八重の潮騒(後編)
「………」
若い猫は、ただ呆然とそこに立ち尽くしていた。
信じられないほど広大な、見渡す限りの青。
空に等しい広がりを見せる、広大な水面。
海岸線まで1キロ以上あるにも関わらず、浴びる風には海の香りが濃く混じっている。生まれて初めて目にする海の、遠く
に望みながらもはっきり見えるその雄大な広がりに、トライチはすっかり圧倒されていた。
「どうだ?」
高く切り立つ、ひとの足では登るのも一苦労な断崖の上、老いた痩せ松の枝で身じろぎ一つできないトライチを、ギョウブ
はその1メートルほど下の根元から見上げる。
「あの…、ああ…!こんな、広い…!」
感想が言葉にならない。感動と、畏怖と、驚愕と…、激しく揺さぶられる胸の内は、若い猫には言葉にする事が叶わない。
ただ、毛が逆立って太くなった尻尾や、ピンと立った耳、瞬きも忘れて見入る眼を見上げるヒコザは、その反応に満足した。
連れて来て良かった、と。
「怖いか?」
「す、少しだけ、恐れと言うか、畏怖と言うのでしょうか?竦みのような怯みのような、体のかじかみが…。ああ…、ああで
も…!何て…」
息を吸い込み、唾を飲み込み、トライチはしばし間を空けてからやっと、その言葉を紡いだ。
「何て、美しい景色なのでしょう…!」
陽光に煌く海面に見とれながら、震える声で素直に語るトライチ。
ギョウブは静かに目を閉じる。裏帝の隠れ里に住まう者達は、御役目で外に出る者以外は、里の外の世界を知らずに生涯を
終える。実働部隊ではなかったトライチの母も海を自分の目で見る事無く逝った。実働部隊であったトライチの一番上の兄も、
海とは縁が無く、見る事は叶わずに逝った。
そんな不自由に囲まれてきたからこそ、歴代の逆神達は誰もが、自分達の代で雌伏の時を終わらせる事を夢見てきた。
ギョウブも例外ではない。
いずれ里の皆に、この広く美しい国の姿を見せてやりたい。大手を振って好きな方へ歩いてゆける未来を与えてやりたい。
好きな事が好きにできる、無限の選択肢がある世界へ解き放ってやりたい。…そんな想いを抱きながら、しかし今の自分がし
てやれるのは、トライチひとりに海を見せる程度の事…。
「…ここから少し歩くぞ。傍で見てぇだろう?」
「え!?い、良いんですか!?」
驚いて見下ろしたトライチに、ギョウブはニヤリと笑って見せる。
「ここまで来たんだ。足も浸けねぇで帰るって手はねぇだろう?」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます隠神の大将!」
枝から飛び降り、平伏して繰り返し礼を言うトライチに、
「今は「ヒコザ」だぜ?」
大狸は片膝ついて目線を近付け、頭をぐしゃぐしゃ乱暴に撫でてやりながら笑いかけた。
砂浜を目指して移動する最中、気が急くトライチは何度も足が早まり、気が付いては我慢して歩調を緩め、先導するギョウ
ブについていった。
そんなトライチの様子がおかしくて、可愛らしくて、ギョウブは終始こみ上げてくる笑いを堪えねばならなかった。
山を降りて市街地に入り、水産加工場や船具屋釣具屋魚屋が軒を連ねる区画を抜け、防風林と堤防を越えれば、そこには砂
浜が開けていた。
「ああ…!」
コンクリートの堤防の上、自分の隣で声を漏らしたトライチを、ギョウブは横目で見遣る。
瞳いっぱいに映り込む海。ギョウブから話を聞いて想像していた光景が、生まれて初めて眺める景色が、いま実際に目の前
に広がっている。
おもむろに堤防から飛び降りたギョウブは、手を差し伸べてトライチを誘った。
おずおずと手を握った若猫は、砂の上に飛び降り、大狸に抱き止められる。
見上げるトライチが顔を輝かせ、頷いたギョウブは口の端を上げた。
大狸に手を引かれ、トライチは波打ち際まで砂を歩く。海開きにはまだ早く、二頭の他には犬を連れて来て波と戯れる家族
連れや、砂に紛れたヒラメを狙う釣り人、遊びに来ていた近くの子供ら数名程度しか居ない。彼らの視線も幻術に阻まれ、仲
睦まじく手を繋いで歩むギョウブとトライチには向けられる事はなかった。
砂が深く堆積した足場の感触も、波に濡れて色が変じた場所が締まっているのも、沖から吹いてくる潮風も、トライチにとっ
ては全てが新鮮だった。
先にギョウブが履物を脱ぎ、波に素足を晒して見せると、トライチもおそるおそるそれに倣って、寄せては返す波にそっと
