おまけ

餃子を焼いていたフライパンを覗き込みながら、オレは硬直していた。

餃子は…、ガクの親御さんから土産に貰った高級餃子は…、皮がべったりとくっついて焼けていた…。おまけに、下側は焦

げて真っ黒に…。

一つだけはがそうと試みたところ、餃子達は仲間を離すまいと、一丸となって抵抗する。…見事な団体行動…。

横からフライパンを覗き込んだカヅマは、「おぉ…」と、感心しているような声を漏らす。

…いや、呆れているんだろうな、これは…。

本日は土曜、互いの練習が済んだ後、たまには夕食を一緒にどうだとカヅマを誘ったのだが、よもやこんな失敗をしでかす

とは…。未熟っ…!

「ハスキ。餃子、焼き慣れていないんだろう?」

「…実はそうだ…。少々舐めていた…」

…まずい…。おもてなしできていない…。どうする?どう挽回する?…そうだ…!

機転を利かせたオレは、焦げた部分を取り除き、皿に盛る。

「これを飯にかけて食う。胃に入れば一緒だ」

「…ダイナミックな打開策だな…」

「誉めるな。照れる」

「照れるな。誉めてない」

カズマが露骨に顔を顰め、オレは耳を寝せて項垂れる。

「済まん…。まさか餃子がここまで強敵とは思わなかった…」

ため息をついたカヅマは、やれやれといった調子で首を左右に振った。

「ご馳走になる身だ。これ以上文句を言ったらバチが当たる。…まぁ、食おうか…」

「…済まん…」

…張り切ったのだが…。結局ダメ餃子を食わせるはめになってしまった…。



「…意外と美味い…」

ぼそりと呟かれたカヅマの言葉に、テーブルを挟んで座ったオレはコクコク頷いていた。

本当に意外だ。餃子の具をかけて食う飯は、結構美味かった。

流石は高級餃子。見る影も無く破壊されてもなお、具の味がオレの失敗をフォローしてくれている。

…もっとも、餃子本人(?)にしてみれば、こういう食い方をされるのは不本意だろうが…。

ワンタンスープの方は失敗しなかった。…まぁ、温めるだけで良いレトルトパックなので、そうそう失敗のしようもないの

だが。

カヅマは中華にあわせてか、杏仁豆腐を買ってきてくれた。

オレはデザートまで気が回せなかったので、これは嬉しい配慮だった。

無趣味だったオレは、カヅマと話をあわせる為に、ミュージックチャートなどをこまめに確認するようになった。

熱心にチェックし、バンドやアイドルグループについての情報を頭に叩き込んだおかげで、なんとか人並みの会話はできる

までにはなっている。

…アイドルグループについて熱心に調べているオレに、ガクが珍獣でも見るような視線を向けてくるのが気になったが…、

まぁそれは置いておこう。

食事を済ませ、デザートを食い終えてなお長々と話し込んだ後、オレは話の区切りの良い所で席を立ち、皿を下げ始めた。

客なのだからゆっくりしていろと告げたのだが、カヅマは「いいや、これぐらいはやるさ」と言い、オレに倣って席を立ち、

片付けを手伝ってくれた。

食器を流しに運び、洗い物を始めると、カヅマはオレが洗った食器をタオルで拭い、綺麗に水気を取ってくれた。

何と言うか…、この皿の拭い方、やけに手慣れているように見える。

「寮生活しているからな。洗い物ぐらいは日頃からやっている」

オレの顔を見て疑問を察したのか、カヅマはそう説明してくれた。

「もしかして、料理もできるのか?」

出来ない物と決めつけ、これまで料理はできるのか訊いた事はなかった。今更ながら尋ねてみると、

「料理は全くできない。ラーメンを茹でる程度だな」

と、カヅマは肩を竦めて見せた。

なんでも、寮食があいていない時は、安上がりなインスタントラーメンなどで食事を済ませる事が多いらしい。

ついでに言えば、一人で食うだけなのに手間がかかる事をしたくないのだとか…。

その気持ちは判る。オレも少し前までは面倒がってレトルト主体だったからな。

「皿洗いぐらいはまぁ、独り暮らしじゃあ自分でやらざるをえない。一年もやっていれば自然に身につくのさ」

そう言うカヅマは、手早くも丁寧に皿を拭っていく。

ただの共同作業なのに…、何故か…、少し幸せな気分だ…。

皿をスポンジでこすりつつも、オレが惚れ惚れしながらその横顔を眺めていると、

「その恋する乙女みたいな目を止めろ。居心地悪いぞ」

苦笑いしつつこっちを見るカヅマ。

「恋…?」

カヅマの言葉で、オレははたと手を止めた。

恋…?恋だって…?

カヅマの顔をまじまじと見ながら、オレは考える。

…友達に感じる情とも違う。…先輩に感じる敬愛とも違う。オレがカヅマに感じている、暖かくて少し苦しい胸の疼きは…、

…恋…、なんだろうか…?

