私立醒山学園男子寮三号棟の雪の季節

冬真っ盛り。綿のような真っ白な雪に覆われた山々に抱かれた、道北の山間の街。

雪化粧した街の中心に聳える、私立醒山学園もまた、校舎も校庭も白一色に覆われている。

今日もまた白い空から、昼過ぎから夕刻まで降り通している雪の中、学園裏手側にある寮の一つ、男子寮三号棟の庭では、

「えっさ!ほいさ!えっさ!ほいさ!」

防寒着でムクムクと膨れた体をダイナミックに動かし、大きな羆が雪かきに精を出していた。

手馴れた様子で雪かきスコップを操り、巧みにスノープッシャーを押し、雪を除けてゆく羆は、体格が良い…というよりは、

明らかに太り過ぎの体付き。

身の丈206センチ、体重はついに200の大台に乗ってしまった、デップリ肥えたあんこ型。

山親父と形容するに相応しい厳つい顔立ちだが、実は高校三年生、十八歳である。

男子寮三号棟の寮監を勤める、実りの秋を越えて一層ふっくらしてしまったこの羆、名を大和直毅(やまとなおき)と言う。

庭で雪かきに勤しんでいるのはヤマトだけではない、他にも数名、体格の良い寮生が防寒着を着込み、除雪道具を手にして、

それぞれ雪と格闘していた。

冬が来れば豪雪に埋もれるこの醒山では、他の道北の町と同様、雪を完全に除けるような雪かきはしない。というよりも不

可能である。

その為、この寮の庭でも、踏み固められて硬く凍った雪の上の、積もったばかりの新雪だけを除ける、いわば通り道を確保

する為の雪かき作業が行われている。

盛大に積もれば業者の出番となるのだが、小規模な積雪程度ならば、この寮に住まう逞しい寮生達は自分達で除雪してしまう。

だが、通り道の確保という目的の他にも、もう一つ理由があった。

「おっし、こんなもんだろうな!作業終了ぉ〜!」

ヤマトが声を張り上げて号令すると、寮生達は手を止め、思い思いに息をついた。

寮の玄関から正門まで、庭を突っ切って真っ直ぐに伸びる、雪が踏み固められた通り道。

その左右には通り道から除けられたばかりの、うず高く盛られた新雪の壁。

「皆お疲れっ!それじゃあ一回中に戻るぞぉ!」

作業の成果を満足気に頷きながら見回したヤマトは、寮生達を率いて玄関へと歩き出す。

雪の上を駆け、我先にと戻って行く寮生達の最後尾では、

「大丈夫?ユウヤ…」

「………寒い………」

ガチガチと歯を鳴らしている大柄な虎の顔を、ずんぐりした猪が気遣わしげに見上げていた。

自分の体を抱き締めるように背を丸めている、他の寮生の倍は厚着している虎は、二年生の尾嶋勇哉(おじまゆうや)。

その傍らを、ペースを合わせて歩いているずんぐりした猪は、一年生の飯野正行(いいのまさゆき)。

虎獣人のオジマは体脂肪が極端に少ない見事に鍛え上げられた筋肉質の体付きをしており、上背も180センチを越えている。

顔立ちは実に虎らしく、精悍で雄々しい。…のだが、今は目を薄く開け、歯を食い縛り、やや弱っている様子が見られた。

猪獣人のイイノは、175センチあるものの、筋肉の上に脂肪が乗った固太りの体型のせいで、ずんぐり短身の印象を受ける。

猪の特徴である大きな鼻と立派な牙が印象的な顔だが、その穏やかな眼差しと表情、優しげなバリトンボイスのせいか、厳

めしさよりも人の良さが強く感じられる。

同郷のオジマとイイノは、共に柔道部に所属している。

故郷でも同じ中学の柔道部に所属していた二人は、一部を除いた周囲には秘密にしているものの、男同士で恋人同士、同性

カップルである。

そんな二人は東北で生まれ育っており、雪にもそれなりに慣れている。

しかし、この醒山の降雪量と気温の低さは、二人の故郷とは比較にならないレベルのものであった。

イイノの方はそうでもないが、オジマは寒いのが大の苦手で、醒山の冬はとにかく堪えた。

ここで迎える二度目の冬だが、全く慣れる事ができない。故郷の寒さはまだマシだったと、オジマはガタガタ震えながらつ

くづく思う。

なお、一刻も早く寒さから逃れたくて、除雪作業の度にせっせと熱心に雪かきをおこなっているオジマは、結果的にはいつ

も人一倍働いていたりする。

作業を終えて玄関を潜った寮生達を、暖房で暖まった空気と、温かい飲み物を用意して待っていた待機組の寮生達の労いが

迎えた。

「ご苦労様、ヤマト」

「お、有り難うアスカ!」

先頭に立って出迎えた人間の男子、童顔の同級生、飛鳥典行(あすかのりゆき)からホットココアがなみなみと注がれたマ

グカップを受け取り、ヤマトは嬉しそうに破顔する。

「はい。寒かったでしょキミヤス」

「へーきへーき!ほれ、おれ贅肉分厚いから!」

温和そうな顔に労いの笑みを浮かべる小柄な羊、麻賀洋(あさがよう)から、快活に笑いながらミルクセーキを受け取った

のは、コロコロ太ったスコティッシュフォールド、相撲部所属の数河公康(すごきみやす)。共に一年生。

「お疲れ様でした、オジマ先輩」

「………助かる………」

相変わらずガタガタ震えているオジマのかじかんだ手に、ミルクティーが入ったカップを握らせ、肩に厚手のタオルケット

をファサッと被せたのは、人間の一年生、早川隆俊(はやかわたかとし)。

「はい!イイノ君もお疲れ様でした!」

「有り難うチワダ!あ〜、温まる〜」

イイノにホットコーヒーを手渡し、背伸びして肩の雪を払い落とした極めて小柄なチワワの獣人は、一年生の千和田良(ち

わだりょう)。

労働組が除雪作業に従事している間に、待機組は温かな飲み物や体を拭うタオルを用意し、玄関ホールを暖めておいた。

豪雪地域であるこの醒山では、雪かきは重労働である。

得意な者や体力がある者は雪かき作業に従事するが、そうでない者は待機組に回っている。

除雪器具も全員に行き渡る程の数は無いというのが、二組に分けられている理由の一つである。

一見すると不平等にも見えるが、この作業自体は強制ではない。

それでも作業をすると一声かけるとすんなり人手が集まってしまうのは、寮監であるヤマトの人望によるものである。

十分ほど休憩を取って冷えた体を温めた後、ヤマトは良く通る大きな声で皆に告げた。

「それじゃ、雪合戦参加希望者はそろそろ庭へ!」

『お〜っ!』

寮生達は一人を除き、元気な声でヤマトに応じた。

なお、元気に応じられなかったその一名は、弱々しく頷くのが精一杯だった、極端に寒さに弱い大柄な虎である。



寮の玄関から表門へと続く、圧雪されたばかりの通り道を挟み、除けて積まれた雪の壁の外側に、半分ずつに分かれた寮生

が並んだ。

勢揃いして東軍と西軍に分かれた寮生達の中でも一際大きなヤマトが、東軍サイドで大きく咳払いする。

「ゴホンっ!…え〜それじゃあ、怪我なんかしないように十分気を付けながら…」

改まった口調で話し始めたヤマトは、不意に歯を剥き、一転して子供っぽい笑顔を浮かべると、

「期末テストや補習で溜まった鬱憤、思う存分ぶちまけろぉっ!!!」

『お〜っ!!!』

寮生達の元気な鬨の声が、寮の庭に響き渡った。

寒空の下、歓声と共に飛び交い始めた雪玉が、雪の壁や寮生達に当たって潰れ、砕け、粉と散る。

止まっていれば凍て付いてしまいそうな低い気温にも負けず、寮生達はまるで子供のように無邪気に雪を投げ合った。

ただ純粋に雪塗れになって汗をかくのを楽しむ、ルールも勝ち負けも無い原始的な雪合戦。

これは、この寮で今シーズン何度も行われているイベントであった。

私立醒山学園は、数多くの運動部が全国レベルにあるスポーツの名門校である。

普通の進路として醒山を選択している比較的住まいが近い地元の生徒達以外に、全国から数多くの特待生が集まって来てお

り、年度によっては道外出身の生徒が三割近くに及ぶ事もある。

中には雪の少ない地域や、まず雪が降らない地域からやってきた生徒もおり、そういった者達にとっては醒山の降雪量は驚

嘆に値するものであった。

あまりにも雪を珍しがる寮生が多いので、それならばとヤマトが提案してみたのが、この雪合戦の始まりであった。

雪が珍しかった寮生達も、すでに十一回目となる今では雪合戦にすっかり馴染み、雪の上で動き回る事がトレーニングになっ

たのか、遠方出身の一年生達も、通学中などに雪に足を取られて転倒する事はほとんどなくなった。

所詮は子供のお遊び。一、二回で終わりになるだろうと思っていたヤマトだったが、意外にも寮生達は雪合戦に夢中になった。

雪合戦そのものよりも、皆でわいわい騒いで雪と戯れる事に、本能的な楽しさを見出したのかもしれないと、ヤマトは分析

している。

真っ白に綿帽子を被った寮の庭で、飛び交う雪玉と跳ね上がる歓声。

握り込みが甘くて空中分解しながら尾を引いて飛んで行く脆い雪玉を放るチワワも居れば、ガチガチ震えている恋人が握っ

た凶悪な硬度の玉をそうとは知らずに思い切り投げる猪も居る。

調子に乗って雪壁の上に登り、集中砲火を受けて転げ落ちてはケタケタ笑うポチャ猫に、一球投げる間に三発は貰ってます

ます白くなっている羊。

「ヤマトが壁から離れてる!狙え狙え〜!大きいから的に丁度良いぞ!」

「うぉ!マジか!?」

西軍所属のアスカの号令で、壁から大きく離れてオジマに雪玉を放っていたヤマトめがけて大量の雪玉が放られる。

「ぶはっ、冷てっ!ははは!やったなぁ、お返しだ!」

寒さに強いという種の特性もさながら、豊かな被毛と脂肪からなる自前の厚着を常時着込んでいるヤマトは、雪も寒気も何

のその、標的になって一斉に雪玉を貰いながら物ともしない。

それどころか気分良さげにカラカラと笑い、お返しとばかりにその場で雪玉を拵え、次々と投げ返している。

一方で、生まれつき寒いのが大の苦手で、脂肪層が極端に薄い事も災いしているらしいオジマは、まるでロボットのように

ぎこちない動きでギコギコと雪玉から逃げ惑っている。

ヤマトとは対照的に、こちらは笑みを浮かべるどころではない。

難く食い縛った歯と引き結んだ唇、完全に伏せた耳、辛そうに半分閉じた目から、必死さが滲んでいる。

そんなオジマの首もとに、ヤマトがオーバースローでふわりと放った雪玉が、偶然スポンと収まった。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

