おまけ
浴衣にどてらを引っかけた羆が、普段と比べて静かな寮の廊下をのんびりと歩いていた。
十二月二十五日の夜。
クリスマスパーティーの為に、他の寮よりも一日長く留まっていた寮生達の殆どは、冬休みの帰郷で寮を離れていた。
本来ならば寮監の点呼は終業式前夜までなのだが、どうやら日課が染みついてしまっているらしい。
食堂前の自販機まで飲み物を買いに行ったヤマトは、気付けばこうしてなんとなくぶらぶらと、用も無い階の廊下を歩いて
いた。
午後九時半。この時刻になれば、普段の寮もそれほど騒がしくはない。
にもかかわらずやけに静かに感じるのは、ひとの気配が薄いからだろうと、ヤマトはぼんやり考える。
(いや、そう感じてるのも、殆どがもう帰っちまってるって知ってるせいなんだろなぁ…)
スリッパの底を引き摺るようにして、ゆっくりのんびり、静かな寮内を散歩していたヤマトは、不意に行く手のドアが開い
て「ん?」と首を傾げる。
「あ。先輩」
有名菓子店の紙袋を片手に部屋から出てきたのは、白い綿パンに黄色いセーター姿の猪である。
イイノとオジマが予定を変更して今夜まで寮に残っている事は、最後まで残るつもりのヤマトは知っている。
首を傾げた理由は、イイノが自分の部屋ではない部屋から出てきたからであった。
「丁度良かった。今からお邪魔しようと思っていたんです。構いませんか?」
ずんぐりした猪は、いかつい顔に柔和な笑みを浮かべ、菓子店の袋を翳して見せた。
「良いけど…、オジマは?」
猪が後ろ手に閉じたドアを見遣り、そこの本来の主である虎はどうしたのかと羆が尋ねると、
「今朝は明るくなるまでずっと起きていたんで、今日はもう疲れたのか、今さっき寝ちゃいました」
そう応じた猪は、恋人の私物である冷蔵庫に預けておいた菓子類を取りに来ていたのだという事もあわせて説明する。
明け方まで何をしていたのかはあえて問わない事にしたヤマトに歩み寄り、イイノは紙袋の口を大きく開けて見せた。
中には薄紫の地に薄黄色の芒が描かれた、上品なデザインの菓子箱。有名菓子店の和菓子詰め合わせが入っている。
「オジマ先輩は和菓子…特にあんことかは苦手ですから、先輩と食べようかと」
「ああ。プレゼント取り替えたんだっけな」
昨夜のクリスマスパーティーにて、個人的にはハズレとなるプレゼント…和菓子店の商品券を引いたオジマは、イイノが入
手した革手袋と取り替えて貰っている。
なお、ヤマトが受け取ったプレゼントは、隣室のアスカが用意した真っ白な毛糸のマフラー。アスカの手に渡ったのは、ヤ
マトが買ってきたライトブラウンのセーター。奇しくも互いのプレゼントを交換する形になっていた。
ちなみに、アスカは今日一日をガールフレンドのエンドウと過ごし、夕刻に醒山を発って帰路についている。
一年生達もイイノを除く殆どがすでに出立しており、同郷のアサガとスゴは午前の内に一緒に寮を去り、チワダやハヤカワ
もそれぞれ昼過ぎには駅へ向かった。
人も少ないので、今夜は一人で部屋にこもり、先程までやりかけのゲームに興じていたヤマトは、イイノの申し出を喜んで
受け入れた。
「飲み物は適当で良いか?」
「どうしましょう?せっかくだから熱いお茶でも淹れましょうかね?」
「だな。安物のティーパックで良いなら部屋にあるぞ?」
「じゃあそれにしましょうか?お互い舌が肥えてる訳でもないし」
「はははっ、言えてる!」
並んで歩き出し、階段に差し掛かった所で、イイノと言葉を交わしていたヤマトははたとある事に気付き、困り顔になった。
「…やべ…。悪いけど、ついたら先食っててくれるか?」
首を傾げたイイノに、ヤマトは鼻の頭を指先でこりこり掻きながら続ける。
「今日は風呂まだなんだ…。時間的にもそろそろ入らないとまずい…」
「そうでしたか…」
頷いたイイノは、言われたとおりにヤマトの部屋で待っている事にしようかとも思ったが、
(もしかしてこれって、手間が省けるんじゃ…?)
