「過ちを犯したその責任は」

「コイっ!?」

油などであちこち汚れた作業用つなぎを身に付けている、太り肉の青い猪は、素っ頓狂な声を上げて目を大きくする。

真ん丸に見開かれたその目には、古馴染みの友人である、黒いスーツの上下を纏う黒虎の顔が映っていた。

「うむ。だと思うのだ」

頷きながら応じた黒虎…ベリアルは、深刻そうな表情で自分の手元を凝視している。

ここは修復、修理を職務とする青猪…メオールの仕事場。

持ち込まれた壊れたバイクやら機材やら治療用の寝台やら作業台やらがゴタゴタと置かれたその部屋の一角で長机を挟み、

青猪と黒虎は向き合っていた。

雑多に作業用具が積まれたテーブルの上を乱暴に片付けて確保したスペースには、ホットココアがなみなみと注がれた二人

分のマグカップ。

しばし丸くした目で友人を見つめていたメオールは、やがて口を開け、閉じ、また開け、やっぱり閉じる。

何と言うべきか、返答に困っていた。

システム側でもかなり上位に位置する管理室。そこに配されたエリート揃いの管理人の一人であるこの黒虎は、生真面目で

強情で融通が利かない…いわゆる絵に描いたような堅物であった。

その彼が急にやって来たかと思えば、「相談したい事がある…」と真剣な顔で切り出した挙げ句、

「自分は…、恋に落ちてしまった…」

などとのたまった物だから、黒虎を良く知るメオールが仰天するのも無理のない事である。

やがて、言葉を発するのを諦めたメオールは、恥じらっている友人の顔をまじまじと見つめながら、彼が昔「やらかしかけ

た」事件について思い出し始めた。

かなり昔の事だが、ベリアルはその真っ直ぐ過ぎる気性が災いして、アスモデウス派の堕人思想に傾倒しかけた事もあった。

彼の目から見てこの上なくラブリーな生命体…ジャイアントパンダの絶滅が予測された頃、危機を訴えて立ち上がろうとし

たのである。

一度は荷物を纏めて本部を飛び出した彼は、しかしそのまま行ってしまうのは礼儀に欠けると思い直して引き返し、室長で

あるドビエルに挨拶に向かった。

「長らくお世話になりました。自分は本日をもって堕ちます」

などと馬鹿丁寧かつ馬鹿正直に告げられた灰色熊は、自分にシステムエラーが起こっているのではないかと一瞬疑い、自己

診断プログラムまで起動させたらしい。

だが、やがて自分は正常であり、しかもベリアルが本気である事を悟ったドビエルは、椅子を勧めて事情を聞いた。

反旗を翻します。などと宣言しに行こう物なら、投獄されても不思議ではない。ドビエル以外の室長が部下に同じ事を言わ

れたなら、有無を言わさず独房に放り込む所である。

古馴染みのメオールに言わせれば「やる事が馬鹿だったおかげで色々とセーフだったエピソード」、同僚のラミエルに言わ

せれば「ドビエル室長だったおかげで色々とセーフだった事件」となるが、正にその通りだった。

結局、ドビエルはきちんと事情を聞いた上で、特別にハダニエルにかけあい、演算予測を絞り込んでジャイアントパンダの

行く末を再確認して貰った。

その結果、黒虎は地上で最もラブリーとしているその生物が、個体数を減らしながらも人間の保護を受け、絶滅を免れるら

しい事を知り、離反を止める事にする。

ずっと先の事までは判らないが、とりあえずしばらくは大丈夫。

そう知って安心した黒虎は、ドビエルが止めたに関わらず、けじめとして自らが企てた離反計画を明らかにし、進んで罰則

を受けた。



(思い込んだら一直線だからなぁ…)

メオールは少しビクビクしながら黒虎の様子を窺う。

喋っている内に熱くなって来たのか、ベリアルは熱っぽい口調で思い人の事を述べ続けている。

曰く、勇敢でありながら優しい女性。

曰く、美しくも暖かな体色が魅力的。

曰く、気高くておっとりした才女…。

(そんなの知り合いの中には居ないなぁ…)

どんな女性だろうかと首を捻るメオールに、熱い想いを語り終えたベリアルは、身を乗り出しながら訊ねた。

「どう思う!?こ、これはアレか!?早速告白チャレンジしてみるべきか!?」

「ちょちょちょちょい待ちっ!」

先を急ぐベリアルを、メオールは慌てて制止する。

「で…、その相手とはそこそこ親しいわけ?同僚?」

「いや、ついこの間までろくに会話した事もなかった」

さらりと答えた黒虎の前で、青猪はカクンと顎を落とす。

(ええええええええええ!?それでいきなり告白とか行く気なのぉおおおおおお!?)

猪以上に猪突猛進な黒虎の精神状態を危ぶむメオール。

「あ、あのさ…、物にはさ…、段階ってもんがさ…、あると思うんだよね…」

「うむ!そうだな!まったくその通りだ!」

力強く頷く黒虎。何故そこで思い切り同意できるのか?メオールはもはや不安しか感じない。

「だからまずは、相手の事を良く知ってから…」

「抜かりない!管理システムを使って個人情報を調べ上げたので、その点については万全だ!」

(この野郎っ!)

絶句してしまいながらも胸の中で叫ぶメオール。見事なまでの職権乱用である。

「流石に食べ物の好みなど細かな事は載っていないが、経歴やスリーサイズはバッチリだ!敵を知り己を知れば百戦危うから

ずとも言う事だからな!」

(敵じゃないじゃん!しかもお前ちっとも己を知ってないじゃん!経歴と…スリーサイズってお前…!)

心の中でつっこみつつ、無言で机に突っ伏すメオール。驚いたり脱力したりと忙しい。

「この通り、段階は慎重に踏んでいる!」

(いや踏んでないから…、むしろ踏み外してるからソレ…)

「スケジュールも下調べしておいた!彼女は明後日の午後三時に本部へ配達状況報告に来る!告白のチャンスだとは思わない

か!?どうだ!?行くか!?行ってみるか!?」

もはや「落ち着け」という言葉すら出て来なくなったメオールは、机に突っ伏したまま「あ〜…」と声を漏らした。

「あのさ…、相手側はさ…、お前の事知らないよねー…?」

「そうだ。これまで接点が無かったからな」

「なのに、交際申し込んで上手く行くと思う?」

「だからそこを訊いているんじゃあないかメオール。上手く行くと思うか?」

(訊かなくても、ちょっと考えれば判りそうなモンじゃない…。それで「行けるんじゃないか?」とか思っちゃう辺りがとこ

とんヤバいよお前さん…)

