黄金色の稲妻(後編)
黒ずくめの男達は、林の中を駆けていた。
背が低い割にやたらとボリュームのある狸の両腕を二人がかりで左右から掴んで引き摺るようにして運び、残った一人は先
行して前方を警戒しながら。
薬を嗅がされてぐったりとしているキヌタには、もはや意識は無い。
ホテルの壁面に仕掛けていたワイヤーは、フックを遠隔解除して回収されており、中に居た手練の二人が追って来るとして
も、追いつかれる前に逃走用の車両に辿り着ける計算であった。
ホテル内で襲撃をかけた連中とこちらのチームは、依頼主は同一ではあるが、別口で雇われている。
ホテル内で奇襲をかけた大人数の方は、こちらのチームの存在は知らず、ただキヌタを誘拐するよう命じられていた。
今もなお必死になってユウトと交戦している彼らは、同じ雇い主が念の為に用意した別の者達によって、既にキヌタが連れ
出されている事は知らない。
反対に、こちらの黒ずくめ達は、連中が失敗した際の後詰めとして、あるいは隙を見ての奪取を行う別働隊として、確実な
遂行を求められている。
闇と同化して駆ける三名は、やがて林の中で待機していた五名の仲間と合流した。
手早くキヌタの衣類を剥ぎ取って下着一枚にし、武器や通信機等を携帯していない事を確認し、何らかの信号等が発信され
ていないか探知機でも調べると、男達は太った狸の体を、寝袋にも似た分厚い布の袋に押し込む。
拘束兼搬送用の袋に詰め込まれ、木材でも運ぶような格好で黒ずくめ二人の肩に担ぎ上げられたキヌタは、この時点で微か
に意識を取り戻した。
「キ………ん…」
担いだ狸がポツリと漏らした呟きに、キヌタの胸辺りを肩に乗せていた前側の黒ずくめが僅かに眉を動かす。
背が低い割に体積があるせいなのか、薬の効きが少々弱い。
しかし、それでも暴れられる程には回復していないようなので、ひとまず問題無いと判断した。
「キン…ちゃん…」
弱々しい声が、しかし先程よりはいくらかはっきりとキヌタの口から漏れたその瞬間、先頭を駆けていた一名が、不意に立
ち止まった。
遥か前方。林を抜ける方角に、微かに金色がちらついて見えた。
それが金色の被毛だと、犬獣人の頭部の色であると男達が認識したその時には、ゴールデンレトリーバーは闇に溶け込みそ
うな男達の姿を認めており、落ち葉を踏み散らし、巻き上げながら高速接近している。
やがて、男達と5メートル程の間合いを取って立ち止まったキンジは、肩を上下させて喘ぎながら鼻面に深い皺を刻み、憤
怒の表情をあらわにした。
人間を上回る身体能力を持つ獣人。しかしそれでも彼らの身体能力は、肉体にかかる負荷を抑えるための出力制限装置とも
言える脳の一部の働きによって、限界の3〜4割程度に出力を抑えられている。
修練によってリミッターのオン、オフを自由に切り替えられるようになる者も存在するが、極めて例外的に、リミッターの
働き自体に異常が生じる者も居る。
後天的な要因によって、脳の一部を損傷したり、神経伝達に異常が発生してリミッターが弛んだ後天性禁圧障害と、生来の
神経系、あるいは脳の異常により、リミッターの働きが生まれつき弱い先天性禁圧障害などがそれに当たる。
出力制限が弱いというその特性は、優れているだけとは決して言えない。
高出力を誇る肉体、しかしその強度は常人のそれと何ら変わりが無いのである。
本来はリミッターの働きによって自壊を防がれている肉体を、本人の自意識下で力加減して守らなければならない。
つまり、オートで働かない自己保存を、マニュアル操作で行なう必要が出て来るのである。
たった四年前まで自分が特異体質である事を知らなかったキンジは、しょっちゅう故障する自分の肉体の事を、馬力はある
が華奢な作りの体だと認識していた。
だが、ある人物に出合い、自身の特殊性を教えられ、心身共に鍛え始めてからは、常に力加減を心掛けるようにしている。
オートでリミッターが働かない彼は、普段は飄々とした振る舞いを見せながらも、自分と他者をうっかり傷つけてしまわな
いよう、常に気を張っているのである。
だが今、キンジは自分の体が上げる悲鳴を無視し、全力でこの場まで駆けて来た。
100メートル走の世界記録保持者にも比肩する速度を維持したまま、距離にして1600メートルを一気に駆け抜けて。
誘拐阻止の一手を男達に突きつけたキンジではあったが、しかしその代償は高くつき、肉体は出力に耐え切れず自壊を始め
ていた。
直線を走って来たのとは訳が違う。螺旋状に幾度も折り返す非常階段を駆け下り、飛び降り、酷使してきた関節は既にガタ
ガタで、太腿やふくらはぎでは筋肉の一部が断裂しかけている。