などと胸の内で呟くと、口元を綻ばせて小さく二度頷いた。
「オレも一緒に行きます」
「ん?風呂まだだったのか?」
実は夕食の少し後に入浴を済ませていたイイノだったが、そんな事はおくびにも出さず、「ええ」と、笑みを浮かべながら
首肯した。
ヤマトの部屋の冷蔵庫に菓子を預けた後、自室に戻って既に纏めていた荷物の中からタオル類を引っ張り出した猪は、大急
ぎで浴場に向かった。
一応ノックしてから脱衣場に入ったイイノは、浴衣を脱いで半裸になっているヤマトが、「随分早かったなぁ?」と振り向
くと、その姿を見て「ほぉ…」と息をつく。
薄茶色のモサモサした毛に覆われたヤマトは、極度の肥満だからという事もあるが、まずお目にかかれない程のボリューム
の体格をしている。
厚みのある肩に、もっさりした被毛と肉で太い首回り。
たっぷりと脂肪がついて垂れてしまってはいるのもの、骨格そのもののせいで分厚い胸。
上にでっぷりしたウエストが乗ってはいるものの、こちらも素でどっしりと太い腰。
脂肪の下に巨体を駆動させるための筋肉が搭載されている手足は太く、特に運動をしていないにも関わらず、オジマ顔負け
の筋力を秘めている。
熊獣人には大柄な者が多いが、ヤマトの大きさは群を抜いている。
イイノが直接知る限り、ここまでの体格をしているのは彼の友人の熊とその父親ぐらいしか居ない。
明るい茶色という毛の色のせいでそう見えるのか、それとも衣類で寝かされていた毛が今はもさっと立っているせいなのか、
裸になるとその大きさが際立って感じられた。
「何だよ、そんなマジマジ見て?男の裸なんて珍しくもねぇだろうに。…あ…、珍しいのか?そりゃあ運動部にはこんなブヨ
ブヨのヤツはそう居ないか…。たははぁ…!」
苦笑いしたヤマトに、イイノは慌てて首を横に振った。
「あ、いや、そういう事じゃなくて!…今更何ですけど、先輩、でっかいなぁって…」
「まぁ、図体だけはな。…気は小さいしアレも小さいけど…」
微妙な半笑いで応じたヤマトに、そそくさと服を脱ぎ始めたイイノは何と無しに尋ねる。
「先輩のご家族も、やっぱり大きいんですか?」
「ん?いやぁ、普通かなぁ?親父は187、お袋は170ちょい。まぁ、熊としちゃ普通だ。弟はお前よりちょっと低いぐら
いかなぁ…」
「弟さんが居るんですか!?」
ヤマトがさらりと口にした言葉に、イイノはかなり驚いて聞き返す。
「そだよ?あれ?知らなかったっけ?」
不思議そうに目を丸くしたヤマトに、イイノは目をまん丸にしたまま首を横に振る。
「そういや話した事は無かったか。オジマからも聞いてなかったんだな?」
「ええ。そのぉ、寮監の家族の事については、あんまり話してなかったんで…」
オジマがヤマトの実家や進路についての事を話すようになったのは、ヤマト自身がイイノに家業についての話をしてからの
事である。なのでイイノはヤマトの家庭環境にそれほど詳しくはない。
「良毅(よしき)っていうんだけどな、歳はお前のイッコ下で、来年から高校生だ。俺と違ってスポーツマンでな、夏までは
サッカー部でキーパーやってた。オジマ程じゃあないが筋肉質で締った体してる。見た目は俺と全然似てねぇんだなぁコレが」
「へぇ…。弟さん、ここに来るんですか?」
「うんにゃ、地元の水産高校に進むってさ」
どんな弟なのだろう?と興味をそそられたイイノは、続けて色々尋ねてみた。
「成績?ん〜…、体を動かすのは好きなんだが、勉強の方はあんまり好きじゃない弟でなぁ、成績は赤点ギリチョンで浮き沈
み繰り返してる。性格かぁ、性格は似てるって言われるけど、どうだろうなぁ?俺と違って度胸あるし…、何よりホモじゃな
