第二十八話 「南征」

 午後九時。

 伊豆半島西の付け根側、沼津に聳え、大穴を見下ろす超高層ビル。その最上階付近の1フロアを丸ごと占有して、その事務所

は門を構えている。

 事務所長の自宅も兼ねるここに、現在残っているのは所有者である男一人。

 ペポン…。

「む」

 自宅兼事務所のソファーに深く座っている、恰幅が良いアライグマの壮年は、充電パネルに置いていた端末に目を向ける。

 メッセージの着信を知らせるライトの点滅パターンを確認し、スモーキーな高級ウイスキーがたゆたうボールアイス入りのグ

ラスを、現在係争中の案件で相手方を脅迫…もとい説得するのに使用する脅し材料…もとい資料類を広げたテーブルに置き、左

手を広げて向ける格好でかざす。その動作に応じてテーブル上に立体投影されたウインドウには、馴染みの相手の名前と、「ま

たですよー!」という嘆き混じりのメールタイトル。

 マミヤが指揮棒を振るように指先をツイッと上に滑らせると、白神山地で息子の世話を焼きながら近況報告もしてくれる猪が

送って来たメッセージと添付映像が、上に伸びる格好で表示された。

 添付写真は、デスクに突っ伏してあどけない寝顔を見せているレッサーパンダ…つまり力尽きたナミの隠し撮り。

 メッセージの内容は、帰って来ないと思ったらこの通りの有様で、昨日もろくに寝ていないという、タイキの嘆きと不満。

 どうも、帰ると言っていた時間に合わせ、熱々の状態で食べられるように中華飯店からエビチャーハンと麻婆豆腐とチンジャ

オロース、デザートの杏仁豆腐をテイクアウトしてきたのに、ナミがすっぽかしたらしい。

 アライグマは、はぁ~…と溜息をついて眉間を摘むように揉み、それからクックッと苦笑いを漏らす。

「のめり込むと他の事がおろそかになる、母親譲りの悪癖は相変わらずだな…。だからこそナミにはタイキ君が必要だ」

 息子のお目付け役として重宝している猪に、力ずくでも食事を摂らせて休ませてくれと、依頼するメールを返信したマミヤは、

「…ふふ…。ぐふふふふふ…!」

 改めて、送られて来たナミの寝顔隠し撮りを見つめて怪しく笑う。傍から見ればドラマか映画の悪役のような笑い方だが…。

「ナミは相変わらず愛くるしいなぁ~!写真だけでもう!パパはウイスキー一瓶空けちゃえるぞぉ!ぐふふふふ!」

 辣腕で知られる法律屋は、実は息子達を滅茶苦茶溺愛している。ナミには事ある毎に「キモッ」と言われて若干鬱陶しがられ

ているが、それなりの歳が行った男が部屋に独り、肥えた体を怪しい笑い声で震わせ軽く身悶えする様を傍から見れば、そう言

われてしまうのも無理はないと万人が納得できてしまう。

「さて」

 ひとしきり写真の息子の頬を指で撫でたり頬ずりしたりして存分に愛でて悦に入った後、アライグマは書類に目を戻す。

 書類には伊東に居を構える地権者の、土地に絡んだ係争の模様が纏めてあるが…。

(この土地の権利はどうあっても今回のクライアント側に握って貰う。ここの開発が可能だったなら、今回もユージン君達が南

エリアへの輸送手段で苦労する事はなかった訳だ)

 マミヤは南エリアへ遠征に向かった神代潜霧捜索所の事を思う。

 少年達にとっては初の南エリア遠征。今日は伊東のゲート付近でホテルに前泊し、ユージンの馴染みのラーメン屋を紹介がて

ら夕食を摂り、明日の朝から南エリアへの踏破に挑むと聞いている。

 直接壁外から回り込まないのは、作業機の地下輸送路が伊東までしか通っていないからである。彼らが所有する作業機にして、

長時間潜霧における移動式ベースキャンプ…ボイジャー2が非常に大型なので、輸送手段が限定されている南エリアへ公道利用

で運ぶのも難しい。大型輸送車の交通が充実すれば不可能ではないが、現在は検疫や道幅、運送業者の被害懸念などの諸問題が

障害になっている。

(物資運搬の充実は現地潜霧士の底力に直結する。「この報告」が当たっているのならば、南エリアの潜霧士達の立ち回りを考

慮し、手を打つべき喫緊の問題だが…)

 マミヤは鍵をあけた引き出しの中から、データ奪取ができないよう古風にも直接手渡しで届けられた紙の手紙を取り出し、目

を通す。

 一週間ほど前にこれをアライグマに直接届けた狸の大男は、「杞憂で終われば良いけどネ」と言い残し、南エリアに向かった。

自分の懸念が正しいかどうか確認するため、崩落点ではなく南エリアの侵入口…機械人形ひしめく、大隆起前の港湾搬入路から

地下に潜ると言って。

 丁寧に図解と数値入りでしたためられた手紙は、十年前の大事故にも匹敵する規模の地殻変動が起こり得る可能性について、

実地確認して来た詳細なデータを根拠にして述べていた。

 