心臓もまた限界近くまで拍動を速め、喉はヒュウヒュウと音を立て、全身からは夥しい量の汗がふき出していた。
激痛と疲労に全身を蝕まれながら、しかしキンジは凄烈な眼光を両目に湛え、男達を睨みつける。
「…キヌタを…、放せ…!」
声を絞り出すなり僅かに腰を落としたゴールデンレトリーバーは、ゴツイグローブをはめた両手を軽く左右に広げつつ、や
や後ろに引き、ぼそりと呟く。
「インドラ…、サーキットオープン…!」
直後、登録者の思念波を捉えたグローブが、バチチっと青い火花を散らし始めた。
軽く開かれた手の平と指先や、指と指の間で、細い稲妻が目まぐるしく踊り、徐々に放電を激しくしてゆく。
男達の内、キヌタを担いでいない六名は、手に手にスタンクラブや警棒を握り、キンジとの距離を詰める。
万全には程遠いガタガタの体。先ほどまでのような速度を維持する事ができない以上、虚を突けるのは、おそらくたったの
一度きり。
囲みを突破してキヌタを捕らえている二名を無力化し、奪回後は決死の防衛を試みる。
キンジ自身のリスクはかなり大きいが、連れ去られるよりは遥かにマシである。
何より、体にガタが来た今の状態では、積極的に攻めるよりも、キヌタを護って足を止めて牽制しつつ、手を出してくれば
迎撃を試みるといった戦法の方が楽に思えた。
幸いにもここは木立の中。キヌタを木にでも寄りかからせて前に立てば、攻めて来られる方向をある程度コントロール下に
置く事ができる。
キンジの胸の内には、荒れ狂う激情と冷静な思考が同居している。
その両極端な性質が常に同居し続けている事こそが、彼に戦い方を仕込んだ人物をして、身体能力以上の才能と言わしめる
精神的特殊性であった。
グローブの帯電が望んでいたレベルに達すると同時に、ゴールデンレトリーバーは地を蹴った。
関節と筋肉の悲鳴を無視し、瞬時に間合いを詰めるその一瞬だけは、先の戦闘中と同様、稲妻と形容するに相応しい速度を
有している。
反応してロッドを胸の前で構えた男と、警棒を振り被った男の顔面が、キンジの両手でそれぞれ鷲掴みにされた。
鼻が潰れ、脳が揺すられた直後、グローブと接触した男達の顔面でバチュン!と、音が鳴り、ビクンと体を突っ張らせた二
人が崩れ落ちる。
高圧電流を乗せた平手を顔面に叩き込まれ、一瞬で昏倒した二人の間をすり抜けたキンジは、続く相手が振り上げた警棒を、
放電が弱まったグローブで受け止める。
衝撃吸収材が威力を弱めたものの、手の平の内側でボキンと音が鳴った。
骨が砕けた事にも全く頓着せず、キンジはまるで痛みを感じていないように警棒を握り込み、弱まった電流を警棒越しに男
へ送り込んだ。
黒ずくめは仰け反りはしたものの、気絶まではさせられなかった。それでも電気ショックで一時的に動きさえ鈍らせれば、
キンジにとっては十分である。
しかし、脇を駆け抜けたキンジが、キヌタを担いだままの二人に向かって再加速すべく足を踏み締めたその瞬間、動きに異
常が生じた。
バツンという、音とも衝撃ともつかない物が脚から脳天へ突き抜け、ふくらはぎに激痛が走り、膝が折れる。
前のめりに転び、地面を転がりながら、歯を食い縛って激痛を堪えるキンジは冷静に認識する。
右足のふくらはぎで、負荷に耐えられなくなった筋肉が断裂した事を。
転がりながら体勢を整え、片膝立ちで身を起こしたキンジは、グローブに目を遣って舌打ちする。
弱くなっていた放電が、完全におさまっていた。
「インドラ、リブート!」
男達に視線を向けながら呼びかけるが、しかしグローブは応えない。
「インドラ…!?くそっ!」
再度の呼びかけにも沈黙を守っているグローブを見遣り、キンジは忌々しげに悪態をついた。
レリック技術を研究している鼓谷財閥が開発した擬似レリックウェポン、インドラ試作型。
キンジが使用しているこの品は、周囲の湿度や気温などの気候条件によって稼動時間を大きく左右される上に、出力が不安
定でバッテリーの消費も大きい事から、継続使用に改善の余地を残している。
そしてその稼動限界は、よりによって今回に限り、キンジが想定していたよりも遥かに早く訪れた。
キヌタを担いだ二人が、キンジを迂回して逃げ去る。
片膝立ちのまま足を引き摺って追おうとしたゴールデンレトリーバーは、しかし残る四人に行く手を阻まれた。
一名は電気ショックが抜けておらず、動きが鈍いものの、今のキンジにはこの戦力を突破するだけの機動力が無い。
倒れた二人の仲間を二名が担ぎ、残る二人がキンジを牽制し、じりじりと後退して行く黒ずくめ達。
(キヌタを運ぶ時間を稼いだ後、おれには構わず逃げるつもりか…!)
