第二話 「一流の調停者」
照明を抑えられた暗い廊下で、骨組みにベニヤ板が張られただけの、気密性の薄い壁に背を当てて息を殺し、大きな影は閉
じたドアの向こうの様子を窺う。
人間を、そして並の獣人を遥かに越える鋭い感覚が、部屋の中で動く者の気配を正確に捉え、数え上げてゆく。
「…16…」
観察者は小声で呟くと、拳を握り、そして開き、感触を確かめた後、蒼い目を細めてドアの前に立った。
そしておもむろに足を振り上げると、靴底でドアを蹴る。
さほど力を込めたようにも見えないその蹴りで、蝶番が弾け、ドアは部屋の中へと吹き飛んで行った。
つんのめるような異様に低い前傾姿勢で、ドアを追う形で部屋に飛び込んだのは、目にも鮮やかな金色の巨躯。
雑然と木箱が積まれた倉庫のような室内で、雑談しながらたむろっていた人相の悪い男達が、弾け飛んだドアと乱入者に驚
き、銃を手にして立ち上がる。
が、室内に飛び込んで来た者の姿を確認すると、一瞬凍りついたように動きを止めた。
見あげるような大きな体躯。丸太のように太い逞しい四肢。まるで黄金を溶かし込んだような、美しい金色の被毛。
薄い青色の薄手のシャツの上に白いベストを羽織り、同色のカーゴパンツを身につけた乱入者の、何よりも特徴的なのは人
間とは異なる形の頭部。その顔は、熊そのものである。
金色の熊の顔の中で澄んだ光を放つ、秋晴れの空のように蒼い双眸が、部屋の中に居た男達を素早く見回す。
金熊の体躯の圧倒的なボリュームと、無警戒の状況への突然の乱入に男達が気圧され、一様に動きを止めたその時、熊が蹴
破ったドアとは反対側の壁に、ビシッと音を立てて線が走った。
何人かの男が振り向き、金熊が視線を向けたその先で、四角く線が入った壁が、ゆっくりと室内に倒れてくる。
床に倒れた壁が埃を巻き上げる中、ベニヤ板の壁にポッカリと、まるでドアのように開いた四角い穴を潜り、抜き身の刀を
引っ提げた青年が姿を現した。
青年は、すらりとした長身をゆったりとした黒色の衣類で覆っており、腰のベルトに鞘を挟み、右手には一振りの日本刀。
整った、しかし鋭い物を潜ませた精悍な顔立ちをした青年は、男達を眺め回し、それから獣人に視線を止め、微かに眉を上
げた。
「お前か、クマシロ…」
青年が呟き、金色の熊が小さく首を傾げる。
「フワ君…、何でここに?」
タケシは男達など眼中に無い様子でユウトに応じた。
「レリックの違法輸入、及び秘匿の件で強制捜査にやって来た。お前は?」
「ありゃりゃ、まぁた被っちゃったかぁ。つくづく縁があるねぇ…」
ユウトは可笑しそうな、困ったような、微妙な苦笑を浮かべた。
「何処でこの情報を?」
情報屋からネタを買って来たタケシが訝しげに目を細めると、ユウトは肩を竦めた。
「密輸船らしいのを取り逃がしたって、港湾警備からの依頼でね。聞き込みしてたらこの工場が臭いかなぁって…。ま、女の
勘ってヤツ。でも残念、レリックはこの部屋には無いみたいだよ」
「そうか。ならばすぐ片付けて次を当たろう」
青年は刀を片手にぶら下げたまま、無造作な足取りで男達に歩み寄る。
二人の乱入者を前に、あっけに取られていた男達は、不意に動き出したタケシに反応して銃を構える。
その銃口の先で、タケシは急激に加速した。
身を低くし、滑るように接近した青年が刀を跳ね上げると、一番前に立っていた男の手で、拳銃のマズルがポロリと落ちる。
続く一振りで、その脇で発砲しようとしていた男の手首から血がしぶく。
この時点で、銃を手にしながら、刀に遅れを取っていた男達は、青年に集中して銃を向けた。
続けざまに引き金が絞られ、室内に耳が痛くなるような銃声が鳴り響く。
