第三十三話 「回収作業」

「と、おおまかな説明は以上になります」

 パピヨンが大きな耳をフワフワ揺らして振り返ると、会議室に集まった月乞いのメンバー、及び神代潜霧捜索所の面々は、手

元の資料と、ホワイトボードの簡素な地図を見比べる。

 偶然にもジョウヤとタケミが発見した倉庫の小部屋から、中身を運び出し、ゲートまで運搬する計画は、早々と固まった。

 現場は崩れる可能性があるので、手作業で慎重に壁を崩す。この土木作業は体力勝負なので、可能な限りの人数を投入したい

が、作業中の安全確保の為に戦闘準備をしたまま警戒に当たるメンバーも必要。

 運搬の要はヘイジと、彼が騎乗するボイジャー2。タケミの目算では、ボイジャー2であれば一往復で運搬できる量だが、積

載量ギリギリとなる。荷物の安全な運搬も考えると移動速度も運動性能も落ちるので、戦闘行動を前提にして出撃する護衛する

メンバーには、土木作業の防衛から引き続き、慎重な護衛行動が要求される。

 また、他の潜霧団にはジョウヤが顔を出して事情を説明して回り、周辺で目に付く限りの危険生物を駆除して貰う約束を取り

付ける事ができた。…もっとも…。

「周辺の掃除に関しましては他の団にあまり負担をかけずに済むかと。熱海の大将が大暴れして下さったおかげで、危険生物達

も大人しくなっていますから」

 パピヨンの真面目くさった発言で、月乞いのメンバー達は小さく笑い、ユージンは軽く顔を顰めてポリッと鼻先を指で掻いた。

やり過ぎた実感は本人にもあるらしい。

「地鳴りの頻度でお気付きでしょうが、近い内に大きな揺れが来ないとも限りません。フワ潜霧士とウチの団長の証言からも、

目標物は崩れて埋まる恐れも否めない状況下にあると確信できますので、明日中に全て回収する予定で事に当たります。各々方、

よろしいですか?」

 進行役のパピヨンが見回すと、一同は異議なしと頷いた。

「腕が鳴るっス!もしかしてもしかしたら、「MEGA DIVE」とかソフトがもっと発見されたりとかあるかもっス!」

 やる気満々のアルは、現地で肉体労働を担当する掘り起こしチーム。ユージンもこちらに参加する。一方ヘイジはボイジャー

2を活用して侵入口の整備や撤去した瓦礫の処理などを請け負い、品物の簡易鑑定も行なう係に配属された。

(そんなに欲しいんだ?なら、売却枠に入れないで、アル君にあげようかな…)

 などと、ユージンから一任されたゲーム機の処遇について考えるタケミは、周辺警戒組に編入。ジョウヤ、テンドウ、そして

月乞いのメンバーでも機動性や索敵能力など、カバーする技能に長けた身軽な面子が、いざという時は危険生物などの迎撃も行

なうこちらを担当する。

 話し合いが終了すると、団長のジョウヤが立ち上がって口を開いた。

「それでは、各員明朝まで充分に休息を。神代潜霧捜索所の皆さん、明日はよろしくお願いします」

 こうして会議は終了し、タケミは部屋に引き上げて、アルは当然のようについて行き、ヘイジはボイジャー2のセッティング

に向かい…。

 