メオールの口から長いため息が漏れる。

止めるべきか?それとも放っておくべきか?しかし止めるとしたらどう言えば良いのだろう?悩むメオールはとりあえず口

を開く。

「まず、お前の事を知って貰ってからだよな…。あと、相手が恋愛できるタイプのワールドセーバーかどうかも問題だ…」

「なるほど、確かにそうだ」

黒虎は腕組みして考え込む。

「タイプの方は問題ない。この煮えたぎる熱い想いでカバーしよう」

「さいですか…」

無気力に応じるメオール。だいぶお疲れのご様子である。

「こちらの事を知って貰うというのは確かに重要だな…。アドバイス感謝する」

ベリアルは考えが纏まった様子でマグカップを取り上げ、だいぶ冷めてしまっていたココアを一気に飲み干すと、「邪魔し

たな」と告げて立ち上がる。

「あ、もう行っちゃう?」

「うむ。今日は強引に時間を作ったが、これで結構忙しい。また今度ゆっくり話そう」

颯爽と出入り口に向かう黒虎の背に、

「あ…、ベリアル!」

メオールは思い直したように表情を変え、声を掛けた。

「何だ?」と振り向いた黒虎を、青猪は笑みを浮かべて見つめる。

「応援してるよ。上手く行くと良いな」

「…ありがとう」

黒虎は口の端を僅かに吊り上げて笑みを返し、部屋を出て行った。

部屋に一人残ったメオールは、

「しかし…、あのベリアルが「恋」とはねぇ…」

同じ師を持つ同期から交際中だと聞いたのは、つい先日の事。ワールドセーバー達にはそうそう無い恋愛について、こうも

短期間で二度も耳にするのは初めての事だった。

「そう言えば、相手の名前聞きそびれたなぁ。一体どんなひとなんだか…」

ひとりごちるメオールは気付いていない。

伝えた気になって名前を出し忘れていた黒虎が恋心を抱いた相手が、自分と親しい配達人であるという事には…。



「…来ちゃった…」

二日後、ゲートを抜けて本部廊下に立ったメオールは、困り顔で頬を掻く。

「…別にベリアルの事が気になってる訳じゃない…。ちょっと新しい器具が気になっただけだ…。技術開発室に行ったら後は

真っ直ぐ帰るだけ…」

ブツブツ呟きながら廊下を歩き抜けたメオールは、開発室管轄下にあるラボに赴き、新開発された高性能修理器具の試作品

を見せて貰い、スペックなどを確認し、実用化前にテスターを引き受ける約束などをし、出された茶を啜る。

終始時間を気にしていた青猪は、時間潰しが終わると研究区画を離れ、ラウンジへ足を運んだ。

すると、そこにはソワソワしながら辺りを見回している黒虎の姿が…。

「よ。ベリア…」

「結婚して下さいっ!」

後ろから近付いて声を掛けたメオールは、勢い良く振り向いた黒虎にガバッと頭を下げられ、ビックリして飛び退く。

顔を上げた黒虎は、反射的に応じてしまった相手が古馴染みである事を確かめると、

「…なんだメオールか。脅かすな」

顔を顰めて不満げに唸った。

「お前こそ脅かすな!ってか何で結婚!?早くもてんぱってんの!?」

「失礼な!自分は冷静だ。単にシミュレート中だったので声に出てしまっただけだ」

「何がどうなってそうなってんのそのシミュレート!?自分の事知って貰ってからって言ったじゃんか!」

「うむ!まずは自己紹介だな!その後、この指輪を渡しつつ交際を申し込むつもりだ」

珍しく満面の笑みを浮かべてベリアルが取り出したのは、小箱に収まったシルバーのリングだった。

「ペア物だ。既にお互いの名前も彫ってある。準備バッチリだ!」

「バッチリアウトでしょ!早いって!でもって重いって!何考えてんだよこのうすらとんかちへんちくりん!」

気が早いどころの騒ぎではない。良く知らない相手から自己紹介に続いて交際を申し込まれて指輪を渡されてしかもそれが

名前入りだったなら…、大概の相手は薄気味悪く感じる事請け合いである。

「急ぐなよそんなに!」

「善は急げ、だろう?」

「この馬鹿ちぃいいいいいいん!場合によるっしょぉおおおおおおっ!」

「む!来た!」

黒虎は急に首を曲げ、緊張した面持ちになる。

やはり水際阻止すべきだろうと考えを固めたメオールは、その視線を追って、

「…あれ?」

良く知る相手の姿を目にし、きょとんとした。

カフェ仕様になっているラウンジの、中央を挟んで向こう側の壁際。こちらには気付かぬまま通路から出てきて、てっぽてっ

ぽと足取りも軽く歩いている桃色の豚は、メオールの同期にして同じ師を持つワールドセーバー、独立配達人バザールである。

(い、いやしかしな…。美しいとか気高いとか言ってたし、バザールは違うな…)

メオールがまさか彼女ではないだろうと思いつつ黒虎の顔を覗うと、そのうっとりした視線は間違いなく、移動して行くバ

ザールを追っていた。

「…うそだろ…?バザールの…事だったのか…?」

「ああ…。言っていなかったか?うっかりしていたな…」

夢見心地にでもなっているのか、応じたベリアルは表情を弛緩させ、ポッチャリした豚に見とれている。

メオールは身も心も硬直した。

つい先日、交際を始めたのだとバザールから聞かされている。相手も確認した。

ベリアルのやや危うい一途さからすれば、この事実を知ったら修羅場になってもおかしくはない。

どうあっても告白を止めなければならないと決意を新たにしたメオールは、

「では行って来る!」

「駄目ぇえええっ!」

歩き出した黒虎の腕を両手で掴んだ。

「何をする。離せ」

「きょ、今日は日が悪い!ってか相手が悪い!アレはやめとけっ!」

「何を言う。離せ」

「駄目駄目駄目駄目!他の誰かにしなさい!バザールだけは駄目!」

「横恋慕か?離せ」

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!そういうんじゃないからぁっ!とにかくアイツは駄目なんだってばぁっ!」

腕を掴むだけでは止められないと察し、必死になって腰に組み付いて来た猪を振りほどこうとする黒虎は、「だから何が駄

目なんだと…」と言いながら視線を動かし、にこやかな笑みを浮かべながら席につくバザールと、その向かい側に座っていた

狼の姿を目にする。

「………」

動きを止めた黒虎を訝りながら、彼が見ている方向へ視線を走らせたメオールは、

「…あ…。やば…」

状況を察して顔を引きつらせた。

「あれは…」

呻くように声を発した黒虎は、幸せそうなバザールの笑顔を凝視し、立ち尽くした。

そして、肩から急に力が抜ける。

「………………」

しばし黙ってバザールとナキールが談笑する様子を眺めていたベリアルは、やがて耳を倒し、俯いた。

一目で理解できてしまった。自分がそうだったからこそ、見ただけで判ってしまった。バザールが、あの狼に恋をしている

事が。

そして、判り辛いが、あの狼もまた…。

ベリアルが嫉妬で爆発するのではないかどビクビクしながらも、古馴染みに後ろからしがみついていたメオールは、

「…引き上げる…」

そう、力なく呟いたベリアルの顔を見上げる。

すっかり元気を無くした黒虎は、先程の彼とは別人のようだった。

「…離してくれ…」

「え?あ、ああ…」

言われてようやく身を離したメオールは、とぼとぼと歩き出す黒虎の背を呆然と眺めた。

バザールとナキールの間柄を看破した事も驚きだった。

だが何よりも、無理に前に出ず、引き下がる事を選んだ彼らしくない行動に驚いている。

(ベリアル…)

