絶えぬ潮騒(中編)

 ベッドが軋む。うつ伏せになり、膝を立てて腰を浮かせたキジトラ猫の尻に、隻腕の大狸が大玉を揺らしながら腰を打ちつ

ける。

 清潔で上品な設えのゲストルームは照明が落とされ、ベッドサイドの傘付きランプだけが光源になっている。トライチの喘

ぎ声とギョウブの弾んだ息が、雄の臭いが充満した室内に響く。淡いオレンジの光を浴びるふたりの裸体は、被毛が汗でしと

どに濡れ、重い色に変じていた。

 夜十時。豪勢な夕餉を振舞われた後、部屋に入ったのが七時過ぎなので、以降三時間ほどは休憩と愛撫を挟みながら行為に

耽っている。

 既に二度射精に至ったギョウブだが、まだまだ衰えない。突かれ続けるトライチも、この程度では音を上げない。

 ギョウブが腰を揺するたび、突かれるトライチの体が大きく前後する。形の良い締まった尻に肉棒を深々と埋めれば、肉付

きの良い腹の下部も一緒に押し付けられる。繋がって動くふたりの姿を、ランプの光が影絵にして白壁に投影していた。

 烏丸の別荘のゲストルームは、だいたい似た内装に揃えられているそれぞれの部屋に、ダブルベッドかシングルベッド二つ

が設置されている。用途に応じて使い分けるのだが、今回は葬り屋全員に一部屋ずつ割り当てられているので、ベッドを持て

余す者もあった。その反面、このように大きなベッドが役立つペアも数組あるのだが…。

 部屋にはユニットバスつきのシャワールームや冷蔵庫など、滞在に必要な物は揃っており、茶を楽しめるセットやテーブル

とチェアもあるので、中身だけ見ればホテルの一室にも見える。別荘の古めかしい外観に反して、エアコンと換気システムが

各部屋別々に作動しているのも特徴的だった。

「どうだ…?そろそろイクか…!?ええ…!?」

「ああっ!はい…、はい…!そろそろ…!」

 シーツに爪を立てて握り締めるトライチ。引き締まって筋肉の弾力があるその臀部に、ギョウブの右腕もグッと指を食い込

ませる。

「イクぜ…!出すぜトライチ…!」

「はい…!はい、下さいヒコザさん…!」

 鼻にかかった艶っぽい声。それを聞きながらズプンと、奥深くまで肉棒を埋めた拍子に、ギョウブが唸った。

「あああっ…!」

 か細く震えるトライチの声。小刻みに震えるギョウブの体。三度目の精を腹の中に放たれて、トライチも絶頂に達する。

 動きと呼吸を止めた数秒を経て、トライチはクタンと脱力した。その尻からズポリと、ギョウブの太い陰茎が抜ける。

 頭の芯が痺れ、うつ伏せに潰れたままぼうっとしているトライチの横で、ギョウブは横臥しながら右腕をキジトラ猫の下に

入れ、引っくり返すように寝返りを打たせて正対すると、腕枕で添い寝してやりながら鼻先を近付け、口を吸う。

 喜んで喉を鳴らし、舌を絡ませて口付けに応じるトライチ。腕枕にした右腕を曲げて顔を寄せさせ、顔を横向きにし、咥え

込んで貪るように舌を絡ませるギョウブ。その肉厚な舌が口内に押し入って、蹂躙されるトライチはまた身を震わせる。牙、

舌、歯茎、口の中のあらゆる場所を舐めつくすような、情熱的で野生的、荒々しくも心地良いギョウブの口付けが、トライチ

は堪らなく好きである。

 事後の口付けをたっぷり楽しんだ後で、ギョウブは腕枕した右腕を下に曲げてトライチの背を撫でる。こそばゆくも心地良

いその感触に身を委ねながら、トライチは右手でギョウブの左腕に触れた。

 切り株のようになった腕の断面をそっと撫でる。他者にまず触れさせない傷跡を、ギョウブはトライチにだけは触れさせる。

手を取り合う事はできなくなった。手を繋ぐ事はできなくなった。両腕で抱き締めて貰う事もできなくなった。しかしこの不

揃いをトライチは愛する。

「こそばゆいぜ…」

 文句を言うような口ぶりだが、ギョウブは腕を引っ込めず、撫でるに任せる。

 汗ばんだ体のまま抱き合い、しばらく余韻に浸った後で、ギョウブが身を起こした。

「続きをする前に、一度身を清めるか…」

