「何故だ?」

「君に貸した金は返って来ないからな」

 帰宅するなり金の無心に来られて内心げんなりしているハティは、ベルトを外しながらそっけなく応じる。そこへ…。

「兄貴ゴメン!五千円貸して!来週までに必ず返します!」

 ドアを開けて焦りの顔を見せたのは、縫い包みのような外見の小柄な黒いポメラニアン。

「判った。…む。千円札も五千円札もないな。このまま持って行きたまえ。返済はその時でいい」

 札入れを取り出して中身を確認するなり、スコルに一万円札をすんなり預けるハティ。

「何故だ?」

 三度同じ言葉を吐くウル。

「何がだね?」

「ハティよ。スコルには貸す金があってわたしに金を貸せないというのは贔屓ではあるまいか?」

「そもそもスコルが私に金を借りに来ているのは、君が彼に借金を返さないからだ」

「こう、考えた事は無いか?君がスコルに金を渡す…、それで補填されてわたしの借金はチャラになる、と」

「生憎、考えた事は一度もない」

「そう考えるべきだ」

「拒否する。そもそも収入が無いのであればコンビニなどでアルバイトをしてみれば良いのでは?」

 ハンガークリップで留めたズボンをクローゼットにかけるハティへ、「わたしにもプライドがある」と、ウルは珍しく苦々

しい顔を見せた。

「音楽以外で飯の種を得るのは魂が死ぬから絶対に嫌だ」

「では魂ごと死ねば良いのでは?」

 ハティの口調を真似て辛辣に吐き捨てるスコル。

「とにかく、恩に着るよ兄貴!必ず来週返すから!」

「厳しいようなら無理はしなくていい。楽しんできたまえ」

「…えへ!」

 ウインクしてスコルが立ち去ると、ランニングシャツとトランクス姿になったハティは台所へ向かい、コンロに鍋をかけてインスタント麺の袋を破り始める。

「…まだ用事があるのかね?」

「スコルのように、デートであれば金を貸す…と解釈して良いのか?であれば恋人を作って来るが…」

「君の場合はそれ以前の問題だが、困っている時には援助する」

「わたしも困ってい…」

「君の場合はそれ以前の問題だが、と言った」

 

 

「では、先に上がります」

 精悍な顔立ちの若い刑事が席を立つと、奥のデスクにふんぞり返って書類と睨めっこしていた白虎が「おう」と顔を上げる。

そして、やや品の無い笑みを浮かべ、からかうべく口を開こうとすると…。

「フワ君、今夜ぐらいは仕事を忘れて良いのよ?羽を伸ばしてらっしゃい」

 チーフデスクの隣の席から、灰色の猫女性がチーフの発言タイミングを見事に潰してやりながら微笑み、ウインクする。

「…はい…」

 不破武士(ふわたけし)。署内でも評価の高い敏腕若手刑事だが、今夜の事はどうにも隠しきれていなかったようで、態度

の節々から皆にお察しされてしまっていた。足早に更衣室へ向かい、ロッカーから鞄を取った青年は、

「イヌイ先輩?」

 続いて部屋に入って来た犬の刑事と顔をあわせる。

「ああ、今日はフワ君も早上がりだったか」

「ええ。先輩は…、家族サービスですか」

「うん。ケントが「ダチんちも家族皆で出かけてんだぜ」とゴネるんでね。妻にも、たまには家族で行こうと言われてしまっ

て…」

 照れ臭そうに、しかしまんざらでもなさそうに笑う先輩に、「それは良い事です」とタケシも目を細める。が、目の細まり

方の意味が一瞬で変わる。剣呑な方に。

「俺はたぶん、何かの間違いで父に誘われても断りますが」

「ブレないねフワ君は…」

 

 

