Valiant(前編)
分厚く、低く垂れ込めた雲のせいで、空からは時刻が読み取り辛い夕方五時。
霧雨が注ぐ五階建てのビルの屋上で、黒い猿が「ギィッ!」と吼えて牙を剥き出しにした。
危険生物オンコット。それも、改良を加えられたのか、手足の爪や犬歯が異様に長く、通常のものよりかなり大きい個体で
ある。
血に濡れた牙や口元が、そして爪が、曇天の空から降り注ぐ光を禍々しく反射する。
黒いオンコットと6メートル程の距離を置いて向き合っているのは、黒ずくめの熊獣人であった。
しかも、ただの熊ではない。
オンコットを上回る程の巨躯を有する、2メートル半はあろうかというとんでもない大男で、顔も首も手も、見えている部
位は鮮やかな赤銅色の被毛で覆われている。
大きく腹が出ている肥え太った体型ではあるものの、纏った被毛と脂肪の下には相当な量の筋肉が詰め込まれているらしく、
胸も腕も肩も発達した筋肉でもっこりと丸みを帯び、どこもかしこも分厚く太く重々しい。
身につけているのは黒いスーツの上下に白のワイシャツ。さらに黒いネクタイという礼装のような衣類。
五月後半。朝から小雨が降りしきり、湿度も気温もやけに高いのだが、巨熊には暑がるそぶりも雨をうっとおしがる様子も
ない。
雨を吸わない黒いスーツは濡れるにまかせ、鮮やかな赤銅色の被毛に水が染みるのも気に留めず、ただ真っ直ぐにオンコッ
トを見つめている。
その巨熊はいやに静かで、極端に気配が薄い。
見上げるような巨体を有しながらも、目の前に居てなお、目を閉じれば存在が感じられなくなりそうな気すらしてしまう。
まるで、夜闇に沈む静かな山を思わせる、そんな大男であった。
そして、赤銅色の巨熊には表情が無い。
オンコットを見つめる目にも、いかなる感情も映ってはいない。
厳めしく、無表情なその顔の中で一際目を引くのは、左目を覆う眼帯であった。
それは絵本や映画の中で海賊が身につけているような黒いアイパッチで、雨に濡れた黒皮の眼帯の表面には、うっすらと何
かが刻印されている。
眼帯とほぼ同色のそれは何かのエンブレムではあるらしいが、曇天の下、雨に濡れて艶やかに光っている今の状態では、はっ
きりと確認する事ができない。
屋上に居るのは、向き合っている巨熊とオンコットだけではなかった。
ビル内から屋上へと至る出入り口の前には、二人の男が立っている。
ひさしのおかげで雨に濡れていない二人の一方は、濃紺のスーツを着たやせぎすの男で、きちっと手入れをされた髭をたく
わえている。
その表情は青ざめており、視線は巨熊とオンコットの間を行ったり来たりしていた。
もう一方は、背が低い割にかなりボリュームのある、ゴム鞠のような肥満体型の三毛猫である。
珍しい事に男性でありながら三毛の猫獣人は、巨熊と同じく黒のスーツに黒ネクタイといういでたち。
その顔には髭の男と違い、気楽そうな表情が浮かんでいる。
「まぁ大船に乗ったつもりで見とってぇな。ウチのランゾウはんの腕っ節は、お兄さんも話に聞いてますやろ?」
落ち着かない様子でこくこくと頷いた髭の男は、ハッと息を飲んだ。
オンコットが前傾姿勢になったかと思うと、凄まじい勢いで前に跳ね飛んだのである。
霧雨を吹き散らし、身を濡らす雨を撒き散らし、水滴の尾を後ろに長く引き摺りながら。
大きく左右に開かれた両腕が、長く鋭い爪で頭部を刺し貫くべく、挟み込むように巨熊を左右から襲う。
だが、その爪は皮膚に達する事はおろか、被毛に触れる事すらなかった。
瞬き一つ以下の、正に刹那の一瞬で上げられた巨熊の両手が、オンコットの両の手首を外側から、振られる以上の速度で掴
み止めていた。
その直後、オンコットの両手首は、まるで中身の無い紙袋のように握り潰されていた。
両手首を握り潰されてもなお、飛び掛ったスピードそのままに正面から巨熊に激突しそうになったオンコットは、両腕を掴
まれると同時に真下から跳ね上げられた、まるで電柱のような太い右脚に顎を蹴り上げられる。
巨熊の脚が垂直に上がり、突き出た腹の片側が太腿で押し込まれ、窮屈そうにへこんでいる。
両腕を握り潰された痛みによる苦鳴は、終ぞ発せられる事はなかった。
握り潰された両手が開放され、縦回転しながら中に舞うオンコット。
真上に上がり、そして落ちてくる黒い猿の頭部が前に向いたタイミングで、巨熊は右足を下ろしつつ、まるで投球直前のピッ
