第三十二話 「ヤマギシ」

「それは「ウォーリーセブン」だな」

 復路に取り掛かる出発直前に、テンドウはアルから聞いたキツネをそう呼んだ。

「ワッツ?ウォーリーセブン…」

「ダイビングコードだ。奴はこの辺りの廃船で生活している」

「ハイセン?」

 アラスカンマラミュートは霧の奥…長城とは逆側を見遣る。つられて視線を巡らせたアルの目に、霧の中に霞む船の影がいく

つも映った。

 かつて港に停泊し、大隆起の際に陸となった部分に持ち上げられた、豪華客船を含む何隻もの大型船。そのうちの一つに狐…

ウォーリーセブンは住み着いているのだと、テンドウは述べる。

「それって、大穴の中で暮らしてるって事っス?」

 アルの疑問に、「そういう事です」「にわかには信じられないだろうけどな」とメンバーが口々に応じた。

「周り危なくないっスか?危険生物だらけじゃないっスか?」

「本人の方がよほど危険な生き物なんだよ」

「ワッツ?」

 首を傾げるアルに、メンバーのパピヨンが「キミ、機械人形と戦った事ある?」と訊ねた。

「あるっス。二人掛かりで何とか…」

「彼、一つ目小僧くらいなら圧倒…いや、瞬殺するから」

「………」

 黙り込むシロクマ。俵一家には機械人形と一対一で圧倒できるメンバーが何人も居たが、基本的には複数名でかかる。一対一

で瞬殺できるほどとなると、それこそ大親分のハヤタか、その懐刀のトラマルなど、数名しか居ないと聞いている。

 ユージンは論外として、ヘイジならば一体なら何とかタイマンで仕留められるが、トーチのバッテリーが充分にある事、機動

性を活かしてかき回されない立地である事など、自分に不利な状況でない場合に限り、本人もリスク面から考えれば複数人数が

最適解と言っている。

 アル自身もムラマツと二人掛かりで討伐し、その性能を嫌と言うほど実感した。

 反応ギリギリ…時には上回られる動作速度に加えて、容易には破壊できない頑強さ。鬼包丁の強度とアルの膂力をもってすれ

ば一応装甲もフレームも破壊可能だが、軽い当たりでは損傷させられない。充分に力と重さを乗せたスイングで、かつ回避され

ずに捉えなければ有効打にならないのだから、隙を突き難い一対一の戦闘では非常に手ごわい相手となる。言わば、「勝てなく

はないが、負けてもおかしくない相手」である。

 それを、あの若い狐は瞬殺する…。アルはその話にひどく驚いていた。

「そんな風には見えなかったっスけど…」

「どういう風に見えたんだ?」

 首を傾げるアルは、パグの問いで泉での光景を思い起こす。

 余すところなく丸みを帯びた、ふくよかな肢体。きつね色の鮮やかな被毛と、くっきりした黒毛、柔らかな白毛…。

「…泉に住む妖精さんか何かみたいだったっス。ニンフ系?」

「妊婦?…まぁ、丸いか。うん」

「何等の潜霧士なんスか?」

 二等あたりだろうかと考えながらアルが問うと、

「確か…四等だったか?」

「そうです」

 パグの問いにパピヨンが頷く。

「レアリー!?四等!?オレ達と同じなんス!?機械人形が!シュンサツ!なのにっスか!?ドウシテ!?」

「興味が無いんだよ、ジオフロントには。だから地上での行動範囲に制限が無くなる四等で充分らしい」

「???」

 パグの言葉で首を傾げるシロクマ。意味が全く分からない。

「全ての潜霧士が必ずしもジオフロントを目指す訳じゃない。霧に潜る理由はひとそれぞれ、ってな」

 理由とは何か、アルが問おうとしたその時…。

「雑談が一区切りしたら出発する」

 テンドウが得物を担ぎ上げて宣言し、一団は復路に取り掛かった。

 