完全に無視されている。…というよりも男達にそこまでの余裕がないためにフリーになっているユウトは、改めてタケシの
剣術、体術、身体能力を目の当たりにし、感嘆の吐息を洩らした。
青年に向けられた銃口は、しかし吐き出す弾丸を全て壁に撃ち込んでいる。
タケシは1対16の戦力差を物ともせず、全ての銃弾をかわし、弾き、男達を一人一人、確実に戦闘不能にしてゆく。
かわすと言っても、決して銃弾よりも速く動けている訳ではない。
銃口の向き、引き金を引く指から、発射のタイミングと銃弾の軌道を確実に読み、発砲直前に回避行動を取っている。
もっとも、それがあまりにも寸前でおこなわれ、さらに最小限の動作という事もあり、男達にしてみれば撃った弾丸より速
く動いているように錯覚する。
「見事なものだねぇ…。…っと、サボってちゃ悪いか」
しばし見物していたユウトは、男達の立ち位置を確認し、のっそりと歩み寄った。
ユウトの接近に気付いた男の一人が、銃口をその頭部に向ける。即座に放たれた弾丸はしかし、ユウトの額には達しない。
金色の熊は、発砲直前に素早く顔の前に持ち上げていた拳を、男に向かって突き出すと、その手を開いてみせた。
ぼんやりと発光している手の平には、先端がひしゃげた一発の弾丸。
口をあんぐりと空けた男の足元に銃弾を転がしてやりながら、ユウトは口元を吊り上げ、微かな笑みを浮かべて見せた。
「降参してくれないかな?余計な怪我はしたくないだろうし、銃弾、勿体無いでしょ?」
本人は優しく微笑み、優しく語りかけたつもりであっても、弾丸を掴み取るという荒技をやってのけた大熊が行った降伏勧
告は、男にとってはこの上なく恐ろしいものに見えた。
顔色を無くしてコクコクと頷いた男に、説得が通じたと満足気に頷き、ユウトは乱戦の只中に視線を向ける。
「あっちゃ〜…」
向けた視線の先で飛び散る鮮血、倒れ伏した男達の中には瀕死の重傷を負っている者もある。
血風吹きすさぶ乱戦に顔を顰め、ユウトはタケシに声をかけようと口を開き、止めた。
下手に声をかけ、集中が途切れて怪我でもされては困る。そう判断すると、ユウトは禁圧解除(きんあつかいじょ)をおこ
なった。
瞬間的に身体能力を高め、急激な加速で金色の被毛をたなびかせつつ、乱戦の真っ只中に踊りこんだユウトは、青年めがけ
て引き金を絞ろうとしていた男の手首を捕らえる。
銃を取り上げつつ、掴んだ腕をそのまま無造作に振り、別の角度から青年に照準を合わせていた男めがけて放り投げる。
激突し、もつれ合って倒れこんだ男達には一瞥すらくれず、素早く視線を動かしたユウトは、顔を顰めて前へ跳ぶ。
一人の男が発砲し、その射線を読んだ青年は身をかわし、弾丸の先には別の男。
同士討ちを引き起こすはずの銃弾の軌道に、いち早く割り込んだ金熊は、発光する腕を素早く伸ばして弾丸を掴み取る。
掌中に捕らえた弾丸をポイッと放り捨てたユウトは、再加速してタケシと、その真正面で向き合っていた男の間に割って入っ
た。
振り下ろされようとしていた刀を力場でコーティングした左手で掴み取り、同時に青年に向けられていた拳銃を右手で掴み、
発砲前に握り潰す。
「そこまで!」
ユウトの上げた大声に、その場に居た全員の動きが止まった。
「ボクらは調停者だ。…もう分かったと思うけれど、この彼、キミ達が束になっても敵う相手じゃないよ?これ以上の抵抗は
無意味だ」
金色の熊は、刀を掴み、動きを封じたままのタケシにちらりと視線を向けつつ、男達に降伏勧告を行った。
「武器を捨てて投降して。そうすれば彼もこれ以上の危害は…」
「何故だ?」
ユウトの言葉を遮り、タケシが尋ねる。