チャーが振りかぶるようにして大きく後ろに回した左腕を、弧を描いて振り下ろした。
その軌道上にあったオンコットの頭部と首、胸の一部までが、即座に消失し、周囲に真っ白で細やかな灰と、瞬時に雨粒が
気化して生じた蒸気が撒き散らされる。
「滅頭(めっとう)…」
頭部を失ったオンコットが床に激突すると同時に、腕を振り下ろした姿勢で呟いた巨熊は、握り込んでいた手を開く。
握りこまれていた灰がサラッと宙に舞い、霧雨を吸って床に落ちた。
オンコットが跳びかかってから、絶命して地面に落ちるまで、三秒と要してはいない。
「よっしゃ!ランゾウはん、お見事でっせぇ!」
満足気に顔を綻ばせた三毛猫の横で、髭の男はポカンと口をあけた。
調整に失敗したオンコットをそうとは知らずに引き取った男の組織は、脱走を許した挙句、捕らえようとして十数名の負傷
者と二名の死者を出している。にも関わらず、銃どころか刃物の一本も持たない男が、たった一人でオンコットを仕留めてし
まった事で、呆然としてしまって。
格納庫を抜け出し、ビル内を駆け回って逃走しようとしたオンコットを、圧倒的な力で追い詰め、難なく屠ってしまった巨
大な赤銅色の熊。
その前も異名も、男は良く知っていた。
「この男が…、葬り屋(はぶりや)…、ランゾウ…」
髭の男が呟くと同時に、オンコットを見下ろしていた巨熊が振り返る。
「モチャ」
「はいな?」
応じた三毛猫を右目で見つめながら、隻眼の巨熊は口を開いた。
「腹減った」
苦笑いしつつ「へぇへぇ」と応じた三毛猫は、
「あと二件申し付かっとるから、急ぎで回らんと…。次行く途中でランゾウはんに何か食わして…、最後のが九時やから…、
ケツカッチンやわホンマにぃ…」
ブツブツと呟きながら腕時計を確認して顔を顰めたが、表情を改めて傍らの男に向き直る。
「ほな、用事は済んだんでワイらは行かして貰いますわ。後始末はよろしゅう頼んます」
髭の男は軽く会釈し、おずおずと三毛猫に尋ねた。
明らかに髭の男の方が年上で、三毛猫の態度も男を上に見た物なのだが、三毛猫に対する男の振る舞いは、立場が上の者に
対するようなそれである。
「あ、有り難うございました…!それで…、お代の方は…」
一礼して尋ねた髭の男に、三毛猫はフルフルと首を横に振って見せた。
「結構ですわ。傘下組織の困り事には無償で協力するっちゅうのがお嬢はん…、あ〜、いや…、ボスのお達しなもんで」
意外そうに目を大きくし、それで済ます訳には行かないと、手間をかけた代金を支払うべく口を開いた髭の男に、
「ワイはちゃんと取ればえぇと思うんですけど、ボスが決めはった方針なんですわ」
三毛猫はいかにも勿体無いという様子で顔を顰め、そう告げた。
国内最大の半島にある、人口密度が異様に高い、賑やかな都市。
その中心部とは対照的に寂れた、中央から程遠くない、しかし少しばかり賑わいから外れた区域。
開発から取り残された、路地が猥雑に入組んだその界隈の一角に、年季が入った…と言うよりも、単に古びて薄汚れた居酒
屋があった。
黒い文字で「夕鴉」という店名が記された、昔ながらの赤提灯を掲げる木造の居酒屋は、入って右手にカウンターが、左手
には四角い座卓が二つ据えられた畳敷きの狭い座敷がある。
小ぢんまりとした店内は、カウンターのすぐ奥で焼鳥や串物、そして魚などを炭焼きにしているせいか、壁も柱も天井も、
全体的に煤で黒ずみ脂ぎっている。
カウンターには店主兼板前が一人。
白髪混じりのやせぎすな初老の人間で、背は歳を考えれば高い方であろう、175はある。
そんな店内でカウンターに着いているたった一人の客、安形正徳(あがたまさのり)は、そわそわと落ち着き無く、時折入
り口の引き戸へと視線を向けていた。
その前には手付かずの御通しと、何も頼まないのも少々気が引けて注文したシシャモと、コップに一杯注いだきり手をつけ
ていないビールの瓶が一本。
店内に入ってから何十度と確認した腕時計をちらりと見遣ると、アガタは落ちつきなく足を小刻みに揺する。
午後八時五十五分。約束の時間まであと五分だが、待ち合わせた相手は姿を見せない。
その几帳面な性格から、誰かと会う場合は常に十分前に待ち合わせ場所に赴くアガタにとっては、五分前になっても相手が