 霧の中で火が燃える。廃船の下、日陰な上に霧のせいで薄暗い、スクリューが埋もれた船尾の傍で。

 赤味を帯びた銅板のような色の瞳が、炎を照り返して揺れる。煙が多く出る生木の薪の前で、枝に引っかけた衣類を乾かしな

がら、膝を抱えて座る丸い狐は炎を見つめていた。

 水場で魚を獲るつもりだったが、何かが居たので諦めた。機械人形ではなさそうだが、危険生物かどうかも定かではない。他

所から来た潜霧士の可能性もあるので、足止めの威嚇に留めて場を離れた。

 衣類が乾くのを全裸で待ちながら、狐は手に握った草を齧る。水場から離れる際に採取した芹を生のままシャキシャキと咀嚼

していた狐は、やおら左手を傍らに下ろし、視線を向けながら何かを掴んで鋭く振るった。

 飛翔する金属の煌めきが、風唸りに加えてヂヂヂッと音を立てながら霧の向こうに消えるなり、ギッと苦鳴が響く。

 ゴツく重量があるククリナイフを投擲し、静かに腰を上げた狐は、ペタペタと素足で砂地を踏み、仕留めた獲物の傍に歩み寄

る。
横倒しになっているのは野襖。狐が投擲したククリナイフが眉間に突き刺さって即死させているが、奇妙な事に、刺さった

刃の周辺でブスブスと肉が焦げていた。

 狐が柄を掴んで引き抜いたナイフは、その刀身が高熱で揺らめいており、抜いた際に跳ねて刃にかかった血液が、ヂュッと音

を立てて瞬時に乾く。

 熱が冷めないククリナイフを片手に、狐は獲物を改めて見下ろし、絶命を入念に確認する。

 彼は基本的に霧から出ない。主食は霧の中で採れる物で、危険生物すらその食卓に並ぶ。

 そうして何年も生きて来た。以前は霧の外で過ごす事も年間の半分あったが、今では用事がない限り長城の外に出る事はない。

 野襖の前脚を片手で掴むと、狐は後ろ向きに、腰をグンッ、グンッと沈めるようにして勢いを付けながら、焚火の近くまで引

き摺って行く。そして火に当てていた衣類に触れ、先に絞っておいたので水気が抜けたアンダーウェア…もう色褪せて元の色彩

が無くなり、クリーム色になったトランクスを履き、タンクトップを頭から被る。

 そしてズボンに触れ…、おもむろに屈んで異形の銃器を握り、上半身を捻って背後へ向けた。

 高速旋回からヒタリと、二つの銃口が静止して向いた先には、霧の向こうに揺れる人影。

「やあ、変わりないかな?ウォーリーセブン」

 狐は半眼になって耳をピクつかせ、銃を下ろす。その視線の先から霧を分けて歩み寄ったのは、フルフェイスのマスクとスー

ツで全身を覆った一団であった。

 先頭を歩む鼠のヘルメットを被った男が、まず狐の3メートル前で止まり、半歩横にずれて恭しく後続の男に会釈した。

 頭を下げられた男は、龍の頭部を象ったマスクを被っている。先程の声の主はこの男であった。

 そして男に続き、その背後を固めるのは、それぞれ犬と猿を象ったフルフェイスマスクを着用した男達。龍のメットを被った

男以外は、トーチや小型の刃物などの潜霧用具や、それぞれの武器を帯びている。

「………」

 無言のまま一行から視線を外した狐は、銃を置き、ズボンを手に取ると、尻を向けて穿き始める。

「そう邪険にしないでくれ」

 龍のメットを被る男は、狐の無礼な振る舞いが癪にさわったらしい鼠のメットが踏み出そうとするのを、右手を横に伸ばして

制止した。

 鼠のメットの手には、瞬きほどの時間もかけずに抜かれた伸縮式警棒…対危険生物用スパークロッドが握られている。

 対して、ズボンを穿く狐の腋の下からは右手が、いつ拾い上げたのか異形の大型銃を鼠に向けていた。

 静止しているふたりは一触即発だが、龍のメットは落ち着き払って「今日は勧誘に来た訳ではないよ」と、鼠の腕に軽く触れ

て下がらせながら続けた。

「たまたま別の用事があってね。そのついでに顔を出しただけだ。時に、最近変わった事は無かったかな?」

 中年と思しき声の龍メットの問いで、狐は少し前に訪ねて来た大狸の事を思い浮かべたが、口には出さない。

「特に無いなら構わない。一つ忠告しておこうと思ってね」

 無言の狐に対し、龍メットは気を悪くした様子も無く続ける。

「近々、大規模な地殻変動が起こる可能性が高い。可能なら一度ここを離れて長城の外に…、いや、南エリア自体から離れた方

が良いだろう」

 ズボンに脚を通し終えた狐が、グッと腹の下まで引っ張り上げながら龍メットに胡乱げな目を向けた。

「他意は無い。次の世代、来たる未来のため、優れた者こそ生き残るべきだ。君もまたそのひとり…、失われるのは惜しくてね。

老婆心からの忠告と取ってくれたまえ」

 龍のメットは「では、いずれまた」と言い残して踵を返し、鼠が素早くその前方に、犬と猿のマスクを被った男達が後ろにつ

く。
そうして立ち去り際に、猿のメットが小声で犬メットに訊ねた。

「何なんですか?あの若造…」

 風変りという一言では片付けられない狐を、どう表現すべきか迷っている猿に、

「見るのは初めてやったが、アレが、「船の墓場の化け狐」に違いないわ」

 犬のメットを被る狼が応じた。

「あの小僧が…!?」