「精が出るじゃねぇか。ええ?」

 分厚い曲面装甲に覆われた作業肢に座り、タブレット端末を弄っていた狸は、不意にかけられた声で顔を上げた。

 空調の音がやかましい作業倉庫なので入室に気付かなかったが、四歩ほどの距離に金熊が歩み寄っている。会議中もそうだっ

たが、ユージンはまだ潜霧から上がったままの格好である。

「貴重な品を勢い余ってオジャンにしてもうたらあきまへんからな~。作業用の調整は手ぇ抜きまへんで」

 降着姿勢…いわゆる伏せの体勢で脚を投げ出し、ボディを接地させているボイジャー2の脚に腰掛けているヘイジは、オイル

染みだらけの作業ツナギを腰の位置まで半分脱ぎ、ランニングシャツ一枚の上半身を晒している。だいぶ肉が厚いコロコロした

体型だが、肩や腕は重労働で鍛えられて太く、逞しい。

 工具などを使う作業は一段落したので、あとはシステム側のチェックを残すのみ。時刻が午後十一時を回った事には気付いて

いたが、やり切らねば休めない。

「明日の仕事は多いが、頼むぜ?」

「ど~んと任して貰いましょ。大枚はたいてここまで立派にして貰うたんや、ワイらもた~んと働いて役に立って恩返しせなア

カンわなぁ、ボイジャー」

 スリープ中の愛機を見上げ、ヘイジは口の端を上げて笑いかけた。

 欠落した外装類は特注品で補い、交換が必要な部品類も最先端の物に置き換え、ヘイジが手塩にかけて再構築したボイジャー

2は、もはや六割方が別物となっているものの、フレーム構造の大半と基幹システムは大元となっているレッドアンタレスを踏

襲している。

 システムが複雑化されていないが故に堅牢で不具合が生じ難く、しかし操縦者の手動に寄る部分が大きいという点では操作は

複雑。ヘイジは対物センサーを活用した半自動操作モドキで機体側に操縦をサポートさせるという乗り方をするので、制御系と

センサー系の微調整には常に気を配っている。

「差し入れだ」

 のしっとヘイジの脇に座ったユージンは、月乞いから貰った冷たい缶の緑茶を差し出す。南エリアでは缶入りの飲料すら不足

しがちなのだが、月乞いは客に対しては勿体ぶらずに気前よく振舞ってくれた。

「おおきに。早速頂きますわ」

 ヘイジは缶の上側を人差し指以外で上から掴む格好で受け取ると、器用に人差し指をかけてプルタブを起こす。持ち替えて缶

を口元に寄せる間も、右手はずっとタブレットを操作し続けていた。

「滞在は明後日までだ。そっちの進捗はどうだ?」

「お陰様で医薬品の流れも掴めましたわ。おおまかに言うて、ホンマに不足しとるんは一般の品物…生活用品です。マミヤセン

セの睨んだ通り、運送業者の偏ったシェア占有が影響しとります。あこぎな話やで」

「あこぎか」

 狸は熊の呟きに「はい」と頷く。

 ヘイジは金が大好きである。タツロウという、養い保護するべき対象を抱えていた十年間は、特に金銭に執着していた。

 死肉を漁るように、大穴内で命を落とした同業者の遺品を漁った。

 埋もれていた遺物を掘り起こしては、一円でも高く売れる業者を回った。

 タツロウには知られたくないが春も売った。どれだけの相手に体を許したか、計上すれば確認できるが頭では覚えていない。

 一円でも多く得たかった。そのために売れる物は何でも売った。

 だが、そんなヘイジにも売れない物がある。

 それは、彼なりの「矜持」である。

 かつてヘイジには兄貴分が居た。自分を見出し、俵一家に加えてくれた、恩人とも言える男が。

 ユージンもよく知るその男は、社会的規範に照らせば悪党と言えた。非合法な組織とも裏でやり取りした。法の隙間を縫い、

汚い真似も平気でやった。長城の外ですらそうなのだから、法の目が届かない大穴の中ではなおさらだった。言ってしまえば悪

漢である。

 だが、そんな男も譲らなかった矜持がある。背けば魂が死ぬとして、明確に守った線引きがある。

 恵まれない者を虐げない。恵まれない者から奪わない。恵まれない者を嗤わない。…それが彼の矜持だった。

 儲かっている潜霧士ならばちょっとばかり騙してやっても良いが、生きるだけで手一杯な駆け出しからは奪わない。羽振りの

良い商人は出し抜いてやっても良いが、貧しい町人に損をさせてはならない。

 必死に足掻いてなお恵まれない者、風向きが悪くて立てない者、流れが悪くて浮かべない者…。グレーゾーンを涼しい顔で闊

歩する悪漢(ピカレスク)は、「己に責が無い弱者」と見た連中を食い物にする真似だけは絶対にしなかった。「そいつァあこ

ぎで粋じゃねェ」と。

 自分ではあのように生きる事は叶わない。そう判っていても、ヘイジにとって譲れない最後の線引きは、その悪漢の生き様が

基準になっていた。

 だから、足元を見て弱みに付け込むような商いを持ちかける側と、それに応じるしかないこの街の状況を見て、内心では面白

くない。改善して欲しい…を通り越して、あこぎな運送業者に一泡吹かせられないかと、自分にバイトを持ちかけた「法律屋」

に期待している。

「潜霧士の装備品については、一見すると軍払い下げの安物ばっかりですけど、そもそもみ~んな獣人や。密閉スーツも要らん

よって、そこらは現行で対応可能。何より簡単な工作を自前でやってまいますし~?」

 南の住民の逞しさに触れて肩を竦めるヘイジに、ユージンも深く頷いた。

「危険生物の素材や機械人形のパーツを自前で活かせるのは強みだな。武器は…」