声にならない悲鳴を上げ、喉元をバタバタと払うオジマ。

しかし、当たっても痛くないようにと柔らかく握られたヤマトの雪玉は、気遣いが完全に裏目に出て、砕けてオジマの襟元

から胸元へと入り込んでしまっていた。

堪らずジャケットの胸元を開け、寒さに耐えながら雪を払い出すオジマは、もはや必死の形相である。

軽く放った雪玉が意外なほどの威力を発揮した事に、投げた当の本人である羆は一時キョトンとしていたが、いつも泰然と

しているオジマの珍しい取り乱し様を目の当たりにし、腹を抱えて笑い出す。

「だはははははっ!悪い悪い!今のはわざとじゃな…もがふっ!?」

オジマの様子を笑っていたヤマトには、しかし天罰とでも言うべきか、開けていた大口に雪玉が飛び込むという痛恨の一発

が入った。

口元を押さえて目を白黒させながら仰向けにひっくり返った羆を見遣った羊は、目をパチパチとしばたいている。

「ナイスだぞっ、ヨウ!」

「あ…、う、うん…」

ご機嫌で声をかけたスゴに、アサガは曖昧に頷く。

実は、手からすっぽぬけた雪玉が本人も予期せぬ方向へ飛び、たまたまヤマトの口に命中しただけであり、アサガにしてみ

れば、ただの大暴投が初のクリーンヒットになったという、微妙な状況であった。

一方、雪を払い落とし終え、ガタガタと震えながらようやくジャンバーを着直したオジマは、

「えぇ〜い!」

可愛い気合いの声と共に放られた、握りの甘いチワダ製雪玉が放物線を描いてパフッと後ろ襟に入り、

「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

またもや、声にならない悲鳴を上げさせられていた。



談話室のストーブ前に陣取り、厚着した上から毛布を羽織ってカチカチと歯を鳴らしているオジマのすぐ傍で、ホットミル

クティーを買ってきたイイノが苦笑する。

「無理なんかしないで、寮内で待っていれば良かったんじゃないですか?先輩」

震える手で温かな缶を受け取ったオジマは、辺りをはばかって先輩後輩としての言葉遣いで話しかけたイイノの顔をちらり

と見遣る。

「…ひ、一人だけ…まま、待っている…のも…癪だ…」

歯の根が合わないながらもなんとか声を絞り出したオジマに、イイノはクスリと笑いながら、声を潜めて耳元で囁く。

「さっきオレの部屋の暖房、最強で入れて来ておいた。もうそろそろ暖まると思うから、ゆっくりして行って…」

「あ、有り難い…」

ほっとしたような顔をするオジマに笑いかけ、イイノは考える。こちらに来てから、オジマは随分変わったと。

仏頂面で寡黙なのは変わっていないが、ストイックに柔道に打ち込み、例え相手が部員でも、必要以上に馴れ合う事をよし

としなかったオジマ。

それこそ、イイノを含めたほんの数名に多少心の内を語る程度で、友達付き合いをしていると言える程の関わりを持つ同級

生も居なかった。

イイノと付き合うようになって以後、いくらかは態度を軟化させていたものの、それでも親しくしていた相手はそう多くない。

だが、今ではイイノ以外の相手にも自分から話しかけ、寒いのが苦手にも関わらず、我慢して雪合戦にも付き合う。

オジマ自身の自覚は乏しいようだが、おそらくはヤマトの影響なのだろうと、イイノは考えている。

中学時に柔道部の主将を務め、そして夏からまた醒山の柔道部において主将を務めているオジマにとって、寮生達を纏める

ヤマトの手腕と、自分達後輩に向けられる言動は、大いに参考になっているはずだと。

寮監と主将。立場は違えども共通する、纏め、導く者としての振る舞い。

ヤマトにあって自分に無い物を無意識の内に悟り、見習おうとしている事が、尾嶋勇哉という人物を誰よりも良く理解して

いるイイノには、はっきりと感じられていた。

自分の恋人に良い影響を与えてくれた寮監に感謝すると共に、最近、イイノは事あるごとに日数を数え、寂しい気分になる。

(…あと三ヶ月しかないんだな…。ヤマト先輩達が卒業するまで…)