「はい。湯浴みの前に冷たい物でも如何ですか?」

「そうだな。喉も乾いた」

 トライチは軽やかにベッドから降りると、冷蔵庫を開けて水差しとグラスを取る。清酒とビール、ツマミになるチーズなど

も備えてあったが、とりあえずは冷水にした。

 小さなテーブルを挟む椅子の一方に尻を据えたギョウブの前に、グラスを置いて、トライチが水を注ぐ。喉を鳴らして大き

く一口飲み、乾きを鎮めたら少量ずつ啜る。野外活動時と同じ喉の潤し方をするギョウブに、向かいの椅子に座ったトライチ

も倣う。

 冷たい水が胃の腑に落ちて行く感触と、エアコンの風が気持ちいい。互いの汗がたっぷり体に染み付いているのだが、不快

とは全く思わない。空調の音も静かで、リラックスできる環境だった。

「久しぶりですね。こんなにゆっくりするのは…」

 トライチのしみじみとした物言いに、ギョウブも「ああ」と頷き同意を示す。これまで気が休まる時間が全く無かったわけ

ではないが、誰も来るはずがない個室で二人きり、好きに使える一晩というのは貴重である。

 しばし休憩しながら、ふたりはランプの灯りに浮かび上がる、一糸纏わぬお互いの姿を眺めていた。

(ヒコザさん、腕以外はすっかり昔の通りに戻ったな…)

 里の基準で言えば益荒男振りも見事な偉丈夫なのだが、当世の美的感覚からすれば色男とは言えないだろう。険のある鋭い

目に厳めしい表情を崩さない顔、おまけに破幻の瞳は見た者の心胆を寒からしめる。現在の一般社会では不要な誤解や衝突を

招きかねない凶相の類である。体格と体型もそれに拍車をかける。骨太で大柄な体躯は威圧感があり、体型も美しいとは言い

難い固太り…。

 だが、トライチの目にはその姿が、その心根や不器用な気配りと相まって美しく見える。凶相宿すその容姿は敵対者に恐怖

を与える一方で、味方の目には心強く映る物だったから。

(里に居た頃より引き締まって、頼り甲斐が出たぜ…)

 里では特にそう言われる事は無かったが、トライチは美形と言って差し支えない顔立ちをしている。加えて、引き締まった

しなやかな体は均整が取れていて美しい。世間に出れば言い寄る女も覆いだろう、恵まれた容姿をしている。

 もっとも、ギョウブ本人はトライチの容姿についてはあまり重要視していない。例えばトライチが醜男であったとしても、

猫でなかったとしても、女であったとしても、変わらずに惹かれていたと思う。

 里から落ち延びて以降、ふたりで出かける事はできなくなった。こういった行為をする場所もそれほど無かったので、気が

ねなく交われるのは本当に久しぶりの事だった。

 元々性欲旺盛なギョウブだが、だいぶ自分を戒めてきた一年半をおいても蔭りは無い。

「………」

 トライチは体を曲げて、テーブルの脇からギョウブの股座を覗き込んだ。太い脚の間で、椅子にタフンと乗っている大玉と、

萎えて皮を被った太い男根が目に入る。

「どうしたトライチ?」

「いえ、まだお元気かな、と…」

 フンと鼻を鳴らし、ギョウブはニヤリとした。

「朝までだってやれるぜ。ええ?」

 この返答に、トライチは尾を立てて笑い返す。求めて貰えるのが嬉しくて。

「しかしまぁ、せっかくの水入らずでたっぷり時間もある。ワシだけ突くのも芸がねぇ、久方ぶりに代わるか」

「え?代わる…」

「次はヌシが掘れと言っとるんだぜ」

「………」

 トライチは少し困ったような顔をした。

 タチウケを交代した事はこれまでにも何度かある。事の発端は、タチの気持ちよさをトライチも味わってはどうだろうかと

いうギョウブの配慮だった。自身もウケなど不慣れなのだが、物は試しだと交代してみたのが一回目。しっくり来ないがまぁ

これはこれで新鮮だとギョウブは感じている。

 しかしトライチはタチ役が得意ではない。そもそもギョウブを犯すのはトライチとしては恐れ多い事と感じられて落ち着か

ない。それに…。

(前と違って片腕だから、ヒコザさん四つん這いは疲れるんじゃ…?)

