虎狐恋花 〜イチヤザクラ〜
「ん〜…?」
アパートの部屋の前で、かなり大柄な虎は、眠そうに細い目をなお細め、光が漏れているドアの横の小窓を見つめた。
中年太り…にしてはいささか度を越した、全体的に丸みを帯びたでっぷりと肥えた体。
顎にたっぷりと肉が付いた丸顔、太い鼻梁に乗せた黒縁の目がね。
身に付けているのは、胸や背中に大きく汗染みが浮いた半袖ワイシャツに、色の薄くなったよれよれのズボン。
履いている安物の革靴も、底がだいぶ磨り減っている。
体型も身なりも、とにかくだらしなく見えるが、そのせいか、虎独特の威圧感は無く、逆に柔和な雰囲気を身に纏っている。
ドアの鍵は、かかっていた。
大虎は首を傾げながらもポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。
「おかえりヒロ。お疲れ様!」
玄関に立った細面の狐は、整った顔に柔らかい笑みを浮かべ大虎を出迎えた。
「………」
口を半開きにし、少し目を大きくして狐の青年を見つめたヒロは、何か言いかけ、それから不思議そうに首を捻った。
「どうしたのヒロ?変な顔しちゃって」
スラリとした細身の身体を、薄手の白い半袖ティーシャツと膝下までのハーフパンツで覆い、その上にエプロンを身に付け
た狐は、ヒロと向きを揃えて首を傾げつつ問いかけた。
「ん?あぁ…。何だか、ちょっと妙な感じがしたんだが…。気のせいかなぁ?」
ヒロは気を取り直したようにフンフンと鼻を鳴らし、部屋の中に満ちる匂いを嗅ぎ取ると、ほとんど閉じているように見え
るほど目を細めた。
「何だか、カズの味噌汁、久し振りな気がするなぁ」
「ふふっ、そう?さ、上がった上がった!もうすぐ出来るから、ちょっとだけ待ってて」
「んん…」
カズに手を引かれ、部屋に上がったヒロは、ワイシャツのボタンを外しながら、網戸をはめた居間の窓から見える景色を眺
める。
四階の部屋の窓からは、夕陽が沈む海が、民家の屋根の向こうに見えた。
脱いだワイシャツを洗濯籠に入れ、ズボンをハンガーに吊るし、タンクトップにトランクスという格好で居間に戻ったヒロ
は、座卓の傍に尻を据え、テレビのスイッチを入れる。
ニュースを聞きながら開けっ放しの引き戸に目を向けると、ガスコンロの前に立つカズの背中が見えた。
「………」
カズの後姿を眺めながら、ヒロは眉根を寄せる。
何か、大事な事を忘れているような気がした。だが、それが何なのかが全く思い出せない。
「ニシシ!どうしたのヒロ?そんな難しい顔で台所を眺めて?そんなにお腹減ってたぁ?」
首を巡らせ、ヒロの視線に気付いたカズは、可笑しそうに目尻を下げる。
「ん?ん〜…、確かに腹は減ってるなぁ…。でもな、そうじゃなくて、何か忘れて…」
ヒロは腕を組んで首を傾げた後、
「まぁ、良いかぁ…。考えても思い出せないなら、今は別に思い出す必要が無い事なんだろう」
と、苦笑いを浮かべる。
「そうだね。今は、忘れてて良い事だね」
カズは柔らかく微笑みながら、お玉で味噌汁をよそい分ける。
「はい、おまちどう!」
座卓の上に料理を並べ終えると、カズはエプロンを脱ぎ、ヒロの向かい側に座る。
「ん、有り難う。それじゃあ…」
『頂きます』
声を揃えた二人は、夕食に取り掛かった。
「ん。今日も美味い」
「ニシシッ!ありがと!」
時折テレビに目をやりながら、二人は談笑しつつ、夕食をつつく。
白菜と油揚げの味噌汁に焼き鮭。ひじきの煮物に漬物、卵豆腐。
カズが好んで用意する、お馴染みの健康的な和食である。
そう、お馴染みのはずの…。
(…何だか、本当に久し振りな気がするなぁ…)
ヒロは沢庵をポリポリと齧りながら、違和感を拭い切れていなかった。
