵として扱ってはくれない」

「それどころか、戦闘訓練してても渋い顔しやがるからな親父は」

 ゼファーの言葉に顰めっ面で応じてウンウン頷いたヴァージニアは、殴り殺した兵士のヘッドセットから通信装置を取り外

すと、喉元を押さえて「あ~、ア~、ァ~…」と発声練習してから、「こんなトコ?」と小首を傾げてゼファーに問う。少女

らしい仕草とは裏腹に、その声は今しがた絶命した兵士そっくりな、成人男性の物になっていた。

「問題ない出来だと評価する」

「オーケー。じゃあちょっと静かに頼むよ」

 小周天による肉体操作で声帯を弄ったヴァージニアは、兵に成り済まして通信し、嘘の情報を流す。

 同時に、ゼファーはきょうだいの念話能力を用いて現状を報告し、情報攪乱の一手目を入れた事を伝えた。



「じゃ、信号解析続行…」

 診療所のリビングでは、ホープという名の人間の少年が、天井近くまでうず高く繋ぎ合わせた機材を弄っていた。

 雑多に組み合わせただけに見えるそれらは、修理中などで出航できず島に残っていた船や、古くなって取り外されていた通

信機やレーダーを取り外してきて組み合わせた、簡易通信機器。やっつけではあるが、チェロキーとコイーバが罠に掛かった

エルダーバスティオンの兵士達の死体から回収した通信機を解析し、組み付けてある。

 さらに、兵士の中の通信兵が持つ、同士討ち防止のために位置情報を共有するタッチモニターもいくつか入手しており、指

紋認証を「原始的な手段」で突破して活用していた。

「バイオレット、中継お願い」

「うん。任せて」

 配置や移動ルートを再確認したホープは、目を閉じたシャム猫と額をつけ、きょうだいと父にイメージつきでメッセージを

送信する。

 作戦は、シナリオに沿って完璧に進んでいる。

 子供達が侵攻を二点で封じている間に、シャチは派手な真似を避け、的確に危険な敵小隊を捕捉し、潰してゆく。

 しかし、エルダーバスティオン側の反応は、迎撃されているにも関わらず鈍い。島に抵抗勢力がある事を把握しながらも、

ヴァージニアが流した「警官が民兵を指揮している」という虚偽の情報を鵜呑みにしていた。

 駐在と民間人程度はなんでもない。抵抗はすぐ鎮圧できる。舐めてかかったせいで間抜けな部隊が被害を出した。…そんな

認識だったので、作戦を中断するには至らない。

 迎撃はする。だが綺麗に撤退して貰っては困る。頭を探して叩かなければならない。そんな思惑からシャチが立案した作戦

は、エルダーバスティオンを見事に絡め取った。

 結論から言えば、エルダーバスティオンの部隊は敗北する。

 敗因は簡単な事。舐めていたからである。田舎の、平和な、何でもない島だと。

 だから侵攻を想定した避難が行なわれた事も、対策ができている事も、対抗できる者が居る事も想定外だった。面倒臭がっ

た指揮官が斥候を出さずに、物量を頼みにした作戦を命じた事も災いした。

 もしも、彼らが敵戦力を把握できていたならば、もっと早い段階で撤退を決める事もできただろうが、彼らは結局最後まで

知らなかった。

 シャチ・ウェイブスナッチャーと、世界から弾き出された「身元不明の男女達」の、正確な戦力を。

 さらに、彼らにとって不運だったのは…。



「おい。あれは…」

 小声で言い交わす兵達の視線の先には、夜闇の中を歩いてゆく人影。

 やっと島民を見つけた。岸壁の上を通る道を、椰子の木のシルエットとすれ違いながら歩く影に、兵士達は素早く接近する。

 これで琥珀の在り処も、他の住民の居場所も判る。速やかに捕らえて吐かせ…。

「アンタ達は」

 その声は、先頭の男の耳に届いた。

 大きくはなかった。叫んでなどいなかった。だが、まるで耳元で囁かれたようにその声は届いていた。衝撃波同様に振動を

操作する、局在現象によって。