「そいつらは犯罪者だ。何故邪魔をする?」
ユウトはタケシの顔を見下ろす。
機械的。そう表現しても良いほどに感情を欠いたその顔には、邪魔をされた不満や憤りといった物は感じられない。
ただ単に何故ユウトが自分の邪魔をしたのか、それを理解しかねているといった様子だった。
「…後で話すよ。それより、ここはボクに任せて。これ以上の戦闘はひとまず中止、良い?」
「…承諾した」
「ありがとっ!」
僅かな間の後に頷いた青年に微笑みかけ、ユウトは刀を放す。
「さて、ボクらとしても、できれば死人は出したく無いんだ。投降、お願いできるかな?」
「投降しない者は、斬っても構わないか?」
「…あのねぇ…」
すかさず尋ねたタケシに、ユウトは疲れたような顔をし、額に指先を当てて目を閉じる。
ユウトの説得に被せて問われた青年の言葉を耳にし、男達は一様に顔色を無くしていた。
意図せぬ脅しが功を奏したか、男達は次々と銃を床に放り捨てる。
「さてと、動ける人は壁を向いて、手を着けて。ボクが良いって言うまでそのままで」
ユウトは武装解除した男達にそう告げると、重傷を負っている一人の男の脇に屈み込んだ。
タケシの太刀で右肩から左の脇腹まで切り裂かれた男は、荒い呼吸を繰り返しながら、怯えた表情で大熊を見上げる。
「大丈夫。投降を認めた以上、もう危害を加えたりはしないから、安心して」
ユウトはそう笑いかけると、男の傷を調べ、それから懐に手を突っ込み、長方形の箱を取り出す。
上の端を太い指が叩くと、ジッポライターのように蓋が開き、スプレーのノズルが顔を出した。
「少し沁みるよ。我慢してね?」
ユウトはそう告げ、痛みにもがく男を押さえつけながら、スプレーを吹き付けた。
吹き付けられたスプレーは、男の傷を泡で覆い、見る間に止血する。
「応急処置だけど、これで救護が来るまでは大丈夫。それまでは安静にしてる事、良いね?」
ユウトの言葉に頷いた男は、か細く声を上げた。
「なんで…、助けてくれるんだ…?」
ユウトは一瞬黙り込んだ後、困ったように頬を掻いた。
「…そんなの、助けたいからに決まってるじゃない…」
甘い。おそらく、同業者の半数以上は、ユウトの行為と態度をそのように断じる。
そしてユウトも、自分が甘い事は判っている。
それでも、例え犯罪者とはいえ、なるべくなら殺さずに済ませたいと、人の良過ぎる大熊は考えていた。
その理想を極限の所では捨てさらなければならない事を知っていてもなお、ユウトは自分の力が及ぶ限りは、なるべく相手
の命を奪わないで済ませたいと願っている。
「あ、ごめん。拘束テープ分けてくれる?」
薄い、ビニールテープのような粘着性のテープを用い、テキパキと男達を縛り上げていたユウトは、腕組みして男達を睥睨
している青年に手を差し出した。
「持っていない」
「そっか、残念。…はい?」
ユウトは一度頷き、それから青年を振り返った。
「使い切っちゃったの?」
「いや、無駄な出費を避ける為、元々拘束テープは使用していない」
「…これまで、拘束する時はどうしてたの?」
「あまりそのような機会は無かったが、逃亡防止対策という事であれば、手足のどこかの腱を斬っておいた」
淡々とした青年の言葉に、ユウトは露骨に顔を顰めた。
「何もわざわざ怪我させることなんか無いじゃない…」
「何故だ?彼らも傷付く事を覚悟の上で、このような稼業に手を染めているのだろう?」
淡々とした青年の物言いに鼻白んだ金熊だったが、よくよく観察してみれば、青年には嫌味を言ったり、からかっている様
子は無い。
単に思った事をそのまま口にし、疑問をそのまま尋ねているといった様子だった。