努めてそれを忘れようとしているヒロを、座卓を挟んで座ったカズが、ニコニコしながら見つめている。
「…そう言えばなぁ」
ヒロは違和感を頭から追い払いつつ、話題を出した。
「春から受け持ってる生徒に、お前のファンが居るんだ」
「うん。知ってるよぉ」
「ん?あぁ、そう…だよなぁ…」
ヒロは自分が何故そんな事を言い出したのか、奇妙に思って首を捻る。
毎日何でも話しているのに、この話をしていないはずがない。実際に、カズはその事を知っている。
なのに、自分は何故カズにそんな話をしているのだろうか?と…。
(これじゃあまるで、しばらく会ってなかったみたいだなぁ…)
苦笑いするヒロに、カズはクスクスと笑う。
「疲れてるのかなぁ?何だか妙な具合だ」
「体調悪いの?汗かき過ぎたんじゃ…」
心配そうに顔を曇らせたカズに、ヒロは目を細めて笑いながら応じた。
「ははは。違うんだ。体調じゃあなく、どうにもぼーっとしているようでなぁ。何ともいえない、妙な感じがするだけだ」
「ああ。その事なら、心配要らないね」
そう言って表情を緩めると、カズは手を差し出した。
「おかわり、する?」
「ん。欲しい」
空になった茶碗を受け取ると、カズはジャーから炊き立ての飯を山盛りによそった。
(幸せ…だなぁ…。なのに、何でだろうなぁ、少し、寂しい気持ちもするのは…)
茶碗を受け取りながら、ヒロはまた、違和感に付き纏われていた。
「あ〜…。いい風呂だったぁ…」
風呂から上がったヒロは、冷房の利いた居間で、ごろんと仰向けに寝転がった。
トランクス一丁というくつろいだ格好で、体中にたっぷりと脂肪がついているのが、毛皮越しにもはっきりと見て取れる。
一緒に風呂から上がってきたカズは、同じくトランクス一丁の格好で冷蔵庫を開け、中からよく冷えた缶ビールと、自分の
分の麦茶を取り出して戻ってくる。
そして、寝転がっているヒロの脇に寄り添うと、ビールのプルタブを起こして、その底をヒロのむっちりした腹に押し当てた。
「ははは!止めてくれぇ、冷たいぞぉ…!」
笑いながら身を起こしたヒロにビールを手渡すと、カズは微笑みながらグラスを差し出す。
缶とグラスをコツンと合わせて乾杯した二人は、冷たい飲み物を一口含み、飲み下した。
「一緒に風呂に入るのも、久し振りだったなぁ」
呟いたヒロは、またも違和感を覚えた。
(一緒に入るのが…、久し振り…?いや…一緒に入るの「も」?何でそんな事を言ったんだ…?)
ちらりとカズの横顔を見るが、彼は特に気にした様子も無い。
やはり少し疲れているか、暑さで頭の回転が鈍っているかしているのだろうと自分を納得させ、ヒロはグイッとビールを煽る。
まるで、胸につかえた微かな不安を、ビールと一緒に飲み下してしまおうとしているかのように…。
二人が眺めるテレビは、高速道路の混雑状況を映している。
長々と連なるテールランプの列が、侘びしくも美しい。
連なるその灯りに、ヒロは何故か、以前見た灯籠流しの光景を重ねていた。
「…ねぇ、ヒロ…」
カズはいつの間にか空になったグラスを座卓に置くと、ヒロの肩によりかかった。
細い身体と、柔らかいフサフサの被毛、そして不安になるほど軽い体重を肩に感じながら、ヒロはカズの顔を見下ろす。
「エッチしたくない?」
ストレートな問いかけに、ビールを含んでいたヒロは一瞬吹き出しかけ、済んでの所で飲み込み、噎せる。
「ニシシ!なぁ〜に照れてんのぉ?」
カズは悪戯っぽく笑いながら、細い左腕をヒロの首に回し、そのむっちりした脇腹を空いている右手で軽く掴む。
「実はぁ〜…、相当溜ってるでしょぉ?」
「ん、んん〜…。まぁ…」
歯切れ悪く応じながら、ヒロは照れ隠しに、太い指で鼻の頭をコリコリと掻く。
だぶついた脇腹をゆっくり、優しく揉むカズの手の感触が、またしても、いやに懐かしく思えた。
