いつかの誕生日

「十五歳、おめでとう」

鳴り止まない呼び鈴に急かされ、寝ぼけ眼を擦りながらドアを開けた白熊は、自分よりもかなり身長の低い保護者の顔を見

下ろし、怪訝そうに目をしばたかせた。

首都の守護を担う、国内最大の調停者チーム、ブルーティッシュの本部。

その居住フロアの廊下で、サブリーダーの神崎猫音(かんざきねね)は、目を細めて微笑んでいる。

向き合う白熊、アルビオン・オールグッドは、左手で自室のドアを押し開けた姿勢のまま、首を傾げている。

昼も近いというのに今まで眠っていたアルは、トランクス一丁の寝巻き姿である。

太り気味の体をブルルっと軽く揺すり、空いている右手で、脂肪がついて丸く張り出した腹を、しばしモショモショと掻き

ながら考えた後、アルは「…あ…」と、声を漏らした。

寝起きの頭が徐々にしゃっきりして来て、白熊はようやくその事に思い至る。

「今日、オレの誕生日だったっス…?」

灰色の毛並の猫は、微笑みながら頷くと、

「はい。プレゼント」

と、包装紙に包まれた、一辺40センチ程の箱を差し出した。

「え?あ、ありがとっスぅっ!」

白熊は丸耳をパタパタ動かしながら箱を受け取ると、後ろ向きに数歩下がり、ネネが通れるように入り口から退く。

散らかった部屋に足を踏み入れるネネの後に従い、ドアを閉めて室内に戻ったアルは、

「あ、開けても良いっスか!?」

と、期待に目をキラキラさせながら、ネネに尋ねた。

「ええ。気に入ると良いんだけれど…」

包装紙を止めているテープを慎重に、しかしもどかしげに剥がし始めたアルから視線を外しネネは室内を見回した。

床じゅうに放り出されたコンビニの袋や雑誌。

そこかしこに脱ぎ捨てられている衣類。

既にいっぱいになり、中身が溢れ出しているゴミバコ。

「それにしても…、先週片付けたばかりなのに、また凄い状況になってるわね…」

頭痛でも覚えたのか、ネネは目を閉じて眉間を押さえ、軽くため息を付いた。

「うは〜!ワルキューレ!しかも十分の一スケール!…ってこれ、限定版ブラックモデル!?」

包装紙の下から姿を現した、バイクのプラモデルの箱を見つめ、アルは嬉しそうに声を上げた。

「良く知らないけれど、そうらしいわね?アンドウ君から欲しがっているって聞いてね、探してみたら、ネットオークション

で見つかったの」

「欲しかったんスこれ!ホビーショーの限定販売だったから、もう手に入らないと思ってたんスよぉ〜!お、パッケージにも

通し番号付いてるっス!」

体は大きくとも、まだ少年である。

トランクスから出ている短い尻尾をせわしなく振り、大喜びしているアルに視線を戻すと、ネネは満足そうに微笑んだ。

(こんなに喜んでくれるなんて…。受験用の参考書類一式をプレゼントに選ばなくて正解だったかもね…)

「気に入ったなら何よりよ。さぁ、そろそろ着替えなさい?休みだからって、いつまでもゴロゴロしてちゃダメよ?あなたは…」

「受験生なんだから」。そう出かかった言葉を飲み込み、ネネは苦笑しながらかぶりを振る。

(まぁ、今日一日ぐらいは、小言はやめましょう…)