 猿のメットが驚きの声を漏らす。異名だけは知っていた。単独で大穴内に住む、腕利きの潜霧士…。船が打ち上げられた墓場

のような場所を住処にして、周辺の危険生物、時には機械人形を飼り続けていると。

「あれが…、討伐報告すらろくに上げないせいで正確な実績が判っていないっていう…」

「興味が無いんだ。成果、利益、実績、評価、そういった物にはね」

 やりとりが聞こえていた龍のメットが面白そうに口を挟んだ。

「ジオフロントにすら興味が無い。ただ自分で決めた持ち場を守る…それだけが彼の望みだ」

「持ち場を守る、ですかい?」

 持ち場とは何処だと考え込む猿メットの疑問に、犬メットが応じる。

「…位置的に言うたら、最寄りのゲートやろな」

 船の墓場は、起伏に富み残骸も多い難所だが、そこを抜ければ最も近いゲートまで平坦な一直線。大穴内側から外周に向かっ

て何らかの脅威が進行する場合には、防衛の布陣を敷くに適した立地である。

「十年前も、この辺りに絶対防衛線が敷かれた。少人数で決死の交戦、溢れ出るように押し寄せる危険生物、機械人形を、精鋭

達が迎え撃ったよ」

 龍メットがそう言い、猿のメットが「大規模流出…!」と唸る。

「こっちも酷かったって聞いてますが、その精鋭達はどうなったんで?」

「全員くたばったわ」

 答えたのは狼。メットの下で、興味が無さそうに双眸が細められた。

「己の実力も顧みんと、義務感で討ち死にや。案外、月乞いの援護を期待して粘ったのかもしれへんが、結果は増援もなく全滅

や。下らん死に方やな」

 それは御免だなと、猿は肩を竦める。

「マジラ様は、前々から「船の墓場の化け狐」に誘いをかけてらしたんで?」

「有能な獣人はいくら居ても困らないからね。フリーで腕も立つとなれば、口説きたくもなるという物さ。それはそうと…」

 龍のメットの側面…コメカミの辺りを指先でコツコツと軽く叩きながら、男は考え込むように軽く首を曲げた。

「微震が多い。体に感じる物だけでなく、地鳴りもカウントすれば相当な物だ。徐々に増えていたと資料で確認してはいたが、

統計上の一日平均と比較しても…」

 ブツブツと小声で呟く男は、軽く顔を起こして耳をすます。揺れは感じないが、また低く短い地鳴りがあった。

「「流人」の動向は掴めていないが、あるいはより子細な調査の為に地下に潜った可能性も…。であれば、南エリアから「大動

脈」を抜けるルートか…」

「あの…、マジラ様?」

 控え目におずおずと声をかける猿メット。一応思考の邪魔になるのを遠慮したい気持ちもあったが、訊きたい欲求がそれを上

回った。

「南を中心にヤバい地殻変動があるなら、何も直接来なくて良かったんじゃないですか?それこそ「兵隊」でも送り込んで調べ

させて、安全な所から成り行きを見ていた方が…」

「誰が誰とどう繋がっているか、組織内では判り難い。特に今回は「周囲のお歴々」に動向を知られたくなかった物でね。共有

できる戦力の採用は見合わせて、信頼できる腹心と、私兵である君達だけに絞らせて貰った」

 端的に言えば、龍のメット…マジラは所属する組織内の者達が、ともすれば自分の目的を妨害する事も有り得ると考えている。

 特に同格の幹部達は利権や発言力のために実績や成果を奪い合うライバル同士とも言えるので、目的や手の内は極力晒したく

ないし、動向を握らせたくないケースも多々ある。

「って事は、他の幹部連中を出し抜くための行動って事ですかい?」

 猿が俄然やる気を出した様子で顔を突き出し、狼は犬型マスクの下で鋭く目を細めた。

 罪に問われ、潜霧士の資格を剥奪され、罰を受ける身となった彼らを、脱走させてかくまったのが「組織」であった。

 大穴は危険であると同時に、最新にして無限の富にも繋がり得る物。当然、それを取り巻く周囲にはきな臭い話や胡散臭い団

体が群がる。

 そしてその組織は、利権に群がるそれら非合法組織の中でも、最も古く最も大きく、最も正体不明だった。土肥の大親分や初

代熱海の大将などが、実態を掴めないながらも存在を確信し、前々から警戒していた勢力である。

 狼も話は聞いていたが、都市伝説の類…存在するにしろそれほどの規模ではないか、複数の非合法組織の悪事が習合的に集まっ

て生まれた逸話などだろうと、存在そのものに懐疑的だった。

 しかし、こうしてその組織に飼われる身となり、初めて実感した。

 これならば実態が判るはずもない、と。

(ま、陳腐な言い方をすれば秘密結社のようなモンやな…)

 狼は身を寄せる所が無いから組織に属した。だが、組織の目的などについては興味が無い。組織が大穴から吸い上げたい富、

知識、技術、貴重品、そんな物に今更興味は無い。二度と日の下を歩けない身となって、そんな物に興味を持ち続けられるはず

もない。

 あわよくば。大穴に潜る機会を与えられて、あわよくば。あのシロクマと再び相まみえる事ができるかもしれないという期待

はあるが…。

 今は、地位より名声より富よりも、子分達を養い生き続ける事が最優先である。組織が住処と食事を用意してくれるから、飼

われてやるのも仕方ない。

(で、この男もたぶん、組織の方針やら何やらには、そこまで興味あらへん)

