朝日を拝むまで(後編)

手を当てて塞いだ口から嗚咽を漏らす少年を、白犬はじっと見つめる。

その手すらも、暴走するノンオブザーブによって透明になったり現れたりしていた。

ポロポロと涙を零すミオは、ひとを殺めた罪悪感と嫌悪感と恐怖感で押し潰されそうになっている。

その姿を見て、少年が手を汚した事を己の力不足のせいと断じ、責任を感じているハティはいたたまれなくなる。

「ミオ…。君は悪くない。何も悪くない。私がやらねばならなかった事を代わりにやってくれただけなのだ。あれらは全て、

私がおこなったに等しい」

諭すようにそう声をかけるが、ミオは口元を覆ったまま首を振り、目を泳がせた。

ハティが何と言おうと、自分が殺したという事実は消えない。手に残った感触は消えない。

冷えて麻痺しかけた嗅覚でも捉えられた、ねっとりした血生臭さが蘇り、吐き気を覚える。

相手の喉を裂いた時の、胸を刺した時の、寒気がするような感触が手に残っている。

見えない襲撃者によって致命傷を与えられ、何が起こったか判らず、しかし手際の悪さ故に苦痛だけは酷く感じながら、も

がき、苦しみ、そして死んでいった狙撃手達の有様が、まざまざと思い出される。

彼らが絶命する様を、傍で震えながら見届けたミオの心は、繊細であるが故に酷く痛み、ひび割れてしまった。

仕方がなかったと割り切れるだけの器用さも、タフさも、少年は備えていないのである。

能力の暴走で、まるで内側に色つきの光源があるガラス細工のように、刻々とその体を明滅させながら、ミオは嗚咽を漏ら

し続ける。

「う…!ううううううううっ!」

追い詰められた…。否、己を責め過ぎ、自分で自分を追い詰めたミオは、半ば無意識に握り混んでいたズボンのポケットの、

硬い感触をおぼろげに察する。

良心の呵責に耐えきれなくなったミオは、よく考えもせずにソレに縋った。

ポケットから取り出した短い、何かのグリップだけのようなそれは、缶切りやコルク抜き、ペーパーナイフを備えた多目的

ツールである。

今朝、きつい事を言った償いのつもりでスコルが渡したソレを、ミオは硬く握りしめ、短いナイフを飛び出させた。

そして祈るように両手を組み、上に向けてしっかり握った刃を赤く充血した目で見つめ、勢いよく自らの首元へ突き上げる。

「ミオっ!」

ハティの口から太い声が発されたその時には、ミオの両手は動きを止めている。盛り上がりの殆ど無い喉仏に、ナイフの先

端を軽く触れさせた状態で。

目にも止まらぬ速さで伸びた白い手は、少年の手首をがっしりと掴んで、その動きを阻んでいた。

「馬鹿な真似はよすんだ」

叱りつけるハティを血走った目で見返し、ミオは鼻声を上げた。

「こ、殺しちゃったんです!ぼくは!ぼくが!ぼくの手で!三人もっ…!っぐ…、うぅぅ…!」

「落ち着きなさいミオ」

「ぼくのせいです!ぼくのせいで三人も死んだんです!ぼくが奪った!殺した!死なせた!死なせたくないからっ!だから殺

してっ!でもっ、でも本当は殺したくなんかなくて!ぼ、ぼく…、ぼくはっ…!」

錯乱しているせいで言葉は纏まりがなく、支離滅裂だったが、ハティは悟る。

自分達を助ける為に他者の命を奪ったミオが、どれほど辛かったのか、どれほど苦しんできたのか…。

少年は選ばなければならなかった。ハティを救う為に己の手を汚すか、それとも、逃げてハティ達を見殺しにするか…。

優しい答えなど選びようも無い状況で、ミオは結局、自らの危険と恐怖に目を瞑り、狙撃兵を殺した…。

「ミオ…、君のせいではない。あれは私のせいだ」

「謝らなきゃいけないんです!お詫びしなきゃ…!だから、だからぼくも同じ目に…!」

「ミオ、とにかく落ち着…」

「イヤだもうっ!全部イヤっ!胸が痛い!苦しい!怖い!気持ち悪い!ぼくが気持ち悪いっ!お願いです!死なせて下さい大

尉ぃっ!死なせてぇっ!」

掴まれた手を激しく動かし、なおも刃を自分の首に突き立てようとするミオを、首根っこと手を固めて抑え込むと、白犬は

少年の手からナイフを無理矢理奪い、放り出す。

金属的に乾いた音を立てて床に跳ねたソレは、木箱の間に潜って消えた。

「死なせて!死なせてください大尉!もうイヤっ!イヤなんですこんな気持ち!お願いだから死なせてくださいぃっ!」

膝立ちになって狂ったように手を伸ばし、再び凶器を取ろうと暴れるミオが叫んだその直後、少年の右頬が軽く音を立て、

首が横を向く。

瞬時に能力の暴走がおさまり、ぺたんと尻餅をついて、何が起こったのか理解しかねているようにきょとんとしたミオは、

自らの頬にそっと手を当てる。

「…済まない…」

ハティはミオの頬を叩いた手を下ろし、静かに囁いた。

それは、痛みなど殆どない、気付けにすらならないような、鈍く、しかし重い平手打ちであった。

だが、頬を張られた痛みそのものより、叩かれたという事実が、取り乱していたミオの心を一喝し、塗りつぶされそうになっ

ていた意識に空白を作る。