時に微笑ましく、そして時には鬱陶しくもあるベタベタとしたいつもの甘え方が、何故か、ひどく懐かしい物に感じられ、
大虎は戸惑う。
されるがままに脇腹を揉まれ、それでも大人しくその感触を味わっているヒロに、カズは笑みを浮かべながら囁く。
「明日は休めるんでしょ?先生も大変だぁ。お盆中も何かと忙しかったし…。ね?今夜くらいは…、いい?」
「んん。ごめんなぁ…。あんまり構ってやれなくて…」
耳を伏せ、申し訳無さそうに謝ったヒロに、カズは慌てたように首を横に振った。
「ああ!ごめん、そういう意味じゃないの!私の事は良いんだ。ヒロがさ、頑張ってたから…。ヒロが元気でさえ居てくれる
なら、私はそれが一番…」
脇腹から手を離し、両腕を大虎の太い首に回して抱きつくと、カズはその頬に、そっと口づけした。
照れたように苦笑いしながら鼻の頭を掻くと、ヒロはグイッと缶を煽り、一息にビールを空にする。
そして首を巡らせ、カズと間近で顔を突き合わせると、ベロ〜ンと、右の頬から目の下までを舐め上げた。
「わっぷ!ちょっとヒロぉ!するならキスにしてよぉ!」
「ははは。じゃあキスもするかぁ」
抗議したカズの鼻に自分の鼻をくっつけ、ヒロはニィ〜っと笑った。
眠っている猫のような、そんな可愛らしい大虎の顔を間近で見つめ、狐も顔を綻ばせる。
そして二人は、引いていた顎を突き出すようにして、唇を重ねた。
敷かれた一組の布団の上、ヒロは仰向けの体勢で、カズの細い身体を抱き締めた。
その上に寝そべり、大きなヒロに体を預け、カズはむっちりした胸に顔を埋めている。
柔らかな大虎の身体に、細い狐の身体は沈み込むようにして重なり合う。
尖った鼻面を柔らかく、丸みを帯びたヒロの胸に押し付け、カズは乳首を舌で転がす。
ヒロはカズを優しく抱いたまま、首を少し起こして、その三角に尖った耳を甘噛みしている。
乳首を軽く噛まれたヒロは、胸から体表を走り抜けるゾクゾクとする快感にブルッと身を震わせた。
ヒロが洩らした息で耳をくすぐられ、カズもまた小さく声を洩らして、ピクッと体を突っ張らせる。
妙な連鎖反応に、二人は押し殺した笑い声を重ねあい、それからきつく抱き合った。
愛おしい。心の底からそう思う。
誰よりも親しく、誰よりも身近で、誰よりも大切なカズ。
いつも一緒に居て、話しあい、笑いあった。時に喧嘩し、臍を曲げる事があっても、足並みを揃えて歩み、寝食も苦楽も共
にした恋人。
それなのに、「久し振りだ」という感覚が抜け切らない。
唇を重ねながら、ヒロはその手で愛しい恋人の背を撫で擦り、フサフサの尻尾を掴み、先端の方へと撫でる。
馴染んだはずの感触が、何故か懐かしく感じられた。
カズの右手はヒロの胸から腹へ、そしてその下へと降りてゆき、股間で怒張している逸物に触れる。
かなり太いソレの余った皮を少し捲り、膨れた亀頭を摘み、捏ねるように刺激する。
「ん…、んぅっ…」
「ねぇ、ヒロぉ…」
「んん…?」
唇を離し、囁いたカズは、ヒロの頬に自分の頬をあわせ、頬ずりする。
「今は…、他の事は考えないで…。私の事だけ…、お願い…」
「ああ…」
懇願するように耳元で囁かれた声に、ヒロは顎を引いて頷いた。
仰向けのヒロに逆向きに跨り、カズは太い肉棒を舐め、奉仕する。
顔の前で脚が広げられたカズの尻で、ヒロはそのツボミを舐め、愛撫する。
興奮で上がり始めた息と、ピチャピチャという湿った音が、部屋の静寂を乱す。
「ヒロぉ…、そろそろ、良いよぉ…」
カズは首を巡らせ、トロンとした顔をしている恋人を振り返った。
「ん。それじゃあ…」
身を起こしたヒロの上で、カズは四つん這いのまま前へ進み、尻を上げた。
細い体のカズの、しかし柔らかい肉の乗った形の良い尻が、フサフサの尻尾を左右に振ってから、背中側へと跳ね上げる。