「例え覚悟はしていても、進んで怪我したいはずなんか、無いじゃない…」
ユウトはそう呟くと、少し怒ったように目を吊り上げた。
「ボクの手持ちのテープ切れちゃったから、その辺のロープでも縄でも持って来て!少しは手伝ってよっ!」
「何故そんな面倒な真似を…」
「質問は後!とにかく縛る物ちょうだい!」
タケシは頷くと、ユウトの機嫌が悪いらしい事を今更ながらに何となく察した。が、
(そうか、俺は出費無しで、あいつにだけ出費させるのはフェアでは無いな。後で拘束テープを買って渡すとしよう)
機嫌が悪い理由については、見当違いに解釈していた。
「定時連絡をする事になってたらしいから、もう上の部屋で異常があった事は察してるだろうね」
入り組んだ地下通路を数階層降りた後、ユウトは行く手の闇に目を凝らしながら呟いた。
その後ろをなにやら考え込みながら歩いていた青年が、ぽつりと小声を洩らす。
「何故だ?」
「うん?」
唐突な問い掛けにユウトは首を巡らせ、タケシは自分に向けられた蒼い瞳を見上げて続ける。
「先程の突入の際にも尋ねた事だが、俺達調停者には生殺与奪の権限が与えられている。こちらを殺すつもりで来る相手に対
し、何故命の心配までしてやるのだ?」
「まぁ、場合によってはやっぱり命を絶つ事もあるよ。仕方ない場合って、やっぱりあるしね。ボクだって調停者になって三
年以上になるんだ、これまでに殺めた相手は一人や二人じゃない。…でもね…、なるべくなら傷つけたくないし、できるだけ
殺したくない」
「投降したと見せ掛け、反撃を企てる者も中には居る。そんな相手に慈悲をかけるくらいならば、初めから命を絶ち、反撃の
可能性を奪っておけば良いのではないか?」
青年の問いに、ユウトは微かに苦笑を浮かべた。
「それじゃ反撃の可能性だけじゃなく、改心の可能性も奪っちゃうじゃない…。ま、その時は自分の見通しが甘かったって事
で、騙し討ちされてみるよ。幸いにも丈夫な体に生まれたからね」
そして大熊は前へと視線を戻して歩き出す。
「確かに調停者には、生殺与奪の権限が与えられてる。つまり、生かす権限も与えられているんだ。…奪うだけなら誰にでも
できる。調停するって、本当はそういう事じゃないと思う」
タケシは再び考える。初対面で手合わせし、この一ヶ月の間に何度か顔を合わせ、ユウトの実力は分かっている。
弾丸を掴み取るあの腕で同士討ちを防いでやるより、頭を殴り砕いた方がよほど簡単だし手間も掛からない。
それなのにこの大熊はそれを良しとしない。その事が、青年には不思議でならない。
(コンクリート片を簡単に握り潰すその手で、向かって来る相手を傷付けずに取り押さえる方がよほどホネだろうに。理解に
苦しむ…)
「初めて会った時、俺を殺さなかったのも、本当の調停とやらの為か?」
タケシの投げかけた問いに、ユウトは再び足を止めた。
金熊が驚いている気配が、青年には感じ取れている。
「気付いていないと思っているのか?お前がその気になっていれば、弾丸を掴み取るその手で、俺の喉笛を握り潰す事もでき
た。刀ごと俺の腕をへし折る程度、簡単だったはずだ。実際にそのチャンスも何度かあった」
「そ、それは買いかぶりだよ。キミの戦速と剣術は、ボクにもそう簡単に捉えられるようなものじゃ…」
弁解するような口調で言いつつ、向き直ったユウトの目をじっと見つめ、青年は続ける。
「先程も見せた、あの瞬間的な身体強化も、俺を相手にした時は使っていなかったな?」
「それは…」
「その気にさえなれば、お前は俺よりも遥かに強い。それなのに、何故そうも無駄が多いのだ?」
そこまで聞いて、ユウトは理解した。