すっかり気力を失ったような、頼りなさすら感じる友の背をしばし見つめていたメオールは、

「…もう…!」

やがて困り顔で唸り、その後を足早に追いかけた。



「飲め飲め!ぱーっと飲んで忘れよう!な!?次っ!次があるって!」

ソファーに並んで座り、黒虎の肩を抱きながら、猪はわざとらしくはしゃいで見せた。

ここはベリアルの私室である。ワイシャツにスラックスという半端に緩めた格好で、二人は酒を飲んでいた。

まともに職務が遂行できない状態に陥ってしまったベリアルは、メオールの提案で時休を取らされた。

そうして早退した彼の部屋に酒を運び込んだ青猪は、しょげかえって抜け殻のようになっている友を励まし、慰めている。

「ほらぐっと行け!ぐっと!」

無理矢理煽って強い酒を飲ませ、全部忘れさせようとする猪に肩を抱かれ、バシバシ叩かれながらも、黒虎は無気力なまま

で、口を開こうともしない。

バザールの気持ちは、幸せそうなあの表情を見ただけで判ってしまった。

だからこそ、ベリアルは身を引いた。本当に彼女の事を好きになってしまったからこそ、彼女の幸せを自分が壊す事は許せ

なかった。その結果、自分が満たされないとしても…。

メオールに勧められるまま、プログラムにまで作用する強烈な酒をぐいっとやり、ベリアルはため息をつく。

「…恋も失恋も経験できた…」

「…だな。まぁ次がある!」

「…そうかな…」

「そうだとも!ほら飲め!じゃんじゃん行け!」

空になったグラスに注がれたばかりの酒を、ベリアルは切なさと一緒に飲み下す。

恋を知り、浮かれ、諦め、落ち込む。

ベリアルは、まるで人間のようだった。それも、まだ人生をいくらも知らない若者のような…。

「辛い物だな。失恋という物は…」

呟いたベリアルは、目の端に透明な滴を溜めた。

(あれ…?こいつもしかして泣き上戸?)