 

 翌日。伊豆半島大穴内南東、深部。

 濃密な霧が南へ流れる。まるで川の水のように、瓦礫に突き立ち蔦に巻き付かれた鉄骨周辺では、霧が分かれて合流する様子

がはっきり見て取れる。

(こんな濃度の霧、初めてだ…。これで注意報も警報も出ていないなんて…)

 黒い狼型のメット…潜霧用のフルフェイスマスクを被った少年は、足を止めたそこから周囲を見回す。もはや霧雨に近い霧の

せいで、狼の頭を象ったタケミのバイザーグラスには頻繁に水滴が付着し、スーツの表面は常に湿っている。

 辺り一帯では、無数の瓦礫やかつて暮らした人々の生活跡の残骸が、背の低い草や蔦、苔で緑色に染まっている。半壊した状

態で往年の面影を留める倉庫類、そして一つとして正常な階数が残っていない、潰れて縮んだり折れたりしたビル群も、蔦など

に這われて薄汚れたグレーと生き生きした緑の迷彩模様に染められていた。

 半壊して残る建造物群と、土に還りつつある瓦礫や、所々に見られるかつての標識等の名残からは、当時は本土の都市部に負

けないほどだった、伊豆の海の玄関口の賑やかさが偲ばれる。

(熱海と違って、倉庫や物資集積所、運送拠点の建物が多い。大きなビルも多いけど、たぶん物流をコントロールする機能を持

たされていた物と、運搬業、海運業の本社ビルだったんだろうな…)

 天に向かって突き上げられた西洋の馬上槍を思わせる巨大建造物は、かつてこの区域のシンボルでもあった摩天楼。先端部の

二割ほどが折れて崩落し、雨染みや苔、蔦などで薄緑に染まってなお、見上げるタケミは頂上が霞んだその威容に気圧される。

 その塔のようなタワービルのみならず、周辺にはいくつも高層建築が残る。元々ひしめき合うように密集して建てられていた

ような物は、傾いて隣接するビルにもたれかかったり、倒壊の巻き添えでドミノ倒しになったりと、様々な姿を見せていた。

 南エリア。大穴表層で最も危険とされ、潜霧士の捜索が最も少ない区域に、タケミはついに足を踏み入れた。

 スカウトとして先行する少年は指定の休憩ポイントで後続の到着を待っている。今回のルート設定は珍しく所長が口出しして

おり、休憩回数が多めに取られ、踏破想定時間もだいぶ長く見込まれているのだが、その意味が今では少年にも理解できていた。

(出発から六時間、踏破距離は七割くらい。でも、今の段階で…)

 危険生物との遭遇数十七。交戦回数六。慎重で注意深いタケミの先導でありながら、予定しない戦闘行為が六度も発生した。

 少年が接敵距離まで気付けなかった事は一度も無く、気付いた限りは確実に回避した。だが、痕跡を辿られて後ろから襲撃さ

れたり、チェイサーのアルとの間に移動して来られたために排除が必要になったりと、普段通りには行かない。他の区域と比べ

て、今回のルートは危険生物の密度が高過ぎるのである。

(数が多いし、活動も活発みたいだ…。今まで遭遇した事が無かった生物も居た…)