自尊心を傷つけないよう、手加減した事は黙っていたが、青年はその事も、ユウトが自分よりも強いであろう事も、全く意
に介していないのだと。
タケシは単純に、何故自分の身を危険に晒してまで相手に気を遣うのか、そしてなぜその力を存分に振るい、敵を殲滅しな
いのかと疑問に思っているだけなのだ。
無愛想で無表情なこの青年が、なんとなく自分を案じてくれているような感覚すら覚え、ユウトは苦笑した。
「そうだね。偉そうな事を言ったけど、自分が甘いのは良く分かってるよ。甘いだけでも、やっぱり一流の調停者じゃないよ
ねぇ…」
「一流、か…」
青年はそう呟くと、大熊に尋ねた。
「では、どういう者が一流なのだ?」
「え?それはまぁ…、実力はもちろん、冷静で的確な判断力と、相手に情をかけられる余裕を併せ持つ…、そんな調停者じゃ
ないかなぁ?」
「そうか。なかなかに難しいな」
少し俯き加減で熟考し始めたタケシに、ユウトは困ったような笑みを浮かべた。
「まぁ、あくまでもボクの理想像なんだから、あんまり深く悩まないでよ。どんな調停者が一番かなんて、それこそ護られる
側が決める事なんだから」
「心に留めておく」
青年は頷くと、前方の闇を見透かすように目を細めた。
「この件が片付いたなら、改めてじっくりと考察しよう」
「…いや、だからそんなに深く考えないでってば…」
「それはそうと…」
タケシは珍しく、不思議そうに首を傾げた。
「何故、そんな格好をしている?」
「格好?」
ユウトは自分の体を見下ろし、身に付けている衣類を確認する。
「白や明るい青…、その黄金の体毛の事もある、隠密性が低いだろう」
「う〜ん…、まぁ、潜入調査のときなんかは、目立たない服にするし、毛も黒く染めるけどね…。目立つ色合いを選んでるの
は、一応ボクなりの理由があってね…」
ユウトは一度言葉を切ると、続きを待つように黙っている青年に、微苦笑を浮かべて見せた。
「暗がりでも目立つ格好をするのはね、ボク自身を印象付けるため。そして、ここにボクが居るっていう事を、相手に知らせ
るため。まだ無名だし、効果は全然無いけど、その内にボクがそこそこ有名な調停者になれれば、見た目でボクだと知って、
争いを避けてくれる相手も出てくるかもしれない。怪我をさせずに、争わずに、事を納められるケースも出てくるかもしれな
い。…まぁ、一種の警告色みたいなものかな?」
「それも、理想像というやつか?」
「そんなトコかな?やっぱりヘン?」
少し照れ臭そうに頭を掻きながら言ったユウトに、タケシはかぶりを振る。
「いや、合理的だとは思う。ただし、自身への危険は増える訳だが…」
「ま、そのくらいのデメリットには目を瞑るよ」
理解を示して貰えて嬉しかったのか、ユウトは目を細めて微笑した。
「それともう一つ聞いておきたい。先の部屋で言っていたな?あの部屋にはレリックは無いと。あれは何故そう思った?」
ユウトは困ったように頬を掻く。
「う〜ん、説明するのが難しいんだけど…」
「それも女の勘というヤツか?」
「いや、どっちかって言うと野生の勘?」
「…紛らわしいヤツだな…」
「悪かったねっ!」
タケシは眉根を寄せて呟き、ユウトは頬を膨らませる。
「…とにかく、上手く説明できないんだけど、僕の家の血筋なのか…、レリックが近くにあると感じるんだ」
「血筋?それはどういう…」
「う〜ん…。まぁ良いじゃない。とにかくそういう家系なの」
ユウトは説明を切り上げて歩き出しながら、僅かに首を傾げ、心の中で呟いた。
(でも、おかしいんだよねぇ…。フワ君が傍に居ると、レリックの存在と似たような感じを覚える…。これまで感じたどんな
レリックの感じとも違うけど、何か携帯してるのかな…?)