なんだかんだ言っても、ハティはミオに対しては優しいを通り越して甘く、そして為にならないほど寛容であった。

他の上官がしばしば部下をそうするように痛みや労働で罰する事など、これまでは一度も無かった。

だが今、ハティは己の甘さを自覚し、あえてミオをぶった。ゆっくり、優しく、痛くなどない平手打ちではあったが。

「聞きなさいミオ。君のせいではない。君だけのせいではない」

魂が抜けたように大人しくなったミオに、ハティは殊更にゆっくりとした口調で語りかける。

「誰かのせいだと言うのなら…、私のせいという事で納得できないのなら…、私達二人のせい、それではだめか?」

「…二人の…せい…?」

オウム返しに呟くミオに、ハティは頷く。そして少年の華奢な体に腕を回し、緩く、優しく抱き締める。

「彼らが死んだのは私達二人のせいだ。彼らを殺したのは私達二人だ。だから、苦しむのは半分だけでいい…」

「半…分…」

ハティの肩に顎を乗せ、うわごとのように呟いたミオは、歯を食いしばって涙を零す。

「一人で背負い込むな。ギュンター騎士少尉候補生も言っていたが、君は立派だ。私達の為に辛い事をしたその重さは、苦し

さは、分けて背負うべきだ」

囁きかけながら、ハティはその大きな手でミオの後頭部をそっと撫でる。

その柔らかくて暖かで優しい感触で、ミオは一層涙を増やした。

「大尉…」

「うむ」

「大尉ぃ…!」

「うむ…」

「大っ…!う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああん!」

声を上げて泣き始めたか細い少年を、白犬は頭を撫でて慰めてやる。

自分の太い胴に、回りきらない細腕を回して必死になってしがみつき、声を上げて泣きじゃくる少年が、哀れで、不憫で、

愛しくて仕方がなかった。

何に替えても守らねばならない…。そんな意識を新たにする。一度は一人で先に死を選ぼうとしたが、もうそんな勝手はし

ないと心に決めた。

(死ぬのはミオの為に…。叶うことならミオより後には死にたくない。ミオの命は、必ず私より長く…)

どれだけそうしていただろう。やがてミオは声を上げすぎて疲れ果て、喉を枯らしてひゅうひゅう鳴らしながら、しゃっく

りを繰り返すようになる。

ようやく静かになった少年の背を軽く叩いてやるハティに、ミオは囁いた。

「大尉…、あの…」

「どうした?ミオ」

身を離したい素振りを見せたミオを放してやると、ハティは間近で見つめて来る部下の顔を見返す。

「…大…尉…」

囁いたミオが、軽く目を閉じた。

少し顎を出す形で目を瞑った少年が、一体何を求めているのか…。ハティは一拍置いて悟る。

「…今だけ…、今だけで良いんです…。怖いのも…、辛いのも…、お願い…、忘れさせて…」

口元をわななかせながら、ミオが訴えた。

しかしハティは、ミオの為に何でもしてやろうと考えていながら、この行為には躊躇する。

行為そのものに抵抗がある訳ではない。ミオに尽くすという覚悟は嘘では無い。

それでも躊躇ってしまうのは、自分への疑惑故である。

ハティの素体となった男…ブライアン・ハーディーは、少年のみをターゲットとし、犯し、殺し、食した、史上最悪の連続

殺人鬼の一人、「笛吹き男」である。

ミオが望む口付けは、ハティが嫌悪し、忌避し、目を背け続けてきたブライアンが生前行っていた事にも通じる物がある。

先におこなったヘルとの戦闘においては、精神の深淵に押し込めていた黒い感情がオーバードライブ中に表面化し、意識で

は抑えきれない凶暴性を発揮した。

半ば自動的にヘルを破壊してゆく自分の体を、ハティは意識を保ちながら制し切れなかったのである。

その時のどす黒い感情や衝動は、記憶に残るブライアンの暗く狂おしい情念と一致する。

ハティにとって、今ではブライアンと自分の相違は、概念的、精神的な問題ではなく、極めて現実的な問題となっていた。

もしもミオと行為に及んで、再びあの状態になったなら…?そう考えると軽く頷く事はできない。

無理だ。そう思ってかぶりを振ったハティだったが、

「大尉…」

ミオが薄く目を開け、懇願するような眼差しで見つめて来ると、放っておけない気持ちになった。

感情に乏しかったハティにとって、ミオの言動に反応して生まれる様々な思いや感覚は、新鮮であると同時に手に余る。

今もなお、困惑と憐憫と保護意識がない交ぜになった感覚が胸を満たし、少年を拒む事ができないでいる。

「お願いです…、大尉…」

ミオが繰り返す。その熱っぽい声と潤んだ瞳が、ハティの心を押した。

部隊を失い、仲間を失い、居場所を失い、何もかも無くした今、この少年の存在だけが、ハティが生きる理由である。

ミオの為に何でもするという気持ちに偽りなどない。

だからこそ、ブライアンへの嫌悪も、個人的な忌避も、今は忘れ去る事にした。ミオに報い、償う為にも。

(例えまたあの衝動が沸き起こっても、今度は抑えてみせる…。ミオを殺したりはしない…、殺させたりはしない…、絶対に)