 ここまでの半日で、「野鉄砲」「小豆洗い」など、存在を知ってはいても初めて遭遇する危険生物とも戦闘に及んだ。この分

では「特殊個体」と称される、固有名を与えられた危険生物とも遭遇してしまうのではないかと、少年は身震いする。南エリア

が危険と言われている理由が、移動主体の探索一度だけで肌で理解できた。

 ビクビクと周囲を窺いながら、心細くなってまだかまだかと後続の到着を待っていたタケミは、

「遅れたっス~…」

 珍しく疲労が見える、重い足取りのシロクマの様子で眉根を寄せた。戦闘回数が多いので疲れたのは当然だが、それにしても

自分よりも遥かにタフなアルがしんどそうなのは意外だった。

「どうかしたアル君?足取りが…」

「なんスかね?段々疲れてきたって言うか、体が熱くてキツいっス…。妙に汗もかくっスね…」

 気温その物は他のエリアと変わらない。その事はアルも左腕のアームコンソールで確認したのだが…。

「新調したばっかの装備っス。おかしくなってるはずはないっスけど…」

 シロクマの左腕には、今回の潜霧から投入された新兵器が装着されていた。それは、中世に騎士達が身に着けていた西洋甲冑

の籠手のような、肘から指先までを覆う白銀のガントレットである。

 記念すべき機械人形討伐一体目の取り分として黒豚のムラマツが譲って寄こした、一つ目小僧の半身。その二分の一体分の真

珠銀とフレームと希少金属類から良い所だけを取り、相楽工房長が造り上げた入魂の逸品。これはユージンが古馴染みに「ワシ

が踏んでも壊れねぇアームコンソールをくれ」と無茶を言った結果誕生した品物である。

 ヘイジとボイジャー2の加入により、アルがチェイサーとして中継する通信の重要性は高まった。単に中継するだけでなく、

ボイジャー2の簡素な状況も判るようにデータ送信が追加され、作業機に積まれた各種分析機器によるサーチ情報なども中継受

送信できる最新型に乗り換えてある。これを戦闘行為で破損させないよう、厚さ1.5センチの積層型装甲で構築した籠手…そ

の前腕内側に当たる部分にコンソールと各種装置が埋め込まれている。

 その強度は、ユージンのオーダーを挑戦と受け取ったゲンジが本気で鍛造した結果、アルの得物である鬼包丁にも匹敵する耐

久性に至った。

 なお、ヘイジが熱海に生活の場を移した後も、相楽兄弟は顔も合わさず言葉も交わしていない。お互いに気まずいのである。

「うん。ボクのも同じ計測値が出てる。気温も湿度も霧の濃度も一緒だけど…」

『アルはん、それたぶん獣因子の活性化で体調不良なんやで』

 会話に音声通信が割って入り、少年達が振り返る。濃い霧が流れる向こうに、サソリにも似た大型の作業機…ボイジャー2の、

大型コンテナを乗せているせいで普段より一回り大きい群青色のボディが見え始めた。よく見るとその横を、やたら大柄なシル

エットが並んで歩いて来る。

「因子の活性化?って何スか?」

『肉体の獣化は見た目の上やとステージ7から変化無いんやけど、体の中はゆ~っくり変化しとるんや。アルはんはずっと霧の

外で過ごしとったさかい、高濃度の霧に対応できるように細胞が活発に動いとるんやろ。ほれ、ワクチンやら何やらで抗体作る

時、体に違和感が出るアレみたいなモンやで』

『だいたいは数時間で慣れるモンだが、初めての南エリアで状況も状況だ。慣れるのを待つ訳にもいかねぇ。ここから先はボイ

ジャーの荷台に乗って運ばれろ』

 ヘイジの後を引き取るように続けたのはユージンの声。休憩ポイントを多くしたのも、ルート踏破想定時刻を普段よりも長く

見込んだのも、現地の霧の濃度によってはアルがこの症状を初体験するかもしれないと考えての事だった。

「でも、オレが中継から抜けると行軍が遅れるっス…」

 申し訳なさそうに耳を伏せたアルに、ヘイジとボイジャーに並んで追いついたユージンが、「気にするな」と応じた。

「ワシがチェイサーに入る。ヌシはボイジャーの後部に乗って周辺警戒と防衛だ。残り三割、この体制で踏破できる。何せ…」

 金熊はニヤリと口の端を上げた。

「こっからは大絶壁も谷もねぇし、渡河する箇所もねぇ。上り下りは全部坂道で、無防備になるフリークライミングも必要ねぇ。

油断して貰っちゃあ困るが難所は全部越えたからな。ついでに言うと、危険生物やら何やらもここからは少なくなる」

『え』

 少年二人の声が重なった。てっきり南下するほどキツくなるのだと思っていたのだが…。

「この先は少ないんスか?危険生物」

「おう。逆に「危険な中でも危険なヤツ」しか居ねぇが」

 ユージンは霧の向こうを見透かすように目を細める。

「ウォールDに居着いた潜霧士達が、睨みを利かせてるんでな」

 最も過酷な南エリア。そこをホームとする潜霧士は数こそ他所より少ないものの、環境に淘汰されて生き残った精鋭揃い。個

人技に長けた者、集団戦に習熟した者、少ないながらも各々が熱海の一流処に匹敵する猛者ばかりである。そうでなくとも…。

(機械人形が地上に上がって来るエリアや。日常的な危険生物の駆除で少しでも安全性を確保してへんと、ゲート周辺の防衛す

ら立ち行かなくなってまう魔境やからな…)

 ヘイジもフリーになってから数回立ち入っているが、競合が少ないというメリットや稼ぎの効率に対し、リスク面で採算が合

わないので常駐は諦めた。この狸ほどの経験と腕があってなお、危険性が大き過ぎると判断するのが南エリアである。

(命まで落としたら大損やさかい…。しかしまぁ、大損言うたら今日の道中もそうやで!)

 プーッと頬を膨らませるヘイジ。

 ここまでの移動で生じた危険生物の掃討。それなりどころではない成果と、正直よだれが出そうな上物素材を、ユージンは「

邪魔になる」という理由で大半を放置した。価値のある一部…かさばらなくて軽い物だけ厳選してボイジャー2に積載し、残り

は他の潜霧士へのメッセージを記して「お裾分け」…つまり持ち去り自由としたのである。

(ここに就職する前のワイやったら喜んで飛びついたわ!勿体ない勿体ない!)