爪先を進め…、
「つめたい…。こそばゆい…!」
すーっと、波が足の周りの砂を掻きながら引いてゆく感触で顔を綻ばせた。
「…あれ?」
引き波に目を奪われて視覚が軽く混乱し、僅かによろめいたトライチを、ギョウブがその逞しい腕で優しく支える。
「眩暈がしたか。目が波の動きで距離感を錯覚しちまうんだぜ。自分が動いとる気がしたろう?」
「不思議な感覚です…!地面が波と一緒に逃げて行くようで…!」
潮風を浴び、心地良さそうにうっとりと目を細めるトライチに、珍しく判り易い笑顔になったギョウブが告げる。
「水はまだ少々冷てぇが、海で行水としゃれこむか。夕刻までここで過ごす。魚でも獲って昼飯にするぜ」
「はい!」
認識されないのを良いことに人目を憚ることもなく衣類を脱ぎ、風で飛ばないよう流木を重しにし、褌一丁になった二匹は、
波打ち際から海へ踏み込んだ。
「寒くなったら言うんだぜ?意外と冷えるモンだからな」
「はいっ!」
揺れ動く波が海の鼓動のようにも感じられて、不思議で奇妙で興味深くて堪らないトライチは、上ずった声で返事をした。
準備運動で体をほぐし、体温を上げ、いざ踏み込むは八重の波。沢遊びとは勝手が違う、生まれて初めての潮の行水。
ギョウブに手を引かれながら波間を漂い、浮遊感を楽しむ。果ての見えない海にたゆたい、時に抱き合い、引き合い、じゃ
れあうように大狸と波に揺れる。
水鉄砲合戦に、潜水しての取っ組み合い、果ては何の工夫もない水の掛け合いに、波に揺られる上下動の体感…、童心に返っ
て初めての海を存分に味わうトライチ。
想像以上に塩辛い水に、絶え間なく耳を打つ本物の潮騒。大きすぎる感動を持て余しながら、トライチは夢中になって海を
堪能し…。
「クシュンッ!」
盛大なくしゃみをし、ズズッと鼻を鳴らすトライチの前で、眉間を摘んだギョウブが「言わんこっちゃねぇぜ…」と呻いた。
堤防付近の砂浜、乾燥した流木を集めておこした焚き火を挟む二匹。
まだ大丈夫。まだ平気。…と繰り返し続けたトライチは、すっかり体が冷えてしまって、膝を抱えてカタカタ震えている。
「済みません大将…」
「ヒコザだ」
獲った魚を焚き火で焼きつつ暖を取らせるギョウブに、シュンとして謝るトライチ。
(甘く見た…いや、買い被った…。コイツにゃ意外と阿呆な所があるのを失念しとったぜ…)
「ヒコザ様は平気なんですか?」
「ワシは肉が厚いからな」
しれっと応じる大狸。体躯そのものが頑強な隠神の狸達は、ギョウブに限らず寒さに強い。
内蔵を取り除いて串に刺し、火で炙っている魚は、幻術でおびき寄せて惑わし、素潜りで捕まえたもの。そのまま暗器にも
なる鉄串や小刀などのサバイバルツールは常に携帯してある。
「焼けたぜ。…おいトライチ」
「はい…」
「こっちに来て、ここに座れ」
そう言いながらギョウブが示したのは、胡坐をかいた自らの足。
「え?で、でもヒコザ様…」
「いいから来い。つべこべ言うな。風邪でもひかれちゃあ面倒だ」
逡巡しつつそろそろと近付いたトライチの腕を取り、乱暴に引いて抱き止め、抱える格好で座らせたギョウブは、「食え」
と、その鼻先に串焼きを翳す。
「あれだけ言ったのにヌシは…。世話が焼けるぜ」
「す、済みません…」
串焼きの魚を拝むように両手で持ち、小さくなったトライチは…、
「仕方のねぇヤツだぜ。まったく…」
ポンと、頭の上に顎を乗せられて瞬きする。ギョウブは呆れまじりではあったが笑っていた。
「食え」
「はい…」
背中にギョウブの体温、前面には焚き火の温もり、濡れた体が乾いてゆき、塩で毛がパリパリする感触も不快ではない。海
水がそのまま調味料となった焼き魚の粗野な味は、香りもあって海の一部をそのまま貰ったような気分になる。
申し訳ない気持ちと情けない気持ちと幸せな気持ちを胸に、焼き魚を頬張るトライチ。モソモソと口数少なく魚を食むギョ
ウブ。
潮騒はただ、ただ、優しく、身を寄せ合う二頭を包んでいた。
「塩と砂が毛の奥まで入り込むのが海の難点だぜ。放っておくと体中パリパリするし、腋の下やら股座やらも塩でベタベタし
やがるからな」
引き返す道中に見つけた銭湯に紛れ込んで、トライチの体を温めつつ、遠慮するのを無視して無理矢理丸洗いしたギョウブ
は、湯上りの茶を啜りながら従者に述べる。ただし説明されているその従者は、休憩室に並ぶ電気仕掛けの飲料販売機や扇風