避けられる危険要素は極力避け、任務を全うする…。相手がプロである事を痛感し、キンジは歯噛みした。
(使いたくなかったんだが…、仕方ねぇ、な…)
キンジは懐に手を入れると、そこにしまっておいた小さなリモコンのスイッチを弄る。
拳銃でも取り出すのかと警戒した黒ずくめ達を見て、ゴールデンレトリーバーは胸の内でほくそ笑む。
いくらかでも時間稼ぎになるのなら、好きなだけ勘違いして貰って構わない。
キンジは懐に入れた手をそのままにし、男達を睨みつける。
そして、その時間稼ぎは、本人も意図していなかった程の効果を発揮した。
「警告する。武装を解除し、すみやかに投降しろ」
唐突にそんな言葉が響いたのは、一瞬前まで誰も居なかったはずの、キンジと男達から見て右手側の木立からであった。
闇の中からすぅっと姿を現したのは、長身痩躯、引き締まった体付きの見目麗しい美青年。
闇に溶け込む濃紺と黒の衣類に身を包んだ青年は、無表情な顔の中の切れ長の目で、男達とキンジの様子を確認する。
右手にはおにぎりやパスタが入ったコンビニの袋が下げられているが、左手には鞘に収められた日本刀が握られていた。
新たな障害の発生により、男達の間に緊張が走る。
身構えた黒ずくめ達を静かに見回すと、タケシはコンビニの袋を足元にそっと下ろしつつ呟く。
「警告に従わず、抵抗の意志を示したものと判断した。これより武力制圧を実行する」
宣告と同時に、コンビニ袋を足元に置いた青年の、屈められていた長身がさらに沈み込む。
一気に低くなったその体が、キンジの最大速度にも匹敵する加速で前に出た。
静止状態から瞬時にトップスピードに至ったタケシは、最も近くに居た黒ずくめに一瞬で肉薄している。
先にキンジの一撃を受けて多少ふらついていた男は、反射的に警棒を上げた。が、反応らしい反応ができたのはそれだけで
あった。
瞬きする一瞬にも満たぬ、刹那の間に抜かれたタケシの愛刀、虎徹が闇を裂き、警棒を根本から斬り飛ばす。
切っ先から三寸の位置で警棒を断った刀は、軌道上に存在した黒ずくめの手首をその先端で浅く薙ぎ、武器、腕、共に使用
不能にしていた。
仲間の悲鳴を耳にし、呆気に取られていた他の黒ずくめが我に返る。
気絶した仲間を担いでいた二名が、仲間をおろして身軽になるが、その時タケシは既に二人目に向かって地を蹴っていた。
踏み込みつつ袈裟に振るわれた刀が、スタンガンを持つ男の二の腕を深く斬り、武器を取り落とさせる。
手放されたスタンガンが地面に落ちるその前に、タケシは男の傍を離れ、次なる標的である二人に向かっている。
ここに来てようやく警棒と電磁ロッドを振り上げ、間合いを詰めて攻撃を仕掛けにゆく二人の黒ずくめ。
接近するタケシを迎え撃つように駆け寄りつつ左右へ展開し、挟み撃ちを仕掛ける。
が、電磁ロッドを握る一方は、右肩の付け根に鋭く突きを入れられ、刀の切っ先によって筋を切断されて無力化される。
反対側から躍りかかった警棒を持つ男は、後ろも見ずに突き出された鞘の先端で眉間を痛打され、「ごぇ!」と呻いて昏倒
した。
刀を一振りして血液を飛ばし、無力化した男達を睥睨するタケシは、息の一つも乱してはいない。
青年が闇の化身のようにこの場に現れ、警告を発してから制圧を完了するまで、僅か十数秒しか経っていなかった。
「お…、おいおいおいおい…!」
跪いたままのゴールデンレトリーバーは、目を大きく見開いて声を漏らす。
(獣人…じゃあねーよな?どう見ても人間だ…。なのに何で…?何でおれより速ぇんだ?)