年の瀬も近付いた十二月十八日。冬休みと三学期は短く、卒業式はあっという間にやって来る…。



「さすがに正月ぐらいはなぁ…。寮も完全に閉まるし、帰らないと…」

顔を顰めながら呟いたヤマトに、イイノは微苦笑を浮かべた顔を向ける。

いつもと同様朝食時で混み合っている、活気溢れる寮の食堂。

これもいつもと同様に、ヤマトと向かい合う形でオジマとイイノが席についている。

「そんなに帰りたくないんですか?」

「…なるべくなら帰りたくない…」

ため息をつき、しみじみと漏らしたヤマトは、訴えかけるような目でイイノを見遣る。

「前にも話したけど、うち魚屋なんだよ…。親父は俺を跡取りに考えてるから、大学に進学する事すら反対だったんだ。そん

な訳で、帰れば絶対にクドクド言われる…」

「魚屋は、嫌なんですか?」

「それがなぁ…、そこがど〜も良く判らん」

妙な回答に首を傾げるイイノだったが、ヤマトは心底困ったような顔で箸を茶碗の上に置き、腕組みをする。

「昔からな、家継げって言われて来たんだ。前は何の抵抗も無く、いずれ後を継ぐんだって考えてたさ。…いや、もっと正確

に言うなら、魚屋継ぐ以外の将来なんて考えもしなかった。なのに…」

ヤマトは一度言葉を切り、「ふぅ…」と大きなため息をつく。

「中学の半ばかなぁ?二年に上がったばっかの頃かも…。自分の将来、本当にそれで良いのかって、急に気になるようになっ

てな…」

食い意地の張ったこの羆にしては珍しい事に、食事を完全に中断して考え込んでいるその様子を目にしたイイノは、戸惑っ

ているように何度も瞬きした。

一方、先程から一切口を挟まず、黙々と白米を口に運んでいたオジマは、ちらりとヤマトの顔を見遣ったものの、表情には

一切変化がない。

「本当に自分は魚屋を継ぎたいのか?それが本当にやりたい事なのか?そう考えたら、前々から決めてたはずの将来がな、何

て言えば良いんだろうな…?こう…、ぼやけたんだよ…」

ヤマトはまるで自分の内心を探っているように、一言一言慎重に選びながら続ける。

「判らないんだなぁ…。とりあえず大学進学は決めたものの、俺が本当にやりたい事が何なのかが、まださ…。それを探すた

めに大学に行くって決めたつもりなんだが…、この事を考える度、宙ぶらりんでいるような、落ち着かない気分になる…」

悩みなどないかのように見えてしまう程、いつも明るく楽天的なヤマトが見せた、不安と苦悩が入り混じったような表情。

目にしたイイノはただ困惑するばかりで、常の彼なら忘れないはずの、気の利いた言葉をかけるまでの配慮ができなかった。

「…っと。こんな事まで訊いてないよなぁ、たははぁ〜っ」

ヤマトは取り繕うように笑うと、箸と茶碗を掴んで食事を再開する。

「イイノとオジマは?冬休み中はがっちりあっちで過ごすんだろ?」

「え?え、えぇ。そのつもりです…」

急な話題転換に、少しテンポがずれながらも頷くイイノ。が、何かを思い出したように「あ」と声を漏らし、付け加えた。

「オレも先輩も、二十五日に出発予定です。クリスマスパーティーは参加しますからね?」

「そこは聞くまでもなくもう決定。ってか二十四には帰さないって。手伝い足りなくなるもんな」

ニヒヒッと笑ったヤマトの顔はすでにいつも通りで、イイノは少しほっとした。

たった二つ上、まだ高校生である。ヤマトにだってもちろん悩みはある。

そんな事は判っているが、どうにもこの羆が思い悩んでいる姿は、イイノからすれば落ち着かない物であった。



「意外だった」

その日の夕刻、寮への帰路を歩みながら、オジマはそう呟いた。

冬の醒山は夜の訪れが早い。高い山々に四方を囲まれたこの街は、この季節、四時を過ぎれば陽が当たる事はない。

雪こそ降っていないものの、分厚い雲が空一面を覆う曇天は、もはや陽の残光も留めず、ただただ暗く、重苦しい。

それでも、ポツポツと立つ間隔の長い街灯の光が異様に明るく感じられるのは、周囲一面に積もり春まで溶けない雪が、僅

かな光を反射しているせいである。

現在の時刻は午後六時五十分。ある程度圧雪されている歩道には、部活を終えて帰寮中の二人以外に人影は無い。

「何がだい?ユウヤ」

ギュッ、ギュッと足音を鳴らし、雪を踏み締めながら隣を歩むイイノが問い返すと、

「今朝の…うっ…!…事だがな…」

前置きもなく急に吹き抜けた寒風に身を竦ませ、上着の襟元を押さえながらオジマは応じる。

「寮監がマサにあそこまで話すとは、思っていなかった」

「あそこまで?」

首を傾げたイイノに、オジマは常の仏頂面を少しだけ崩し、微かな笑みを向ける。

「家業を継ぐ事に抵抗があるという、あの話だ。寮監は、あの事は滅多に言わん。これまでに聞かされていたのは、俺と前寮

監ぐらいだろう」

「へぇ…。で、何で嬉しそうなんだいユウヤ?」

問われたオジマは、微笑を微苦笑に変える。

「少しばかり嬉しかった。寮監が、お前にもそこまで気を許しているのだと、実感できて」

「………」

イイノはピタリと足を止め、二歩ほど進んだ所で立ち止まったオジマが振り返る。

「どうした?」

「…ユウヤ…。オレは…、先輩に信頼して貰えるような事、何もできていないよ…」

肩を落とし、項垂れて呟いたイイノを、オジマは目を細くして見つめる。

イイノは、あの気の良い羆の事が好きである。

だが、ヤマトの為に良かれと思って動いた結果、空回り、あるいは無駄に引っかき回してしまった事も多い。

イイノがその事を気に病んでいるという事を察したオジマは、静かに首を横に振った。

「結果はまぁ、伴っていないかもしれん。だが、お前のその心遣いを、寮監は汲み取ってくれているのだろう」

顔を上げたイイノに、オジマは、彼にしては珍しい優しげな微笑を浮かべて見せた。

「心には心で…、寮監は、お前の真心に応えている。おそらく、俺の恋人であるという事は無関係な、お前個人への信頼から」

オジマはイイノを促して歩みを再開しつつ、先を続けた。

「目に見える結果を伴う事ばかりが物事の全てではないぞ、マサ。時に空回りする事もあるだろうが、本当に無意味な物とい

うのは、この世の中そうそう無い」

突然何を言い出すのかと訝りながら、イイノはオジマの後を追う。

「俺達は毎日稽古を積む。試合に負けたからといって、それまでの稽古が無意味だったかといえば、それは違うだろう。お前

がこれまでにも何度か、寮監の為に動いた事についても同じだ。結果としてあまり上手く行っていないように見えるかもしれ

んが、決して無意味ではないはずだ」

黙ったままオジマの横に並び、イイノは恋人の横顔をちらりと見遣る。

「寮監が重ねて来た、結果として実らなかったいくつかの恋も、お前が寮監の為に心を砕いた事も、決して無意味な事ではな

かったと俺は思っている。寮監がお前を好いてくれた、それが確かな証拠だとは思わんか?」

しばし沈黙した後、イイノは小さく首を横に振った。

「難しいよ、ユウヤ…」

「そうだな。難しい」

横目で恋人を見遣った大柄な虎は、口元を微かに緩めたが、

「ユウヤは、本当に変わったね」

イイノがポツリと漏らすと、訝しげな表情を浮かべる。

「結果が伴う事が全てじゃない…。ほんの数年前のユウヤだったら、きっとそんな事言わなかった」

「だろうな。結果を出す事こそが、物事全てに共通する唯一絶対の目標だと考えていた。過程については…、まぁ、柔道の稽

古の事はさておき…、結果が伴わなければ無駄と断じていた節もある」

微笑しながら言ったイイノに頷き、オジマははっきりと判る苦笑いを浮かべる。

「寮監の影響だろうな。あのおおらかさを見ている内に、少しはゆとりを持って物事を見る事ができるようになったのかも知

れん。…俺には似合わんか?」

「ううん。オレは、少し寛容になった今のユウヤも、好き」

首を横に振り、微笑して言ったイイノは、前に顔を向けながら恋人に告げる。

「珍しく饒舌だね?フォロー有り難う、ユウヤ」

「…ふむ…」

照れているような困っているような、微妙な表情でコリコリと額を掻いた虎と、少しばかり嬉しそうな笑みを浮かべた猪は、

締まった雪を踏みしだきながら、寮への道を歩いて行った。



寝間着でもある浴衣の上にどてらを引っかけ、寮内をのそのそと歩き回りながら点呼をしていたヤマトは、

「アスカ〜、居るな〜?」

「うん。お疲れ様、ヤマト」

最後に訪れた童顔の同級生の部屋でシートにチェックマークを入れると、それを捲ってもう一枚の用紙を表に出した。

「一応聞いとくが、二十四日のクリスマスパーティー、どうする?」

「それはもちろん出席でっ!」

「ははは!了解っ!」

アスカと笑みを交わして出席者名簿にチェックを入れたヤマトは、

「お〜、全員出席だよ…。暇人だなぁ皆…」

「そう言えば去年も全員参加だったっけ。なんだかんだで纏まりあるよねウチの寮」

感心しているような呆れているような顔で呟いたヤマトに、アスカはカラカラと笑いながら言う。

「しかし、良いのかアスカ?」

ニヤリと意地悪そうな表情を浮かべてシートを元通りにしたヤマトに、アスカは「良いって、何が?」と首を傾げて見せる。

「高校最後のクリスマスだろ?エンドウとデートしないで、野郎共とつるんでて良いのかって事さ」

笑いながらそう言ったヤマトは、しかしすぐに笑みを収め、困惑顔でアスカを見つめた。

少し顔を俯けたアスカは、何故か寂しげな顔で微笑んでいる。

「…実は…、上手く行ってないんだ…、最近…」

羆は部屋の入り口に突っ立ったまま、しばらく呆然とした後、「…へ…?」と、小さく声を漏らした。

「…進路希望がさ…、僕、道南の大学だろ…?ヤヨイは卒業したら、実家の乾物屋を手伝うんだ…」

「は…、離れるから、か…?だからその?進路でもめてる?」

少なからず動揺しているヤマトに、アスカは寂しげな笑みを浮かべたまま頷く。

「僕が合格して進学できたら、お互い凄く遠くに住むようになる…。そうそう会えなくなる…。でも僕はどうしてもあそこを

出ておきたいんだ…。前々から、話はしていたのに…」

最近になって、彼女の方が離れ離れは耐えられないとごね始めたらしい事を、ヤマトはアスカの口から簡単に聞いた。

「別れちゃった方が…、良いのかな…。ヤヨイは美人だし…、僕なんかとは別れて、新しい恋人を見つけた方が…、これから

も楽しく…」

胸の中で様々な感情が渦巻き、ただただ立ち尽くすヤマトの背後、僅かに開いたままのドアの向こうで、

『………』

筋骨隆々たる虎と固太りした猪が、話を聞いて固まっていた。

そろそろ点呼が終わる頃だろうと思ってヤマトの部屋に向かった二人は、寮監がアスカの部屋で立ち話をしている事に気付

き、終わるまで待っていようと、そのまま廊下に待機していたのである。

予期せず聞いてしまったアスカの話は、不意打ちだった事もあり、二人にかなりの衝撃を与えている。

イイノは勿論、多少の事では小揺るぎもしないオジマすらも、しばし完全にフリーズしてしまっていた。

やがて、ボソボソと漏れ聞こえる会話から耳を背けるようにして、オジマはイイノの肩を軽く叩き、撤収しようと目配せした。

肩に触れられただけで跳ね上がるほどビックリしたイイノは、慌ててコクコクと頷くと、オジマに従ってソロリソロリと部

屋から遠ざかる。

忍び足で廊下を引き返した二人が、角を曲がって姿を消した直後、ヤマトはアスカの部屋から出てきて、そっとドアを締めた。

重苦しいため息を吐き出したヤマトは、のろのろと、引き摺るような重い足取りで自室に戻って行った。



数分後、オジマの部屋では、

「事情の細部までは教えられていないが、おおまかにはそんな所だ…」

知っている限りの事を話し終えた部屋の主が、ちびっと、ホットミルクを啜ってため息をついていた。

「…アスカ先輩に、ねぇ…」

ヤマトがかつてアスカに恋心を抱いていた事を聞かされたイイノは、少しばかり意外そうに呟いた。

ヤマトが一年生だった当時の話であり、オジマも当時の状況の細部までは知らないが、ヤマトが自分の恋を諦め、アスカと

その彼女の橋渡し役となり、その後も色々と世話をやいていたらしい事を、

「おれが喋ったっての、ヤマトにはぜってーナイショな?ぜってーだぞ?な?な!?」

と、くどいほどに念を押された上で前寮監のハトリから聞かされていた。

並んでベッドに腰掛けた恋人の顔を見遣り、イイノは不思議そうに口を開く。

「考えもしなかったよ…。寮内では、他の三年生達とあんまり変わらない接し方をしているよね?」

「校内でも、外でもそうだ。寮監なりに、恋人が居るアスカ先輩を気遣い、遠慮しているというのもあるだろうが…、マサ?」

「うん?」

オジマはイイノの顔を見つめて、自分もまた考えながら尋ねる。

「例えばお前に、片想いしていたが、恋人が居る事が判り、結局は告白しないまま諦めた相手が居るとする」

「うん…」

「その相手が親しい、特に同じ寮生だった場合、お前ならその後どう接する?」

「それは…、距離を置きたい、かな…?」

「…俺もたぶんそうだな…」

眉根を寄せて考え込みながら応じたイイノに、オジマは重々しく頷く。

「寮監の場合、大した胆力だと言える…。隣の部屋で寝起きし、毎日顔をあわせているにも関わらず、他の寮生と同様…、い

や、それ以上に親しい関係のままで居る。押し殺した本心は露程も見せずに、な」

「…辛い…ね…。それは…」

ヤマトの心情を察し、イイノは哀しげに耳を伏せて項垂れる。

「ねぇユウヤ?例えば…、例えばだよ?アスカ先輩が恋人と別れたとして、ヤマト先輩が本心を打ち明けたら…、上手く行く

と思うかい?」

「希望的観測抜きで正直に言うが、難しいだろう」

即答したオジマは、アスカが女性と恋愛関係にある事、つまりほぼ確実にそのケは無いだろうという事を延べ、次いでヤマ

ト自身の問題についても言及した。

周りの皆を大事にするあの羆が、失恋の痛手を負ったアスカに、「実は前から好きだった」などと切り出せるはずもない。

そもそも、ヤマトの中にアスカへの恋心が変わらずに残っているのかどうかも定かではない。ヤマトから告白する事自体が

考えにくいのだと。

「確かに…。ひとの不幸につけ込むようで嫌だ。…って考えるだろうな…。ヤマト先輩の性格だと…」

イイノは少し考えた後、ぼそぼそと呟いた。

「…でも、失恋した後に優しく慰められたら…、悪い印象は持たないよね…?同性愛自体に抵抗はあっても、そうそう悪くは…」

「マサ?先にも言ったが、寮監自身が未だにアスカ先輩を想っているとは限らん。いくら何でも動くには早いぞ?」

「やだなぁ、判ってるよ!」

苦笑いしたイイノは、次いで表情を曇らせた。

秘めた想いは伝えぬまま、ずっと傍で過ごしてきて、そしてもうじき離れ離れになる。

アスカからあの話を聞かされたヤマトは、今はどのような気持ちでいるのだろうかと、想いを馳せながら。



オジマとイイノがそんな事を話し合っている頃、自室のベッドの上で大の字になり、天井を見上げながら、ヤマトは様々な

事を考えていた。

点呼を終えて戻って来るなりベッドに寝転がり、ずっとそうしている。

アスカとその恋人であるエンドウとの間で、ラブレターの橋渡し役を務めたのは、他ならぬヤマトである。

親友と呼んで差し支えない程仲の良い同級生であり、小柄で細身、おまけに童顔という好みのタイプであるアスカに、以前

ヤマトは密かな恋心を寄せていた。

己の想いを殺し、全て腹に収めて二人の恋を応援し、奥手なアスカの為にそれとなく世話をやいてきたヤマトだったが、

(…やっぱり俺…、踏ん切りがついた訳じゃなかったのかもな…)

自分の気持ちを再確認し、自嘲気味に口元を歪ませた。

アスカが打ち明けた話の内容には、もちろん驚いた。何故?と、疑問符が頭の中を埋め尽くした。

そんな中で、ヤマトは自分の胸の奥から静かに湧き上がる感情に気付いていた。

寝返りを打ち、俯せになって枕に顔を埋め、ヤマトはくぐもった声を漏らす。

「…最悪だ…俺…」

苛立たしげに歯を噛み締めたヤマトの肩が、力が込められ盛り上がる。

恋人と上手く行っていない。先程そう聞いた途端、諦めがついたと思っていたアスカへの恋愛感情が再び頭をもたげた事に、

困惑しながらもヤマトは気付いていた。

親友であるアスカが哀しい想いをしているにも関わらず、ほんの僅かでも、チャンスかもしれないと思ってしまった自分が

赦せなかった。

もやもやとした気持ちを抱え込み、ヤマトはいつまでも枕に顔を押し付けていた。

まるで、そうする事で気持ちを抑え込もうとしているように。



「あおよぉ…」

「おはようございます、寮監」

「おはようございます先輩。…って、ど、どうしたんですか!?」

朝食時の食堂に、普段よりやや遅れてやって来た羆の顔を見て、イイノは顔を引き攣らせた。

腫れぼったい瞼に真っ赤に充血した目。

頭やら頬やらうなじやらで被毛がピンピン跳ね返り、寝癖だらけ。

シャツは胸から上のボタンがはめられておらず、Vネックの白い肌着が見えており、学ランの上着とダウンジャケットは共

に小脇へ抱えている。

普段ならしっかり身支度を整えてから食堂に降りてくるヤマトが、今朝は少し遅かった上にまだ半端な状態。これは実に珍

しい事だった。

「昨夜はなんだか寝付けなくてなぁ…、明け方にようやく眠れたんだが、すぐ目覚まし鳴って…」

ショボショボの目を擦りながらいつもの席に荷物を置いたヤマトは、大あくびしつつ、朝食を求めて配膳カウンターに向かう。

先に席についたオジマとイイノは、

「…昨日のあの事のせいかな…?」

「…うむ…」

大きな羆の後ろ姿を眺めながら、小声で囁き交わした。

(だが、眠そうではあるが迷っているそぶりも、悩んでいる様子もない…。どうする気かは判らんが、寮監自身は心を決めた

ようだな)