「…そう…なのか…な…?」

濡れたままの手を、トクトクと鳴る胸に当てて呟いたオレを、カヅマは「へ?」と、目を丸くして見つめた。

「恋…なのか?オレは、カヅマに恋をしているのか?どう思う?」

カヅマは珍獣でも見るような目でマジマジとオレの顔を眺め回し、それから首を傾げた。

「だとしても、普通相手に聞くかい?そんな事…」

「言われてみればもっともだ…」

「そもそも、俺達は男同士だぞ?恋っていうのはおかしくないか?」

「…言われてみれば…もっともだ…」

繰り返したオレを、カヅマは妙な半笑いを浮かべながら見つめていた。

「ハスキ。妙な所で素直過ぎだ。男同士なのに「恋してます」なんて言われたら、まっとうな神経なら逃げるぞ?」

「そう…かもな…」

オレは呆然としながら頷いた。

そう…。そうだ…。男同士で好きとか、普通じゃあないよな…。

だが、オレは初めて覚えたこの感覚が何なのか、カヅマの言葉で確信した。

…いや、本能的には悟っていた事をはっきりとした思考で再確認した、というべきか…。

恋。

きっとオレは、カヅマに恋をしてしまったのだ…。

カヅマに感じていた、団長に対する物とも少し違う憧れめいた気持ちは、初めて経験する恋から来ていたものなのかもしれ

ない…。

「…ハスキ?」

押し黙ったオレの顔を、カヅマは身を乗り出して見つめてきた。

「どうしたんだい?深刻な顔を…」

「カヅマ」

言葉を途中で遮ったオレは、カヅマの目を真っ直ぐに見つめた。

「オレがお前に恋をしたら、どうすれば良いと思う?告白すべきなのか?それとも、黙っておくべきなのか?」

オレがそう質問すると、カヅマは口をポカンとあけて、目をまん丸にした。

「ハスキ…?それってつまり…」

「頼む。答えてくれ。黙っておくべきならずっと黙っておく。告白した方が良いならそうする」

カヅマは相変わらずポカンとしていたが、やがて顔を顰めた。

「ハスキ…。それ、質問になっていないぞ?そこまで喋っちゃ告白と変わらない」

「そ、そうか…?」

やばい。口にしてしまってから感じたが、これは告白と同じなのか?

困って黙り込んだオレをしばしまじまじと見つめていたカヅマは、やがて「ぷっ…!」と小さく吹き出した。

「…もしかして、本当にそうなのか?冗談じゃなく?」

少し迷ってから頷くと、カヅマは物珍しげな表情を浮かべ、オレの顔をじろじろ眺めた。

「気のせいや気の迷いでもなく?本当にそんな感じなのか?」

「恋…、だと、思う…。こんな気持ちは…、初めてだが…、たぶん…、きっと…」

ドキドキしながらつっかえつっかえ応じると、カヅマは「へぇ…」と、感心しているような声を漏らした。

「いやいや、ビックリした…。こんな風に打ち明けるヤツが居るとはねぇ…。世界は広い」

カヅマは視線を食器に戻し、再びキュッキュッと拭い始めた。

驚くべき事を自覚したオレは、そんなカヅマの横で、半ば呆然として立ち竦む。

オレは…、同じ男であるカヅマに…、恋をしてしまったのだ…。

胸の中で暴れる心臓の鼓動を感じながら、オレははたと気が付いた。

普通じゃない。そう、これは普通ではないのだ。

思わず話してしまったが…、カヅマは、こんなオレの事をどう思った?

ひょっとして気持ち悪いだろうか?…いや、絶対そうだ。普通に考えればありえない事を口走った訳だし…。

「ハスキ」

「お、押忍っ!?」

反射的に身を固くし、直立不動の姿勢を取って応じてしまったオレに、ビックリした顔を向けるカヅマ。

「…落ち着けよ…」

「う?あ、おっ…?おおふ…!」

あからさまな動揺を見せてしまったオレに、カヅマは微苦笑を見せた。

「ハスキは、素直過ぎる上に正直過ぎるな」

ドギマギして声も出せないオレに、カヅマはクスクスと笑いながらそう言った。

「へ、平気なのか?気味悪く無いか?普通じゃ…ないだろう…?こういうのは…」

「まぁ、普通じゃないな、何から何まで。経験者として言うならね」

…ん?