いし…。ああ、でもゲーム好きなのは似てるかな?好きな漫画やアニメも結構似通ってる」
話しながらもヤマトは愛用の下着、六尺褌に手をかけて結び目を緩め、しゅるっと引き抜くようにして解く。
相手が特に親しい後輩だからこそ、ヤマトは股間を全く隠そうとしない。
褌をささっと畳んで篭に入れている羆、その股間で長い被毛とムッチリした肉に半ば埋もれている逸物を見遣ったイイノは、
(顔や体型、体のでかさまで似てるけど、ココは先輩の方がちょっとでかいかな…。太いし…、剥けてるし…、)
友人の熊のソレと、頭の中でこっそり比較した。
少々小さい椅子に腰掛け、シャワーのコックを捻ったヤマトが、
「あ〜…、気持ち良い〜…」
と、首元で湯を受けながら満足げに眼を細めた。
遅れて服を脱ぎ終え、浴室に入ったイイノは、羆がもう体を洗い始めている事に気付き、慌てた様子で声を上げた。
「先輩っ、オレ背中流しますよ?」
さっさと一人で洗われてしまっては、ある事を企んでいたイイノとしては、いささか予定が狂ってしまうのである。
「え〜?良いよ別に。ささっと洗ってぱぱっと暖まって早いトコ部屋に戻ろうぜ」
どうやら食いしん坊の羆の頭の中は、先程の菓子の事が占めてしまっているらしい。
殆どが既に帰省し、残っている寮生も少なく、この時間になればまず邪魔は入らない。
そう思って入浴に付き合い、作戦を実行するつもりでいたイイノにしてみれば、これは大幅に予定と異なる。
「流させてくださいよ。オレが流してあげた事、今まで無かったですし」
「…言われてみれば…そうか…?あれぇ?何回も一緒に入ってんだけど…」
手を止めて不思議そうに首を捻っているヤマトと、微妙な半笑いを浮かべているイイノ。
これまで何度も一緒に入浴しながらも、イイノがヤマトの背を流した事が無かったのには理由がある。
溺愛と言って良いほどに恋人を大事にしているオジマは、
「ただでさえ惚れっぽい寮監が、お前に優しくされて、万が一にも惚れてしまっては困る」
と、裸での接触に良い顔をしなかったからである。
いくら何でも、自分の恋人に敬愛する先輩が想いを寄せるという状況はキツい。
そもそもイイノはヤマトの好みのタイプでは無いのだが、可愛い後輩兼恋人の事となると、寡黙で無愛想な虎も途端に心配
性になる。
(でも、今日だけは別。きちんと洗ってあげよう)
どうあっても計画を実行する心積もりでいるイイノは、ヤマトに歩み寄ると、その手からさっさとシャワーを奪い取った。
「良いんだぞ?別に気を遣わなくて…」
「遠慮しないで下さいよ。それに、自分で言うのもアレですけどね、オレ、こう見えても結構上手いんですよ?中学の時から
部活の仲間と背中の洗いっこしてましたから」
いつも通りの柔和な笑みを浮かべながら言ったイイノに、
「ん〜…、なら、せっかくだし頼んでみるかな?」
ヤマトは少し嬉しそうに、耳を倒して笑いかけた。
猪の瞳の奥にこもる、常には無い光には気付かぬまま…。
「どうですか?かゆい所とかあります?」
洗い慣れたオジマの背よりもなお広い、しかしかなり脂肪がついた肉厚の背中を丁寧に流しながら、イイノは尋ねる。
「い、いやぁ、大丈夫…」
微妙な笑みを浮かべながら応じたヤマトは、「ほふぅ…」とため息を漏らした。
(うっあぁ…。き…気持ち良い〜…!考えてもみれば、こういう風に丁寧に洗って貰うのって初めてだよな…)
ハトリにささっと雑に洗われた事や、オジマにゴリゴリと力任せに洗われた事は度々あったが、こうも丁寧に背を流してく
れる相手は初めてであった。
豊かな被毛にたっぷりと湯をふくませ、しっかり自分の手で泡立てたボディーシャンプーをそっと乗せるようにして塗り、