神技。
タケシの戦闘を目の当たりにしたキンジの脳裏に、その二文字が浮かんでいた。
無駄を極力省いた素早い身のこなしに、細身でありながら日本刀を小枝のように振るい、止め、返す筋力と、キンジのトッ
プスピードにも匹敵する戦速。
死地を潜り抜けて磨き上げられたその剣技と動作、人間としては異常と言える身体能力を目にし、経験の浅いキンジもはっ
きりと悟った。
この青年が、自分とは次元が全く違う、達人の域に達している事を。
ひとまず攻撃能力を失った男達を見回し、逃走を牽制しつつ、ゆったりとした、しかし油断のない足取りでキンジの傍へ移
動すると、タケシは胡乱げに目を細めた。
「どうやら無事のようだな。御曹司はどうした?」
「…連れて行かれた…」
悔しげに顔を顰めて吐き捨てるキンジ。彼の様子を観察しながら、タケシは尋ねる。
「焦りが感じられないな。何か手を打ったのか?」
キンジは「まーな」と応じると、小さく舌打ちをした。
「くそっ…。こっちだけで済ませたかったってのによ…、借り作っちまったな…」
キヌタを担いだ男達は、林を抜けてすぐの位置を通る町道まで至ると、そこの待避所に停車されていた大型トラックに駆け
寄る。
アイドリングしていたトラックの荷台がドライバーの操作で開き、運転席から黒ずくめが一人飛び降りると、キヌタを担い
でいた二人は彼を荷台に上げ、妨害があった事を仲間に伝えた。
「おい、ちょっと待て」
運転席から降りてきた黒ずくめは、仲間の説明を遮ってポケットから何らかの機器を取り出す。
そして、小さなモニターを見つめると、そこに表示されている情報を認めて緊迫した声を上げた。
「こいつから信号が出ているぞ!」
「何だと!?」
運んできた二名は、荷台に放り込んだキヌタを揃って見遣る。
纏っていたガウンは袋に詰める前に脱がせて捨てて来ている。
その際には下着の中まで確認し、探知機まで使って電波等が発信されていない事を確認した。
にもかかわらず、今は確かにキヌタの体から何らかの信号が発せられている。
その信号は今、キヌタがさらわれた直後にキンジが連絡を入れた人物の元へと届いていた。
そしてその人物は、
「ドンピシャでやす。間に合いやしたぜぃ」
トラックのフロントから横手側へと回り込み、三人の前に姿を現した。
アラスカンマラミュートは気だるそうな表情で、身構えた黒ずくめ三人を見遣り、次いで荷台のキヌタに視線を向けると、
深々とため息をついた。
「だからあっしは反対したんでさぁ…。リスクがでけぇってあれほど言いやしたのに…」
「それでもまぁ、こうして魚はかかったんじゃろ?」
のんびりとした低い声が、マラミュートの言葉に続いた。
マラミュートの後方からのっそりと現れたのは、夜目にも鮮やかな白い被毛を纏う熊である。
「自分を餌にして釣り上げる…、そうできる事じゃあなかとよ。肝っ玉が据わっとる」
「で、やすね。けど、雇われのあっしに言わして貰やあ、本気でこれっきりにして欲しい手でさぁ。こんな事繰り返されちゃ
あ、胃に穴があいちまいやすぜ…」
白熊は腰の後ろに手を回し、そこに固定されていた鞘から大振りな鉈を引き抜いた。
一振りするなり鉈がブゥンと低い震動音を漏らし始めた事を確認すると、白い熊は傍らのマラミュートに尋ねる。
「捕らえた方がええんじゃろ?」
「坊ちゃんからも可能なら殺すなって言われてやすからねぇ、なるべくなら希望に沿いてぇところなんでやすが…」
男の一人が声もなく突っかかって来た事で、マラミュートは言葉を切った。
大きく後ろに引いた右手に握る電磁ロッドが、油でも塗ったように光沢がある表面から、青いスパークを散らす。
警告もなく、横殴りにマラミュートへ叩き付けられた電磁ロッドは、しかしそのスパークを瞬時に消失させていた。
黒いグローブを填めたマラミュートの左手は、一瞬前まで放電していたロッドを無造作に掴み止めている。
それは、キンジが着用している物と同じグローブであった。
それ自体が放電機能を持つインドラは、着用者が感電しないよう、当然内側には絶縁体が仕込まれている。
しかも、ただ電撃を無効化した訳ではない。マラミュートは電流を吸収、蓄積する機能を利用する事で、稼働中の電磁ロッ
ドから強制的に電力を吸い取り、無力化してしまっていた。
驚愕するどころか、何が起きたかも判っていない男の顎に、マラミュートの右拳がアッパーカットを叩き込んだ。
上下の歯がぶつかり、ガツンッという、硬く、ややくぐもった音が周囲に響く。
