「えへへ…!」

 カフェの席で、尻尾を背中と椅子の隙間でブンブン振るブチ犬が、眩しい笑顔を俺に向ける。

 外は暑い真夏の日差しで、景色が全部焼けるよう。陽炎に揺れるショッピングモール外の車道を、冷房が効いた店内からガ

ラス越しに望むのは、この季節だと至上の贅沢だな。

 …と、カーテン閉め切った臭ぇ部屋に一年篭ってた豚猫はしみじみ思う。

 梅雨が明けてから太陽が休みなく働き、カンカン照りの日が続く夏休みのある一日。ショッピングモールまで出て来たおれ

とナナは、暑さを避けて休憩してる。

 …いや、どっちかっつぅとこれはおれのための休憩…。デブに夏は辛い。涼しさを演出するメッシュの青いティーシャツは、

速乾性が売りのはずだった。が、おれの発汗量はそれを上回ったようで、青が濃紺になっちまうほど湿ってる。ハーパンもか

なり悲惨な有様だ。腹にかけたゴムが流れ落ちる汗を受け止めて吸収、上からシロップかけたみてぇにジンワリ変色。漏らし

たみてぇにならなかったのは不幸中の幸いだった…。

 …これでも元テニスプレーヤーだからな…。デブっちまって体型に面影は全然ねぇけど、現役時代に発達した汗腺の機能は

そのまんまだ。デブ+発汗強制冷却の組み合わせで、そりゃあもう大変な事になってる…。

 もうどっから見ても完璧にデブ猫なんだが、おれはデブ初心者だ。デブ歴一年だが、こんな体型になったのは引き籠ってた

間の事。デブがどの季節にどんな事するとどうなる、ってのがちっとも判ってねぇから結構失敗する。

 …今日の天候と歩行距離と発汗量と着替え無し、って状況も正にソレ…。

 ところが、汗だくになった俺とは対照的に、ナナはさほど汗もかいてねぇし平気そう。一息つくおれを見ながらご満悦。こ

いつも体毛が豊かな性質なんだが、暑いのはそんなに苦じゃねぇらしい。

 冷たいチョコパフェを口に運んで、涼を取ってると…。

「あ。コマザワ君とコナガイ君だ」

 車道を見遣ったナナがそう言って、おれは視線を窓に向ける。

 車が行き交う車道の向こう、ショッピングモール入り口と反対側の歩道を、暑苦しい赤頭の堅肥り和犬がシュッとしたキジ

トラ猫と並んで歩いてるのが見えた、さらに…。

「コマザワ君のお友達も一緒だ」

 ナナが言う通り、コマザワ達の後ろには大柄でガタイがいい鋭い目の馬、少々小柄で子供っぽい縞々の茶色っぽい猫、パン

クロッカー風に鳥のトサカみてぇな髪型にしてる人間、真っ白でずんぐり肥った大人しそうな骨太柴犬と、デコボコな四人が

続く。詳しくは知らねぇが、連中はコマザワの地元のダチで、時々遊びに来るらしい。

「夏休みだからな…」

 ぼんやり眺めながら呟いたおれに、

「夏休みですもんね!」

 幸せ面の子犬が笑顔でコクコク頷いた。

 夏休みと言っても、おれは学校に通ってる。単位が足りねぇから補習受けねぇとまた留年しちまうんだ。おかげでガッチリ

予定が詰まってて、ちっとも休みって感じがしねぇんだが…、まぁ辛抱だ。ナナと一緒に居るためには必要なんだからな…。

 ナナと言えば、希望した生徒が受けられる夏の強化学習にわざわざ希望を出してる。おれに付き合ってって事なんだろうと

思って、無理しなくていいぞって言ったんだが…。

「オオシロ君は頭がいいから、ぼく勉強頑張らないと同じ大学に行けないし同じ会社に勤められなくなっちゃいます!」

 …だとさ。おれ、コイツの将来設計が何年先ぐらいまでどの程度の確かさで描かれてんのか、すげぇ気になるんだけど…。

「そういえばお前、夏休み中に実家とか帰らねぇのか?お盆とか」

「一応帰省するんですけど、「お盆までは忙しいからあまり早く帰って来ても構ってやれないぞ」ってお父さんとお母さんが」

「…庭師だっけ?」

「はい。お盆前はお寺さんとか、仕事先が色々…」

 はっきり言って、庭師の家庭のお盆休み前後の事情とか、コイツと知り合わなかったら一生知らなかったし考えなかっただ

ろうな…。

「他の寮生はどうなんだ?コマザワは帰省するどころか向こうからダチが来てるけど…。バンダイまだ寮に居るよな?昨日も

寮からログインしてたんだろ?」

「はい。バンダイさんも番長さんもまだ居ます。…って言うか…」