ベリアルがこのタイミングで見せた涙に、メオールは狼狽えた。

普段は全く飲まない黒虎だったが、酒の刺激にも慣れて来たのか、注がれれば注がれるだけ飲むようになった。

口数は少ないままだが、やがて目は眠そうに細くなり、意識が鈍磨してゆく。

そしてそれと同時に、他のある物も鈍り始めていた。

しばらく無言だったベリアルは、空になったボトルをテーブルの隅に退けているメオールを見遣る。

「色々無駄になった」

「ああ、指輪とか?」

「それもある。だが知識も」

「知識?」

さほど酔っていないメオールは、首を傾げながら友を見遣った。そして、

「スタンダードな物からマニアックな物まで、ベッドマナーを学習した。だが無駄になった」

そう真顔で述べられて吹き出す。

「おおおおおまっ!どんだけ先走ってんのぉっ!?」

「備えあれば憂いなし、だ。告白からすぐベッドインしても恥をかかないよう、備えていた」

「告白からすぐベッドインとか考える方がよっぽど恥ずかしいって!」

「枕で実践もしてみた。こう、揉み方などを…」

「聞けよひとの話!」

「だがそれも無駄になった…」

「しみじみ言うなよ!こっちが恥ずかしいって!…ったく…。慰めるのもアホらしくなって来るよ…」

呆れ顔になったメオールは、グラスを口元に持って行き、

「わ!?」

取り落として床を濡らした。

自分の手首を強く掴む黒い手を見つめ、それから横を向く。

ベリアルは、据わった目でメオールを見つめていた。

「…メオール…。使わせてくれ」

「は?え?何?ってかお前な〜…、見ろよほら!盛大に零し…うわ!」

メオールの抗議は唐突に途切れた。力尽くでソファーの上に押し倒されたせいで。

「な、何すんだよ!こら!退け!へべれけなのかお前!」

両腕を掴み、上から押さえつける黒虎の顔を睨んで文句を言ったメオールは、しかし続けて口にしようとした悪態を飲み込

んだ。

荒い息を吐きながら自分を見つめる黒虎の、尋常ではない目の光りに気付いて。

「使わせてくれ…。散々学んだテクニックをこのままお蔵入りにするのは、かなり悔しい」

「…え?使うって…。散々学んだって…。え?え?も、もしかしてベッドマナー?」

戸惑う猪がそう問い返すも、虎の答えはなかった。

メオールの手首から離れたベリアルの手が、第二ボタンまで外れていたワイシャツにかかり、猪の首もとに触れる。

その直後、黒虎の手はボタンを飛ばしながら勢いよく下がり、メオールのワイシャツを乱暴にはだけた。

「ひっ!?お、おいコラ!何するんだよベリアル!」

怯えすら目に浮かべたメオールは、暴れはしたが自由にはなれなかった。

一見すると体格が良く、頑健そうな印象を受けるメオールだが、実際には違う。

彼が使用している太ましい肉体の内訳は、筋肉よりも贅肉が遙かに多い。デスクワークと屋内活動をメインとして活動して

いる事もあって弛み切っていた。

しかも彼はワールドセーバーの中で、体力的なスペックがかなり低い部類に入る。

修理人として必須となる分析能力や構造解析、応用力などの才能に恵まれた代わりに、敏捷性も膂力も耐久力も平均レベル

に及んでおらず、各種基礎能力が満遍なく必要とされる配達人の選考から漏れる程であった。

対して、ベリアルはエリート中のエリート。

システム管理だけでなく、堕人との交戦をも前提としている管理人になれている事からも判る通り、各種基礎能力は全て平

均以上で、特に戦闘に関する主要能力は並のワールドセーバーの遙か上を行き、肉体もそれ相応の仕様。

跳ね退ける事もできないメオールは、肌着までむしり取られ、上半身を顕わにした。

竜胆のそれを思わせる鮮やかな青に彩られた体は弛んでおり、胸など過剰な贅肉で垂れてしまっている。

その乳房を、黒虎は乱暴に鷲掴みにした。

「いだっ!こ、コラ止めろっての!いだだだだっ!」

指が食い込んで声を上げたメオールは、手首を掴んで止めさせようとしたが、黒虎は鬱陶しそうにその手を振りほどくと、

揃えた人差し指と中指をメオールの眉間に押し当てる。

直後、びくんと仰け反ったメオールは、目を丸くして黒虎を見つめ、口をパクパクさせた。

「お…、おまっ!おまっ!お前っ!お前今のっ!」

急に体から力が抜け、自由が利かなくなったメオールは、すぐさま自分が何をされたのか悟った。

「おおおおお前っ!今対堕人用の捕縛プログラム入れたなっ!?」

「案ずるな三十分で解ける」

「この状況でどこをどう案ずるなって言うんだよぉっ!」

喋れはするが、四肢に力が入らず身を捻るのも容易ではない。あっけなく無力化されてしまったメオールは、息を荒らげて

いる黒虎を、恐怖を湛えた目で見つめる。

ベリアルはまともに動けないメオールに覆い被さり、その乳房にしゃぶり付いた。

「ひっ!や、やめっ!」

舌が埋没しかけた乳首を弄び、吸引される事でこそばゆさを覚える。

ゾクゾクと寒気を感じながら、身悶えすらままならないメオールは、恐怖のあまり涙目になって喘いだ。

「や、やめて…!やめてぇ!こ、こんな事っ…!」

懇願する声を無視し、ベリアルはメオールの腰に手を伸ばし、突き出た腹が乗ったベルトを探り当て、バックルとフロント

ホックを外す。すると、押し込められていた贅肉がズボンの前を内から押し開けた。

「ちょっ!?そ、それ以上は!それ以上はっ!」

必死になって身を捩ろうとするが、それすらも上手く行かない。たちまちズボンをはぎ取られ、赤地に白いハートが散りば

められた派手なトランクスを脱がされ、抵抗もできないままメオールは全裸にされてしまった。

「んっ!んぁっ…!」

稚拙で乱暴ではあるものの、必要以上に執拗な愛撫で乳首が硬くなり、身震いしたメオールは目を閉じて妙な声を漏らす。

「や、やめて…!やめてくれよぉ…!」

羞恥とこそばゆさに耐えながらメオールが漏らした弱々しい懇願は、しかしまたも無視された。

ベリアルは両の乳房を散々味わった後、一度身を起こして後退する。そして、指を舐め始めた。

それに気付いたメオールが、今度こそ強烈な恐怖と嫌悪に耐えかねて全身の毛を逆立たせる。

「ま、まさか…?まさかお前…?やめろやめろやめろやめてぇっ!おおおおおおお男だから!男の子だから!セックスとか無

理だから!」

「だが代わりになる穴はある」

あまり喋らなかった割に、ここぞとばかりにきっぱり反論するベリアル。

「あああああ「穴はある」!?穴はあるってお前それまさかっ…!」

「アナルはある」

「アナルワールっ!?」

悲鳴を上げたメオールの脚を開かせ、ベリアルは唾液で湿らせた指をソコへ近付けた。

「ギャー!イヤー!ヤメテー!タスケテー!…ひっ!」

敏感な位置に指を当てられたメオールが、喉を鳴らして息を吸い込む。

意図的に力は込められなくとも、異物感に反応してすぼまった肛門は、しかし、強引に突破された。

「イヤー!ウギャー!入ってきたー!」

涙を目に溜めて叫ぶメオールは、不幸な事に、自由は利かなくとも感覚はそのままだった。

肛門を押し開けて侵入してきた指が腸内をまさぐる感触が、彼にははっきり感じられる。

「あっ!あああああっ!やめて…!もぉやめてベリアル!助けてぇ!」

尻の異物感と恐怖、そして恥辱と嫌悪感に耐えかねて、泣きながら頼むメオールに、ベリアルは真顔で、目が据わったまま

応じた。

「大丈夫だ。しっかり勉強して来た。女性の秘所と同じように扱えば問題ないだろう」

「それ大丈夫じゃないじゃん!別物だから!その為にある穴じゃないからソレは!あっ!あぎゃーっ!」

充分な慣らしもなく挿入する指を二本に増やされ、メオールは悲鳴を上げた。

「いだー!け、ケツがぁっ!いだだだだっ!裂ける!裂けちゃうって!ひぃーっ!」

「大丈夫だ」

「全然大丈夫じゃないっ!いでぇー!ひぎぃっ!やめっ、ヤメテー!」

強引に、乱暴に尻をほぐすベリアルの指が、しばらくするとグッチュグッチュとメオールの肛門に音を立てさせ始める。

異物感に反応して溢れた腸液が潤滑剤となり、黒虎の指は先程よりスムーズに抜き差しされる。

「あっ!あああっ!あふっ!あふふぅっ…!」

メオールは泣いていた。もう何が何だか判らなかった。

どうして自分がこんな目に?慰めに来たのに、あまりにも理不尽ではないか?

しかし、メオールが泣こうが喚こうが、ベリアルは行為を止めてはくれなかった。

「やめてぇ…!ひっ!もぉ…、もぉやめてぇ…!」

涙と鼻水で顔をグショグショに濡らし、弱々しく啜り泣きながら、メオールは時折苦痛の声を漏らす。

肛門を無理矢理拡張され、尻がジンジン痛んでいる。

陵辱される屈辱と恐怖で、頭がどうにかなってしまいそうだった。

知識を得たとはいっても、それは結局女性相手の物。応用した愛撫で悪戦苦闘の末に指を三本に増やした所で、ベリアルは

慣らしを終わりにした。

そして、自らのベルトを解き、ズボンと下着を脱ぎ捨てる。

その股間では、すっかり怒張したモノが屹立していた。

雄々しくそそり立つ、人一倍太く長大な剛直は、さながら獲物を前にした猛獣のように先端から唾液を漏らし、剥き出しの

亀頭をヌラヌラと光らせている。血管はグロテスクなまでに浮き上がり、凶悪なサイズの逸物に過度な迫力を与えていた。

「では、ゆくぞ」

「…ふひぃ…!ふひぃ…!…え…?」

ぐったりとしていたメオールは、肛門に熱い物が押し当てられると、ギョッとして顔を強ばらせた。

「ま、ままま待っ…!」

…ズブッっ…

「いっ…!」

プ…ズブプププッ…

「いぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

喉も裂けよと絶叫するメオール。

肛門に突き込まれたベリアルの長大なソレは、自身の先走りとメオールの腸液によって何とか侵入を果たしたが、肛門を限

界まで押し開いていた。

「さ、裂けるっ!痛い!苦しい!あっ!は、腹が…!尻がぁっ!ひぃっ!」

強烈な苦痛が、異物感すら消し去る。

腸壁を満遍なく擦りながら根本まで挿入されたベリアルの逸物は、メオールの深い所に達して獰猛に脈動している。

やがて、みっちりと腸内に詰まった肉棒がベリアルの動きに合わせて後退すると、メオールは声にならない悲鳴を上げた。

「あぎゃー!出るっ!め、捲れてっ…!ケツが捲れちまうよぉっ!出てくぅ!腹ん中のモンが引っ張られて…、いぎゃぁっ!」

再び深く突き入れられ、メオールは絶叫する。深く突き刺された陰茎で串刺しにされたかと思う程の苦痛があった。

ぎこちない腰の動きで、しかし執拗に、ベリアルはメオールを貫き続ける。

黒虎の腰が前後する都度、メオールの肥えた体が揺れ、脂肪が波打つ。

(何で…、何でベリアルに犯されなきゃなんないの…?慰めに来たのに…、励ましに来たのに…、あ、あんまりだぁ…!)

恥辱と苦痛と恐怖で、また涙が込み上げて来た。

「う…!んぐぅっ!」

程なく、呻きながら身震いしたベリアルは、悲鳴と嗚咽を上げるメオールの中に精液を放つ。

これが、その生涯で初の射精だった。

瞬間的な快感の余韻が、黒虎の動きを止める。

(や…、やっと終わった…)

めそめそと泣きながらもホッとしたメオールだったが、

「ふんぐっ!?いぎゃっ!」

ベリアルが再び腰を動かし始めると、苦痛に顔を歪ませた。

「ひがっ!や、やめてっ!やめてぇっ!ふっ!ぴぎぃっ!」

もはや悲鳴しか上げられないメオールを、ベリアルは執拗に犯す。

初経験となる射精の快感が、理性まで鈍らされた彼を衝動の赴くままに突き動かす。

やがて、二度目の射精がベリアルに再び快感をもたらした。

が、その休憩も長くは続かず、黒虎はまた腰を振り始める。

何度も、何度も、インターバルをさほど置かずに尻から大量の精液を繰り返し注ぎ込まれ、腹の中をかき回され、メオール

は救いを求め、赦しを乞い、泣き叫ぶ。

苦痛は最初ほどではない。肛門はもう痺れており、感覚があまりない。

それでも腸内の圧迫感はそのままで、自分の肛門とベリアルの陰茎が立てる卑猥な音を聞きながら、

(ああ…、は、孕まされてる…!ベリアルに犯されて、孕まされて…!)