 と胸中で愚痴るヘイジは、この事務所における自分の立ち位置を少し自覚し始めた。

 ユージンは腕が立つ。現役五名しか居ない一等潜霧士の一角として申し分ない実力者で、潜霧の腕前、知識、戦闘能力、いず

れも抜群である。だが欠点が無い訳ではない。その欠点に、一緒に仕事をするようになってからヘイジは気付いた。

 金儲けがド下手糞。それがユージンの欠点である。

 出費に繋がる食材の価格変動については割と敏感で庶民派感覚なのに、収入の管理については大雑把。

 素材の相場をある程度気にするが、身軽さを好むが故に、手持ちにいつまでもあるのを嫌い、レートの変動をあまり重視せず

にさっさと売り抜けて現金化する。

 資産運用でいくらでも収入を増やせるだろうに、面倒くさがってやらない。

 取り分を譲る気前の良さについては、他の潜霧事務所への好感などの人的資産に繋がっているので一概に損とは言えず、必要

な所へ躊躇いなく金を使う踏ん切りの良さについてはヘイジも評価しているが…。

(全体的に見るとアカン…。これまでどんだけ儲けの機会をフイにして来たんやウチの大将は…!遠征終わったらちょっと話詰

めとこ…)

 自分が何とかしなければ。そんな使命感に目覚めたヘイジの後ろで、熱っぽくて怠いシロクマが「お邪魔するっス~…」とボ

イジャー2が積んでいる大型コンテナの上によじ登る。

「一度体が慣れれば平気になる。長くても朝には元気になるだろう。それまで少し辛抱だぜ。さて…」

 金熊は狼メットの少年に目を向けた。

「こっからはワシが尻を追いかけるぜ。引き続き先導は任す」

「は、はいぃ…!」

 久しぶりに所長直々のチェイサー。アルとは違う理由で汗をかき始めるタケミであった。

 