 マジラという組織内での通称を使っている、龍のマスクを被る男。この男の真意は判らない。

 狼から見れば、一応は組織内において自分の直属の上司に当たるのだが、マジラ本人は狼達を部下というよりも私兵…雇い入

れている外部の者達というような扱いをしている。ビジネスライクな関係だと称し、他の幹部やその子飼いの目が無い時には対

等の立場で接し、服従も求めない。他の幹部の干渉を受けず、好きに動かせる戦力が欲しいだけで、同調や共感は求めないとの

話である。

 ただ一つ言えるのは、マジラが組織の方針に沿って動いている…ように見える一方で、独自の思惑で行動してもいるという事。

 先の人形を地上におびき出した事件についても、好きに騒ぎを起こせるというアドバンテージを手にしたと組織内では評価、

歓迎されているが、マジラ本人の意図や望みは別にある。

「ところで、「チャウンドゥラ」」

 マジラは振り返らず歩きながら狼に話を振った。彼に付けたばかりのコードネームを口にして。

「熱海の潜霧士が南エリアに遠征しているそうだ。「ユージンの所」がね」

「………」

 無言で顎を引く狼。犬を象るメットのバイザー内で、双眸が鋭く光った。

「もしも、目当ての彼と出会えたなら、どちらを優先する」

「「仕事」と両立できるんやったら考えるわ」

 狼は淀みなく応じた。個人の目当てと仕事、両立できるならともかく、個人的な事を優先する気はない。自分だけでなく子分

達の生活もかかっている。個人的な感情で生きられる場所を失う訳には行かない、と。

「結構、助かるよ」

 マジラは小さく笑い、鼠は無言。猿は申し訳なさそうにマスク越しの視線を、変わらず親分と仰ぐ狼に向ける。

(機会はあるわ。この先いくらでも…)

 予測される大規模地殻変動。現在の仕事はそれを間近で観察するマジラを、全力で護衛する事。

 もしも予測が的中したなら余裕などないだろう大事を前に、狼は自分の感情を殺した。

 

 

「その気になると、ユーさんひとりで局地的に生態系を変えてしまいそうだ」

 冗談めかして肩を竦めるジョウヤは、しかし口調も表情も困った様子は無い。「今日は空振りだな」と、見えない目を周囲に

巡らせる。

「本当に、何も居ませんね…」

 少年は横倒しになって砂に埋まった倉庫の、斜めに傾いた屋根の上で、巨漢のすぐ後ろについて周辺の景色を眺めまわす。

 元は港から少し上がった、倉庫や荷物仕分け場、工場などが並んでいた工業区。ビルも巨大倉庫も立ち並んでいたそこは、一

つとして無事な建物こそない物の、緑と砂に染められた建造物群の数と規模から、往時の賑わいが想像できる。

 ふたりが上がっている、500メートル四方はある倉庫も、かつては伊豆から海外へと輸出される物品や薬剤などを整理し、

出荷していた場所。倉庫の周りに建物も瓦礫も無いのは、そこがトラックなどが行き交う駐車場と待機場所、運搬路からなる広

大な敷地だったからである。

「このままでは手ぶらで帰る事になりそうだね。危険生物が駄目なら…、そうだ、何か採取できる品物でも探して帰ろうか」

「は、はい。そうしますか…!」

 昨日ユージンが張り切り過ぎたせいで、脅威の存在を肌で感じ取った危険生物達は、ゲート付近を中心にした広範囲で、身を

隠して警戒したり、霧の奥へ引っ込んだりするなど、姿が見えなくなっている。特に見晴らしの良い所は避けられたようで、遠

くまで障害物が無い場所を選んで探しても、影の一つも見つけられなかった。ジョウヤとタケミは獲物を求めて長城から2キロ

近く内側に入っているのだが、それでもこの有様である。

(ちょっと残念…かな?)

 危なげなく歩くジョウヤの後ろに続いて坂になっている屋根を下りながら、タケミは思う。

 正直に言えば、ジョウヤが危険生物を駆除する所を見てみたくもあった。最高峰の潜霧士、その腕前を自分の目で見れば、学

べる事もあるかもしれないと。

 ジョウヤは目が見えていないはずなのに、という疑問や不安感はタケミの中ではもう消えかかっている。自分が目で見る以上

に多くの物を、遠くの物を、ジョウヤは察知する。地面の凹凸に足を取られる事も無く、足取りに不安も無いので、視力を失っ

ている事をつい忘れてしまいそうになるほど。

 思えば、ジョウヤは自室でメダカを飼育している。目が見えないにも関わらず、水中に居る小さな魚達を捉えている。どれほ

ど鋭い感覚があれば、目を瞑って水槽の中の生物の気配を察知できるのか、少年には全く想像できなかった。

 そんな感覚を駆使すれば、視力を失ってなお潜霧や戦闘が可能なのだろうか?少年は改めて月乞いの団長、岬の狛犬、ドレッ

ドノートの底知れなさを噛み締める。

(でも、安全が一番…。ボクも失敗しないし、戦闘行為が生じないならそれで良かったのかな…)