「はいな、心配無用ですわ。どちらはんも武器だけはええ品使ってはります。潜霧士の武器はレリック込みのモンになると一般

の運送業者が扱えへんから、工房のモンが届けに来るか、直接受け取りに行く訳ですけど…。そこにセコい業者が入り込む余地

はありまへん。問題は弾薬ですけど、ある程度は自作してはりますな」

「機械人形の油を使った液体火薬か」

「ようご存じで」

 修正入力に区切りがついたヘイジは、診断プログラムを走らせてチェックを始めると、隣のユージンに顔を向ける。

「で、マミヤセンセはどないな事を、何処までやるおつもりなんでしょ?」

「ズバリ、伊豆半島東部沿岸線の運送路開通だ」

 ユージンはつい先ほどマミヤから電話を受け、法律屋が合法非合法問わず、あの手この手で掻き集めた情報を共有した。端的

に言えば「自分向けの」真っ黒な案件だった、とのアライグマの報告も合わせて。加減が要らないと判ったせいか、電話の声は

若干楽し気だったが、ユージンはあえて考えない事にした。

「で、何とかなりそうなんで?」

「何とかしちまうのがマミさんだからな」

 政府主導の道路開発が難航している区画の土地所有者について、マミヤは徹底的に調査した。その結果が「自分向け」という

感想である。

 まず第一に、伊豆半島及びその周辺一定区画において、外資系の不動産取得は認められていない。これはかつて伊豆全体の開

発を行なうに当たり、国益を損なう可能性を排除するために定められた方針である。

 確かに、東側から南エリアへと道路を再開発するに際して問題となっている区域では、土地所有者は全て外資系ではない。建

屋など上に乗っている物こそ海外に本社を置く企業が借用している物もあるが、そちらはフライドチキンで有名なチェーン店や

バーガーショップなど、真っ当な事この上ない最大手企業の管理である。それらの店舗については別の土地さえあれば移転も可

能なので、政府がどうとでも交渉できる。

 そういった大半の「問題ない」案件とは別の土地問題が、今マミヤが取り組んでいる案件の一つ。

 問題となっている、買収が進まない土地の名義は、国内にある複数の合同会社である。法律上違反する所は無い。

 だが、この合同会社「群」にマミヤは目を付けた。

 法人登記によれば土地を所有する合同会社の代表社員はいずれも日本人だが、その内の複数社で、代表者氏名は異なるのに、

設定された代表者住所、あるいは代理人連絡先、または実際に登記手続きを行なった者の住所が被っている物件があった。そこ

で確信を得たマミヤが探ると、浮き上がって来たのは「まともな土地所有者は一件、民間人所有の30平方メートル分だけ」と

いう事実。残りの土地所有者は資本金1万円から100万円までの合資会社…まともな運営実態が無いダミーである。当然のよ

うに、その背後は共通の一団体に線が繋がっており…。

「道路再開発の土地買収が難航したのは、結局のところこの合資会社群…その裏のたった一団体が買い上げに応じねぇからって

事になる」

「いやいや、思った以上に真っ黒ですわ…。黒幕の外資系、一体何処の国です?」

「そいつはまだ調査中だが…」

「中国の企業です?」

「…それだけはねぇらしい。真っ先に調べたんだろうな」

 何故か少し複雑そうな顔を見せたユージンの返答に、ヘイジは納得が半分で疑問が半分の表情。

 様々な所で土地を買われたりするのに、伊豆半島に関してだけは中国が一切手を出さない。研究都市伊豆が最盛期だった頃も、

その前の開発期だった頃もである。

 大隆起直後も、真っ当な人道支援の為に人員を送って来た程度で、救助を名目に調査隊を潜り込ませてきた他国とは一線を画

す対応を見せた。

(何やこう、伊豆関係に関してはあの国、「触れたらあかんモン」を静観するような態度なんが気になるんやけど…)

「で、そこの団体に「とある運送業者」が金を流してる所まで掴んだそうだ」

「真っ黒通り越してババ色ですわ…」

「逆に、マミさんは遣り易くなったってよ」

 ユージンがニヤリと笑う。「マミさんはなぁ、おっかねぇぜ。ええ?」と。

「何せあのひとは敵だと決めたら容赦がねぇ。敵でなくても潰して良いって判断したら加減がねぇ。家族揃って霧の犠牲者だか

らたまたま「こっち側」だが、そうでなかったら霧を食いモンにして私腹を肥やす事も何とも思わねぇようなひとだ。基本的に

事の善悪で動いてねぇから、手心ってモンが一切ねぇ。米粒一つ残さねぇでどんぶり飯平らげるように徹底的にやる。反撃も再

起もできねぇように、念入りにな」

「くわばらくわばら、機嫌損ねへんように気を付けますわ…」

 マミヤがやる気になったら何処までやれるかは、身柄を拘束されるどころか神代潜霧捜索所に預けられ、ほぼ自由の身となっ

ているヘイジ本人がよく判っている。

 なお、ヘイジがバイトとして頼まれた、いわゆる南エリアの「市場調査」は、端的に言えば土地問題には直接影響しない。

 単にマミヤが、土地問題を解決した上で別の業者に需要の情報を売ってシェアを奪わせ、あこぎな運送会社の儲け筋を潰して

やりたいから調べさせているだけ。半分趣味の、個人的嗜虐心を満たす鉄槌を下すための準備である。

(これ、その運送会社が大損こいたり潰れたりしたらワイが片棒担いだ事になるんやろか?ま、今回は進んで担ぎますけど~?)

