第三十四話 「足長と手長」
「せっかくお戻りになられたのです。ごゆっくりなさればよろしいのでは…」
幅10メートルほど、高さ4メートルほどの通路を、コツンコツンと足音を響かせ、小柄なスピッツが行く。歩調に合わせて
雪のような体毛を弾ませるその男は、三十代半ばだろうか、動き易そうな迷彩柄の戦闘服を身に付けていた。流石に大穴内では
ないので武器こそ帯びていないが、ブーツも装備もそのまま潜霧できる仕様の物。
「字に連なる者」は常在戦場。その体現とも言えるいでたちである。
「いや、そうも行かないよ。僕が早く戻らないと、父さんと母さんも大変だからね」
返答したのはスピッツのすぐ後ろを歩む若い巨漢。大柄なグレートピレニーズは穏やかな微笑を浮かべて、赤紫色の目を細め
ている。
ゆったりした歩調で大股に歩むグレートピレニーズもまた、迷彩仕様の戦闘服姿。腹がぽっこり出た体型だが、四肢や腰の太
さも相まってどっしりと逞しい印象がある。
二十一歳とは思えない落ち着いた態度は、いずれ当主となるに相応しい人物であると、会った者全てに納得させる。
その実績は、既に潜霧士の間に知れ渡り、霧の湧出を止めるのはこの男ではないかと、高い評価も聞こえて来る。
十五歳で潜霧士となり、十代でジオフロントまで行き来し、およそ全種の機械人形を単身で仕留めるに至った逸材は、しかし
人並みの幸せと、年相応の楽しみを経験していない。本人はそれを不幸と思っておらず、メダカの飼育など楽しみもあると考え
るが。
霧の中に青春を投げ打った若者は、外を知らない訳ではない。自分と同じ年頃の若人が、本土ではどのように暮らしているの
か、知った上でこう結論付けている。
自分達が霧を止めれば、伊豆の皆もあのように生きられる。いずれ誰かがやらなければならないなら、自分達が終わらせるべ
きだ、と。
適材適所として自分なら勝ちの目があるからやろうと思う…。それは他者から見てどうあれ、ジョウヤ当人にとっては不幸な
事ではなかった。
「報告は聞いていますが、南はそこまで大変ですか」
「ここ五年ほどは特にね。特にこの半年の内に二度も「のっぺらぼう」が出た。潜霧団が二つも壊滅したよ。…南に腰を落ち着
けてくれる潜霧団は、ただでさえ少ないのに…」
地下から上がって来る機械人形が年々活発化し、一時も気が抜けない状況が続いている。戦力の損耗も無視できないレベルに
達しつつある。
ため息をつくジョウヤの眼差しには、寂しさと哀しさが半々宿っていた。違うチームとはいえ赤の他人という意識はない。南
のエリアでは潜霧団同士の結びつきは強く、その全てが相互協力の関係にある。ジョウヤにとっては他チームでも、仲間が逝っ
たという意識は拭えない。
「しかし、テンドウ様の仕上がりは上々です。潜霧の成果も滞りなく積んでおられますので、もうじきですとも」
自信ありげに述べるスピッツの背中に、「うん。楽しみだね」とグレートピレニーズは口角を緩めて頷いた。
多忙が極まり、ジョウヤも両親もこちら…字伏本家に帰れない日が続いていた。ジョウヤが弟と最後に会ったのは五年前。三
等の資格を取った折に立ち寄ったきりである。
「テンドウも大きくなっただろうね。大叔父上にも、預け切りで苦労をおかけしてしまった」
「せっかくジョウヤ様がおいでになられたのに、こんな日に限って長がグレートウォールへ出向かれておられるのが残念です」
当主である「字伏明良(あざふせあきら)」…ジョウヤの父が南エリアにつきっきりで、その弟である「字伏夜長(あざふせ
よなが)」が猟師として海外で活動しているため、字伏本家及び郎党は、ジョウヤから見て祖父の弟である「字伏夜行(あざふ
せやこう)」が仕切っている。ジョウヤの弟のテンドウも、ヤコウに指導されて潜霧士としての訓練を積んでいた。
言葉を交わしながら二人が歩むその通路の先は、字伏本家の地下にある訓練場。霧を封入したボンベを使用し、大穴の中に近
い環境を再現した場所。人間が立ち入れば短時間で死に至る環境のため、通路は長く、扉は幾重にも設けられ、通路や前室を利
用した気圧差による流出防止措置も施してある。
勿論、霧その物の持ち出しと使用は政府への届け出が為されているが、こんな特例が許されるのは字伏家だからこそ。一般に
はまずこんな許可は下りない。
前室を二つ挟み、霧の成分を完全に遮断した先へと、ジョウヤはスピッツの先導で足を踏み入れる。
プシュッと音がして一気に風が動き、扉が開いた先には、野球場ほどの広さがあるだろう地下ドームが広がっていた。
元々あった地下鍾乳洞を活用して作られたそこで、出入り口近辺に十余名の獣人達が整列し、ジョウヤを出迎えた。
『お帰りなさいませ、ジョウヤ様!』