姿を現さないという事が不安を掻き立てる要因となっている。
電話で連絡を取ろうかと何度も考えたが、まだ約束の時間にはなっていない。通話を試みるのは躊躇われた。
カララッと音を立てて引き戸が開いたのは、アガタがそわそわと覗いた腕時計が、九時丁度を指し示したその瞬間であった。
弾かれたように顔を上げ、居酒屋の入り口を開けて姿を現した客を見るなり、アガタは凍りついたように動きを止めた。
客は二人。先に入って来たのは猫獣人。
右耳を中心に茶色い円が、左耳を中心に黒い円が、それぞれ目の下まで広がっている三毛猫で、背の低い太った身体を漆黒
のスーツで覆っている。
上下とも黒のスーツに白のワイシャツ。黒いネクタイを締めた、まるで礼装のような装いの三毛猫は、
「あぁっつぅ〜…!まだ五月やのに、今日もだいぶん蒸しますなぁ」
肉付きの良いワイシャツの襟元を緩め、キーの高い声でぼやいた。
珍しい事に、この太った三毛猫は男であるらしい。
次いでアガタの視線は三毛猫の頭上へ、その背後からのっそりと入って来た男の顔へと向けられる。彼が驚いて硬直した理
由はこちらにあった。
後から入って来たのは熊獣人。こちらもかなり幅のある大兵肥満だが、背が低めな三毛猫とは対称的に、とんでもなく上背
があり、まるで小山のようである。
身につけている物は三毛猫と同じく黒のスーツに黒ネクタイだが、目を引くものを顔につけている。
背を曲げ、首をすくめて窮屈そうに入り口を潜った巨熊の厳めしい顔には、眼帯が装着されていた。
巨熊の左目を覆い隠している、まるで絵本に登場する盗賊や海賊がつけているような黒い革製のアイパッチには、目を凝ら
すと何かが描かれているのが見えた。
眼帯そのものの黒さに溶け込むような黒に近い濃紺で、二羽のカラスが、それぞれ左右を向いて重なっている。
それはまるで闇夜のカラス。注意深く見なければ無地にも見えた。
アガタの視線には頓着せず、三毛猫はてぽてぽとカウンターに歩み寄ると、アガタの隣の椅子に「よっこいしょぉ…」と、
おっくうそうな声を漏らしながら腰掛けた。
椅子に座れそうも無い巨熊の方は無言のまま歩を進め、アガタと三毛猫の真後ろで、座敷の上がり口にどっかと腰掛ける。
暑そうにしている三毛猫とは対照的に、巨熊は一切表情を変えない。
「大将。串焼き盛り合わせ大皿三つ。一つはこっちで、二つはランゾウはんに。あとホッケも焼いたってぇな。夕方にもぎょ
うさん食うたのに、ま〜た腹減った言わはって…。あ、ビールは結構でっせ?ワイらまだ仕事中やさかい」
「あいよ」
どうやら行き着けの客であるらしく、慣れた様子で注文した三毛猫に、初老の板前はお絞りとお通しのメカブを二皿渡す。
三毛猫は椅子の上で振り返りつつ、巨熊にお通しとおしぼりを手渡すと、そこで初めてアガタに視線を向けた。
「アガタはんでっしゃろか?」
問いに頷くアガタに、三毛猫は軽く会釈した。
「ワイらはカラスのモンですわ。以後よろしく」
薄々感じていたアガタは、この二人が待ち合わせの相手である事を、三毛猫の言葉で確認し、安堵した。
カラス。それは、アガタが接触を図った組織を指す言葉である。
正式名称はオブシダンクロウ。即ち、黒曜の鴉。
頷いたアガタは、不安から来る苛立ちを込めて三毛猫に訴えた。
「お、遅いじゃないですか?それに、待ち合わせがこんな無防備な場所だなんて…、危険じゃないですか!」
「心外やなぁ、ワイら時間通りに来てまっせ?こう見えて結構忙しい身なもんで、アガタはんみたいな割り込みのお客はんは、
ギリギリになるんも大目に見て貰わへんと」
三毛猫はお通しのメカブをツルツルと啜り込み、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮べた。
「それに、ここは無防備やありまへんで?下手なホテルなんかで待ち合わせするよりずぅ〜っと安全ですわ。危ないなんてゆ
うたら大将に失礼でっせ?…てな訳で、済まんこってすけど腹ごしらえさせてぇな」
どこが安全なのか?顔を顰めつつそう三毛猫に訴えようとしたアガタは、ふとある事に気がつき、考えた。
自分以外に客の居ない、目立たない位置にひっそりと建つ、夕「鴉」という名のこの店…。
明らかに立地条件も悪く、客が入っているようには全く見えないここは、カラスと何らかの関わりがある店なのではないか?