「事が上手く運べば、熱海から物流が繋がるだけじゃねぇ、ひとも流れ易くなる。長城の運搬レーンを復旧させるための工事車

両も安全に通えるようになる。そうなりゃ、ボイジャーも気楽に南に持ち込めるってもんだ。ウチだけじゃねぇ、ヤベちゃんの

トコだって南に通い易くなる。重機持ちの潜霧団が南に入り易くなるのはデケェだろう。そういう意味でも今回の発見は都合が

いい。貴重品がまだまだ眠ってるとなりゃあ、潜霧士を集める絶好のアピールに繋がるんじゃねぇか。ええ?」

「それに、月乞いの皆はんも組合はんも、備蓄問題で頭を悩ませてらっしゃいましたからな~。運搬ルートが正常化するだけで

も環境改善になりますわ。…ところで」

 緑茶を飲み干したヘイジは、それとなく倉庫内に視線を走らせ、カメラ類の位置を再確認する。丁度自分はボイジャー2の影

に隠れてカメラの死角、そしてこの場にはユージンしか居ない事を確かめて、狸は低く抑えた声を発した。

「タケミはんと団長はん、どういう関係で?」

 ユージンは即答しなかった。視線を前に向けたままヘイジの方を向きもしない。

 空調の音などが響く倉庫に、沈黙が長く続き、やがてユージンは小さく息を吐いた。

 聞かなくても良いと判断したなら、ヘイジの方から「ええですわ」と切り上げる。しかし狸はじっと返答を待った。確認すべ

きだと心を決めている。

「…何で疑問を持った?」

「いくつか理由はありますけど、まずは目線ですわ」

「ジョウヤは目で見てねぇが…」

「いえ、大将の目線です」

「………」

 ユージンは軽く顔を顰めた。悪戯が見つかった子供のような、しくじった、という内心が完全に顔に出た表情である。同時に、

もう誤魔化せないと観念している様子でもあった。

「タケミはんと団長はんがやり取りする時、大将は随分と感心を払ってましたわ。いや、警戒しとったて言うてもええかも?お

二人の会話や、やり取りなんかに、他の皆はんが反応するかどうか、大将はずっと神経割いてましたな?…ご心配なく。たぶん

他の方々は誰も気づいてへん、疑問を持ったのはたぶんワイだけですわ」

「…役者には向かねぇな、ワシは…」

 盛大にため息をつくユージン。タケミとジョウヤ自体には、自分が意識を向けている事が目立たないよう気を配っていた。が、

周囲の反応を窺う事に関しては、指摘された通りカモフラージュが上手く行っていなかったらしい。

「タケミはん、ジョウヤはんと血縁関係です?」

「…何でそう思う?」

「団長はん、タケミはんに接しとる時、ちょ~っと緊張気味言うか…接し方が判らへん親類の子と話すような態度が時々見えて

ました」

 ふぅ、と息をつき、ユージンは目を閉じる。よく見ている物だと感心した。頼もしく感じる観察力だった。

「タケミはんの年齢的に、生まれたのは「夫婦槍(めおとやり)」…字伏夫妻が亡くなった後やから、団長はんとテンドウはん

の歳が離れた兄弟て事はあらへんでしょ。けど少なくとも親類か何かやなて感じましたわ。気になったんはテンドウはんの態度

やけど、ちょっと変わったおひとやし、まぁ仕方ないかなて。…で、タケミはん、ひょっとしたら不破家の実の子やのうて、字

伏の親類…。大字(おおあざ)家か、小字(こあざ)家、分家から養子に貰われた子やったりするんやろか?と…」

 可能性はいくつか思い浮かぶが、ヘイジが予想したのはその辺り。ただ、本人には訊かなかったし、アルにも何も言っていな

い。少年達の態度におかしい所は無かったので、もし自分の予想通りだったとしてもタケミ本人はその事を知らないだろうと確

信していた。

 であれば、真実がどうあれ本人を起点に過去をほじくり返すのは野暮だと、狸は考えたのである。基本的に若者や年下には甘

いので、ヘイジは少年達にショックを与えたくはない。逆に言えば、自分が知らぬまま地雷を踏み抜くような真似をしないため

に、少年達も知らないであろう事…、ユージンがあえて伏せている事を、把握しておきたかったのである。

 ヘイジの予測を聞きながら、金熊は内心舌を巻いた。これは自分が大根役者なのではなく、この狸が一枚上手なのだなと。

「…タケミの両親の事は、経歴含めて知っとるな?」

 ユージンの重々しい声に、「はい」とヘイジが顎を引く。

「御父君は不破御影はん。御母堂はんは不破陽子はん…旧姓「佐藤陽子」はんで…」

「タケミの両親はあの二人、嘘偽りなく実の子だ。…が、ヌシが知っとる…一般に公開されたヨウコの旧姓は、偽名だ」

「は?」

「富山生まれの出稼ぎ潜霧士で、元自衛官。両親は航空機事故で死去。…って経歴も家族構成も、実は全部嘘っぱちでな…」

 ヘイジは目を丸くする。

 国家の認定を受けて初めて昇格できる一等潜霧士。いわばその身元は国のお墨付きである。その経歴に偽りが含まれているな

どというのは流石に想定外だった。むしろ、公開情報がそうなっているという事は、政府側が身元の偽装を認めたとも取れて…。

「今からワシが言う事は、ヌシの胸の内に仕舞っとけ」

 腹を決めたユージンはそう前置きした。自分に万が一の事があった時を考えれば、タケミと「字伏」の関係についてヘイジに

知っておいて貰うのも悪い事ではない、と。

「こいつは字伏関係者でも、一族郎党の年寄り共を除けばジョウヤしか知らねぇ。テンドウもまだ知らされてねぇ話だ。タケミ

の母親…ヨウコはな………」

 空調が唸る。動力音が響く。その中でユージンはヘイジに打ち明けた。

 自分に万が一の事があった時、誰かがこの事を知っていた方がタケミにとっては良い。そう考えながら金熊は感じていた。ヘ

イジを身内に抱き込んだのは、結局こういった面から言っても正解だったのだろうな、と…。

 

 

 