 黒影は立ち止まっている。距離が詰まって気付いたが、大きい。上半身は裸で、腰周りだけボロボロになったズボンで覆わ

れている。

「その銃で、何を撃つんだぁ?」

 それは、穏やかな声だった。そして、哀しげな声だった。

 兵達が足を止める。その大きな人影が自分達に気付いているだけでなく、自分達が武装している事を把握していると察して。

 マズルフラッシュが夜を引き裂く。銃弾が一斉に影を襲い、そして弾き散らされた。

「!?」

 五秒ほどの斉射の後、銃声が止んだ。

 蜂の巣にならねばおかしい影が、銃撃の中で数歩ゆったり歩んだ後に、跳んでいた。

 対空射撃も、やはり無駄だった。良い的になるサイズのはずが、一発たりとも命中しない。その体に到達する前に、空中で

着弾音を響かせながらあらぬ方向に弾け飛んでいる。

 見る間に接近するその跳躍は一足で30メートル以上の距離を詰め、先頭の男の脇をすり抜けて、ドズンと黒影が着地する。

 二番目の男は見た。先頭の男が膝から崩れてうつ伏せに倒れ、自分に歩み寄る影が琥珀色に瞳を光らせる様を。

「アンタ達は、島の皆を殺すつもりなんだなぁ…」

 穏やかな声を発する影は、耳が垂れた犬の巨漢だった。

 圧倒されそうな体躯に、しかし纏うのは威圧感ではない。そこに、永い年を経て立ち続ける巨木があるような、静かで、穏

やかな雰囲気を纏っていた。

 反射的に男が向けた銃は、しかし火を吹く事はなかった。影が伸ばした大きな手が撫でるようにヘルメットに触れた瞬間、

男は腰が砕けたように崩れ落ち、横倒しになった。

「ひ…!」

 最後尾の男が後ずさる。だが、大股に歩む影が間を詰める。

 雲の僅かな切れ間から降り注いだ月光が、茶と白のツートーンに彩られた体を照らした。

「ゴメンなぁ…」

 セントバーナードの巨漢が手を伸ばす。その顔は表情に乏しいが、何処か悲しんでいるようにも見えた。

「逃がしたら、アンタ達は誰かを殺す…。それは、困るんだよなぁ…」

 発砲する事も忘れて後ずさる男の頭に、そっと大きな手が触れた瞬間、その頭蓋の中に一瞬の衝撃が発生した。

 苦痛も無く、何が起こったのか知る事も無く、男は尻餅をついてから仰向けに倒れ、事切れる。精密な、急所への衝撃波伝

播によって。

 損傷により仮死状態になって以降、海中を漂い海流に運ばれている三日の間、ルディオは500倍の時間濃度に達する認識

の中に居た。

 体感にしておよそ四年間以上。高速演算される意識の中の世界でハークに鍛え直されたその技術は、現実の肉体でもしっか

り使用できた。

 琥珀の瞳は、眠り込むように倒れている男達の死体を改めて見回した後、元々見ていた方向に視線を戻す。

 感じる。近い。おそらく診療所に居る。

「カムタ…」

 ルディオは歩き出す。

 害意ある者が診療所へ辿り着かないよう、遭遇する敵全てを沈黙させて。

 それは、リスキーが見たなら感嘆の声を禁じ得ないほど、「素敵な殺し方」だった。



「おかしい」

 トラップを仕掛けて回りながら敵の位置を確認している黄色人種の少年…コイーバが、バイオレットからの念話とイメージ

送信を受けて呟いた。

 暗夜戦用の濃紺で全身を統一している少年は、バイオレットの念話にも戸惑いが含まれている事に気付いている。

「岸壁側を侵攻中だった連中、止まってないか?」

 黒人の少年…チェロキーも訝った。トラップでの足止めに成功している訳では無い。敵兵の信号はポイントに到達する前に

移動を止めている。

 診療所から一番近い位置で止まっている小隊の様子を確認するため、ふたりは警戒しながら前進し…。

(何か居る!)

 先行するコイーバが岸壁上の道を進んでくる人影を認め、サッとハンドサインでチェロキーを止めた。

(ひとり…か?いや、連中の位置情報システムに表示されてないぞ!?)