覚悟を決めてそっと顔を寄せたハティの口が、ミオのそれと重なる。

再び瞼を閉じた少年の目尻から、透明な滴が零れて頬を伝い落ちて行った。

夜明け前から着の身着のままで動き回り、入浴は勿論、慌ただしく保存食を詰め込んだまま歯も磨いていなければ、水です

すぎもしていない。唾液は粘り気があるが、ミオもハティもそれを不快には思わなかった。

離した口の間で唾液が糸を引き、吐き出された二人の息に煽られ、切れて落ちる。

「大尉…、嬉しい…」

潤んだ目で見つめて来るミオに、ハティは再び顔を寄せ、口を吸う。

貪るように深い口付けを交わす二人の体が、ゆっくりと、シートの上に倒れ込んだ。



光源も僅かな暗いコンテナ内に、獣じみた荒い呼吸音が響く。

薄明かりが暗闇に浮かび上がらせるのは、上着を脱いで露わになった、白い被毛に覆われた巨体。

そして、白犬に組み敷かれるようにして下になっている、小さく華奢な少年の体…。

シートの上に仰向けになったミオの上に、ハティが覆い被さっている。両者とも既に上着もアンダーウェアも脱ぎ捨ててズ

ボンだけ穿いており、上半身をさらけ出していた。

200キロを越える体重をまともに預けたら、自分の四分の一程度しかないミオは潰れてしまうので、ハティは体を浮かせ

ている。少年の腰の両側に膝をつき、左手で上体を支える格好で。

覆い被さるグレートピレニーズの口は、アメリカンショートヘアの口を塞ぎ、くぐもった呻きを妨げていた。

その大きな手が、上着を脱がせて露わにしたミオの脇腹を撫で、毛皮越しにも感触が判る肋骨のラインをなぞり、被毛に埋

もれた桜色の小さな乳輪を親指で押すように擦る。

(ミオの体は、訓練の甲斐もあって出会った当初よりいくらかマシになったが、それでもこれほど細い…。この細腕に足では

雪を漕いで進むのも容易ではないだろう。筋肉どころか贅肉すらないこの細身では、北原の寒さは堪えるだろう。…なのに、

今日は弱音も吐かずに、ずっと歩き通して来たのだな…)

あまり成長していない体付きと、しかし配属された頃と比べて随分成長したミオの心根を、ハティは再確認していた。そし

て、過酷な道程で心身ともに衰弱し、ひとを殺めて心を痛め、弱りきっているミオの体を丹念に愛撫してゆく。

口を塞がれているミオの手は、覆い被さっているハティの弛んだ胸を、腹を、太い首を、緩んだ顎下を、愛おしげに撫で回

している。

時に少し強く押してみたり、贅肉に指が食い込むほど強く揉んでみたりもするが、ハティは嫌がる素振りを見せず、するに

任せて愛撫に集中していた。

(大尉の体…、柔らかい…。フカフカでムニムニ…。なのに奥には筋肉が詰まってて…、どっしりしていて…、凄い重量感…)