「食事を摂って来なさい。部屋を片付けておくから」

「え?いいっスよ。そんなに散らかってないし、自分でやるっスから」

アルの認識による、「片付けなければいけない散らかりよう」になるまで放って置くと、文字通り足の踏み場もなくなって

しまう。

その事がよく判っているネネは、

「ダメよ。さ、着替えてきなさい」

有無を言わせぬ口調でそう告げると、周囲に散乱している衣類を拾い始めた。

「ほら、突っ立ってないの。邪魔邪魔」

「うっス…」

追い立てられるように寝室に入ったアルが着替えを始めると、ネネは拾い上げた大きなシャツを眺め、目を細める。

「十五歳…か…。もう十年も経つのね…」

呟くその声には、一抹の寂しさと、そして嬉しさが滲んでいた。

友人を喪ってから十年。同時に、幼かったアルを引き取って十年。

母を恋しがって時にふさぎ込み、時に静かに涙を流す、頼りなかった白熊の子は、随分と大きくなった。

そして今なお、ぐんぐんと背を伸ばし、元気に、逞しく成長し続けている。

引き取った当初は、もちろん不安があった。

自分に母親代わりが、姉代わりが、保護者が務まるのかという不安が。

だが、思い返してみれば、苦労はしたものの、楽しい十年だったといえる。

ネネ自身、調停者として、神崎の当主代行として、辛い事も苦しい事も経験した。

その間、身近に居る「護るべき者の象徴」、アルの存在によって救われた部分も、それなりに大きい。

気を遣ってか、目だって甘えるような事こそしなかったものの、アルが自分を慕い、なついてくれているのは判る。

だが、この関係もそう長くは続かないであろう事を、ネネは実感し始めていた。

テーブルの上に視線を向けたネネは、そこに広げられた教科書類に混じり、調停者試験用のガイドが置いてある事を認める。

(…来春…。進学するように厳しく言えば、受験勉強とその後の学校生活の事も考えて、諦めるかとも思ったのだけれど…。

この程度じゃ、怯みもしなかったわね…)