機などに気を取られがちだが。なお、存在は気取られないのだが、それでもやはりギョウブは二名分の入浴料をきちんと番台
に置いている。
体を温め直して砂と塩を落とし、銭湯を出たらもう帰路である。名残惜しそうに海を振り返るトライチを連れて、「またそ
の内に連れて来てやるぜ」と、そっけない口調で喜ばせるギョウブ。
帰りはまた電車を使うつもりだが、その前に山中で一泊する予定。一晩の休息に向いた場所をいくつか把握しているので、
出先とはいえ困る事はない。もっとも、場所が無いなら無いで、幻術を使って通りの端でも寝られるのだが。
「ヒコザ様!あそこに…」
山へ分け入って少し経った頃、木々の間に見えた物にトライチが反応した。
「とても立派な鳥居が見えます!」
波と風が喧嘩する岬の突端、岩場を見下ろすそこに、広い境内地を有する立派な神社が据えられていた。米粒のように小さ
なひとの姿が石段を昇り降りし、ひっきりなしの参拝から賑わいが窺える。遠目にも巨大さが窺える朱も鮮やかな鳥居を山中
から眺め、若猫は「うわぁ~…!」と感嘆の声を漏らした。
「ここら一帯じゃあ一番でかい神社だぜ」
「店でしょうか?派手な幟と天幕が見えます」
「ああ、露店だな。食い物から童の玩具、土産の品やら、…まぁとにかく色んなモンが置いてある。だが…」
興味津々で眺めているトライチの気分に水を差すのも憚られたが、大狸は「ワシらはあそこに近づけんぜ」と釘を刺した。
「え?」
「トライチ。あれが「禁足地」だ」
ハッと、トライチが顔色を変える。浮かれ気分が吹き飛んで、警戒と緊張がそれに取って代わった。
禁足地。神将やその眷属、そして配下たる者が近付く事を禁じられた場所。
この国には全部で十二箇所の禁足地が存在しており、ギョウブ達は踏み入る事は勿論の事、みだりに近付く事も禁止されて
いる。これは帝と神将が二派に分裂してもなお守られ続けており、逆神も眷属も、神将もお庭番も、このしきたりを遵守し続
けている。
それが何故なのかという理由については、神将家では歴代の家長と御庭番頭のみが知らされるのだが…。
「良い機会なのやもしれん…。ヌシにもそろそろ知って貰った方がいい」
ギョウブは、おそらく長く片腕として活躍してくれるだろうこの若者に、禁足地の秘密を打ち明ける気になった。
手近な岩に腰を据え、向き合う格好で座ると、大狸は若猫に語り始める。
「禁足地というのは、つまり一種の結界だぜ」
「結界…でございますか?」
「ああ。だがワシらの幻術結界とは違う。ある物を封じるための結界だ」
「何を封じてあるのですか?」
「「御柱」だ」
「!」
トライチが表情を硬くする。
御柱。太古から存在し、普段は異相に沈んでいる、天まで聳える巨大な建造物。
そこを得ればいかなる戦にも勝て、いかなる乱世も治められるとトライチは聞いている。曰く、千里眼が宿る、曰く、明日
から先が視える、曰く、ひとの死までが判る、曰く、陸地そのものを消し飛ばせる…。
それは英知と力の結晶でありながら、一つ間違えれば滅びを招く物。そもそも帝と裏帝に別れて争う事になったのは、この
御柱をどう扱うかという姿勢の違いに端を発する。
裏帝の初代は、御柱を活用する事で国民の健やかなる未来を思い描いた。これを危険すぎるとして反発したのが当時の弟…
今の帝の血統である。
この御柱を得られれば国崩しも容易い物と思われるが、しかし裏帝派は御柱を顕現させて戦に勝とうとは目論んでいない。
御柱はひとの想いに反応し、顕現する。思念波とも呼ばれる精神の力を吸い上げて現れる。だが、その顕現に必要な「想い
の量」は膨大であり、これを効率よく実行するならば、ひとが最も強い思念波を発する瞬間…つまり、数多の命を捧げるのが
最適な手段となる。
裏帝も逆神もこれをよしとはしなかった。何も知らぬ民草の命を身勝手に捧げて得る天下に、未来は無いと断じた。
「あそこには、御柱の顕現を食い止めるための楔…、人柱が「ほうじ」られとる。「カミサマ」としてな」
人柱と聞いて、トライチには思い当たるものがあった。隠神が里を守るために張り巡らせている、継続作用する強力な幻術
のコストは、本来ならば肉の体を離れた残留思念波だけで賄える物ではない。それを可能とするために使っている手段が、爪