改めて店内を見回すアガタに、三毛猫は耳を小刻みに動かしながら目尻を下げた。
「申し遅れましたけど、ワイら、ボスからアガタはんのご案内と身辺警護を申し付かっとるモンでして…」
顔を向き直らせたアガタに、三毛猫は頷くようにして会釈した。
「ワイはモチャ、そっちのでっかい方がランゾウはんですわ。以後よろしゅう頼んます」
挨拶を返したアガタは首を捻って後ろを見るが、ランゾウというらしい巨熊の方は、手にしている物…空になったお通しの
皿に視線を落としたまま、顔も上げず返事もしない。
迎えに来た二人の一方には全く緊張感が無く、もう一方は寡黙かつ無表情で何を考えているのか全く判らない。
この奇妙な二人組に自分の命を預けて良い物かどうか、アガタは躊躇いを感じた。
不安を抱くアガタが悶々と待っている内に、オーダーした品が二人の前にあてがわれる。
出て来るまで待つのは随分と長く感じたが、出てからはさほど待たなかった。
体型から受ける印象通りの食欲を見せた二人は、瞬く間に料理を平らげる。
モチャと名乗った三毛猫は、初老の板前とあれこれと話をし、時折アガタにも話しかけた。
が、その会話内容は昨日のニュースの話や野球の事など、完全に世間話であり、アガタが期待したような自身の警護の話は
全く出てこない。
一方隻眼の巨熊は、串焼きやホッケを瞬く間に胃袋に詰め込むと、腕組みをして目を閉じてしまった。
極めて巨大な体躯にも関わらず存在感が希薄で、口を開く事も無ければ衣擦れの音一つ立てもせず、異様なほど静かである。
「大将の料理、相変わらず絶品でんなぁ。サキはんとえぇ勝負やわぁ」
「誉めて貰うのは有り難いんですが、サキと比べられても…。一応本職なんですが、ワシ」
「たははぁっ!まぁ堪忍したってや。惚れた贔屓も入っとるさかい。んじゃあ、仕事の続きもあるんで、ここらでおいとまし
ますわ。ご馳走さんでした」
初老の板前と話していた三毛猫は、そう言って椅子から降りる。
「ほな行きましょか、アガタはん」
「え?あ、はい…」
戸惑いつつも頷き、席を立ったアガタは背広の内ポケットに手を入れる。
「ああ、ここの支払いはウチら持ちなんで、気にせんといてぇな」
アガタが財布を取り出すのを見た三毛猫は、そう断りを入れて出口へと向かった。
初老の板前に挨拶をし、足早に三毛猫の後を追ったアガタの背後で、のっそりと立ち上がった巨熊がゆっくりと歩き出す。
「ごっそさん」
「あいよ。またどうぞ」
言葉少なく挨拶した隻眼の巨熊に、初老の板前が応じる。
店に入って来てから初めて口を開いたが、声は極めて低く、太く、体格に似合っている。
そう感じたアガタは、半面だけ振り返って壁のような巨熊の姿を見るなり、また落ち着かなくなった。
先行する三毛猫と、背後の巨熊。
挟まれていると監視、あるいは連行されてでもいるような気分になってどうにも落ち着かないが、これが護衛のスタイルで
もある。
「お?雨上がっとるわ。しめしめ、今のうち今のうち。車まで急ぎましょか」
目の上に手で庇を作り、黒い曇天の夜空を見上げたモチャにつられ、アガタも空を見上げた。
その背後で、のっそりと暖簾を潜ったランゾウが後ろ手に戸を閉め、「モチャ」と、唐突に三毛猫へ声をかけた。
「どないしはりました?」
振り返った三毛猫は、巨熊が顔を上に向け、鼻を微かに鳴らしながら耳を澄ませている様子を見て取ると、嫌そうに顔を顰
めた。
「…もしかして…、何やおるんで…?」
小さく頷く事でランゾウが応じると、モチャは渋い顔になった。
「アガタはんを狙っとる連中やろか…?店から出て来るとこ狙っとった…?入る時はおらへんかったんですやろ?」
ランゾウが再び頷くと、モチャはたっぷりと贅肉がついた丸い二重顎に、下からぽってりした手を当てて小さく唸る。
店に入る前、ランゾウは周囲の異常については全く言及しなかった。
敵意や害意、殺意など、敵対的な視線や気配を嗅ぎつける相棒の鋭い感覚は、モチャも重々承知しているし、信頼している。
店に入る時には感じず、今は感じているというこの状況から推測できるのは、巨熊の感知範囲外から動向を観察していた何
者かが、距離を詰めているという事。
「複数やろか?近いんで?」
モチャの問いに、ランゾウはまたも無言で頷いた。
店内に入ったまま出て来ないアガタに業を煮やしたのか?
それとも、接触者と思われる自分達が店に入った事で行動を起こす気になったのか?