皮膚よりも被毛の方に馴染ませて洗う。
彼の恋人の物とは比較にならない丁寧さには、イイノの性格が良く現れていた。
小刻みに手を動かしながら、羆特有の密生した長い被毛がほつれないよう気を配って洗ってくれているイイノを、
「オジマはこんなに優しく丁寧には洗ってくれなかったぞ。これって性格の違いかなぁ?すんっっっげぇ〜気持ち良い〜っ!」
ヤマトは気持ち良さそうに目を細めながら褒める。
「あ〜…。オジマ先輩にやらせると、痛いでしょう?」
「ああ、拷問だよなアレ。ガシガシゴリゴリ…、もぉ許して!勘弁して!ってな感じだった」
密生した被毛の中に潜り込んだイイノの太い指が、洗うついでに背中を程よく指圧してゆくと、ヤマトは心地よさそうにた
め息を漏らした。
よほど気持ち良いらしく、耳は完全に倒れ、口は半開きになり、表情はすっかり弛緩している。
「本当にかゆいところとか、無いですか?」
「んぁ…、平気…」
「遠慮しないで下さいね?」
「…ん〜…。あ〜、これヤバい…。クセになっちまいそぉ…」
肩胛骨の下辺りで、背骨の左右をククッと適度な力で押された羆は、「あふぅ〜…」と息を漏らす。
トロンとした顔で鏡を眺めながら、ヤマトはそこに映っている後輩の猪に「ありがとなぁ…」と、笑みを浮かべて礼を言った。
「大したことじゃありませんから」
鏡越しに笑みを返しながら応じたイイノは、ヤマトの両肩に手をかけ、首の後ろを親指でクックッと押してマッサージする。
いつもは引き締まった体躯のオジマを相手にしているイイノにとって、ヤマトのふくよか過ぎる体は、少々手に余るもので
あった。
太り気味の自分の身体と比較しても、ヤマトの皮下脂肪の厚さには驚かされている。
ついでなので肩から二の腕もマッサージして確かめてみたイイノは、(あぁ、なるほど…)と、納得して小さく頷いた。
ヤマトの肩や腕周りを覆う、柔らかな分厚い皮下脂肪の下には、骨格の輪郭が確かめ難い程にみっしりと筋肉が詰まっていた。
極度の肥満ではあるものの、ヤマトの腕力は桁外れである。腕相撲などの単純な力比べならば、あのオジマですら敵わない。
気分屋の乾燥機の機嫌を取るため、抱っこして揺するという荒技を披露するこの羆が、まさか見た目通りに脂肪の塊という
事は無いだろうと常々思っていたが、イイノの疑問は触診によって氷解した。
さらに確かめるべく、イイノは手を下におろし、腰の後ろから揉んでみる。
最初こそ気持ち良さそうにしていたヤマトだが、指圧が腰の後ろから脇腹へと移動すると、堪らずに笑い声を弾けさせる。
「ぎゃははははっ!イイノっ!そこはいいっ!いいからっ!くすぐった…ぎひひひひっ!勘弁勘弁っ!」
「あ、済みません!…にしても、寮監、結構筋肉ついてるんですね…」
脂肪は確かにかなり余分についていたが、腰回りにもどっしりと筋肉がついている事が判り、イイノは感心しながら呟く。
「そうかぁ?ほらアレだよ。デブってて体が重いから、動かすために自然につくんだろうなぁ」
その説明でなんとなく納得したイイノは、気を取り直してシャワーヘッドを手に取り、だいぶ弾けて量が減った泡を洗い流
し始める。
しばしの間、角度を変えながら丁寧にシャワーを当てたイイノは、やがて完全に泡が落ちた事を軽く撫でた手触りから判断
し、シャワーヘッドを壁のフックに戻す。
「サンキューなイイノ。気持ち良かった」
礼を言ったヤマトは前側を自分で洗おうとしてボディーシャンプーのボトルに手を伸ばしたが、
「まだ終わってませんよ?先輩」
イイノの言葉で手を止め、首を巡らせて後輩を振り返る。