気付いていた。自分を、ダウドを、その胸の認識票を見るアルの瞳が、いつしか強い憧憬の光を帯びるようになっていた事

には。

知っていた。自分やダウド、家であり家族でもあるブルーティッシュに恩を返したい、役に立ちたい、その一心で、アルが

調停者となる決心をした事は。

解っていた。自分がどんなに反対しようと、アルが、いつまでも可愛い坊やのままで居てくれはしない事は。

もうじき、アルは調停者となる。

至る道は困難でも、間違いなくやり遂げる。

調停者として轡を並べる日は、すぐにやって来る。

身近で見てきたネネには、誰よりも良く解っている。

目標を見据えて努力する、アルのその集中力と執念の強さを。

「親離れされる母親というのは、こういう気持ちなのかしらね…」

ネネは自嘲気味に呟き、そっと、胸の谷間にたくし込んでいる、冷たく重い認識票に触れた。



「おはよーっス、アンドウさん!朝飯っス?」

メンバーの食堂でもある、ブルーティッシュ本部内のレストラン。

その席の一つにつきパスタを食べていた、髪の長い、細面で顎の尖った人間の若者は、聞き慣れた声を耳にし、首を巡らせた。

「おは。てかもう昼だっつーの。昼飯な、昼飯」

秋の盛りにも関わらず、袖なしティーシャツに短パンという軽装のアルは、テーブルに歩み寄りつつ、

「うぇ!?」

充血した、腫れぼったくなった目を自分に向けたアンドウの顔を見て、ビックリしたように声を上げた。

「どしたんスか?目ぇ赤いっスよ?」

「お前だっていつも赤いだろ」

「そりゃ母ちゃん譲りっスから。ってか白目までは赤くないっスよ」

「じゃあおれの勝ちだな」

「勝ち負けなんス?それ…」

軽口を叩きあいながら同じテーブルについたアルは、ウェイターに手を振り、ヤキソバを五人前と、コーラをボトルで頼む。

「夜、出番だったんス?」

「もう明け方になってからな。事後処理に時間食って、今しがた帰って来たトコ」

そうアルの問いに応じたアンドウは、寝不足と疲労でグチっぽくなっている事もあり、小声でブツブツと文句を言い始める。

「…今年来たばっかのあの監査官、ダメだな…。指示は見当外れ、何かと仕切りたがる、でもって威張り散らす…。リーダー

やヤマガタ先生が居たら口出しする度胸もねーくせに…、ああいうのが有事になると真っ先に逃げるんだよ…。早いトコ異動

になってくんないもんかね…」

アンドウの呟きは、アルには良く聞こえなかった上に、断片的に耳に届いた部分も内容が解らなかった。

もっとも、何の話かと訊いた所で、調停者でない自分には詳しく話してくれる事はない。

それが解っているアルは、あえて詳しくは問わず、話題を変える事にした。

「ところで…、今日、何の日か知ってるっスぅ?」

ニヘラ〜っと弛んだ笑みを浮かべたアルに、

「萌えの日」

アンドウは興味無さそうに即答した。

「…何スかそれ?」

「十月、十日、縦書きにして組み合わせると、萌って字になるだろ?」

「…モエって、どう書いたっスかね…?」

首を捻っているアルに、アンドウは「辞書で引けっつーの」と、そっけなく応じる。

「まぁそれは置いといて…。他にもあるっしょ?」

「目の日」

「うっ。それもあったっス…。そうじゃなくてっスね…」

「じゃなきゃ昔の体育の日」

「あ…。言われてみればそうだったっス…」

「あと、お前の誕生日だったな」

「いや、だから…。へ?」

さらりと言い加えたアンドウは、胸ポケットからメモリーカードを取り出すと、テーブルの上にパチンと置いた。

「一応、誕生日プレゼントな。中身はシェリルの日本語版ベスト」

「あ、あれ?え?プレゼント用意してくれてたって事は…、覚えててくれたんス?」

「ああ。覚えててとぼけてた」

「…こういう時までイヂワルするんスから…」

「こまめにちょくちょく意地悪するトコが、おれのチャームポイントなんだよ」

アンドウは口元を歪めながら肩を竦め、アルは「うへへ…」と笑いながら指先で頬を掻く。

「ありがとっス!アンドウさん!」



「おうアル!起きてるかぁ!?」

その日の夜。勢い良く自室のドアが開くと、参考書をアイマスクにしてソファーにひっくり返っていたアルは、ビックリし

て飛び起きた。

「だ、ダウドさんスか…。脅かさないで欲しいっス…!」

ドアの所で仁王立ちしている、黒いタンクトップにボクサーパンツという、ラフ過ぎる格好をした白虎の姿を認め、白熊は

ほっとしたようにため息をつく。

「がはははは!何だ?ネネが来たとでも思ったか?居眠りするんなら、しっかり鍵かけとけ」

からかうようにそう言うと、ブルーティッシュのリーダー、ダウド・グラハルトは、片手にビニール袋を、もう片手に一升

瓶を提げ、アルの部屋に上がり込んだ。

たった今自分で言ったように、ドアにしっかりと鍵をかけると、白虎はのしのしとテーブルを回り込み、アルの傍に屈み込む。

「ちょ?酒臭いっスよ?」

濃いアルコール混じりの息に顔を顰めたアルに、ダウドは酒瓶を揺すって見せる。

「非番だったんでな、午後からずっと飲んでた。知り合いが美味い酒を送って寄越したんでな」

半分ほど空の一升瓶には、「熊潰し」と書かれたラベルが張ってあった。

「で、どうだ?勉強は」

「調停者試験の方はまぁまぁっス」

「で、高校入試の方は全然、か」

「うス…」

「だろうと思った」

気まずそうに視線を逸らしたアルを叱るでもなく、愉快そうな笑みを浮かべて見せると、白虎は一升瓶の栓をポンと抜き、

直接口をつけてグビッと飲む。

ネネが言うのならば、自分が言う必要はない。

ネネが教えない事、ネネが言わない事、ネネが触れない事について教える。

ダウドは自分のスタンスを、そのように考えている。

「ほれ、トシキから誕生日プレゼントだと。後で礼を言っておけよ?」

「お!?ありがたいっスぅ〜!」

ダウドが袋から取り出し、差し出した分厚い書物を見て、アルは「むむ?」と首を傾げた。

「…英語の…文法ガイドっス…?」

「受験勉強、頑張れって事だろうな。お前英語苦手なんだろ?」

「………」

アルはしばしガイドを睨んでむくれていたが、気を取り直したように書物を受け取ると、表紙に印字されたタイトルを指先

でトンと叩き、笑みを浮かべた。

(一応、応援してくれてるんスね、ヤマガタさんも…)