 死体から回収し、ホープが弄って位置情報を誤魔化した上で腕に装着したタッチモニターを確認したコイーバは、

「コイーバ、あれ…!」

 横に並んだチェロキーが声をかけて前方を指差すと、一瞬困惑し、次いで顔を輝かせた。

 こちらに気付いているのだろう、近付くにつれ大きさが判って来た人影は、挨拶とも降参とも見えるバンザイの格好をした。

『ルディオさん!』

 少年達が声を揃えて手を上げると、セントバーナードは右腕を高く上げて大きく振り…。

「ちょ!待って待って待って!ストーップ!」

「そこ、元気に飛んでくるスパイクあるからー!」

「えぇ?」

 チェロキーとコイーバの声を聞いてピタリと歩みを止め、困惑した様子で周囲を見回した。



「君達は…」

 忙しく動き回る少年達に、診察室側から戻ったヤンが、少し迷った様子で話しかけた。

「ジョンから戦闘訓練を受けているのか?」

「まさか」

 答えたのはホープ。

「パパはボクらが戦闘技術を身につける事をよく思わない。パパに引き取られる前にそういった技術を仕込まれてるきょうだ

いは居るけど、他のきょうだいに人の殺し方を教えるのを禁止してる。ゼファー兄とかラーク兄みたいに、ふつうのひととし

て生きて行けないきょうだいも居るけど、それ以外のきょうだいは、もしパパの傍を離れても社会に溶け込めるようにって」

 子供らの多くは、世界から弾き出されたジョン・ドウズとジェーン・ドウズ。だがシャチは、より世界に受け入れられなく

なるような変化を子供達に禁じている。黄昏が訪れなかった場合、そして自分が機能停止した場合、それでも世界に紛れて生

きて行けるようにと。

「そうか」

 予期した通りの答えを聞いたヤンは「下らない質問だった。済まなかったね」と詫びた。

「どうして謝るの?先生も「そうじゃない」って、判ってて確認したんでしょう」

 手を休めないまま問うホープに、虎医師は軽く首を縮めた。

「確認とはいえ、問う事その物が彼の理念に対して非礼で、君達にとっては父を疑われたという不名誉になるからだ」

「気にしないのに。けど…」

 ニコリともせず、ホープは言う。

「先生は、いいひとだね」

「そうありたいと、何度も思ってその都度失敗しているがね」

 苦笑した肥満虎は、湿らせて冷やしたタオルを冷蔵庫から取り出すと、椅子に座って目を閉じているシャム猫の額にそっと

当てた。

「ありがとうございます…」

 念話によって精神的に疲労しているバイオレットは、医師に礼を言って薄く目を開いた。

「いや。これぐらいしかできないのが歯痒い所だ…」

 無理はするなと労おうとしたヤンに、

「コイーバとチェロキーから、良いニュースが、一つ…」

 姉妹のクラリスにその身を支えられ、バイオレットは微笑んだ。

「帰ってらっしゃいました…」

「…帰って…?」

 聞き返した直後、ヤンの目が見開かれた。

「まさか!?」

 その部屋から、壁と扉を隔てた診療用の部屋で、琥珀の揺り篭は変化を生じさせていた。



 琥珀色の空間が広がっている。

 霧のように立ち込める色であり、遠くまでずっとそれが続いている。

 海の中を漂うように、フワフワと浮遊感を味わいながら、カムタはぼんやりしていた。

 起きた。ような気がするのだが、夢としか思えない不思議な空間である。

 ここは何処だろう?とうかこの状況は何だろう?