どちらかまでは判らなかったが、アガタを渡す事はできず、尾行されるのもまずい。
「ランゾウはん。ワイこのままアガタはんを案内しますよって、片付けて貰えまへんか?」
ランゾウがちらりと視線を向けると、モチャはニィ〜ッと笑みを浮べた。
「心配御無用ですわ。一人でもちゃ〜んと、お嬢はんのトコまでご案内しますさかい、ど〜んと任したってぇな!」
近くの立体駐車場に停められていた、黒塗りのワゴン車の助手席に乗り込み、
「あ…、あの…。本当に大丈夫なんですか?」
アガタは心配そうに眉根を顰めながら、運転席に乗り込んだモチャに尋ねた。
丸々肥えた体にシートベルトを締め、エンジンをかけてハンドルを握ったモチャは、アガタに顔を向けて眉を上げ、口元を
綻ばせた。
「心配要りまへん。責任持ってお連れしますさかい」
「え、えぇと、そうじゃなくて…、あの…、ランゾウさん…ですよね?一人で残って…」
店の前で別れた巨熊が、自分にかかった追っ手を阻もうとしているらしい事は、二人のやり取りから理解している。
ランゾウの身を案じるように尋ねたアガタに、モチャは顔を前に向けながら、口の端をニィッと吊り上げた。
「そっちも心配要りまへん。ランゾウはんに勝てる相手なんぞ、この世におらへんやろから」
まだ雨に濡れているアスファルトの上に、四人の男が倒れていた。
薄暗い、本通りを外れた狭い路地。倒れ伏し、ピクリとも動かない男達を見下ろしているランゾウは、全員が事切れている
ことを確認すると、踵を返して歩き出す。
この時間になってもなお明るい、大通りの雑踏を目指して。
倒れている男達は、ある者は頭部が無く、ある者は胸に背中まで抜けた大穴がポッカリあいており、いずれも凄惨な損傷を
受けている。
だが、その傷口からは血の一滴も流れてはおらず、凄惨なはずのその光景は、何処か現実味に欠けていた。
ランゾウは四歩ほど進んだ所で足を止め、周囲の目が無い事を確認してから振り返った。
そして左手を上げ、人差し指と中指を揃えて立て、男達の死体の一つに向ける。
「雷音破(らいおんぱ)…」
二本の指が燐光を纏い、直後、そこから眩い光弾が飛翔した。
同時に、銃でも撃ったように、巨熊の手が跳ね上がる。
続け様に七度、西瓜大の光の砲弾を放った後、ランゾウは再び踵を返した。
七発打ち込まれた光弾の膨大な熱エネルギーによって一瞬で水気を揮発させられ、アスファルトは完全に乾くどころか、一
度融解していた。
そしてそこには、倒れていた男達の姿は無い。
ただ、真っ白で細やかな灰だけが、熱せられた空気と共に路地の上へ、雨だれで汚れ、くすんだ色のビル壁の間を舞い上がっ
て行った。
アガタを追っていた者、その数9名。
隻眼の巨熊と向き合ったそのことごとくが、存在の痕跡も残さず葬られた。
その街の片隅には、広大な庭を有する瀟洒な洋館があった。
敷地内に小さな林さえも有し、手入れの行き届いた見事なガーデンが広がるそこには、本館の他にも別棟がいくつも建って
いる。
その屋敷本館の一室で、太った三毛猫に案内されて屋敷にたどり着いたアガタは、一人の女性とテーブルを挟んで向き合い、
事情を説明していた。
髪をボーイッシュなショートに揃え、スレンダーなボディラインがはっきり判る濃紺のスーツに身を包んだ女性は、まだ若
かった。
切れ長の目で、目尻はやや上がり気味。眉は細く真っ直ぐで、意志が強そうに感じられる。
肌はシミ一つ無く、白く美しい。左目の下には泣き黒子がある。
黒髪は光の当たり具合によってはうっすら青みを帯びて見え、艶やかで美しい。
その部屋には窓が一つもなかった。
部屋の中央に低いテーブルが置かれ、それを挟んでソファーが向かい合って置かれており、そこにアガタと女性がそれぞれ
腰を下ろしている。
部屋の奥側の壁際、左右の隅には鳥かごが一つずつ、壁から生えた金属のフックに吊されており、それぞれ一羽ずつ烏が入っ
ていた。
烏達は殆ど動かず、鳴きもせず、ただじっと客人を見つめている。
同室しているのはもう一人、部屋の入り口近くに数脚置かれた背もたれ付きの椅子の一つには、上着を脱いでワイシャツ姿
になったモチャが座っており、牛乳の小パックを片手にストローを咥え、緊張感無くヂルヂルと啜っている。
暖かなベージュ色の壁に囲まれ、毛足の長い高級そうな絨毯が敷かれたその部屋は、こうした「秘密の話」をする際に使用
される応接間なのだと、アガタは入室する際にモチャから説明を受けている。
秘密の応接間は屋敷のほぼ中央部の地下に存在しており、特殊な防壁によって外界と遮断されているため、盗聴、監視され
る心配は無いとの事であった。
アガタと向き合っている女性は、烏丸巴(からすまともえ)と名乗った。