 腰の得物に軽く手を添え、黒夜叉の出番が無いのは悪い事ではないと自分に言い聞かせ、

「わ」

 パシッ。

 タケミは足を止めて軽く腰を沈める。

 地鳴りに次いで、足元がミシッと音を立てて震えた。屋根が落ちる程の物ではないが、今日何度目か判らない微震である。

「今日は特別多いな。何事も無ければ良いが…」

「………!」

 音を探るように首を巡らせているジョウヤの後ろで、タケミは一度きょとんとし、それからハッと左手を見下ろす。

 いつの間にかグレートピレニーズが少年の手を握っていた。危険が無いと判断するなりすぐに離れて行ったが、剣術の達人と

評されてもおかしくないタケミが、手を握られた事に遅れて気付く有様。挙動を察せられなかった事も驚きだが、掴まれたタイ

ミングに何より驚かされた。

 地鳴りや揺れにタケミが反応するよりも前、少なくとも少年が小さく声を漏らして反応するよりも早く、ジョウヤは手を繋い

でいた。

(早いって言うか、予め判っていたみたいな反応スピードだ…!)

 流石に自分達とはレベルが違うなと、素直に驚くタケミは、

「ん?何処かに亀裂でも入ったかい?」

「え?亀裂…ですか?」

 ジョウヤは垂れた耳の付け根に広げた両手を当て、兎を真似たような格好をする。

「ピシピシ、それからパラパラ…。破片が落ちるような音…。それから、さっきまで聞こえていなかった隙間風のような音が…」

 この時、半ば倒壊して年月と土に埋もれた倉庫の一角で、壁に亀裂が入っていた。

 長らく探索を繰り返され、目ぼしい物は引き上げられたメジャーな捜索地点にも関わらず、大隆起以降は未踏だった倉庫の保

管庫が、その存在を白日の下に晒し…。

 