顎を強打されて昏倒した男が崩れ落ちると、この期に及んでは関係者の殺害すら辞さない覚悟を決めたのか、残る二人は懐
に手を突っ込んで銃を握る。
が、二名が銃を構えるが早いか、男達の手の中で、金属の塊がギンッと音を立てて震えた。
ずんぐりむっくりした体型に見合わぬ、滑らかで素早い動きで滑るように接近した白熊は、男達のすぐ前で静止している。
その背中側で、宙をきりきりと舞った金属の棒が二本、ガキッと音を響かせて地面に落ちた。
鉈を横薙ぎに一振りし、その軌道上にあった二丁の拳銃を一度に破壊…、グリップだけ残して上部を斬り飛ばしてのけると
いう離れ技を見せた白い熊は、手にした大鉈を振り切った姿勢でニンマリと笑う。
「夜中に撃ったらご近所様に迷惑じゃけぇの。安眠妨害はいかん」
銃をあっさり切断したその大鉈は、虫の羽音を思わせる微かなノイズを発しつつ、刀身を細かく震動させている。
「旦那はともかく、あっしは気が長い方じゃありやせんぜぃ?一人口がきけりゃあ、あとは残らずへし折っちまっても問題あ
りやせんから、…纏めてしばいちまいやすかね…?」
アラスカンマラミュートがグローブをはめた手をワキワキ動かしながらそう言うと、白い熊も「そうじゃのぉ…」と頷く。
「抵抗するっちゅうなら、済まんが力ずくで行くけぇの。ちぃと痛い目見る羽目になるかもしれんが…、どうじゃろな?」
白い熊が口の端を上げ、丈夫そうな歯を見せて笑いながら尋ねると、男達は観念したように壊れた銃を捨て、両手を上げた。
「なるほど。発信器を…」
「ああ。おれが持ってるリモコンで作動させた。位置情報は、助っ人のトコに送られてる」
黒ずくめ達を縛り上げているタケシに説明しながら、キンジは顔を顰めた。
このゴールデンレトリーバーには、腕が立つ者にはすぐさま敬意と好感を抱く傾向がある。
先天性禁圧障害者である自分にも匹敵する速度と、自分を軽く上回る戦技を披露したタケシに対する口調は、ユウトに対す
る物と同様に、砕けたものになっていた。
「…本当は、御頭の手を借りたくなかったんだよ。こいつはあくまでも緊急時の処置なもんでな…。確実に取り返してくれる
だろうけどよ、おれにとっちゃ完全に護衛失敗だ…」「それはこちらも同様だ。任務失敗だな」
キンジはふてくされた様子でこぼし、タケシは淡々と応じる。
悔しさを隠そうともしないゴールデンレトリーバーに、タケシは胡乱げな光を微かに湛えた目を向けた。
「一つ訊きたい」
作業を終えた青年は、ボロボロになっているキンジに歩み寄ると、その顔を真っ直ぐに見つめて口を開く。
「そこまでの状態になっても彼を護るのは、SPという仕事柄なのか?」
「当然だろ?」
短く応じたキンジに、タケシは観察するような視線を向けたまま、続けて尋ねる。
「理由は、本当にそれだけなのか?」
「…どういう意味だ?」
聞き返すレトリーバーに、タケシは言葉を選ぶようにして問いを重ねた。
「上手く言えないが…、熱意のような物を感じる。仕事への熱意なのか、それとも個人への執着なのかは判らないが…」
真っ直ぐな視線を向けられたキンジは、居心地悪そうにそっぽを向くと、パタッと尻尾を一度振って地面を叩き、やがて観
念したように口を開いた。
「…大事だからだよ」
キンジは短く呟くと、微かに眉根を寄せたタケシに、その先を続けて聞かせた。
「あいつが大事だから…。大切な相手だから…。体張る理由としちゃあ、それで十分だろ?」
「大切な…、相手…」
呟いたタケシに、キンジは肩を竦めて見せる。
「…まぁ、判んねぇなら良いや」
「いや…」
タケシは小さくかぶりを振ると、自分の考えを確かめてでもいるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「判るような…、気がする…」
首都で発令されたマーシャルローの最中、無二の相棒と、保護すべき幼女を護るため、己の限界を見定めぬまま空間歪曲能
力を解放したあの時の事を、青年は思い返す。
手段と割り切って己が身すら消費するつもりになったあの時、自分は恐らく、漠然とではあったが、そんな思いを持ってい
たのではないかと。
大切な物を護る為ならば自己を犠牲にする事も厭わない。
この時、この瞬間に自覚し、肯定したその認識は、後々強くなり、結果的には自分の征く道を決定付ける事になるとは、こ
の時のタケシはまだ知る由もなかった。
残らず捕らえられた男達は、ホテルの一室に押し込まれた。