 そんなトライチの心配を感じ取ったギョウブは、「問題ねぇ」とグラスの水を煽って残りを一飲みにした。

「仰向けになる。三本足で踏ん張るのも後で試してみたいところだが、まずはヌシがやり難いようじゃ話にならんからな」

 もはや決まった事としてギョウブは話していた。これはもう予定は動かないなと察して、トライチは腹を括る。

「手並みの悪さは御勘弁を…」

「そこも含めて愉しむのが情事ってモンだろう、ええ?」

 太い笑みを浮かべた隻腕の狸は、ふと思いついて眉を上げた。

「そういえば、だ。ヌシは尻を洗う時にあの…、シャワーの口?というのか?あそこを外して使っとったな?あれでどうやっ

て洗っとったんだ?」

 シャワーを浴びつつ前戯を愉しんだ情事前の事を思い出しながらギョウブが尋ねると、トライチは一瞬複雑そうな顔になる。

「あれは…、シャワーの頭を外してホースの状態にし、尻に直接水を注ぎ入れて、中まで綺麗にする方法で…」

 烏丸に厄介になった後からやり始めた方法だとトライチが説明すると…。

「ヌシは意外と…、新しい物を思いつくな…」

 ギョウブは素直に感心したが、キジトラ猫は微妙な半笑いになって「いえ、実は…」と事情を話した。自分で思いついた訳

ではなく、長毛の大狸…カンゲツから教わったのだと。

「カンゲツめ、存外新しいな…」

 唸るギョウブ。眷属達の一部は予想以上に文明の利器に慣れていたようである。

「よし、ワシも試してみるか…」



 一方その頃、島唯一の上陸口である岸壁では…。

「…!」

 巡回していた女兵士は、マグライトを素早くコンクリートの地面沿いに走らせた。

 細い何かが風を切る音を敏感に聞き取った女性が見たのは、係船柱に腰掛けて釣竿を握り、ライトの光の中で眩しさに目を

細めている大柄な狸の姿。

「あ~、私兵さんかぁ?怪しいモンじゃない。ワシは宿泊客ってヤツで…。獲物に興味があって夜釣りしとるだけだぁ」

「タスケ先生?」

 すぐさまライトの光を逸らした女性の声で、相手が誰なのか察したタスケは、「おやぁ?ハルナ殿かぁ」と、少々居心地悪

そうに頭を掻いた。

「昼間はお見苦しい所を…。いや助けられちまったなぁ。ワシも精進が足りん」

「いえ、あれは…。何と言いましょうか…」

 口ごもるハルナ。気がねなく伸び伸びと過ごして欲しいと招かれた島で、岸壁釣りの最中に味方からの狙撃を後頭部に受け

るという事態は、不幸な人災以外の何事でもない。

「重かったろぉ?」

「いえ…」

「濡れちまったろぉ?」

「いえ…」

「冷たかったろぉ?」

「いえ…」

 ハルナはライトを消し、タスケの傍らに立つ。

「済まんかったなぁ」

「いえ…」

「有り難うなぁ」

「いえ…」

 さっきから同じ返事ばかりしていると気付き、居心地悪くなりながらも、女性は頬の熱を感じる。

(私は貴方に…、もっと危ない所で命を救って貰いました…)

「お?」

 タスケがおもむろに顔を上げ、水平線を見遣った。

 雲から出た月は正面で、ムーンリバーが引かれた海面が煌く。

「今夜は月が綺麗だなぁ!ふふっ!」

「ええ!本当に…!」

 佇む二つの影を、今は月だけが見下ろしていた。



「ってかよぉ。タスケ鈍過ぎだろぉ?大将も気付いてねぇのかなぁ…」

 深酒で目がトロンとした背が低い狸は、お猪口をテーブルにタンッと置く。

「大将は気付いておられても、あえて指摘しておられぬのやもしれんぞ」

 狼は空になったサブロウタのお猪口に清酒を注いでやりながら応じた。

 酒好きの二頭は夕餉を楽しんだ後、部屋に引き上げてサシ飲みに興じていた。夕餉の際に色々と出た物をテイクアウトさせ

て貰ったので、酒の肴には不自由しない。

「モヤモヤするぜ。もういっその事タスケに言ってやるか?」

「それはどうだろうな…。あくまでも本人に任せたい気持ちもあるが…」

「カンゲツもほっとけってよ。横から嘴を挟むのは情緒がねぇとか何とか」

「言いそうだ。…ところで、カンゲツは誘わなかったのか?」

「忙しくなる予定だから、とかなんとか」

「ふむ?」

「ま、それこそほっとこうぜ」

「ふむ…」

「そろそろ寝る?それともやる?」

「やるか」

「よしきた」



 ガッシリした牛が鼻歌混じりに廊下をゆく。目指す先は一階の大浴場。広々とした風呂などなかなか味わう機会がないので、

今日既に三度目だがまた湯浴みをしに向かってしまう。

(新たな里も水源が近いが、広い場所で湯浴みができるのはまた別だからな。折角だから温泉でも湧いていてくれればよい物

を…。いやいや、そんな場所ではひとが来てしまうか。仕方なし仕方なし…)