「団長さん、中は…」

 亀裂が入った壁を少し崩し、鉄筋の隙間を縫った穴から中に入ったタケミは、荷物の一時保管庫だったのだろう狭い部屋で呻

くような声を漏らした。

 軽い興奮があった。室内では並んでいた棚が軒並み崩れ、置いてあった荷物が散乱していたが、四十年間外気に触れずに密閉

されていたおかげで、荷物の多くが腐食を免れている。

「宝の山…です…!」

 タケミは手近なトランクを拾い上げる。感熱紙で印字されたラベルは流石に文字が消えてしまっていたが、トランクの金具部

分も錆が無く、カバーで守られた鍵穴も綺麗なままだった。

「海外に送るための荷物…個人宛の物でしょうか?当時の、発送直前の状態のままです…!」

「それは凄い。大発見だ」

 少年が入った穴の外で屈み、報告を受けたグレートピレニーズは口の端を緩めた。

 ジョウヤは体が大き過ぎて、侵入しようとしたら壁に大穴をあけなければならない。それでは建物も傷むし、先程の微震で一

部が崩れ始めた事に鑑みれば、崩壊を進める悪手にもなりかねない。

「手に余りそうな量かい?」

「えぇと…、棚を退けたりしないと正確な量が判りませんけど、軽トラックの荷台で四つ分くらいあるかも…」

「搬出のための人手も必要だな。判った、今日の所は手で持てるだけに留めて引き上げよう。他の潜霧団にも声をかけて、明日

にでも本格的な発掘をしなければ。…いや、手ぶらで帰還かと思いきや、降って湧いた幸運だ」

 声から面白がっているのが判るジョウヤに、「はい!」と答えた少年は、丁度手にしていた一抱えほどのサイズのトランクと、

やや小さめで片手に吊るして持てる大きさの、妙に軽いトランクを一つ取り、先に穴から押し出す。

「運搬に関しては、ヘイジ君にお願いするのが一番かな?彼のマシンは運搬も得意だったはずだね」

「はい!ヘイジさんとボイジャーだったら、工夫して一度に全部運べるかもしれません!」

 本体に積み込む他、メインアームとテイルアームも運搬に活用できる。ボイジャー2の積載性能は文句なしに高い。

 押し出したトランクに続いて這い出たタケミは、手を貸して立ち上がらせてくれたジョウヤに、トランクを抱えて荷札と側面

のエンブレムを向けた。

「新星航空…?大隆起の後に無くなった会社でしたっけ?」

「マークか何かがプリントしてあるのかい?特徴を教えておくれ」

「あ!…はい、トランク本体に…。荷物用のタグは、感熱紙だったみたいで文字が消えちゃってますけど…」

 ジョウヤの目が見えていない事を思い出したタケミは、少し気まずい思いをしながら、荷物の特徴を仔細に伝えた。

「おそらく一般の荷物だけだろうから、普通の成果物として取り扱って良さそうだ。ジオフロントの機密文書の類などが混じっ

ていると手続きや申請が面倒だから助かる。…まぁ、本当に重要で貴重な情報の類なら、面倒さを上回る収穫になるがね」

 ジオフロントは正常だった当時から情報の持ち出しに厳しかったので、地表で重要な文書やデータが見つかる事はまずない。

とはいえ、大隆起当日に送達途中で被害に遭って放置されたり、地下で回収した潜霧士が途中で力尽きてそのままになっていた

りというケースもあるので、皆無ではない。それがもし見つかったら、組合と政府機関に届け出をする義務がある。

 宝くじに当たるような確率とユージンも言っており、タケミ自身にも回収した経験は勿論無いが、「ガチで宝くじ一等やで?」

とヘイジは言っていた。そういった物を政府が買い取る価格は、そのまま潜霧士を引退して生涯不自由なく暮らせる程にのぼる。

「こっちは少し重いんですけれど、もう片方はかなり軽くて…。空っぽじゃないみたいですけど…。衣類かな?」

 小さなトランク…アタッシュケースのような構造のそれを、タケミがしげしげと確認する。やはり荷物タグの記載は消えてい

て読めないが、トランクには個人営業の店だったのだろうか、苗字が店名に冠されたホビーショップの表記がある。

「おもちゃ屋さんの荷物…?」

 タケミが眉根を寄せたその時、

「…またか」

 ジョウヤが急に首を上げ、呟いた。その声にまた地鳴りが被さり、地面がミシッと揺れる。

「穴に蓋をして今日は引き上げよう。明日の作業の手配も急いでしなくてはいけないな。大きな地震が来たら、亀裂と穴の部分

から倒壊が始まりそうだ」

「はい、明日…ですね?」

「うん。明日中には全て片付けるつもりで取り掛かろう。予定の演習潜霧とは違う内容になってしまうが、君も手伝っておくれ」

「はい!」

 潜霧しての仕事は色々あるが、捜索探索採取などなら歓迎。タケミは大きく頷いて…。

 

「あ!タケミ見っけっスー!」

 除染を終えてゲートロビーに出た所で、少年は聞き馴染んだ声に首を巡らせる。

 シロクマが同行していた班も潜霧を終えたようで、丁度解散する所だった。

「兄者。お疲れ様でした。…成果品ですか?」

「何か発掘っスか!」

 大股に歩み寄ったテンドウがジョウヤに、アルがタケミに、それぞれ話しかける。

「大発見だった。今日の所はふたりで片手分だけの収穫に留めたが、明日は皆に手伝って貰う事になる」

 グレートピレニーズは大きい方のトランクをマラミュートに預け、指示を伝える。

「他の潜霧団に事情を話をして回るから、先に戻って皆を集め、打ち合わせの準備をしておいておくれ。神代潜霧捜索所のメン

バーにも参加して貰うようになる」

 首を捻っているアルの横で、タケミは抱えた小さい方のトランクを見下ろした。ジョウヤは「小さなつづらを選ぶとは、欲が

無い」と微笑んでいたが…。

「それじゃあタケミ君、アル君、お疲れ様。また後で会おう。声がけはよろしく頼むよ、テンドウ」

 口々に挨拶して見送る一同から背を向けて遠ざかるジョウヤが、組合の詰め所に入って行った所で、

「あ、そうだ!」

 少年はハッと、聞きそびれていた事を思い出した。ここへ来るまでは最優先で確認したいと思っていたのに、様々な事を立て

続けに経験させられている内に、故郷の友人からの頼まれ事を忘れそうになっていた。

「あ、あの、テンドウさん…」

 ジョウヤほど慣れていないテンドウに、タケミはおずおずと質問した。また後回しにしたら忘れてしまいそうだったので。

「あの…、あの…、ええと…。テンドウさん?ちょっと、良いでしょうか…」

 無言で目を向けるマラミュート。ギロリと向いた切れ長で鋭い目に、少年は気圧されるように心持ち首を短くした。

 テンドウはタケミに対し、「兄の時間を占有する客」という認識を持つ。それ以上の個人的な感情は持ち合わせておらず、そ

もそもテンドウが他所の者…特に名も無い潜霧士に興味を示す事自体がまず無い。はずなのだが…。

(この若手を見ていると胸の奥がザワつく。落ち着かない)

 妙な感覚…不快なのかそうでないのかも把握できない、言い様のない落ち着かなさを僅かに覚えてしまう。

「こ、この辺りに「ヤマギシ」さんっていうひと、暮らしていませんか?」

 ビクつきながら問う少年を見下ろすマラミュートの目には、記憶を手繰る一瞬の思考と疑問の光が浮かんでいた。

「い、今も住んでいるかは判らないんですけれど、その…、故郷の友人が、十年前まで南エリアで暮らしていて、その頃にお世

話になったひとがヤマギシさんっていう人だったそうで…」

「ヤマギシ…。懐かしい名だ」

 テンドウは半眼になり、記憶を呼び起こす。

「山岸望(やまぎしのぞむ)。潜霧団「狐火」所属のダイバー」

 目的の人物に訪ね当たった、とタケミの目が大きくなる。が…。

「十年前の大規模流出事故で奮戦したダイバーだった」

 少年は眉根を寄せる。「だった」というテンドウの、過去形の表現に気付いて。

「あの…、そのひと、今は…」

「十年前の事故で死んだ。潜霧団狐火はウォールEを防衛し、全滅した」

「………そう…ですか…」

 タケミは項垂れる。首尾よく手掛かりを掴んだと思ったのだが…。

(サツキ君には、結果として教えた方が良いのかな?それとも、黙っていた方が…)