キヌタを奪還して来たマラミュートが、オーナーに直接交渉して手配したその部屋には、彼の他に、意識を取り戻したキヌ
タと、ユウトに支えられて立つキンジが居合わせている。
マラミュートは初対面となるユウトに、毬跳紫苑(まりばねしおん)と名乗った。
鼓谷財閥にSPとして雇われている元調停者で、知識と経験を活かして擬似レリック開発の技術顧問も引き受けているのだ
という。
本人が名乗る前からキンジの言う「御頭」がこの男であるらしいと察していたユウトは、少々不思議な人物だと感じていた。
愛嬌のある口調や何処かとぼけているような態度とは裏腹に、その立ち振舞いや仕草から白兵戦、それも近接格闘の相当な
手練である事が読み取れる。
(なるほど…、ハトリ君がこの若さであそこまで仕込まれてる訳だ…)
興味深そうなユウトの視線を背に受けながら、マラミュートは捕らえた男達への口頭尋問を続けていた。
「…どうあっても、依頼主の事は話せねぇって事でやすかい?」
シオンの問いにも、男達は依然として沈黙を続ける。
二組の襲撃者達は、先程から一言も情報を漏らしていない。
らちがあかないと考えたシオンは、キヌタを振り返って肩を竦めた。
「仕方ありやせんね、拷問して吐かせやすか?」
穏やかではない話の流れに、ユウトは露骨に顔を顰める。が、制止の声を発したのは、彼女以外の人物であった。
「待って下さい。隊長」
まだ頭がフラフラするのか、少々瞼が重そうなキヌタが、マラミュートに声を掛ける。
「もう良いです。無理して聞き出さなくても…」
「坊ちゃん…」
シオンは困ったように眉根を寄せ、キンジが大きく舌打ちする。
「また甘っちょろい事言いやがってこの狸型ウォータークッション…」
「ひどぉい!」
「こらキンジ、坊ちゃん相手になんてぇ口ききやがる?」
目を大きくして抗議の声を上げるキヌタと、ジト目でキンジを睨むシオン。
ポッテリした狸は、「コホン…」と咳払いして気を取り直すと、縛られたまま床に座らされている男達を見回した。
「お話が聞けない以上、引き留めておく理由も無いですから、貴方達を解放します」
キヌタの宣言に、男達は勿論、シオンとハトリ、ユウトも目を丸くする。
「ば、バカ!まだ薬が効いてて判ってねーのかよ!?こいつらお前を狙って…」
キンジが怒声を上げたが、キヌタは構わず続けた。
「そのかわり、一つお願いがあります」
狸の高く澄んだ声は穏やかで、威厳こそ無いが、しかしその場に居合わせた全員は、キンジも含めて口を閉ざした。
「貴方達を雇ったひとに、是非伝えて頂きたいんです。「ぼくは逃げません。話し合う準備はいつだってできている」と」
キヌタの声は、静まりかえった部屋の中に心地良く響く。
が、声音とは裏腹に、その言葉がどんな意味を含んでいるのか悟ったキンジは、口の端を微かに吊り上げてニヤリと笑い、
同じく気が付いたシオンは「やれやれ…」と首を軽く振った。
「話は以上です。隊長、後はよろしくお願いします」
ペコリとお辞儀したキヌタは踵を返してさっさと出口に向かい、キンジに急かされたユウトが彼を支えたままその後を追う。
三人が退室すると、シオンは困っているような呆れているような、そして同情しているようにも見える曖昧な表情を浮べ、
肩を竦めた。
「…何だかんだ言って、総帥の血が一番濃いのは、キヌタ坊ちゃんかもしれやせんねぇ…」
夜明けがまだ遠い時間帯、人気の無いホテルの廊下を、三人の獣人はゆっくり歩いた。
キヌタを先頭にしてユウトとキンジが続く。
「「また甘っちょろい事言いやがってこの狸型ウォータークッション」…とか思ったが…」
「思ったっていうか、実際言ってたよね?さっき…」
呆れた様子で口を挟んだユウトを完全にスルーし、キンジは続ける。
「悪くなかったぜ?ついに宣戦布告か」
キヌタは前を向いて数歩進み、キンジの発言から少し遅れて立ち止まった。
「…宣戦布告になってた?さっきの…」
足を止め、不安げな顔で振り返り、自分を見てきたキヌタの顔を、キンジもまたユウトと共に足を止めて見つめ返す。
「…は?そのつもりじゃあ…なかった…ってか…?」
やや呆れた調子で言ったキンジは、首を縮めて小さくかぶりを振り、「ま、いーけどよ…」と、微苦笑を浮べた。
事情が今ひとつ理解できていないユウトは、口を開きかけてはみたが、しかし尋ねて良い物かどうか判断に迷い、結局何も
問わずに口を閉ざす。
「キンちゃん」
「今はハトリだろ?」