 ナナは視線を少し上げて、思い出すような表情になった。

「帰省したとか、いつから帰省の予定だとか、そういう話は聞いた事なかったかも?」

「へぇ。帰省大変なトコなのか?番長とか実家どの辺りなんだろ?」

「番長さんは無口だから、そういうの全然喋らなくて判らないです。けど、番長さんと同郷のバンダイさんは、生まれは滋牙っ

て言ってたような…」

「シガ?だったらそんな遠いって訳でもねぇな…」

「ですよねぇ。あ。パフェのおかわり頼みますか!?」

「いいって…」

 ナナはおれのパフェが無くなるなり目ざとく訊いてきた。あいかわらずチョコ好きだと思われてる…って言うか食べるの大

好きキャラだと勘違いされてるっぽくて、コイツと居ると何かと色々食わされる。
本人は全く悪気がなくて、ただただおれが

喜ぶようにって気を使ってるみてぇなんだけど…、結果的に肥育されてる感がある…。

「汗も引いたし、そろそろ帰るか」

「え?水着まだ買ってませんよ?」

「だから買わねぇって…」

 膨れっ面になるおれを、ナナはもの言いたげな目で見つめてくる。

 ナナはどうやら、コマザワがダチとプールに行くのを見たり聞いたりしてる内に、おれともプールなんかで遊びたくなった

らしい。
…が、悪ぃけどそれは御免だ。学校の授業のプールはともかく、わざわざ自発的にプールへ遊びに行くのは正直嫌だ。

「オオシロ君、泳ぎが苦手ってわけじゃないですよね?」

「そりゃ浮くからな。脂肪で」

「またそうやって自虐ギャグ…」

「おれもビックリしたんだぜ?マジで浮力あんだな脂肪って」

「何でプールが嫌いなんですか?」

「いや、別にプールその物が嫌いってわけでも、泳ぐのが嫌いって訳でもねぇんだけど…」

 ああ~…。完全に気付いてねぇな…。コイツ自身が全然気にしてねぇから、考えが及ばねぇんだろうけど…。

「じゃあどうして…」

 ナナはいよいよ気になってきたらしい。う~ん…。

「…傷跡が目立つんだよな、おれの場合…」

 ぼそっと小声で言ったら、ブチ犬はハッと目を見開いた。

「あ。ああ…!ご、ごめんなさい…!」

 ほれな?こうなるんじゃねぇかと思ったから、理由を黙ってたんだよ…。

 ナナは耳をペッタリ倒して、すっかりしょげて小さくなってる。判り易い自省モードだ…。

「気にすんな。ほら、出ようぜ」

 伝票を掴んで席を立ったおれに、ナナはトボトボ、項垂れながらついてきた。


「気にすんなって」

 冷房がフル稼働し始めたばかりの、熱の名残がしつこく居座るおれの部屋で、しょげたまんまのナナの頭をポンポン叩く。

「はい…」

 マジで返事だけ。気にしねぇ素振りも見せねぇナナ。あ~…。

「痛ぇ訳でもねぇし、傷跡が目立たなくなりゃ良いんだけどな。ま、脱いだら脱いだで傷以上に弛んだ体が目立つんだけどよ」

 いつもの自虐ジョークをかまして…。

「………」

「…あのなぁナナちゃん…、こういう時はコミュ力発揮して愛想笑いぐらいするもんだぜ?深刻な顔でスルーされたら色々辛

いんだよ…」

「あ…。済みません…」

「謝んなよ。それもなんか辛いんだよ」

 なら追い打ちだ。ベロンとシャツをめくって…。

「鏡餅」

「………」

「だから笑えってんだコンチキショー…!」

「あ。済みません…」

「ったく…」

 ため息を一つついて、シャツを押さえたまま、胸の中央下側から鳩尾を右下に向かって走る傷跡に指を這わせる。

 蚯蚓腫れみてぇに盛り上がった切り傷と、その周囲の化膿した跡は、血色が悪ぃ赤紫。ムズ痒くてボリボリ掻く癖がついち

まったのも、汚ぇ跡が残った原因の一つだ。こいつが健康的な小麦色の肌の傷跡とか、黒毛の中にある傷跡とかだったらまた

違うんだろうが、変に白い地肌と毛色だから、ぶっちゃけ結構グロテスクなコントラストに仕上がっちまってる。

「せめて色が薄くなったら、目立たなくなるんだろうけどな…」

 ナナは沈痛な顔でおれの腹を見て…。

「…あ。化粧のアレなら…」

 って呟いた。

「いや、流石に化粧じゃ無理だろ。プールで落ちるって」

「化粧品そのものじゃなく、えぇと、何て言いましたっけ?女の人の、顔の、肌をきれいに白くするヤツ!えぇと、えぇと…!