ヤマトの顔の傍に、腰を屈めて目線を合わせたイイノの顔があった。
「さすがに前は自分でやるぞ?」
「その前にやる事が終わってませんから」
首を傾げたヤマトにそう応じると、イイノは羆の広い背にそっと手の平を当てた。
「…先輩…」
「ん?」
「気持ち良い事しましょう」
「ああ、お陰様で気持ち良かっ…」
一度言葉を聞き違えたヤマトは、「ん?」と言葉を切り、イイノの顔を見る。
「オレが相手じゃダメでしょうか?」
真面目な顔つきのイイノが再び尋ね、言葉の意味をようやく理解したヤマトは、「へ!?」とすっとんきょうな声を漏らす。
「じょ、冗談!オジマに殺されちまうっての、だははははっ!」
「オジマ先輩には許可を貰いました。今夜だけですけれど」
イイノが相変わらず真顔で応じると、ヤマトは笑声をピタリと止め、笑い顔のまま凍りつく。
「だっ、だだだだだだだだだからってお前ちょっとおい待てナイだろナイナイいろいろまずいって!おわっ!?」
顔を引き攣らせて首をブンブン横に振りつつ向き直ろうとしたヤマトは、慌てていたせいで椅子からずり落ちた。
椅子をひっくり返して尻餅をついたヤマトの前で、イイノは正座を崩したような格好でペタンと床に座り込む。
「ごめんなさい、先輩…」
頭を下げて言ったイイノを、床に打った尻の痛みに顔をしかめていたヤマトは、訝しげに眉根を寄せて見つめる。
「アスカ先輩にバレたの…、オレのせいですよね…?」
言葉に詰まってしまったヤマトに、顔を上げたイイノは続ける。
「先輩は渋っていたけれど、無理を言って教えて貰いました…!あの日、倉庫でオレと話していた内容で、アスカ先輩は…!
オレが…、オレが不用意にあんな話をしたから…」
辛そうに目を伏せたイイノに、ヤマトはため息をつきながら首を横に振ってみせた。
「それは、気にしなくて良いんだ。本当に…。おかげで、俺はもうアスカに隠し事しなくて済むようになったし、スッキリし
た。お前があのタイミングで話してくれなかったら、俺は今も…、いや、この先もずっと、アスカとは解りあえなかったろうし」
ニカっと笑ったヤマトは、イイノの頭に大きな手を乗せて、クシャクシャッと軽く撫でた。
「ありがとな?イイノっ!」
オジマが何故イイノの行動を止めなかったのか?その理由が、ヤマトには何となく判った。
おそらくイイノは、ヤマトの気持ちがアスカに知られてしまった事を気に病み、詫びたい一心でこんな事を考えたのだろう。
そしてオジマは、必死になって頼み込んだか、あるいは泣きついたかしたイイノの意思を尊重する事にしたのだろうと、ヤ
マトは考える。
礼を言われたイイノは、潤んだ目でヤマトの顔を見上げた。そして目を見つめつつ、
「あふんっ!」
床に尻餅をついた格好のまま、足を開いているヤマトの股間のソレを、おもむろに軽く摘んだ。
思わず声を上げたヤマトの逸物は、イイノの右手でピンポイントに亀頭を押さえられている。
曲げた人差し指の上に丸々とした亀頭を乗せ、上から親指で押さえ、イイノ自身はそんなつもりなど無いのだが、結果的に
はヤマトの息子を人質に取った形になっていた。
「先輩…、でもオレ…、オレ…」
「い、イイノっ!落ちつ…、うっ!」
イイノの指に少し力が加わり、亀頭をグリっとされたヤマトはビクリと体を突っ張らせる。
ヤバいと感じたヤマトは、イイノの手を掴んでやめさせようと手を伸ばしたが、
「オレ、やっぱりお詫びしたいんです!先輩が許してくれても、何て言ってくれても、オレは…!」
触れる前に、ぎゅうぅっと亀頭を圧迫されて仰け反る。
「あうっ!?ちょ、ちょちょちょちょっと落ち着こうイイノ!な!?落ち着いて冷静にはなっ…、あひっ!」