 田牛信光(とうじのぶみつ)は綺麗好きである。隠れ里では、平時は農作業や狩猟を行って里を維持する係で、食材の鮮度

や衛生面には非常に気を配っていた。特に御館様の食事に使われる物については細心の注意を払って係りに預けていた。その

性分は今でも変わらず、なるべく身を清めた状態を心掛けている。

 とはいえ、彼のもう一つの仕事は急襲遊撃。不可視の破壊力…つまり砲弾のような衝撃波の塊を掌から発する能力者である

ため、幻術を使って対象への有効射程範囲まで接近させられる隠神の眷属達とは相性が良く、落人となった後も重宝される戦

力である。

 機嫌良く目を細めて更衣室に入ったノブミツは…。

「む。カンゲツも湯浴みか」

 衣を脱いでいる、色が淡い長毛の狸に気付いて声をかけた。

 細い目を向けたカンゲツは、「やあノブミツ殿」と耳を立てる。

 ノブミツも種族柄体格に恵まれているが、カンゲツも見劣りしない。ギョウブやタスケと比べれば幾分背丈は低いものの、

被毛の体積があるのでボリュームは同等。腹が出た体型ながらも同僚達同様に逞しく鍛えられた筋肉の持ち主である。

「部屋飲みしていたのではなかったか?」

「していたとも。しかし皆潰れてしまったので、汗もかいた事だし、湯浴みにしようと」

「そうかそうか。広い風呂はよいな!新鮮で、何かこう心がウキウキする!」

「同感だ。心が浮く…」

 応じるカンゲツの細い目は、ノブミツの股間からぶら下がる立派な逸物を窺っていた。

 涼しい顔と立ち振る舞いをしているが、カンゲツは根っからの男色家で、性豪である。

 部屋飲みしていた皆が潰れたというのは嘘ではない。ただし、酒で潰れた訳でもない。正確には、酒を嗜んだ後で集団で情

事に及び、全員がカンゲツに精を残らず搾り取られて伸びてしまっているのである。

 上機嫌に浴室へ向かう牛は気づかない。後ろに続く狸の涼やかな口元が、チロリと小さく舌なめずりしていた事には…。



 場所は戻ってギョウブにあてがわれた部屋。

 湿気が濃くなったシャワールームで、バスタブの中に立ったギョウブとトライチは、立ったまま舌を絡ませていた。

 一通り身を清めてさっぱりする最中でも、喜ばせるのを忘れない。上から顔を被せる格好で口付けされ、尻尾を立てて震わ

せるトライチは、密着した太鼓腹の下からムクッと触れてきたモノの感触に気付く。体を流し合っている間にすっかり元気が

戻ったらしい。

 わざと腰を前に出し、グイッと太い肉棒でトライチの腹を突いたギョウブは、「そろそろ再開といくか、ええ?」と口の端

を上げた。

「はい。でも、その…。本当に逆で?」

「嫌か?」

「嫌とは言いませんが…」

「ならば、さっき言った洗い方を教えろ。シャワーをどうするんだった?」

 ギョウブはまだ名残水が伝っているシャワーヘッドを見遣る。

「えぇと、外れない品もあるそうなので、必ずできるとは限りませんが…。まず熱くも冷たくもないように温度を調整します。

ぬるま湯程度が良いようです」

「腹の中に入れるというのは、どの程度だ?」

「ワタシはとりあえず、お腹いっぱいかな~?ぐらいまでですが…」

(…腹一杯か…)

 トライチはシャワーを取り、温度調整をして、シャワーからヘッドを外し、ギョウブから請われるまま手順を説明した。ぬ

るま湯を少量ずつ吐いているホースを持ち、眉間に皺を寄せて睨んでいた隻腕の狸は、キジトラ猫に言われた通りに肛門に近

付けて…。

(…やり辛ぇ…!)

 バスタブの縁に片足を乗せて尻尾を上げ、後ろから当てようとしたり、股を割って覗き込むような窮屈な格好で前から当て

ようとしたり、色々な姿勢を試すギョウブ。邪魔にならないようにバスタブから出て、脇から見ているキジトラ猫は…。

(可愛い…!)

 肥えた体でえっちらおっちら四苦八苦、苦労している大狸の様子でキュンと来る。

「…トライチ」

 やがて、ギョウブは直立してトライチを見遣った。はい、と返事をしつつ、諦めたかなと思ったキジトラ猫は…。

「ヌシがやってくれ」

「…はい?」

 予想の斜め上をゆく一言で首を傾げる。

「尻に当てるだけとタカを括っとったが、遣り難くて堪らん…」

 ぬるま湯を吐き続けているホースをチョイチョイと上下させるギョウブは、情けなさそうな憤懣やるかたないような微妙な

表情。

 戸惑いを見せたトライチだったが、顔を顰めたギョウブが手振りだけで急かすので、仕方なくホースを受け取る。

「こんな具合か?」

 壁に手をついたギョウブが尻を向け、太い尻尾を背中に向かってグイッと反らすと、トライチは「では…」と、肛門にホー

スの口を近付ける。ぬるま湯が尻を撫でるこそばゆい感触で、ギョウブの頬がカーッと熱をもち始めた。

(これは…、なんとも…)

 恥かしい。

 裸体を絡めた回数など数知れず、これから掘らせるつもりなのに今更かとも思うが、尻を覗かせて弄らせるのは気持ち的に

だいぶクる物があった。

「失礼します…」

 遠慮がちに声をかけたトライチが、ギョウブの尻にホースの口を押し付けた。

「………っ!」

 液体が腸内に侵入してくる何とも言えない異物感に、ギョウブの口元がへの字に歪んだ。熱くも冷たくもないモノが入って

くる感触は、掘られるのとは明らかに違う。

(んむ…、むむむ…!落ち着かん…、が、一時の辛抱だ…!)