 翌日、巨大倉庫内に見つかった小倉庫からの運び出し作業は、順調なスタートを切った。

 巨大倉庫の内側から壁を貫いてアクセスする手段も改めて現地で検討されたが、荷物を移動させる距離が長くなる事と、水没

している区画も多い事から見送られた。

 結局は予定通りに、昨日タケミとジョウヤがあけた小さな潜り穴を起点にして、外壁側から取り出す方法を採用。

 まず亀裂が入った部分を中心に、ヘイジがボイジャー2の非破壊式スキャンで壁の構造と損傷具合を確認。崩落させないよう、

壁の強度を落とさないよう、両腕に当たる巨大なクローアームを慎重に動かして壁面を削るように掘った。

 適度な大きさの穴が出来上がったら、メンバーがスコップなどを使って穴を整え、トーチで鉄筋などを焼き切り、背を少し屈

めて潜れるほどの侵入口を完成させる。

 内部での作業は、倒れた棚や落ちた天井の破片などを取り除き、瓦礫を運び出す所からスタート。瓦礫などの撤去作業は、ま

るで息が合ったバケツリレー。声がけしながら手渡しで見る間に搬出され、倉庫脇にうず高く積まれてゆく。

 中から瓦礫や壊れた棚などを運び出すユージンもアルも、上半身裸で作業に当たる。逞しい獣人揃いの月乞い側も、肉体労働

用の軽装。何せ湿度も気温も高い霧の中での労働になるので、武器なども帯びた重装のままでは大変な仕事になる。それだけに、

快適な作業を気兼ねなく遅れるよう、周囲の警戒は万全に保たなければならない。

 作業に平行し、出入りする穴のすぐ傍には簡易判定用の作業場となるテントが設置される。ここで運び出した品を確認、脆そ

うな物は梱包し直して、ボイジャー2での運搬に備える処置を施すのである。

 一時間ほどかけて邪魔になる物の撤去がある程度進み、内部で動けるスペースが確保されると、片付けと並行して荷物の搬出

準備も始まった。密閉されていたおかげで劣化から守られた荷物の中に、湿気に弱い物が混じっている事も想定し、一つ一つ袋

に密封され、テントに搬入されてゆく。

 次々とテントに運び込まれる荷物類の仕分けには、神代潜霧捜索所で一番の目利き役とユージンも太鼓判を押す、鑑識眼に優

れたヘイジが加わった。

 作業前の穴あけから品物の鑑定、引き上げの運搬まで、今回ヘイジの役割は随分多いが…。

「こっちは大隆起当時に生産されとった型のスマートフォンやな。安心安全伊豆印の新品ばかり3ダース…。スペック的には現

在の物と変わらへんし、何よりたった半年で生産不能になった絶版品や。カラーがイズ・ヴィリディアン一色なのは残念やけど、

マニアは欲しがるで」

 個人輸入客が求めた荷物だったのだろう大型トランクの中身を検分し、狸は月乞いのメンバーに「こっちは二重梱包で頼んま

すよっと」と作業を任せる。

「「ムジナ」さん。衣類品の中によく判らない物が混じっているんだが、こっちも見て貰えるか?」

「ほいほい。お~…、こっちも相当な上玉やんか。生命研究所で開発されたリアクティブコルセットや。装着した患者の肌にか

かる圧力を抵抗値から自動割り出しして、血流を妨げへん適度な支えになるて画期的アイテム。本来は医療品やけど、姿勢を良

くするヘルス器具としても人気やった逸品…。感圧式形状記憶合金がジオフロントでしか作れへんかったせいで、ロストテクノ

ロジーでもありますわ」

 医療機関や研究機関関係などに話を持って行けば、同じ重さの宝石より高く売れると、ヘイジは説明を付け加える。

「悪い、こっちの品もちょっと見てくれ。色違いのシリーズ物でベルトかハーネスっぽいんだが、それにしては布製のようだし、

どういう物かさっぱり分からない」

「はいな~。…これ耐摩耗性強化ナイロンの下着ですわ。えらい攻めたデザインやで…。個人輸入してまで欲しがるトコもあっ

たんやろか?ふへへっ…!」

「下着!?ベルトじゃなく!?」

「ケツワレて言います」

「ケツワレ!?」

「何ならワイが穿いて見せましょか~?」

 鑑定を頼まれる狸は、忙しいながらもやたら生き生きとしていた。長年品物漁りを中心に生計を立てて来たので品定めが得意

な上に、貴重品や珍品を見るのが大好きなのである。

 加えて、長年の品物漁りで収入を得る生活の傍ら、安物から貴重品、かつて大穴内から見つかった品や、あるはずなのに未発

見の品など、損をしないように様々な物品について調べ、学び、記憶している。積み上げられた確かな知識と磨かれた鑑識眼は、

ユージンが全面的に委任するだけの事はある。

 一方、周辺警戒に当たるメンバーは、倉庫を遠巻きに円を描いて移動する警戒巡回を行なっていた。

 こちらの人員は、どの方向から万が一危険生物が駆け込んだとしても、いち早く対処できるよう、機動性が高いメンバーが選

ばれている。その中にタケミが加えられているのは、軽装で身軽である事と、マスクによるサポートで霧の中の動体を探知し易

い事を加味された結果である。

 とはいえ、前日までユージンが張り切り過ぎたせいで危険生物は警戒して動きを抑えており、作業内容を通達した事で他の潜

霧団も周辺区域の掃討を今日の仕事にしている。全体としては、警戒メンバーが対処しなければならない状況にはまずならない

だろうという、楽観ムードが漂っていた。

 勿論、性格上全く楽観できない少年は、今日もオドオドしているが…。

(あそこの瓦礫…。身を潜めた状態から倉庫まで、足が速い危険生物ならたぶん40秒程度…。巡回班の位置によっては瓦礫の

裏が完全に死角になる。注意しなきゃ…。あとあの鉄塔。野襖が上に昇って滑空とかしたら、ひとっ飛びで到着できちゃう…。

あそこも注意だ。…あれ?さっきの倒壊したポンプ車倉庫の裏、視界通ったっけ…?)

