「グフフ!見せてェ物ってのはコイツだァ!さァ見て驚けェ!腰抜かして濡れろォ!」

 叫んだシャチがガバッと上着を脱ぎ、ズボッとジャージのズボンを下げ、ベロンと曝け出した股間には、白い捻り褌。新た

な勝負下着…ではない。目的があって用意した物である。

「グフフフフ!祭りと言えば褌だろォ?新調したこの白い凶器で服男レースを駆け抜けざま、オメェを悩殺してやるぜェ!」

 普段より二割ほどテンションが高いシャチが、腰に手を当てて突き出して見せると…、

「いや、これは壮観だよ!」

 カナデは居合いの達人もかくやという速度でカメラを構えた状態になっていた。

 連続するシャッター音。「またあられもない格好だナ!」と目を逸らすか非難するかのリアクションを想像していたシャチ

もこれにはビックリ。どうやら裸に褌一丁の格好は、カナデの目には「あられもない格好」ではなく、正当な祭り装束と映る

らしい。

「体格がよくて体つきもしっかりしていると、やっぱり絵になるよ。あ、ちょっとだけ横に角度つけて貰ってもいいかナ?斜

に構えたポーズで…」

 撮影対象としていたく気に入ったらしいカナデが、パシャパシャと連続でシャッターを切りながら注文すると、戸惑いなが

ら「お、おゥ。…こう?」と指示に従うシャチ。珍しい構図である。しかし…。

「…ん?」

 眉根を寄せる大狸。見られて撮られて興奮したか、シャチ曰くところの「スリットに潜む魔物」が褌の布地を押し上げる、

「勃ったら撮る訳にいかないナ…」

「撮れよじゃんじゃん!グフフ!」

 ノッてきたシャチは、カメラのレンズにカバーをかけたカナデに詰め寄り、首に腕を回してくっつく。

「ツボだったんだろォ?グフフフ!遠慮すんなってェ!」

 素早くシャツの裾から入って、鯉の滝登りよろしく胸まで到達したシャチの手が、狸のたわわな胸を鷲掴みにする。

「あんっ!と、ところで…」

「ん~?」

「今夜は食事に出かけるんじゃなかったんだよ?」

「…畜生そうだったぜェ…。グフフ!だがァ!飯食った後はお楽しみだァ!覚悟しとけェ!グフフフフフ!」



「今回は意地でも福男を取るぜ。ええ?」

 目付きの険しい大狸が、板の間に集まった一家の狸達を睨む。

「去年は惜しくも逃した。一昨年は最悪だった。三年前はそこそこ良かった。四年前は思い出したくもない。五年前は良い線

行ったが、六年前は話にもならねぇ結果だった。そして七年前は…」

 どうでもいいが一年毎に浮き沈みが激しい一家である。

「気合を入れ直せ!今回ヌシらの中で最も着順が良かったモンには…」

 甚平の懐をまさぐり、ヒコザが取り出した品は、有名温泉郷の老舗旅館ペア宿泊券だった。

「休暇とコイツをやる!」

 どよめく狸達。リアクションに満足するヒコザ。「物でつってみたらどうでしょかー?」とはアクゴロウの入れ知恵だった

が、想像以上に効果覿面だった。

(あの旅館名、先月みちのく湯煙奇行で見たなぁ…!炊き込み飯と天麩羅と鍋が美味ぇって話だった…!一人分足せば家内と

倅と三人で行けるなぁ!ふふっ!)

(温泉行きたいとか、ついこの前タツヨリも言ってたな…!よし、貸し作っとくのも悪くねぇ!)

(あの温泉郷…、ノスタルジックかつ風光明媚なあそこであれば、句の題材になるのでは…。そして連れて行かれた者はムー

ディーな気分でガードが緩むのでは…)

 思い思いに欲を出す門下一同。まんざらでもないヒコザは含み笑いを漏らす。

(恐ろしい小僧だぜ…、人心掌握と飴と鞭をよく判ってやがる…!)