モチャが口にしていた彼らのボスが、どうやらこの女性であるらしい。
彼女は組織内での自分の地位については言及しなかったものの、アガタにはある程度推測できた。
スーツの胸にはオブシダンクロウのエンブレムが入った金のプレート、加えてこの巨大な屋敷の主人であるらしい事から、
このトモエという女性が組織の幹部…、それも相当高い地位にある者だという事は容易に察せられる。
女性である上にまだ若いが、切れ長の目は思慮深い理知的な光を湛えており、非常に落ち着いている。
そんな彼女を前に、アガタは必死になって自分が置かれている状況を訴えていた。
アガタは、とある医薬品メーカーの研究室に勤めていた。つい昨日までは。
春の人事異動で部署替えになったアガタは、新製品開発に当たっている極秘チームに抜擢されたと、前の上司から説明を受
けている。
この時大喜びしたアガタも、上司も、その異動先がまっとうな部署で無い事までは、全く知らなかった。
移動した後、アガタは新たなチームで奇妙な半液状物質の研究をさせられた。
白っぽくドロリとしたその物質は、うっすらと銀色の光を放っており、それまでにアガタが見た事のない物であった。
まるで米粒が完全に溶けるまで煮込んだ粥のようにも見える、奇妙なその物質の成分解析を担当していたアガタは、次第に
そのプロジェクトの奇妙な点に気付き始めた。
全員が別々の作業をさせられているそのチームは、アガタも知る優れた研究員ばかりで構成されていたのだが、次々と人が
入れ替わっているのである。
研究内容を口外してはならないという守秘義務をかせられた上、地下の、それまでアガタが存在すら知らなかった施設内に
泊まり込みで研究を続けさせられ、帰宅どころかちょっとした外出の許可すら得られない。
家族へは、施設に入る前にしばらく泊まり込みになると連絡をしたきりであった。
そして、施設に入って研究を始めた後は、電話をかける事も許されなくなった。
おまけに、施設内では電波が届かず、こっそり携帯を使う事もできない。
社命を左右する最重要の極秘プロジェクトであり、外部には一切漏らせないので電話すらも完全に禁止。
外出禁止はその理由に加えて急ぐ必要があるからだと説明は受けたものの、まるで監獄の見張りのように配置されている屈
強なガードマン達の監視は、あまりにも厳し過ぎるように感じられた。
困惑を覚え始めながらも、山場を乗り越えれば帰れるだろうと考えたアガタは、大人しく研究に集中した。
しかし、その状態が二週間、三週間、そして一ヶ月に及ぶと、さすがに疑念が抑えられなくなる。
たまたま自分より先に抜擢されていた同期の研究員に、監視の目を盗んでそれとなく話をしてみると、彼もやはり同じ疑念
を抱いていた。
話によれば、彼は動物実験に携わっているらしい。
動物にあの半液状物質を与えて様子を観察するのが、彼に与えられた仕事らしいが、その方法は少し変わっていた。
注射するのではなく、適度な温度に温め、小動物に食べさせるのだという。
自分の漠然とした印象通り、あれは粥のような物なのか?
そう感じたアガタは、この研究が健康食品か何かの開発プロジェクトの一部なのかもしれないと思い、それまで若干ながら
不審に思い、警戒していた自分が可笑しくなった。
しかし、その研究員からさらに話を聞くと、その楽天的な考えは払拭された。
半液状物質を食わせる小動物は、様々な状態にあるのだという。
負傷しているものも居れば、明らかに病気らしいものもある。実験に使用される動物は、半分ほどがそんな弱った状態のも
のなのだと、彼は語った。
しかも、どんなに弱っている実験動物も、半液状物質を食わせると元気を取り戻す。
そして何より、いやに攻撃的になるのだという。
その日から、アガタとその研究員は、監視の目を盗んで情報を交換しあうようになった。
アガタと彼はこう考えたのである。
自分達が研究しているそれは、ひょっとして精神に影響を及ぼす危険性を孕む物質なのではないかと。
その効果は動物実験の結果を見る限りはっきりしている。しかし、凶暴化するという副作用については問題がある。
だからこそ、その副作用を消すために、あるいは抑えるために、このチームが編成されているのではないかと。
危険性を孕んでいる物に改良を加え、安全を確保して売り出そうとしても、元々の危険性が知れ渡れば非難の的になる。
そんな不利になるデータは隠して商品化する…。それが会社の考えだとすれば、この厳重な監視も、チームの研究事態が極
秘である事も納得が行く。
二人が警戒心を抱く理由は、それだけではなかった。
アガタが分析を担当しているその物質、毎回成分が微妙に異なるのである。
自分達で製造しているはずの物質を成分解析し、動物に与えてデータを取る。これは明らかにおかしい。