シミソバカスナントカの効果のヤツ!」

 身振り手振りで訴えるナナ。…ああ、えーとアレは…」

「美白効果?」

「それです!美白!」

 ナナがパァッと顔を輝かせた。

「ニキビの跡を消すとか言ってましたから、傷跡にも効果あるかも!」

「あ~…。そっか。ニキビの跡も一種の傷跡…。効くのかもな?」

 そういや家にもあったような気がするな…。ちょこっと試しに塗ったりしてみる、って話をしたら、ナナは嬉しそうに尻尾

を振った。

「消えるといいですね、傷跡!」

 ナナはそっと手を伸ばして、傷跡に優しく触った。ツツッと撫でるその感触がくすぐったくて身震いしたおれは、笑いを?

み殺してナナの両肩に手を置き、引っ張りこんだ。

 ばふっと、軽い体がおれの胸と腹に合わさった。フカフカして気持ちいい、ナナの軽い体が。

「えへ…!」

 嬉しそうに尻尾を振るナナの背中に手を回して、キュッと軽く抱き締める。

 こんな感じでベッタリ触れ合うのって、小学校の低学年ぐれぇまでだったかな…。何だか懐かしい気もするし、新鮮にも感

じる。

 ナナは「あんな事」されても、おれに触られる事がトラウマにはならなかった。こうして抱いてやると安心するそうで、い

つも尻尾を振って喜ぶ。

 おれの背中に回るナナの手。そっと背中を撫でる小さな手の感触が心地いい。

「夏休み、あんまり遊べませんね」

 今更な事を言うナナに、「時間はまだまだあるだろ」って、おれは囁いた。息がかかってくすぐったかったのか、おれの胸

に顔を埋めてるナナの耳がプルプルっと動く。

「夏が終わっても、一緒ですよね?」

「ああ」

「冬が来ても、一緒ですよね?」

「ああ」

「三年生になっても…」

「お前が飽きるまで、一緒に居てやるよ」

 抱く腕に力をこめる。おれの贅肉に軽く沈んだナナは、クスクス笑いを漏らしてから、パッと顔を上げておれを見つめた。

「じゃあ!ずっと一緒ですね!」

「………」

 屈託ねぇ、迷いもねぇ、純粋で単純でバカみてぇに真っ直ぐで裏表がねぇ、子犬っぽさが濃いナナの顔と言葉…。

「…ああ…」

 おれが頷いたら、ナナは目を細めて激しく尻尾を振って…。

「…あ」

 違和感を覚えたように表情を変える。

「ん?どうかし…」

 言葉を切るおれ。今更気付くおれ。股間で硬くなってるおれの。

「こ、コイツはだな!そういうんじゃなくてだな!違くてだな!」

 慌ててナナを放して弁解しようとしたおれは、何が違うんだか自分でも判ってねぇ。いや違ってねぇ。申し訳ねぇ。頭じゃ

意識してねぇのに股間が勝手にナナに反応して…。

 ナナは慌てるおれの顔をきょとんと見て、それから薄いハーパンを押し上げる股間のふくらみを見て、…見ねぇでくれ!そ

の汚れのねぇ目でそんなトコ見ねぇでくれ!頼む勘弁してくれ!

「………」

「あふお!」

 おもむろに伸ばされたナナの指先がソコにチョンと触れて、おれは腰を引きながら変な声を漏らす。

 一瞬ビックリした顔になったナナは…。

「ふふっ!」

 おかしそうに笑って、それからバフっと、おれの胸に飛び込んできた。

「あ、お、おい…!」

「ぼくも、先輩が大好きです…!」

 恥かしがっておれの胸に顔を伏せて、ナナはくぐもった声で言った。

「ずっと一緒に居たいです。もっと一緒に居たいです。これからずっと、これからもっと、一緒に…!」

 トクン、トクン、胸が鳴る。

 きっとナナには聞こえてる。

「平気なのかよ…。おれは、お前に…男に欲情するような変態だぜ?」

「じゃあぼくもコマザワ君もヘンタイです!おんなじヘンタイ仲間じゃないですか!」

 自嘲混じりに言ったおれに、ナナはすぐさまそう…。

 ………。

 おい。

 待て。お前いま…。

「ナナ。お前いま何て言った?」

 ナナの肩を掴んで顔が見えるように引き剥がす。

「え?「コマザワ君も」?」

「違うソコじゃねぇ!…あ、いや、ソコも大概だけどとりあえずソコじゃねぇ!」

「…え?」

 え?じゃねぇよ!

