OZの高弟(中編)

「ラスプーチン氏か。久しぶりの来訪だ」

 黒髪の若者はカップに注がれる白い茶を見つめながら、指を噛ませて組んだ手に顎を乗せる。

「ビックリしました…!突然飛んでくるから」

 ゲンエイの部屋。お互いに用事が済み、食事を終えた後で、持参した菓子を出したヤクモはふたり分の茶を淹れていた。

 質のいい茶葉に、原種のマンドラゴラを摩り下ろした生薬と、濃縮した羊のミルクを加えてある茶…滋養強壮効果もあるミ

ルクティーをカップに注ぎながら、ヤクモは思い出して首を縮める。

「可哀想に、ジョバンニなんかビックリし過ぎて、数分してから冷や汗をかき始めましたよ」

「そんなに怖い思いを?」

「どちらかと言えば、相手が誰なのか理解した緊張が後から来た感じでしょうか…。どうぞ」

 茶が注がれたカップを手元に置かれたゲンエイは、「なるほどジョバンニらしい」と納得しつつ、湯気立つそれを啜る。香

りにも味にも独特な甘味があるのが特徴で、OZでは疲労回復から徹夜の供にまで重宝される。

 原種のマンドラゴラはOZでも希少。高級なのでそうそう手に入らない品だが、ゲンエイはヤクモが来た時だけこれを振舞

う。というのも、ヤクモは工房に篭って何十時間もぶっ通しで作業するのが常。慢性的な休息不足なので、兄弟子として気を

回している。

「また数日滞在して行かれるだろう。OZとは異なる術大系を個人で開拓し続けている方だ。ヤクモなら、話を聞けば何か閃

いたりもするかもしれない。まぁオリジナルについては真似ができる物ではないし、参考にできないだろうが…。機会があっ

たら話をせがんでみるといい。ただし…」

 ゲンエイは微苦笑を見せる。

「弟子に勧誘されないように注意する事。力ずくで弟子に取ろうとするからな、あの方は。かつてOZからも誘拐された術士

が居たらしい」

「何となく理解しました。未遂でしたけれど…」

「未遂で良かった。ヤクモが連れて行かれたら僕も先生も困る」

 照れるヤクモは、「あ、そう言えば…」と思い出した事を聞いてみる。

「ラスプーチン氏は自分の事を「拙僧」とおっしゃっていました。僧侶なんですか?」

「まぁ一種の信徒とも言える。ワールドセーバーを信仰する方だから…」

「ワールドセーバーを信仰?」

 ヤクモの問いに、「そう難しい話でもない」とゲンエイは軽く肩を竦めた。

「我々OZの住民が「眠り姫」を敬うのと同じように、あの方はレディスノウを仰いでいる。そういう話さ」

 そういうものなのかと考え込むヤクモの理解度を窺い、茶を啜ってからゲンエイは話を続ける。

「少ししたら歓迎の宴の報せが入る。何せ先生の友人で、OZにとってもビッグゲストだ」

「宴…ですか?」

「店に行っては騒がれるからね、会場は我等一門が所有する何処かだ。ラスプーチン氏は肉食の気が強いから外の世界に準じ

た料理になるはず。食い応えはあるだろう」

 目を細めたゲンエイに、カップを厚い両手で包んだヤクモは苦笑いを返す。

「ちょっと食事に気をつけないと…、と思っていた所だったんですけれど」

「いやヤクモ。君の場合は食事の量が多くて太るんじゃない。何せ忘れるぐらいだからな。睡眠時間と運動の慢性的な不足と、

纏めて栄養を取る為の食事の質の選択に問題があるのさ。とはいえ…」

 弟弟子の言葉に潜む問題点を指摘しながらも、ゲンエイは笑う。

「健康が維持できる程度であればだが、肉付きの良い体型も可愛らしい物だ。毛並みにもう少し気を使えれば手触りはもっと

良くなるだろう。腹の撫で回し甲斐もあるというものさ」

「…!」

 俯くヤクモ。顔がカッカと火照るのが自分でも判る。