予め来訪の連絡を受けていた一同が、声を揃えて挨拶する。皆に笑顔で迎えられ、相好を崩したジョウヤは、「うん、ただい
ま。しばらくぶりすぎて申し訳ない」と垂れ耳の基部を倒した。
そして、挨拶した中の一人…ガッシリしたマラミュードの少年に目を向ける。
「久しぶりだね、テンドウ。すっかり大きくなって…!」
はにかんだ笑みを浮かべ、いつも自分の後ろをくっついて歩いていた小さなマラミュート。丸っこい縫いぐるみのように愛ら
しく、素直で聞き分けの良い小さな弟。…それがもう十六歳になり、身長は180センチ近くになり、見違えるほど立派な三等
潜霧士になっていた。
会いに来れなかった事をまず詫びようと、ジョウヤは口を開きかけ、
「ご無沙汰しております御兄様。御機嫌麗しゅう」
「え?…うん。御無沙汰だね。元気だったかい?」
マラミュートの返答に応じつつ、微かな違和感を覚えた。
少年は、先程から一切表情を変えていなかった。手にした訓練用の長尺棍を傍らに立て、直立した姿勢のまま、微動だにして
いない。呼吸で上下する胸や首を見ていなければ、置物のように動きが無く感じられる。
「問題ありません」
短く応じるテンドウ。ジョウヤは少し首を引き、
(怒っているのかな?無理もないが…)
久しぶりに会った弟の顔を見つめて、口を開く。
「大叔父上には良くして貰っているかい?」
「………」
マラミュートは即答せず、1.5秒ほどの間をあけてから、ジョウヤを案内して来たスピッツに視線を向けた。
「良くして貰っていますよね?テンドウ様」
マラミュートは視線をジョウヤに戻し、「はい。良くして貰っています」と返答する。
(…指示を…求めた…?)
ジョウヤの中で違和感が膨れ上がる。
「そうかい。父さんも母さんも、勿論僕も、大叔父上にも皆にも、テンドウにも済まないと思っていた。なかなか会いに来れな
くて、ごめんよ」
周囲の男達が、ジョウヤの言葉に胸を打たれたように口元を引き結ぶ。が…。
「………」
テンドウは無言だった。真っ直ぐにジョウヤを見つめたまま、何の反応も示さなかった。
「…テンドウ?」
戸惑うジョウヤ。
「怒っているのかい?無理もないが…」
「いいえ。自分は怒りを覚えてはいません。精神面平常。心拍呼吸、共に平常。集中も切れておりません」
悪寒が、グレートピレニーズの背を走った。
(どういう…事だ…?)
ジョウヤは戸惑う。目の前の弟は、単に大人びた、成長した、とはいえない異質な変化を遂げていて…。
「…テンドウは、何をされたんだい?」
問いながら、ジョウヤは薄々理解しつつあった。
マラミュートのこめかみに、一部被毛が薄い部分がある。よくよく注意して見なければ判らないそれは、小さな手術痕で…。
「長がグレートウォールのツテを当たり、より優れた資質を発揮できる医療行為をテンドウ様に施して貰いました。冷静で無駄
が無く、どんな命令にも疑問を持たずに従い、目的を効率良く達成する…。少し大人しい性格になられましたが、とても優秀に
なられましたよ」
スピッツが誇らしげな笑みを見せ、テンドウを見つめながら言った。
目の前で自分の事を語られているにも関わらず、テンドウは無反応だった。
応答を求められれば、質問されれば、返答する。だが、自分について語るこの会話は、自分に応答を求めていないと、テンド
ウは目前のやり取りを判定していた。
「それからは、ご両親が恋しいと泣かれる事も、ジョウヤ様に会いたいと駄々をこねられる事もなくなりまして。すっかり立派
な男に!」
ジョウヤは愕然とし、言葉を失った。
理解した。
自分達が知らない間に、大叔父はテンドウを「改造」していた。霧の底に届くように、しかしそれ以外は望まずに、一本の矢
へと作り変えて…。
(大叔父上は…、いや、「僕達」は…)
ジョウヤの愕然とした顔が、次第に無表情になってゆく。
(何て事をしてしまったんだ…)
大叔父は預かったテンドウを道具に作り変えた。
本家の皆もそれに対して何ら疑問を持っていなかった。
この場に居る分家の者達も、誰一人として罪の意識どころか疑問も抱いていなかった。
そうなるまで把握できず、結果として放置していた自分達にも罪があると、ジョウヤは悔やんだ。
「…テンドウは、南エリアに連れて行く」
静かに、グレートピレニーズは一同に告げる。
「え?いえ、いくらジョウヤ様のお言葉でも、長の許可なしにテンドウ様をお渡しする訳には…」
困惑顔のスピッツを他所に、ジョウヤはツカツカとテンドウに歩み寄ると、その手を握った。
マラミュートは自分の手を握る兄の白い手を、目線だけで確認した。
心拍が僅かに乱れた事を把握しながら、その原因は特定できない。
兄、血縁者、次の字伏家当主、そういった情報だけは持ち続けているのに、テンドウは幼少期に記憶したはずの思い出に伴う