オジマは胸の内で呟くと、今回の件については首を突っ込むような真似をせず、見守る事に決めた。

アスカもヤマトも卒業を目前に控えた先輩である。今更自分が口を挟むべきではないと考えて。



「ほれ」

「あら有り難う」

ヤマトが差し出した缶コーヒーを受け取ると、長い髪を頭の左右で結わえた人間の女子は、顔を綻ばせて礼を言った。

校舎中央、一階から続く階段の一番上。雪に埋もれた屋上へ通じる、この時期は開かないドアの前。二人が居るのは狭い踊

り場である。

放課後の今は二人の他に生徒の姿は無く、下校してゆく生徒達の声が、昇降口から階段を駆け上って来るだけである。

大きくて太っている羆と、すらりと背の高い細身の人間女子、アスカの恋人である遠藤弥生(えんどうやよい)は、並んで

壁に寄り掛かった。

「珍しいわね?どうかしたのヤマト君?」

話がある。と呼び出されたエンドウは、ミルクセーキのプルタブを開けているヤマトに首を傾げて見せた。

「あ〜…、あの、な?エンドウさ…、アスカと…その…、最近どうなんだ?」

大きな羆が首を縮め、言い辛そうにもごもごと尋ねると、エンドウは不意に顔を曇らせた。

「…あ…、うん…。ノリから何か聞いた…?」

「まぁ、その…、ちびっとだけ…」

「…そう…」

さっそく気詰まりな空気が漂い、二人は居心地悪そうな様子で黙り込む。

「…アスカの事…、我慢して送ってやれないか?」

小声で尋ねたヤマトに、エンドウはお下げを揺らして首を横に振る。

「無理だよ…。離れ離れでも想い続けるなんて、自信無いよ…」

弱々しいその声を聞き、ヤマトは困り顔で項垂れる。

「…アスカがさ…、昨日…」

口を開きかけたヤマトは、思い直して言葉を切った。

別れた方が良いのかも。昨夜アスカがそう言っていた事を話しそうになったのだが、この状況ではその言葉が決定的なダメ

ージになってしまうと思って。

「ノリが、何?」

「いや…。寂しそうだったよ…」

エンドウは「そっか…」と呟いて項垂れ、ヤマトは何とか誤魔化せた事にほっとする。が、次いで苛立たしげにギリリと歯

を噛み締めた。

言ってしまって二人が破局を迎えれば、自分にもチャンスが巡ってくるかもしれない。

一瞬そんな風に考えてしまった事を恥じ、ヤマトは胸中で激しく自分を罵る。

「あのさ…。俺の知ってるヤツに、遠距離恋愛してたヤツらが居るんだ」

少し顔を上げたエンドウに、ヤマトは握った缶に視線を落としながら続ける。

「道北と道南なんてもんじゃなく、もっともっと離れてたんだけどさ、それでも今も恋人同士だ。…会えなくたって、薄れな

かったって…」

「………」

「そりゃあ勿論辛かったし、寂しかったらしい。でもな?残る方は、枷になりたくないって、相手のしたい事をさせてやりた

いって、我慢して送り出したんだってよ…。そいつら当時は中学生だったんだぜ?大したもんだよ、ホント…」

「…それで、そのひと達は、今も…?」

期待しているような表情でおずおずと尋ねたエンドウに、ヤマトはニカッと笑って見せた。

「おう!勿論上手くやってる!妬けるぐらいにラブラブだ!」

「そう…なんだ…」

いくらか元気付けられたのか、エンドウは少しだけ表情を和らげた。

「…ところで、エンドウの方が追っかけるって選択肢は無いのか?」

「そうできれば良かったんだけどね…。夏に、お父さん倒れちゃってさ…」

「へっ?」

アスカからはその辺りの事は何も聞いていなかったヤマトは軽く狼狽したが、エンドウは気付いた風もなく、手元の缶を両

手で挟み、左右に回しながら続ける。

「…脳内出血…。幸い助かったんだけれど、左手と左足に麻痺が残っちゃって…。うちさ、家と一繋がりで店を構えて乾物屋

やってるんだけどね?お母さんだけじゃ、お店と看護両方やるのは厳しいし…、妹はまだ中学生だからあんまり任せられない

し…、だから…」

「あ…う…!わ、悪かった…。考え無しに聞いて…」

「本当は自由にやりたいけれど、放っとけないでしょ?家の事…」

すっかりしょぼくれながら謝ったヤマトの耳に、間髪置かずにズシンと来る一言が飛び込んだ。

無言になったヤマトが、まさか自分の状況と照らし合わせて何も言えなくなってしまっているとは気付かぬまま、エンドウ

は顔を上げて笑みを浮かべた。

「あははぁ〜…!ごめんね?ブルーになる話なんかしちゃって」

「い、いや…。話振ったの俺の方だし…」

ごもごもと言ったヤマトに、エンドウはペコッと頭を下げた。

「有り難う!よっく考えて、後悔しないようにノリに話をする!」

どうやら元気が出たらしいエンドウは、笑顔でヤマトに礼を言う。

「相変わらず気にしてくれてるんだ?私達の事」

「え?そりゃまぁ…、そのぉ、何だ?友達だしさ…」

礼を言われて少し戸惑いながら応じたヤマトに、感謝のこもった満面の笑みを向けるエンドウ。

「ヤマト君って、ホント良いヤツよね!」

いつも「良いヤツ」で終わってしまい、そこから先に進んだ試しが無い羆は、微妙な半笑いを浮かべつつエンドウを見送った。



その日の夕食時。寮食でガフガフと白米をかき込むヤマトの前で、いつもながら向かいに座っているオジマとイイノが顔を

見合わせた。

「…もしかして、また失恋のやけ食い…?」

「…いや、それにしては機嫌が良さそうだが…」

小声でボソボソと囁き交わした二人の会話には気付かず、ヤマトはガタンと席を立つと、茶碗を片手にカウンターへ向かう。

「…七杯目か…?」

「八杯目だと思う…」

飯を山盛りによそい、パックのふりかけを二袋手にして戻ってくる羆の、いやに嬉しそうな表情を目にし、二人は困惑する。

「…何があったんだろう…?」

「…判らん…。が、アスカ先輩の件、か…?」

昨日の今日で何か事態が進展したのかと勘ぐる二人は、機嫌良さそうにもりもり食べ続けている羆から視線を外し、童顔の

三年生の姿を探した。

二人の居る位置からかなり離れた所で、二年生達と食事しているアスカは、何だか少し嬉しそうにも見える。

「…よりが戻った…?」

「…かもしれん…」

ぼそぼそと囁きあう二人の前で、ヤマトはようやく密談に気付いたのか、訝って耳を立てた。

「何ボソボソ話してるんだ?何か困り事なら俺にも話してみろ?相談に乗るから」

「え?い、いやぁ…、そういうんじゃ無いんで…、ははは…!」

「うむ。問題事ではありません」

愛想笑いで誤魔化すイイノと、やや動揺が滲み出ている硬い表情で追従するオジマ。

「そうか?なら良いんだが。遠慮するなよ?」

疑いもしなかったヤマトは、再び飯をかき込み始める。

その気は無くとも端から見れば盗み聞きであり、アスカとその恋人との間に生じた問題について言及できない二人は、

『………?』

ただただ困惑しながら、すこぶる機嫌が良い寮監の様子を窺うばかり。

あっという間にふりかけご飯をかき込み終えたヤマトは、げふぅ〜っとげっぷを漏らして弛んだ腹をポンポン叩くと、八度

空にした茶碗を片手に腰を浮かせる。

「生卵まだ出てたよな…」

「ちょ、ちょっと先輩!?そんなに食べて腹大丈夫ですか!?せり出してますよ胃の辺りがっ!」

「うむ。そろそろ止めておかないと、また急激に肥えるのでは…」

後輩二名に制止されたヤマトは、改めて自分の腹を見下ろして一撫でし、微妙な苦笑いを浮かべた。



数日が過ぎ、終業式を二日後に控えたその日の夕食後。

寮の一階、半地下となっている倉庫で捜し物をしていたヤマトは、

「あ。これですかね寮監?」

猪の声に振り向き、その頭上に掲げられている一辺二十センチ程の段ボール箱を目にして頷いた。

「それそれ!何処にあった?」

「バーベキューの鉄板の下に…」

「…見つからない訳だな…。ったく、一体誰だ?上に鉄板なんか置いたの…」

箱の横にはマジックで赤く、「めりくり電飾っ!」と、いやに可愛い丸字で書かれている。なお、筆者は前寮監のゴールデ

ンレトリーバー。

この寮の倉庫には、様々な物が雑多に詰め込まれている。

トイレットペーパーや洗剤などの日頃から使用する物は、入り口近くの出し入れし易いポジションに保管されているのだが、

シーズン中しか使わない物、あるいは年に一度しか出さない物などは、出し入れを繰り返してゆくうちに下へ、あるいは奥へ

と埋まってゆく。

昨年、寮生達で小遣いを出し合って購入したツリーと電飾、その他諸々の飾り物類は、以後も寮で飾れるようにと、丁寧に

梱包されて仕舞い込まれていた。

が、やれジンギスカンだ、やれ花火だ、やれキャンプファイヤーだと、一丸になって様々なイベントを行うこの寮では、倉

庫内の品物の出し入れが激しい。

一年の間に、ツリーも電飾も後から押し込まれた物品によって埋まり、所在が判らなくなってしまっていた。

イイノが電飾を発掘した場所に、雑多な品々を避けて歩み寄りながら、残りの品がありそうな場所を考えつつ周囲を見回し

たヤマトは、

「…オジマ?」

「…はい…」

「…何してるのかな?」

「…捜索です…」

動きを止めたヤマトの視線の先では、やたらと厚着をした大柄な虎が、品物を除けては他の品の上に積むという作業を繰り

返している。

半地下であり、周囲の壁が鉄筋コンクリートであるこの倉庫には、暖房が入っておらず、底冷えするような冷気が漂ってお

り、作業に当たっている三人の吐く息は白い。

寒さが苦手なオジマは、一刻も早く作業を終わらせて倉庫を出ようと、懸命に発掘作業に打ち込んでいるのだが…。

「…今解った…。電飾とか埋まってるのこいつの仕業だ絶対…」

何も考えずにただ邪魔な物を除け、積み重ねてゆくオジマを眺めながら、ヤマトは呆れたようにため息をついた。

「ちゃんと並べろ頼むから!次がひどいんだよ次が!探す時っ!」

ふしゅ〜っ!っと白い鼻息を吹き出しながらオジマに歩み寄った羆は、そのいささか乱暴な発掘作業を中断させる。

「除けたら元の位置に戻せ!でないと次…が…?」

ふと足下を見遣ったヤマトは、うずたかく積まれてぐらぐらしている段ボールの下に、かわいい丸文字の一部が見えている

事に気付いて言葉を切る。

「…おい。オジマ、これ…?」

「………」

自分が撤去して重ねた箱の下に、目当ての物が眠っている事に気付くと、オジマは凍り付いたように動きを止めた。

「…何で積まれた下に本命があるのかなぁ?ユウヤ君…」

コワい笑顔で尋ねるヤマトから目を逸らし、オジマはボソッと応じる。

「…そこはまだ…、捜索して…おりませんでした…」

「まだ探してないとこに積むなよぉおおおおおおっ!」

頭を抱えて仰け反りながら大声を上げたヤマトは、オジマの肩を掴んでがっくんがっくん揺さぶる。

「頼むぞおい!来年は俺居ないんだからなっ!?」

「そ、それは…、十分…判って…!」

「なんで自室は片付いてるのに、こういうトコで整理ができてないんだよ…!」

電飾の箱を抱えたイイノは、呆れ顔で二人に近付くと、嘆いているヤマトにおずおずと声をかける。

「オジマ先輩は、元々整頓上手じゃありませんよ?部屋が散らかっていないのは、単に散らかるような物が無いからで…」

「へ?…そうなのか?」

聞き返したヤマトにこくりと頷き返しながら、イイノは寒さでカタカタ震えている恋人を見遣る。

「私物が少ないんで…。生活用品と教科書類を除けば、柔道の雑誌とトレーニング用具と、携帯ゲーム機ぐらいしか無いです

から…」

「…りょ、寮監…」

イイノの言葉を遮り、震える声を漏らしたオジマは、

「…さ、作業の…再開を…。早急に…終わらせましょう…!」

弱々しい、しかし切実な響きを伴う声でヤマトに訴えた。

「…まったく…。誰のせいで手間取ってるんだよ…」

疲れたように肩を落としながら零すと、ヤマトは気を取り直して作業に取りかかった。



それから十数分後、ツリーと電飾、飾りを発掘し終えて倉庫から運び出したヤマトは、

「ご苦労さん。そろそろ食堂の掃除も終わる頃だろうし、運び込んだら休憩しよう」

「はい。…大丈夫ですか?オジマ先輩」

返事をしたイイノが視線を向けた先には、背を丸めてカタカタと震えているオジマの姿。

「ほんと寒いの苦手なんだなぁ?そんなに厚着してるくせに」

返事をする元気もないのか、耳を伏せてただただ無言でプルプルしているオジマに歩み寄ると、ヤマトはその体を後ろから

ガバッと抱え込んだ。

オジマと比較してもなお大きい破格の巨体は、大柄な虎の体をすっぽりと抱き締められる。

「どうだオジマ?ちょっとは暖まるか?」

悪戯っぽく笑いながら、ヤマトは顎でオジマの頭をグリグリする。

むっちりした羆の腹と胸が背中にでぷっと被せられた感触を、厚着した上からでもはっきりと味わいながら、オジマは正直

な感想を漏らす。

「…寮監に抱きつかれても…、水袋でも押し付けられているようで今ひとつ嬉しくな…、げぅっ!?」

コワい笑顔を浮かべたヤマトの太い腕が、とてもとても正直な後輩の首を、チョークスリーパーでギュウっと締め上げた。



「お疲れ様っス!センパイ方とイイノ」

脚立の上に立ったスゴが、折り紙で作られた輪飾りを天井に止めながら、三人に声をかける。

「おう!綺麗になったなぁ〜。…にしても仕事が早い…」

プラスチック製のツリーが分割して収められた、かなり大きな箱を抱えたヤマトは、飾り付けが進んでいる食堂を見回し、

感心したように漏らした。

「アスカ先輩が、判り易くテキパキと指示を出してくれますから」

脚立の向こう側で脚を支えていたアサガがひょこっと顔を出しながら応じると、ヤマトは「なるほど納得」と笑みを浮かべる。

二度目という事もあるのだろうが、アスカは初めて作業に従事する一年生達に、するべき事を丁寧に教えながら働いていた。

経験済みの二年生にはやる事だけを簡単に伝えた上で、比較的複雑ではない作業を各自に任せ、自分達三年生は一年生を見

ながら一緒の作業を行う。