被毛と分厚い脂肪越しでも、鍛えられた筋肉の密度は何となく判る。ハティの屈強さの秘密に触れたような気がした。

ハティが上体を沈めて軽くのしかかり、胸を合わせて舌を絡めると、心地よい重量感と圧迫感を覚えながら、ミオはその太

い胴に縋り付く。

柔らかな被毛と分厚い脂肪に覆われた体が密着すると、包み込まれるような心地良さと安心感、そして温もりが得られた。

こんな事をするのは初めてのはずなのに、経験者であるミオをリードすらしている。

絡ませる舌は巧みに口内を蹂躙し、背筋が帯電するような刺激と、脳髄がとろけるような快感を少年に絶え間なく与えた。

ハティは何をやってもそつがない。そう感じるミオは、しかし失念している。

ハティ自身に経験はなくとも、彼の中には男色の殺人鬼にして食人鬼、笛吹き男の記憶が息づいているという事を…。

実際に白犬は、行為の手順をブライアンの記憶から引っ張り出している。頼っているようで少々癪ではあったが。

勿論、ブライアンが犠牲者を殺めるまでの一繋がりの手順は参考にならないので、安全に参考できる物を吟味し、部分的に

活用している。

それでもその愛撫は時に荒々しく、一方的に弄り倒す類の物になっているのだが、こればかりは仕方がない。ブライアンは

相手の同意を得て行為に至った事は一度もなく、その記憶にあるのは、縛ったり眠らせたりした少年に一方的に強いる行為だ

けなのだから。

やがて長い口付けが離れると、どちらからともなく手が相手のズボンに伸び、指がベルトにかかる。

ミオの細い指は、ベルトで締め付けられた白犬の太い腰をまさぐり、自重で垂れた腹の下で頑丈なバックルに触れる。

パチッと音を立てて外れた途端に、締め付けられていた肉が弛み、ズボンの布地を張らせた。

同時にハティもミオのバックルを静かに外し、ズボンのジッパーを下ろして窓を開くように布を除ける。ボクサーパンツで

覆われ、被毛ごと引き締められてボディラインがはっきりしているミオの腰部が、いくらかましになった寒気の下に現れた。

その股間では、丈夫なパンツの布地で体に押し付けられた陰茎が勃起しており、形をくっきりと浮かび上がらせている。

脱がされる間に動いていたミオの手も、ハティの太い腰から苦労してズボンをずり降ろさせ、股間をあらわにさせていた。

出っ張った腹と白く豊かな被毛で見辛く、ミオは少し身を捻り、やや横からそのポイントを眺め遣る。

トランクスに覆われた太い両脚の付け根…。そこから少し手前に視線を動かせば、薄い布地を押して形を浮き上がらせてい

る、棒の先端のような膨らみが目に止まった。

「大尉…」

ミオの目が少し大きくなる。驚きと、意外さのせいで。

「た…、勃ってる…?大尉も…」

てっきり無理に応じてくれたものと思っていたミオは、ハティのトランクスの膨らみと、そこに浮いた湿った陰を凝視し、

隠しきれない驚きを表情に出している。

「私自身も、実は少し驚いている。こんなに驚いたのは製造されて以来始めてかもしれない」

驚いていると言う割には淡々とした口調で呟いたハティは、再びミオの唇を自らの口で塞ぎ、今度は軽いキスで済ませて顔

を離す。

そうして間近で顔を覗きこみながら、白犬は目を細めて微笑んだ。

「ミオ…。君が愛おしい…」

ミオの目が一杯に見開かれ、優しく微笑む白犬の顔を映す。

出合った頃には笑う事すら知らなかったハティの、この上なく優しい微笑を。

ハティの口からこんな言葉が聞けるとは予想もしていなかった。

しかし、心のどこかでは、それに類する言葉を聞ける日が来る事を望み、夢見ていた。

叶う事は無いだろうと半ば以上諦めながらも、完全には諦められずに…。

優しく細められた目を潤んだ瞳で見つめ返し、嗚咽が漏れそうになった口をぐっと引き結ぶと、ミオは一度鼻を啜り上げて

から、ハティに懇願した。

「抱いて下さい、大尉…!ぼくを…、大尉のものにして…」

僅かに間をあけ、白犬は頷く。

拒絶する気持ちはもう無かった。

自らが宿した忌まわしい記憶の事も、ブライアンと似た行為をする事への忌避も、心の隅に追いやっている。

断わればミオが傷付く…。ミオを慰めるために求める事をしてやる…。そういった感覚は確かにあるが、それ以上に、ハティ

自身がミオを抱きたいと思った。

建前と欲望と慈愛と償い、様々な物が混ぜ合わされた動機は、不純と言えばこれ以上無く不純で、純粋と言えばこれ以上無

く純粋。

ミオの腰の下に手を入れ、抱くようにして少し浮かせつつボクサーパンツを下げ、ハティはあらわになった少年の股間を見

つめる。

硬くそそり立つソレは、ミオの体同様にやや小さく皮を被っていた。勃起してもなお包皮口から亀頭が僅かに覗く程度で、

まるで子供のソレである。