 そんな疑問を覚えつつ、ゆっくりと意識が覚醒してゆくと、カムタは思い出した。

「…もしかしてここ、あの世か?」

 ハッとして周囲を見回す。地獄か天国か判らないが、想像したり聞いたりした死後の世界像とは掛け離れた風景だった。

 思い直して平泳ぎするように手足を動かし、体を垂直に立ててみるが、重力も感じないので実際にどっちが上なのか下なの

か判らない。

「えぇと…、どうすりゃ良いんだろ?」

 まさかずっとここで浮いている訳ではないだろうなと、フワフワ浮きながら胡坐をかいて腕を組み、首を捻った少年は…。

―目覚めなければ―

 不意に聞こえた声で眉を上げる。

「誰だ?女の人?」

 印象で女性のようだと感じたカムタは、自分の周囲の霧に目を凝らし、次いで焦点を傍に戻した。周囲でだけ色濃くなった

琥珀色。それ自体が少年に意思を伝えて来る。

―大丈夫 あなたは 生きている―

 初めて聞く声だったが、カムタは直感で気付いた。

「ウールブヘジン…!」

 温かい霧に包まれて、少年は心でその声を聞く。

―どうか 生きて―

 優しく、慈愛に満ちた声。無償の愛が、メンタリティすら乖離しているはずの存在から、確かに感じられる。

―命を 生きて―

 そっと、頬に触れられたような感触を覚える。涙が零れて顎まで伝う。

「ウールブヘジン…」

 もはや見える形で現れる事もできなくなった守護者。もう消えかけている事をカムタは察する。

―貴方達を 愛している これまでも これからも ずっと…―

 それは、守護者が少年に、最期の最期に伝えるメッセージ…。

―私は ここで 生きた…―



 少年を包み込む琥珀色の結晶が、外側から色が薄くなり、透き通ってゆく。まるで、中心に居る少年の体へ色素が吸い込ま

れるように、流れ出たまま固まっていた血すらも色を無くして、琥珀もろとも透明になってゆく。

 やがて琥珀の揺り篭は水晶のように透き通り、内部で固定されていたはずの少年の体が、水中で漂うようにゆらりと揺れた。

 バシャッ。

 唐突に、その変化は起こった。

 透き通った揺り篭が結合を失って床に広がる。ただの海水に戻って。

 部屋中水浸しになり、水が溜まった床の上には、仰向けになった少年が残された。

 トクン…。

 僅かに、その胸が動く。

 トクン…。

 指先が微かに痙攣する。

 トクン…。

 閉じた瞼が微かに震える。

 ドクンッ。

 肉付きの良い腹がおもむろに上下し、胸が膨らみ、背中が力む。酸素を求めた肺がスゥッと大きく息を吸っていた。

「げほっ!」

 久しぶりに動かした気管が外気の刺激で痙攣し、咳き込んだ少年は、軽く顔を顰めてから薄く目を開けた。

「………」

 天井。自分の部屋ではない。が、見覚えがある部屋…。

 むくりと身を起こした少年は、数度瞬きして周辺を見回して、思い出したように視線を降ろす。

 丸く張った腹には、もう刺し傷が見えない。完全に修復されて傷跡すら残っていない。

 傷があったはずの位置に手をあて、擦りながら、少年は目を閉じた。

 微笑みながらも、しかし寂しそうで哀しそうなその目尻から、涙が一筋流れ落ちる。

「ありがとな…。おやすみ…、ウールブヘジン…」

 そしてカムタは立ち上がる。

 グイッと腕で涙を拭い、首を捻ってある方向を見据える。

 ルディオの存在を感じる。ウールブヘジンが繋いだ、命の片割れの存在を感じ取れる。

「…アンチャン…」

 呟いたカムタの瞳が、外縁から中心に向かってスゥッと琥珀色に変じた。島を犯す害意を感覚で察知し、肉体が自動的に活

性化する。

 ウールブヘジンの置き土産。少年を蘇らせるため、消えてなお少年を守るため、琥珀の揺り篭は凝縮した命をもって少年の

体を「修復進化」させた。ルディオと同じように。



「ルディオさん!?どしたの急に!?」

 突如猛然と駆け出したセントバーナードは、呼びかけるコイーバの声を背に、診療所を目指す。

 感じた。それまでよりも強く、カムタを感じた。

 灯りが漏れる崖上の診療所めがけて、ルディオは全速力で駆けた。



「先生!」

 奥の扉を開けて放たれた声に、ヤンも、子供達も、一瞬戸惑った。聞き馴染んだ声だった。が、それを認識した途端に、何

故それが聞こえるのか困惑した。

「カムタ君!?」

 振り向く途中で声を発したヤンの目に、ドアを押し開けて部屋に踏み込んできた少年の姿が映る。

「先生!ゴメン、起きた!」

 十数分前までバイタルサインが消えていたなど信じられない、いつもと変わらない元気な声。安堵と嬉しさで目が潤んだヤ

ンは、しかし安心するのはまだ早いと己を戒め、表情を引き締める。

「体調はどうなんだカムタ君!?怪我は!?違和感は!?」

 ツカツカと歩み寄ったヤンは、少年の顔に手を当てて、親指と人差し指で目を大きく開かせ、息を飲んだ。

 琥珀色に染まった、あの瞳…。

「何ともねぇ!ウールブヘジンが…」

 応じた少年は一度口を閉じ、微かに震わせ、堪えるように引き結び、平手でパンと豊満な胸を叩いた。

「全部、くれたから!」

 虎の医師は理解した。ウールブヘジンは自分の全てを消費し切って少年を蘇生させたのだと。琥珀色に変じる瞳は、ウール

ブヘジンが共に生きた証なのだと。

(ありがとう…!)