即座に訂正を求めたキンジに、しかしキヌタは頬を膨らませる。
「もう良いじゃない?キンちゃんもさっきからずっと素の口調!」
「…だな…」
指摘されて気付き、軽く顔を顰めたキンジは、「で、何だ?」とキヌタに尋ねる。
「クマシロさんにも、そろそろ事情を話すべきじゃないのかなぁって…」
「あ〜…。まぁ、ここまで来て黙っとくのも義に欠けるな…」
頷いたキンジは、肩を貸してくれているユウトに、ちらりと横目を向けた。
「実を言うと、あいつらの雇い主がドコのドナタなのかは、だいたい見当が付いてんだ。鼓谷財閥総帥の長男か次男…、つま
りキヌタの兄貴二人のどっちかだ」
ゴールデンレトリーバーがさらりとそう口にすると、ユウトは驚愕の表情を浮かべた。
「まさか…、それって跡目争い…?」
訊ねたユウトに、キンジは「まぁ、そうだな」と渋い顔で頷いて見せた。
「…って事は…、推測は外れてた訳でもないんだ…。タケシの言ってた通り、外部からの襲撃じゃない…。内部の…、つまり
内輪揉め?」
金熊に重ねて訊ねられ、ゴールデンレトリーバーは、深々とため息をつく。
「そういうこった。…つっても、キヌタ自身にはその気が無かった。兄貴がまっとーな連中なら、放っておいて大人しく自分
の人生を歩んでただろーよ」
意味深なセリフに首を傾げたユウトに、キンジは顔を曇らせながら続ける。
「その気が無かったキヌタを跡目争いに巻き込んだのは、疑心暗鬼に駆られた兄貴二人なのさ…。連中がまともなヤツか…、
そうでなくとも、欲の為に後継者候補の一人であるキヌタをどうこうしようなんて考えねー程度の常識を持ち合わせてりゃ、
こうはならなかった…」
「邪魔らしいんです、ぼくの事が…」
キヌタは沈痛な面持ちで項垂れ、キンジの後を継いだ。
「鼓谷の総帥になるつもりなんて、ぼくには今でも全くありません。兄さん達がそっとしておいてくれたなら…」
黙り込んだキヌタに代わり、鼻を鳴らしたキンジが不快げに口を開く。
「拉致に恫喝、色んな事をされて来た。それらから身を守ってたらこの有様でな、兄貴達から完全に敵視されちまった…。こ
んな理不尽な話があるかってんだ…!」
吐き捨てたキンジは、表情を一変させて、やや申し訳なさそうな顔になってため息をつく。
「…打ち明けたついでに、あんたにもちゃんと謝っとかねーとな…」
「そうだね…。今回の依頼の狙いについても、ちゃんと説明しないと…」
「へ?」
首を傾げたユウトに、キンジとキヌタは、今回の依頼についての裏事情を打ち明け始めた。
「護衛を最小限に留めて行動する事により隙を見せ、自分を狙う連中を誘った…と、つまりそういう事か?」
「そうじゃ。監視しとる連中がおる事は、首都見物をしとった頃に気付いとったらしいでよ。まぁ、チクチクつつかれるんは
イライラするでなぁ、さっさと済ませたかったっちゅうのもあったんじゃろ。ついでに捕まえて、雇い主の情報を掴んで、証
拠として突きつけるっちゅう狙いもあったんじゃが…、今シオンが寄越した電話じゃと、情報入手は諦めたらしいのぉ」
顔見知りの調停者である白い熊から説明を受けたタケシは、「なるほど、納得した」と呟き、腕組みをする。
二人はホテルの裏手にある駐車場で、アイドリング中のワゴン車の脇に立ち、ホテル裏口を眺めながら話をしている。
白い熊のチームが提供してくれたこの移動手段を使い、キヌタとキンジはカルマトライブ調停事務所へと密かに移る事になっ
ていた。
目的が達せられた今、これ以上襲撃を誘う必要もなく、キンジも負傷しているので、まずは一刻も早く安全を確保したい…。
そんなキヌタの要望による深夜の移動である。
「少数精鋭ちゅうのが前提条件じゃったけぇ、SP一人だけ連れた身軽な行脚に加えて、地元の腕利き調停者に護衛を依頼し
た訳じゃな」
「ブルーティッシュの紹介を得てまでして俺達に頼まずとも、最初から貴方のチームに頼めば良かったのではないだろうか?
腕も立つし、何より知り合いだったのだろう?」
「謙遜せんでよか。わしらの誰より、お前さんら二人の方が腕が立つけぇの。ダウド・グラハルトの判断は、客観的に見ても
間違っとらん」
「随分と内情に詳しいが…、ドッカー、貴方はこの件にどう絡んでいる?」
「行き掛かりじゃあ。今さっき顔見せた犬な、アイツはわしが首都におった頃の同僚じゃけぇ」
懐かしそうに目を細めたドッカーの横で、タケシは記憶を手繰る。
(ドッカーが首都に居た頃の同僚?という事は、あの犬獣人もアイゼンシルトの元メンバーか?)