「お前が!?何だって!?「おんなじ」!?」

「え?はい。…え?ソコ?」

 …は…?いまお前「ソコ?」って言ったか子犬ちゃん!?

「何だそれ!?」

「え?何って…」

「何でそういうことちゃんと言わねぇのナナちゃんは!?」

「え?え?だって…、オオシロ君もそういうの今までハッキリ言わなかったし…、大っぴらに言うことでもないんじゃないか

なぁ、って感じてたんですけど…」

「いや正しい。正しいよ?確かにそれ正しいけどな!?」

「え?待って。待ってオオシロ君…」

 ナナは額に片手を添えて眉根を寄せて考え込んで…。

「もしかして、ぼくもそうだって事、気付いてなかっ…た…?」

 はいそうですとも…。おれは大きく頷く。

「…き…」

 ナナの声と口元が震える。

「気付いてくれてるんだと思ってましたよ!?ぼくも同じだって判ってるって!?」

「あ、いや、ごめんなさい済んませんなんか…」

 泣きそうな顔のナナ。すげぇ申し訳なくて謝るおれ…。

「だ、だからぼく、あの、その、ハグとか抱っことか…!て、てっきり…!オオシロ君が判ってやってくれてるんだって思い

込んでて…!そ、それで馴れ馴れしく…!こ、恋人気取りでっ!あああああ、どう思われてたんだろう…!?」

「おれその辺りはてっきり、ただの甘えん坊的なアレだとばっかり思ってて済んませんホントなんか…」

「恥かしいぃーっ!ぼくってば勝手にオオシロ君と付き合ってるつもりになってっ…!」

 顔を手で覆ってかぶりを振るナナ。

「ああもう…。何かもういい…。色々もういい…。ドッと疲れたぜ…」

 おれは顔を隠すナナを抱き寄せて、そのままその場でドスッと座り込んだ。胡坐を掻いた脚にナナを上げる格好で。

「ぼ、ぼくもう恥かしくて死にそう…!はず死にそう…!」

「いいってもう…。悪かったよ察してやれなくて…」

 恥かしがるナナの顔を、顎の下に指を入れて上げさせる。

「なんだよ…。マジかよ…。いいのかよ…。おれみてぇな鏡餅で…」

 恥かしさのあまり泣きそうになってるナナは、コクンと頷いた。

「そっか」

「………」

「そっか…」

「………」

「そっかぁ…」

「………」

 おれは、おれを部屋から連れ出した子犬の顔を両手で挟んで、正面から顔を近づけて…。

 チュッ…。

「…!」

 唇がくっつくだけの軽いキスで、間近にあるナナの目が真ん丸になった。

「一緒に居るよ…。お前がそれでいいなら…」

 口を離して言ったおれを、ナナはぼんやり気味の顔で見つめて、それからハッと我に返って…。

「え?い、今の、もしかして「誓いのキス」ですか!?」

 …なんでコイツはこうも恥かしい事を普通に言葉に出来るんだか…。

「そうじゃねぇなら何だってんだよ?」

 そっぽを向いて口を尖らせたおれは…。

 チュッ…。

 不意打ちでほっぺにチューされて、弾かれたように顔を戻す。

「…もっと…!」

 ナナが笑う。はにかんだ顔で、幸せそうに。

 …ああ。そうだ、コイツは「誓いのキス」…。

 誓うよ。お前のその幸せそうな笑顔、守るって…。

 チュッ…。














 伏せてた耳がピクンってなる。

 設定温度から少し外れたのか、エアコンが音を大きくしてた。

 ぼくにはちょっと肌寒いくらいだけど、オオシロ君はこれぐらいがいいみたい。

 体を摺り寄せたら、白い腕がふわっと抱え直してくれた。

 ぼくと太っちょの白猫は、横になったまま向き合う格好でくっついてる。

 クッションを敷いて横になってるオオシロ君の右腕がぼくに腕枕して、左腕は背中に回ってる。

 冷房が効いた部屋で、真夏に肌寒さを感じながらこうしてくっつくのは贅沢だな…。

 オオシロ君はうとうとしてるけど、ぼくが動くと薄く目を開けて、ここに居る事を確認して、それからまた目を閉じる。

 ぐっしょり濡れてたティーシャツもハーフパンツもすっかり乾いてるけど、汗が引いたオオシロ君からは、少し酸っぱい匂