 心の中で礼を言ったヤンは、

「カムタ!」

 ウッドテラス側のドアを勢い良く開けて叫んだ巨漢を振り返る。

 導かれて互いを感じ取る、カムタとルディオの視線が交わった。

「カムタ…」

「アンチャン…!」

 互いに歩み寄り、部屋の真ん中で、ルディオとカムタは抱き締め合った。

 三日間の漂流中、500倍の時間濃度に達する認識の中で過ごしてきたルディオにとって、カムタとの再会も島への帰還も、

四年ほどの体感時間を経ての事。懐かしい少年の香りを胸いっぱいに吸い込む。

「アンチャン…。ウールブヘジンがオラ達を助けてくれたんだな…」

 太い胴に腕を回し、顔を埋めた胸を涙で濡らし、くぐもった声を発したカムタを、ギュッと抱き締めてルディオは頷く。

「ん…。おれ達を、愛してるって言ってくれた…」

 生きる。願いを無下にはしたくない。だから、貰った命をまた生きる。

「カムタ」

 皆が見つめる中、ルディオはカムタから少し身を離して顔を覗きこんだ。

「おれ、また行かなきゃならないんだぁ。「役目」があるから、ジョンさんのとこ行かなきゃ」

 少年はセントバーナードの顔を見つめ、コクリと頷いた。

 琥珀の瞳が見つめ合う。説明は要らない。言葉は要らない。

「帰ってきたら、美味ぇ飯作るから!」

 少年が笑い、セントバーナードが尾を振る。

「あとなカムタ。おれ、またベスト無くしたんだぁ。ごめんなぁ」

「いいよ、まだあるから!」

 見つめあい、頷きあい、笑いあうふたりに、「ああ、それなんだが…」と、ヤンが申し訳無さそうに口を挟んだ。

「ジョンが置いて行った物がある。もし自分が不在中に戻ってきたら、ルディオさんに渡せと言って…」

 肥満医師が指し示したのは、雑多に機材が詰まれて狭くなった床の端に、油紙で雑に包まれた長い包みと四角の包み。

 カムタとルディオが顔を見合わせ、揃って近付き包装を解くと、中から現れたのは、首周りと肩口、そして腰周りの裾に金

色のファーがあしらわれたベストと、ルディオのガットフックナイフ、そして先端に四角柱のアタッチメントを備えた金属製

のポールだった。

「デュカリオン・スリーで鍛造された「システムウェポン・トライキャプチャー」だよ。本当はパパが置き土産としてプレゼ

ントするつもりだったツールを急いで戦闘用に改造した物。以下、製作者からの伝言メッセージを読み上げるよ」

 品を手に取ったルディオに、ホープが端末を手にしてメールを読み上げる。

「「ハルモニウムナイフと組み合わせて使用する想定で調整しました。伝承にあるレリックを参考に、穂先と柄の分離、合体

機能を付加する事で、コンセプトを多目的制圧武装として見直してあります。何分、急な事だったのでやっつけ仕事にならざ

るを得ず、申し訳ありませんが機能優先で装飾がまだできていません。お嬢様達から非難されましたオシャレ度につきまして

は後日改めまして付加させて頂きます」だって。…突っ込んだの?オシャレ度に?急いで造ったのに?」

 ホープの冷たい視線を受け、女性陣が目を逸らす。

「ダメだろ!?冗談通じないトコあるじゃんアイツ!」

 コイーバも非難すると、チェロキーは顔に手を当てて「落ち込み易いからなぁ…」と天を仰いだ。

 ルディオはしげしげと見つめた後で、ポールを手に取った。ずっしり重い鋼の鉄棒は、先端に長さ20センチ程の四角柱の

アタッチメント基部を備えている。開くには…とルディオが思考した途端に、そこがガパンと蛇の口のように開いた。対象を

取り押さえる為の噛み付き機能を備えたそこは、衣類やロープなどを噛ませたり、内部に収納された返しの付いた穂先を出せ

ば銛としても使用できる。さらに、四角柱が開いたそこにガットフックナイフの柄をしっかりと固定して閉じると、元からそ