「からかって可愛い表情を見たいのも山々だが、それは時間がある時にして…。OZ外の術理や知識に触れる貴重な機会だ。

滞在中に話す機会を作るといい。…弟子にされないよう注意した上で」

「は、はい…。気をつけますけど…」

 秋田犬は上目遣いで兄弟子を窺う。

「もしも私が連れて行かれたら、どうしますか?」

「それは勿論、連れ戻しにゆくとも。そうだな、あるいは…」

 即答したゲンエイは面白そうに笑う。

「追いかけて、押しかけ弟子にして貰うのも悪くないか」

「研究を放り出して、ですか?」

 冗談混じりに口にされた、高弟としてはあんまり過ぎる発言で、ヤクモもつられて笑う。

「まぁそうなったら先生が連れ戻しに来るだろう。そして僕はラスプーチン氏と一緒に叱られる。もしかしたらジョバンニや

イヴァンカやレイノルダスもついてきて一緒に責めるかもしれない。目に浮かぶよははははは!」

 兄弟子の笑い声を聞きながら、ヤクモは内心嬉しくなっていた。

 追って来る。そう即答してくれるのかと…。

 いつからだろうかと、ヤクモは考える。

 良くしてくれる兄弟子に心を寄せ始めたのは、きっとOZに来て一年も経たない内の事だっただろう。




 歓迎の宴は、ラスプーチンの入域から18時間後、諸々の手続きや関係者への面会が済んだ後で行なわれた。

 会場となったのはアグリッパ派が管理する円形会議場。ダンスパーティーができるほど広い会場を活用した、立食形式の気

楽な宴である。外の客人という事もあり持て成しの料理はOZ式が半分で、もう半分は外の世界各国の料理を模した物になっ

た。ヤクモやジョバンニはともかく、生粋のOZ住民からすれば珍しい料理が並ぶ宴で、正装に身を包んだ門弟達は特に煌び

やかなケーキ類に興味津々である。

 賑やかな歓談の中…。

「別人みたいだよね…」

 ワイングラスを手に呟いたジョバンニの横で、シンプルに塩とハーブと柑橘シロップで味付けされただけの、脂滴る飴色に

焼けた鳥モモにかぶりついていたヤクモは、彼の視線を目で追った。そこには、タキシードに身を包んだ男の姿。

 伸び放題だった髭と髪を整えられたラスプーチンは、浮浪者然とした姿の時とは打って変わって、正装が似合う堂々たる偉

丈夫となっていた。
きっちり切り揃えられた口髭と顎鬚。モジャモジャだった長髪は奇麗に梳られ、三つ編みに纏められて背

中に真っ直ぐ下りている。筋肉質で逞しい事もあり、黒いタキシードに身を包んだ姿は正装した軍人か騎士のようにも見えた。

 門弟達に囲まれて話をせがまれるラスプーチンは、終始和やかな笑みを浮かべているが…、弟子センサーが常にビンビン。

ロックオンカーソルが忙しい。

「普段の格好はまぁ…。永遠の放浪者とも呼ばれますからね、旅と修行が主体の生活で、身なりに気を配るのは二の次という

事です。しかしあの通り、正装となれば滲み出るオーラで貴人のたたずまいですよ」

 ふたりに声をかけたのはゲンエイ。こちらもタキシードだが、ラスプーチンとは違う方向性でよく似合う。均整が取れたボ

ディラインを強調する正装を着こなした兄弟子の姿を見て、秋田犬は顔を赤らめる。

「ゲンエイさんも、よくお似合いです…」

「ありがとうございますヤクモ」

 微笑しながらさらりと返したゲンエイは、師の姿を探して会場を見回す。

(時間か…)

 アグリッパはちょくちょく姿を消している。また居なくなっている事に気付いたゲンエイは、「少し外します」と弟弟子達

に声をかけて立ち去った。名残惜しそうにその背中を見送るヤクモは、ゲンエイに言われた事を思い出す。

(もう少しひとがはけないと無理だけど、お話を窺いに行きたいな…)




