「ブラック&ブラックな企業が、今更健全化レクリェーションとは片腹痛い」

 ジャジャジャンッ、と鳴らないギターをかき鳴らして、ウルは少し厳しい目でハティを見つめた。

「悪い事は言わない。キャンプなど参加するなハティ。そんな金があるならわたしに貸…」

「おぉ~っとゴミ発見!」

 長兄をゴミ呼ばわりしつつ、先ほど痛いとのたまった片腹めがけて、座っているその後方から容赦なくサッカーボールキッ

クを見舞ったのはポメラニアン。たまらず吹っ飛んだウルだが、相変わらず効いているのかいないのか、錐揉みスピンしなが

ら壁にぶち当てられてなおスックと立ち上がる。

「何をする弟よ」

「ごめん。ゴミだと思ったらクソお兄様でした。反省はしていない」

 そんなふたりを「部屋の中であまり暴れないように」と寛容過ぎる嗜めで仲裁しつつ、ハティは太い腕を胸の前で組み、珍

しく苦悩するような顔を見せる。

「私も、可能であれば欠席し、体力の回復に努めるか、業務整理に充てるかしようと考えたのだが…。係長としては、係から

ひとりでも参加者が出れば責任者として同行する義務があるだろう」

「…社畜過ぎませんかね兄貴…」

 呆れ顔のスコル。ある意味それでこそハティなのだが。



「ところで、兄上は登山等の経験はおありで?」

「特に無いが、何故かね?」

 貰い物の缶ビールをお裾分けされたお返しにと、部屋にマーナを上げて、ゴミ出しを手伝った御礼にと地獄(へる)女史か

ら頂いたアサリの酒蒸しを振舞いながら、ハティは不思議な問いで首を傾げた。

「いや、拙者の思い過ごしでなければの話にござるが…、このキャンプの栞に記されし山…「さめやま」は、山体の九割が永

久凍土、数億年の間たったの一度も雪解けを経験した事がない、想い人はなかなか帰らない、しかも仕事は堂々とサボるしつ

まみ食いもするダメなやまという、難所中の難所だったのではないかと…」

「………」

 缶ビールを口元に持ってゆく手を止め、後半の意味不明具合はともかく前半のただならない山の特徴について五秒ほど考え

たハティは…。

「…何故この日本にそんな山が?」

 至極当然な疑問である。

「ミーミル教授は「バグだ。気にするな」とおっしゃっておいででしたが…」

 おっしゃった人物が人物なので本当に「世界の在り様レベルで生じているバグ」なのだろうが、そんな事が判ろうはずもな

い兄弟は「愉快な表現だ」「然り」と軽く笑い合う。



 まさかの、そして約束された猛吹雪。

 基本的に運が悪いのでこの程度は普通に想定していたちょっと哀しい出来る上司ハティは、慌てず騒がず雪洞を作るよう部

下達に指示し、結局指示だけでは無理な部分も多いので手伝って回り、持ち込んだ非常食を訪問分配する。

 助けを呼ぶ声すら掻き消される風の叫び。容赦なくグングン下がる気温。だがしかし、固形燃料と簡易防寒素材である古新

聞をハティが大量に持ち込んでいたおかげで、皆が割と余裕で寒さに耐えていた。

「少々手狭だが、天候が落ち着くまでの辛抱だ」

「は、はい…」

 かまくらのような空間の中、ハティと二人きりで篭る事になったミオは、居心地悪そうに視線すら合わせようとしない。

 先日の花火見物以降、少しばかりミオの態度がおかしいと思っていたハティだが…、

(不安なのだろう。無理もない)

 それとこれとを結びつけて考えない。相変わらず変な所でダメダメな鈍感ぶりである。

「吹雪が落ち着くまでババヌキでもしようか」

 そこで「何があった?」「最近態度がおかしい」などと話せばまた違うだろうに、残念なことに密閉空間でタイマンババヌ

キに興じようと促し、ザックからトランプを引っ張り出すグレートピレニーズ。レッツデュエル。



「兄貴の事だから心配要らねーとは思うけど…」

「うむ。危難の方が土下座するような御仁故。しかし此度は新人殿などもご一緒しておられる。こうなると…」

 グツグツ煮える鍋を挟んで、難しい顔を突き合わせるスコルとマーナ。ハティひとりなら活火山に叩き込まれても生還して

来ると信じているが、警報が出た「さめやま」に登っているのは彼独りではない。日頃からブラックな労働に晒されて疲労困

憊な同僚達も一緒である。

「ところで弟達よ、こう、考えた事はないか?」

 ハンサムな狼は重苦しい声と表情で述べる。

「もしも捜索隊が出た場合、費用の請求はやはりわたし達親族のところに来るのだろうか?それもかなり高額だったりするの

だろうか?ならば捜索などしない方が皆幸せなのではないだろうか?」

 鳥の水炊きに、ブヂュアァッ!と盛大にマヨネーズを絞り入れながら。

『死ねよやぁー!』

 スコルとマーナのレッグラリアートが、駄目な長兄の首を二十三話以来久々のクロスボンバーで捉えた。



 ここまでの人生割と不幸なのでミオの滑落も結構リアルに想定していたハティは、部下の足が滑った瞬間には動いていた。

 滑り落ちるミオの手を取り、駆け寄った自分の勢いを殺せない事も承知の上で、ハティはその大きな体で包むように部下を

抱き、体を丸めてクレバスへ落下してゆく。

「か、係…!?」

「喋るな。舌を噛んでは大変だ」

 何が起こったか判っていないミオに対し、ハティの声は場違いなほどに冷静で…否、むしろ穏やかだった。

(不思議だ。こんな風にこの体を抱き締めた事が、前にもあったような気がする…)



 ブラックなレクリェーション!からの…遭難!からの…二人きり!からの…クレバス落下!からの…謎の地下温泉!

 第四十一話 「ハティ、さめやまで部下と遭難す」



戻る