誘われるようににじりよったヒロは、余り気味の皮を手で剥いてから、後ろから覆いかぶさる。
「んっ…!」
太い逸物が、肛門を押し拡げて侵入して来るのを感じ、カズはブルッと身を震わせた。
ゆっくり、ゆっくりと、細身の身体を労るように、大切な恋人を気遣うように、ヒロは男根を挿入してゆく。
ぐぐっと腰を突き出したヒロの男根が、根本まで埋没すると、カズは「ふぅ…」と息を吐き出した。
締まりが良く、そして中は柔らかいカズの尻に自分自身を飲み込まれ、ヒロはその感触だけで強烈な快感を覚える。
自分の中で脈動し、時折ひくひくしているヒロの太い逸物の感触を味わいながら、カズは首を巡らせた。
「ニシシ!やっぱり、溜ってたんでしょぉ?なんかもうビンビンで、今にもイっちゃいそうな感じだね!」
「ん、う…」
ヒロは困ったように眉根を寄せて呻く。
カズは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、軽く左右に尻を振った。
カズの尻の上に乗っている、ヒロの突き出た腹が、動きに合わせてタプンタプンと揺れる。
「んぅうっ!カズ、ちょっと、待っ…!」
肉壁と擦れて刺激され、危うさを感じたヒロは、狐の細身の身体にガバッと覆いかぶさった。
後ろからきつく抱き締められ、動きを止められたカズは、
「何?もしかして、もうイっちゃいそうだった?」
と、若干驚いた様子で振り返る。
その背に顎を乗せ、ふぅふぅと息をしながら、
(あ、危なかった…)
ヒロは心の内でほっと息をつく。実は、かなり際どい所であった。
「ん…。私が、動くから…」
ややあって、落ち着きを取り戻し、気を取り直したヒロは、体を起こすと、ゆっくりと腰を振り始める。
抜き差しされる太い男根で腸内を擦られ、
「あっ、あんっ!あ、ひ、ヒロ、良い…!良いよぉ…!」
カズは熱っぽい声を上げ、身を震わせる。
「わ、私も…。んっ…!気持ち、良い…、カズ…!」
太った体を揺すり、腰を振っていたヒロは、しかし、
「あ?あ、あっ、あいた、あいたたたたた…!」
顔を顰め、身を捩った。
「ど、どうしたの?って、んぁうっ!」
ズポンッと、いきなり尻から男根が抜け、カズは声を上げた。
「し、尻ぃ…!右の尻から…、太ももの裏側が…つった…!」
右手で尻を押さえ、布団につっぷして呻く大虎を前に、カズは一瞬ポカンとした表情を浮かべ、それから「プッ!」と吹き
出した。
「ヒロぉ?運動不足が過ぎるよぉ!」
「そ、んな…事…言われ…いた、いたたたたたぁ…!」
苦悶の表情を浮かべているヒロの背後に回ると、カズはその大きな尻をペシペシと叩いた。
「横に寝て、身体を反らしてみて?揉んでほぐしてあげるから…。っぷ…ぷふふっ…!」
言われるがままに太った体を横たえ、背筋を伸ばして身体を背中側に反らしてみると、やっと痛みが解消された。
気を抜けば再発しそうではあったが、カズはヒロの太ももから尻たぶにかけてを、丁寧にゆっくりと、力を込めて揉み始めた。
「あぁ〜…、楽になってきた…。ごめんなぁ、良い所で…。私も歳かなぁ…、はは…」
呟いた途端に、これまでに無いほどの強い違和感が込み上げた。
歳を取った。そのはずだ。
同棲し初めたあの春から十数年も経っている。歳を取って当り前だ。
なのに、カズは…。
「な〜に言ってるの?歳を取ったとかどうかじゃなく、ヒロの場合はただの運動不足!おデブさんが悪化しちゃうぞぉ?」
ヒロの動揺には気付かぬまま、カズは可笑しそうに笑いながら手を動かす。
しかし、ヒロの様子がおかしい事に気付いたのか、やがて手を止め、その顔を覗き込んだ。
「どうしたの?ヒロ…」
「…カズ…」
ヒロは目頭を押さえ、それから小さく啜り上げた。