 水を入れて洗い流す。ただそれだけの事。と、思うのだが…、ギョウブは自覚する。硬くなった逸物がムクムクと反り返っ

てくる事を。

 トライチに尻を晒す体勢で水を入れられているという非日常。徐々に増す下腹部の圧迫感と異物感は、単に苦しいだけでな

く焦りを誘う。
一種の責め苦めいた物をトライチから受けていると解釈する事もできるのだが、根が生真面目なギョウブには、

この倒錯感が…。

(みょ…、妙な気分になるぜ…、ええ?)

 程なく、何となく遣り辛そうなトライチが落ち着かない様子で口を開いた。

「ヒコザさん、まだ入りますか?」

「フン!舐めるなよトライチ?まだまだ余裕よ…!」

 妙な返事だなぁと思ったトライチは、この時点では気付いていなかった。

 「お腹いっぱいかな~?ぐらい」というトライチの発言は適量の「いっぱい」を意味したつもりだったのだが、実は、ギョ

ウブはこれを「限界まで」と受け取っている。

 トライチがギョウブの異常に気付いたのは、もう少ししてからだった。

(ぐ…!は、腹が張ってきた…)

 腸内の圧迫感が強まり、子でも孕んだように太鼓腹が膨れた。いよいよ苦しくなってきたギョウブは、脂汗を流して息を荒

らげる。
そのフゥフゥと辛そうな呼吸が耳につき、トライチは眉根を寄せた。

「あの、ヒコザさん?そろそろやめても…」

「何の…!まだ入る…!」

 何処か意地になっているような返事を聞き、流石におかしいぞとトライチは首を傾げた。

「我慢比べの類じゃありませんし、程ほどにした方が…。あんまりいっぱい入れると出すのが大変になるかも…」

「………程ほど!?」

 やや間をあけてギョウブが首を巡らせると、何か勘違いがあったと気付いたトライチは、「湯を止めましょう!」と、ギョ

ウブの後ろからのし掛かる格好でシャワーコックへ手を伸ばす。

「あっ!」

 その拍子に、ギョウブとトライチは共に足を少し滑らせて、シャワーコックに伸びていたトライチの右手は、締めるどころ

か出力最大にし、左腕はすがる物を求めて狸の太鼓腹に回って…。

「おうっ!?んっ、お、お、お、おおおうっふ!?」

 一気に湯がなだれ込んだ上に腹を圧迫され、ギョウブの妙な声が浴室に響き渡る。深手を負っても呻き声を殺す大狸だが、

これはもう経験してきた苦痛とは別ベクトル。
堪え切れずに声を漏らすギョウブを、「だ、大丈夫ですかヒコザさん!?」と

気遣いながら、トライチは慌ててコックを閉めた。

「んおっ!おう、う、ぐううっ…!」

 キュッという音と共に湯が止まると、ギョウブは下腹部を押さえて呻く。苦しい…、のだがそれだけではない。腸内が水で

圧迫されて前立腺が刺激を受けているのか、それとも別の理由による物か、息を切らせる大狸の股間では、膨れた腹めがけて

怒張した陰茎が反り返ってヒクヒクしている。

「そ、そんなに我慢するような事では!中を洗うのが目的なんですから…」

「な、中というのはどの程度奥までだ…!?ええ?」

「その…、入れる辺りまでですから、そんなには…」

 頑張り損だったと知ったギョウブの徒労感は相当な物だったが…。

(いや、しかしだな…。こう、トライチに責められとるようなこの感覚はまた新鮮で…)

 膨れた下っ腹を撫でるギョウブは、ふと気付く。トライチの手はさっき慌てて引っ込んで行ったが…。

「………トライチ」

「はい?」

「その…、だな…」

「はい?何でしょう?」

「…さすってくれ…」

「?」

「腹をだな…、さすってくれ…」

 顔をカッカと熱くさせながら述べるギョウブの声は、珍しい事に懇願だった。

「こ、こう…ですか?」

 膨れた腹を控えめに撫でられると、大狸はブルルッと激しく身震いした。

 敵に追い詰められてもどうという事は無い。絶体絶命でなおふてぶてしく嗤うのがギョウブである。が、身内の、しかも目

下の、さらに意中の相手に責められて弱みを握られていると考えると…。

(ゾクゾクしやがる…!ワシは一体どうしちまったってんだ?ええ…?)