アガタは当初、時間経過による成分変化を調べる為の解析だと思っていたのだが、彼と話し合って以後、注意深く観察して
みると、それだけでは説明がつかない程に解析結果が異なっている場合もある事に気付けた。
そして、しばらくしてから二人はその事を察する。
この研究では、成分を調整し、改良しながら与えているのではない。
たまたま出来上がった成分不明の物質を、解析しながら動物に与え、データを取る。そんな模索研究なのだと。
そして、アガタと彼は大胆な行動に出た。
他の研究員の研究内容を、こっそり調べ始めたのである。
使用者となる人々に危険が及ぶような不正は、この業務に携わる者として見逃せない…。
正義感からとったその行動が、アガタと、同期の研究員の状況を大きく変えた。
「…粥を生み出しているアレの事を知ってしまって、私達は逃げだそうとしました…。ですが、アイツはその時に殺されまし
た…!警備員だと思っていたヤツらに銃で撃たれて…!私は万が一の時の脱出経路としてアイツから聞いていた、実験動物の
死骸搬出ルートを使って運良く逃げ出せましたが…、追っ手は…、警察とも絡んでいたんです…!」
項垂れたアガタは、頭を抱え込んだ。
追い詰められて焦っているアガタとは対照的に、トモエはずっと、ただ静かに事情を聞いていた。
そして、頭を抱えているアガタがいくらかでも落ち着くのを待ち、その話の先を促す。
何とか逃げ出し、半狂乱になって街を駆け、目に付いた交番に逃げ込んだアガタは、当然保護を求めた。
しかし程無く、雰囲気がおかしい事に気付いて、大慌てで逃げ出した。
最初は戸惑いつつも事情を聞いてくれていた警官達は、アガタが交番に入ってからファックスで届いたらしい、何やら手配
書のような物とアガタの顔とを、ちらちらと見比べ始めたのである。
大企業である自分の会社が、恐らく地元の警官にも手を回したのだと確信したアガタは、慌てて交番のある区画から離れ、
身を潜めた。
殺人すら辞さない会社である。どんな手を使ってアガタの身を確保しようとするか判った物ではない。
この時はもう、アガタは知っていた。
入れ替わりの激しかった研究チーム…。居なくなった研究員達は何処かへ移ったのだろうとずっと思っていたのだが、実際
には、自分達のように秘密に気付き、始末されていたのだと。
警察も頼れない。調停事務所にも恐らく手配が回っている。
どんな風に自分の事が手配されているのかは判らないが、社会的にも信用されている企業と、薄汚れた格好の中年…。どち
らの話が信用されるかは火を見るより明らかである。
まして、目にした光景を話したところで、頭がおかしいと思われるのがオチで、誰も絶対に信じてはくれないだろうと、ア
ガタは考えた。
司法がもはや自分に味方してくれないだろうという事は、その時のアガタには漠然と理解できていた。
途方にくれた彼は、以前聞いた事がある噂を思い出し、藁にも縋る思いで実行した。
それは、まじないのようなものであった。
子供の頃に友人達の間で囁かれていた、絶体絶命の時に助けて貰える方法…。
それは、アガタが子供の頃にはすでに古びていた、宮司も居ない山中の神社に、カラスを描いた絵馬をかけるというもので
あった。
管理する者も居ない、しかし昔から今までずっと変わらず、壊れ、崩れる事も無いその神社に絵馬を奉納したアガタは、石
段を降り始めた直後、背中に何かが当たって小さく悲鳴を上げた。
追っ手かとも思ったが、しかし恐る恐る振り返った神社には誰の気配も無い。
アガタは視線を落とし、自分の背に当たって石段に転げたそれを見遣った。
それは、紙で包んだ小さな石であった。
拾い上げ、紙を剥がしてみたアガタは、そこに何かが記されている事に気付く。
石を包んでいた紙には、電話番号と思われる数字の羅列が記されていた。
藁にもすがる思いでそこへ電話をかけてみたアガタは、カラスを名乗る者に対応された。
『お困りですか?』
と、優しげな口調で訊ねて来た、顔も見えない通話相手に、アガタは助けを求めていた。
不思議な事に、得体の知れない相手にすっかり気を許して。
自分が助けを求めたその相手が、この街に古くから存在するそのスジの組織…、オブシダンクロウであった事を、アガタは
電話の終わり際に知った。
(まさか、カラスの古い連絡方法をまだ覚えている人物が居たなんて…)
トモエは慣習として配置している部下から上がって来た、実に十数年ぶりに使われたという連絡手段での依頼に、驚き、そ
して興味を覚えた。
彼女の祖父がボスを務めていた頃以来の、古いながらも由緒正しい依頼方法は、トモエがこの業界に本格的に身を投じて以
来、初めての物であった。
「お話は良く判りました」