ういう武器だったかのようにナイフと一体化して、ポールは一本の手槍になる。計測してあったルディオの思念波に合わせ、

専用にチューンされたそれは、持ち主の意思でアタッチメントが自動で稼動する優れものだった。

「メッセージの続きを読むね。「主人が無断でお預かりした予備のベストに、ネメアーの獅子から採取した鬣を移植しました。

ファーとしてあしらい、内部にも封入してあります。瞬間的な衝撃に対して硬化し、斥力を生じさせる他、ライズパルサーや

ファイアスターターなど、何らかの現象エネルギーを操作するタイプの能力に対しては簡易シールドとして機能します。どう

か、皆の分まで御武運を」。との事」

(「皆の分まで御武運を」…?)

 ヤンはメッセージの主が用いた言い回しに違和感を覚えたが、気付かなかったルディオは早速ベストに袖を通す。

 馴染んだサイズの具合が良いベストに、ネメアーの獅子から獲得した防御機能。そこらの組織ではお目にかかれない逸品に

仕立て直されたその背中には、変わらず残る「X2U(
Close to You)」。

 傍にいる。もう意思を交わす事はできなくとも、今も傍に…、自分達の中に…、ウールブヘジンが生きた証が残っている。

「アンチャンちょっと待ってろ。腹減ってたら動けねぇからな」

 カムタがリビングの簡易キッチンに向かうと、クラリスに支えられたバイオレットが簡単に念話の説明をし、チューニング

のためにルディオと額をつける。

 その短い時間で食パン一斤に包丁を入れ、ベーコンとハムと葉のまま毟ったキャベツを生のまま挟んだカムタは、ミネラル

ウォーターのボトルと一緒にルディオに手渡した。

「それなら食いながら行けるだろ?」

「ん。ありがとうカムタ」

 早速モシャリと大口に噛み千切って咀嚼したルディオは、「じゃあ、行って来るなぁ」と、軽く片手を上げてウッドデッキ

側に出てゆく。

 その背中を見送る一同の中から、

(全員に連絡…。カムタ君が目を覚ましました。普通に元気。びっくり。お腹の傷も治ってます。それから、ルディオさんが

復帰。武装及び念話チューニング完了しました。出撃してパパと合流します…)



(グフフフフ!おいおい情報多くねェかァ?)

 頭を鷲掴みにした死体を放り出し、シャチは獰猛に笑う。

(追伸。ホープの「通信端末の物理的位置情報」解析作業が終了。位置偽装の仕込みも完了。ゼロに追尾用プログラム転送も

完了。暖気もしておきますね)

(グフフフフフフフ!多いなァ情報!とはいえ、だァ…)

 通信端末の物理的位置が把握できた…、つまり、指揮官の位置が判った以上、もはや撤退されないよう気を配る必要は無く

なった。

(ルディオ・ハーキュリーズ。聞こえるかァ?)

 娘の中継で念話を飛ばすシャチに、ルディオの「声」がすぐ返ってきた。

(ただいまぁ)

(おかえりィ)

(ベストとポール有り難うなぁジョンさん)

(どういたしましてだァ、グフフフフ。で、本題行くぜェ?)

(ん)

(オメェ、やるべき事は判ったかァ?「誰か」から話あったかァ?)

(ん。ハークから聞いた)

(よォし、判ってんならオーケーだァ。…だがその「ハークから聞いた」ってのについて後でちょっと話があるゥ)

 故人であるはずのハークから聞いたという点があからさまにおかしいので、これは何かあったなと察したシャチは、興味を

忘れず確認の予約をしておく。

(「シバの女王」には会ってねェんだなァ?)

(会った事無いなぁ。…え?会えるひとなのかぁシバの女王?)

(まァ今はその話はおいといてェ。とりあえずあんまり時間がねェ)

(そうみたいだなぁ)

(だがその前に、「こっちの件」がまだ片付いてねェ)

(ん)

(ウチのガキ共とカムタを浚わせたヤツが無事だァ)

(ん)

(やるべき事は判ってんなァ?)