単純な分担作業だが、不慣れな一年生の安全に気を配りながら、混乱を避けつつも手際よく作業を進められるように気配り

されており、ヤマトが驚く程の効率の良さを見せていた。

視線を巡らせたヤマトは、止める際に引っかけて切れてしまった輪飾りを差し出し、申し訳無さそうにしゅんとしているチ

ワダと、彼から飾りを受け取り、手早くテープで留めて繋ぎ直すアスカの姿を目にし、顔を綻ばせた。

この寮の特徴でもあるアットホームな雰囲気は、協同で作業をしている時などにはより強く実感できる。

他のどの寮にも負けない繋がりの強さと仲の良さ、そしてこの暖かで穏やかな雰囲気こそが、この寮の特色だとヤマトは考

えている。

家族と呼んで差し支えない程の連帯感を持つ、最高の仲間達。

口にこそ出さないものの、ヤマトは互いに支え合える皆の事を、一丸となれる寮の事を、常々誇らしく感じて来た。

決して楽な仕事では無かったが、寮監をしてきて本当に良かったと、今では心の底から思っている。

作業を終えて飾りをチワダに返し、何か一言告げて元気付け、笑顔にさせて送り出したアスカは、ヤマトに気付いて労いの

笑みを向ける。

「お疲れ様、ヤマト。大変だったろう?」

「どうって事無いさ。…いやまぁ、ちょっとアレな事が発覚したが、あんまりどうって事なかった…うん…。そっちこそお疲

れさん」

応じながらイイノとオジマを促し、邪魔にならない位置に荷物を下ろした羆は、アスカに歩み寄って足下に置いてある箱の

中を覗き込んだ。

「もう結構吊ってあるのに、まだこんなに残ってのか?今年は随分作ったんだなぁ…」

「僕らは今年が最後だからね、…しかし我ながら頑張ったなぁ…」

「へ?」

首を傾げたヤマトに、アスカは少し得意げに胸を張った。

「自慢じゃないけれど、半分以上が僕の作成」

「そりゃすげぇ…!ホント頑張ったなぁ!」

目をまん丸にして驚いたヤマトは、改めて周りを見回す。

「脚立が足りてないか?他の寮から借りれば良かったな…」

「でも今から借りに行く訳にも行かないし…。まぁ、点呼の時間前にはなんとか終わるよ」

「…おし!こういう時こそ俺の出番だな!」

羆はフン!と鼻を鳴らすと、むっちり厚い胸をドンと叩く。

「出番って、どういう?」

首を傾げたアスカに、ヤマトはニカッと笑って見せた。

「肩車作戦だ!おいオジマ、体暖まったか?」

振り向いたヤマトに片眉を上げながらも頷いたオジマは、話を聞いて「なるほど」と頷く。

「チワダ、アサガ、それから…、アスカもだな。上係よろしく!」

名を呼ばれて首を傾げている一同に、ヤマトはニカッと、楽しげな笑みを向ける。

「土台担当は男子寮三号棟重量級トリオ、俺とオジマとイイノだ!さぁ、サクサクやって終わらすぞぉ!」

「あれ?オレは入ってないんスか?」

脚立の上から手を上げて志願したスゴに、オジマが視線を向ける。

「土台としての安定度は申し分ないが、身長がな…」

スコティッシュフォールドは垂れ耳を残念そうに寝せた。

152センチの身長をちょっと物足りないと感じている数河公康、今ひとつな伸び具合が気になり始めた十六歳である。

危なくないか?と懸念しているアスカを、ヤマトは単純な方法で説得する事にした。

体格に見合う腕力を披露し、子供でも抱き上げるようにして小柄な同級生をひょいっと持ち上げたヤマトは、

「どうだぁ?問題無いだろ?」

愉快そうに笑いながらアスカを肩車した。

重さなど感じていないように太い両脚でしっかり床を踏み締めたヤマトの上で、その安定感を実感したアスカは、苦笑いし

ながらも「うん、大丈夫そうだ」と認める。

虎が羊を、猪がチワワをそれぞれ肩車し、脚立三つ分増えた作業の手が、瞬く間に飾り付けを進めて行く。

「そういえば…、去年もこんな事やったっけ…」

呟いたアスカを見上げ、ヤマトは「あ〜、あったなぁ…」と、微妙な半笑いを浮かべた。

昨年の一年生、現二年生達が廊下で三角ベースをプレイし、天井から下がっている灯りの傘の上に、球代わりのタオルが乗っ

てしまった事件を思い出した二人は、揃って含み笑いを漏らす。

当時の寮監、ハトリに撤去作業を命じられた二人だったが、後に廊下で三角ベースを行う事を寮監自身が容認していたと知

り、猛抗議したものである。

「楽しかったよな」

「うん。楽しかった」

「色んな事、したよな」

「本当に、色々やったよ」

残されている時間が少ない事を言葉の外に含ませ、二人はそれぞれ笑みを浮かべる。

もうじき別れを告げる事になるこの寮は、二人にとっては第二の我が家のような物であった。

他の三年生も勿論、二人と同様に別れ難い思いを抱いている。

「もうちょっと右に…。二歩くらい」

「おう。…この辺でどうだ?」

「オッケー。ありがとう」

天井を向いて作業を続けながら、アスカは小声で囁く。

「あのさ、ヤマト…」

「うん?」

「…ありがとう…」

「へ?」

「ヤヨイに、話をしてくれた事」

「…あ、あぁ〜…、あの事か…」

ヤマトは決まり悪そうに眉根を寄せ、上目遣いにアスカを見遣る。

肩に跨っているアスカは天井を見上げており、ヤマトからは表情が見えない。

「余計な真似、しちまったかな…」

「いや…。僕は、どうすれば良いか判らなかったから…。説得する上手い言い方も思いつかなかったし、進学を諦める事もで

きなかった…」

アスカは手を止めて、ヤマトの顔を見下ろした。

二人は、お互いに逆さまに見えている親友の顔を、しばし見つめる。

「ありがとう、ヤマト…。考えて見れば、僕らの間には、最初からこれまでずっとヤマトが入ってくれていたよね…」

アスカは感謝と申し訳なさが半々に混じった笑みを浮かべ、照れ臭くなったヤマトは顔を俯ける。

「…はやいとこ、終わらせちまおうな…」

「うん」

照れている羆の上で、アスカは笑顔で頷いた。

「あ、そうそう!大事な事を忘れるところだった!」

急に声のトーンを戻したアスカを、ヤマトは訝しげに見上げる。

「クリスマスパーティー。やっぱり僕も参加するから」

「へぇ。参加するん…へ?え!?」

目を丸くしたヤマトに、アスカは「何だい?変な顔して」と笑いかける。

「だってアスカ!?エンドウとより戻ったろ!?なんでまた…!」

エンドウと話をした翌日、二人の仲が戻った事を察したヤマトは、せっかく関係が修復したのだからと、クリスマスはやは

りエンドウと過ごすようにアスカに告げていた。

アスカもしぶしぶながら同意したのだが、どういう訳か心変わりしてしまったらしい。

「しーっ!声がでかいよヤマト!」

驚いて声を大きくしたヤマトに、アスカは慌てて注意する。

見れば周囲の寮生達は手を止めており、「何事?」と、二人に視線を注いでいる。

「あ、いやぁ…、何でもないんだ、はははっ…!ほらほら!皆作業作業!日が暮れちまうぞぉ!」

「既に日が沈んで久しいですが?」

「じゃあ、夜が明けちまうぞ、だ」

オジマにつっこまれて訂正したヤマトは、他の寮生達の視線が離れてゆくのを確認し、ほっと息を吐く。

アスカは自分に彼女が居る事を辺りに言いふらしていない。知っているのは一部の寮生だけである。

知られたからといって、普通の男女のカップル、問題は無さそうだと思いながらも、自分が大声でばらしてしまうのはさす

がにははばかられた。

ヤマトとアスカから視線を外し、それぞれの作業に戻ってゆく寮生の中で、イイノだけは、チワダを肩車したまま二人の様

子をそれとなく窺っている。

「…何でだよ?エンドウと一緒に過ごすって約束したろ…!?」

ヤマトは声を潜めて、作業を再開したアスカに尋ねる。

「…ヤヨイがね、こう言ったんだ」

辺りに聞こえないよう小声で応じたアスカは、一度手を止め、困惑しているヤマトの顔を見下ろして続けた。

「僕らはこれから先のクリスマスも一緒に祝えるけれど、寮の皆が揃って過ごすクリスマスはこれが最後だろう、って。高校

を出ればバラバラになって、そうそう皆で集まる事もできなくなるんだから、後で惜しまないで済むように、しっかり楽しん

でおけって…」

「…エンドウが…」

年に一度のクリスマス。自分達のデートの機会を潰しても、寮生達の繋がりを優先してくれた、クラスメートの心遣い。

胸の奥にじわりと温かい物が広がるのを感じたヤマトは、ありったけの感謝を込めて、心の中でエンドウに礼を言った。



「あれ?去年はこの位置だったよな?」

大まかに幹だけ組み、別部品の枝がまだつけられていない、いささか寂しい姿のツリーを見つめ、ヤマトは首を傾げた。

「コードこんなに短かったか?」

ヤマトが困り顔で振り向くと、アスカは首を傾げながら記憶を手繰る。

「…あ。延長コード使ったんじゃなかったっけ?」

「…かも…。明らかに届かないしなぁ…」

顔を顰めたヤマトは、「もう一回倉庫漁りかぁ…」と、げんなりした様子で呟く。

「オジマ、イイノ、手伝ってくれ。もう一回発掘工事だ」

傍に居たパワー型二名に声をかけたヤマトは、思い直して直後に訂正する。

「やっぱオジマは良い、悪化しそうだ…。イイノとスゴ、悪いけど手伝ってくれ」

「う〜っス!」

「あ、オレだけで良いよスゴ」

元気に返事をしたスゴだったが、イイノにそう告げられて拍子抜けしたような顔をする。

「え?おれも手伝うぞ?」

「さっき探した時、それらしい箱を見た覚えがあるんだ。たぶんそんなに苦労しないだろうから、こっちで飾り付け手伝って

ておくれ」

これにはヤマトも同意して、「なら俺とイイノだけで良い」と頷いた。

「イイノが行くなら、俺も…」

「良いから来るなオジマ!これ以上埋め立て作業されるのは嫌だから!」

「…むぅ…!」

恋人が行くならと手伝いを申し出たオジマだが、ヤマトにこう言われては強く出られない。

「ほんとに大丈夫ですから。ね?オジマ先輩…」

笑いかけたイイノは、オジマの目を意味ありげに見つめる。

猪が何か考えているらしい事を察したオジマは、顎を引いて頷き、ここは大人しく引き下がっておく事にした。



「確か…、この辺に…」

「ん〜…、お?…いや違った…」

「えぇと…。あ、これじゃないですか?」

呟いたイイノが、バドミントンのラケットが収まった薄い箱の下から、写真がプリントされている青い箱を引っ張り出すと、

ヤマトは「あぁ、それそれ!」とパンパン手を叩く。

巻取りタイプの延長コードの箱を差し出す猪に歩み寄ったヤマトは、受け取る寸前でイイノが手を引っ込めると、手を前に

出したまま怪訝そうな顔をした。

「アスカ先輩と彼女さんの仲、取り持ってあげたんですね?」

さらりとした口調で言ったイイノを、ヤマトは目を大きくしながら見つめた。

「おっ、お前!何でその事を!?」

「偶然、先輩達が話しているのを聞いてしまったんで。…盗み聞きするつもりは無かったんですよ?本当に…。済みません…」

ペコリと頭を下げて詫びられたヤマトは、困り顔で頬を掻きながら口を開く。

「ん…、まぁ…、聞かれちまったモンは仕方ないが…。で、全部聞いてたのか?」

「前後は良く判りませんが、近頃上手く行っていなかったらしい事と、アスカ先輩が、別れた方が良いのかなって、言ってい

た事ぐらいは…」

正直に話したイイノは、ヤマトの目を上目遣いに見つめた。

「それで、先輩はその彼女さんと何か話をしたんですよね?だから、アスカ先輩は翌日の夕方には嬉しそうだった。先輩だっ

て機嫌が良さそうでしたし…」

「俺、機嫌良さそうだったのか?」

意外そうに尋ねたヤマトに、イイノは呆れたように頷く。

「それはもう。普段にも増してもりもり飯食ってましたから…。凄く嬉しそうに」

「…そっか…。俺、嬉しそうだったか…」

そう呟いたヤマトは、口元を綻ばせた。

「…どうかしたんですか?」

不思議そうに問いかけたイイノに、ヤマトは苦笑して見せる。

「いや…。ちゃんと嬉しかったんだなって…、喜べたんだなって…、思ってさ…」

穏やかに微笑みながら、ヤマトは安堵していた。

アスカが恋人とよりを戻せた事を、自分は妬む事も不快がる事も無く、素直に喜べていた。嬉しく感じていた。そう思った

ら安心したのである。

自分がちゃんとアスカの親友でいられた事を、再確認できたような気がして。

ヤマトが何やら喜んでいるらしい事を察しながら、しばしの間を置いた後、イイノは口を開いた。

「今でも、アスカ先輩の事は好きだったんですよね?」

ヤマトは凍り付いたように動きを止め、イイノはヤマトの顔をじっと見つめたまま黙り込む。

長い、長い沈黙の後、ヤマトは「ふぅっ…」と、ため息を漏らした。

「…何で判ったんだ?俺が、アスカに惚れてた事…」

イイノは少し考えた後、オジマから聞いた事は黙っておいた方が良いと判断した。

「何となく、そうかなと思っていただけです。当たっていましたか?」

「大当たりだ…。大したモンだよお前の勘は…。俺自身も諦めがついたつもりになってたのに…。そんなに判り易かったか?」

「いいえ、まず判らないですよ。オレが気付けたのはたまたまです」

微苦笑しながらヤマトが尋ねると、イイノは少し罪悪感を覚えながら首を横に振り、

(先輩の胆力こそ大した物ですよ…。想い続けていながらも、オレ達にはそうと悟らせずに、アスカ先輩と仲良くやって来た

んですから…)

そう、心の中だけで付け足した。ヤマトを慮っての寂しさと、深い敬愛の念を抱きながら。

今では、イイノははっきりと理解していた。

ヤマトは確かに惚れっぽいが、以前の恋を簡単に忘れられるような性格では無いと。

吹っ切れたように振舞いながらも、その実、簡単に割り切れてはいない。

一体この羆は、極めて楽天的に、極めて明るく振る舞いながらも、どれほどの寂しさを、切なさを、辛さを、苦しさを飲み

下して皆と接して来たのか?

慕い、信頼しながらも、この寮監の事を、自分達はどれだけ理解していたのか?

この気の良い先輩に支えられて来た自分達は、どれほどのお返しをしてやれたのだろうか?