感情を喪失してしまっている。
ずっと昔に一緒に過ごした記憶を持っていても、当時の気持ちが付随していないそれは、もはや「記録」でしかない。
だから判らなかった。手を握られた自分が感じている「それ」が、脈を僅かに乱した「それ」が、懐かしさという心の動きだ
という事が。
「一緒に来ておくれ、テンドウ」
「了解しました。御兄様」
テンドウの返答は即答だった。命令に従うよう出来上がったマラミュートの中で、この場の誰よりも命令の優先権が高いのは
ジョウヤだった。
「お待ちくださいジョウヤ様!お通しする訳には行きません!」
スピッツ以下、その場の男達が訓練用の棍などを手にしたまま行く手を阻もうとしたが、
「責任は全て僕が負う。邪魔をするなら押し通る。構わないね?」
グレートピレニーズは静かに抑えた声で、テンドウの手から訓練用の長尺棍を取り上げつつ一同に告げる。
「それとも、たったこれだけの人数で僕を止められるとでも?」
全員が腕利きでありながら、二等の潜霧士が大半でありながら、男達は巨漢のグレートピレニーズ一頭に気圧された。
ジョウヤは憤激していた。
弟だからではない。例えここに居るのがテンドウでなかったとしても怒っていた。
当人の意図に関わらず、大義のためと称し、ひと一人の尊厳と人格を踏みにじるに等しい行為に対して、穏やかなグレートピ
レニーズは激しい怒りを覚えていた。
(姉さんが勘当されなければならなかった理由に、やっと納得した…!)
やがて、ジョウヤが歩き出すなり男達は道をあけた。
既に当主と並ぶ槍術の使い手となった若者には、自分達が束になっても敵わないと判っていた。
「行こう。テンドウ」
「了解」
無機質に応答する弟の手を引き、ジョウヤは通路を引き返す。
あの日、あにさま、あにさま、とコロコロ後をついて回った幼子はもう居ない。
罪滅ぼしはきっと、一緒に居る事でしか果たせないだろうと、グレートピレニーズは思う。
それが二十年前の話。
ジョウヤがテンドウを南へ連れ帰ってから二十年が経った。
それだけの時間をかけて、幾ばくかのひとらしさを取り戻しながら、しかしテンドウは未だいびつに歪んだまま。
擦り込み現象のように兄に懐き、心酔する一方で、彼は今も、ひとの心がよく判らない。
「兄者。掃討済みました」
ハルバードを肩に担ぎ上げたマラミュートに、負傷者を二名両脇に抱えて運んでいたグレートピレニーズが「ありがとう、テ
ンドウ」と応じる。
ふたりとも目も向けないが、テンドウの周辺には機械の残骸が所狭しと転がっていた。
頭部を叩き割られ、そのまま胸甲まで歪められて動力部を破壊された機械人形に、胴体部をプレス機にかけたように潰され、
胸甲に深くめり込んだ足跡が残された機械人形。両腕を失い、その関節部から水平に貫かれて動力を止められた機械人形に、胴
のみ無事で四肢と頭部が吹き飛んでいる機械人形…。
合計八体。これら全てをテンドウひとりが仕留めている。
「ジョウヤ団長…!何と礼を言えば良いか…!」
小型作業機の座席に座っている、右眼を負傷したピューマが、動けなくなった団員達を保護して運んでくれているグレートピ
レニーズに礼を言う。
作業機の後部は切り離しがきく荷台になっており、本来成果物を運搬するそこへ、ジョウヤは負傷者を労りながらそっと乗せ
てゆく。
重傷者四名、歩行可能な軽傷者二名、潜霧団の長も片目を負傷する怪我。戦力計算で言えば全滅判定のこの状況から、しかし
彼らは一命をとりとめた。
今は周囲を見回して安全確認しているマラミュートが、たった一人で機械人形の集団を全滅させる間に、グレートピレニーズ
は戦闘行為そのものが行なわれていないかのように、散り散りになっていた怪我人達を抱えて避難させた。時折飛んでくる、弟
に破壊された機械人形の破片などを、まるで見えているように…否、予め飛んでくるのが判っていたようにヒョイヒョイと避け
ながら。
「僕らが作業していた位置は判るね?とりあえずそこまで急いでおくれ。ここまでのルートは安全を確保したし、通り易くもし
てあるから」
退避を促すジョウヤ。彼にとってはこれで本日二度目の救援である。
「兄者。嫌な事を思い出します」
負傷者達が去るのを見届けたテンドウが、珍しく、苦虫を噛み潰したような表情になって口を開いた。
「この遭遇頻度に出現数、「十年前」以来です」
「そうだね…」
ジョウヤも弟と同じ事を考えていた。南エリアでは機械人形が他所のエリアよりも多く見られるとはいえ、この遭遇頻度は十
年前の大規模流出事故以来である。
「一度、皆の所に戻…」
言葉を切ったジョウヤは、ハッとした顔で霧の奥を見遣った。
次いでテンドウも向き直りつつ、腰を落としてハルバードを構える。
「交戦しています。向かいますか?」