ショックで泣き続けるメオールは、そんな事を考えていた。

「ひっ…!ひぐっ…!うう…!ひっく…!」

天井を見上げる青猪の目から、涙が流れ続ける。

そのすぐ横では、彼に覆い被さる形で俯せになった黒虎が、肩口に息を吹きかけながら眠っていた。

結局、ベリアルは六度も射精した後、メオールの上に覆い被さって力尽きた。

途中で緊縛プログラムが失効したメオールだったが、逆らう気力も無い有様で、途中からはもう泣いているばかりだった。

「痛ぇ…。ケツがぁ…、ケツが痛ぇよぉ…。腹の中…、どうなってんだろ…」

鼻をすすり上げ、メオールは「うっ…」と呻いて目を閉じる。

訳が判らなかった。

自分が何故こんな目に遭わなければならなかったのか…、ベリアルが何故こんな真似をしたのか…、そして…、尻を貫かれ

た自分の陰茎から途中で大量に精液が溢れ出たのは何故なのか…、何もかも判らなかった。

「う…、うぅん…」

顔を顰めて呻き声を上げた黒虎は、うっすらと目を開ける。

いつ眠ってしまったのか判らなかったが、ソファーに仰向けになった彼は、毛布を被っていた。

身を起こし、軽く頭を振ったベリアルは、自分がズボンも下着も身につけていない事に気付く。

さらには、嗅ぎ慣れていない異臭が鼻を突き、彼は顔を顰めた。

(いつ寝たのだ自分は?…確か、メオールが来て…、酒を飲んでいた…)

そこまで思い出した彼は、自分が失恋した事を思い出し、顔を曇らせた。

(自棄酒など初めてだったが…、気を遣ってくれたメオールに感謝すべきだろうな…。そういえばメオールは?帰ったのか?

…ん?)

辺りを見回したベリアルは、寝室のドアが半開きになっている事に気付いた。

立ち上がってズボンと下着を拾い、それらを穿いた上で服装を整え、ベルトを締めた彼は、

「…あ…」

酔って朦朧となりながらも残った記憶が、覚醒に伴って組み上げられて復旧…つまり思い出し、声を漏らして硬直した。

まともな状態ではなかったとはいえ、自分が何をしたのか理解したベリアルは、凍り付いたように動けなくなる。

「…メオール…」

呟いて恐る恐る足を踏み出したベリアルは、そっと寝室の中を覗い、自分のベッドに目を止める。

そこにメオールは居た。枕を抱いて横向きになり、眠っている。

歩み寄ったベリアルは、泣き過ぎて瞼を腫らしたメオールの、流れた涙で被毛がツンツン固まった顔を見つめる。

「…自分は…、何という事を…!」

わなわなと震える手を胸の前に上げて見下ろし、ベリアルは怖れ戦いた。

恋に破れ、さらには慰めてくれた友人に酷い仕打ちをした…。自分の行いが怖くなった。

呟きに反応したのか、メオールが薄く目を開ける。

寝ぼけたその瞳は、黒虎の姿を見るなり見開かれた。

「わっ!?」

跳ね起きて後退り、警戒で硬い表情を浮かべたメオールを、ベリアルは耳を伏せて見つめ、

「………済まん…、メオール…!」

その場に跪き、土下座して謝罪した…。



「最悪だっ!もぉ最悪っ!最悪の最低っ!信じらんないねっ!」

メオールは朝食のピザを囓りながら、食べかすを飛ばして怒鳴る。

「……………」

少し離れた所で正座し、耳を倒して項垂れているベリアルは、返す言葉もない。

「慰めに来て犯されるなんて誰が予想する!?どんな罰ゲーム!?何か悪い事した!?」

すっかり小さくなった黒虎は、

「…面目ない…」

「聞こえない!」

消え入りそうな声で謝り、メオールに怒鳴られる。

「…済まん…」

「聞こえん!」

「…ごめんなさい…」

「御免で済む話!?」

「…済みません…」

「そうだよなっ!」

ぐいっと牛乳を煽り、空にしたジョッキをダンッ!とテーブルに叩き付けるメオール。

高スペックの堕人を相手取っても怯む事などないベリアルだが、その音にはビクッと反応し、尻尾を立てて太くした。

「あり得ないし!」

「あり得ません…」

「最悪だっ!」

「最悪です…」

ブシューッと猪っ鼻から荒い鼻息を噴出させたメオールがギロッと睨むと、ベリアルはますます小さくなる。そこにはもは

や歴戦の管理人たる黒虎の姿はなく、こっぴどく叱られた子供のようですらある。

「……………ふん!」

食事を終えて鼻を鳴らし、立ち上がる青猪。

それだけでビクつき、上目遣いに様子を窺う黒虎。

「帰るっ!」

「…はい…」

メオールは肥えた体を揺らしながら、ドスドスとこれ見よがしに荒い足取りでドアに向かった。

その足音を怖がるように、ベリアルは項垂れて体を硬くする。

そして青猪は、ノブに手を掛けてから振り返り、黒虎を睨んだ。

「…責任…、取って貰うかんねっ!」

「…え?」

やや間を空け、ベリアルが間の抜けた声を漏らしながら顔を上げたその時には、ドアは閉じられる寸前だった。

ドアがバタン!と、大きな音を立てて乱暴に閉められ、黒虎は顔を顰めながらビクッと体を竦ませる。そして、

「……………」

部屋に一人残され、無言で数分間もそのドアを見つめた後、

「…責任…」

ぽつりと、小さな掠れ声で呟いた。

失恋の痛手に続いて抱え込む事になった、深く重い罪悪感。

激しく己を責めるベリアルの心は、暗く沈んで行った。



その翌日。

「う〜…!まだ屈むとケツがジンジンするぅ…!無茶苦茶しやがってあの馬鹿ぁ…!」

前屈みになってトイレから出てきたメオールが、手を洗いながらぼやいていると、作業場でチャイムが鳴った。

「あー、はいはい!どちらさまでー?」

バッバッと手を振って水気を切り、タオルで拭った青猪は、作業場の方を向いて声をかける。

定期点検が済んだバイクや、致命的障害が発生して預かっていた発券機の補修も済んだ為、今日は数件の来客予定がある。

それらの客の誰かだろうと推測しながら声を上げたメオールだったが、返事が無かった事で眉根を寄せた。

「………」

にわかに表情を険しくしたメオールは、つなぎの胸元に手を入れて、S&Wチーフスペシャルを引き抜く。

銃が必要な職務に従事していない彼だが、護身用として一応携帯を義務付けられていた。

神経質になり過ぎだとメオールは思ったが、何せこの近辺ではつい先日「熊出没注意」の警報が出たばかり。しかもイブリ

ースの行方は判っておらず、まだこの近辺に潜伏している可能性も捨てきれない。

あの北極熊が出没した区域では堕人が勢い付く。扱える者に取っては便利な器具の宝庫であるここは、所在さえ知られてし

まえば襲撃対象にも成り得た。

異層に作られたこの作業場はカモフラージュされているものの、いざという場合の防衛機能は殆ど無い。簡単な足止めにな

る空間遮断シャッターを除けば、修理人の安全を確保するために緊急脱出用の転送装置が用意されている程度である。

万が一堕人などが入り込んだ場合、メオールの技量から言っても撃退などは不可能だった。

水道から水を出したままにしたメオールは、静かに携帯を取り出し、作業場の映像を呼び出すと、

(…なにこれなにこれなにこれぇっ!?)