後輩達に気を遣わせないためか、そうとは気付かせぬように振舞いながらも、実は一人思い悩んで来たであろうヤマトの心

情を思うと、イイノの心は暗く沈み、胸は張り裂けそうに痛んだ。

「…先輩…」

「ん?」

イイノは顔を俯けながら、静かな声でヤマトに話しかけた。

「…いつまで、周りに気を遣って過ごしていくつもりなんですか?…いつまで、自分の事を後回しにするつもりですか?…い

つまでっ…先輩はっ…!」

イイノは肩を震わせて言葉を切ると、そのまましばし黙り込む。

やがて、一度頭を左右に振ってからキッと顔を上げたイイノは、ヤマトの目を真っ直ぐに見つめた。

「人が良過ぎます!チワダの時だって!アサガの時だってそうでした!もしかしたらアスカ先輩の事だって、先輩にさえ強引

に出る気持ちがあれば、チャンスはいくらでも有ったんじゃないんですか!?」

いつも穏やかなイイノが初めて自分に向ける、その厳しい表情と激しい口調に、ヤマトは少し驚いたような顔をする。

「周りの事ばかり考えて!自分の事はないがしろにして!それで良いんですか!?先輩自身はずっと寂しい思いをして、我慢

して来て!それでっ!それで…!」

悔しくて悲しくて情けなかった。信頼と好意を寄せる先輩の力になってやれない事が。

肩を震わせ、睨むようにヤマトを見つめるイイノの目から、ポロリと、透き通った涙が零れた。

ポロポロと涙を零し続けるイイノを見つめながら、ヤマトはおろおろと両手を上げる。

「い、イイノ?何で泣くんだよ…」

「泣きたいからに決まってるじゃないですかっ!」

答えになっていない答えを返し、イイノは泣き顔を歪めた。

「いっぱいお世話になって来たのに…!オレは突っ走って空回りするばかりで…!先輩がどんなに辛いか、理解もしないで…、

目の前で、ユウヤとっ…!」

イイノはオジマの事を、彼ら二人きりの時のように下の名で呼んだ。どうやら冷静ではないらしい事を悟りながら、

「あぁ、その事…なぁ…」

と、ヤマトは小さく呟くと、イイノの両肩にポンと手を置いた。

「あのなぁイイノ?俺とオジマの事、もうちょっと信用してくれよ…」

見上げて来る後輩の泣き顔を見下ろしながら、ヤマトは困っているような微苦笑を浮べて見せた。

「その事な、勿論オジマも思ってたさ。でもな?気を遣って、あんまりよそよそしくされてたら、かえって俺も気になっちま

う…。だから、オジマは不必要にお前との距離を離してないんだよ…。あいつは、俺の事をよっく判ってくれてるからさ…」

ポンポンと両肩を叩いたヤマトは、イイノの背に手を回して、ぎゅっと抱き締めた。

「ありがとな…イイノ…」

ヤマトとは身長にして30センチ違うイイノは、柔らかな羆の胸に顔を押し付けられる形で抱き締められ、小さくしゃくり

上げた。

「礼言われるような事…、何もできてないですよ…」

「それでもありがとうだ。こんな先輩を気遣ってくれる、良い後輩に…」

イイノの右手から延長コードの箱が落ちて、足元の他の箱に当たって鈍い音を立てる。

ただ抱き締められるままに体の脇に両腕を下ろしていたイイノは、ヤマトの太い胴に手を回し、抱き締め返した。

何もしてやれていない自分に向けられた寮監の「ありがとう」に、ただただ申し訳なくて、声も出せないままポロポロと涙

を零し、強くしがみ付く。

「もう泣かないでくれよイイノ…な?俺がオジマに怒られちまうよ…」

「う…、は、はい…!」

胸の中で小さく頷き、くぐもった声で返事をしたイイノの背を、ヤマトは優しくポンポンと叩いた。

優しい後輩が自分の為に零している涙が、早く止まるようにと。

「………」

僅かに開いたままだった倉庫の扉の外では、一部始終を聞いていたアスカが、壁際に身を潜めたまま硬い表情を浮かべていた。

アスカはそっと倉庫入り口から離れると、何度も後ろを確認しつつ、急ぎながらも足音を殺して、廊下を歩き去った。



「コードあったぞぉ!」

「お、きたきたぁ!…結構かかったっスね?」

イイノと共に食堂に戻ったヤマトは、首を傾げているスゴに、「いやぁ、完全に埋まっててなぁ」と、何食わぬ顔で応じる。

「オジマ先輩が荷物をゴタゴタに積むから…」

巧みに追従したイイノは、まだ目が少し赤いものの、振る舞いはすでにいつも通りであった。

寮生達が気付かない中、オジマと、そしてアスカだけは、イイノの目が少し腫れている事に気付いている。

二人が倉庫に行っている間に、他の寮生の手でツリーの飾りつけはだいぶ進められていた。

既に枝葉の取り付けまでが完了し、ヤマトよりも頭一つ分は高いツリーは、食堂の一角に堂々と聳え立っている。

それぞれの寮生は雪となる綿やプラスチック製の星や玉などを小箱から引っ張り出し、磨いて設置し始めていた。

早速リールからコードを伸ばし、ツリーの傍まで引っ張り、長さが足りている事を念の為に確認したヤマトは、食堂の壁時

計を振り仰いだ。

脚立が出たついでにと誰かが気を利かせたらしく、しっかりと磨かれピカピカになった時計の針は、午後八時半を指し示し

ている。

「時間だ。そろそろ中断しよう。続きはまた明日、手が空いてるヤツは夕飯後集合な!」

寮監の号令に皆が揃って返事をし、片付けが始められる。

この分なら明日少し作業をするだけで完成するだろうと目星を付けながら、リールに延長コードを巻き取って片付けるヤマ

トは、しかし気付いていなかった。

床に並べて磨いていた飾りを箱に詰めているアスカが、ちらちらと、自分の様子を窺っている事には。

「ちょっと早いけど、全員居るからこの場で点呼済ませるな。それとも、まだこの後外出したいヤツ居るか?」

外出希望者が居ない事を確認したヤマトは、さっさと部屋に戻ってチェックシートを取って来ると、手早く点呼を済ませた。

その間も、アスカは隣室の同級生の姿を、

「………」

無言のまま、静かにじっと見つめていた。



入浴を終えて自室に戻ったヤマトは、だいぶ余裕を持って作業が終わりそうな事に一安心しながら、デスクトップ型パソコ

ンのモニターと、ゲーム機の電源を入れた。

テレビとしても使用しているパソコン用モニターに接続された黒い家庭用ゲーム機は、DVD再生機としても活用されてい

るヤマトの宝物である。

ゲーム機には冬に発売されたばかりの新作ゲームのディスクが既にセットされており、電源が入れられたばかりのモニター

に、美麗なオープニングムービーが流れ始める。

インドア派でゲーム好きのヤマトだが、発売されて間もないこのゲームは、楽しみにしていながらも数日前まで殆ど手を付

けていなかった。

と言うのも、期末試験前に備えて勉強に身を入れていたからである。

普段から遊んでばかりいるように見えて、成績が良い事を意外がられ、頭が良いとクラスメート達に羨まれるヤマトだが、

本人に言わせればそれは違う。

決して頭が良い訳では無い。単に少し要領が良くて、それなりの努力をしているからだというのが、本人の弁である。

ただでさえ無理を言って強引に決めた、故郷を遠く離れた本州の大学への進学。

成績が落ちれば、故郷の両親に大学への進学を反対される恐れがあったからこそ、勉学に励んで来たのである。

成績は出来得る限り維持し、空いた時間は思い切り遊ぶ。

遊びは遊び、勉学は勉学、しっかり割り切ってどちらも徹底的にやって来たからこそ、ヤマトは志望の大学へ、皆より一足

早く推薦での進学を決める事ができた。

オジマがヤマトを気に入っている理由の一つが、この努力家であるという点である。

一見だらだらと怠惰に過ごしているように見えて、その実見えないところで人一倍の努力をしている。

それを当然の事だと割り切っているところに、自分もまた日々精進しているオジマは同類意識を抱いていた。

相変わらず凄まじい散らかり様の部屋だが、部屋主である羆にはどこに何があるか判っているようで、雑多に詰まれた雑誌

の陰からコードレスのコントローラーを拾い上げ、菓子が詰まったコンビニ袋の下からパソコンのテレビリモコンを取り出し、

パソコンの前に確保した座れるスペースにどっかと大きな尻を据える。

音量を調節してオープニングを眺め始めたヤマトは、しかしドアをノックする音で画面への集中が解かれてしまった。

「あいあい。開いてるぞぉ!」

首を巡らせて返事をしたヤマトの視線の先で、ドアがゆっくりと、躊躇いがちに開かれた。

「どうしたアスカ?」

ゆっくりと部屋に入って来たヤマトの友人は、

「…今、良いかな…?話が…したいんだけど…」

顔を少し俯けて、ヤマトと目を合わせないようにしながら、ぼそぼそと、囁くような声で言った。



「ごめんなぁ?いつもながらに散らかってて…。そこ座ってくれ」

苦笑いしながら座卓周りを片付けて座るように促したヤマトに頷き、アスカは静かに正座する。

向かい合ってどすんと腰を下ろしたヤマトは、「で、何だよ話って?」と、普段どおりに軽く笑った表情で問いかけた。

が、眉を隠す程に伸びているさらさらの前髪でよく見えなかったが、動いた際に揺れた髪の隙間からちらりと見えた額が赤

くなっていたように思えて、「ん?」と首を傾げる。

「…あのさ、ヤマト…」

「うん」

「あの…さ…」

「ん?」

俯いてしまったアスカの頭を見つめながら、ヤマトは小さく首を捻った。

今更ながら、アスカの様子が少しおかしい事に気付いて。

「あ…。やっぱり、クリスマスはエンドウと過ごす事にしたのか?なら、変な遠慮しなくていいんだぞ。俺はそのつもりだっ

たんだから」

「…ち、違うんだ…」

顔を俯けたままフルフルと首を横に振ったアスカは、それっきりまた黙り込んでしまう。

訝りながらまた首を傾げたヤマトは、一体どうしたのかと、アスカの言葉を待つ。