「それはそうと…、まだ勉強、頑張るか?」

「え?ん〜、今日はもう止めるっスかね…。一眠りしたらやる気無くなったっス。…元々あんま無かったけど…」

「なら、時間はあるな?」

尋ねるダウドに、アルは顔を輝かせた。

「あ!禁圧解除の練習、見てくれるんスか?」

「違う。今日は俺が気分じゃない」

一升瓶を揺らして見せながら苦笑いしたダウドは、少しだけ表情を引き締めた。

「禁圧解除の訓練の事、誰にも話していないだろうな?」

「うス」

神妙な顔で頷いたアルに、ダウドは満足気に大きく頷き返した。

アルもいつかは、こちらの世界に足を踏み入れる。

反対するネネとは対照的に、ダウドは早くからその事を確信していた。

だからこそ、アルにこっそりと戦い方を教え、仕事の合間に自ら手ほどきをしている。

アルがこちら側に来る事は、止める事も、避ける事も、おそらくはできない。

ならば、踏み込んできたこの世界でも生き残れるよう、自分の「タフな生き方」を叩き込む。

それが、アルが調停者になる事を望んでいると気付いた時に、ダウドが心に決めた事であった。

ネネが母親兼姉であるならば、ダウドは父親代わりであり、兄でもある。

進む道を案ずるのがネネの役割なら、進む道に向かって背中を押してやるのが自分の役目。

口にこそしないものの、ダウドはそう考えている。

「調停者になる為に、進学する為に、勉強するのも大事だが…、息抜きも大事だ。だろう?」

白虎は意味ありげにニヤリと笑うと、先ほどトシキのプレゼントを取り出した袋に手を突っ込み、いくつかのケースに収め

られたディスクを取り出した。

「何スかこれ?」

首を捻ったアルの前でいきなり立ち上がると、ダウドは寝室のドアを指し示し、ニヤリと笑った。

「俺からの誕生日プレゼント。秘蔵のDVDだ」



寝室のベッドにアルと並んで座り、酒をらっぱ飲みしつつ、DVDの画像が映し出されているテレビ画面眺めながら、ダウ

ドは満面の笑みを浮かべていた。

「どうだ?俺自慢の秘蔵の品。完全無修正だぜ?」

返事が無い事を訝しがり、ちらりと横を見た白虎は、小さく吹き出す。

刺激の強過ぎる画像と音声により、興奮し過ぎたアルは、ボタボタと鼻血が溢れてくる鼻を両手で覆いながら、天井を向い

ていた。

(少々早かったか?…いや、十五ならそんな事も無いだろう…)

「こ、こここコレ…、ほ、ホントにくれるんスか…!?」

鼻にティッシュを詰め、落ち着き無く身じろぎしながら尋ねるアルに、ダウドはニンマリと笑う。

「おう。オナるネタとしちゃあ最高だろう?」

「オナる?」

「オナニーの事だよ。こういう言い方はしないのか?」

首を傾げたアルに、ダウドは中身が少なくなった一升瓶の中身を、チャプンと揺すって確認しながら応じる。

「…へぇ〜…」

アルはそう返事をしながらも、首を捻っていた。

それを見たダウドもまた、訝しげに眉根を寄せて首を捻る。

(…ん?まさか…?…いやいや、まさかな…、まさかそんな事は…)

「念の為に訊くが、オナニーは知ってるな?」

「え、えっと…」

アルは口ごもり、カシカシと頭を掻いた。

恥かしがっている…のではなく、考え込んでいるのだと悟ったダウドは、口をカクンと開け愕然とする。

「知らねぇってか!?」

「じ、実は知らないっス…。そ、それ、知らないとマズい事っスか?」

困ったように尋ねるアルを前に、

(そのまさか、かよ…)