「?」

 事情を知らないアルは、しょげているタケミと立ち去るテンドウを交互に見た後で、

「とりあえず戻るっスよ。所長とヘイジさんが帰ってくるまで休んどくっス!」

 少年の肩を叩いて促し、殊更明るい声をかけるシロクマ。

 気遣いを感じて素直に頷いたタケミは、戦利品を抱えて長城から外へ向かい…。

 

 同時刻、白神山地。

 夕暮れ迫る土手に、大柄な熊が座っていた。

 流れる川の水面を見つめ、何か考え事をしているらしいその熊は、少年なのだが、もはや大人以上の大きな体。巨漢と言える

サイズである。

 白神山地は秋の訪れが早く、既に深い。風は返り足の秋の冷え込みを孕みつつあるが、大柄な熊は薄着の体に寒さを感じてい

ない。

 十年前とは違い、その肉体は暑さにも寒さにも人間以上の耐久性を得ている。氷点下に裸でも死なず、50℃を超えても変わ

らず活動できる。

「よいしょ」

 小さな声に熊が横を向くと、傍らに細身の、上品そうな顔立ちをした猫が腰を下ろすところだった。

「悩み事?」

「いや…」

「じゃあ心配事?」

「そっちに近いな」

「テストが心配?」

「ちげーよ。ってか何で心配事とかあると思ったんだよ」

「サッちゃんは考え事する時いつも川を見ているから」

「そうか?」

「そうだよ?」

「知らなかったぜ…」

「自分の事だから仕方ないね」

 並んで川を眺めながら、短い言葉でテンポ良くやり取りする二人の少年。

「それで、何が心配?」

「いや…。タケミに頼んだけど、情報あれだけで探せっかなぁって、な…」

 ポリッと、熊が頬を指先で軽く掻き、耳を倒した。

「タケミ君に頼んだって言う、「ヤマ兄ちゃん」の事?」

「おう。今、南に行ってるんだと。…今の伊豆南部は、俺が暮らしてた頃と全然違うって話だしよ。探して貰うにも手掛かりと

かねぇし…。ま、居所が判ったとしても、それで何だっつぅ話だけどよ」

「会いたくないの?」

「そうじゃねぇ。…けどな、あの頃の俺は小学生になったばっかのガキで、ヤマ兄ちゃんは中学生だった。学校も違ったし歳も

離れてた。俺が感じてるほど、あっちは印象に残ってねぇだろうよ」

「どうかな?喜んでくれると思うけど」

「何で…」

「震災で何もかも変わったから」

 猫の横顔を見遣る熊。友人の疑問を視線から感じ、猫は「貴重だよ。震災前の思い出って」と付け加える。

「あの頃は何でもなかった事が、今じゃとても貴重。小さい頃は何とも思っていなかったのに。…亡くなった父さんの同僚のひ

と達とかね、今でも年賀状くれてさ…。母さん喜んでる。勿論、僕もね」

「…そうか」

 熊は視線を川面に戻し、瞼を半分下ろした。

「だったら、また会ってみてぇな…」

 