「たぶん、そこの木箱の中」
抵抗を物ともせずに制圧を完了した後、ユウトは密輸商人と護衛達を縛り上げながら、部屋の奥に詰まれた一辺30センチ
程の木箱に視線を向けた。
「俺が確認しよう」
箱の蓋を開けたタケシはユウトを振り返って声をかけた。
「ビンゴだ」
男達の拘束を終えたユウトはタケシに歩み寄り、木箱を覗き込む。
そこには、一つ一つが布で丁寧に包装された、直径1センチ程の透明な玉がぎっしりと詰め込まれていた。
一見、ただのガラス球にしか見えないそれを一つ摘み上げて眼前に翳すと、ユウトは目を丸くし、驚きの混じった笑みを浮
かべた。
「ライトクリスタルだ!それも、こんなに大量にっ!」
それは照明器具としての性能しか有していない、比較的安全なレリックだった。
「この箱全部がクリスタルだとして…、一箱百個以上は入ってるよね…、って事は…」
五つの木箱と、一際大きな箱を見つめるユウトに、青年が頷いた。
「五百は下るまいな」
「うわぁ、相場が崩れそうな数…。でもまぁ実はこれ、ちょっと欲しかったんだよね。この機に値下がりでもしないかなぁ?」
「危険な品でもないからな、政府管理にはなるまい。市場に流れるだろうから、期待は持てるな。…こちらはアウトだが…」
一際大きな箱の中を覗き込んだ青年は、中に入っていた局所破壊用の爆弾レリックを見て呟く。
「ま、そっちはボクも欲しいと思わないしねぇ」
ユウトは満足気に笑うと、丁寧な手付きでクリスタルを箱に戻した。
それから数日後。骨董屋、相楽堂で、店員に調停者の身分証でもある認識票を提示していたユウトは、店内に入ってきた青
年に気付き、微笑を浮かべた。
「値下がり、したらしいな」
「うん!フワ君もクリスタル目当て?」
タケシの言葉に頷いたユウトは、向き直って尋ねた。本当は刀を見に来ていた青年は、首を横に振りかけ、
(持っていれば、何かの役には立つか…)
そう思い直してから頷いた。
「不破さんのご友人でしたか」
相楽堂の奥の間で、30代と思われる着物の男は、少々の驚きをもってユウトの巨躯を見上げた。
「友人…?」
首を傾げるタケシには気付かず、男はユウトの手を握った。
「相楽妖助(さがらようすけ)と言います。いやぁ、それにしても立派な体をしていますねぇ。さぞかし腕も立つんでしょう
ねぇ旦那」
「……………」
無言で硬直したユウトに、ヨウスケは眉根を寄せる。
「若旦那。クマシロは女性だが?」
タケシの言葉に、若旦那は「えっ!?」と声を上げ、その顔を見上げた。
「あ、いや、そのぉ…。目が悪くなりましたかねぇ?私も…」
「いえ、いいです。男に見られるのは慣れてますからボク。…悲しい事に」
ユウトは固い口調でそう応じる。
「あ、そ、そうだ!お近づきの印に…、そう、これこれ!お得意様からの土産なんですが、美味い酒なんですよ。是非お持ち
帰り頂いて…」
「結構です。ボク、未成年ですから」
傍らに詰まれた品の中から立派な桐箱を手に取り、取り繕うように言った若旦那に、大熊は仏頂面で応じた。
「え?あ、ああ、そ、そうなんですね?い、いや、落ち着いた雰囲気をしているのでてっきり…、あ!いや、これは失礼!」
「いえ、いいです。歳より老けて見られるのも慣れてますからボク。…腹立たしい事に」
こうして相楽堂の若旦那は、最悪に近い第一印象をユウトに与える事になった…。