ダウドは唸りながら胸の前で腕を組み、訊き返した。

「学校でダチなんかと、そういう話なんかはしないのか?」

「えっと…、オレ、学校に友達居ないっスから…」

困り顔のまま応じる白熊に、白虎は呆れ顔で呟く。

「…学校ってのは、ダチと遊ぶ所だろうが…」

やや間違っているような、それでいて正しいような、微妙な見解を述べたダウドに、

「だって人間しか居ないっスから…。授業終わったらさっさと帰ってくるだけっス」

「部の仲間とかは?仲が良いヤツとか…」

「別に居ないっス。…ネネさんに言われなきゃ、柔道部なんか入らなかったっスよ…」

強く勧められて始めた柔道だったが、楽しいと思えた事はほとんど無かった。

小学校に上がる前から、遊びと称してダウドに格闘技を仕込まれていたアルにとっては、普通の学生などまず相手にはなら

ない。

体格と身体能力で圧倒的な差があるため、アルにとっては稽古も、試合ですらも、物足りない物であった。

それでも、大会を勝ち進めばそれなりに強い相手と当たる。

だが、そこでいくばくかの満足を得られても、大会が終われば、かえって物足りなさが強くなる。

柔道をしていた頃の事を振り返っていたアルは、ふと、夏の大会の事を思い出す。

二年生の時に初めて対戦した、東北からやってきた濃い茶色の熊。

自分と同等の体格に、ほぼ互角の腕力。荒々しくも真っ直ぐな、向き合うだけで感じられる圧力。

勝利を収めた当時のアルは、その相手との試合で得られた心地良い緊張感と、技の応酬の手応えから、それまで柔道をして

きて初めて、「楽しい」と感じる事ができた。

それから、密かな期待を胸に秘め、待つ事一年。

今年の夏、全国大会の決勝戦という最高の舞台で、再び出会えたその相手は、さらに強くなっていた。

思い出せば自然に顔が綻ぶほどに、その時の楽しさを覚えている。

強い光を宿した相手の目が、自分と同じく「楽しい」と感じている事を、如実に物語っていた。

だが、結局、相手が前の試合で負傷していた事が原因となり、試合そのものは審判によって中断されてしまった。

判定で勝利をおさめ、優勝はしたものの、アルの中ではあの試合に、決着はついていない。

夏の大会を最後に、柔道をやめる。進学を目指す事になった今でも、また柔道をしようとは思わない。

調停者としての日々に、部活を割り込ませる余裕などないからである。

そう、ずっと決めていた事なのに、あの試合の事を思い出すたびに、アルの胸は、奥の方でざわつく。

ほんの少ししか言葉を交わせなかったが、あの茶色い熊の事を思い出すたびに、何故か寂しい気分になる。

もしも自分が、彼らと同じ学校に居たのなら…。恐らくは差別の無い、彼らの町に住んでいたなら…。

そうしたら自分にも、友達が居たのだろうか?楽しく学校に通い、部活をしていたのか?と…。

(アブクマ君は…、たぶん、友達多いっスよね…。きっと、人間の友達も居るんスよね…。オレも、あっちの学校だったら、

友達、たくさん出来たんスかね…?)

いかつい顔に人懐っこい笑みを浮かべ、屈託無く笑っていた、阿武隈沙月(あぶくまさつき)という名の少年の事を思い出

すと、アルはあの途切れてしまった試合の事や、友達が居ない事について、ついつい考え込んでしまう。

それはとりもなおさず、自分が彼と友達になりたかったからなのだという事には、しかしアルは未だ、気付いてはいない。

なにやら物思いに耽り始め、寂しそうに耳を伏せて項垂れ、時折「ふぅ…」とため息を漏らしているアルを、傍らの白虎は

顔を顰めながら眺めていた。

(ダチの事は禁句だったか?そういえば、コイツがダチと一緒に居る所なんぞ、最近じゃ見た事ないな…)

ダウドは、かつては自分も味わった、獣人差別の陰惨さを思い起こしながら、少々気まずそうにガリガリと頭を掻いた。

(ここらの学校じゃ、生徒は人間ばっかりだろうしなぁ。全部が全部獣人差別者って訳じゃあないだろうが…、差別主義が蔓

延してる中、すき好んで獣人と仲良くしようってヤツはまず居ないか…)

獣人とはいえ、神将家の出であるネネには、おそらくアルの状況は、見えてはいても飲み込めてはいない。

味わった事の無い辛酸を、我が身の事の様に理解する事は難しい。

ネネはこの首都において、生まれながらに差別を受けない階級に属しているが故に、良くも悪くも、アルを学校へ行かせ、

部活を経験させる事に、さして疑問を抱いてはいなかった。

アルもまた、ネネに心配をかけまいとするが故に、学校で孤立している事など話しはしない。

(野球やってた頃は、それなりにダチも居たと思ったが…。あぁ、小学校じゃあそれほど露骨な差別はないのか?主義主張や

思想以前に、騒いで走り回るだけで頭が一杯だろうしなぁ…)

アルも黙ったままだったので、しばし腕組みをしながら考え込んでいたダウドは、

「ダウドさん?」

その黙り込んでいたアルから突然声をかけられ、横を向いた。

「別にオレ、学校で友達居ない事なんて、そんなに気にしてないっスよ?」

そう言いながら、笑みを浮かべて見せた白熊の顔を見つめ、ダウドは心の中でため息をつく。

(いつからだろうな…。こいつが辛い事も寂しい事も、ネネに隠そうとするようになっちまったのは…)