や毛など自身の体の一部を要所に埋めるという方法。これにより残留する核を得た思念波は長持ちする。
さらに、遺骨を使うという手段もある。隠れ里の墓地はそれがそのまま思念波の拡散と発信を行なう、幻術結界への燃料要
求源であり、比喩ではなく死者も里を守っている。
「どうやって造られるのかはワシらも詳しくは知らん。伝え聞く所によれば「「世界」と契約を結ぶ」とも、「魂をそこに縛
られる」とも言われちゃあいるが…。とにかく、ほうじられた人柱は、御柱がひとの想いを溜め込んで勝手に顕現できんよう、
悠久の時を越えてそこに縛られ続ける。「ひとの想いを糧に存在し続ける何か」に造り変えられて、な」
ギョウブの目は据わっていたが、怒っているようでもありながら、何処か哀しげでもあった。トライチは一字一句を胸に刻
み込むように、身を乗り出してギョウブの話に聞き入る。大狸がこんな目をするのは初めて見たが、それだけに、非常に重要
な事なのだと察しはついた。
「ソレがひとの想いを糧にしている間、御柱は顕現できん。だが人柱はひとの想いが枯渇すれば弱る…。だから結界の維持に
はひとの想い…つまり信仰を集めにゃあならん。それ故に、対象となる神社は手厚い保護を受け、ああして栄えとるわけだ」
不意にギョウブは顔を顰め、不快げにフンと鼻を鳴らした。
「とはいえ、そうして封じられた御柱の内、北陸にあった二基は大昔に破壊された。…今じゃあどっちの神域も保護がおざな
りらしい。用済みとなれば捨て置く…、なんともゲンキンな話だぜ」
「二箇所…ですか?」
「明神と神座に連なる者がほうじられた結界だ。どちらも事故か何かで顕現した折に、複数名の将が御柱を破壊したらしい。
禁足地に踏み入る許可が降りるのは、そんな本当の危機的状況に限られとる」
トライチはおずおずと口を開き、尋ねてみた。
「あの…、なぜ踏み入ってはいけない事になっているのでしょう?因縁深いから…ですか?」
精神性によるしきたりの類で定められているのかと考えたトライチだったが…。
「いいや、もっと単純な話だぜ」
ギョウブは自らの厚い胸を親指で示した。心臓の付近を。
「ひとが死ぬ瞬間、肉の体から解かれる「想い」は強烈だ。ワシらのような将や、力ある兵は特にな。死の間際に響く魂の断
末魔が、禁足地にかけられた封印に影響を与える可能性は高い。…最悪なのはワシら「血に連なる者」が、該当するほうじら
れたモンの傍で死ぬことだ」
ギクリとするトライチ。話の流れが嫌でも判った。
「死に方は問わん。石段で足を滑らせて角に頭で打って死ぬのも、誰ぞに後ろから刺されるのも、死んぢまえば同じこと…。
ワシら将の直系が、万が一にもお参りに行った先で心臓発作なり脳溢血なりでポックリ逝ったら…、ただでさえ思念波が近し
い人柱が影響を受けて封印が綻ぶ。言い換えればつまり、ワシら直系の将を縁ある禁足地で生贄にすれば、御柱を拝める訳だ」
ゴクリと唾を飲み込むトライチ。自分が聞かされた話の重大さを実感するにつれ、緊張で脂汗がにじみ出てきた。いま主君
から聞かされているのは、「神殺し」の方法であり「国崩し」の方法…。一国を滅ぼす事を可能とする手段に他ならない。
トライチが話の内容と重さを認識している事を、その反応と顔色から確認したギョウブは、一つ頷くと目だけを遠い鳥居へ
向ける。
「あそこにほうじられたモノの名は「素名詰(すなづめ)」。…ひとであった頃の名は知らん。…もう、どこをどう調べても
判らんようにされちまっとる」
「スナヅメ…?」
「ワシらから見れば、ずっと昔の先祖にあたる」
トライチが目を大きくする。ギョウブは心の内を隠すように、そっと瞼を閉じていた。
「ワシらが二派に分かたれ隠れ里に籠る前…、それよりずっと前の話だ。神ン野本家に男児が生まれず、分家頭の隠神から婿
養子をとらせるという縁談が持ち上がった事があった」
神ン野と隠神。宿敵同士となった今では考えられない縁談の話に、トライチは想像力が追いつかず目を白黒させる。
「だが、この縁談には反対する派閥がいくつも出た。血の濃い同士だ、おそらくは「神威」が生まれちまっちゃあかなわんと
いったところだったんだろう、強硬に縁談に反対する一派…。隠神の発言力が高まる事を危惧して、別の血筋から婿を立てよ
うとする一派…。隠神の分家頭の長子が取られる事を嫌がり、せめて次男が出てから決めるべきだと、先送りを求める一派…。