 会場となっているホールをぐるりと囲んだ回廊。アーチ状の窓が一定の間隔であき、常夜の空が望めるそこは、開放感があ

りながらも正規のルート以外では侵入できない構造になっている。

 内壁に篝火が燃えるその一角に、ずんぐりした人影が佇んでいた。

 ローブを纏った恰幅のいい老人。パイプをくゆらしてくつろいでいるように見えるが、その煙は一種の探知媒介。感じ取れ

ないほど希薄に拡散してもなお、アグリッパは煙が広まった範囲内に思念波の捜査網を敷く事ができる。

「済まんなゲンエイや」

 口を開いた老人の横に、影のように青年が寄り添う。

「いえいえ。とりあえずこちらでは何も察知できません。隠遁術の類で紛れ込んだ部外者も居ませんね」

「絶好の機会と思うんじゃが、アテが外れたのぉ。高弟が標的ではないんじゃろうか?」

「さあ、僕如き浅慮の輩には共感もできない理由があるのかもしれません。例えば、次代アグリッパの候補者を減らす事で一

門の力を削ごう…としていると見せかけて、実際はもうちょっと小さい目標を達成しようとしていたとしても、理解もできま

せんね」

「ふんむ…。ゲンエイ、その件もうちょい詳しく」

「はい。「事故」に巻き込まれるのはヤクモなど、高弟になってからあまり時間が経っていない門下生が多いこと、先生は気

にしてらっしゃいましたね?」

「うんむ。こういう表現は好きではないがのぉ、「処理」し易いと踏んでの事じゃろうと感じておる」

「ええ。熟練の高弟よりも、「やり易い」相手を中心に「事故」を起こす、と…。これはつまり「そこまで大それた事は望ん

でいない」という内情があるのではないかとも考えました」

 つまり、本気で次期アグリッパをどうこうしようという意図はなく、有力株を摘んでおく事で、一門全体で見ての力を削ご

うというのが狙いなのではないかとゲンエイは説明する。なりたての高弟を狙っているように見えるのもカモフラージュで、

巻き添えそのものまでが成果の一環に入るのでは…。そんな青年の予想を聞いて、老人は溜息を漏らす。

「やれやれ、代変わりには何かと面倒を起こしたがる連中は出て来るものじゃが…。しかし仕掛けてこんのぉ」

 師の言葉に「ですねぇ」とゲンエイが頷く。

「流石に釣り餌としてラスプーチン氏はハードルが高かったのでは」

「う~んむ、根性無いのぉ…」

「それはまぁ程ほどの成果を狙ってらっしゃる手合いですからね。大勝負はしたくないんでしょう、はっはっはっ!」

 賓客を歓迎する宴を開けば、一門全員が集まる会場を狙って何らかの動きがあるかもしれない。アグリッパはそう睨んだ。

 そこで、「巻き込まれても大丈夫な賓客」かつ「巻き込んでも別にいいと思える」という条件を満たす中から選び、協力を

求めたのがあの髭男。「来たから宴を開いた」のではない。「宴を開くために呼んだ」のである。

 アグリッパは襲名して以降一門を率いてきた何十年もの間、求道者の本分を忘れて権力欲に取り付かれた手合いを相手にす

る事もあったので、不本意ながらその手の駆け引きにも長けていた。好々爺の顔のまま、その気になればいくらでも非情な手

を打つ事が出来る。

「来ないと決まった訳でもない。念のため、予定通りに対処を続けようか」

「かしこまりました。さしあたっては警戒に戻ります。また二十分後に」

「頼む」

 そうしてふたりが警戒している事は、他の高弟達も知らない。下手に皆へ警戒を促せば、気配を察して何も仕掛けて来なく

なる可能性があったため、アグリッパは信を置くゲンエイだけを協力者として選んだ。

「宴が終わったら部屋に来なさい」

 会場へ戻ろうとするゲンエイの背中に、アグリッパはそう声をかける。

「手伝わせた詫びに、美味いシャンパンでも馳走しよう」

「ははははは!楽しみにしておきます!」




 そうして、何事もなく宴が終わり、三々五々ひとがはけた後で、

「ラスプーチン氏、少しよろしいでしょうか?」

 大量に酒類を摂取していたはずだが、全く酔いの気配が無い髭男に、ヤクモは声をかける。既にラスプーチンの周囲に群が

る門下生はおらず、一対一で話せる機会がやっと訪れた。

「何かなヤクモ氏?む!さては弟子入…」

「身体強化の術やそれに類する知識やコツなどについて窺えればと!」

 会話が不穏な流れになるのを避け、慌てて発言を遮り要点を伝える秋田犬。

「身体強化術のコツ、とな?」

 短くなった鬚が落ち着かないのか、しきりに顎を撫でているラスプーチンが聞き返し、ヤクモは「はい」と顎を引く。

 ラスプーチンが椅子に座りつつ促して、向き合う格好で椅子を寄せて腰を下ろしたヤクモは、目で催促されて詳しく話す。

「大気や地面など、外に対象を取って障壁を構築する術より、直接自身を対象に取る術の方が、調整や範囲指定などの手順が

不要な分だけ発動が速いと思ったので…」

 ヤクモ自身…というよりもアグリッパ一門は身体強化の技術を探求していない。自身の肉体を補助する術や、肉体そのもの

を物理的に改造する技術などを得意とし、ワールドセーバーが作った生物の根源に迫る事で理解を進めようとする学派もある

が、そちらとアグリッパ派とでは研究のアプローチが違い過ぎる。