「そ、そりゃあ、こんな事でお詫びっておかしいと自分でも思います…。でも、菓子ぐらいじゃ詫び足りないんです…!」
やはり恥かしいのか、俯いてモジモジするイイノの両手は、ヤマトのその敏感な部位を挟んでクニクニと弄び、声も無く悶
絶させる。
「オレ、一生懸命やりますから!だから先輩っ!」
恥かしさを堪えて顔を上げ、真摯な視線をヤマトの顔に向けたイイノは、
「…先輩…?」
羆が硬く目を閉じてフルフル震えている事に気付き、再び視線を落とした。
無意識に弄んでいたヤマトの股間のソレが、見る間にムクムクと大きくなる。
少し沈黙した後、イイノは摘んだままのソコの上側を、クリッと、親指の腹で軽く擦ってみた。
「!!!!!!!」
声が出なかったものの、ガパッと口をあけて仰け反り、首を逸らしたヤマトの様子を見たイイノは、
(ユウヤと同じ反応だ…)
恋人と同じ部位への攻撃が通用する事を確認し、顎を引いて頷いた。これならばペースを握れる、と。
「遠慮しないで下さい、先輩…」
イイノは恋人にそうするように、甘えるような声音で囁きながら身を寄せた。
自分の体型はヤマトの好みのタイプとはかけ離れていると自覚していたので、いささか心配していたイイノだったが、ヤマ
トが見せた刺激への敏感さと、恋人と同じような反応のおかげで自信が持てた。
いや、自信が持てたどころか、無理矢理にでもヤマトを気持ち良くさせてやろうという熱意までが生まれていた。
飯野正行。普段は温和で穏やか、思慮深く礼儀正しい好男子。
決して悪い男ではないのだが、一旦こうと決めると脇目も振らずに突っ走りがちになるという困った傾向がある事は、彼と
親しい者は皆が知っている。
背中側に手をつく形でへたり込んでいるヤマトに、イイノは亀頭を掴んだまま身を寄せた。
鍛えた筋肉の上にも多めの脂肪と猪特有の剛毛を纏う体が、羆のでっぷり肥えたブヨブヨの体に密着する。
たっぷりしたヤマトの乳房を軽く掴んだイイノは、背中側よりも柔らかい被毛の中を指でまさぐり、乳首を探し当てると、
指の腹で円を描くように軽く擦った。
「あ…!んっく…!」
「ここ…、感じるんですか…?」
股間と乳首の同時刺激で、目を硬く閉じ、歯を食い縛ったヤマトに、イイノは囁く。
「敏感なんですね、先輩…」
クスっと微笑んだイイノの顔を薄目を開けて見遣り、ヤマトは何か言おうとして口を開くが、結局言葉が出せなかった。
胸に口を寄せたイイノが、乳首を優しく甘噛みしたせいで。
「はひっ!あ、はぁ…、んっ!」
胸を強く吸われ、身を強張らせるヤマト。その股間では短くも太い逸物が猪の手で愛撫され、先走りをタラタラと零している。
恋人に対してそうするように、乳首から口を離して胸に頬ずりしたイイノは、右手で逸物を愛撫してやりながら、体を預け
る格好になりつつヤマトの太い首に左腕を回し、顎の下を優しくなで始めた。
これはオジマが喜ぶポイントなのだが、これが何故か、羆であるヤマトにも効果覿面であった。
肉のついた顎下をさすられ、喉を反らすヤマトの半開きになった口から、はぁはぁと荒い息が漏れる。
二つ下でありながら実戦経験はイイノの方が上。手慣れた愛撫によってもたらされる刺激と不慣れな快感がヤマトを翻弄する。
さらに、後輩の恋人に慰められているという精神的、立場的負い目によって、ヤマトは容易く追い詰められてしまった。
「い、イイノ…!だ、ダメだ、もうやめっ…あ…!」
イイノの指に摘まれている、先走りでぬめった亀頭がクリクリと擦られ、ヤマトは制止の言葉を中断させられる。
「やらせて下さい、先輩…」