まぁ他にも、あわよくば我が子を…と外様までしゃしゃり出る始末だ」
それはまぁ、ぼんやりと想像するだけでも大騒動だっただろうなと考えたトライチは…、
「主張も欲も様々だが、多くの派閥に共通したのは、「そのワラシが居らんなら縁談は白紙に戻る」って事だった…」
ギョウブが続けた言葉で、嫌な予感を覚えた。
「…まさか…、その子供は…」
「下らねぇ政争の犠牲になって、最後には命を失い、今は…」
憎々しげに吐き捨てて、ギョウブは彼方の鳥居を見つめた。
「死んだそのワラシを人柱にし、御柱を永劫に封印し続けるよう造られた結界…。そいつがあの神域だ。それが死よりも惨い
永劫の苦役なのか…、護国の要として誉れある在り方なのか…、そもそもどんな状態になっとるのか…、そこは「そうなっち
まった」者じゃなけりゃあ判らん事だろうがな…。あの大社に限らず、柱にほうじられとるのはいずれも、非業の死を遂げて
歴史から存在を消された者ばかりだぜ。禁足地たる神域にほうじられた彼らに、ワシらができるのは遠くから想う事だけよ」
ギョウブが言葉を切り、落ちた沈黙を風音が埋める。
トライチはしばらく何も言えなかった。大狸が怒っているように感じられたのも、悲しんでいるように感じられたのも、気
のせいではなかったのだと、話を聞いた今では理解できた。
しばし経って、トライチはおずおずと疑問を口にする。
「どうして人柱なんて手段を…。連中、使える頭数なら足りているでしょうに。普通にひとを配して警護すればよいのでは?」
「この国には御柱が多過ぎるからだ。位置が判っとらん物まで含めれば三十を下らんという説もある。間近に将を配すにして
も到底足りん。だからこその、ひとならざる封印というわけだ」
「あ…」
「さて…。昔話はここまでだ」
おもむろに腰を上げたギョウブは、行く手に向けて顎をしゃくった。
「今夜はもう少し進んだ先で休む。行くぜ」
促されたトライチは、さっさと歩き出すギョウブの背を追いながら、聞いたばかりの話を思い返し、心に刻み込む。
受け止めるには重い、あまりにも重要過ぎる話…。
だからこそ、これを聞かせたギョウブが自分に向ける信頼が、重いと同時に身に余るほど嬉しくもあった。
木々と枝葉に姿が紛れ、そもそも存在を気取られない二頭が移動する山を、しかし、見つめる目が二つある。
立派な鳥居が設えられた、ひとで賑わう境内前で、石畳の上に佇むのは小さな影。
純白の狩衣を纏い、黒い烏帽子を被ったその影は、格好と外見がいまひとつ噛み合わない。何せ、その衣装を纏っているの
は、年端も行かぬ子狸なのだから。
行き交う参拝客は、想い想いに鳥居を見上げたり、同行者と話をしたりと、いずれもその小さな狸に注意を向けていないが、
目も向けないままでも避けて歩き、ぶつかる事はない。
誰にも見られず、夕焼けに染まらず、そこに独り立つ子狸は、じっと、ギョウブとトライチが居る辺りに視線を注いでいる。
例え視界が開けていたとしても米粒ほどにも見えない距離なのだが、まるで見えているかのように、ただ、ただ、じっと…。
顔からは何を思っているのか推し量れない。表情は無く、「何を考えているか判らない少し気難しそうな子供」といった風
情である。
「あ!居たぁ!隠彦(おにひこ)様ぁ~!」
やがて、子狸はかけられた声で首を巡らせた。
行き交う参拝客とぶつからないようにマゴマゴしつつ、それでも肩が触れたりしてペコペコと頭を下げながら、人ごみを抜
けて子狸に近付いたのは、浴衣姿の恰幅がよい青年狸。
背丈はそれなりにあるのだが、印象に残るのは真ん丸いシルエット。でっぷり肥った脂肪太りの肥満体は二人前半はあろう
かというボリュームなので、傍に居ると子狸がますます小さく見える。
纏う浴衣は漆黒で、灰色の帯で太い腰を締めている。よく見れば帯は柄物で、四肢を前と後ろに伸ばして軽快に跳ねる狸が、
灰色の地に列を成して駆けていた。浴衣の背中にはそこだけ白く、丸で囲んだ「福」の文字。
「もぉ~、何処に行ったのかと思いましたよぉ~…。もうじき「くりから」が来るんですから、ちゃんと本殿の方に居て頂か
ないと困り…」
子狸に苦言する青年狸の言葉は尻すぼみになった。
「ます…、よぉ~…、なんて…、そのぉ…」