考え込んでいる様子のタケシにチラリと視線を向け、彼が何を考えているのか悟ったドッカーは、「わしを含めて四人おっ
た生き残りの一人じゃ」と、低い声で静かに呟く。
「もう一人は今でも首都の辺りで転々としながら調停しとる。最後の一人は…、今は何処で何をしとるやらさっぱり判らん。
事件後に認識票を返上したんじゃが、風の噂じゃあ、どうにもまっとうな仕事はしとらんらしい。わしの勧誘の仕方がまずかっ
たんかのぉ」
寂しげに嘆息したドッカーは、表情を一変させて明るいものに変えると、親しげに肘でタケシの腕を押す。
「勧誘の仕方がまずかったんは、お前さんに対してもかのぉ?何度誘っても袖にされたっちゅうに、去年ころっとチーム組み
おって。わしの面目丸潰れじゃでよぉ」
「勧誘のされかたには問題は無かったと感じている。ただ、あの当時は他者と組む必要性を感じていなかっただけだ」
体格の良い熊に肘で押され、横に一歩足を出して踏ん張りつつも淡々と応じたタケシに、ドッカーは肩を竦めた。
「相変わらず可愛げがないのぉ。まぁ、確かにお前さんの腕は抜けとるけぇ、わしや他の連中じゃあ力になるどころか足手纏
いになるんが関の山じゃ。対等の相手はそうそうおらん」
一度言葉を切ると、白い熊は歯を剥いてニンマリと笑う。
「けんど、背中預けられる相手が見つかって良かったのぉ?オマケにべっぴんさんじゃ。羨ましかねぇ」
倍近く歳が離れているにも関わらず、自分よりも遥かに腕が立つこの青年の事を、ドッカーは割と気に入っている。
勧誘したのも一度や二度ではないが、ついにチームに加える事は叶わなかった。
しかし、「それでも良い」とドッカーは感じている。
過去の記憶を失っているらしい、どこか危ういこの青年が、信頼できる相棒を見つけた。
その事は、元保護者であったカズキ同様、白い熊にとっても喜ばしい事であった。
タケシはやや間を開けてから、ドッカーに視線を向ける。
「ユウトは、「べっぴんさん」なのか?」
「ふむ?あぁ、人間じゃとちっと判らんかの?まぁ、わしら熊の観点で言うならべっぴんもべっぴんじゃ。ちぃと肥えとるし
背も高いけんど、そこんとこ差っ引いても美人じゃでよ。お、来よった来よった」
ドッカーとタケシの視線の先で、キヌタとキンジ、ユウトが裏口を潜って姿を現す。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
「構わん構わん。暇じゃったけぇの」
深々と頭を下げたキヌタに、パタパタと手を振りながら笑みを向けたドッカーは、
「おおいかん、忘れとった。シオンから預かっとったんじゃ…」
ふと思い出したようにそう言って、ズボンの尻ポケットに手を突っ込むと、カードサイズの薄い機械を取り出す。
表面がモニターになっているそれは、さらわれたキヌタの位置確認にシオンが使用していた受信機であった。
「まだ反応しとるようじゃけんど、もう切ってもよかと?」
「あれ?」
ドッカーから受信機を受け取ったキヌタは、不思議そうに首を傾げる。
「ぼく、発信器なんて持ってませんけれど…」
「知らん間に服にでも忍ばされたんじゃろ」
「着替えたんですけど…」
上着やズボンのポケットをまさぐるキヌタ。
そこへキンジが「ああ、発信切っとくな」と声をかけ、一同の注目を集める。
「どこにあるの?ガウンも脱がされたし、一回裸にされてるのに…」
首を傾げているキヌタに、キンジは懐に手を入れてリモコンを操作しながら短く応じる。
「腹ん中」
「え!?」
驚きの声を上げながら突き出た腹を見下ろし、両手で押さえたキヌタは、
「いつ飲ませたの?何に混ぜたの!?」
と、少々焦った口調でキンジに問う。
体内に発信器があるのは気持ち悪いらしく、急に具合が悪くなったように表情が曇っていた。
「飲ませてねーよ。寝てる間にケツの穴から押し込んだ。ひん剥かれても大丈夫なようにな」
「えぇえええええええええええっ!?」
キンジが何でもない事のように告げると、キヌタは胃の辺りに当てていた手を臍の下へと移動させ、顔を引き攣らせた。
「その様子じゃあ全然気付いてなかったみてーだな?異物感とかねーのか?」
「うっあ〜…!ちっとも気付かなかった!ど、どどどうやって取るの!?」
「トイレで出せよ」
少々下品な会話に、ユウトは「やれやれ…」と軽く顔を顰め、ドッカーは苦笑いし、タケシは無表情に「出しにくければ、
下剤を提供しよう」と提案してキヌタを微妙な表情にさせた。
「とにかく移動しちゃおう。話は車の中で、後は事務所についてから!」
ユウトが皆を促すと、キンジとキヌタは気を取り直したように表情を改め、それぞれユウトとタケシに会釈する。
「悪ぃけど世話んなるぜ、お二人さん」
「ご迷惑をおかけします」
「立派じゃないし大したお持てなしもできないと思うけど、気兼ねなく過ごしてね」
ユウトが笑みを浮かべて応じ、タケシは無言で頷いた。
キヌタとキンジを迎え入れるカルマトライブ調停事務所は、久々に賑やかな朝を迎える事になる。