「勿論だ。けれど…」
ジョウヤは思案する。既に中継抜きでは本隊と通話できない距離。ビーコンなどの簡素なシグナルでしか連絡できないほど離
れている。
「…テンドウ。先に戻っておくれ」
「兄者を残してですか?」
不満げなマラミュートだったが、「戦力は足りていても手が足りない」と、兄が正論で諭すと、しぶしぶ頷いた。
「では、急ぎ戻ります。そして確認後に戻って来ます。ここへ。つまり兄者の元へ」
「いや戻らなくていいから、本隊側の警戒と逆サイドの確認をしておくれ」
「了解」
頷いたテンドウはハルバードを背中に固定し、グッと身を屈める。短距離走のクラウチングスタートにも似た姿勢を取った弟
から、ジョウヤは後ろ向きで五歩離れた。
パチチッ…、とマラミュートの全身が帯電して被毛が軽く逆立ち、周辺の霧を小規模な電流が這う。次いでテンドウが両手を
左右に伸ばすと、放電現象は彼を中心に立てた円形となった。何のガイドもなく霧の上を流れる、直径3メートルほどの真円に。
そして、マラミュートの姿が残像を置き去りにして消えた。かと思えば周囲に爆風が広がり、キンッと甲高い音が後を追いか
けて駆け抜ける。
テンドウは一瞬で500メートルほども離れた位置に現れ、飛ぶような速度で疾走していた。
「デアデビル(命知らず)」。それが字伏天道の異能の名。その一端がこの音速を超える超加速…電界コイルを生成し、レー
ルガンの理屈で自分自身を射出するという芸当である。
至近距離で弟が立ち去る暴風を浴び、長い被毛を激しく靡かせたジョウヤは、荒れ狂った風が収まる前に踵を返し、グッと腰
をかがめた姿勢から猛ダッシュする。両腰からトンファーを引き抜き、障害物を叩き壊して避難道を「整地」しながら、要救助
者の元へと…。
霧を裂いて光が走った。
リボルバーに装填された光塊が撃鉄に打たれ、迸った純エネルギーの閃光が、跳躍して右腕を眼下の潜霧士に叩き込もうとし
ていた機械人形の、二の腕を貫通して吹き飛ばす。
「わ!」
衝撃で体勢を崩した機械人形に、上から体当たりされる格好で地面へ押し倒されたのはイルカの獣人。泡を食った若いイルカ
は、しかし至近距離で見つめた機械人形…一つ目小僧の顔面に、カパッと大きく口を開けて「声」を叩き込む。
短距離専用音波砲。咄嗟に異能で反撃したイルカの上から、首が吹っ飛んでもげた機械人形が弾き飛ばされる。そこへ横から
駆けこんだゴマフアザラシが、銛のような長得物で球体関節の継ぎ目…胴の隙間を突きさし、柄のトリガーを引く。
ボンッと音が鳴って銛の先端が爆破され、首を失った機械人形の胴体は胸から上が吹き飛んだ。
「え、援軍!?」
息を切らせて身を起こしたイルカは、頭上にかかった影に「また!?」と悲鳴を上げた。
真珠銀の装甲で霧に溶け込む一つ目小僧の、赤く発光するメインセンサーがイルカを捉え…。
ガゴッ。
まるでショベルカーが操作を誤って地面を打ち据えたような打撃音。イルカの視線の先で、横合いから吹っ飛んできた金色の
巨体が、その豪腕を機械人形の頭部に打ち込み、殴り抜けている。
頭部が粉々に破砕された一つ目小僧が、メインセンサー類を失った情報処理から復帰する前に、右拳を一発くれてやったユー
ジンは背部の光を弾けさせて強引に姿勢制御。常人ならば内臓や眼球が破裂するようなGがかかる急制動をかけ、高速回転しつ
つ後ろ回し蹴りを機械人形の動体に叩き込み、まるで刃物で叩き切ったかのように分断していた。
ズシィンと地響きを立てて着地したユージンは、機械人形が二体とも沈黙している事を確認し、それから横たわって呻いてい
るアシカ、オットセイの潜霧士と、その傍らでスパークを散らしている解体された機械人形二体分の残骸を見遣る。
「四体か?」
「いえ、あの、もう一体は先制で何とか仕留めて、もうちょっと先に転がってて、それであの済みません助かりました!」
ハァハァ言っているイルカが慌てた様子で説明しながら礼を言い、ユージンは倒れている二名は致命傷ではないが軽傷でもな
い事を見て取る。
「月乞いの集合地点は判るな?ここまでの道中は安全になっとる。負傷者を連れて、取り急ぎそこまで退避しろ」
「は、はいっ!」
ゴマフアザラシとイルカが負傷者を助け起こし、差し当たっての止血処置を行なって立ち去るまで、仁王立ちして周辺を警戒
していたユージンは、
「…「きょうだい」。聞こえるか?」
全ての機器の通信やリンク接続を切った上で、あたかも傍に誰か居るかのように呼び掛ける。が、期待した反応や変化は無い。
(まだ繋がらねぇ…。いや、違うな。あっちが繋がねぇのか。指令を受けて上がって来た機械人形は「霧の底」と情報をやり取
りしとる可能性がある。ワシらのやり取りが観測されたら、「あっち」にバレちまいかねねぇ…!)