「兄者!」

 ゲート前のロビー、軍靴をカツカツと響かせて大股に歩む銀眼のアラスカンマラミュートが、除染を終えて大穴内から戻った

男達の前で足を止め、背筋を伸ばした。

「巡回お疲れ様でした!皆もご苦労だった!」

「ただいま、テンドウ」

 応じたのは三名の中央に佇む、一際大きなグレートピレニーズ。アラスカンマラミュートも筋肉質で厳つい大男なのだが、こ

の巨漢と向き合うとやや小さく見える。

 両腰に拳銃を吊るすようにトンファーを帯びた白い巨犬の両脇で、パグとグレーのポメラニアンが踵をカツンと鳴らしてふた

りに敬礼すると、「お先します」「組合への報告はオレらで」と口々に言い、兄弟を残して立ち去る。

 いずれも同じグレートーンの、特殊部隊を思わせる戦闘服とコンバットブーツで身を固め、左上腕の外側に雲がかかった黄色

い朧月を意匠化したエンブレムをあしらった四名は、二手に分かれて…。

「それで、近辺の異常はどうでしたか?」

 「岬の狛犬」字伏兄弟、その弟であるアラスカンマラミュート…テンドウが、張りのある声で訊ねると、

「問題らしい問題は無かったよ。あくまでも「僕らの基準で」だがね」

 兄であるジョウヤは、耳にする者を落ち着かせる豊かなバリトンボイスで応じた。

「ひとまず体を休めて下さい。手を…」

 グレートピレニーズは十年前に負った傷で失明している。手を尽くしても回復せず、瞳は薄い赤紫を虹彩の縁に名残として留

め、すっかり白濁してしまった。

 手を差し伸べてエスコートを買って出た弟に、しかしジョウヤは軽く首を振る。

「いいや、大丈夫だ。今日はだいぶ霧が濃いらしい。よく「視え」ているよ」

 それは、彼らにとっては何という事もない会話。だが、本土の住民や半島の他の地区の者、特に人間が聞いたならば呼吸が止

まるだろう。

 ここは大穴の外。長城の内部にしてゲートのこちら側。霧を隔てる防壁の此方。…本来ならば。

 だが、ジョウヤが言う通りロビーの内部は薄く煙ったように空気が白く、壁面の濃度計測器は3%…熱海近辺の大穴外周と大

差ない、簡易マスク無しで人間が吸ったら昏倒するレベルの霧が立ち込めている事を示している。

 南エリアは十年前からこの有様だった。

 崩壊した長城の新造が済んでも、電力水道などのライフラインは断続的に頻発する地殻変動のせいで繰り返し断絶する。最優

先で電力が回される風車ですら止まる事も多く、霧を押し返す勢いも十全とは言い難い。ただし風力に関しては「立地上の問題」

もあり、政府も住民も把握している事ではあるのだが。

 伊豆半島南部は霧の流出を完全には遮断できておらず、壁外にまで霧が漏洩しているのが常。ゲートから戻った潜霧士達が受

ける除染も、高濃度の汚染物質を除去するための物であり、100%には程遠い。

 海と長城に挟まれた狭い市街地にも霧は流れてゆくので、街中には至る所に霧の危険度を報せる濃度計が設置されている。

 そして、ここに居る者は殆どが獣人である。

 出入りする数少ない運送を担う者や、用向きがあって訪れている者の中には人間も居るが、基本的にここでは人間が生きてい

ける環境を確保する事が難しい。頻繁に停電も起こるので、除染システムに護られた密室であろうと完璧とは言えないのである。

 ロビーを横切り、これからダイブする同業者達と挨拶を交わし、ジョウヤはベンチに腰を下ろす。相当な体重があるだろう巨

体にも関わらず、その動作にも歩みにも殆ど音が伴われない。霧中活動…特に地下での活動が長いせいで、気配を消すのが癖に

なっていた。

「ゲートから4キロの位置で一つ目小僧が確認された。徘徊する事無く「搬出口」へ戻って行ったから放置したものの、ここひ

と月ほどは迷い出る頻度が増している」

 座った兄の正面で、テンドウは直立不動の姿勢。その言葉に耳を傾けている。

「「流人」さんがこちら側から地下に潜ったという話も気にかかる。もしかすると…」

「規模が大きな地殻変動が起こる恐れがある、と?」

 機械人形が地表に出る頻度が上がったのは、何らかの異常の予兆をキャッチし、調べるために訪れているため。

 大穴の中を放浪する「流人」が南エリアから地下に入ったのは、彼が経験則や何らかの手掛かりを得て予兆を捉えたため。

 ジョウヤから先に聞かされた推測を反芻すると、テンドウは「皆には万が一に備えるよう、今週に入ってからも改めて通達し

てありますが」と顔を顰めた。

「秋寺(あきでら)の見立てでは、事が起こった場合は物資不足が問題です。東ルートの土地問題で交渉が難航し、長引いてい

るせいで、短期間に充分な物資を貯め込むのは難しいと。水國(みずくに)の見立てでは、二週間以内に災害が発生するなどし

て輸送経路が断たれてしまった場合、復旧までの籠城を行なうにも武器弾薬が足りなくなる恐れが高いそうです」

「ゲート近辺で住民に配給できる備蓄食料の在庫はどうだい、テンドウ?」

「住民全員に行き渡る量で換算した場合、ギリギリ十日間といった量だと、組合長が」

「…大穴で狩猟できる者は、危険生物を食って飢えを凌げる。いざとなれば潜霧士全員が「非常食」で凌いで、二十日は保たせ

てみせよう。隣接ゲートの備えはどうだろう?」

「すぐには正確な数字は出ないとの事でしたが、概算で一週間前後持つかどうかの備蓄量との事です。明日にでも正確な数字が

提供されるでしょうが…」

「正式なデータが出ても、概算と大きなずれは無いだろう。ウォールCとEはウチよりも日常的な輸送頻度が高いから、元々の

備蓄がこちらより少ないはずだと思ってはいたが…、ここ数年の内に備えが重視されなくなってしまったかもしれない」

「恫喝しますか?備えよと」

 銀の目をギラリと光らせる弟に、「いや」と兄は微苦笑した。

「地殻変動が起こる確証も無いし、備えを強要するには根拠が弱い。それに今すぐ備えるのも体制を整えるのも難しいだろうか

ら、忠告に留めておこう。…全て僕らの杞憂であれば良いがね…」

 ウンウンと大きく頷くテンドウは、

(流石は兄者…!流石だ!とにかく流石だ!どこがどうという事なく全て流石だ!)