 まず有り得ないような事まで考えてしまう心配性のタケミは、ある意味警戒メンバーに向いていた。何か役目を与えられたら

胃が痛くなるほど心配してしまうのが常で、油断という単語と無縁な性格のため、下手に場慣れしている者をあてがうよりよほ

ど良い。

「タケミ君、もうちょっと肩の力を抜いていいぞ?」

 同行しているパグが苦笑いする。何かあればまず他の潜霧団が何かと接触するような状況、隠れ潜んでいた危険生物がいきな

り飛び出してでも来ない限り、突然の襲撃は無いのだから、と。

「しかし、気を抜かないというのは良い事です。できれば疲れてしまわない程度の緊張維持が望ましいですが」

 パピヨンもやんわりと、気を張り過ぎて疲れてしまわないように忠告した。

 タケミとアルの事は、月乞いのメンバーも潜霧の実力などの情報を共有している。四等昇格試験の際には最終試験をトップで

ゴールした上で、大量の土蜘蛛の襲撃を切り抜け、首謀者の存在を看破してのけた事。
土肥遠征の時には、それぞれがアシスト

有りで機械人形の破壊に成功した事。
一等潜霧士であるユージン直々の指導の賜物か、まだ中級潜霧士で、かつ若いながらも、

戦果には目を見張る物がある。

(こんな実績してれば、若さから調子に乗ったり天狗になったりしても良さそうな物だがなぁ。奥ゆかしい子だよまったく)

(土肥の侠客達も驚くレベルの剣客との話ですが、何とも腰の低い子ですね。腕を鼻にかけない所や慎重な性格は、ウチの団長

とも少し似ています)