 ラスプーチンは見た所そちらの方面の術理術式に明るいと思ったので、秋田犬は訊いてみる事にしたのだが…。

 ヤクモがその方向に注意を向けたのは、散発する「事故」から身を守るためである。自前で多くの防御術を取り揃えてはい

るが、発動が速い物ばかりではない。その点、身体強化の類であれば対象に取るのは自分自身なので作用が速く、効果がそれ

なりに持続する物も多い。

 もっとも、手っ取り早い解決策に心当たりはあった。ヤクモ自身にはできないのだが…。

「私にも禁圧解除ができれば困らないのに…」

 思わずため息が漏れる。

「む?禁圧解除と申されたかなヤクモ氏?」

 ヤクモが口の中で零しただけの呟きを拾ったラスプーチンは、

「できれば困らぬとは妙な事をハハハハハ!「しないだけ」と言うべきではハハハハハ!」

「え?いえ、できません本当に」

「え?何で?」

「え?何でと言われても…」

「え?」

「え?」

「………」

「………」

 しばし、お互いに困っているような、困惑が濃く漂う沈黙が続き…。

「………あー、なるほどなるほどそういう…。ふむぅん…」

 少し考えてから髭男は納得した。「アグリッパ一門は…というよりもOZの学派はそちらに積年の問題の解を求めておらぬ

のだった」と。

「とはいえ、思念波の制御や瞑想など、枷外しを可能とする修行メニューは揃っておる。ヤクモ氏ほど一門の修練を積んでき

た術士であれば、目の向け方とコツ次第で可能。…いやいやマジで。何かな?その「ウソだー」という目は?」

 あからさまに信じていないというか、お世辞の一種だろうと疑ってかかっているヤクモに、ラスプーチンは「まず、「ソレ

が何なのか」の確認をば」と人差し指を立てて見せた。

「獣人の一部が見せる、身体能力の一時的な上昇…。ここまでは?」

「はい。理解できています」

「そして、それはあくまでも「開放」であって「増幅」ではないという事は?」

「はい。本来は負荷を抑えるために働いている制限を外す物だと…」

「結構。さて、その現象の発現に際して邪魔になる…取り払う必要がある枷を「リミッター」と呼び、桃源郷の仙人達はそう、

これをして「禁圧」と呼び示す。さてこの枷だが、「何なのか」というのはもう判っている事。OZの術士達はその先に求め

る探求の答えが無いと知っているからこそ触れない…というより触れる事を無意味としているが…」

 ラスプーチンはヤクモの目を見る。

「桃源郷の仙人達は、この真理を理解しているが故にあの表現を用いる。「禁圧」…、さて、それは「誰による」、「誰への」

禁圧なのかという事だが…」

 考えてみれば妙な話だった。単純に枷なのであれば、あえて「禁圧」などという言葉を用いたりはしないはず。それが何か

によって禁じられ、抑えられているという表現になっているのは…。

「ワールドセーバーによる、過去の人類…「獣人」への…?」

「正解ッ!」

 ラスプーチンがパチンと指を鳴らす。

「いかにもいかにも、兵器たる「獣人」に対してワールドセーバーが架したる遺伝子レベルの枷!であるが故の「禁圧」とい

う事ッ!人間についておらぬのは、そもそも旧人類の「人間」はワールドセーバーの手による生命ではなく、現行の人間も兵

器として作られておらぬが故!もっとも…」

 髭男は数度頷いて続ける。「「リミッター」などと称されるが、実際にはそんな大層な物でもない」と。

「どういう意味です?」

「ヤクモ氏ヤクモ氏。そなた確かOZ生まれではないという話であったが、銃器の事は存じておる?拳銃とかああいうの。い

や専門的な話でなく多少で結構だが、如何に?」

 ヤクモが「はい、まぁ少しは」と応じると、ラスプーチンは言った。

「ならば話は早い。銃における安全装置、それこそが「リミッター」と称される物なり」

「…はい?安全装置…」

 胡乱な表情で一度聞き返してから、ヤクモは悟った。「その程度のもの」なのか、と。秋田犬の瞳に一瞬の間をおいて浮か

んだ驚愕を見逃さず、ラスプーチンは深く頷く。

「理解に至ったならば結構。リミッターの解除などと言われるアレは、銃の安全装置の解除に同じ。単に「本来の用途として

の使用に適う状態にするための物」に他ならぬという事。古種にあっては平常モードと臨戦モードの切り替え…通常用途的機

能開放に過ぎぬ。対して拡張用途的機能開放はつまり「オーバードライブ」という事になるが…、それもまた「兵器として想

定される運用状態の一形態」という物。かつてはできて当たり前…というよりも基本機能だったが、血も薄まり兵器としての

機能を備えない「まっとうな生き物」が主流となった今では、むしろできる者の方が少数になった、というのが実情という物」

 秋田犬は黙して考え込む。

 理解できた。同時に考えさせられる事があった。

 主君と仰ぐはずだった、かつて誰より近しく、同時に最も遠く在った男の事を思い出す。

 今になって判る。先祖返り…、「最初から兵器としての機能が搭載されて作動していた」彼は、他者が憧れ褒め称えるその

評価とは裏腹に、疎外感を覚えていたのではないだろうか?

 身内などを除いた相手に向けていたあの排他的な態度は、自分と他者との大きな違いを、本能レベルで常に感じていたから

なのではないだろうか?