「マジっスかこれ!?」

 部屋に戻ったタケミが、ついて来たアルに戦利品であるトランクの中身を見せたら、シロクマの体温と血圧が急上昇した。

「知ってるのアル君?」

「知らないんスか!?ゴゾンジナイ!?」

「え?えっと…」

 少年は机の上に出された機械を見つめる。ゲート帰投後、二つのトランクの中身を確認した際に、ジョウヤは「珍しい品かも

しれない」と言っていたが…。

 トランクの中に入っていたのは厳重に梱包された大型の箱と、小ぶりなパッケージ二つだった。その中身は、ビニールで個別

に密封された機械と付属品。

 機械本体は黒く、上から見れば長方形。ボディ面面の一部は円形の丘のように盛り上がったデザインで、そこに何かの差込口

か接続ポートと思しき大きめの口がある。金メッキの数字とアルファベットが光り、リセットなどのスイッチ類にはアクセント

で異なる色を用いられている。

「「MEGA DIVE」っスよこれ!?」

「メガダイブ?」

 熱を帯びた口調のアル。何やら知らない事が恥ずかしくなって来たタケミだったが、

「80年以上前に製造されてた名ゲーム機っス!」

「…そう…」

 知らなくとも仕方ないなと思い直した。むしろ何故アルがそんな物を詳しく知っているのか判らない。

「「MEGA MarkIII」の正当後継機にして国内売上レコードホルダー「MEGA SATURN」の前世代機!時代が求めたtrinity shock

時は正に三国時代三権分立世紀末商戦!他のメーカー入魂のマシーンと覇を競った当時最新鋭のゲーム機!しかもこれバリエー

ション機じゃなく初期型っス!2とかサンダーとかゲットとかスゴイタクサンアル兄弟姉妹機の
Originit's Originッッッ!!!」

 目をギラギラさせながら熱く語るアルは、バンッとテーブルを叩く。

「さらに!こっちは専用カートリッジ式のゲームソフト!それが二本も!やばス、テンションガチ上がりがち…!物理ソフトっ

スよこれ、ロムカートリッジ…!よだれ出る…!」

「えぇと…、凄いの?」

「昔は普通で今は絶滅種っス!」

「…ナウマンゾウみたいな物?」

「良くわかんないっスけどたぶんそうっス!」

 ゲーム博物館でしか実物を見た事が無かったので、例に挙げられた古代生物と同列に並べてみるアル。そこへ…。

「お邪魔しま~すよっと。お、アルはんも一緒やったんか。丁度ええわ」

 潜霧上りのヘイジが、両手にコーラの缶を持って部屋に入る。月乞いのメンバーがくれた、南エリアでは貴重な缶ジュースで

ある。

「ほい、お疲れは~ん!ここのボイラー整備したったら御礼にて貰うたから差し入れや。一本ずつやで?って………」

 缶をテーブルに置いた狸の目は、コーラから見れば先客に当たるテーブル上の品を目にし、

「メッ、メメメメメメメ「MEGA DIVE」やん!?モノホン!?レプリカとかリビルド品やのうて!?」

 眼鏡の下で双眸がビカァッと輝いた。興奮のあまり両手を胸の高さに上げ、触れたい衝動と戦うかのように宙を彷徨わせつつ、

右に左に肥えた体と太い尻尾を揺らしてゆっさゆっさと謎のステップを踏む狸。

「イエス!ガチ本物がちっス!」

「かさばる黒い大型ボディーの見た目とは裏腹に、予想外な軽さで「あれ?中身入ってへん?」て、手に取って不安になるユー

ザー続出!詰まっとるのが夢とか希望やから物理的な重さはあんまりないんやで!箱と取説、同梱品全部揃っとる!しかも本体

に目立った傷なし!うっひょおおおおっ!こんな近くで見るの大阪の20世紀ガジェット資料館行った時以来やで!よだれ出て

まう…!ってかソフトまである
"""っ!?うぇっほ!えぇっほえっほ!…がっふぁっ!!!」

 興奮し過ぎたヘイジは、唾が気管に入って盛大に咳き込み始め、丸めたその背をタケミが慌てて撫でてやる。

 単にアルが好きだから興奮しているというだけでなく、四十年前の大隆起当時で既に相当レトロな部類に入っていたこのゲー

ム機は、今では好事家垂涎のレトロガジェット。目利き達者なヘイジが個人的な趣味を抜いて客観的に評価しても、バリバリの

値打ち物である。

「ソフト二本もあるっス!「ソードto相談」!そして「ロードも無く」!イェア!」

「なっ…、がふっ…!なん…やて…!?情緒、ワイの情緒いまどないなっとんのふへへへへ!アカンなんや色んなモン漏れそ…。

これは涙…?泣いとるのは、ワイ…?」

「コントローラーも電源コードも揃ってるっス!モニターに繋ぐケーブルが見た事無い先分かれ三色タイプっスけど…、とりあ

えず無線通信でここのテレビに繋げば、動くかどうかテストできるっスかね?」

「アルはんアルはん。「MEGA DIVE」には、無線接続機能ついてへんのやで…」

 呼吸を整え、小声で囁くヘイジ。

「え?ついてないんス?」

 驚いた顔で狸に聞き返すアル。

「そう、ついてへん。…ふひっ!」

「無いんスか。…うふっ!」

『有線接続オンリー!レトローッ!!!イエーッ!!!』

 突然ハイタッチして歓声を上げる二人。テンションと話題に置いてけぼりのタケミは、楽しそうだなぁ、とその様子を一歩引

いて眺めている。

「じゃあ変換コネクタとか要るんスね?うふふふふ!」

「手間かかってまうけど、それも味やさかい。ふひひっ!ってかこれどないしたん?」

「タケミが今日の潜霧で持ち帰ったんス!」

「おおおう…!大穴ん中からは趣味の蒐集品やら美術品の類も回収されとるけど、まさか初期型「MEGA DIVE」まで…!もしか

してまだどっかに残っとったりして…」

「これもブンカイサンって言うんス?」

「せやなぁ、文化遺産て言うてもええわ。前世紀の文化の一端やし?立派な一端やし?何なら当時最先端やったし?」

「おう?何で盛り上がってんだヌシら?」

 今度はのっそりと、見上げるような巨漢が部屋に入って来る。

「月乞いのメンバーから、相談事があるから席を設けたって言われたぜ。ヌシらも同行しろ」

「おっと、すっかり忘れとったけど、ワイふたりにそれ伝えに来たんやった…」

 ヘイジがペロッと舌を出し、ユージンは三人が囲むテーブルの上にある品に目を向け…。

「ほう、「MEGA DIVE」とは珍しいじゃねぇか。マニアなら多少高値付けても買ってくれるぜ。ええ?」

 所長も知っていた。