まじまじと見つめられたミオは、恥らうように顔を横へ向け、目を逸らしながら、ハティのトランクスのゴムを探る。

段がついた下っ腹と股間上の肉に挟まれ、太い腰周りに懸命にしがみ付いているトランクスのゴムは、やや伸びて弛んでお

り、探り当てさえすれば容易に下げられた。

だが、妙なところで一度ゴムが引っかかり、ミオはその原因に気付くと顔を熱くさせる。

ぎくしゃくとした手付きで引っかかっていたソレからゴムを迂回させると、アメリカンショートヘアはちらりと見ただけで

感嘆の息を漏らした。

トランクスのゴムが引っかかったハティのソレは、ミオとは対照的であった。

脱がせ方が半端な位置で止まったせいか、ハティは一度身を起こし、自らの手でトランクスを下げ直す。

同じく身を起こしたミオは、今度はまともにソレを拝む事になり、その口から呻きに近い声を漏らした。

大きい。というよりも太い。

被毛と脂肪で根本がいくらか埋もれているが、露出している長さだけでも平均レベルで、太さは並を大きく上回る。

股間にまでむっちりと脂肪がついた極度な肥満体という事もあり、根本から押されて陰茎に寄った皮がやや余り気味の仮性

包茎だが、ハティが太い指で剥くと、包皮は丸々とした亀頭の下へ分厚くリング状に堆積して落ち着く。

鮮やかなピンク色の鈴口は、ハティ同様太くて丸く、針で突けばパンクしてしまいそうな程に膨れていた。

まさに特大の逸物であった。そうそう見る機会の無い、凶暴なほど大きな雄のシンボルに、ミオは半ば無意識に手を伸ばす。

ハティがそれを拒む事は無かった。

嫌悪感ではなく、急所を晒すという単純な危機感から一瞬腰を引きたくなったが、なんとか自制している。

ミオに何もかもくれてやる…。同時にミオの全てを受け入れる…。そんな覚悟が、ハティに常と変わらない落ち着いた振る

舞いをさせていた。

ぼよんと弛んだ腹に向かって反り返る硬く怒張した逸物に、まるで吸い寄せられるようにして軽く触れ、ミオは「ああ…!」

と、感極まったような声を漏らす。

「大尉…。く…、ください…」

何を、とは、ミオは言わなかった。

何を?とは、ハティは問わなかった。

短く頷いたハティの太い胴に、ミオはしがみ付く。

分厚い脂肪と被毛に覆われた太鼓腹に頬ずりし、喉をゴロゴロと鳴らす少年は、その頭を大きな手で撫でられ、目尻に涙を

浮べた。

夢にまで見た事が、現実の物になる喜びと嬉しさを噛み締めながら…。

「だがミオ、その前に大事な話がある」

ハティの言葉で、むっちりした太鼓腹に抱き付いたまま、ミオは顔を上に向けた。

見下ろす白犬は、生真面目な顔と口調で少年に告げる。

「先に謝っておこう。至らない所があったら済まない。何せ私は…」

一度言葉を切ったハティは、珍しく恥かしげに、気まずそうに、視線を横へ泳がせた。

「…性交は勿論、自慰の経験すらない」

声すら出せずに目を大きくしたミオに、ハティはあらぬ方向へ視線を向けたまま、やや早口で続ける。

「元々私は子孫を残すことができない。エインフェリア全てに言える事だが、この点についても生物としての範疇から逸脱し

ており、生殖能力を持たないのだ。そのように調整されているという訳ではなく、素体から組み直される過程でどうしても機

能が失われてしまうそうで、技術的に難しいらしい。故に私も「そういった行為」についても学ぶ必要性が無く、当然のよう

に学習しておらず…」

言い訳がましく、やや必死さが滲んだ早めの口調で延々と言葉を連ねるハティ。

その告白が、勝手に製造される精液については古くなる度に体内で分解してエネルギーに変えており、精通の経験すら無い

という話に及ぶと、ミオは小さく吹き出し、ハティの腹にもふっと顔を埋める。

「…ミオ…?」

腹に顔を埋めたミオの、細やかな息と笑いを堪える震えをこそばゆく感じながら、ハティは顔を下に向ける。

「す、済みまっ…!で、でも…!大尉が何か…!可愛くて…!」

腹に顔を埋めているせいでくぐもっているミオの声に、「可愛い…?」と、ハティは首を傾げた。

「あ、いや…!た、大尉にも、慌てる事とか、恥らう事って、あるんだなぁって…」

「…………………………」

かなり長い沈黙に入ったハティを、ひょっとして怒らせてしまっただろうかと不安になったミオが見上げる。が、

「…そうだな。慌てる事も、恥らう事も、できたらしい…」

白犬は少し驚いているように、そして困っているように、微苦笑を浮かべていた。



湿った音を立てていた口元を、膝立ちしているハティの腰から離すと、ミオは上気しながら白犬の顔を見上げる。

「た、大尉…、そろそろ…、良さそうです…」

ハティの逸物は大きいものの、突き出た腹のせいで本人からは先端しか見えない。それでも、亀頭が唾液と先走りでぬめっ