「…や、ヤマト…」

「おう」

「今日、さ…、倉庫で…」

「うん?」

「………」

黙り込んでしまったアスカを前に、ヤマトの中で、急激に不安が膨らみ始めた。

アスカの不自然な態度。そして倉庫。これら二つの事が、ヤマトの中である事に結びついた。

まさか、と思いながら、ヤマトはゴクリと音を立てて唾を飲み込んだ。

「…イイノと、話してた事…。僕…、聞いていたんだ…」

アスカの言葉を聞いた途端、ヤマトは殴られでもしたような衝撃を受けた。

頭がクラッとし、心臓がドコッと大きく脈打ち、背中に嫌な汗が吹き出る。

ドッドッドッドッと、激しく脈打つ心音を聞きながら、ヤマトはもう一度唾を飲み込み、掠れた声を漏らした。

「き、聞いてたって…、何を…?」

もはや確定的だと思いながらも、この期に及んで別の事であれば良いと願いながら尋ねたヤマトに、アスカは少し震えた声で、

「…ヤマトが…、その…僕を…。あれは…」

もはや、勘違いなどではないと確信できる言葉を口にした。

「…あ、あれはっ…!あれはだな…!」

おろおろと狼狽しながらも、何とか誤魔化す手は無いかと必死になって頭を回転させているヤマトに、アスカは俯いたまま

尋ねた。

「ヤマトは…、あれ、なの…?その…、男同士でとか…、そういう…」

 ヤマトは腰を浮かせて手を上げ、ぶんぶんと首を横に振った。

「ち、ちがっ…!お、俺は…、俺…、俺っ…!」

全身から脂汗が滲み出て、焦りは今や怯えに変わっていた。

言葉が出てこなくなり、あうあうと意味を成さない声を漏らしながら、ヤマトは逃げ出したい程の恐怖を覚えていた。

怖かった。同性愛者だという事がアスカにばれてしまった事が。

親友として仲良く付き合ってきたこの同級生に、嫌われてしまう事が。

今まで友達面して付き合って来たこの羆は、本当は一体どんな目で自分を見てきたのだろう?そんな風に思われる事が。

「ち、ちが…、そんな…、そんなんじゃ…!」

ようやく声を絞り出したヤマトは、ガバッと床に伏せた。

「ちがっ!…ご、ごめん!違うんだアスカ!俺、俺そんな…!ごめん!ごめんよぉ!」

土下座の格好で、ヤマトは声を絞り出した。

「違うんだ!赦して…!俺…!アスカに嫌われたくなくて…!それでっ、俺、俺ぇ…!」

もはや自分でも何を言っているのか判らず、精神的に追い詰められてしまったヤマトは、土下座したまま詫びを繰り返す。

その頭の上から、

「…何、してるの?」

アスカの掠れた声が、静かに落ちてきた。

床に両手をついたまま、おそるおそる顔を上げたヤマトの目に、アスカの困惑し切った顔が映り込んだ。

「な、何で…、そんな、謝ってるの?ヤマト…」

戸惑いながら発せられたその言葉を、ヤマトは上目遣いにアスカの顔を見上げながら、呆然と聞いていた。

「な、何でって…、だって…、…あれ…?」

自分が何故謝っていたのか、ヤマトは理由を言葉にする事ができなかった。

ずっと黙っていたという負い目。そして、寄せられても迷惑だろうと思っていた好意。

無意識の内に、それらについて詫びなければならない気持ちになっていたヤマトは、自分でもよく判らないままアスカに謝っ

ていた。

裏を返せば、何よりの本音とも言える行為ではあったが、今のヤマトには自己分析する余裕など無い。考えてもいなかった

様子を見せているアスカを前に、ただただ戸惑うばかりであった。

「あ…、アスカ…?何で…」

泣いてるんだ?その言葉を、ヤマトは吐き出す前に飲み込んだ。

アスカの頬を、涙が伝い落ちている。はらはら、はらはらと、静かに止め処なく。

「アスカ…、あの…、だ、大丈夫だぞ?俺、襲ったりとか、そういう事なんてしないから…」

おずおずとそんな事を言ったヤマトに、アスカは黙って首を横に振る。

アスカはそもそも、そんな事など心配してはいなかった。

夜中に一人でそういう相手の元を訪ねるという行動がそれを示していたが、いっぱいいっぱいになっているヤマトは、この

時はまだそれに気付けない。

「ご、ごめん…。泣かないでくれよぉ…」

眉を八の字にし、自分も泣きそうな顔になりながら情けない声をヤマトが発すると、涙を流し続けるアスカは、しかし目を

吊り上げて怒り顔になった。

童顔に激しい怒りの色を浮べたアスカを前に、ヤマトは気圧されたように首を縮める。

「何でなんだ…?なんで謝るの…?謝らないでよ…!謝らなくちゃいけないのは…僕の方なのに…!」

膝の上に置いた手をギュッと、手の平に爪が食い込むほど強く握り締めるアスカ。

知らなかった。気付けなかった。

これまでずっと親友だと思ってきたこの羆の事を、自分は全く理解していなかった。

自分に好意を寄せていたと知ったショックは、確かに大きい。

だが、それはヤマトが同性愛者であったという事以上に、自分に対して友情とは別種の好意を持っていた事、その事に自分

が全く気付けなかったという事でのショックであった。



少し前、食堂での作業を終えて自室に戻り、受けた衝撃の大きさから床にへたり込みながらも、アスカは考えを整理していた。

これまでの事について、そして、これからの事について。

同性に恋愛感情を抱くというヤマトの心情と好みは、結局完全に理解する事は叶わなかった。

だが、男女の別を廃して単なる恋愛事と割り切って想像を巡らせる事で、アスカは悟った。

例えば、ヤマトの立場の女子が居たとする。

好意を寄せられているにも関わらず全く気付けなかった自分に、その子は全く不満を述べず、自分の気持ちをひた隠しにし、

他の女子と付き合う際のきっかけのメッセンジャーとして、恋愛事に疎い自分の相談役として、間がギスギスした時の緩衝材

として、ホネを折ってくれていた。

一般的な例に例えるならばおおよそこんな所だと思い至った次の瞬間、アスカは床に勢いよく突っ伏し、ガツンと頭を床に

叩きつけた。

赦せなかった。ヤマトに対し、そうとは知らずに自分が取ってきた態度が。

度し難かった。親友と思っていた相手に、酷い仕打ちを続けてきた自分が。

何度も、何度も、ガツッガツッと額を床に打ち付け、アスカは自分を口汚く罵り、激しく責めた。

どんなに詫びても詫び足りない。どれだけ悔やんでもそそげない。

胸の奥にどろりと注ぎ込まれた罪悪感に、アスカは打ちのめされ、ただただ涙を流した。

そしてアスカは、ヤマトに謝ろうと決めた。

赦して貰おうとは思わなかった。本当はもう嫌われているのかもしれないと、恐怖すら覚えた。

だが、けじめはつけなくてはいけないと、アスカは強く思った。

ヤマトはまだ、アスカが知ってしまった事に気付いていない。平静を装ってこれまで通りに振舞う事もできない訳ではない。

それでもアスカは、校内の、寮内の、誰よりも親しい友人だったから、例え既にヤマトが自分を友人だと思ってくれていな

くとも、詫びなければいけないと思った。

顔を上げたアスカの目と額は、赤くなって腫れていた。



泣いている友人を前にして戸惑っているヤマトに、アスカは涙を零しながら頭を下げた。

「…ごめん…。ごめんね…、ヤマト…!僕は…、僕…、君の事、ちっとも判ってなかっ…!」

謝られたヤマトは、びっくりして目をまん丸にすると、次いでおろおろし始める。

「ちょ、待っ…!え?な、何で謝るんだよ?あ、アスカ?顔上げろって、な?アスカ?」

腰を浮かせて膝立ちになり、なんとかして泣き止ませようと焦るヤマトだったが、アスカに向かって伸ばした手が途中で止

まる。

イイノを慰めた時とは相手も状況も違う。抱き締めてやりたくとも、それはまずいような気がして、ヤマトはただただ狼狽

するばかりであった。

ホモである事がバレる前ならば、誤解など恐れずに抱き締めてやっていたはずである。

だが、今そんな事をすれば嫌悪と共に拒絶され、互いの間に決定的なひびが入ってしまうような気がして、ヤマトはアスカ

に触れる事を躊躇った。

目の前で大好きな相手が泣いている。

恋愛対象としてだけではなく、親友としてずっと過ごして来た、大好きで大切な仲間が。

それなのに自分は、肩を叩いて慰めてやる事も、気の利いた言葉をかけてやる事もできない。

アスカを泣かせているのは自分だと感じながら、歯痒くて、悲しくて、悔しくて、泣きたくて、ヤマトは膝立ちの姿勢のま

ま、アスカに向かって伸ばしかけた手を、ただただ宙で彷徨わせる。

「ヤマ…ト…」

泣き顔を上げ、自分を見上げてきた友人の顔を見返したヤマトの胸が、ズキンと痛んだ。

「…ごめん、ね…」

アスカの呟きが耳に吸い込まれ、胸に染み入った途端に、ヤマトの中で何かが剥がれ落ちた。

それは、恐れ。

この期に及んで、アスカに嫌われたくないと思い、触れる事を躊躇していたヤマトの恐れが、粉と砕けて消えた。

嫌われていい。けなされていい。拒絶されていい。

自分の事よりも今はただ、抱き締めてやりたかった。慰めてやりたかった。「俺は気にしてないぞ」と、声をかけてやりた

かった。これ以上、泣かせたまま放っておく事はできなかった。

ためらいがちに伸ばされたヤマトの手が、アスカの肩にそっと触れる。

アスカはピクッと体を震わせた後、肩に置かれたヤマトの右手を見遣り、すぐに顔へと視線を戻す。

「ヤマト…、赦して…、くれるの…?」

「赦すも、何も…、無いだろ…?だって、悪いのは勝手に惚れてた俺の方で…、アスカが気に病む事は、何も…」

つっかえつっかえそう言うと、ヤマトはかなり努力して、アスカに笑いかけた。

「ありがと、な…。わざわざ、俺なんかの事気遣って、ちっとも悪くなんかないのに、謝ってまでくれて…」

大きな羆が浮べた不器用な作り笑いは、アスカには、まるで泣き笑いの顔に見えた。