 パグもパピヨンも、一人前の潜霧士とは思えないほど初々しいタケミの態度で、微笑ましい気分になっている。ふたりとも経

験的に理解していた。長生きできるダイバーは、調子に乗らない者が多い事を。

「あ!」

「今度は何だ?」

 タケミが小さく声を上げて、また気になる待ち伏せ可能ポイントにでも気付いたのかと、周囲を見回したパグは…。

「きゅきゅきゅ、救難要請です!」

「何だって!?」

 相楽工房長入魂のマスクがビーコンを拾い、タケミが巡回班に回線で情報を共有する。中継点となるボイジャー2が倉庫脇…

巡回サークルのほぼ中央に待機しているため、全員へ即座に通達が及んだ。

「救難元は…豊平丸(ほうへいまる)潜霧団!座標が近いです!」

「トヨッペのトコが救難~?…それ作業機の座礁とかじゃないのか?一つ目小僧とタイマン張るヤツが救な…」

 アームコンソールの表示を確認するパピヨンに対し、パグは懐疑的な顔だったが…。

「びびびビーコンに追加メッセージありますっ!「救援活動中、増援求む」って…」

「穏やかじゃないな」

 すぐさま真顔になって腰を沈めた。

「「ウォルフ」は巡回続行、周辺警戒及び監視頼む。「バタフライ」、行くぞ」

「了解!」

 タケミが返答をする間もなく、パグは中腰の姿勢から急加速。その前後で霧が渦巻いて晴れ、パイプ状の通路が進路に発生し

ている。

 異能の起動によって気流を操作し、指向性及び収束性のある突風を発生させたパグは、この強烈な追い風に乗って獣人の身体

性能をフルで発揮。作られた「ルート」に飛び込んだパピヨンもこの恩恵を受け、高速移動でビーコンの元へ向かう。

 そして、それと同時に…。

「兄者!?」

 白い巨体が霧と同化して駆ける。地割れの段差を見えているかのように跨ぎ越し、背を丸めて着地したかと思えば、その反動

を利用するように加速。マラミュートが呼ぶ声すらも置き去りに、グレートピレニーズは瞬時に時速80キロを超え、なおも疾

走する。

 腰のホルスターからトンファーを引き抜いたジョウヤは、霧の中を駆け抜けつつ、真正面に聳える立ち枯れた木を、加速をつ

けて殴りつけた。

 ズドォン、と霧中に衝撃音が響く。まるで高層ビルの建設現場で、基礎に鉄杭が打ち込まれるような轟音と同時に、枯れ木が

折れるでも倒れるでもなく、トンファーを握る右腕が打ち込まれた点から、爆破されたように木っ端微塵に砕け散る。

 しかしこれはジョウヤの異能ではない。単に体重を乗せて力任せにトンファーで殴りつけただけ。小型爆弾が炸裂したほどの

衝撃波すら発生させているが、いうなれば「ただの素殴り」である。

 破砕された枯れ木の、もはや粉に近いほど細切れな破片が飛び散る中を、殴り抜けるその恰好でいささかも減速せずにグレー

トピレニーズが突き抜ける。

 まるでF1カーの速度で暴走するラッセル車。長毛が激しく靡き、踏み締める脚が地響きすら立て、進路上の障害物を片っ端

から粉砕して直進してゆくジョウヤから少し遅れて、破壊された障害物の粉塵と爆圧で散らされた霧が、上空へ舞い上がる。ま

るで絨毯爆撃の直後のように。

「兄者!一体何が…」

 タケミが受信して共有した救難要請とは方向がまるで別。兄が何故そちらへ、しかも血相を変えて駆け出したのか判らないま

ま、後を追って駆け出したテンドウは、

「…救難要請…。弁天丸潜霧団だと?」

 アームコンソールの警告音により、もう一件、別の救難信号が発せられていた事に気付く。

 ジョウヤは霧に遮られて受信し難い救難信号に気付く前に、その聴覚で異音を聞き取り、動き出していた。

 少人数の班で別れている警戒組だが、こちらのサイドは狛犬兄弟の二名編成。人数は少ないがそれで十分過ぎる。

 得物のハルバードを小脇に抱え、アラスカンマラミュートが粉塵舞い上がる兄の道を追走する。その間に信号をキャッチして

いたコンソールが、音声メッセージを不鮮明ながら受信した。

『応援…む!ヤバイ…、…長…で居る!』

 

「総員作業中断!臨戦態勢準備!」

 屈強な体躯のピットブルが運搬用一輪車を放り出しながら声を張り、月乞いのメンバーがすぐさま衣服と装備を整える中、上

着を羽織るだけでいつものスタイルに戻ったユージンがテントの方へ怒鳴る。

「ヘイジ!状況はどうだ!」

「救難ビーコン三種受信しとりますわ!」

 腰まで下ろしていたツナギをしっかり気直し、その上からユージンやアルと同型の濃紺のジャケットを羽織ったヘイジは、テ

ントから飛び出した時には既に、眼鏡をゴーグルにかけ替え、情報の整理と解析を始めていた。

「一つ目はタケミはんの班から二名が急行中!二つ目のトコは団長はんと副団長はん!三つ目は…どないしはります?」

 アームコンソールとゴーグルを弄り、座標データと照合させた3Dマップを、ボイジャー2の演算処理を通して二十秒と経た

ずに作成し、アライアンス登録している全員のコンソールへ送信するヘイジ。

 驚くほど早い状況把握とマップ仕上げに月乞いのメンバーも鼻白んだが、すぐさま気を取り直して救援班と残留班に分かれ…。

「いや、人数が減ったら巡回警備の警戒性能はガタ落ちだ。ヌシらはこの倉庫周辺に布陣したまま、固まって死角をフォローし

合う方が良い」

 ヘイジに判断を仰がれたユージンは、月乞いに待ったをかけた。

「救援の二つが対応中なら、残る三つ目のビーコンはワシが対応する」

 戦力的には、ユージンが単独で対応できない脅威は大穴地表に存在しないと言って良い。手当などの人手であれば別だが、事

態の把握及び現地への急行であれば金熊単独に優る選択はない。

「手が要る時は改めて連絡する。良いな?」

 ユージンの指示に、説明を受けなくとも一同は意図を察して頷く。

 救難要請の三ヵ所同時発生…これは立派な異常事態。裏を返せば、遭遇した危険…確認できたのが三ヵ所というだけで、未確

認の危険が他にも存在すると考えるのが道理。南エリアで生き抜いてきた歴戦の兵隊達は、金熊の判断が正解だと直感した。

「ヘイジ、動けるようにボイジャーを待機させとけ。四つ目の救援要請が来たらヌシが向かえ」

「了解ですわ大将」

 チャッと片手を上げたヘイジの横で、

「オレはどうするっスか?遊撃、防衛、どっちでもやるっス」

 背中に2メートルの大刀を、腰にムラマツから貰った小刀を装着し、いち早く戦闘態勢を整えていたアルがユージンに問う。

 潜霧の知識や経験に関しては一歩遅れるが、「殺し合い」「潰し合い」であればアルは経験豊富である。

 周辺で戦闘行為が頻発し、交戦区域が点在するこの状況であれば、救援を優先して戦力を徒に分散するのではなく、陣形を整

えて備えるのが定石。ミイラ取りがミイラになる危険性をあえて冒す事は無いというのが、「実戦」慣れしたアルの思考だが…。

(タケミの前で人死には出したくないっスからね…)