 だとすれば、自分を受け入れていたのは…、身内として振舞っていたのは…、異質であるというその差を越えて、特別に心

を寄せてくれていたからなのでは…。

 ズキリと胸が痛んだヤクモの様子には気付かず、ラスプーチンは続ける。

「古代、ワールドセーバーによって生み出された当時、「獣人」には兵器分類として様々なパターンがあったそうな。基本分

類のひとつが「殲滅型」。「人間」を殲滅すべく生まれた「獣人」は、その暴威をもって数多の命を刈り取ったというが…。

おそらくはその荒ぶる気質をも開放してしまった状態こそがオーバードライブの暴走にあたる。いや、そちらこそが兵器とし

ての用途に沿う本来の姿と言う事もできるか」

 ヤクモはゴクリと唾を飲む。

 神卸しの暴走。それに伴って見られる凶暴性、破壊衝動や殺戮衝動とは、兵器として与えられた性質の発露。おそらく「普

通に使えば暴走する」という物だった。

「では…、逆にそれが制御できるのは…?我々が知る、制御されたオーバードライブというのは、どんな状態なんでしょう?」

「良い質問だヤクモ氏!」

 満足げに頷くラスプーチン。

「当時の大戦で、「獣人」に「人間」を絶滅されないよう、保護する側のワールドセーバーも様々な対策を取った。「人間」

に武器を与えたり、力を与えたり、時には自ら「獣人」を駆除したり…。そんな中で原始的な本能による闘争行動が主体だっ

た「獣人」もまた、状況に即した進化を強いられた。知性を持った「獣人」…。衝動を知性で御す、「兵器」から「戦士」へ

の進化を」

 それが、消耗品であった殺戮兵器が、生物としての存在へと変化した第一歩だった。そしてその頃から、「獣人」を生み出

した側のワールドセーバーも、「人間」を殺すための単純な兵器から逸脱しつつあった「獣人」達に「異なる役割」を与え始

めた。

「異なる役割、ですか?」

「うむ。すなわちワールドセーバーを殺す事。…実質神殺しとでも言うべき難業よな」

「…え?」

 さらりと言われたヤクモは、言葉の意味を理解するまで一拍の時を要した。

「「ワールドセーバーを殺すための戦士」…夢物語のようだがそれは実在する。そして実際に何度か成功したケースもあった

のだ。多くは成功せず、滅ぼされる事の方が多かったらしいが…。最も有名で、現在もイマジナリーストラクチャーに現存し

ている血族もある。そういう意味ではあそこは神話と地続きの異界と言えよう」

「現存している!?」

 当初の目的をすっかり忘れて聞き入っていたヤクモは、驚きながら身を乗り出した。

「そんな血族が…!?そんな存在が暮らすイマジナリーストラクチャーが現存しているんですか?」

「むむ!気持ちいいほど意外な食いつきッ!いやしかし、ヤクモ氏もその情報を知らなかっただけで、流石に名は聞いておる

事だろう。「絶対防衛領域ニブルヘイム」。そして神殺しの血族「ニーベルンゲン」。OZの学徒であれば必ず習うはずだ」

「「ニーベルンゲン」…!」

 知っていた単語が出てきたが、ヤクモは神殺しの話までは聞いていなかった。

 OZとは完全に交流が途絶えている訳ではないが、基本的に外部と交流を持たない、常冬のイマジナリーストラクチャー…

それがニブルヘイム。

 そこに住まう、古代の血をそのまま受け継ぐ純粋な「獣人」達…それが「ニーベルンゲン」。「先天的戦士」達。

 ヤクモが知っているのはその程度。おそらく探求に関係ないのであまり掘り下げては教えられなかったのだろうが、興味を