て淫卑に光っているのは確認できた。

太い逸物に細い指を這わせるミオは、空いた右手を背後に回し、自らの尻に指を押し込み、肛門をほぐしている。

ハティの事を思いながら何度も弄ってきた肛門は、自らの手で刺激するとすぐさま受け入れ準備が整った。

その行為自体に加え、ハティの男根を咥えて奉仕していたせいで興奮しており、少年の陰茎は夥しい量の先走りで先端から

根本まで濡れそぼっている。

懸命に奉仕するミオが、あまりにも健気で、あまりにも愛おしく、ハティは腰を落として優しく抱き締めた。

同じように足を折って座っても、ハティとミオは体格差があり過ぎて、少年の顔は白犬の胸の下部にしか至らない。

脂肪で弛んだ胸に顔を埋めて抱き締められると、ミオは嬉しくなり、幸せな気分になり、ピンと立てた尻尾を小刻みに震わ

せた。

「ミオ、始める前に言っておくが、無理はなしだぞ?厳しいなら我慢しないように」

「は、はい…!」

僅かに抱いていた不安を見透かすように言われ、ミオはドギマギと頷く。

唾液と先走りで十分に湿ってはいたが、ハティのソレは大き過ぎて、自らの尻で咥えられるか心配だったのである。

名残惜しそうに身を離し、ミオはハティに目で問う。どういう姿勢を取れば良いか?と。

「仰向けに…」

指示を受けて頷いた少年が体をシートに倒すと、その細い腿を両脇に抱えるようにして浮かせたハティは、正座したまま大

きく左右に脚を開く。その上にミオの臀部を乗せ、やや前屈みになった。

「良いかね?ミオ…」

少年が恥じらいと不安を堪えて頷くのを確認してから、白犬はその細い腰を、自らの腰に向けて引き寄せた。

直後、肛門にぬるっと、湿った、かつ熱い物が押し付けられ、ミオは瞬間息を飲み、止めて堪える。

ぐぐっと押し込まれる圧迫感が強まり、やがて肛門は押しに屈してこじ開けられ…、

「ひにゅっ!」

ミオは上ずらせた声を上げた。

丸々と太った亀頭が一気に押し開いた肛門に潜り、ちょうどカリの部分…堆積した皮がリング状になっている部位で止まる。

口を引き結び、くふー、くふー、と鼻から息を漏らすミオに「大丈夫かミオ?」と問いかけるハティ。

その気遣いが嬉しいながらもまどろっこしく、ミオはコクコクと急かすように頷く。引き延ばされた肛門はジンジン傷むが、

妙な所で気を遣って欲しくはない。

意を汲んだハティは、前屈みになってミオの顔の両側へ手を置き、そこに少年の肩をつっかえさせるようにして腰をゆっく

り出し、深く突き入れてゆく。

「うっ!う…!ううっふ!ん…!」

きつく目を瞑り、歯を食い縛り、両肩の上につかれたハティの腕を掴み、ミオは呻く。

太い男根が肛門を押し広げ、直腸を擦り、ぐっ…、ぐっ…、と徐々に侵入して来る感触は、耐え難い物があった。

以前トラウマを作ったあの上官の男根とは、ハティのそれはサイズも強度も比べ物にならない。日ごろからほぐしているミ

オでも、受け入れに強烈な苦痛を伴う大きさであった。

ハティの太い脚に腰を上げて挿入されているミオは、上体がシートの上なので、頭の方に血が集中して行く。

そのせいもあって、顔の火照り具合は先程よりもかなり強まっていた。

やがて肉棒が奥まで挿入されると、ミオは股間に妙な感触を覚えた。

ハティの突き出た腹、その下部のむっちりした贅肉が、ミオの睾丸にたふっと乗り、埋めている。

根本まで挿入したところで動きを止めたハティは、ミオの様子を確認する。

首を小刻みに震わせながら起こしたミオが頷くと、自らも頷き返したハティは少し腰を引いた。

「あ…、あっ!あっ!」

抜き取られてゆく男根に引きずられるように、肛門が内側から引っ張られる感覚がある。堪らず声を上げたミオに、一度後

退して亀頭の根本まで抜けた男根が再び突き入れられた。

「ひっ!?」

今度は先程よりも速く、勢いをつけて男根が侵入し、ミオは身を硬くして悲鳴に近い声を漏らす。

だがそれは苦痛だけの声ではない。明らかな悦びが混じった、鼻にかかる声であった。

「あ、あああ…!大尉…、ハティ…大尉ぃっ…!」

普段は階級でのみ呼ぶミオが珍しく自分の名を口にした事で、ハティは微かな戸惑いと、どこかむず痒いような、そしてこ

そばゆいような、複雑な嬉しさを覚える。

「ミオ…。愛おしい…、ミオ…」

腰を前後させながら、ハティはミオに呼びかける。

「大尉ぃ…!ハティ大尉ぃ…!もっと…、もっとぉ…!もっと来てぇ!ぼくを…、ぼくをめちゃくちゃにしてぇ!大尉の事し

か考えられないぐらい!大尉で心も体も一杯になるぐらい!もっと、もっとぉ…!」

嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて堪らなくて、ミオは喘ぎ混じりに鼻にかかった嬌声を上げた。