しなだれかかった胸の上に頬を乗せていたイイノは、囁きながらヤマトの顔を見上げた。
ふぅふぅと苦しげな息を漏らし、快感に耐えながら見下ろすヤマトの目を、上目遣いに、縋るような目で。
「だめ、だ…!いいから…!もういいから、こんな事しなくても…!」
「先輩じゃなきゃ、しませんよこんな事…」
喘ぎながら言ったヤマトにイイノは震える声で言った。
「他の誰でもない、先輩だから…。そうでなければ、ユウヤ以外に…」
ヤマトの喉で、ヒュクッと妙な音が鳴った。
イイノがオジマの下の名を口にした。他の誰かが居る前では口にしようとしない、恋人と二人きりの時だけの呼び方…。
ヤマトもめったに聞かないその呼び方を、自分でも気付かぬまま口にしてしまう程に、今のイイノは必死であった。
さらにはイイノが口にした言葉の内容が、快感に流されそうになりながら、それでもなお自制しようと踏ん張っていたヤマ
トの心を強く押した。
他の誰でもない、相手がヤマトだからこんな真似をする。
上目遣いに縋るような視線を向けながら発せられたイイノの言葉は、この手の甘い言葉への耐性ができていないヤマトを、
一撃で沈めるに十分過ぎる威力を発揮した。
ヤマトの中で、何かが緩んだ。
ぐぐっと体を前に起こし、後ろについていた手をイイノの背に回し、きゅっと軽く抱き締める。
「先…輩…」
応えてくれた事に少し驚いて、イイノはヤマトの胸に顔を埋める格好で動きを止める。
「ん…」
小さく頷いたヤマトは、イイノの頭の上に顎を乗せながら、背中をゆっくりと撫でた。
自分でも意外だったが、好みのタイプからは大きく外れるイイノの事を、心底かわいいと、愛おしいと思った。
それは、恋愛感情とはまた別の「かわいい」。自分を慕ってくれる後輩への愛おしさ。
「…キスと本番は無しな…。オナニーの延長ぐらいまでなら…、しよっか…?」
前寮監が常々言っていたような事を口にしたヤマトは、直後にそうと気付いて苦笑いした。
胸に顔を埋めながら、少し恥ずかしげな笑みを浮かべて小さく頷いたイイノを、太い脚で囲うように座るヤマト。
身長170を越えるイイノだが、巨体のヤマトと対比すれば小柄に見えてしまう。
体の左側を預けてすっぽりと抱かれるような格好で、正座を崩して横座りしたイイノの股間にあるソレを、ヤマトはじっと
見つめた。
イイノの逸物はヤマトのものよりもだいぶ大きい。勃起していない今は皮を被っているものの、怒張した際には完全に剥ける。
その後輩の逸物を、ヤマトは左手で軽く握った。
「んっ…!」
低く呻いて、反射的に腰が逃げそうになったイイノは、なんとか堪えてヤマトに身を任せる。
「そのぉ…、俺だけってのは申し訳ないし…、一緒に…気持ち良くなろうな…」
照れながらボソボソと言ったヤマトに、イイノは恥ずかしげな笑みを浮かべて頷くと、自分もまた右手で、再びヤマトの肉
棒を握る。
軽く弄られている内にムクムクと大きくなり、ピンクの亀頭を剥き出しにしたイイノの肉棒を、ヤマトは指先でピンと軽く
弾いて、呻き声を上げさせた。
「ひとの事敏感だとか何とか言っといて…、お前も結構敏感じゃないか?」
「で、でも…、先輩程じゃあないでしょう?」
顔を見合わせて苦笑を交わし二人は申し合わせたように、ゆっくりと、互いの息子をしごき始めた。
敏感なのはお互い様、まるで焦らすように、ゆっくり、軽くしごきあう二人の間で、クチュッ、クチュッと、先走りで濡れ
た肉棒が湿った音を立てる。
静かな浴室に立ち込めた湯煙に、羆と猪の乱れた吐息と、秘所を弄る音が、溶け込んで消えてゆく。
「せ、先輩…、ど、どうですか…?き、気持ち良く…、ふぅ…、なってます…?」