アガタに詳しい事情を話させ終えたトモエは、そう言って足を組み、しなやかな指を右頬に這わせる。
今アガタ自身から聞いた話は、事前に話を受けた者からトモエに上げられた情報よりも、ずっと正確で細やかであった。
「ご要望通り、貴方の身はカラスが保護致しましょう。ただし、持ち出したデータの方はこちらで預からせて頂きます。よろ
しいですね?」
アガタは躊躇する。組織との取引材料となるものは、今の彼には逃げ出す際に持ち出して来たデータしか無いのである。
データを手に入れた直後、もはや無用とばかりに放り出されてしまうかもしれない…。アガタはそう考えていた。
「そのデータは我々が事態に対処する為にも必要なものですので。先払いの報酬として頂きたいのです。勿論、受け取ったそ
の時点で貴方との契約が正式に成立した事とし、全力で対応する事はお約束致しましょう」
トモエは難色を示すアガタにそう言うと、真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。
「約束は決して違えません。カラスのささやかな名誉にかけて」
アガタは、結局折れた。
目の前の若い女性の、真っ直ぐな視線に誠意を感じ取って。
それにそもそも、警察すらも信用できない今、縋るべき相手はもはや彼女達以外に無いのである。
アガタが差し出した、データが収められたスティックを受け取ると、
「結構です。これより貴方は、私達の正式な客人となりました」
先払いの報酬をもって契約の締結と為したトモエは、椅子に座って話を聞いていたモチャに視線を向けた。
「モチャ、事情は聞いていたわね?」
「はいな。しっかりとっ!」
立ち上がって会釈した三毛猫に、トモエは頬に指を這わせたまま続ける。
「ランゾウに連絡を取って、あとどのくらいで戻れそうか確認してちょうだい。ランゾウが着き次第、今後の対応についての
ミーティングを行うわ」
「了解ですわ!んじゃ早速…、と、この部屋携帯使えへんかった…」
取り出した携帯を掴んだ手をプラプラさせながら、モチャはすぐ傍のドアに歩み寄り、トモエはソファーから立ち上がって
アガタに声をかけた。
「お疲れの所、申し訳有りませんが…。家の者が戻るまでしばしお待ちを。先に会ったはずですが、ランゾウという熊獣人が
じきに戻って来るはずなので、彼が着き次第、貴方のご意見を参考にさせて頂きながら、今後の対策を練ります」
「あの…、私を迎えに来たもう一人の…大きな方でしょうか?」
「ええ。あまり喋りたがりませんが…、黙っていると大きな縫いぐるみのようで、結構愛らしいでしょう?」
応じて微笑を浮べるトモエ。しかしアガタは、
(ぬいぐるみ…?愛らしい…?)
などと胸中で首を傾げつつ、彼女の同意しかねる物言いに、困惑顔で曖昧に頷いた。
「それまではこの部屋でおくつろぎ下さい。家の者にお茶を運ばせますので…」
家の者、とは言っているものの、実際には彼女の部下や使用人なのだろう。まるで家族のような呼び方をするものだと、少
々意外に感じたアガタは、大事な事を思い出した。
「…あ、あの…。実は私、妻子がありまして…、例の研究に関わるようになって以来、連絡も取れていなかったのですが…。
せめて、無事だという事を連絡させて貰えませんか?」
「なんですって!?」
即座に聞き返したトモエは表情を険しくしており、その剣幕にアガタはたじろぐ。
「この街にご家族がいらっしゃるのですか!?それは…、もちろん会社にも知られていますね!?」
「え?え…、ええ…。誰に恥じることも無い関係の、正式な妻と子ですから…」
「…ウッソ…!まずいっ…!住所は!?奥さんとお子さんは何処にお住まいです!?」
困惑しつつもアガタが答えると、
「…なんて事…!ここよりも会社からの方が断然近い…!それに、これだけ時間も経ってしまっている…。既に手は回ってるっ
て考えた方がいいわね…」
先程までの礼儀正しくも堅苦しい口調から、少女のような口調に変わり、トモエはブツブツと呟く。
彼女が右の握り拳を口元に当て、目を細めて考え込んでいると、ドアが開いてモチャが戻って来た。
「あと30分ぐらいで帰って来はるそうでっせ〜。今タクシーの中やて…」
「モチャ!ランゾウの現在地は!?」
勢い込んでトモエが尋ねると、モチャはその剣幕にたじろいだものの、すぐさま何か重要な事だと察し、ランゾウから聞い
ておいた彼の現在地を告げる。
「…それほど遠くないわね…。直接行かせれば、あるいは間に合うか…」
トモエは小声で呟くと、「失礼」とアガタに一言告げ、自分の携帯を取り出しながら部屋を出て行く。
それを見送ったモチャとアガタが閉じたドアを眺めていると、鳥かごの烏が二羽同時に、「ガァ」と、声を揃えて鳴いた。