 安全性の担保に犠牲を容認するという、戦場の合理性に基づく判断を、シロクマは少年の事を想ってあえて捨てた。

「ヌシはヘイジとペアだ。ボイジャーは対機械人形戦闘を想定してヘイジが仕上げたが、実戦で万が一不具合が出たら困る。も

しもの時はヌシが頼りだぜ、ええ?」

「ガッテンマカサレタっス!」

 ヘイジと同じく敬礼のように片手を上げてアルが応じると、ユージンは月乞いの武装を整えたメンバーが見守る中、方向を確

認して数歩助走をつけ、グッと身を屈め…。

「雷電、「突貫形態」!」

 両肩の後ろ20センチほどの位置それぞれに、星雲のように渦巻く光の粒子。エネルギーと力場で構築されたジェットエンジ

ンが、キィィン…と音を立てて瞬時に回転を速め、ユージンの跳躍に合わせてボッと光の粒子を噴射する。

 ユージンの巨体は二条の光の尾を引きながら離陸し、爆風すら残して大きな放物線を描き、霧の中へ消える。

 そこへ…。

『聞こえますか?こちらバタフライ』

 パピヨンの音声通信が、ノイズ混じりに各員に届いた。

「ああ、聞こえてる。状況はどうなっている?」

 イエローのラブラドールレトリーバーが代表して応答すると、パピヨンの声は困惑混じりに続ける。

『一つ目小僧が、五機編成の集団で動いていました。末八丸潜霧団が遭遇、襲撃され、豊平丸の皆さんが加勢、手に余った一体

をこちらで処理した所です。軽傷が一名のみなので、我々は現在引き上げ中。詳細は戻ってから説明します』

「了解した」

 ラブラドールレトリーバーは垂れた耳をピクつかせて考え込んだ。他のメンバーもそうだが、嫌な予感がしている。

「「五機編成」て、言いました?」

 ヘイジが確認し、ラブラドールが頷く。

「突発的に迷い出た類ではない。「編成」とアイツが言った以上、機械人形は「チーム」と見える連携行動を取っていたはずだ」

「そら厄介ですわ…」

 狸はバイザーの下で鋭く目を細め、ボイジャー2によじ登りながら、外周方向を警戒しているタケミを見遣り、

「おっと、お早いお帰りで」

 霧にパイプ状の穴が開き、その中を疾走して来る人影二つを確認する。

「あ、あの!大丈夫でしたか!?」

 駆け戻って来たパグは、軽く息を乱しながらも「とりあえずは」と難しい顔で応じた。その腰ではホルスターがハーフロック

状態にされ、使用したばかりなのだろう特殊機構を備えた鈍器が、湯気を上げていた。

 パグの得物は二振りのメイス…鉄柱から六方に刃の無い板状突起が張り出した打撃用武器である。液体炸薬のカートリッジが

仕込まれており、打撃の際にトリガーを引く事で起爆、通常は三分の一が埋まっている突起が外側に飛び出して威力を高める。

危険生物よりも機械人形…その真珠銀装甲対策でチョイスされた白兵戦用の武装は、構造がシンプルであるが故に信頼性が高い。

「しかし警戒は怠れません。救難信号が連続して、ほぼ同時に出たのですから…」

 パグに続いて走って来たパピヨンは、取り回しに優れた短めのアサルトライフルを腰の後ろに帯びているが、こちらは使用し

た形跡が無かった。その代わり、太腿のシースに収めていたはずの大振りなコンバットナイフ…振動型レリックとバッテリーが

内蔵された刃物を、左手で逆手に握ったまま。言葉通り警戒を緩めていない。

「き、機械人形が、時々出るって聞いてましたけど…!」

 声が震えている少年に、「まぁ、時々っていうのは二日三日の周期で、その都度二体か三体見るけどな」とパグが肩を竦めた。

(思ってたのと違う~!)

 青褪めるタケミに、パピヨンが言う。「その「時々」に慣れている私達も、「編成」された機械人形はあまり見ませんが」と。

「編成…ですか?」

「はい。我々ダイバーがそうするように、機械人形もまた編成されたチームで活動する場合があります。明確に役割を分担して

「浮上」して来るんです。…おそらく他のエリアでは地下に潜らない限り遭遇しないケースですが」

「とにかく、皆と情報共有だ。団長達もすぐに戻って来るだろう」

 パグがそう述べて二人を促し、

「…待った」

 緊張を強めて足を止め、音を立てないように、しかし素早く振り返る。

「…え?」

 少年の目が数回瞬きした。

 霧の中に人影が見えた。が、白に霞み、溶け込むようなその姿は…。

「機械…人形…」

 声を震わせ呟いた少年は、赤く光る単眼が顔の中心にあるそのシルエットを凝視し、次いで気付く。

 体型がおかしい物が混じっていた。影は五体と見えたが、その中の二体は一つ目小僧と呼ばれる機械人形と仕様が異なる。

 一方は、直立状態で両手の指先がくるぶしの位置に届くほど長い。引き摺るような長さの両腕は、まるで何かを探るように、

手の平を地表に向けて揺れ動いていた。

 もう一方は長身で、他の機種の頭部の位置に腰があるが、それは脚が異様に長いせい。

「「手長」と「足長」まで居る…!やっぱりいつもの迷い出たパターンじゃないぞ!」

 パグが大声で注意喚起する傍らで、パピヨンが「これは間違いなく「派遣隊」ですね…!」と唸った。

「は、は、派遣隊…って、なな何ですか…!?」

 機械人形の出現、さらには初めて実物を見た機種を前に、緊張と怖れから舌が回り難くなっているタケミに、パピヨンが「明

確な目的をもってジオフロントから上がって来た集団です!」と応じる。

「南エリア側に機械人形がちょくちょく出没するのは、大隆起前から残る遺構の一部が、彼らの中では「ジオフロントの範疇」

と認識されているせいです。つまり地表付近まで繋がっているかつての搬出入口などを、ジオフロントの一部という扱いでパト

ロールするからなのですが…」

 話しながら、パピヨンは全長が短めのアサルトライフルにコンバットナイフを装着して銃剣形態に切り替え、弾倉を交換して

対真珠銀装甲用の徹甲弾を装填する。

「一つ目小僧以外の機種が含まれたチーム編成がなされている時は話が別です!彼らは巡回が目的ではなく、調査あるいは現状

の変更を目的に、明確な指令を受けて地上に派遣された集団…!」

「し、指令って…だだ、誰がそんな…!?」

 腰が引けている少年に、パグが「決まってるだろう」と歯ぎしりする。

「「チエイズ」だ…!」