「な、なって、るぅ…!い、イイノ…ちょ…、あふぁ…!ものすげぇ上手い、なぁ…」
「せ、先輩こそ…、手が大きくて…、柔らかくて…、すっぽりだから…、お、オレ…、もぅ…、んうぅ〜…!」
快感が耐え難い程に蓄積され、イイノはヤマトの脇の下に左腕を入れて背に回し、胸に顔を埋める。
抱き付いて来たイイノの肩に右腕を回して、しっかりと抱き締め返しながら、ヤマトもまた限界が近付いているのか、歯を
食い縛ってかたく目を瞑る。
「い、イイノぉ…、悪いけど、俺もぉ限界っ…!ふぅ…ひぃ…!そ、そろそろ、イかせ、てぇ…!」
「オレも、です…!もぉ、ダメぇ…!はっ、せ、先輩…。い、一緒に…、はぁ…、イって…!」
羆に縋り付くイイノと、猪を抱き締めるヤマト。
互いの逸物をしごき合う手の動きは徐々に早まり、股間の上では肥えた二人の腹が、胸が、震動でたぷたぷと波打つ。
やがて、ヤマトは歯を食い縛って顎を引いて、イイノは大きく口を開けて首を反らし、それぞれビクリと身を震わせた。
「あふぁっ!」
「んぐぅ〜っ!」
イイノとヤマトは同時に声を漏らし、それぞれの性器から白濁した液体を放つ。
びゅくっ、びゅくっと、繰り返し数度勢い良く精を放ち、お互いの腹と手を汚しながら、二人は揃って太った体をブルブル
と震わせる。
『はぁ〜…』
全く同時に大きく息を吐き出し、互いの体にもたれ掛かるようにして脱力した二人は、
「はぁ…はぁ…、ど…、どうでした…?先輩…」
「…き…、気持ち…いぃ〜…。ふぅ…ひぃ…」
まだしっかり抱き合ったまま言葉を交わすと、次いで互いの顔を見上げ、見下ろし、苦笑いを浮かべた。
「オレも…、気持ち良かったです…。先輩の体、プヨプヨしてて…柔らかくて…。オジマ先輩とはまた違ってて…」
「プヨプヨって…、お前のこの辺もそうだろ?」
イイノの腰の少し上、脇腹を軽く叩いて揺らしてやり、微妙な笑みを浮かべたヤマトは、後輩をキュッと抱き締めつつ、胸
の内で呟く。
(ハトリ先輩にも何回か無理矢理イかされたけど…。イイノはまたリードの仕方が違うよなぁ…。乱暴に付き合わされるより、
こういう誘われかたの方がいいかも…。オジマのヤツは毎回こんな可愛い迫られ方してんのかねぇ…)
そこまで考え、ヤマトは軽く顔を引き攣らせた。
今更、本当に今更ながら、後輩の恋人を寝取ってしまったかのような罪悪感と後ろめたさを覚えて。
急激に気分が落ち込み、心の中でオジマに平謝りしているヤマトの様子には全く気付かぬまま、イイノは甘えるようにヤマ
トの喉元に鼻を入れ、頑丈な鼻梁で顎の下を擦った。
「…先輩、もう一回、体流しますね?汗かいたし、ほら、腹も手もベットベトに汚れちゃってますし。綺麗にしましょうね?」
一度がっくりと落ち込んだヤマトだったが、イイノの屈託のない笑みを目にし、微苦笑を浮かべて頷いた。
イイノには感謝しよう。オジマには謝ろう。自分達の事を横に置いて自分を気遣ってくれた、勿体ない程良い後輩達に。
今夜限りの無礼講。だから今は…。
「さっきのお返しに、俺が先に流してやるよ。まぁ、イイノ程は上手くやれないけど…」
ヤマトはニカッと笑って続けた。
「隅々まで丁寧に洗ってやるからな?」
一度目を丸くしたイイノは、次いで柔和な笑みを浮かべ、恥じらうように小さく頷いた。
二人は仲良く体を流しあい、ゆったりと湯船につかった後、夜遅くまで菓子を食べながら談笑した。
お詫びを兼ねた、可愛い後輩からの真心こもったクリスマスプレゼント。
醒山を離れて一人都会で暮らすようになった後も、ヤマトは決して忘れる事はなかった。
しっかり者の後輩が、たった一度だけ自分に甘えてくれた、この一夜の出来事を。