大柄な茶色い牛、銀色の狐、そして女性の灰色水鳥という、赤いロングコートを纏った一団の姿を見開いた目に映し、顔を

引きつらせた。

(本当に堕人じゃんか!うぅ…!先日の一件で怪我人とか機材とか随分出入りしたからなぁ…。面倒臭がらずに出入り口移転

しとけば良かった…!)

さてこれは大事だぞと、メオールは頭を悩ませる。

すぐさま携帯端末で救援要請を発信したものの、大概の場合、助けがすぐに来てくれる訳ではない。

勿体ないが器具は捨て、自分だけでも本部へ緊急転送し、難を逃れよう…。

そう決めたメオールは、携帯の画面を凝視して堕人達の姿を再確認する。

彼らが負傷している事は一目で判った。先日の大規模戦闘で管理人や執行人と戦ったのだろう、牛は右腕の肘から先が無く、

狐は顔の半面を包帯で覆っている。

程度が軽い水鳥も、脚の調子がおかしいらしく、少し歩くにもびっこを引いていた。

(よし、映像記録は取れた…。このまま逃げ…)

携帯から目を離し、顔を上げたメオールは、作業場と洗面所の間に挟まれた短い通路…そこへ通じるドアを見遣ったその瞬

間に硬直した。

細く開いたドアの隙間から覗く、血走った目。

その下から突き出された、黒光りする銃口。

「動くな」

幼い…とすら言えるその声に反応したメオールは銃を構えようとしたが、銃声が響くと同時にその手からチーフスペシャル

が弾け飛んだ。

「いっつ!」

銃を撃ち飛ばされ、痺れた手を抱え込んだメオールの前に、ドアを蹴り開けた小柄な影が飛び出す。

そして、メオールの猪っ鼻にぐりっと拳銃の先端が押しつけられた。

「抵抗しなければ殺しはしない。そのままゆっくり手を上げろ」

青猪は驚く。というのも、自分に銃を突き付けている相手が、太っているメオールの半分程度しか体積が無い、小柄なレッ

サーパンダだったせいで。

この男の事は知っていた。発生からせいぜい70年ほどしか経っていない若輩ではあるが、管理人の候補となりながらもシ

ステムから離反した高スペックの堕人として、時々噂にのぼっている。

愛らしい見てくれとは裏腹に、その瞳は凄味を帯びており、飲まれたメオールは降参して両手を上げた。

「素直で宜しい。…既に救援信号は出しただろう?猶予も無い、早速来て貰おう」

「…来て貰う…?ここの占拠や略奪が目的じゃ…?むぐ!」

訊ねたメオールは、鼻をぐりっと銃口で押され、呻きながら口を閉ざす。

「余計な口はきくな。黙って付いて来るように」

立ち上がらせられ、背に銃を突き付けられ、メオールはレッサーパンダに追われる形で作業場へ出る。すると、待ち構えて

いた三人の堕人が、作業場にあった牽引用ワイヤーで彼を縛り上げ始めた。

「これから貴方には、負傷した同胞達の手当てをして貰う」

腕を背中に回され、胴をワイヤーで縛り上げられて行くメオールに、レッサーパンダはそう告げ、そして訊ねた。

「必要な器具を述べたまえ。一緒に運ぶ」

メオールはパニック寸前の頭で考える。

すっかり馴染んでいるので考えなくとも持っていくべき治療用器具は判るが、彼が今頭を巡らせているのは、それとは別の

事についてであった。

負傷した同胞の手当てをさせると、レッサーパンダは言った。それはつまり、彼らのアジトのような場所へ連れて行かれる

事を意味するのだろう。

(無事に帰して貰えるとは、ちょっと思えないよなぁ…)

おそらく口封じに消されるか、そのまま囚われの身となる…。あまりにも先行きが暗過ぎて、メオールは泣きたくなった。

だからこそ、器具選びに一縷の望みを託した。

連れて行かれたらお終いなのだから、間に合うタイミングで誰かが来てくれる事を願って。

「…負傷者の状態が判らないと…、どの程度の器具が必要になるか見当も…」

ぼそぼそとそう訴えたメオールは、その肩口へ水鳥に銃を突き付けられ、息を止めた。

「そうビクつかなくても良くてよ?データを注入するだけですわ」

相当調子が悪いのか、雌水鳥の声は乱れた息の隙間から零れて聞き取り辛かった。

軽い衝撃に次いで流入するデータ。時間稼ぎが大幅に短縮させられてしまったメオールは、狼狽を隠しながら器具類を見回

し、必要な物を述べ始めた。

無くとも大丈夫そうだったが、運び出すのに手間がかかるような物もあえて上げてゆく。

だが、一度姿を消していた狐が帰って来て、

「転送ゲートの封鎖は完了しました」

「ご苦労」

と、レッサーパンダとやり取りすると、いよいよ絶望するしか無くなった。

(これじゃあ…、どれだけ時間を稼いでも間に合わない…)

直通ゲートが使えないとなれば、本部からの救援は期待できない。

最寄りのゲートから急いで来ても、その前に器具の運び出しは終わり、自分は連れて行かれるだろう。

(師匠…。バザール…。皆…)

二度と会う事ができないかもしれない、親しい者達の顔を思い浮かべたメオールは、

(…ベリアル…)