子狸にじっと顔を見上げられている内に、青年狸の声は小さくなり、背中は丸まり、首は縮み、耳は倒れ、尾は下がり、目
が泳ぎ出す。
「え、えぇ~…とぉ~…」
体格はともかく気は小さいらしい青年狸は、来訪者が見える直前になって何も言わずに席を外していた子狸を咎め切れない
どころか、自分が悪い事をしたかのように小さくなり、胸の前でチョンチョンと所在なさげな様子で指をつつき合わせる。
「ねぇ、「しっぷく」」
子狸が子供らしくキーが高い、しかし少し舌足らずでありながらも妙に涼やかな声を発すると、
「はっ!はいっ!何で御座いましょオニヒコ様っ!?」
青年狸はビクッと背筋を伸ばし、全身の毛をブワッと逆立てて真ん丸くなりながら返事をする。
「「くりから」との「かみあい」は、確か…、九連敗だったね」
連敗も今日で大台に乗るのか?暗に問うようなその言葉で、青年狸は顔色を失って震え上がった。
「ま、負けたらおしおき…でしょうかぁ…?」
これまでにも、石段百往復を代表とする様々な罰を課せられてきた経験から、恐々と訊ねる青年狸だったが…。
「ううん。こうまで負かして天晴れ…って、そろそろあっちを労わなきゃ」
子狸がそう述べると、目を大きくした。
「…なにその顔?」
「え?い、いぃえぇっ!何でもございませぇん!」
「何でもない顔をしてないよ。なに?負けたら慰めて欲しいの?なら考えておくけど」
「えっ!?そ、そんな滅相もないぃ~!」
罰を与えるどころか慰めるとまで言い出されて、青年狸は慌てて答えながらも、胸中でしきりに首を捻っていた。
どういう訳か、今日は妙に子狸の機嫌が良いなぁ、と…。
烏が山へ戻り始める時刻、ギョウブに先導されてきて足を止めたところで、トライチは自分の胸までの高さがある石碑を見
つめた。風雨と時に洗われてあちこち欠けている上に、すっかり苔むしている柱状の石碑からは、かろうじて小学簡易科と彫
られた文字が読める。
「学校の跡地、という事を示す石碑だぜ」
ギョウブからそう説明されると、トライチはしげしげと、物珍しそうに周囲を見回した。学校という物を知識では知ってい
るが、よく見た事はないので色々と気になる。
学校の跡地である事を示す石碑は、忘れ去られた墓石のような趣がある。廃校から九十年近く経っているので、流石にもう
建物どころか面影すら殆どないが、土台が残された石積みや、柱の沓石だったのだろう中央に四角い穴が穿たれた石が何箇所
かで見られた。運動場だったのだろう開けた場所には、既に所々松が立ち、そうと知らなければ「何故か少し木の密度が低い
場所」としか見えないだろう。
元々は敷地の前まで道も繋がっていたのだが、今ではそこも旧道となり、閉鎖されて何十年も経つ。路肩から土が流されて
崩落が始まり、車も通れないので訪れる者も居ない。
こんな状況の残地や廃墟は、実はこの国中に無数に存在しているので、逆神と眷属達はそういったところを野営地として活
用している。
「あっちで休むぜ」
トライチの反応をしばし面白がってから、ギョウブは石垣が詰まれた一角へ近付いた。
詰まれた石の一つには、石筆で白く印がつけられている。ただの汚れか石の模様のように見えるが、それは隠神の眷属が用
いる暗号で、休憩に使える拠点…持続性のある幻術がかけられている事を示している。ここに記されている暗号は術を仕掛け
た隠神の眷属の頭文字を示しており、トライチも良く知る、昨日の任務で一緒だった屈強な狸の物だった。
…余談だが、術の精度や出来栄えには個人差があるため、担当した者の名によっては利用を躊躇わざるを得ない場合もある。
今回に限っては腕利きが施した信頼と実績の幻術なので、心配は要らないが。
この場に仕掛けられているのは、幻術により木々が増えて見え、一目で全景は見渡せないという、ささやかながら非常に看
破し辛く、違和感がまず抱けない物。休憩中に万が一ここへ猟師などが入り込んだとしてもすぐには姿を見られず、こっそり
退散できるという平和的防衛手段である。
幸いにも今日はもう雨が降る気配もない。今宵は叢を布団に野営できるだろうと踏んで、ギョウブはトライチと手分けして
夕餉の支度に取り掛かった。
ギョウブが火起こししている間に、トライチはひとり森の中に入り、獲物を探し始める。
(ヒコザ様とふたりきりで「外」を回るなんてそうそう無い事だし、食べ応えのある物を用意しなくちゃね!)