いたたまれなくなったアスカは、肩に置かれた手を振り払い、膝立ちになっているヤマトに抱き付いた。

かなり勢い良く懐に飛び込まれ、鳩尾に頭突きを貰う形になり、「おふっ!」と苦鳴を漏らすヤマト。

「ごめん!ごめんよ!ごめんよヤマトっ…!ぼ、僕は…!君の気も知らないで、ずっと、ずっと…!勝手に…!」

腕が回りきらない程太い胴に縋り付き泣きじゃくるアスカを、戸惑いながら見下ろしたヤマトは、しばし迷った末、振り払

われて宙に浮いたままだった両腕を、小さな親友の背にそっと回す。

「ヤマ…ト…?」

そっと、優しく抱き締められたアスカは、泣き顔を上げて羆の顔を見上げた。

「ごめんなぁ、アスカ…。なんか俺、今日は泣かせてばっかりだ…」

ヤマトはいつものように人の良い笑みを浮べたまま、体の割に小さな目から、ぽろぽろと涙を零す。

大きな羆が、自分に笑いかけながら泣いている。その表情を映すアスカの目が、溢れた涙でゆらっと潤んだ。

涙を見られぬよう、ヤマトはアスカの顔を自分の胸に押し付け、ギュウッと抱き締めた。

アスカもまた、泣き顔を見られぬように、ヤマトの胸に顔を押し付け、強く縋りついた。

いつだって笑っていて欲しい、大切な親友…。

それなのに、今はどんなに慰めあっても、どんなに詫びあっても、泣き止む事も泣き止ませる事もできないと、二人には判っ

ていた。

「ごめん…!ごめんねぇ、ヤマトぉ…!」

「俺こそゴメン…。ゴメンなぁ、アスカっ…!」

本当は、お互い告げたい言葉の中に「ありがとう」も混じっていた。

だが、今の二人には上手く言葉を紡ぐ余裕もなく、ただただ不器用に「ごめん」を繰り返すばかり…。

二人はいつまでもいつまでも、透き通った涙が頬を濡らすに任せ、しっかりと抱き合っていた。

この夜、ヤマトは三年近い付き合いを経てようやく、一つも隠す事なく、アスカに全て話す事ができた。



「じゃ、俺が隠し事してたお詫びと…」

「僕が無神経に振る舞ってたお詫び…」

「あと、ありがと、かな?」

「うん。僕も有り難うだね」

「んじゃ、ゴメンとありがとうで…」

「ん。ごめんで有り難う!」

『乾杯っ!』

カンッと、軽やかな音を立てて、二人が掲げたコーラの缶が触れ合った。

「はぁ〜っ!何か、スッキリした…!」

言葉通り、晴れ晴れとした笑みを浮べているヤマトに、アスカは首を傾げる。

「もう、アスカに隠し事しないで済む。…ま、まぁ…、相当ビックリさせちまっただろうけど…」

「…ん…。ビックリは確かに…。でもヤマト、こう言っちゃ何だけど、僕、これで良かったような気がする…。知らないで卒

業するより、ずっとこの方が良い…」

「…そうかも…な…」

自分の気持ちを再確認しているように、両手で包んだ缶に視線を落としながら言ったアスカに、ヤマトは静かに、しかし大

きく頷いた。

「それとさ…。スッキリしたっての、もういっこあるんだ…」

顔を上げて目で問うアスカに、ヤマトは頬を掻きながら少し恥かしそうに笑って見せた。

「俺さぁ、いっつも相手に知られないまま失恋してたから、こういう風に踏ん切りつく事、今まで無かったんだ。たはは〜っ!」

何と声をかけて良いか判らず、微妙な表情で黙り込んだアスカに、ヤマトは思い出したように付け加える。

「イイノと俺の会話聞いてたんだから、もう察しがついてると思うけど…、俺の他にも居るんだよ、同性愛者」

「うん…」

「そのぉ…、嫌わないでやってくれな?」

「何で?」

不思議そうに首を傾げたアスカに、「何でってお前…」と言いかけたヤマトは、苦笑いしながら首を横に振る。

「まぁいいや、心配要らなそうだ…。ああ、あとな?判ってると思うけど…、エンドウにはくれぐれも黙っててくれよな?俺

がアスカに惚れてたって事…」

「うん?なんで?ヤヨイはたぶん気にしないと思うけれど…」

首を傾げたアスカに、ヤマトは顔を顰めて見せた。

「気にするよエンドウは…。タカビーに見えて結構繊細なあいつの事だ。俺に頼んだ事、負い目みたいに感じちまうかもだし…」

「そう…か…」

顔を少し俯け、コリコリと頭を掻いたアスカに、ヤマトは苦笑いを浮かべて続けた。

「ま、バレたとこで今更俺にチャンスはねぇんだけど」

アスカは一瞬きょとんとした後、悪戯っぽく口元を綻ばせた。

「何なら試してみる?略奪愛とか…」

「無茶言うなって!冗談だよ冗談!俺にそんな度胸がない事は知ってるだろ?おまけに相手がエンドウじゃ分が悪過ぎるっ!

キモデブな俺じゃ勝ち目はゼロだ!それに…」

ヤマトはニヤリと笑い、囁くような小声で告げる。

「お前がエンドウと両想いな以上、どっちみち勝負になんかなんねぇべ?」

からかうように言われたアスカは耳まで真っ赤になり、

「…えいっ!」

「えぶぉっ!?」

ボスッと、ヤマトの出っ腹にボディブローを捻り込んだ。



終業式を終えた日の夜。寮の食堂にあてがわれた、クリスマスを意識した特別メニューを楽しみながらパーティーが進むと、

ケーキの登場と共にクラッカーが鳴り響いた。

『メリークリスマース!』

それを待っていたように、シーツで作った白い袋を背に担ぎ、サンタの衣装を着込んだ大きな羆が、食堂入り口から入って

来ると、浮かれた寮生達が歓声を上げる。

サンタの衣装を身に纏ったヤマトは、皆の歓声に応えて笑顔で片手を上げた。

「んじゃあ、いよいよお待ちかね!プレゼント配るぞぉ!」

ヤマトの宣言を受けて、寮生達はさらに盛り上がる。

今年のクリスマスパーティーのメインイベントは、皆がそれぞれ用意したプレゼントを、中身を知らないヤマトが無作為に

配るという形式のプレゼント交換会であった。

テーブルについている寮生達の元をまわり、一人ずつプレゼントを手渡してゆくヤマトに、

「サンタの服、凄く良く似合いますね、ヤマト先輩」

イイノは感心しているように、笑みを浮かべながら声をかけた。

「ははは!ありがとうよイイノ。…でも、ホントはその褒められ方、あんまり好きじゃ無いんだよなぁ…」

笑顔で応じたヤマトの言葉の後半は、歓声にかき消される程の小声で囁かれ、聞こえなかったイイノは首を傾げる。

「いや何でもない。こっちの話な。ほい、メリークリスマス!」

袋から取り出したプレゼントを笑顔で礼を言うイイノに手渡し、ヤマトは寮生達の間を回り続ける。

「ほいスゴ、メリークリスマス!…って中身何だろなコレ?」

「メリークリスマッス!ありがとっス〜!…お?ズッシリ?」

「それは…、俺が用意したヤツかもしれん」

「マジっスかオジマ先輩?」

「重いだろう?」

「うス!何入ってるんスかねぇこれ!?」

期待を込めてずっしり重いプレゼントの箱を見下ろしたスゴは、

「鉄アレイだ」

何故か誇らしげに胸を張ったオジマの言葉を聞くなり、垂れ耳を倒してへにょっと項垂れた。

「アレイとか入れるなよっ!担いで配って歩く俺の身にもなれ!…まったく、どうりでいくつ配ってもちっとも軽くならない

訳だ…」

顔を顰めたヤマトは、気を取り直したように笑みを戻すと、オジマにプレゼントを差し出した。

「ほれオジマ、メリークリスマス!」

軽く会釈し、薄くて軽い紙袋を受け取ったオジマは、不思議そうに首を傾げた。

「…あ、たぶんそれ、ボクのです」

小さなチワワが耳をピクピクさせながら言うと、オジマはプレゼントの中身を問うような視線を向けた。

「雪菓堂の商品券です」

チワダが微笑みながら街一番と評判の菓子屋の名を挙げたとたん、和菓子があまり好きでは無いオジマは微妙な顔になった。

プレゼント配りも終盤になり、寮生達がプレゼントを開けて大騒ぎしている中、最後にアスカへプレゼントを渡そうとした

ヤマトは、見覚えのある箱を目にして動きを止めた。

(あれ?…これ、俺のだな…。そういえばまだ出てなかったっけ…)

袋に残っているプレゼントは二つのみ。残った方が自分が受け取るプレゼントになるので、ヤマトは気恥ずかしい思いをし

ながらも、アスカに自分が用意した箱を手渡した。

「メリークリスマス、アスカ」

「メリークリスマス、ヤマト」

笑みを交わしてプレゼントを受け取ったアスカは、大きい割に軽めの箱を手にして「何だろう?」と、楽しげに首を傾げる。

「あんまり期待するなよ?たぶん大したもんじゃないから…」

「楽しみにしてるのに、何でそういう言い方するかなぁ?」

苦笑いしながら言ったヤマトに顔を顰めて見せると、アスカはピンときて親友の顔を見つめた。

「…もしかしてこれ…」

「たはは…!言っとくけどなぁ、狙った訳じゃないんだぞ?」

頭を掻いてそう告げると、ヤマトは袋に残った最後のプレゼントを引っ張り出した。

「さて、これが俺のか…。何だろな?」

赤地に緑のラインが入った軽い紙袋を手に乗せながら、椅子を軋ませながら腰を下ろしたヤマトに、アスカは可笑しそうに

含み笑いを漏らしながら告げる。

「あまり期待しないでおくれよ?大したものじゃないから」

「へ?」

キョトンとした顔でアスカを見遣ったヤマトは、その表情からこのプレゼントは誰が用意した物なのかを悟り、

「は…、ははははははっ!ありかよこんなのぉ!」

突き出た腹を揺すって、心底可笑しそうに声を上げて笑った。



二学期も今日で終わり、明日からは冬休み。

新たな一年の始まりを前に、寮生達は住み慣れた寮を離れてそれぞれの故郷へ帰る。

早い者は明日の朝、最後になるヤマト達も三日後には寮を後にし、再び全員が揃うのは年があけてからになる。

一時の別れを惜しむように、寮生達は騒がしく聖夜を過ごした。

                                                                                    おまけ