一言何か言ってやろうと思い、口を開きかけたダウドはしかし、

「帰ってくれば、他の何処の家よりも、大勢の家族が居るんスから」

そう続けられたアルの言葉を聞き、一瞬目を丸くした後、思わず苦笑していた。

白虎はどこか誇らしげな表情すら浮かべると、黙って腕を上げ、少し乱暴にアルの頭をワシワシと撫でた。

「ちょ!?もう!子供扱いしないで欲しいっス!」

顔を顰めて抗議しながらも、アルの尻では、短い尻尾がピコピコと、まんざらでもなさそうに動いていた。

それは、二人が今後互いに臨む事になる、平穏とは言い難い日常とは裏腹に、微笑ましい光景であった。

部屋を満たしているBGMが、アダルトDVDが再生する嬌声や息遣い、その他諸々の音でさえなければ、恐らくはもっと微笑

ましかったはずである。

「そうそう。子供といえばだな…。そろそろお前、オナニー覚えておくべきじゃないか?いや覚えるべきだな。何を置いても」

思い直したようにそう言ったダウドに、アルはまた首を傾げる。

「それ。さっきも言ってたっスけど、何なんスか?」

「大人へのステップアップの一段だ。そうだな、まずは…」

ダウドはすっと手を上げ、一点を指さす。

つられてそちらに視線を向けたアルは、DVDが再生中だった事を今更ながらに思い出し、ブパシッ!と音すら立てて、鼻に

詰めていたティッシュを、鼻血と共に排出する。

真っ赤な血がボタボタと垂れる鼻を押さえ、天井を仰ぎ、手探りでティッシュを探すアルを、ダウドは呆れたように口を開

けて見つめる。

(…耐性が無いとしてもだ…、こりゃあ色々とまずいんじゃないか?今後の事とか…)

軽く頭を振ってから、ダウドは視線を下げる。

ベッドの上に胡坐をかいている白熊の股間では、柔らかい生地のハーフパンツが、僅かに盛り上がっていた。

(興奮し過ぎるのは問題だが、きちんと反応はしてるな…)