初めての土地だが、森には慣れている樹海育ちの猫である。目星をつけた方向へ歩き始めると、陣地を離れて数分も経たな
い内に獲物の存在を探り当てた。
最初に見つけたのは雉。拾った小石を握り、慎重に間合いを詰める。
気配を察した雉がトライチに気付き、羽ばたこうとしたその一瞬…、離陸直前に異常は起こった。
雉の羽ばたきが、一度だけ、大きく広げたそこから下へ動き、そこからさらに下へと、もう一度羽ばたこうとするように動
いた。その不調に混乱したのか、飛び上がり損ねて身悶えするように転げた雉の頭に、スカンッと小石が命中する。
苦痛も一瞬、一発で仕留めた雉を回収し、トライチは満足して笑みを零した。無駄に暴れさせず、肉へ無駄に血を浸透させ
ない鮮やかな狩猟。この若猫は、ジビエで言うならば最上の状態で獲物を確保する手腕に長けている。
そして、雉の飛翔を一瞬阻んだ現象こそが、トライチの能力である。
一瞬、ほんの一瞬だけ、視認範囲内の相手の動作を「反転」させる力。行動を操るのではなく、効果を受けた本人の体が、
その「意図と逆の動作を取ってしまう」という能力である。この作用を受けた者は、例えば発砲直前であったなら引き金を絞
る指を伸ばしてしまう。例えば右に急ハンドルを切ろうとしたら、左にハンドルを切ってしまう。
この能力は非常に「弱い」。発揮される効果、有効となる条件、効果対象の範囲、作用継続時間、再使用までの時間…、そ
れらを全体的に見て非常に「弱い」、使い勝手に難がある力と言える。
静を動に変えたり、あるいはその逆の変化を起こすという根源的な作用を持つ力ではなく、あくまでも「肉体の動作を反転
させる」に留まる上に、一瞬しか作用させられないので、普通であればそのまま元の動作を改めてやり直されてしまう。
呼吸を乱す使い方も考えたが、意図して深呼吸などをしている時ならともかく、意識せずしている呼吸には無効。
トライチ自身の思念波が極めて微細で弱々しいため、ギョウブのように鏡越しなどで仕掛ける事は不可能。ガラスなど透明
度が高い物や姿がだいたい見えるレースのカーテン越しであれば透過して作用させられるが、シルエットしか判らないような
遮蔽物があれば通らない。
そして、一度使用すれば二時間ほど使えなくなり、一度の使用で対象となるのも視線の中央に居るひとりだけ。
その代わり、有効射程は練習の末に40メートルを越えて、今もまだ伸び続けている。さらに、微弱過ぎる思念波が幸いし
て、感知能力の高い者でも仕掛けられた後まで判らない。もっとも、これらの利点と性質を効果的に運用できるか否かは、ト
ライチ自身の使い方にかかってくる。
分類としては明瞭な組み分けに入らない。ただ、思念波を媒介にして相手に働きかけるという原理からすれば、隠神の幻術
に近いプロセスではある。そんな能力に、トライチに乞われたギョウブはこう名を付けた。「天邪鬼(あまのじゃく)」と。
それから三十分とかけず雉に加えて野兎も一羽仕留めたトライチは、鹿の糞と足跡を見つけたが、仕留めた所でふたりでは
食べきれないので諦めた。
新鮮な肉を手に入れて意気揚々と引き上げたトライチは、「ヌシは本当に重宝するぜ」と、ニヤリと笑ったギョウブから手
際を褒められ、耳を倒して喜んだ。
馴れた手つきで兎と雉をさばき、肉を串に刺して焼き始めると、トライチは火の番をするギョウブを残して再び場を離れ、
しばらくして山菜や茸を抱えて戻って来る。
森の恵みは見る者が見ればすぐに見つかる。トライチの狩猟や採取の腕と目は、戦力としては物足りなくとも、自分に出来
る事で役に立ちたいという想いによって磨かれた物。努力の甲斐もあって、今では一匹で一刻も働けば十名を養えるだけの糧
食を確保できるようになっている。トライチの後方支援を受ける部隊は各々が食料を確保する時間を他所に回せるようになる
ため、任務全体を見ての遂行効率が間違いなく上昇する。これに伝令としての機動力も加わるのだから、立派に「戦力」とし
て勘定されて然り。ギョウブが傍に置く理由としても、皆が客観的に納得できる便利さである。
使う調味料は小瓶に携帯した塩と味噌。雑談しながら焼き上がった肉にかぶりついて、素朴ながらも山の恵みを堪能する夕
餉。気がねなくふたりきりで過ごせる貴重な時間を、焚火を挟んでじっくり楽しむ。
ペロリと平らげたギョウブに、気を使うトライチが物足りなくはないかと確認したが、腰を浮かせかけた猫を大狸は「もう
充分だぜ」と制した。
食休みしながら火の始末をし、すっかり日も暮れた山の中、広がる枝葉の間から見上げた空には星が瞬き始めている。
「明日は夜明け前に発つが…、充分休めるぜ」