 一拍の間をおいて、ルディオの「声」が返って来た。

(失わないために、奪う)

 ルディオの返答を聞き、シャチの目が大きくなった。

 セントバーナードは考えた。圧縮された時間の中、高速で巡る意識の中、父親とでも言うべき自分の「元」との対話を経て、

自分にとって「生きる」とはどういう事なのか、考えた。

 自分は、自分達は、多くの命を糧にして生きている。

 意識し、あるいは意識せず、多くの命を犠牲にして生きている。

 そして、自分達の生を今日ここまで繋いでくれきてくれた命は、確かにあった。

 命の繋がりの先にこの命があるならば、簡単に捨てる事は許されない。何故ならそれは、自らの命をここまで繋ぐために消

してきた命に対して、消えてきた命に対して、冒涜的な行為に他ならないから。

 だから、命を生きる。奪ってでも。

(…グフフ…!)

 シャチの思考に笑いが混じる。不意打ちに等しい一言で、以前交わした問答の事を思い出した。

 かつてシャチは、酒を飲みながらあるジャーナリストとちょっとした話をした。

 ひとは生きる為に奪い続ける。家畜を飼育し、穀物を収穫し、魚介を狩猟する。そして、危害を加える存在を排除する。そ

れは何処までが許容される犠牲で、何処までが正当な収奪なのか?

 そんな、答えを期待しない禅問答のようなシャチの言葉に、ストレンジャーは少し考えてからこう応じた。

 何事もやり過ぎは良くないと思うよ。けれど、命や家族とか仲間とか、大事な物を失わないために奪うのは、きっと生物と

して責められるべき事じゃないだろうナ。と…。

(???ジョンさん、笑ってるのかぁ?)

 含み笑いの気配を察したルディオが訝ると、

(グフフフフ!オメェはたぶん、それでいい)

 シャチは現実に笑いを漏らしながらそう答えた。

 自分でも意外だったが、思っていた以上にセントバーナードの事を気に入ってしまった。何もない所から始まった命が、自

分と腐れ縁で繋がっているストレンジャーと似た事を言うのが、面白くて仕方ない。

「判って来やがったかァ。「命」ってのが何なのか。「生きる」ってのがどういう事なのか。「死ぬ」って事の意味がどうい

うモンなのか…。ならオメェはやっぱりもう「死人」じゃねェ。いっぱしの、「生きてる命」だァ…」

 呟いたシャチは頭を切り替えて指示に入った。

(よォし、オメェは船着場に向かえェ。船着場近く、誰か居るなァ?デュカリオン・ゼロの自動航行システム立ち上げて、俺

様を拾いに来させる設定をしたら、ルディオを乗せて出航させろォ)

(ん)

(了解パパ)

(オッケー)

 さてと、と歩みを止めて、シャチは首を巡らせた。ルディオとやりとりしながらも、目につく端から屠った兵が、移動した

その後に残っている。

 バイオレットからのイメージでおおよその敵兵現在地を把握しているシャチは、天に向かって右腕を掲げた。

「さァて、殲滅だァ」

 かくして島に雨が降る。大地を抉り穿つ、大質量の雨が。



「も?」

 カムタから貰った巨大サンドイッチをモシャモシャ咀嚼し、ミネラルウォーターで流し込み大急ぎで補給しながら、どっし

どっしとジョギングするようなペースで船着場に向かっていたルディオは、地面に走った振動を感知する。

 シャチが爆撃を開始したと察し、皆の家がなるべく壊れないで残ればいいなぁと考えたルディオは、行く手でペンライトを

振る影に気付いた。

「ルディオさんこっち!ゼロに乗って!」

 シエスタという名の狼少女…デュカリオン・ワンのクルーに促されて、セントバーナードは待機していたデュカリオン・ゼ

ロに乗り込む。

「ゼロはパパの位置を探知して拾いに向かうから、ルディオさんはただ乗ってるだけでオッケーだよ」

 係留ロープを解きながら説明するシエスタに、甲板に上がったルディオは「わかったぁ。ありがとう」と応じ、投げ上げら

れたロープを掴んで手すりに結ぶ。

「ゼロ!頼んだからね!」

 狼少女の声を受け、綱を解かれたデュカリオン・ゼロは、自動航行モードで出航した。