 ジョウヤを全面的に信頼しているので、兄の懸念と警戒姿勢を内心で褒め称えるだけで、心配し過ぎだと笑ったりはしない。

兄が危険性を感じるならば、例えそれが回避されるとしても備えて当たり前という意識である。

 そしてそれは、このゲートをホームとして活動する全ての潜霧士、組合関係者も同じ。ジョウヤの懸念や意見を軽んじる者は

皆無、全員が彼を信用して頼りにしている。

 ここは「最も本土から遠い街」。人外魔境の最果て。何かが起きたら自力で凌がねばならないこの地域では、生きる者が自衛

のために一丸となっている。

 その中心にあるのが、少数精鋭の各潜霧士達が結んだ防衛のための同盟。

 そして南エリア全ての潜霧士の顔役とも言える、総勢12名の潜霧団「月乞い」を率いる団長、字伏常夜。

 盲目でありながら現役最高峰の一角に数えられる一等潜霧士にして、一度は「鵺」を単身で退けた英雄、「ドレッドノート」。

大規模流出事故から十年間、南エリアを支え、寸断された大穴内の探査ルートを再開拓した生きる伝説。彼こそが、運命共同体

となっているこのゲートを支える同盟の、旗印となっている。

「それでは、第二分隊を率いてゲート周辺のパトロール及び驚異の排除に向かいます。兄者はゆっくり休んで下さい」

「ありがとう、テンドウ。では、月の頃に」

「は!月の頃に!熱海の大将がお越しになる前には必ず戻ります!」

 基本的に潜霧士は夜間に捜索しない。月の頃に会おうというのは、潜霧の無事を願うこのエリア独特の挨拶である。

 そうして兄弟はその場で別れ、目が見えていないにも関わらず、迷いのない足取りで独り屋外へ向かったジョウヤは…。

「…今日はだいぶ濃いな…。風がはっきり「視え」る…」

 その濁って見えなくなった瞳に、彼らが護って来た街の風景が映り込んだ。四十年前の大隆起以降、最も激変した地区の姿が。

 海岸線まで続く斜面に、へばりつくように築かれた人の生息領域。

 かつて海底だった場所が持ち上がって陸地になり、岩と砂礫の上に仮設道路と見紛うばかりの簡素な舗装路が引かれた土地。

商店も旅館も無い、ひとが住む街にあるべき施設が何もかも存在しない。人類の生存圏を維持し、未だにここに住まう人々の生

活を維持する、最低限の設備だけがここにある。

 罅割れた鉄筋コンクリートの塊のような、要塞とも団地ともつかない武骨な多目的居住建造物が、灰色の豆腐宜しく白い風景

に点在している。それは、公共機関や集合住宅、つつましく営業する雑貨屋等を内包し、災害用倉庫やシェルターにもなってい

る。見上げた角度によっては霧の中に浮かぶ巨大な墓石群にも見えるそれらが、この地で人に許された数少ない安全圏。

 外を出歩いている者は少ない。だが、地面の罅割れや陥没の補修に勤しむ者達が毎日のように重機を駆るので、この街では大

隆起以降、工事の音が途切れた事は無い。

 湿度と霧のせいで落ち着いているが、元は海底が持ち上がって生まれた陸地。風が乾いた日には砂塵が激しく舞い、土壌の塩

分濃度が濃すぎるせいで作物もろくに育たない。

 ジョウヤの背後…築かれた長城よりもさらに向こう側には、崩壊して遺棄されたかつての長城が、ブツ切りにされた蛇のよう

に途切れ途切れで横たわる。

 そのさらに奥には、昔の岸壁や港湾設備、船のドッグ、そして陸になったかつての海底に座礁する無数の船が、霧の中に浮い

て見える。まるで出鱈目にパズルを並び替えたように、以前の海岸線がそのまま陸地の高台へ移動して。

 四十年前から繰り返し崩れ、壊れ、陥没し、隆起し、復旧の目途は立たず、復興は終わらず、霧と砂塵が舞い続ける異界染み

た不毛の土地…。だがそれでもジョウヤはこの街から離れようとしない。

 祖父が務めた街。父が護った街。ここを諦めて離れる事は、己の存在意義を放棄するに等しいと、巨漢は思っている。

「「君」がここを訪れる日が、まさかこんなに早く来るとは…」

 その呟きは霧に溶けて、誰の耳にも届かない。

「好きになって欲しい。…と初対面で言うのは、いささか無理があるな」

 見えない風景に思いを馳せ、ジョウヤはまだ見ぬ客の事を思い、見えない目を細めた。

「熱海の大将の意向で遠征に来るのでなければ、来る必要も無く、来ない方が良い所でもあるだろう。それでも…」

 ゆったりと踏み出された大きなブーツは、足音を殆ど立てない。

「「君」が来てくれる事を喜ばしく感じてしまうのは、きっと僕のエゴなのだろうな」

 霧が流れ、頭上の太陽も蔭った街へ、白い巨犬は溶け込む様に下って行った。

 

「おし、想定時間内だな」

 日没迫る大穴の縁…南エリアのウォールDに設けられたゲートを望む坂の上で、ユージンは大きく頷いた。

 ホッとするように肩の力を抜き、大きく息をついたタケミの背を、ポンと軽く大きな手が叩く。

「上出来だぜ、ええ?チェイサーの交代まで挟んでのペース維持と、安定した踏破速度。満点だ」

(…え?)

 褒められて喜び、振り返ったタケミは、しかし太い笑みを浮かべる金熊の顔を見上げてキョトンとした。最後の意外な一言に

驚かされて。

(ま…満点!?)