 とはいえ、洗浄作業はまだ途中である。下っ腹が膨れるほど湯を入れたツケは当然あって…。



「しんどかった…」

 三十分ほどしてやっとトイレから離れたギョウブは、いきみ続けて疲労困憊の様子だった。

「ですから程ほどにしないと…」

「次はそうする…」

 かなり苦労した末に腹の中に溜まった湯を全部出した大狸は、待っていたトライチに歩み寄ると、片腕で抱き寄せ額に口付

けした。

「待たせたな、今度はヌシの番だぜ?」

 

 ベッドの上で仰向けになり、股を開いたヒコザを、トライチは生唾を飲んで見下ろす。

 片腕を失いはしたものの、肉付きは里に居た頃に戻っている。肉感たっぷりの狸の裸体は不恰好なはずなのに、無防備に腹

や股を晒すと何処となく艶かしい。

「仰向けだと眩しいか…。トライチ、灯りを消せ」

「は、はい…」

 指示された通りに照明を消して、ベッド脇のランプだけにすると、「来い」と招かれたトライチは、そっとギョウブに身を

重ねる。

 既に解してある肛門に陰茎をあてがい、腰を寄せると、グプリと音を立てて亀頭が飲み込まれた。普段はタチ役なのでギョ

ウブの尻はややキツい。軽く呻いた大狸を労わるように、トライチは陰茎を埋めたまましばらく動かさず、こんもり山になっ

た太鼓腹を優しく撫でる。

「久しぶりですよね、本当に…」

「まぁ、な…」

 思い出すのは潮騒の、音に紛れた荒いまぐわい。胸に吸い込む草の香を、ふたりは今宵も思い出す。

「そろそろ動いて構わんぜ?」

「はい、では…」

 トライチはゆっくりと、腰を前後させる。ギョウブのように荒々しくはない、不慣れさと気遣いが動きをゆったりした物に

する。前後運動にあわせて、狸の大玉と腹がスローペースで揺れた。

 抜けてゆき、また入ってくるトライチの陰茎の感触をしっかりと噛み締めるギョウブの股間で、逸物がムクリ、ムクリ、と

震えながら体積を増す。キツく感じたのも初めだけ、すぐに腸内を擦り上げられる快感が異物感を上回る。

「トライチ…、遣り辛けりゃ向きを変えるぜ?」

 少し息を弾ませたギョウブの言葉に、

「いいえ、このままで…」

 同じく呼吸を荒らげたトライチが応じる。

「この体位だと、ヒコザさんの顔がよく見えるので…」

「フン…!」

 予想外の一言を投げ込まれて、ギョウブはこれ見よがしに勢い良くそっぽを向いた。

 惜しむように長く時間をかけて、繋がったまま体を揺らし続ける二つの影。上り詰める過程すら愛おしむふたりは、急ぐ事

無く愛撫を愉しむ。

 トライチが前傾したタイミングで、ギョウブが戯れに手を伸ばして頭に触れ、そのまま自分の腹へ顔を埋めさせる。

 反撃とばかりにキジトラ猫は鳩尾に舌を這わせて舐め上げ、豊満な胸にかぶりつき、乳首を吸う。

 こそばゆくなった大狸がうなじを摘むようにしてコリコリと筋を揉めば、トライチは乳房から口を離し、両手で寄せてこね

るように胸を揉む。

 激しい性交は頻繁だが、一度吐き出して落ち着けば、この通りお互いを隅々まで味わいつくすようなまぐわいになるのがふ

たりの常。合間合間に戯れや悪ふざけ、スキンシップ混じりの愛撫を絡め、急ぐ事なくたっぷり愉しむ。

 とはいえ、トライチがタチの状態でこうするのは珍しい。烏丸の別荘のゲストルームという非日常と、信頼できる警備体制、

誰も入って来る事のない個室という条件が、ふたりをリラックスさせているのは間違い無い。

「ヒコザさん…、そろそろ…」

「おう、来い、トライチ…」

 弾んだ息を絡め合い、ギョウブが伸ばした隻腕に、トライチが左手を合わせて指を噛ませる。

 次第に速くなる腰の動き。ゆっさゆっさと揺さぶられるギョウブの腹と胸は、上がった息で上下動を激しくする。

 同時に昇り詰めてゆくふたりの体は汗でじっとり湿り、ベッドランプを強く照り返す。

「で、出ます…!ヒコザさんっ…!」

「ワシも…、むぐ…!」

 一際深く突いた途端、トライチは丸めた背中を力ませる。

 ドプリと腸内に精液が注ぎ込まれる感触を味わいながら、前立腺を強く圧迫されたギョウブの陰茎が、タラタラと零すよう

に体液を吐き出す。

 力尽きてクタンと体が折れたトライチは、ギョウブの腹の上に倒れ込む。荒い呼吸で上下する太鼓腹のムチッと身が詰まっ

た心地良い感触を頬で味わっていると、大きな手が頭に振れて軽く撫でた。

 立てた尻尾を震わせて喜ぶトライチに、ギョウブは息を整えながら尋ねる。

「ふぅ…、ふぅ…、もう二、三回は行けるだろうが…、ヌシはどうだ…?」

「は、はい…。少し休んだら…、また…」

 夜は長い。まだまだ楽しめる。トライチの頭を撫でながら、心地良い気怠さに身を任せてしばらく休んだギョウブは…。

 