「ありが…とぉ…なぁ…、カズぅ…」
その言葉で、カズは察した。ヒロが、何を思っているのかを。
「…もう、大丈夫だよね?」
「…んん…」
頷いたヒロに、カズは「ニシッ!」と笑いかけた。
「また中断されちゃイヤだから、今度は仰向けに寝て?私が上で動くから」
「んっ!んぅっ…!…ふぅ…」
仰向けに寝たヒロの上に跨り、カズは太い逸物を尻に飲み込んだ。
「良い?動くよ?」
「ん…」
カズは跳ねるようにして腰を動かし始め、ヒロは繰り返し与えられる刺激に小さく呻きを上げる。
二人の口から乱れた息が漏れる。
跳ねるように動くカズの身体から汗が飛ぶ。
揺すられるヒロの身体で、脂肪が震える。
「か…ず…、ふぅっ…!か、ずぅ…!」
「はっ…!な、なにぃ…?」
「愛…してる…ぞぉ…」
泣きそうに顔を歪め、自分を見上げる恋人を見下ろしながら、
「ニシシッ!知ってる、よぉ…!」
カズは満面の笑みで、そう答えた。
「そ…、それ、とぉ…!ふぅ、ふぅ…!」
「な、何ぃ…?まだっ、はぁ…、あるのぉ…?後に、しないぃ…?」
「い、いや、今っ、んぅっ!言わない、とぉ…!」
「な、なにぃ?ふっ…、何なのぉ…?」
「ご、ご、めん…なぁ…!そ、そろそろぉ…」
「う、ん…!」
「イっちゃ…、んうっ…?ひんぐぅうううっ!」
「え?えぇっ!?ちょ、ちょっと、早っ…!あはぁああっ!」
ヒロは絶頂を迎え、太った体をブルッと震わせて射精する。
カズは腹中に熱い精液を大量に注ぎ込まれ、高い声を上げて身体を仰け反らせる。
快感を貪るように、ヒロは下から腰を突き上げ、精液を注ぎ込まれた腸内をかきまわされたカズは、一歩遅れて絶頂に達する。
「んぁうぅううううっ!」
堅く目を閉じ、ヒロの太った腹の上に両手をついたカズは、全身を震わせながら射精した。
ぴゅくっ、ぴゅくっと放たれた精液が、ヒロの腹を、胸を汚し、腹側の白い毛に沁みてゆく。
脱力して崩れ落ち、自分の上に倒れ掛かったカズを、ヒロはしっかりと抱き締めた。
懐かしい、その感触と匂いを、しっかりと噛み締めて…。
仰向けのヒロの上で、カズは柔らかい胸に頬を押し付け、満足げに深く息を吐いた。
「…ありがとうなぁ…。カズぅ…」
自分をしっかりと抱き締めるヒロが、心の底からの想いを乗せて漏らした声に、
「こっちこそ…。いっぱい愛してくれて…、ありがとう…」
カズは目を閉じたまま、穏やかに微笑みながら応じる。
「ねぇ…。私は、いっぱい、十分過ぎるくらい貰ったんだから…。他に向けたい人ができたら、きちんと、そっちに向けてあ
げてねぇ…」
愛しい恋人の胸に頬をすり寄せ、カズは優しく囁いた。
「あったかくて、大きな、私にくれた真心を…」
居間の座卓の脇で、のっそりと身を起こした大虎は、軽く首を振り、それから窓の外に視線を向けた。
網戸越しに、すでに高く昇った日が見える。
座卓に視線を向ければ、上には空になったコンビニの唐揚げ弁当と、くしゃっと潰れた缶ビール、そしてインスタントの味
噌汁のから。
ゆっくりと首を巡らせ、仏壇を見遣ったヒロは、ずり落ちていた眼鏡を指で押し上げた。
そして、遺影の中ではつらつとした笑顔を浮かべている細面の狐に、
「昨夜で、盆も終わりだったもんなぁ…。もう、帰ってしまったんだろう…。忙しくしていて、悪かったなぁ、カズ…」
そう言葉をかけ、優しく笑いかけた。
柔和で穏やかな、感謝と慈愛に満ちた笑みで…。
「…もう昼か…。さすがに腹が減ったなぁ…」
呟いて立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認しようと台所に入ったヒロは、訝しげに眉根を寄せ、鼻をひくつかせた。
微かに、懐かしいあの味噌汁の匂いが、したような気がして。