 基本的にタケミへの採点がシビアなユージンが、こんな褒め方をするのは珍しかった。

 が、今回の長距離移動は土肥ゲートへの縦走と比べれば短いものの、難易度は格段に上。本当の所を言えば、厳しいようなら

途中からユージン自身がスカウトに立ち、ヘイジとボイジャー2に追走させ、少年二人はその左右を固めるポジションで突っ切

ろうと考えていた程。

 にも拘わらず危なげなく最後まで先導したタケミは、師であり上司であり後見人でもあるユージンが、誇りに思えるほど立派

な仕事を遣りおおせたと言える。

(もうすっかり一人前だぜ。一流処に混ぜたって問題ねぇ。何処に出したって恥ずかしくねぇ潜霧士に育った…。これならやっ

こさんも安心するだろうよ)

「あれが、本当の長城ですか?…本当に、昔の長城は壊れてしまったんだ…」

 崩れて破れて朽ちるに任せた、かつての長城二本の残骸を霧の中に眺め、タケミは感慨深く呟いた。

「二度も壁が崩壊して、それでも落ちなかった街…」

「ああ。二十年前は先代の字伏が、十年前は一等潜霧士、「ドレッドノート」字伏常夜が守り抜いた街。そしてヌシの…」

 ユージンが言葉を切る。どうして自分が関係するのかと、不思議そうに見上げた少年に、

「…今回の出稽古場所だ」

「は、はいっ!気を引き締めてかかります…!」

 金熊は視線を向けずに告げて、タケミは緊張気味に顔を引き攣らせた。

 やがて、遥か後方から近づいて来るボイジャー2の移動音を聞きつけると、やや赤味を帯びた金色の巨躯を揺すり、ユージン

は遠く霞む長城とゲートから視線を外そうとして…。

(…ん?)

 視線を巡らせる途中で、金熊はコバルトブルーの瞳を素早く戻す。と同時に「所長、ひとが…」とタケミも同じ方向に目を向

けて注意を促していた。

「ああ。南の潜霧士だろうな」

 自分とほぼ同時に反応する少年の鋭さと、ゴール間際で褒められた直後でも失っていない注意力を心の中で褒めつつ、ユージ

ンは目を細め…。

「巡回掃討中だったらしい」

 呟いたユージンの脇で、タケミは絶句していた。

 距離にして900メートル前後。霧のせいで「普通の目」では視界が通らない距離。崩れて残骸と成り果て、霧の中に屍を晒

すかつての長城。現状の壁と平行に近いラインで走る、点線のようなそれらの間を抜けてゆく人影が三つ見える。濃い霧の向こ

うで、二人はそれぞれ右肩に白い人型の何かを担ぎ上げて運んでおり、先頭を歩む影は右肩に長い武器を担ぎ、左手で何かを引

き摺っていた。

「獲物は一つ目小僧だな」

 ユージンの言葉で、マスクのバイザーが拡大表示する小ウインドウを確認したタケミは、切り抜かれたその光景を凝視する。

霧の彼方をゲート方向に移動してゆく人影達は、それぞれ真珠色の外装で覆われた機械人形を運んでいた。

(三人で三体討伐…!機械人形を、等人数の潜霧士が普通に駆除するんだ…!?)

 少年が度肝を抜かれている一方で…。

(ん!?何か視線を感じるような…?たぶん気のせいだな!殺気が無い!)

 ユージンとタケミの驚異的な視力で観察されている事を、何となく落ち着かない程度の感覚でサラッと流した大雑把なアラス

カンマラミュートは、

「客が来る前に徘徊機械を壊せたのはついている。が、この分だと他にも居るかもしれない、巡視引継ぎの際に報告しておくぞ」

 と同僚達に話しながら、共にゲートの方へと消えてゆく。

 ここではそれぞれの潜霧団の仕事の合間に、当番制で巡回駆除が行なわれる。ゲートまで来てしまう危険生物や機械人形もあ

るので、周辺の安全確保は欠かせない。

 ユージンからそのように説明をされたタケミは…。

(本当に…、南エリアだけが、何もかも違うんだ…)

 顔色が青くなる少年の背後から、「お待たせやで~!」「お待たせっス~…」と、追いついたヘイジと運ばれてきたアルの声

が聞こえて…。

 