最後に黒虎の顔を閉じた瞼の裏に映し、ため息をついた。

あんな別れ方になった事が悔やまれてならなかった。

そして、あんな別れ方にした古馴染みに腹も立った。

「では、迅速に移動する」

準備を終えたレッサーパンダがそう宣言し、メオールは力無く項垂れた。

その直後の事であった、入り口のドアが真っ二つに破壊され、そこから銃弾が飛び込んだのは。

ドアが破壊されたその瞬間に、レッサーパンダと水鳥、そして牛は、荷物を放り出して雑多な機材の陰へ飛び込んでいたが、

メオールの首筋に銃を当てていた狐だけは反応が遅れた。

棒立ちのままだったメオールの右側頭部や肩を掠めるように通り過ぎた無数の弾丸が、狐の顔面や肩、胸を捉える。

プロテクトをあっけなく破壊され、データ圧縮弾をまともに何発も食らった狐が声も無く倒れる。

そして、ドアを蹴り壊して発砲しつつ飛び込んだその男は、床に身を投げ出して転がり、前屈みで立ち上がると、

「メルキオール!」

応戦しようとした水鳥へ牽制の銃撃を行いつつ、友に飛びついた。

「べ、ベリアル!?うわっ!」

驚いているメオールは背中から床に押し倒される格好になり、さらにそのまま乱暴に引き摺られてスチールデスクの陰へ押

しやられた。

「ど、どどどどうしてここにっ!?」

「近くまで来ていた。…いや、そんな話は後にしろ」

堕人側の発砲が開始され、ベリアルはデスクの陰から飛び出す。

メオールの縛めを解いている時間は無い。身動きできない彼の傍に居るよりは、自分が動いて離れた方が良いと判断し、あ

えて危険な方法を選んだのである。

相手がメオールを連れ出そうとしたらしい事は、ドアを蹴破ったあの瞬間に確認している。

用事がある以上は無事に連れ出そうとするはずで、彼自身に相手が危害を加える可能性は低い。デスクの陰に移動させたの

は、単に流れ弾に当たる心配があったからだった。

転がって銃撃を避けるベリアルの体表が、ブンッ…という微かな音と共に変化する。

魂の拍動が影響し、肉体が臨海稼働する事に伴う変化で、濃い影の如き漆黒の体躯に白い縞模様が浮かび上がる。

それは半除幕とも呼べる、出力をセーブする為に枷を半端に外した状態であった。

この状態でのベリアルの動きは、筋肉質なごつい体に似合わず、機敏かつ柔軟。

管理人としての職務を遂行すべく与えられた彼の肉体は、追従性能が極めて高く、並の堕人や配達人では完全な除幕でもし

なければ太刀打ちできない。

オーバースペックには至っていないものの、既にノーマルスペックの域を脱しているベリアルのようなワールドセーバー達

は、「ハイスペック」と呼称される。

その性能はノーマルスペックとは別次元に至っており、心を犠牲に能力特化された執行人すらも上回る。この場に居合わせ

た堕人の残りを纏めて相手にしても、互角以上の戦いができるはずだった。

だが、自分と相手の戦力を比較して優位性を見出しながらも、ベリアルは状況を楽観視していない。

多勢に無勢な上に、雑多に物が置かれた作業場では動きも制限されてしまう。

堕人三人とベリアル一人の戦力は、彼に不利なこの状況を踏まえれば、ほぼ互角だった。

移動と回避に集中するので必然的に狙いはぶれ、牽制の発砲も多くなる。程なくベリアルの銃はスライドが後退して弾切れ

を示した。

だが、黒虎は慌てず騒がずスーツのポケットに手を入れ、小箱を取り出す。

「これを頼む!」

そう言ったベリアルから放り投げられたそれを見つめ、銃を構えたまま牛は戸惑う。

敵の言う事とはいえ、咄嗟にそんな事を言われれば迷いも生じようという物。

彼の僅かな判断の停滞が、ベリアルにチャンスを与えた。

小箱が宙にある間に、自分を狙う水鳥へ視線もやらずに腕を向け、スーツの袖に仕込んでおいた予備の銃をスライドさせ、

握る。

その直後に打ち込まれた銃弾を、首を傾けて回避したベリアルの手で小型自動拳銃…オフィサーズが火を噴き、先手を取っ

て発砲した水鳥の方が逆に銃弾に倒れていた。

(何てヤツ…!どれだけ場数を踏めばこんな立ち回りができるんだ!?…はっ!?)