ニヤリと笑みを浮かべると、ダウドは手を伸ばし、アルの股間のそのふくらみを鷲掴みにした。

「え、ちょ、ギャース!?どどど何処触ってん…はうっ!?」

抗議しかけたアルは、そこをキュッと握り込まれ、息を止める。

「おーおー、きちんと硬くなってるな」

「ちょ!?ダウドさんっ!?は、放し…てぇ…!えひっ!」

ゴツい指でハーフパンツ越しに睾丸をコリコリと擦り合わせるように揉まれ、アルは悲鳴に近い声を上げる。

「よし、準備は良さそうだな。それじゃあ、オナニーってモンを教えてやろう」

にやにやと、何か良からぬ事を企んでいるような笑みを浮かべつつ、白虎はアルの股間から手を放す。

前屈みになり、股間を押さえて、上目遣い自分を見つめて来るアルの目に、明らかな怯えを見て取ると、

「一人前の大人になりたいか?アル」

と、ダウドは表情を改めて尋ねる。

「え?う、うス…」

やや躊躇しながら頷いたアルに、ダウドは「そうだろそうだろ」と、真面目な顔でウンウン頷いて見せた。

「誕生日のサービスだ。俺が直々にオナニーってモンを教えてやろう…!」

真顔で、重々しい口調でそう言ったダウドの前で、アルはその顔に緊張の色を浮かべながら居住まいを正し、きちんと正座

してダウドに向き直ると、

「よ、よろしくお願いしまっス…!」

ソレが何なのかも知らないまま、素直に頭を下げた。

「よし!それじゃあまず、服脱げ」

「うス!………って、何で服?」

威勢のいい返事と共にシャツをバッと脱いだアルは、ズボンに手をかけた所で止まった。

「汚れないようにだ。ついでに言うと、ズボンを穿かれたままだと指導し辛い」

「う、うス?なんでっス?」

ここに来てようやく何かおかしい事に気付いたアルは、ダウドの瞳をじっと見つめる。

が、真面目な表情を浮かべ、自分の顔を見返してくるダウドの金色の瞳が、実は酔いで曇っている事には、残念ながら気付

けなかった。

「良いから脱げ。話はそれからだ」

有無を言わせぬ口調で促され、アルは躊躇いながらもズボンを脱ぐ。

「パンツもだ」

「うぇ!?」

さすがに今度は拒否の姿勢を見せたアルに、ダウドはニヤーっと笑いかける。

「嫌だってんなら…、力ずくだ…!」

「あ!?ちょ、ま、や、やめっ!おぎゃぁあああああース!?」

逃げようとした所を無理矢理組み伏せたダウドは、うつ伏せに押さえ込んだアルの尻、トランクスのゴムに手をかけると、

グイっと引き降ろした。

「ちょまぁあああああっ!?ななななな何してんスかぁああああっ!?って、わっ!?」

強引に横に転がされ仰向けになったアルの股間。

その、被毛と脂肪で盛り上がった三角のエリアに、埋もれるようにして屹立しているのは、彼のコンプレックスとなってい

る雄のシンボル。

そこへ、白虎の手が素早く伸びた。

先端まで皮を被った、体格とは裏腹にかなり小振りなソレをキュっと握られ、アルは「ひぐっ!」と呻いて硬直する。

「任せておけ。しっかり仕込んでやる…!」

獰猛な虎の笑みを浮かべたダウドは、すっかり萎えて縮み上がってしまったソレを、クニクニともみしだいた。

「え?あ、ちょ、だ、ダメっスぅ…!き、汚いっスからソコぉ!」

「しっかし、改めて言うのもなんだが、小せぇな…。体はでかくなっても、ここは相変わらずか…」

「ち、小さいとか言わっ…!」

背中側に手をつき、上体を起こしたアルの目の前に、空いている方のダウドの手、その人差し指が突きつけられた。

その指がすぅ〜っと横に動くと、薄赤い瞳はそれを追いかけ、

ぶぴっ…!

いまだ再生中のDVDの刺激的な画像を捉える。

鼻血を出して仰け反ったアルの股間、ダウドの手の中で、その小振りな竿がムクっと頭をもたげた。

ダウドはそのゴツい親指と人差し指で、硬くなったアルの竿をグリッと強く摘む。

「いはぁっ!あ、く、苦し!ちょっと苦しっス!あとこちょぐったい!」

「我慢してろ。大人しくしていないと、「うっかり」握り潰すかもしれんぞ?なに、す〜ぐ気持ちよくなる!」

いくらか抵抗を弱め、声を上げたアルにそう告げながら、ダウドは少しずつ、手の動きを変えていった。

最初は小振りな竿を、片手の指で挟んで揉むようにしていたが、やがてそれは両手での責めに変わる。

片手で睾丸をつまみ、もう片手で包皮に守られた亀頭を、皮の上からつまんで、指の腹で揉む。

「あ、あっ!あひっ!だ、ダウ、ド、さんっ!な、なんか、む、ムズムズして…、だ、ダメっス!やめっ、んぅっ!」

喘ぎ混じりのアルの声を無視し、ダウドは意地の悪い表情を浮かべながら、急所への刺激を続ける。

やがて、そろそろ十分だろうと判断したダウドは、アルの小振りなソレを、右手の人差し指と中指、向き合う親指の三本で

つまみ、小刻みなピストン運動を開始した。

「あ!あぁっ!?な、何か、何かヤバいっス!ちょ、まままま待ってダウドさんっ!」

「ん〜?」

「も、漏れそう!漏れるっス!漏らしちゃうっスぅっ!」

チュクチュクとしごかれる股間から、初体験の刺激を送り込まれ、アルは涙目になりながら体を振るわせた。

「漏らせ漏らせ、思いっきり出して良いぞぉ?」

笑みを浮かべ、何故か楽しげに応じるダウド。

素早く動くダウドの手から振動が伝わり、喘ぎで上下するアルの胸が、腹が、そこについた脂肪が小刻みに揺れる。

(女をヨロコばせるのとはちょっと勝手が違うが…、この様子なら、まんざらでもないかな?)