今救出した四名は、先に受けた救援信号とは別の潜霧団。ユージンはベースとなる発掘現場を離れてから、既に三度の救援を
ハシゴしていた。
(この規模…、まるで十年前じゃねぇか。ええ!?)
金熊は厳しい表情で機器を立ち上げ直し、ヘイジに負傷者が向かった旨のシグナルを送る。もう中継無しで音声通信が通る距
離ではないので、最小限の情報を連続で信号通信する形式での連絡にせざるを得ない。だが、その操作が終わるや否や、アーム
コンソールが新たな救難信号を拾った。
「ええい!どれだけ湧いとるんだ!?」
戦力その物は申し分ない。五名の現役一等潜霧士の内、三名がここに居る。
だが、いかに三名が強かろうと、守れる数と範囲には限度がある。相手の数によってはフォローが及ばない。
(叩いて終わる大元でもありゃあ、話が単純なんだがな!)
霧の中へ、ユージンもまた要救助者めがけて真っ直ぐに駆け出した。
二十分前。月乞い本隊。
「下がってタケミ君!」
パピヨンが警告と同時に発砲する。先に仕掛ける事によって、機械人形達に最優先排除対象と認識させる事で囮役を買って出
たパピヨンは、一射目を腕が長い機械人形…手長に撃ち込んだ。
が、タケミは目を見張る。アサルトライフルの射撃は喉元にある装甲の隙間を正確に狙っていたが、手長は長い腕を肘の位置
で折り畳む格好で喉元をカバーし、真珠銀の装甲版で弾いていた。
(速い!でもそれだけじゃない、射線を割り出して先に防御行動を取ってる!?しかも…)
パピヨンは先ほど、アサルトライフルに対真珠銀装甲用の徹甲弾を装填していた。それが弾かれたのは、腕を覆う装甲の曲面
で上手く受け流されたせいである。
「手長と足長の戦闘処理能力は、一つ目小僧とは段違いだ!一つ目小僧は「人を駆除する」掃除人だが、そいつらは「それ以上
のもの」を排除するために造られてる!」
パグが警告しつつ両腕を前に翳し、異能で風のトンネルを生み出す。移動の助けになる追い風も生み出すが、こうした強風で
の足止めもこの異能の使い道の一つ。機械人形の出力ならば移動も可能だが、それでもバランスの崩れや速度低下を誘発させら
れる。
真っ先に標的になったパピヨンへの移動を妨害しつつ、パグがメイスを握り直し…。
「っ!下がれ!」
血相を変えてタケミに警告した。
「ひっ!?」
少年の狼型マスクに細長い影が落ちた。
正に一足飛び。足が異常に長いシルエットの機械人形が、前に展開していた一つ目小僧達の頭上を抜けている。
素早い跳躍、低い放物線、パピヨンとパグも反応はしていたが、丁度陣取ったポジションの中間を抜ける軌道で、阻みに入る
のも不可能。まんまと真ん中を抜かれる失態に舌打ちしつつ、パピヨンが半ば旋回する格好で銃口を向けた時には、足長はタケ
ミの頭上を取っていた。
タンッと銃声。キンッと金属音。肩甲骨に当たる部位の装甲の隙間を狙って放たれた、対機械人形用の弾丸は、しかし足長が
背部へ回した腕…人体以上の自由度を持つ関節を活かした右手の手首によって防がれた。真珠銀装甲の曲面を利用して捌かれ、
角度を曲げられて霧中へ飛び去る。
だが、その防御行動のおかげで僅かに猶予が生まれた。
「わっ!」
横っ飛びで身を投げ出したタケミが直前まで居た位置を通過し、長大な脚部で繰り出す踵落としが地面を割る。
人体が真っ二つにされる一撃を間一髪で回避した少年は、肩から身を投げ出す飛び込みで着地し、転げて両足を地面につけ、
勢いで上体を起こした時には両手で刀を握っていた。
得物を握る為に両手を使わず身を起こす体捌きから、すぐさま少年が振った黒刀が、鼻先に迫った金属の爪先を弾いた。
踵落としした右脚を軸に、左脚を送り込むような前蹴りで追撃をかける足長、その奇妙なボディバランスとシルエットが、少
年にフラミンゴを連想させる。
「こっちを向きなさい!」
パピヨンがアサルトライフルをセミオートで連射するが、足長は後頭部についている複数のオハジキのような発光体…小セン
サーで弾道を計測し、両腕を巧みに使って直撃を避けた弾きで対処。
一方パグは、足長に続いて殺到して来る一つ目小僧達を迎え撃つ役を単身で引き受けなければならなくなり、メイスを握って
引きつけるために雄叫びを上げた。
(手長も居るのに!)