一瞬の感嘆と硬直の後、我に返った牛が発砲するも、ベリアルはこれを避けて作業台の陰に転がり込みつつソーコムピスト

ルをリロード、台を盾に連射した。

胸と脇腹に被弾し、前のめりに倒れた牛の下で小箱が潰れる。

それを目にとめて一瞬顔を歪ませたベリアルだったが、動きは滞らせずに作業台の陰から飛び出し、同じく機材の後ろから

飛び出したレッサーパンダと対峙する。

メオールを人質に取ろうとしたレッサーパンダだったが、ベリアルはこれも読んでいた。

仲間が倒れた事を認識するまでと、劣勢と判断するまでが早く、動揺もせずにそれを受け止めながら方針変換をはかる判断

力は見事だったが、黒虎の実戦経験は彼の上を行く。

追いつめられれば動けないメオールを盾に取ろうとするだろう事は最初から想定していたので、ベリアルは動き回りながら

も猪と敵の間に割って入れるポジションを維持し続けていた。

互いの胸に銃を向け、かつて顔見知りだった二頭の獣が睨み合う。

レッサーパンダは冷静に分析する。一対一では勝ち目が薄い事を。

ベリアルも無表情で確信する。手練れではあるが、敵ではないと。

そこからの攻防は、濃くはあったが一瞬であった。

レッサーパンダの発砲。軌道を予測して身を捻り、首を傾けたベリアルがこれをやり過ごす。

ベリアルの発砲。レッサーパンダの手から銃が飛ぶ。

レッサーパンダが横っ飛びしながら腰の後ろに手を伸ばす。ベリアルの発砲は目標を捉えない。

床にダイブする格好のまま、引き抜いた銃で狙いを定めるレッサーパンダ。

身を翻し、背面に銃撃を受けるベリアル。

勝った。

そう確信したレッサーパンダだったが、床に接触する前に顔を引きつらせた。

背に命中したように思えたデータ圧縮弾は、ベリアルが出現させた異形の何かに絡め取られていた。

黒いスーツの背に浮き上がった白い翼印から伸びているソレは、他のワールドセーバーが顕現させる鳥の翼やコウモリのよ

うな翼手とは、著しく形態が異なっている。

ぞわりと無数に伸びた半透明のソレは、イソギンチャクの触手のような形状をしていた。

ハイスペックだからこそ可能な、噴出する力を固着させず、柔軟に形状操作するという高等技術である。

呆気にとられたレッサーパンダの胸に、背を向けたまま脇の下を通して背後に向けたベリアルのソーコムピストルが、ひた

りと銃口を定めた。

銃声。倒れ込む音。そして静寂。

もぞもぞと身を捻ってデスクの影から顔を覗かせたメオールは、堕人が全員倒れ、黒虎だけが立っているその状況を目の当

たりにし、自分が助かった事を悟る。

「…無事か?メオール」

慎重な運用を強いられ、セーブしたが故に普段より早く稼働限界に差し掛かっていたベリアルは、触手状の翼と白い縞模様

を消しながらメオールに訊ねた。

「な、何で…、ここに…」

安堵もあったが、何よりも疑問が強かったメオールが訊ねると、黒虎はそっと視線を外す。

「先日の事を詫びようと…、近くまで来ていた…。タイミングが良かったな…」

偶然が自分を救ったのだと悟り、改めて恐怖したメオールは、黒虎に向けていた目を少し動かし、丸くした。

ベリアルの背後で、倒れ伏しているレッサーパンダの腕が上がっている。

それは、本人の意識が無くなっても働く自動攻撃プログラムの作用だった。

殺意も敵意も伴わない自動的なその行動には、流石のベリアルも気付けない。

「ベリアル!そいつまだ動け…」

メオールが上げた警告の声に反応し、レッサーパンダの腕はそれ自体が別の生き物であるかのようにぐりっと捻れ、猪の眉

間に狙いを定めた。

「…あ…」

やっぱり自分は助からないのか。

諦めにも似た念が、恐怖以上にメオールを縛る。

きつく目を瞑った猪は銃声を聞く。

だが、どういう訳か着弾も異常も認識できなかった。

恐る恐る目を開けると、眼前には黒い物が跪いている。

「…最後っ屁か…。この程度は予期して然るべきだというのに…、己の詰めの甘さに呆れるばかりだ…」

メオールの盾になる形で腰の後ろに被弾し、低く呻いたベリアルは、振り返って狙いも定める事すらせず、肩越しのバック

ハンドでレッサーパンダを銃撃した。

ビクンと痙攣したレッサーパンダの手から銃が飛び、金属音を立てて落ち、床を滑って行く。

最後の気力を振り絞った銃撃を命中させたベリアルだったが、そこで力が尽きてしまい、がくんと脱力して銃を落とした。

「べ…、ベリアル!」

「大丈夫…だ…。致命的では…ない…。半除幕のガタと…、かすり傷の…、ダブルパンチで…、堪えは…したが…」

苦悶の表情を浮かべたベリアルが横倒しになる。

致命的な損傷ではなかったが、プロテクトも解いた無防備な状態で直撃させられたせいで、システムエラーを起こしてしまっ

ていた。

浅く乱れた呼吸を繰り返し、動けぬままに苦痛を堪えるベリアルを間近で見ながら、メオールは必死に身を捩る。

膝と胸で這い進んだ青猪は、勢いを付けて上体を起こし、黒虎の上に折り重なるようにして倒れ込んだ。

「メオール…?」

「喋るな!じっとしてろ!」

言い放ったメオールの体が淡い燐光に包まれた。

その青白く、爽やかに映える光が、傷ついた黒虎の体に浸透してゆく。

器具を使わず直接接触で修復を試みるメオールの下で、

「…重い…」

「馬鹿っ!」

思わず呻いた黒虎は、一喝されて耳を寝せた。



それから十数分後。何とか動けるまでに回復したベリアルによって緊縛を解かれたメオールは、直ちにゲートを復旧させ、

作業場には本部からの救援隊が駆け付けた。

とは言っても侵入した堕人の討伐は完了しており、メオールとベリアルの無事を確認した彼らは、その任務を潜伏している

のだろう負傷した堕人達の探索へと変更された。

弱っているベリアルは駆け付けた同僚の雪豹に肩を貸して貰い、ドビエルの指示で本部へ引き上げさせられた。

そしてメオールは、ドビエルに状況を説明した後、念のために本部へ退避するよう通告を受け、作業場を見回して持ってい

くべき物を確認していた。

(入り口の移設が終わるまでだから、そう長くはならないだろうし…、必要な物は向こうで揃えるか…)

そう考え、小さな工具箱と医療用キットを手に取ったメオールは、「ん?」と鼻を鳴らして床を見遣る。

まだ現場の保全が済んでいない散らかった作業場の床に、目を引く物が落ちていた。

上下逆さまに床に転がり、蓋がずれる形で潰れているソレは、先程ベリアルが時間稼ぎに放った小箱である。

首を傾げつつ小箱を拾ったメオールは、ひっくり返して中身を確認すると、その目を真ん丸にし、次いで顔を顰め、さらに

ブシュッ!と荒く鼻息をついた。

「あの馬鹿ちん…!」

吐き捨てて踵を返したメオールは、足早に作業場の奥…転送ゲートへと向かった。



「…何故だラミエル?」

廊下で通信を受け、立ち止まったベリアルは、同僚の言葉で首を傾げる。

修復を受ける為にラボに向かう途中での事だった。

『よく判りません。けれど、とにかく自室に戻るようにと室長が…。修理担当をそちらに向かわせるおつもりなのでは?』

「なるほど。判った」

『では、後の事は心配せずに任せて下さい。お大事に、ベリアル』

「有り難う」

通信を終えて踵を返したベリアルは軽く眉根を寄せる。ここからだと自室に戻るよりもラボへ行く方が近かったので。



そしてしばし時間が過ぎ、痛みと怠さが抜けない体を引き摺り、疲れを増しながら自室に辿り着いたベリアルは、

「………?」

自室で待ち構えていた青猪の姿を目にし、頭の中を疑問符だらけにする。

「…ベッドに寝て。修復するから」

ぶっきらぼうな口調で言うメオールは、仏頂面だった。

「メオール…?さし当たっては室長監視下で保護を受けるのでは…」

上司からその後の措置について聞かされていたベリアルには、メオールがこうしてこの場に居る事が信じられなかった。

あんな事があった直後で目を離すなど、万事抜かりないドビエルにしては手温過ぎると感じて。

「ドビエル室長に無理聞いて貰って、担当する事になったんだよ!」

不機嫌さを隠そうともしないメオールの顔をじっと見つめた後、ベリアルは目を逸らした。

「…何故…?」

「馬鹿ちん!」

虎の問いかけは、猪の怒声でかき消された。

「友達が自分庇って怪我したんだぞ!?やれる事はやるだろ普通!…それとぉ…」

ドスドスと体を揺すって歩み寄ったメオールは、つなぎのポケットに手を突っ込み、壊れた小箱を掴み出して、ベリアルに

突き付けた。

「何かな?これ!」

「こ…、これは…」

眼前に突き出されたメオールの手の上には、壊れた蓋を開けている小箱。

さらけ出されているその中身は、メオールの名前が彫られたシルバーのリングだった。

「何これ!?どういう意味!?」

目を吊り上げて鼻息を荒くしているメオールから目を逸らし、ベリアルはボソボソ呟きだす。

「…いや…、考えに考え抜いた末…、責任を取るとは…、こういう事になるのかな、と…」

「馬鹿じゃないのこの馬鹿ちんはっ!?」

メオールに一喝され、ベリアルはビクッと尻尾を立てつつ耳を伏せた。

「早いって!でもって重いって!何考えてんだこの馬鹿ちん!」

「…済みません…」

太い声を小さくして詫びる黒虎に、

「…けどまぁ、その気があるって事は判った…」

メオールは腰に手を当てて口をへの字にし、ムスッとした顔で呟く。

「責任取れよホントに!」

黒虎の逞しい胸を太い人差し指で突くと、メオールは大声でがなった。

「絶対絶対、責任取れよ!あんな事までして、あんな物まで奪ったんだから、絶対だぞ!」

胸をぐいっと一押ししてベリアルをよろめかせ、「んじゃ修復するからこっち来なさい!」と言いつつ踵を返した猪は、ド

スドスと寝室に向かい、ドアの前で立ち止まる。

そして、立ち尽くしたままの黒虎を振り返り、小箱を握った手を突き出した。

「…こ、これは…、一応貰っとくからっ!責任きっちり取んなきゃ、絶対許さないんだかんね!」

恥ずかしさを紛らわすように大声で怒鳴ったメオールは、そのまま寝室の中に消える。

それを見送り、呆然とした面持ちで立ち尽くしていた黒虎は、

「早くっ!」

「あ…。は、はい…」

ドアの隙間から顔を覗かせた猪に怒鳴られ、しどろもどろになりながら頷いた。

(…この責任の取り方で、許して貰えたのか?…いや、かなり怒っているようだし…、まだ許しては貰えないか…)

メオールが照れ隠しに怒った振りをしている事までは見抜けず、ベリアルは怖々と寝室へ向かった。

そして数時間後、渡した指輪がバザールにプレゼントするつもりだった物を潰して作り直した物だった事を知ったメオール

が激怒。

鈍いベリアルは何故猪が怒ったのか判らないまま、とりあえず平身低頭で謝った。



その後、二人は密かな交際を始める事となった。

そしてベリアルは、発端に責任を感じている事もあって、すっかりメオールの尻に敷かれてしまい、以降は彼の顔色を伺い

ながら交際して行く事になるのだが…、それはまた、別のお話。