望んでいた行為が現実に行われている…。夢にまで見たハティと、実際に繋がっている…。硬く、熱く、脈打っているハティ

自身が自分の中にある…。

叶う事はないと諦めていた夢のようなこの状況を全身で感受し、嘘では無いと実感したくて、夢や幻では無いと確認したく

て、ミオは執拗に、切実に、ハティを求めた。

それに応えるように、ハティもまた腰の動きを早めてゆく。

弾む息遣いと喘ぎが交じり合い、湿った音が結合部から零れ出る。

前後運動に伴い、ハティの弛んだ太鼓腹がゆさゆさと揺れて、少年の未成熟な睾丸と陰茎をたふっと柔らかく埋め、擦る。

尻だけではなく前まで刺激されるのは、ミオにとって全くの計算外であった。

それだけ両者は体格差がある。ミオは細くて小さ過ぎ、ハティは太くて大き過ぎた。

「大尉ぃ…!大尉ぃ…!大尉のお腹が…、擦れて…、気持ちよくて…!ぼく、ぼく…!もうっ…!」

極太の男根で直腸を擦られ、前立腺を責められ、さらには前まで下っ腹の贅肉で圧迫摩擦刺激されるミオが、堪らなくなっ

てついに音を上げた。

「ミオ…!ミオ、私も…!」

弾ませた息の隙間からハティが応じると、ミオは太い腕を掴んでいた手を離し、前屈みになったせいで垂れている柔らかな

白犬の胸へと伸ばした。

「ああ!熱い!熱いぃっ!大尉!ハティ大尉っ!来て!一緒に来てぇっ!ぼくと、一緒にっ…!」

限界点で声を放つと同時に、下腹部と睾丸の付け根で疼いていた刺激がまるで堰を切ったように一気に背骨を駆け上り、ミ

オの脳に達する。

その股間からトプトプと白濁した体液が零れ出し、上にたぷっと乗るハティの下腹を汚し、白い被毛に染みてゆく。

軽く仰け反るミオの指が、縋り所を求めるようにハティの胸に食い込み、反射的に締った肛門が、ハティの肉棒を食い千切

らんばかりに締め上げた。

「…う…、うく…!」

押し殺した呻きを食い縛った歯の隙間から漏らしたハティはその肥えた体を、贅肉が震える程に激しく、ぶるるっと身震い

させた。

「あ、ああっ!あっつ…!あっつい!大尉の…、すごく、熱っ…!」

ハティの体のサイズに見合うように、ミオの中に注ぎ込まれた精液の量は多かった。

熱く脈打つ怒張した陰茎からびゅくっ、びゅくっ、と放たれる熱く濃い精が腸壁を叩き、腹を満たし、絶頂に達したミオは

喘ぎ、痙攣するように体を震わせる。

そのまま幾度も幾度も、繰り返し繰り返し中へ射精されたミオは、やがてぐったりした。

ハティもまた息を弾ませ、繋がったままで動きを止め、億劫そうに項垂れた。

白犬にとっては、これが初めての射精である。

宿した記憶で快楽を伴うものと知ってはいたものの、初体験の精通は予想以上に強烈な経験となった。

「ミオ…」

僅かに開けた口と息の隙間から呼びかけた白犬に、ミオはとろんとした目を向けた。

「月並みなセリフしか言えなくてもどかしいが…、君を愛している…。この世の誰よりも、何よりも、君が愛おしい…」

照れているのか、言い終えるなりハティの目は逃げるように横へ流れた。

そんな上官の目を見ながら、ミオは表情を弛緩させる。

「嬉しい…、大尉…!」

ミオは必死になって手を伸ばし、ハティの首筋に触れた。

「ぼくも、大尉が大好きです…!他の何より、誰より、大尉が大好きです…!」

少年の答えを受けて、ハティは視線を戻す。

そして、満足気に、嬉しそうに、幸せそうに顔を綻ばせているミオに顔を寄せて、また唇を重ねた。



行為の余韻に浸りながら、二人はシートの上で横になり、抱き合っていた。

抱き合うとはいっても、ハティが腕枕をしてやり、ミオを懐に抱え込むような格好である。

裸のまま抱き合う二人は脱いだ上着を掛け布団代わりに体にかけ、互いの温もりとヒーターの熱で、寒さを押し退けていた。

結局、ハティが危惧し、警戒していた事は起こらなかった。

先にオーバードライブした際にそうだったように、ブライアンの残滓による衝動が我を忘れさせるのではないかと危ぶむ気

持ちもあったのだが、幸いにもそれは兆しすら無かったのである。

ほっとすると同時に可笑しくなり、ハティは微苦笑する。

常に最悪に備えるのは心の奥深くまで根が張った習性だが、もしかしたら自分は心配性過ぎるのかもしれないと感じて。

「どうしたんですか?大尉…」

まだ余韻に酔いしれているミオが、分厚い胸に手を這わせながらとろんとした顔で尋ねると、ハティは小さくかぶりを振る。

「少々考える事があってな…。説明できるような事でもない。気にするな」

シートの上に寝そべり、ぴったりと身を寄せ合いながら、二人はその後長らく、まどろみと会話を繰り返した。

いつしかハティにとってミオは、本人がよく話しかけて来るという事もあって、部隊内では最も多く会話する相手になって

いた。

彼が編入されて来て以来、おしゃべりなスコル以上に話をしている。

元々は極めて寡黙で、任務に関わる事や言葉が必要な時以外はあまり話さなかったハティは、どういう訳かミオとだけは普

通に話し、むしろ饒舌といえるほど言葉を紡ぐ自分に気付き、胸の内で首を傾げていたものである。

それでも、今この時ほど多く語らった事は、これまでなかった。

ついに一線を踏み越え、行為に至ってしまったからなのか、それともやっと気付けた想いをミオに伝える事ができたからな

のか、いつになく饒舌で、口数が多くなっていた。

そして今やっと、以前から何となく不思議に感じていた事…、つまり、自分がミオとだけはよく喋る理由が何となく判った。

最初こそ、弱々しい少年に気を遣って話しかけていたという部分もあったが、途中からは違う。

無意識で無自覚ではあったが、いつしか好きになっていたこの少年の好意を得たくて、笑顔を見たくて、口数が多くなって

いたのである。

(とっつき難い男だと常々皆から言われて来たが…、変えられてしまったな、私は…。短い期間でここまで影響を与えたミオ

を天晴れと言うべきか…)