「おつっきょさんも出とぉ~!はんぎり噛んで踊り狂ってこぉ~!」

 でっぷりしている癖に背が低いせいで妙に真ん丸く見える狸が、空に浮かんだ白い月を見上げて鬨の声…というにはやや間

延びして緩んだ声を上げると、集った踊り手達がワッと声を上げて応じた。

「おいアクゴロウ」

 そこへ声をかけたのは熊と見紛う大兵肥満の大狸。肥り肉ではあるが逞しい大男で、襟や帯の黒を差し色にして引き締めた、

神ン野の物と対になる濃藍の祭り法被が良く似合っている。

「悪太郎(あくたろう)どんはどうした?もうじきだってのに姿が見えねぇが…」

「いやぁ、それがぁ…」

 丸い狸は大狸の顔を見上げ、おもむろにパンと手を合わせると、手品のように取り出したスマートフォンを見せる。

「これ一分前に届いたメールでしてぇ~…」

 腰を折って覗きこんだヒコザは、「あの狸親父が…!」とスジモノそのものの物騒に剣呑な顔で吐き捨てた。

 アクゴロウの父からのメールは、「気が変わったから女はべらして花火見に回るわ」…。

 無茶苦茶無責任なドタキャンである。この自由人っぷりを見かねて、さっさとアクゴロウに家督を譲れ、と神ン野の先代に

迫ったのは他でもないヒコザなのだが、こうなると自分の判断がますます正しかった気がして来る。

「まぁいい…。アクゴロウ、ヘマぁするんじゃねぇぜ?」

 疲れたような顔でため息をついて、ポンと頭に左手を置いてガシガシと乱暴に撫でたヒコザに、「まだ子供扱いするんえ~

!?」と、アクゴロウは頬を膨らませた。家督を継いで当主になろうと、ヒコザにとってのアクゴロウは「本家の坊主」のま

まである。

「大将!カチコミ準備、整っております!」

「大将じゃねぇ…。カチコミじゃねぇ…。トライチ、ヌシぁ何しに来とるんだ?ええ…?」

 

 

「お待だせしましたー!」

 普段ならドスドスと駆け寄るところを、シズシズ…もといノシノシと、急ぎたい気持ちを抑えて早歩きで戻った金色の熊は、

器から零れそうなフラッペ二つを手にしている。そして、待っていた若い警官はアメリカンドッグを二つ手にしている。

 座る場所も無いので歩道の端に寄り、ケチャップが申し訳程度にかかっただけのアメリカンドッグを齧り、見上げた空へ…。

「あ…」

 金色の熊の上気した顔を、パッと光が照らした。

 ドォンと、大きな音と共に一発目が上がり、大輪が夜空にくっきり咲いた。パチパチと微かな音を立てて降る火の粉が、枝

葉を広げた柳のように夜空を飾る。

「たーまやー、っと来らぁ!」

「たーまやー!」

 ふたりの近くで江戸っ子のような声を上げてからから笑ったのは、熊のような体格の耳が垂れた犬の少年とカワウソ。

「よし!もうちょい川岸の方まで行ってみるか」

「はい!」

 二頭が離れるのを見送ったタケシは頭上の音に誘われて視線を空へ戻す。立て続けに三つ、円が重なって広がり夜を照らす。

 ふと見れば、隣のユウトは空の花に見とれて、スプーンをフラッペに挿し入れたまま手を止めていた。その頬を、追いかけ

て上がった花火が一瞬だけ明るく染める。

 ほんのりと笑みが浮かんだ嬉しそうな横顔に、タケシは一瞬見とれてしまう。

 何処に惹かれたのかは判らない。ただ、お互いに最初から意識していて、そのせいでギクシャクしていて、変にやり取りし

難い関係が気になって、気付けば頻繁に相手の事を考えるようになっていて…。

 警察署へ武道の手解きに招かれた当主、その妹という、本来ならば殆ど接点の無い間柄。偶然が引き合わせたとしか思えな

いこの関係に、運命を感じないと言えば嘘になる。だが、出会うべくして出会った…などと考えてしまうのは、せっかくの巡

り合わせに胡坐をかくようで、出会えた意味を探してしまう。

 案外、恋とはそういう物なのかもしれないと、タケシは何となしに考えた。きっと皆、出会えた事に意味を欲しがる物なの

だろう。特別な出会いだからこそ…。



 夏だ祭りだ名物ヤバ踊り開催!恋人達の逢瀬に蜜月、友人達の交流遊行。そんな中、簀巻きダンサーウルに明日は来るのか!

 第四十話 「恋人達と簀巻き駄犬」



戻る