パピヨンが視線を向けないまま戦力を考え、歯ぎしりする。足長を少年一人に向かわせてはいけない。しかしパグも単独では
一つ目小僧三機に加えて手長の相手などしていられない。
(何故、足長はタケミ君に注視しているんです!?飛び道具を持つ潜霧士から襲うのがセオリーでしょうに!)
致命的なダメージを与えるに至らない足長への射撃を続けながら。パピヨンは機械人形の行動に疑問を持つ。大きく横薙ぎす
る蹴りを、間合いを見切ってバックステップして回避した少年は、しかし刀の間合いまで飛び込む事ができない。
(下手に切り込んでもたぶん押し切れない…!半端な一撃離脱じゃ、距離を取り損ねてやられちゃう…。有効打を入れられるよ
うなヒットアンドアウェイじゃないと、じ、自殺行為にっ…!)
初めての相手で、挙動を正確に読み切る自信はなく、決め打ちで飛び込むにも情報も判断材料も不足している。慎重なタケミ
は恐怖しながらも、足長の動きを必死になって見定め、分析する。
何が一番怖いのかと言えば、今ここで自分が倒れる事。死ぬことや負傷が怖いのは当たり前だが、それよりも怖いのは、ここ
でひとり欠けた事で発生する、パグとパピヨンへの負担である。
足長についての詳細データはまだ閲覧できないが、恐ろしい機械人形だという事は、酔ったユージンから脅かし混じりに聞か
されていた。脚が震えそうになるほど恐ろしいが、努めて気持ちを落ち着け、怖れを押し込め、攻撃をいなし、かわし、やり過
ごす。
足長が軸足を地面に浅くめり込ませ、スピンして回し蹴りを放つ。屈んで避けた少年目掛け、蹴りの反動で軸足を抜きつつス
イッチ、ローリングソバットのような蹴りを放って追撃する。低くさらうような軌道のそれを、慌てて後ろに跳んだタケミは、
眼前をすぐさま薙いだ逆足の蹴りを鼻の差で避け、もし垂直に跳んで避けようとしたら胴を蹴り裂かれて真っ二つになっていた
事を悟る。
自分が倒れない間は引きつけていられると、冷や汗をかきながら両足を叱咤する少年は、同時に冷静さが少し残っている頭の
隅で、考えていた。
(け、蹴りの加速度がひどいぃっ!死んじゃうぅっ!…で、でも足長、ボクばかり狙ってる…!?何で!?それに、奥の…)
手長。もう一体の上位機種は、一つ目小僧達をパグが引き付け、応戦する所へも介入せずに、足を止めたまま頭部のメインセ
ンサーを少年の方へ向け続けていた。
(な、何でなんだろう…?どっちもボクをターゲットに…!?何か怒らせるような事した!?)
パグもパピヨンも、タケミ本人ですらも気付いていないが、足長が少年をマークしているのには理由があった。
タケミを攻め立てる足長と、監視する手長は、少年が手にした黒刀を、そして被っている狼型のマスクを、剣技と身のこなし
を、内部データと照合して一致率を求めていた。
それは古い映像記録などからなるデータ。この手長足長とは別個体、別機種の、何体かの機械人形が得て、共有化されたデー
タ。最大限の警戒が必要と判定された「ある男」のデータが、少年と部分的に類似性をもっており…。
親指側と小指側が対称な、ひとの物ではない金属製の手が、カクンと手首から垂れた。
広い切断面があちこちでスパークを散らす、袈裟切りに両断された旧式の一つ目小僧が、メインセンサーを数秒明滅させ、や
がて発光を止める。
それは破壊された機械人形の視点。辛うじてセンサーとカメラだけが稼動している残骸の視座。映像を記録している機械人形
のカメラは地面に近い所にあり、まるで溶岩が固まったようなデコボコの洞穴内を、やや見上げる格好で捉えている。
画面右脇に停止した一つ目小僧の残骸が転がる映像には、その向こうに転がる八機の同型機と、交戦中の手長足長の姿も収め
られていた。
黒い影が霧の中で、まるで薄布がひらめくように軽やかに踊った。
掴みかかるように伸びた手長の右腕が霧を裂いて、固い地面を抉ってめり込む。鋭く、固く、速く、およそ生き物に当たれば
肉も骨も木っ端微塵に飛び散って原型を留めない、弾丸にも匹敵する速度のストレートパンチが、砕いた岩の破片を四方へ飛ば
し、爆風で霧を押しやる。
その流れる霧の中を、黒が、スゥッと流れるように移動する。
遅くはないが、さほど早くもない。銃弾の進路にすら割り込める機械人形の四肢末端に追いきれない速度ではない。が…。
揺らめいた霧の向こうの影を、手長の複合センサーが捉える。スーツの性質による物か、サーモセンサーが感知する体温は低
いが、それでも霧の向こうに人型のシルエットを見出す。
ロックした対象めがけ、肘を肩の高さで引き、水平にし、飛翔体を発射するが如く長い腕を撃ち込むべく攻撃姿勢を取った手
長は、正確に対象の頭部めがけ…。
キッ…と音がした。