頭の巡りの悪いオレが、耳から入ってきた言葉に違和感を覚え、眉根を寄せて考えている間に、

「俺、中学まで男の恋人が居たから」

と、カヅマはさらりと言ってのけた。

「ほ、ほは!?ほんほかっ!?」

オレが噛み噛みになりながら身を乗り出すと、カヅマは困ったように眉根を寄せた。

「だから少し落ち着けってば…。ホントだよ。同級生と付き合っていた。ま、あまり長続きしなかったけれどな。性格の不一

致ってヤツだ」

さばさばとした口調で言ったカヅマに、オレは勢い込んで尋ねた。

「そ、それじゃあ…、お、オレの事も気味悪くは無いのか!?」

「気味悪い?俺も同類なのにか?それは無いよ。まぁ、意外過ぎてビックリはしているけれどな」

カヅマは軽く肩を竦めてそう言うと、クスリと小さく笑う。

「ごっついハスキーが弁当を拵えて来た時も意外過ぎてビックリしたが、今回はさらにビックリだ。まさかハスキがね…。本

当に、ひとは見た目に寄らないものだなぁ」

今更ながら恥ずかしくなり、体を縮めて耳を伏せると、カヅマはクスクスと笑いながら続けた。

「そうか、俺に惚れたかぁ…。ふふふっ!悪くない気分だよ」

楽しげに笑うカヅマを上目遣いに見遣り、オレは牡鹿の反応を窺った。

…ぐちゃぐちゃな流れで実質的な告白をしてしまったが、カヅマはオレの事をどう思っているのだろう?

オレの視線から気持ちを察したのか、カヅマは小首を傾げて「ふむ…?」と声を漏らすと、小さく頷いてから口を開いた。

「悪いけれど、俺から見ればハスキは恋愛対象じゃなく、友人だ。比較的親しい部類のな」

「そう…だよな…」

顔も見たくないと言われたらどうしようかと思っていたオレは、カヅマの言葉に、それでもひとまず安堵した。

友達でも良い。嫌われなかっただけで十分だ。

こいつの傍に居て、声が聞けて笑顔が見られるなら、それだけでも充分幸せな気分になれるだろう…。

放置していた皿洗いに戻りながら、オレは自嘲する。

まさかこのオレが、男に惚れる事になるとはな…。

前々から他のクラスメートのようには女子に興味を持てなかったが、それは、オレが男に恋をする性質を持っているからだっ

たのだろう。

「それでだな、ハスキ」

「ん?」

顔を上げて横を向いたオレに、カヅマはぐっと顔を近付けてきた。

「もしも付き合って欲しいなら…、俺を惚れさせてみろよ?」

鼻がくっつく程の距離でニカッと笑うカヅマ。

しっちゃかめっちゃかなオレの告白への返答は、イエスでもなかったが、ノーでもなかった。

「あ…、ああ…!頑張ってみる!」

カヅマらしいちょっと突き放した返答に、オレは尻尾をバタタッと振りながら、大きく頷いていた。




















メインキャラ設定資料

「ハスキ」

本  名 蓮木 文武(はすき ふみたけ)

身  長 171センチ

体  重 93キロ

種  族 シベリアンハスキー

好きな物 整然とした行動

苦  手 他者への指示出し

陽明商業高等学校国際経済課の二年生で、応援団所属の中堅団員。

がっしりとした筋肉質の体にムクムクの毛が特徴で、目の周囲には歌舞伎の隈取りを思わせる黒いラインが入っており、本

人も自覚している極めていかつい外見。

一本気で真面目だが、思考に柔軟性が無く、視野が狭まりがちなのが難点。また、時と場所を選ばず、唐突に黙考モードに

入る癖がある。

極端な勉強嫌い。体力はあるがスポーツもあまり好きではなく、成績は軒並み下の上。赤点さえ取らなければそれで良いと

いうスタンス。

両親は「蓮の湯」という銭湯を経営しており、幼い頃から鍵っ子であった。家が隣り合っているガクとは、幼馴染みを通り

越して兄弟のような関係。

応援団長を敬愛し、心酔している。ガク曰くゾッコン。

カヅマに美味い物を食わせてやろうと、せっせと料理修行を続けているが、突然黙考モードに入る癖のせいで、よく真っ黒

けに焦がしてダメにする。…食べ物は大切に。

 

 

「カヅマ」

本  名 鹿妻 幹夫(かづま みきお)

身  長 175センチ

体  重 72キロ

種  族 ニホンジカ

好きな物 音楽鑑賞(ジャンルは選ばず)

苦  手 本音語り

陽明商業高等学校国際経済課の二年生で、吹奏楽部に所属。二年より指揮者として活動。

長身痩躯に切れ長の目が特徴。被毛の大半はライトブラウンだが、背には雪がちらつく様を思わせる白い斑点がうっすらと

浮いている。が、本人はこの模様があまり気に入っていないらしい。

 気が強くてかなり頑固。極めてプライドが高く、助けを求めたり借りを作ったりする事を極端に嫌う傾向がある。

素直な態度を取れていないが、つっけんどんに接したにも関わらず、自分を理解してくれたハスキには、好意に近い興味を

持っている。
が、それを悟られないようにつっけんどんに振る舞っており、ややツンが過ぎては後で反省するのが常。

クラスではあまり社交的な態度は見せないが、部活仲間には意外な程優しい。

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