いがしてた。

 この部屋に来始めた頃によく嗅いでたのを薄くしたような、今じゃ懐かしい匂い…。

 体に少し隙間を空けて、オオシロ君のお腹に触れる。

 ティーシャツ越しでも、毛が無くなってる傷跡の位置は、へこみ方で判った。

 …消えないのかな、この跡…。

 消えるといいな、この傷跡…。

 チャバタ先輩が居なくなっても、もう嫌がらせをされることが無くなっても、傷跡は残った…。

 オオシロ君は、平気な顔をする。

 でも、親友だと思ってたひとに裏切られて、ずっとずっと騙されてたって知って、ショックだったはずなんだ…。

 オオシロ君は「あの事」について、自分が悪かっただけっていう言い方をするけど、何となくぼくは察してる。

 チャバタ先輩は、ぼくにも時々話しかけてた。

 思い起こしてみると、あのひとはちょっとずつ、オオシロ君に不信感を持たせるような言い方をしてた。

 他の皆は信じてなかったのに、チャバタ先輩は、オオシロ君がカンニングした事は本人も暗に認めてて、観念して学校に来

なくなったみたいに言ってた。

 不登校になったオオシロ君は、学校に行ってるぼくに嫉妬してるんだって、吹き込もうとしてた。

 他にもまだまだ、会うたびに交わした無数の言葉の中に、ぼくを誘導するようなことがたくさん散りばめられてて…。

 ぼくは馬鹿で、聞き取りも上手くなくて、よく話を聞き間違えたりするから、たまたま引っ掛からなかっただけ。

 でもオオシロ君は、親友だと思って、信じてて、だからチャバタ先輩の言葉はぼくなんかよりも胸に入り易くて…。

 オオシロ君…。ぼくね、一緒に居たいよ。

 だからね。オオシロ君の「辛い」とかも、分けて貰いたいよ。

 頼りないかもだけど、ぼく、オオシロ君と一緒に居られるならどんな事でも頑張るし、耐えられるから…。

 オオシロ君は、勝手な真似をしたぼくを赦してくれた。巻き添えを出さないために不登校を決意したって思いつきもしない

で、考え無しに学校に行こうって繰り返してた、浅はかなぼくを…。

 我慢して我慢して、ずっとぼくと遊んでくれてた。無理矢理傷を確かめたぼくを赦してくれた。好きって気持ちに応えてく

れた。こんなぼくを大切にしてくれた。前と同じように一緒に居てくれるようになった。

 感謝と尊敬は、ぼくの貧弱な語彙じゃ伝えきれないくらい…。

 オオシロ君、ぼくは君に赦されたんだよね?

 なら、もう「赦されない」なんて言わないで。自分だけ悪い風に言わないで。

 そっと、シャツの下から手を入れて、オオシロ君の傷跡に直接触れる。

 くすぐったがって、オオシロ君は身じろぎして薄く目を開けて、「何だよ…」って小さく笑った。

「美白、一緒に頑張りましょうね」

 傷跡を指でなぞったぼくを、

「手伝ってくれんの?」

 オオシロ君は笑いながらキュッて抱く。

「はい!塗りに来ます!」

 ブフゥッて、オオシロ君が吹き出して、声を上げて笑い始めた。

「じゃ、手伝い頼むかな?」

「はい!任せて下さい!」

 ぼくらはくっついたまま笑いあった。

 バンダイさんが言ってた。

 ひとの数だけある世界は、だいたい不寛容で不自由で理不尽で…。でもその中で、ぼくらにはある程度それを変えてく力と

権利が与えられてるんだって。

 ぼくとオオシロ君の世界は、きっとまだまだ変えられる。一緒に、変えて行ける。

 だから…、意識して、ちょっとずつ変えて行こう…。

「…あの…」

「うん?何?」

 大事に抱き締めてくれるオオシロ君の柔らかい胸の中に、ぼくはそっと囁いた。

「好きです…。「スバル君」…」

 ヒュッて、スバル君の息が一瞬止まって、それからギュウッて、抱き締める力が強くなって…。

 …ぼく、幸せ者です…。

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