「バスローブとは、意外と浴衣に似ているものですね?」

 再びシャワーを浴びて身を清め、頭をシャッキリさせたふたりは、折角なので備え付けのバスローブに袖を通してみた。体

格が良い者でも着用できるよう、大サイズの物が該当者の個室に置いてあったので、ギョウブも不自由しない。

「ああ、存外悪くねぇ寝間着だ。着るにも脱ぐにも面倒がなくていいぜ。帯つきなのもいい」

 ギョウブは隻腕となって以降、細々した紐を結ぶよりも、帯で締める方が遣り易くなった。紐も片手で結べるのだが、帯で

あれば左腋に手挟んで締める事もできるし、きつく締めるなら端を口で噛んで締めればいい。

「お茶を淹れます。便利ですね、電気の湯沸し機械…」

 ティーバッグをカップに入れて、電気ポットのスイッチを入れながら、トライチはしげしげと湯量確認用の窓を覗く。

「その茶の小袋もそうだ。緑茶に番茶、種類も色々ある上に、簡単な淹れ方でそれなりに美味いのは驚きだぜ」

 空になった密封パックを摘み上げて睨むギョウブ。利便性を備えながら味も悪くない。それが不思議で仕方ない。

「湯が沸くまで突っ立っとるのも疲れるだろう、ここに来いトライチ」

 ギョウブが広げた脚の片方をポンポンと叩くと、キジトラ猫は照れ笑いして歩み寄り、太腿に腰掛ける。腰の後ろにせり出

した腹が当たり、やや浅くしか腰掛けられないのだが、トライチはこうして甘えるのが好きだった。

 片腕を回して抱くギョウブが、次は組み敷く格好で首やら胸やら舌で愛撫してやろうかと考えていると…。

「電話?内線でしょうか?」

 トライチが突然の呼び出し音に反応し、ギョウブはキジトラ猫を脚から降ろすと、壁に備え付けられた受話器を取る。

「リトクか。何があった?」

 深夜の連絡、当然ただ事ではないと察して受話器を取ったギョウブだったが、引き締まったその表情は見る見る強張った。

「トライチ!」

「問題ですか、大将!」

 ギョウブがバスローブの帯を解きながら振り返った時には、トライチは既に着替え始めていた。

「ああ、問題も問題、首筋に刃が当てられた状況よ!」

 ベッドに衣類を放り投げ、足早にクローゼットへ歩み寄りながら、ギョウブは歯噛みする。

「襲撃された…!よりによって今夜…!」



 廊下を少年が独りで歩む。

 慣れ親しんだ屋敷内で散発的に銃声が響く。それが不快で仕方がない。

 烏丸三徳はホールから遠ざかる格好で通路を歩み、

 壁に血痕を残してもたれかかるように座した私兵。頭部を撃ち抜かれて大の字に倒れた守衛。背中を撃たれてうつ伏せになっ

ている使用人。

 いずれも息はない。

 不快で仕方なかった。自分達のテリトリーにずかずかと土足で踏み入り、自分が名と顔を知っている者達から命を奪っていっ

た者達の存在が。

 角から飛び出した男を、ミノリは見つめる。目出し帽にゴーグル、コンバットスーツに防弾プロテクター。

 少年が相手を敵兵と確認したのは、相手が自分を敵と認めるよりも速い。そして、アサルトライフルが照準を合わせるより

も、少年が手を動かすほうが速かった。

 タタタタンッ。乾いた音が続けて響き、両腕両脚を銃撃された兵がよろめく。

 タンタンッ。続いた二度の銃声に合わせ、兵は仰け反って大きく体勢を崩す。

 タンッ。発砲音に続いてゴーグルが跳び、兵は尻餅をついて壁に背を預ける。

 両手それぞれに握ったベレッタを発砲しつつ、ツカツカと歩み寄っていた少年は、転んだ兵士の胸をドスッと踏みつけて固

定すると…。

 タタンッ…。

 ゴーグルが無くなった顔面、剥き出しの眼球二つに左右の拳銃で一発ずつ打ち込んで止めを刺し、横っ面を蹴り飛ばして横

倒しにする。

 品の良い顔は冷たい無表情。少年らしからぬ確固たる、明確なる、鋼鉄の殺意。弾を撃ち尽くしたベレッタを片方放り出し、

男が持っていたアサルトライフルを拾い上げたミノリは、素早く上体を捻って拳銃を横手に向けた。

「おっと、ストップストップ!」

 両手を肩の高さに上げた少女の顔を見て、ミノリはホッと息を吐く。

「エミ、無事かい?」