ダウドは満足気に口の端を吊り上げつつ、手の動きを一層速めた。

「いはぁああああああっ!?ちょま、まっ、まままま待ってっスぅっ!へひっ!い、いふうっ!」

電動の機械を思わせる速度と正確さでピストン運動を繰り返すダウドの手は、あまりのスピードに、もはやブレて見える。

その高速運動によって送られる刺激は、初体験となるアルには、少々強力過ぎた。

「あ、あぁぁああっ!だ、ダウっ…、だ、め、ひっ!ひぅっ!いひぃっ!いいい、い…、いんにゃぁああああっ!」

かたく目を瞑り、全身をブルっと震わせたアルは、次の瞬間、初めての射精を経験した。

ドプッと、白濁色の液体が、アルの男根の先、余った皮の先端から溢れ出る。

その小さな睾丸の何処に入っていたのか、そんな疑問を抱くほどに大量の精液が、ドプドプと止め処なく溢れ、白い腹と、

ダウドの手を汚す。

「ひ、ひぃっ…、ふぅ…、はぁ、はっ、はぁ…はっ…」

ようやくピストン運動が止まると、絞り出すように白濁色の精液を吐き出したアルは、ばふっと仰向けに倒れこみ、荒い息

を吐きながら脱力した。

「こいつがオナニー…、自慰ってヤツだ。まぁ、本当は自分の手でやるものだがな」

ダウドは汚れた指をティッシュで拭いながら、アルの顔を見下ろす。

目尻に涙は浮いているものの、快感の余韻に浸っているのか、ぐったりと脱力したまま、ふぅふぅと息をしているアルの顔

には、恍惚とした表情が見て取れた。

「どうだ?気持ち良かったろう?」

「…う、うス…」

小声で返事をしたアルは、次いでちらりとダウドの顔を見ると、

「で、でもぉ…、なんか、無茶苦茶恥かしいっスぅ…!」

両手で顔を覆い、くぐもった声を上げた。

「がはははは!まぁ、本来は一人でコッソリするものだ。次からは人目につかない状況で、自分の手でやれ」

「うス…。あ、あのぉ…」

顔を覆った指の隙間から、窺うように自分を見たアルに、ほとんど空になってしまった一升瓶を掴みあげていたダウドが視

線を向ける。

「あ、ありがとっス…。ダウドさん…」

改めて礼を言われたダウドは、一瞬キョトンとした後、そっぽを向いて頷いた。

「…おう」

頬をポリポリと掻き、太い縞々の尻尾で、ぱふっと、布団を軽く打ち据えながら。



そして、数日後…。

「あら?」

アルの留守中に部屋の掃除に来ていたネネは、訝しげな声を漏らし、掃除機のスイッチを切った。

ベッドの下に潜り込ませた掃除機のヘッドに、何か硬い物が当たっていた。

屈み込み、ベッドの下を覗き込んだネネは、そこに隠されていた数枚のDVDを発見する。

「…まぁ、アルも年頃の男の子だし…。気付かなかったふりをしておこうかしら…」

ケースに収められたDVDを眺めたネネは、微妙な表情を浮かべ、苦笑交じりに呟いた。

隠し場所のベタさにやや呆れながらも、DVDを戻そうとしたネネは、そのラベルに書かれている文字に気付き、動きを止めた。

「………」

結合部完全無修正。緊縛プレイ特集。特選!素人和猫娘。5P。爆乳娘陵辱コレクション。

ダウドの字で書かれた、ソレらのラベルの書き込みを凝視するネネ。

やがて、その全身の被毛がゾワリと逆立ち、部屋の空気が張り詰めたものへと変わる。

次の瞬間、ネネの手の中でパシャッという音がした。

しなやかな細い指で支えられていた、全てのDVDが砕け散り、ほとんど粉のような細かい破片となって、ネネの足元へと降

り積もる。

「…ダ…ウ…ドぉっ…!」

数年ぶりに神卸しをおこなったネネの姿が、掃除機を残し、その場から掻き消えた。



これより僅か数十秒後、珍しく五階の事務室に居たダウドは、忽然と現れたネネにより、手加減抜きの怪鳥蹴りを側頭部に

叩き込まれ、窓を突き破って駐車場へと落下して行く事になる。



「…あれ…?」

さらにその数時間後、学校から帰って来たアルは、出しっ放しになっている掃除機と、何やら粉のような物が積もった床の

一点を見つめ、首を捻った。

「…まさか…!?」

床に這いつくばり、ベッドの下を覗き込んだ白熊は、全てを悟ると、顔色を失って硬直した。

…それから数日の間、ダウドは勿論、アルもまた、ネネの顔色を窺いながら、ビクビクと過ごす事になった…。