軽く目を閉じたハティは、胸の内でそうひとりごちた。

そんな白犬にぴったりとくっつき、その温もりと体臭と鼓動を全身で感じながら、ミオは満ち足りた気分で今までの会話を

反芻する。

グレイブ隊への編入以来公私に渡って世話を焼いてくれたハティは、ミオの話につきあってくれるものの、基本的に聞き役

で、自分の事は殆ど話さなかった。

あの夜、素体の記憶を持っているというとびっきりの秘密を打ち明けた事を除けば、ハティが自ら口にしたのは、以前人員

不足で教官をやらされた事があるという話程度。他は何から何まで謎である。

だが、訓練している姿は見た事がなくとも、脂肪が厚い肥えた体付きをしていても、彼が己を鍛えていたのは、こうして触

れていればミオにも察せられた。

兵器としての類い希な性能にあぐらをかかず、常に力と技を研鑽してきたからこそ、ハティは強い。

そしてその努力を部下には見せず、多くを語らないが故に泰然とした印象を持ち、皆はその下で落ち着いて働く事ができる。

非力で無価値な自分を守ってくれる巨漢は、強く、優しく、そして何より立派であった。

技術や力だけでなく、その精神までもが…。

頭の芯にまだ熱を帯びたままの今でも、ミオはその事をぼんやりと感じ取っている。

そして、いつか自分もそうなりたいと、心の奥を疼かせた。

「大尉…」

呼びかけたミオを、腕枕しながら添い寝し、まどろみかけていたハティは、薄目を開けて見遣る。

「ぼくも、大尉みたいな立派なひとになれるでしょうか…?」

少し黙った後、ハティは口の端を僅かに緩める。

「君は私のようにならなくていい。むしろなるべきではない。君は君として、立派な男になりなさい」

太く低く穏やかな、優しい声音で言い聞かせ、ハティは胸の内で続けた。

(立派に独り立ちした君を、叶う事なら傍で見ていたいものだな…)

未来を思い描くには、自分達が置かれている状況は過酷で、現実は厳しくて、この状況から無事に逃げおおせた先で未来の

ミオがどう過ごしているのか、ハティには想像もつかない。

それでも、少し背が伸び、太陽の下で快活な笑みを浮かべる少年の顔は、思い描く事ができた。

だが、不思議な事にハティ自身の未来の姿は、どんなに想像してみても上手く思い浮かべる事ができない。

(まぁ、私はきっと、このままだろうな)

死体を素に造られた彼らエインフェリアは、体型が変わる事はあっても、外見的には成長もしないし老化もしない。

ハティは頭の中で、背の伸びたミオの横に今と変わらない自分の姿を置いてみた。

それでも身長差はあって、体格差もあって、ちぐはぐな印象は拭えず、可笑しくなったハティは口元を緩める。

「今度は何ですか?」

笑みを見咎めて再び尋ねたミオに、

「上手く説明できそうにない。気にするな」

ハティはそう、先ほどと似たような言葉を繰り返した。



「晴れたか…」

後始末を済ませて再び埋めた雪上車の前、白んだ空の下で冷たく輝く雪原を眺めながら、目を細めたハティが呟いた。

ベースを出てから二度目の夜明け…、二日目の逃走の始まりである。

その横にぴったりと寄り添って身震いしたミオが、明るくなってゆく北原の景色を前にして、嬉しそうに顔を輝かせた。

「これなら昨日より頑張れます!」

頷いたハティは、晴れたら晴れたで進み易いが、同時に追っ手からも見つかりやすくなってしまう事を忘れてはおらず、単

純には喜べない。

だが、ミオを不安がらせても仕方が無いので、その事は黙っておく。

少なくとも、少年の足が速まる事は間違いないのだからと、自分に言い聞かせながら。

(…もしかしたらミオは、北原に好かれているのかもしれない…)

ハティは漠然とそう考える。

最初の出撃で猛吹雪を体験し、遭難してしまったミオは、ハティに救出された。

一見ついていないように思えるが、しかし結果的にはこれが縁となってミオはハティに気を許し、慕うようになり、ハティ

もまた少年を気にかけて世話を焼くようになった。

しかもあの日は、ハティとミオが交流して関係を深めると、今度は一転して珍しい快晴になっている。

おまけに吹雪で足を鈍らせていた襲撃対象まで発見でき、ハティが譲った事もあってミオに戦果がつき、仲間達からもある

程度認められた。

昨日の猛吹雪にしても、ミオにはあまり不利に働いていない。

晴れ間から一転して吹雪いたおかげで、ミオはその能力の欠点を埋め、気付かれないまま安全に狙撃手達を倒せた。

雪の上に刻まれて迫る足跡が、激しい雪のせいで彼らには見えなかったのである。

さらには吹雪に撫でられたミオが弱り、ハティが入念に探査したせいで、ゆっくり過ごせるコンテナを見つけられた。

結果論に過ぎないが、これまでに北原の天候がミオに災いした事は、結局一度も無いと言える。

非科学的だと思いながらも、しかしハティは自分の考えが少し気に入った。

(ミオは、ここで死ぬべきではないと定められてでもいるのだろうか?運命と言う物については私個人としては懐疑的だが…、

こうも状況が悪いと縋りつきたくもなるな…)

そんな事を胸の内で呟きつつ、ハティは口元を緩めながらミオを見下ろした。

(運命か…。あるいは私にとって、この少年を無事に生き延びさせる事が、運命や、宿命と呼ばれるものなのかもしれない…)

だとすれば享受するのも悪くない。そう考える白犬を不思議そうに見上げ、ミオは尋ねる。

「何ですか大尉?笑って…」

「説明できるような事でもない。気にするな」

昨夜と同じ答えを返され、ミオはむくれる。

「もう!大尉ったら昨日からそればっかりですよぉ!気になるっ!」

少年に笑いかけて誤魔化したハティは、視線を上げて北原の夜明けを眺めた。

「さあ、行こうかミオ。先は長いぞ」

「はい!」

ビシッと敬礼したミオは、のっしのっしと大股に歩き出したハティの後を、ちょこちょこと小走りに追いかける。

一時も離れていたくないと、その後姿が語っていた。

次の朝日を拝むまで、無事で居られる保証は無い。

だからこそ今この時を、大切な一分一秒を、大切なひとと離れずに噛み締めて行きたかった。