「酷い目に遭ったけどね。シャワー中だったのにさ」

 まだ濡れている髪の毛を不快げに撫で上げた妹が、「独り?父さんと母さんは?」と問うと…。

「…二人ともダメだった…」

 少年は目を伏せる。確認に行ったミノリが見たのは、襲撃の手始めにグレネード弾が撃ち込まれた部屋の惨状。偶然だった

のか、それともふたりの寝室の位置が割れてしまったのか、両親は即死だった。

「そう…」

 エミは動揺せず、静かに短く応じた。

「とにかく、兄さんと本家に連絡は送った。こっちは救援が来るまで耐え凌ぐ。レリックの研究設備に立て篭もろう」

 研究室であり保管庫でもある秘匿スペースはシェルターのような物。篭城にはもってこいなのだが…。

「ああ、ダメだったわ。ってか、連中そっちが本命だったのかもね」

 エミは眉間に皺を寄せながらひょいっと肩を竦める。

「扉は爆破されてて、その前に兵士が居たわ。バレないように退散してきたから後の事は判らないけど、中身はゴッソリやら

れてるでしょうね」

 ミノリは表情を曇らせた。中には希少なレリックも相当数あったのだが…。

「じゃあ脱出する方向で動くべきかな。隠し通路は生きているから、エミは先に行って。僕は使用人室を確認して、生き残っ

てるひとが居たら連れて逃げる。そして…」

「証拠隠滅?」

 エミの問いに、ミノリは懐から掌にすっぽり収まるサイズの起爆装置を取り出して頷いた。邸宅の地下には水晶型のレリッ

ク…爆弾が安置されている。敷地内の建造物を全壊させる威力に調整してあるそれを起動させれば…。

「後始末は本家に泣きつくしかないけれどね…。エレガントじゃないから避けたかったものの、仕方ない…」

「で、本家からの援軍はいつ着くの?」

「秘匿回線で暗号文を送ったけれど、回答を待っている余裕は無かったから確認はできていない。すぐ来てくれると思いたい

んだけれどね…」

 ため息をついたミノリが視線を外すと、エミは…。

(まぁ、本家も大変な事になってるから来ないけどね…)

 薄く口元を歪めて嗤った。




 聳える高い壁に大穴が空き、ジープが残した無数の轍が地面に残る。無残に薙ぎ倒された松の木が木っ端を点々と散らし、

警備員が幾人も倒れている。

 唐突な、そして鮮やかな襲撃だった。戦闘は極々短時間で終わり、生き残りは息のある者を優先的に屋敷に引き込む。

 敵はもう居ない。目的を達して引き上げた。

 邸宅の壁に大穴が空いているが、突っ込んだジープがそこからバックで鼻を抜いた時、本宅の警備は致命的なものを奪われ

ていた。

 

 荷台が揺れる。荒っぽい運転で揺られ、弾む。だが、その影響とは無関係に、その体は震えていた。

「………!」

 目を見開き、ガチガチと歯を鳴らして震える白い熊の子に寄り添って、女の子はその手を握っていた。

「だいじょうぶよ…」

 自分達にアサルトライフル向けるふたりの男をじっと見返しながら、トモエは囁く。

「だいじょうぶ…」

 その囁きは、フウに対してだけの物ではない。自身に対しても向けている。

「だいじょうぶ…」

 女の子の手も、小刻みに震えていた。

 フウにもトモエの恐怖が察せられている。力む体がじっとりと汗ばむ。震える体が熱を帯びる。それは九割方が恐怖による

物だが…。

 フウの脳裏に蘇るのは、あの晩の事。

 隠れ里が襲撃された、あの晩の事。

 母が焼けて死んだ、あの晩の事。

 見開かれた目の中で小刻みに揺れる瞳が、内に赤銅の火を灯す。

 ゆるさない。

 脅え続けながらも、フウの中で何かが形を成す。

 ゆるさない。もう。

 胸の奥で溶岩のように、それは滾る。

 ゆるさない。ぜったい。

 少しずつ、冷えて固まり強靭な物へと変わってゆくその感情は…。

 もう許さない。絶対に許さない。目の前で失われる事を許さない。好きなひとを奪われる事を許さない。そんな事は絶対に

許可しない。

 失わない、必ず、今度は、護る、絶対、助ける、二度と…。

 決意や覚悟とも呼べるその思いが、フウの中から脅えを少しずつ削ぎ落として行った。