対戦車ライフル以上の速度で撃ち込まれた手長の、五指を揃えた抜き手の一撃。その先端…人間で言う中指の先、その丁度中
央に、黒い、細い、薄い何かが接触していた。
ソレは、真珠銀で覆われた指先に食い込み、フレームを切り裂き、第一関節…球体関節を割り、なおも進む。
瞬き以下の時間、コンマの下にゼロが二つは並ぶ刹那、高解像度のスピードカメラで何とか捉えられるその一瞬の交錯の最中、
霧を裂いて黒い刀を振るった男の姿が、白の中に浮かんでいた。
頭部を覆うのは、狼が巻物を咥えたようなデザインの、口元に浄化装置を装着した、潜霧用マスク。
キキッ…と、黒い刃が手長の手首に至る。
その身を覆うのは、黒を基調に、要所に紺色のプロテクターを外付けした、特注の潜霧スーツ。
刃はまるでバターを切るように容易く、手首を抜け、前腕を抜ける。
その手が握るのは黒い刀身の日本刀。特殊合金製だが何の機能も持たない、量産可能な一振りの刀。
男は霧の中から、八相の構えで、撃ち込まれた手長の腕と正面から斬り結んだ。見てからでは間に合わない音速の攻撃に合わ
せ、日本刀の鋭い刃が進入し易い角度を見極め、刹那の間に斬り合わせ、カウンターを放っていた。
機械人形の腕は、自らの速度と男の剣速の相乗効果で、いとも簡単に「ひらき」にされた。
一歩踏み込み、半月を描いて男が振り下ろした黒い切っ先が、手長の腕の外側半分を切り落として地を向き、刹那の返しで逆
袈裟に弧を描く。
キンッと音を立てて飛んだのは、手長の半分削がれた腕。肩の付け根で球体関節を断った男は、手首の返しで刀に弧を描かせ、
水平に近い角度でその断面…腕を落とした部位から胸部へ突き入れる。
ジッ、と電気が走る音。結果を確認する間もなく、男は身を翻して前傾し、頭があった位置を通過した長い脚を避ける。
跳びかかり蹴りかかった足長の左脚は空を切り、そして遥か彼方で壁へと、突き刺さるように激突した。
伸びたのではない。断たれていた。
音速を超える蹴りに合わせ、男は身を屈めながら、まるで居合の達人が抜刀するかの如く、腰から右上へと刀を振り抜き、膝
関節の位置で脚部を切断してのけた。
全力になればなるほど、ひとの体は微細なコントロールを失い、狙いが逸れやすくなる。にもかかわらず黒い狼の装いをした
剣士は、全身を使った渾身の一刀を、コンマ1ミリたりとも狙いから外さずに振るっている。
己を上回る速度と重量と強度を備えた、ひとを殺す事を目的に造られた兵器に対し、ひとはどこまで抗えるのか?その答えが
ここにある。
ひとの圧勝。この場において、答えはたったのそれ一つ。
振り切った位置から刀を返し、足長の回し蹴りがローリングソバットにスイッチする連携へ、踏み込んだ男が割り込む。
脚の振り始め、捻転の最中、攻撃の発生まであと僅か、そのタイミングで足長は、腰の位置で胴体を両断される。
踏み込み、脇を抜けながらの胴薙ぎで脚長を上下に分割してのけた男は、ザリリリッとブーツを滑らせて制動をかけ、最小限
で高速旋回しつつ刀を大上段に振りかぶる。
切断され、まだ重力に捕まったばかりで、落下が始まっていない足長の上半身を、黒い刀がキンッと音を立てて通過した。
スピードもパワーもタフネスも、人間は機械人形を上回れない。だが男はその基本性能差を覆して優位に立っていた。
硬いだけでは敵わない。速いだけでは届かない。重いだけでは及ばない。そんな存在が居るという事を、しかし足長が学習す
る事はない。
宙にあるまま、足長の頭部と胴体は、真っ向から唐竹割りされていた。
「…しくじった」
チンッという音が響き、狼マスクの男が呟く。
(未熟…)
ガシャンガシャンと音を立てて足長の残骸が落下するのも尻目に、男は手にした得物…先端から10センチほど欠けた刀を見
つめる。その頭上では、足長を両断した際に耐久限界を超えてしまった刀の、折れ飛んだ切っ先が、洞穴の天井に突き刺さって
小刻みに震えていた。
(土肥の名工の作だというのに、俺はまた…)
ふぅ、と溜息をついた男は、背中へ交差させて背負っていた予備の刀の一方を、折れた太刀と装着し替える。
霧に顔を晒さない男はまだ若い。狼型のヘルメットの下には、精悍で整った顔が隠れている。まだ二十代後半に入らない青年
剣士は、周囲を窺って増援が来ない事を確かめると、霧に紛れて足早に移動し始めた。
(ビーコンはこの先200メートルほどの位置…。殆ど移動する気配が無い。この分ではおそらく重傷者を抱えたチームだな…。
急いで救助に向かおう)
ジオフロント降下予定だった本隊から単独で離脱した不破御影は、その抜けざるを得なかった理由…たまたま拾ってしまった
救難信号を頼りに、機械人形が徘徊する洞穴をたった一人で降って行った。
(やっぱり、気のせいじゃない…!でも、ボクの行動が注意を引いてるとかじゃない感じがするんだけど…!)