持ってアグリッパ辺りに聞けばあっさり教えて貰えた事なのかもしれない。

(知るとまた別の疑問が出て来る…。時間がどれだけあっても学びは足りないと、先生が言っていた意味が判った気がする…)

 基本、殲滅兵器。そして時に神殺しの使命を帯びた戦士。要約するならば「獣人」…すなわち現行文明で言う「獣人の古種」

とはそのような存在だった。

「まぁ同様な事が一部のレリックにも言えような。「ワールドセーバーを殺すための武器」として造られたレリックも存在す

る。拙僧が聞き及んでいる範囲では、フィンブルヴェトがいくつか所持しておったらしいが…。はてさて、今はどうなってお

るのやら」

 ラスプーチンはあえて言及しなかったが、その思わせぶりな話の流れからヤクモは勘付いていた。おそらくこのOZにも、

その類の遺物が保管されているはずだと。

「さて脱線したがッ!不得手を埋めようという目的意識は理解できた!得手を伸ばすも一つの手、不得手を補うも一つの手、

望むように学び、習得するのがよかろう!それに肉体強化系の術となれば拙僧の得意とするジャンルッ!教えるにやぶさかで

はないが…。物はついでというもの、自らの枷を解く方法についてもコツのような物であれば伝えられるが、如何に如何に?」

「あ!それは是非お願いします!」

 当初の目的を思い出したヤクモは、深く頭を下げた。

「有意義なお話も窺えました。有り難うございます」

「なに、軽いアドバイスなれど、拙僧の教えが助けになったのであれば…」

 言葉を切り、突然黙り、何事か考えるラスプーチン。

「…アドバイスしたのならほぼ弟子なのでは…?」

 ポツリと呟く髭男。

「いやこれはもう弟子という事でよいのでは?実質弟子に相違あるまい?つまり弟子?…そうかヤクモ氏!そなた拙僧の弟子

であったのだなッ!」

(えええええええ…)

 顔を輝かせるラスプーチン。もはや話が通じない。

「遠慮は無用ッ!ささッ!拙僧を先生と呼ぶがよい!さぁッ!」

 一度でも先生と呼んだが最後、何かが決定的に終わると予感したヤクモは、「有り難うございました、ラスプーチン氏」と、

やや引き攣った笑顔で頭を下げ、腰を上げた。




 十数分後、ヤクモは塔内の一室…同僚の部屋を訪れた。

「飲み過ぎ?」

「ちょっとだけ…」

 テーブルに突っ伏すジョバンニに、冷たい水を出してやりながら、ヤクモは向き合う格好で椅子につく。

「…聞けた?」

「うん?」

 やや呂律がおかしいジョバンニに突っ伏したまま問われたヤクモは、

「聞きたい事とかあったんじゃないの?ラスプーチン氏に…」

 そう続けられて「あ~…」と声を漏らす。

「気付いてた?」

「うん」

「少し指導して貰える事になったんだ」

「良かったね…」

 顔を起こし、それから組んだ腕の上で横に倒した同僚に、ヤクモは「うん」と頷く。

「ヤクモも誘拐されないように気をつけなきゃね…」

「そうだね…。OZから誘拐されたひとが誰なのか、ジョバンニは知っているの?」

「誰なのかまでは知らないけど…、昔、アグリッパ一門からひとり誘拐されたんだってさ…」

「…。和解…したん…だよね…?」

「たぶん…」

 誰が誘拐されたのかなぁ、知っているひとかなぁ、と考えるヤクモは、想像もしていなかった。若い頃に誘拐されたOZの

術士というのが、他でもない自分達の師であったなどという事は…。