「なんスか所長?もう平気っスよ?」

 ゲートの密閉室を抜け、除染を受けた後。熱っぽくとも関係なくいつものようにタケミにくっついてシャワーを終えたアルは、

ユージンに呼び止められて更衣室に残った。

 他の箇所のゲートに設けられているシャワーや更衣室に比べると、ここの設備は非常に簡素な上に、小分けに区切られていて

狭苦しい。潜霧団ごとに教室二つ分ほどの広さの、解放感がある休憩室兼更衣室が使用できる熱海とは大違いで、ロッカー6つ

と大人六名で遊びが無くなる。

 そのシャワー後の水気すらも濃く感じられる部屋に二人で残ると、赤味が入った金の巨体を腰にタオルを巻いただけの格好で

晒しているユージンは、正面に立たせたアルの裸体をジロジロと眺め回した。

 余所行きを意識したのか、アメリカンな星条旗柄のご機嫌ビキニパンツ一枚を穿いただけ。どこもかしこもムッチリとした、

膨大な量の筋肉を脂肪で鎧う白い体躯。膨らみの頂点にデベソがある腹が出っ張って目立つが、単なる脂肪太りとは違う力感が

体中から感じられた。

「ふ~む…」

 ユージンは何か考え事をしている様子で、アルの二の腕を軽く掴んだり、肩を軽く叩いて感触を確かめたりしながら、瞼を半

分下ろして唸る。

(肉体的には完成に近い。筋力、耐久性、敏捷性、持久力…、どれも一級品以上だ)

 二等潜霧士でも肉体がここまでの完成度に至っていない者もある。アルの体は既にトレーニングで鍛えられる上限に至ってお

り、ここから先は経験と蓄積と技能の研鑽、そして「霧への順応による進化」に潜霧士としての出来栄えを大きく左右される。

「ちょっと目ぇ見せてみろ」

「目っスか?」

 何を確認されているのか判らないアルは、右眼の下に指を当て、アッカンベーするようにグッと下瞼を下げて見せる。

「………」

 しばし無言で、その青い目を間近から覗き込んだユージンは…。

(より、人間から離れつつある。アル坊も「いよいよ」か…)

 胸の中で呟くと、「おし、問題ねぇ。着替えて出るぜ」とアルから離れた。

「ホワ~イ?なんスか?なんなんスか?なんかあったんじゃないんスか?」

 今回は途中でバテたので、不甲斐ないと叱られるのだろうと思っていたアルは、拍子抜けした顔で首を傾げた。

「何もねぇって訳じゃねぇが、問題はねぇ。ただ、ここの連中に挨拶したら連れてく所ができた。タケミは別の用事があるから

な、ヌシだけ後で付き合え」

「もしかして飯っスか!?」

 目を輝かせるシロクマ。

「何でそうなる?」

「所長はオレを見てなんか確かめたっス。これはオレの体がちゃんと大人かどうか確認したんス。そしてオレはもう大人の階段

登って良いって判断されたんス。よってオレだけ何処かに連れて行くって言うのは飯っス!アルコールつき!オサケデビュー!

イェア!」

「何でそうなる!?」

 同じ言葉を、今度は語気を強くして繰り返すユージン。

「ヌシに無断で酒なんぞ飲ませてみろ!ワシがダリアにメタクソにブン殴られちまうだろうが!」

「え!?違うんスか!?」

「何でビックリした顔してんだヌシは!?ワシがビックリだぜ!…とにかく、楽しい話でも羽目を外す話でもねぇ。変な期待す

るんじゃねぇぜ」

「ちぇ~っス…」

 口を尖らせたアルは、少し熱が引いてきた額に手を当ててみてから衣類を着始めた。

 

 一方その頃、ゲートのロビーで休憩しながら二人を待つタケミは、並んでベンチに座っているヘイジに小声で話しかけた。

「ボク…、ずっとメット被っていた方が良いですよね…?」

「せやな…。ゲートの向こうよりマシでも、人間には危険な濃度の霧や。素顔晒しとったら怪しまれてまう…。除染がしっかり

した室内とかに入るまでは、スーツとマスク姿のままやな…。とはいえ、やで?」

 ヘイジはユージンから前もって言われていた事を思い出す。

 こちらの大黒柱、字伏常夜にはタケミの素性を伝えてあるので、彼には秘密を隠す必要はない、と。

「「月乞い」のリーダーはんには隠さへんでええて、その点だけは気が楽や」

「そうですね。所長、アザフセさんとも交流が深いんだ…」

 そんな少年の呟きに、ヘイジは返事をしないまま思う。

(大親分と懇意にしてはったのは知っとったけど、「狛犬兄弟」とも仲が良いて聞いた事はあらへんで。いや、一等潜霧士仲間

や、ワイが知らへんだけで親しいのかもしれへんな?)

 そんな事を考えていた狸は、やたら目立つ巨体の二人組が歩いて来るのに気付いて顔を向けた。

「体調どう?アル君」

 心配そうに立ち上がって訊ねたタケミに、

「楽になったっス!元気いっぱいハッスルマッスル!ヤデモテッポーデモモッテコイ!」

 と、シロクマは腕を上げて力瘤を作り、笑って見せた。本当はまだ熱っぽさが抜けていないが。

「ま、これからダイブする訳でもねぇから心配は要らねぇ。微熱は落ち着くまで我慢だな。さて…」

 ユージンは一同の顔を見回し、口の端を上げた。

「南の親玉、月乞いの団長に挨拶だ。気性は穏やかで懐も深い男だが、くれぐれも粗相のねぇようにな、ええ?」