風圧が体を叩くほどの至近距離で蹴りをスウェーしたタケミは、足長の視線…厳密にはひとのそれとは異なるセンサー類の探
知箇所を、自分の頭部や右手の得物だと確信した。
手長や足長などは、単に情報を共有する一つ目小僧とは違い、データの照合だけでなく一致判定や詳細分析、処置判断を行な
う上位機種に分類される。タケミはそんな彼らから、要分析対象と判定された。
ジオフロント内で、彼らが最高危険度と認定した数名の内のひとりと、少年の特長が部分的に重なっている。同一個体ではな
いという判定にはすぐさま至ってはいたのだが、部分的にとはいえ無視できない類似性から、「同系統の機種」あるいは「後継
機」という方向性で分析が行われている。
奇しくも、同系統、後継機、という判定は当たらずとも遠からずだが、機械人形達は目の前の体型が異なる個体が、不破御影
の息子だという事までは解析できていない。
逆に言えば、部分的な一致が見られるだけでここまで警戒するほど、タケミの父は危険視されていた訳だが…。
(懐に入らなきゃどうしようもないけど、間合いに入っても斬り損ねたら…!うううっ…!今は耐えるしか…!)
以前、機械人形の真珠銀装甲を断った時は、タケミは人狼化していた。筋力や瞬発力が劣る人間の姿のままでは、相楽工房製
のスーツによる運動サポートがあっても、充分な斬撃を入れられるかどうかが判らない。
パピヨンの援護射撃は続いており、そのおかげで防御行動が挟まれる足長は、一気に攻め立てる事ができなくなっているのだ
が、隙と言えるだけの物はなかなか生じない。
(でも!)
回避と防御に専念し、打つ手がないように見えたタケミは、瞬きも許されない視界の端に、「別の視界」を重ねられた。
「Kept you waiting!?(待ったっスか!?)」
聞き馴染んだ声が横合いから飛んできたタイミングで、少年は身を低くして前進。射貫くような横蹴りを掻い潜る。
「合わせるよ!やって!」
「ガッテンっス!」
膝をつく格好で滑り込んだタケミが、足長の膝…球体関節に切りつけ、表面を浅く剥ぎ取るように斬り飛ばすと同時に、黒く、
重く、長大な刃物が、渾身の力を込めてギロチンのように振り下ろされる。
ズドォンと地響きが鳴り、超重量の巨体が飛び込みながら放った大上段からの一発が、地面を抉って風圧と衝撃で土砂を巻き
上げる。
「シィット!落とし損ねたっス!」
「浅かったけど、入った事は入った!」
交戦を確認して駆け付ける一同の中、一番乗りで飛び込んだアルは、粉塵の隙間に足長の姿を確認する。タケミの一刀は入っ
たものの、惜しくも膝部分から斬り落とす予定だった本命の一撃は空振りに終わった。
「一つ目小僧のジョウシだったっスか、何か変な体型のヤツ!出て来るんスねぇ地上にも。出過ぎ!カエレ!」
「ただ事じゃなさそうだけど、全員でなら…!」
パグの足止め、パピヨンの援護、タケミの防戦。それらは全力を尽くしても手長足長を含む機械人形の一団を退けるには至ら
ないが、三名は目的を達した。
シロクマに続き、月乞いのメンバーが倉庫前から移動し、フォーメーションを整える。
「タケミはん、二十八秒や」
メットが音声通信で狸の声を拾う。見れば、ヘイジを乗せたサソリのようなヤシガニのような大型の作業機が、威嚇するよう
に両クローアームを開いて、月乞いのメンバーの後ろからズシズシと前進してくる。
「大将に言うたら褒めるやろか?いや、危ない真似したらアカンて渋い顔してまう?けどワイに言わせれば大したモンやで!」
異能、スタンダード・チープで自分の視界をタケミの視覚に割り込ませ、アルが乱入するタイミングを事前通知したヘイジは、
ゴーグルで補強した視野に手長足長を捉えて、口の端を獰猛に釣り上げる。目は全く笑わないまま。
「並の潜霧士やったら、会って十秒でミンチにされてまう相手に、タケミはんは二十八秒もたせたんやさかい…。ワイらもええ
トコ見せなあかんで、ボイジャー!」