日没からあまり経っていない時刻。寝るには早いが、しかし動く理由もない。ギョウブは石積みに背を預けて座ると、トラ
イチを手招きした。
尻尾を立てて喜んで、招かれるまま傍に寄ったトライチは、掴まれた手を少し強く引かれてバランスを崩す。
倒れこむ先はギョウブの胸。ボフンと抱き止められて、トライチは顔を熱くさせながらもその頬をギョウブの胸にこすりつ
けた。
胡坐をかいた上に座らせ、抱える形で腕におさめた若猫の背に、大狸は分厚い手を当てて撫でる。
背を撫でられて喜び、尻尾の付け根を摘まれて震え、首筋に浅く牙を立てられてか細い声を漏らし、トライチはやがて、衣
類を脱がされて主と身を重ね…。
「寒いか?」
「いいえ!ヒコザ様の体が、フカフカして暖かいですから」
「…そうか」
草の上に脱いだ衣類を敷いた寝床で、横臥するギョウブにすっぽり抱えられる格好のトライチは、厚い胸に顔を埋めながら
応じた。
精液の残り香が草の香に混じるが、それも夜風が吹き流してゆく。
抱えられたままギョウブの背中に手を回し、肉付きがよく逞しいその感触を味わいながら、トライチは「あの…」と何か言
いかけて、
「何だ?」
「………」
言いかけて、
「トライチ」
「…………」
言いかけて…、
「どうした?」
「…いえ、何でもありません…」
結局、これまでと同じように言えなかった。
(もう奥方様に「全部お話した」事…。言うべきだと思うんだけど…)
実はこれより二ヶ月ほど前…、「もしかして物凄く馬鹿なのか?」と時々ギョウブに呆れられている青年は、馬鹿正直にス
トレートに包み隠さず赤裸々に、ギョウブの妻へ自分達の関係を打ち明けて、亭主同様の呆れ顔にさせていた。
トライチにしてみれば、それでノーと言われれば身を引いて清算するつもりの、罰を与えられる事も覚悟した告白ではあっ
たが、「亭主に尽くしてくれる彼の弟分のような小姓のような気が利く青年」から唐突に、実は前からネンゴロになってまし
た、と打ち明けられた夫人の混乱推して知るべし、である。
が、しばしリアクションに困っていた奥方様は、眉間を指で揉んでかなり長いこと考えた末に、「ギョウブ様も楽しみの一
つや二つ、無ければ大変だろうし…」と、黙認する事に決めた。
曰く、流石に妻としてのプライドがあるので他所に女を作られたら夜叉にもなろうが、幸いにもトライチは男。しかも元々
ギョウブの小姓のような存在でもあり、隠れ里ではそういった関係になっていてもそうおかしくない間柄。そもそも自分には
男女の夜伽の相手はできても男色の相手は務まらない。何より、図太くふてぶてしい振る舞いを見せてはいても、ギョウブも
ひとの子。お勤めにばかり真面目に取り組む夫も、気の休まる暇も無いのでは参ってしまうだろう。なのでトライチにはこれ
まで通り、夫の良き御傍役として尽くして貰いたい…、というのが細君の意見。無茶苦茶吃驚はしたが不問にしよう、という
予想外に寛大な返答をトライチは賜っている。
…裏を返せば、トライチが男だから亭主の衆道相手として認めるのであって、打ち明けに来たのが女であれば、懐に呑んだ
無銘な癖に無駄に切れ味鋭い隠神御用達の匕首を抜くのもやぶさかではなかったのだが…。
つまり、散々ギョウブが悩んでいる「妻へどう真実を打ち明けようか?」という問題は、既にトライチの口から赤裸々なぶ
ちまけが済んでおり、暗黙の了解が得られている。無論、外回りから戻った亭主が無自覚のままやけに優しくなる理由も察さ
れており、当然、ふたりで里を空けている今夜、どんな事になっているかは悟られている。
とりあえず婦人は、自分の口から夫に言うつもりはないらしい。里一番、国一番、この世で一番と称える幻術使いを相手に、
何処まで知らぬ振りを通せるかタヌキチャレンジしてみるとの事。
一方トライチは「お墨付き」である事を言ってしまいたいのだが、今になって思えば「ちょっとだけ」勝手な真似をしてし
まったなぁとも感じているので、なかなか切り出せないでいた。
「何だ?そんな言われ方をしちゃあ、かえって気になるモンだぜ?」
「ほ、本当に何でもない事で…!」
中睦まじく絡み合い、束の間の休息に憩う二頭の上で、星々はゆっくりと巡ってゆく。
翌朝。電車の一角で、朝連に行くのだろうジャージ姿の高校生が、不意に鼻を鳴らした。
(なんか、草っぽい匂い?)
不思議そうな顔で周囲を見回す少年はしかし、隣にデンと座っている大柄な狸にも、その横で窓にへばりついて景色を眺め
ている猫にも気付けなかった。
「トライチ。寝とっても構わんぜ?」
「はい!」
もしも、電車やバスに乗っている時、空いているはずの隣席から草の香りを感じたりしたなら、もしかしたらそこに、大柄
な狸が乗っているのかもしれない。