 なお、福男が身内から出ればそれでいいので、ヒコザ自身は誰が勝とうと問題ない。無論自分も狙うつもりである。そして

エサにした温泉郷とは別の温泉にトライチとお忍びデートする予定である。

 しかし、この時点ではヒコザも気付いていなかった。

 付加価値をつけてしまった事で、祭り当日は隠神一家同士の壮絶なバトルロイヤルになってしまう事など…。



「叔父さん譲りのライカが火を吹く時が来たナ!」

「火を吹いたらまずいよネ?故障とかそういうレベルじゃないよ?」

「例えだよ例え!」

 大狸(弟)の言葉で小狸(兄)が頬を膨らませる。

「祭りには先輩が参加するからナ!褌一丁の雄姿をバッチリ撮るよ!」

「そういうの、撮られたくないひととかも居るかもだよ?」

「撮らずにいられないんだよ判らないのかナこの唐変木は!」

 煎餅をボリボリ齧る弟。目くじらを立てる兄。

「大事な、大切な、思い出だからこそ!その一瞬の欠片だけでも!切り取った永遠に残したい!これはロマンなんだよ!」

 力説する小狸だが、弟の方は…。

(褌姿を永遠に残されるのは恥かしいよ…。っていうか、テツに見られたらって考えるだけで体温上がっちゃうんだよ…)

 全く同調できないまま、迫る祭りへの緊張から煎餅をボリボリ齧り続けた。



「似合ってるよタマ先輩!マワシも似合うけどフンドシも似合うよ!うん男前っていうヤツたぶん!」

 セカセカ写真を撮りながら褒める白柴犬。普段よりほんの少し露出が増えた六尺褌姿のタマツクリは、照れ笑いしながらも

鼻の下を伸ばす。

「うえっへっへっへっ!惚れ直した、とか~?」

 チラチラと反応を窺う狸は…。

「惚れてるよずっと前から一緒だね先輩」

 ユキタケのナチュラルな殺し文句でズキューンされ、胸を押さえてよろめく。

「どうしたのタマ先輩!?カニ!?」

 どうしてカニが出て来て何がこうなるのかサッパリだが、「う、うん、カニ…!」と、辛うじて幽体離脱やら解脱やらを踏

み止まった狸が応じる。

「お祭りでもいっぱい写真撮るね!」

「うん…」

「活躍全部撮るからね!」

「うん…!」

「頑張ってね!」

「うん!」

 福男になろう。あと結婚しよう。毎度の事ながら今回も決意するタマツクリであった。



「ハティ。福男になって来い」

 唐突に部屋に押し入った兄へ、玉子かけご飯を掻き込んでいた次男は「断る」と即答。

「どうせ、優勝記念品のヒトメボレ10キロを自分のためにとって来いと言うのだろう?」

「察しが良い弟は好きだぞハティ。その通りだ」

 玄関口でエアギターをジャカジャンッと鳴らす(鳴っていない)ウルを一瞥もせず、沢庵を摘んで口に運びながらハティは

尋ねた。

「思うに、自分で出場すれば良いのではないかね?」

「何故だ?」

 即座に質問返し。この時点でハティは把握する。できれば苦労したくないが景品は欲しい。そんなウルの魂胆を。相も変わ

らずダメ男の鑑のような長兄である。

 あるいはマーナならばあの理不尽な高機動力で福男になれるかもしれないが、と考えたハティは、しかし提案するのをやめ

ておいた。戦友と称する職場のあの女性と祭り見物に出かける話を聞いていたので。



 珍しいようで結構いろんな所で催されている裸参り。

 しかし参加者の健康にも気を配って真冬を避けた上に天候も考えて梅雨入り前にするという妙に気の利いたスタイルは珍しい。

 「まぁ、グリ神社は管轄者が常識人だからな」とはミーミルの弁。

 何げに高い狸濃度。なにはともあれシャッターチャンス。ガチカメラマン勢が放ってはおかない一大イベント、開幕!

 第七話 「奇祭と奇行とシャッターチャンス」


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